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#3961 恒例の九人会どんちゃん騒ぎ:川湯温泉 Apr.15, 2019 [ゆらゆらゆ~らり]

 今日は久しぶりに雨が降っている。屋根を伝って落ちてくる雨水を受けるバケツが二つともあふれている。午前9時の気温は5.1度だから、暖かい、春だなあ。

 高校の「三年G組同級生+アルファ」がメンバーの九人会というのがあり、毎年、川湯温泉でお酒を飲み地元の魚貝類に舌鼓を打って大騒ぎをする。今年も土曜日(4/13)に行ってきた。
 プラスアルファと書いたが、一人は高校の同級生ではないが光洋中学3年10組の同級生で親友のYである。担任の冨岡先生があるときⅢ-Gクラス会にいたYをみつけ「だれ?」と訊いてメンバーとして認めた。九人会メンバーがⅢ-Gのクラス会に連れて行ったのだろう、中学生の時の同級生の女子も数人いるからすっかり溶け込んでいたらしい。人柄がいい不思議なやつだ。
 担任の冨岡先生は定年前、50歳のころに東京大田区に住んでいた両親の面倒を見るために高校をおやめになった。それから東京で開く同窓会に必ず出席してくれた。あるとき「ebisu、見知らぬ男がいるので誰だと聞くと、ebisuの友だちだとYが胸を張って返事したのでⅢ-Gのメンバーとして俺が特別に認めた」と笑いながら話してくれた。みんなが認めているので正式に追認してくれたのだろう、空気の読めるいい先生だった。
 高校2年生と3年生の2年間お世話になった冨岡先生との思い出話を書き始めたら新書1冊の分量くらいの話題がある。癌が転移して何度か手術をされたが、数年前についに逝ってしまわれた。最初の手術をしてから二十数年たっていた。オヤジと同じくらいの年齢だったはずだから、長生きされた。鰈(かれい)釣りの穴場(東梅≒道の駅スワン44の手前3㎞あたり)を懐かしそうに繰り返し話していた。その時のうれしそうな表情がいまもありありと脳裏に浮かぶ。


 川湯に土曜日午後2時半ころ着いた。羅臼や釧路、浜中から集まるものもいて、10人全員が揃ったのが3時少し前だった。温泉へ浸かってのんびりしてから、調達してきた魚貝類を並べて「プレ宴会」がはじまった。アルコールは缶ビールといただいた北の勝「搾りたて」である。平成16年ものを地下蔵で貯蔵しておいた。夏でも地下室の温度は20度以上にはならないので酒の保存にいい。

 北大病院でオプジーボの投与を受けているメンバーが直前になって治療スケジュールが変わり、参加できなかったのが残念である。かれは北の勝の酒造、碓氷商店の番頭さん。背がでかくていかついが、じつは繊細な人。かれも実直で、まっすぐな性格。ずるいことは決してしない人だ。オプジーボが効いてくれることを祈っている。PD-1遺伝子がコーディングするPD-1タンパクと癌細胞にあるPDL-1タンパクが結合すると、癌細胞が増殖するので、その結合をブロックするのが分子標的薬であるオプジーボである。正常な人にはPDL-1タンパクがないから、副作用はゼロだ。だが、癌抑制遺伝子であるPD-1由来でない癌には効かない。25-30%に人に有効だという。万能の免疫賦活剤ではないのである。

