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#3961 恒例の九人会どんちゃん騒ぎ:川湯温泉 Apr.15, 2019 [ゆらゆらゆ~らり]

 今日は久しぶりに雨が降っている。屋根を伝って落ちてくる雨水を受けるバケツが二つともあふれている。午前9時の気温は5.1度だから、暖かい、春だなあ。

 高校の「三年G組同級生+アルファ」がメンバーの九人会というのがあり、毎年、川湯温泉でお酒を飲み地元の魚貝類に舌鼓を打って大騒ぎをする。今年も土曜日(4/13)に行ってきた。
 プラスアルファと書いたが、一人は高校の同級生ではないが光洋中学3年10組の同級生で親友のYである。担任の冨岡先生があるときⅢ-Gクラス会にいたYをみつけ「だれ?」と訊いてメンバーとして認めた。九人会メンバーがⅢ-Gのクラス会に連れて行ったのだろう、中学生の時の同級生の女子も数人いるからすっかり溶け込んでいたらしい。人柄がいい不思議なやつだ。
 担任の冨岡先生は定年前、50歳のころに東京大田区に住んでいた両親の面倒を見るために高校をおやめになった。それから東京で開く同窓会に必ず出席してくれた。あるとき「ebisu、見知らぬ男がいるので誰だと聞くと、ebisuの友だちだとYが胸を張って返事したのでⅢ-Gのメンバーとして俺が特別に認めた」と笑いながら話してくれた。みんなが認めているので正式に追認してくれたのだろう、空気の読めるいい先生だった。
 高校2年生と3年生の2年間お世話になった冨岡先生との思い出話を書き始めたら新書1冊の分量くらいの話題がある。癌が転移して何度か手術をされたが、数年前についに逝ってしまわれた。最初の手術をしてから二十数年たっていた。オヤジと同じくらいの年齢だったはずだから、長生きされた。鰈(かれい)釣りの穴場(東梅≒道の駅スワン44の手前3㎞あたり)を懐かしそうに繰り返し話していた。その時のうれしそうな表情がいまもありありと脳裏に浮かぶ。


 川湯に土曜日午後2時半ころ着いた。羅臼や釧路、浜中から集まるものもいて、10人全員が揃ったのが3時少し前だった。温泉へ浸かってのんびりしてから、調達してきた魚貝類を並べて「プレ宴会」がはじまった。アルコールは缶ビールといただいた北の勝「搾りたて」である。平成16年ものを地下蔵で貯蔵しておいた。夏でも地下室の温度は20度以上にはならないので酒の保存にいい。

 北大病院でオプジーボの投与を受けているメンバーが直前になって治療スケジュールが変わり、参加できなかったのが残念である。かれは北の勝の酒造、碓氷商店の番頭さん。背がでかくていかついが、じつは繊細な人。かれも実直で、まっすぐな性格。ずるいことは決してしない人だ。オプジーボが効いてくれることを祈っている。PD-1遺伝子がコーディングするPD-1タンパクと癌細胞にあるPDL-1タンパクが結合すると、癌細胞が増殖するので、その結合をブロックするのが分子標的薬であるオプジーボである。正常な人にはPDL-1タンパクがないから、副作用はゼロだ。だが、癌抑制遺伝子であるPD-1由来でない癌には効かない。25-30%に人に有効だという。万能の免疫賦活剤ではないのである。

 メンバーは全部で11人、11人なのになぜ九人会なのかは理由がある。わたしが古里根室へ戻ったときに10人となり、会の名称が議論になったという。10人に増えるのだから「十人会」という意見が出たが、もともと9人で始まったのだから、その成立のいきさつを大事にして名称はそのままにしようじゃないかということに収まった。その後、浜中町在住のNが「メンバー申請」をして受け入れられて2年前から参加している。だれでもOKなのかと思ったら、「厳格な審査がある」という、初耳だった。申請を受け付けるのは誰でもいいが、他のメンバーに話して色よい返事があればOK、そうでなければそのままになるという。阿吽の呼吸できまるようだ。
 わたしがすんなりメンバーとして受け入れられたのは理由がある。高校卒業してまもなく、お袋がやっていた居酒屋酒悦に数人が毎月集まって飲み会を始めた、「酒悦会」という名前がその内についた。その後酒悦は名前はそのままで焼き肉が主体の店となった。オヤジもお袋も息子が東京へ行ってしまったので、同級生が店に来てくれるのはうれしかったのである。「酒悦会」が宴たけなわになると、「オヤジさん、電話していいかい?」「いいよ」と店の黒電話でよく東京へ電話をかけてくれた。30分ほどもメンバーが交替で話をしてくれた。酔っ払いばっかりだから、話にとりとめがない、にぎやかだったな。そのたびに古里が懐かしくなった。
 メンバーたちは結婚して子どもができると、子どもも参加して野外でバーべキューしたり、Nのところに集まって新年会をするようになった。光洋町に自宅を建ててからお袋は店をやめた。会の名前も九人会となっていた。そうした長い52年の歴史がある。だから新メンバーを加えるときにはみんなの同意がいる。ぎくしゃくしたくないからだろう。過去には色よい返事が返ってこなかった数名の同級生がいたらしい、きっと面白くなかっただろう。すまない。
 N田のときは、小学校の同級生でもあったわたしに彼から相談があったので、伝えるとみなさん快く承諾してくれた。N田は浜中町にある漁業組合で仕事をしていたが、そろそろ引退ということで、高校時代の仲間が懐かしくなったようだった。そうした思いが伝わったのだと思う。
 ホテルには6部屋確保してあった。二人ずつ5部屋と、プレ宴会用の一部屋である。わたしはN田と同室になった。部屋割りは羅臼のDがやってくれた。ちなみに根室組合に勤めていたE藤とも花咲小学校の同級生である。

 湾中でとれたホタテを昨夜殻から外して一晩冷蔵庫で寝かして熟成させたものを