 メンバーは全部で11人、11人なのになぜ九人会なのかは理由がある。わたしが古里根室へ戻ったときに10人となり、会の名称が議論になったという。10人に増えるのだから「十人会」という意見が出たが、もともと9人で始まったのだから、その成立のいきさつを大事にして名称はそのままにしようじゃないかということに収まった。その後、浜中町在住のNが「メンバー申請」をして受け入れられて2年前から参加している。だれでもOKなのかと思ったら、「厳格な審査がある」という、初耳だった。申請を受け付けるのは誰でもいいが、他のメンバーに話して色よい返事があればOK、そうでなければそのままになるという。阿吽の呼吸できまるようだ。
 わたしがすんなりメンバーとして受け入れられたのは理由がある。高校卒業してまもなく、お袋がやっていた居酒屋酒悦に数人が毎月集まって飲み会を始めた、「酒悦会」という名前がその内についた。その後酒悦は名前はそのままで焼き肉が主体の店となった。オヤジもお袋も息子が東京へ行ってしまったので、同級生が店に来てくれるのはうれしかったのである。「酒悦会」が宴たけなわになると、「オヤジさん、電話していいかい?」「いいよ」と店の黒電話でよく東京へ電話をかけてくれた。30分ほどもメンバーが交替で話をしてくれた。酔っ払いばっかりだから、話にとりとめがない、にぎやかだったな。そのたびに古里が懐かしくなった。
 メンバーたちは結婚して子どもができると、子どもも参加して野外でバーべキューしたり、Nのところに集まって新年会をするようになった。光洋町に自宅を建ててからお袋は店をやめた。会の名前も九人会となっていた。そうした長い52年の歴史がある。だから新メンバーを加えるときにはみんなの同意がいる。ぎくしゃくしたくないからだろう。過去には色よい返事が返ってこなかった数名の同級生がいたらしい、きっと面白くなかっただろう。すまない。
 N田のときは、小学校の同級生でもあったわたしに彼から相談があったので、伝えるとみなさん快く承諾してくれた。N田は浜中町にある漁業組合で仕事をしていたが、そろそろ引退ということで、高校時代の仲間が懐かしくなったようだった。そうした思いが伝わったのだと思う。
 ホテルには6部屋確保してあった。二人ずつ5部屋と、プレ宴会用の一部屋である。わたしはN田と同室になった。部屋割りは羅臼のDがやってくれた。ちなみに根室組合に勤めていたE藤とも花咲小学校の同級生である。

 湾中でとれたホタテを昨夜殻から外して一晩冷蔵庫で寝かして熟成させたものを、出発直前に切って保冷剤をいれて車に積んできたから、うまいのなんの、言うことなし。手間がたっぷりかかっている、YさんとYさんの奥さんありがとう。
 Mサイズのエビも2パックあったが、Sサイズのものが混じっていた、味も悪いと水産関係に勤務していた者の意見だった。浜中町のNが、浜中やや厚岸では品質管理が厳しいので、MサイズのパックにこんなにSが混じることはない、根室は品質管理基準が甘いと断じていた。こういう販売のしかたをしていたら、ブランドに瑕がつき、信用されなくなると心配していた。ふるさと納税の返戻品でもそういうことが問題になっている。

 水産関係に勤務していたメンバーが半数以上なので、いろいろ教えてくれる。関係者に迷惑がかかるといけないのでこれ以上書かない。不都合な情報ほど、改善すれば地域ブランドの信用を堅固なものにできる宝の山なのだが、根室人はそういう話題を避けたがる。だれかが、いまでは根室組合よりも歯舞組合のほうが取扱高が多いと発言していた。根室組合が60億円、歯舞組合は100億円と聞いたきがする、驚きである。根室漁業協同組合の取扱高は平成20年には120億円を超えていた。酔っていたので数字は不確かだが、理由については具体例を挙げてはっきり言っていた。要するに人と組織の問題があるということ。弊ブログでも何度かとりあげた。
 中標津と根室の人口問題も根っこのところは同じだろう。50年前のデータと比べたいのだが、検索したら1970年と2018年の住民基本台帳データがあったので、48年間の変わりようをご覧いただく。
 中標津町 17090人 ⇒ 23485人
 根室市  47589人 ⇒ 25953人
 根室市の最近数年間の人口減少は年間600人だから、あと5年もしたら中標津町の人口が根室市を超えるだろう。歯舞組合と根室組合の取扱高に起きた変化と同じだ。
 歴代トップの能力が低いとか、それを支える政策集団のスキルが低かれば、長期にわたって衰退を招くということだ。歴代トップと組織と人事の問題が市役所と根室漁業協同組合に共通して横たわっている。根室はいつまでたっても是正できない。できなければ悪くなるだけ。両方の分野で改革意欲の大きい若い人が名乗りを上げてもらいたい。

 九人会メンバー全員が4月13日の時点で満70歳だから、それぞれ身体がポンコツ化しつつある。すこしボケが混じってきてたまに自分がどこにいるのかわからなくなり始め不安にかられている人、最近慢性骨髄性白血病を宣告された人、メラノーマが肺転移しオプジーボで治療中の人、長年の喫煙が祟って、呼吸音がひゅうひゅうなるようになり、肺機能が落ちてついに煙草をやめたK、糖尿病で薬を飲んでいる人も数人いた。病院に通わず、薬の世話にもならずにすんでいるのは看護師さんが嫁さんのH谷のみ。
 70歳になったら記憶がたまに飛ぶのは当たり前、身体のどこかにポンコツ症状が現れるのも当たりまえ、ケセラセラ。釧路から来たH谷が一番元気がよさそうだった。朝食をおいしそうにバクバク食べて、乗ってきたベンツを運転して帰っていった。神経も図太くなったようだからあいつは百歳まで生きそうだ。(笑)
 ついでだから、慢性骨髄性白血病の分子標的薬について書いておく。こちらは20年ほど前にノバルティスファーマが商品名グリベック(Gleevec)という分子標的薬を開発して売り出した。90%の慢性骨髄性白血病に有効である。発病してから投与すればいい。この病気は9割以上の患者に9番と22番の染色体の転座が認められる。9番の染色体にABL、22番の染色体にBCRという遺伝子があり、それが入れ替わってしまい、それらが近いところにあることでBCR-ABL(BCRエーブル)蛋白(チロシンキナーゼ)ができてしまう。これが慢性骨髄性白血病を起こすのである。BCR-ABLは正常な人にはないタンパク質だから、それを標的にする薬剤は正常な人には何の作用もない。グリベックはBCR-ABLタンパクだけを阻害する薬剤である。本人は発病するまでに何年かあるし、治療の方法もあると担当医から言われている、それよりも脳出血のほうが怖いと笑っていた。
 子どもを三人とも国立大学へ進学させた、根室では珍しい典型的な教育パパ。小学生の勉強の躾には経験に基づいた有効な方法論をもっている。A野が小学1年生の親を集めて、家庭学習の躾のしかたに関する講習会を毎年開催してくれたら、根室の子どもたちの学力は飛躍的にアップする。根室市教委さん、A野を講師に招いて講演会をやらんかね。先生たちには受けるかもしれません。かれは共産党員ですから。少し前まで選対本部で選挙を仕切っていました。九人会にはいろんなやつがいるから面白い。

*グリベック
https://www.anticancer-drug.net/molecular/imatinib.htm
**慢性骨髄性白血病(CML)の原因と診断
https://ganclass.jp/kind/cml/cause/cause.php


 根室のある町内会も同じホテルに団体で来ていた。その中の一人をYが「あれは光洋中学の同級生のM沢さんだ」と教えてくれてから声をかけた。「(ラウンジ)に入って来た時から、いると知っていたよ」とM沢さんがいう。中学校を卒業した年に1度だけクラス会をやったことがあるから、お目にかかるのはそれ以来だ。髪型は中学生の時と一緒だった。Yが中学同級生のebisuだと紹介してくれたが、「だれ?知らない」という顔をしていた。印象が薄かったようだ。(苦笑)

 8時半に宴会が終わってからコンパニオンを派遣してくれた川湯温泉のカラオケスナックに出かけた。11時過ぎまで歌って騒いた。若いころに地元羅臼で劇団を組織したDが、「人情松の廊下」と7分間の長い曲「浪曲俵星玄番」をうたってお開きとした。
 アマチュア劇団の元エースは、浪曲のせりふ回しがすばらしい。77歳のママさん、死んだ兄が歌っているようだと喜んでいた。
 根室についてから2時間ほどぐっすり眠った。四度温泉に浸かって疲れていたのだろう。

<余談>
 メンバーには水産業界関係者が多いと書いたが、わたしが東京から戻ってきた2003年(54歳)のころは、みなさん現職だったから、朝水産市場で買い付けた鮮度の思いっきりいい魚やマツブやエビを大きな発泡スチロール二つに詰めてホテルへもってきた。料理長に頼んですぐに調理してもらいプレ宴会の酒の肴にしたのである。料理はプレ宴会のほうがずっとすばらしかった。広尾産のマツブはとっても美味しかった。魚は高級品の大きなものをその都度市場で選んで買い付けてくれた。歯舞組合と広尾組合、水産物に関してはかなりの目利きだから品選びはたしかだ。
 一度だけ、買い付けて運んだ高級魚を料理長が間違えて他の客の宴会に運んでしまった。申し訳ないと代わりにでてきた魚は比較になるはずのないものだった。買い付けた本人ばかりでなくみんながっかり。長い間にはそういう手違いもあった。食べた客は大喜びだっただろう(笑)
 プレ宴会用の食材と酒の仕入れに、幹事さんが40000円ほど別に予算をとっている。今年の幹事はYさんだった。毎年そうだったかな、さだかでない。

<余談―2:福島第一原発と遺伝子の傷害>
 福島第一原発ではいまだに放射能が出続けている。汚染土も処理の使用がなくてプラスチックの袋で包んで野積みされている。高濃度のトリチウムを含んだ汚染水タンクは福島第一原発の敷地全域に広がり、いずれ満杯になる。これも費用が高すぎて処理できない。海へ放出すれば太平洋がトリチウムで汚染されてしまう。
 放射能は遺伝子を傷害する。遺伝子が傷害されれば、それがコーディングしている蛋白も変異を受ける、変異した蛋白質が癌を起こすことはすでに肺癌と慢性骨髄性白血病の分子標的薬のところで見たとおりである。
 老人でも炎症は起こす。胃炎だって炎症の一つで、傷んだ細胞を修復するために細胞分裂が盛んになる。その時にDNAの複製がなされるが、放射能はそのときこにミスを起こすのである。
 だから、福島県に住んで危険なのは細胞分裂が盛んな胎児や子どもたちだけではない、なんらかの炎症を身体に抱えている老人も細胞分裂が盛んになるので、癌リスクが高くなる。遺伝子異常で起きるのは癌だけではない。遺伝子がコーディングする蛋白質や酵素(酵素は蛋白質である)、ホルモンのなかでもアミノ酸でできているペプチドホルモン(ペプチドホルモンのpeptideはアミノ酸重合体という意味だからやはりDNAがコーディングしている)が影響を受けるから、ありとあらゆる身体や精神の異常がありうるのである。
 福島第一原発事故で撒き散らされた放射能による小児癌の増大はないという医学者がいるが、癌が起きる基本的な仕組みを知っていれば、そうしたバカげた主張がインチキであることはすぐにわかる。細胞分裂の活発な子どもたちに小児甲状腺癌が多発しているのは事故によってばらまかれた、そして今も放出がある放射能に関係があるが、その因果関係は科学的には証明不可能なのである。
 福島第一原発からいまも出ている放射能は福島県に住む子どもたちの遺伝子を傷害し続けており、それが将来あらゆる種類の癌を発生させ、ホルモン異常に起因する精神病を引き起こす可能性が大きい。かように原子力発電所の大規模な事故は取り返しがつかぬ。北海道電力泊原子力発電所で同様の事故が起きたら、190万人の札幌市は廃墟になるだろうし、放射能は日高山脈を越えて十勝平野と根釧原野に降り注ぎ、農業と漁業が壊滅的な影響を受ける。
 生乳は道内産が50%を超えているから、供給不足で価格が暴騰するだろう。玉葱などの農産物の価格もどうなるかしれたことではない。食料品を中心に大幅な物価上昇と供給不足は避けようがない。
 その反面、石狩平野も十勝平野も根釧原野も放射能汚染の被害を知らぬ野生動物が自由にはねまわる楽園となるだろう。放射能の害を知っている人間たちだけが逃げ出す。
 

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#3960 英語の教科書を読むトレーニング Apr. 12, 2019 [62-1 個別指導の実際]

<最終更新情報>
4/14 午後5時25分

 昨日、高3の教科書をつかって読解トレーニング中の高2の生徒から質問があったので、どういう読み方をしているのか分析してみた。当該箇所の段落まるごと引用する。


 Having performed all over the world, Togi sees no deference between the reaction of Japanese and non-Japanese audeiences.  Both Japanese and non-Japanese people feel the same way. People say Togi's music sounds familiar and makes them feel nostalgic.
  VividⅢ p.82


  日本人が書いた英文は、受験英語の影響でこういう分詞構文の使い方が多い。前後関係からhaving~以下の句のほうが時間的順序が先だから、これでいいのだが、ジャパンタイムズを読んでいるとあまりこうした事例にはお目にかからぬ。順序が逆のケースがほとんどだ。主節が先に来て分詞構文が後に来る例が圧倒的に多い。時間的順序を考慮すると使用法としては正しいので、あるいはネイティブの手になる文かもしれない。
 この章は雅楽の東儀さんが話題になっている。この段落の no deference の部分を「東儀は日本人にも日本人ではない人たちにもリアクションは共通していると思っている」と生徒が訳したのだが、意訳のし過ぎと注意した。逐語訳は感心しないが、意訳のし過ぎはときに書き手の意図を無視しかねない。段落全体が視野に入ればこの訳が適切でないことがわかる。no deferencethe same way が呼応しているのである。その点を考慮した適切な訳を別途考えるべき。

「世界中を講演して回っているので、日本人も日本人ではない聴衆もその反応に違いはなく、日本人も日本人ではない人もどちらも同じように感じていると東儀は承知している」

 これはレトリック(rhetoric)である。
 生徒は文章の尖端から齧って逐語的に消化して読んでいるようだ。コンピュータ言語ならBASICのようなもので逐次処理方式である。なれてくると段落全体にさっと目がいき、レトリックに気がつく。塊で読むようになるのだが、その域までまだいっていないということ。たくさん読めば、段落全体にさっと目がいき、適切な訳ができるようになる。
 the same way は文脈から「同じような」という自然な日本語が浮かぶ、そのあとで辞書を引き確認すればいい。辞書にはそういう意味が載っている。学校で英単語暗記に利用している『ユメタン』の知識でwayを「方法」や「道」と覚えていると、それにこだわって適切な日本語語彙がでてこない。
 中学校の英語授業では英語の辞書を使わない、そして高校生になると1年生の時から『ユメタン』が英単語暗記トレーニング教材として使われ、毎週テストが実施されている。そうした指導法の弱点が如実に現れていると思う。英文精読トレーニングはそうした「悪い癖」を矯正することにも効果が大きい。平易な日常語への書き換えや、「大和言葉落とし」がトレーニングの重要項目として設定されている。

 もう一つ、この生徒の苦手な部分がでてきた。それは一つ段落をおいた次のような文だ。

 Togi stresses gagaku's perfection. He says, "The classical gagaku numberes may all sound the same, but they appeal to the cells in our body. Each note correspond with a particular color, season, and direction, and is structured to express something far beyond human emotions.  Gagaku tries to caputure the soul of the universe."

 文学的な表現が入り混じるとやっかいだと感じるようだ。この生徒は文学作品や恋愛物語、推理小説には興味がない。多少興味のある私も、文学作品を英語で読むのはとっても厄介だ、使用語彙数が多くてうっとうしいばかりでなく、日本語の美しい文に置き換えることができるほどの情緒豊かな作文ができないからである。ラフカディオハーンの翻訳で夙(つと)に有名な平井呈一は永井荷風の異能の弟子であるが、彼の訳文を読むとそのすごさが伝わってくる。翻訳とは思えない、そしてその場の情景が脳裏に異様な迫力をもって再現されるような迫真の文が現れる、まさに名人芸と呼ぶにふさわしい。友人の遠藤が著書『明治廿十五年九月のほととぎす』(未知谷、2010年刊)「第二章 ラフカディオ・ハーンの見た日本」で平井の翻訳を引用している。引用された訳文に出遭った瞬間にその力量のほどが了解できた、そして平井の手になる翻訳を数冊買い求めて読んだ。
 平井の師匠の永井荷風の文体は「切れる日本語」と表現するとわたしにはよくわかるのだが、件の生徒にそう言っても、「日本語でなにかが切れるわけはない」ということにでもなろうか。日本文学は深くて豊かな対話を成り立たせるための不可欠な教養なのだ、いつかきっとわかるときがくる。

 閑話休題、件(くだん)の生徒はこの段落の二つ目の単語、stressesのところで躓いた。ストレスという日本語を知っていることが仇となる。目的語になっている perfection という単語もなじみがないので余計に混乱したのだろう、慣れてくれば、つまり量をたくさん読むと動詞と目的語はセットで日本語訳を考える習慣がつく。この生徒は「強調する」という意味を知らなかった。このあたりは電子辞書しか使わぬ生徒と、紙の辞書を使う生徒では大きな差がでてくるのではないだろうか。紙の辞書には冒頭にその単語の意味の概要リストを並べているものがあるので、その全体が視野に入る、つまり記憶の片隅に残るということだ。電子辞書ではスクロールしないとでてこない。
 記憶している単語の意味では文意が通らない、あるいは文脈上適切ではないと思えた時は、紙でも電子辞書でも引けということ。辞書を引く前に文脈からどういう日本語が自然なのか推定しろ、それもトレーニングである。文脈をつねに考慮しながら意味を精確に読むトレーニングをふだんからしていないと、「おかしい!」という勘が磨けない。そういうアンテナの精度をアップするようなトレーニングをした生徒とそうでない生徒は訳文を見たらその学力の違いは一目瞭然である。「ぼーっと読んでいるんじゃねえよ!」と、チコちゃんに叱られます。

「東儀は雅楽の完全性を強調している」
 この文だけでは意味がはっきりしない。英語は抽象的なことを述べたら、次の文でそれを敷衍するような論理運びになっているから、意味を具体的につかむために次を読め。次を読むことで「雅楽の完全性」がどういう具体的な内容をもっているかがわかる。
 noteも引っかかった。知っている単語ほど危ういものだ。音符や楽譜がnoteと知らない生徒が多い。日本語化されて使用頻度の高い単語ほど危うい場合がある。たくさん読めばそういう事例に引っかかるから、勘が働くようになる。Blue Note Recordsという有名なジャズのレーベルがあるのを年配の方ならたいがい知っている。ここでは「音」と訳した。
*blue noteの意味は下記のURLを参照してください、面白いですよ。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1018719540

 「それぞれの音が特定の色や季節や方向性に対応しており、人間の情緒をはるかに超えたものを表現するようにつくられている」「雅楽は宇宙の魂をとらえようとしている」

 このことが東儀さんが言う雅楽の完全性の意味である。完全なものは普遍的であり、人間の情緒の範囲すら超えて遍く(あまねく)存在しているものということ。
 こういう具体的な解説はトップクラスの学力の生徒には好奇心のわく愉しいものとなるだろう。愉しい解説をもう少し続ける。
 深く読むと論理的だが、表面をなぞるだけの読みしかできなければ、非論理的かつ文学的な表現に見えてしまう。文学的な比喩表現はまだこの生徒には馬の耳に念仏である、そういう分野に興味がないからだろうと思う。「宇宙に魂があるなら証明してもらいたい」なんて理屈がでてきそうだ。数学者の岡潔先生がどこかで森羅万象には普遍的な魂があるということを言っていたような気がする。根源的にあるものは魂のほうではないのか、森羅万象はその表れという考え方もできる。森羅万象の存在を素粒子レベルまでさかのぼっていくと、ある確率で現れたり消えたりする不安定なものであることが物理学で明らかになっている。どこから現れどこに消えていくのかあるいはなぜ現れたり消えたりするのかと疑問を呈している。確固たる基礎をもつようにあらわれている森羅万象の存在そのものがその根本をみると不確かなのである。森羅万象はたしかなものではない、無常(常ならぬ)もの、そういうことを繰り返し説くのは哲学である仏教のみ。だからこういうことを話題にするときには大数学者である岡潔先生は表現手段として仏教専門用語に頼らざるをえない。わたしには難解すぎる道元『正法眼蔵』が頻繁に引用される。
 この生徒は文学作品も恋愛小説にも興味がないから、先ほど段落ごと転載したような文章表現に慣れていないので、なんとなく苦手になっているのだろう。少しは文学作品も読めよと言いながら、いやいや解説した。(笑)
 ハラリの『Sapiens』を読んでもそのあたりの弱点は解消できない、でもいいのだ。完璧を目指す必要なし。この生徒はロジックをしっかりとらえ、平易な日本語に訳せたらいいのである。
 高校の英語教科書3年分を使い、教科書の英文をノートの左側に視写させて、右側に日本語訳を書かせ、圧縮された句は生成英文法でシンプルセンテンスへ還元して意味をつかむというような精読トレーニング中である。熟語や重要部分にはノート左ページの英文にアンダーラインや単語を円で囲み付番させている。もちろん対応する番号でコメントをつけるためである、システム開発技術の応用だ。英文はあとからの書き込みのために1行ごとに空けて書かせている。ときどき「大和言葉落とし」という技のトレーニングもしている。「is structured to express something far beyond human emotions」のアンダーライン部分がそうである。「構成されている」という漢熟語でもいいが、すこし硬い。madeでは格調の高さがでないので、ハラリは文章語であるstructuredを選んだのだろうか。
 高1、高2の教科書をすでに終了し、ようやく高3の教科書の82頁、全部で150頁ある、夏休みが終わるころには、きっとハラリを読み始めている。いまはじっくりでいい。読む速度を上げるのは半年先になるだろう。生徒の様子を見ながら、成長段階ごとに設定目標は変わる。

<余談:苦手の英語を克服しよう>
 高校2年生は最近2人入塾したので7人になった。1月の進研模試で学年5番以内が4人いる。7人中6人は10番以内だから、数学はよくできる。ところが英語ができるのは英語の偏差値も学年トップの一人だけ。食わず嫌いで10点以下の生徒もいるので、偏差値を60にアップする英語学習を開始したい。
 全国平均が33点、標準偏差は18点ほどだったはずだから、52点を超えたら偏差値60だ。それほど大きなギャップではない。英語が苦手で塾に来てもさっぱり英語の勉強をしなかった生徒たち数人が、どのように変わるのか、そして何人が偏差値60を超えられるか楽しみだ。
 数学と英語の偏差値の両方が60を超えたら、進学先は結構選べる。意欲のある生徒たちにを別の世界に誘(いざな)いたい。

<桜の木の上で降りられずに凍えそうになっていた猫の顛末>
 100mほど離れたところに住む人が猫を十数匹飼っているが、猫を連れて散歩しながらその家の前までいくと、空いているリビングのガラス戸から中に入っていった。似た柄の猫たちとくつろいでいたので、間違いないだろうと判断した。
 今日わかったことがある。猫は数日行方不明になっており、どこかで死んだと思っていたらしい。猫が帰ってきたので飼い主がたいへんに喜んでいたとのこと。

#3957 猫騒動 Apr. 10,2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-04-10



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明治廿五年九月のほととぎす―子規見参

明治廿五年九月のほととぎす―子規見参

  • 作者: 遠藤 利國
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2010/03
  • メディア: 単行本
 遠藤さんは国際学院大学を卒業してから、早稲田大学大学院哲学科で哲学を専攻した。そのあとテレビ番組のディレクターをしていたことがあるようだ。国学院大学で教えているがそろそろ定年だろう。この本は正岡子規について書いた本である。哲学者が書いた本だから中身が濃いし視点がユニークだが、彼の文体はリズミカルで読んでいて気持ちがいい。
 もう2冊紹介しておきます。福沢諭吉について書いた本。これも名著ですよ。

漫言翁 福沢諭吉―時事新報コラムに見る明治

漫言翁 福沢諭吉―時事新報コラムに見る明治

  • 作者: 遠藤 利國
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2012/07
  • メディア: 単行本
続 漫言翁福沢諭吉―時事新報コラムに見る明治 政治・外交篇

続 漫言翁福沢諭吉―時事新報コラムに見る明治 政治・外交篇

  • 作者: 遠藤 利國
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2014/09
  • メディア: 単行本



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#3959 ロードバイク初乗り:シーズン到来 Apr. 12, 2019 [サイクリング]

 今日は開法寺のお坊さんがお経をあげに来る日である。声の大きいSさんが来てくれた。読経のあとで、お歌を歌うようなお経を挙げてくれた。終わってから訊いたら、御詠歌だという。お経を歌にしたものだろう。
 声のいいお坊さんがたくさんいるのではないか。Sさんはとてつもないボリウムのある声の持ち主である。千人に一人ぐらいはこういう人がいるのだろう。オペラ歌手として劇場で歌ったら、後ろの席まで声が届くだろう。
 
 物置で冬眠していたロードバイクが陽気がよくなったので目覚めた。空気を抜いてあったタイヤの空気圧を8.5Barにセット、航空自衛隊根室分屯地周回コースを一回りした。ヘンな音がしていないか、どこか具合が悪くはないか、チェックしながら走ってみた。来週は原野の一本道を最大速度50㎞/hで走ることになる、自転車も体調と乗り心地もチェックはしておいた方がいい。

 規程圧にセットしたはずだが、久しぶりのサイクリングはペダルが重く感じる。ギアがトップに入っているのかと確認したらいつも通りの3枚目だ、脚力が落ちているだけ。8.5Barだと昨年はずいぶん軽く感じた。まるでトップギアで走っているような感覚だった。

 10時の気温7.2度、北西の風1.5m/s、湿度54%
 平均時速18.6㎞、走行距離4.3㎞、最高速度36㎞/h。累計走行距離4782㎞

 庭の桜が咲くまでまだ一月半ほどある、極東の町にもサイクリングシーズン到来!


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#3958 タイヤ交換:気温2度 Apr. 10, 2019 [つれづれなるままに…]

 数年に一度だが、この極東の町では五月の連休に大雪の降ることがあるから、4月10日にタイヤ交換なんていままでやったことがなかった。例年だと冬タイヤから夏タイヤへ交換は4月下旬にやっている。みんなが4月下旬あるいはゴールデンウィーク明けに集中するから、タイヤ交換でまたされることになるのはモノの道理だ。

 連休はカレンダー通りで仕事するから遠出の予定はないし、雪が降ったら車の運転をしなけりゃいいのだから、今日、GSでタイヤ交換をしてもらった。

 11時頃行くと、給油したあと15分もたたぬうちに作業が終わった。ワォー、速い!
 感謝…m(_ _)m
 


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#3957 猫騒動 Apr. 10,2019 [根室の話題]

 女房殿が言うので見ると、隣の桜の木(花が咲くのは五月下旬)の上に猫がいた。3時間ほども降りられずに枝別れするその元のところで体を挟むようにしてじっとしている。「このままでは死んじゃう」というので、7時半ころにライトを当ててみたら、まったく動かない、死んでいるのかと思うほど弱っていた。気象庁公表の毎正時の気温データでは午後7時には0.3度、北風3.1m/sである。
 目に目ヤニがこびりついており、眼病のようだ。ほとんど反応しない、ようやく目が少しだけ開いたが、片方の目に先天的な異常が認められ、生後6か月ほど。
 そのままにしておくと朝までには体温が低下して樹の上で死んでしまう。物置から脚立をだして隣の家に行って、事情を話し、猫の救出を試みた。
 猫がいるのは2.7mほどの高さのところだから、脚立を安定させてからその上に立ち、隣家の人に脚立を手で押さえてもらって左手を伸ばすとようやく届くが、子猫は爪を立てて樹にしがみつくのではがせない。両手なら簡単だが、片手が精いっぱいだった。子猫だから爪が鋭いので軍手をしていったから、首の後ろところをつかんで無理やり引き剥がして降ろした。
 
 女房殿が明るいうちから猫が木の上でじっとして降りられないのを気にしていて、「なんとかして」というので7時15分ころ、救出作業をしたのである。猫も人も命は同じだ。
 弱っているが、お腹を触ると空腹ではない、おそらく飼い猫、牛乳をあげても煮干しをあげても食べないから、キャッツフードを食べなれているのだろう。

 風除室に入れて高さ10㎝ほどの段ボールの中に古いバスタオルを敷いて入れておいた。身体をこすってやったら、鳴き始めた。バスタオルの上でまるくなっている、すこし元気がでてきたようだ、これなら大丈夫だろう。
 朝になって、女房殿がセイコーマートにキャッツフードを買いに行っているときに、風除室を開け放し、外へ出るとついてくる。天気がよくて陽射しが暖かい。100mほど離れたところに猫を十数匹飼っている家があるので、そこの猫だろう。道路を歩いていくと子猫がすたすたついてくる。高校同級生Nの家の前を通ると、Nが窓を開けて声をかけてきた。同級生10人ほどで土曜日に川湯温泉へ行くので、迎えに来る時間を確認した。酒はいただいた北の勝「搾りたて」があるので、みんなで飲むのにそれをもっていく。宴会までのつなぎは日本酒と缶ビールだ。

 ニャンコは2か所でほかの家の庭に入り込んで、少しじっとしてからまた道路へ出てついてきた。その様子からふだんからこのあたりで遊んでいることが分かった。目標の家の前までくると、リビングの窓が開けられていて、似た柄の子猫が数匹遊んでいた。救出した猫はさっと家の中へ入り他の猫と遊び始めた。家の主は不在、猫が出入りできるようにリビングの窓を開けたまま外出しているようだった。キャッツフードがエサ入れに入れてあった。
 他の猫も目に先天異常があるようだ、目ヤニは目の感染症の症状だろう。野良なら餌を食べられずにすぐに死んでしまう。


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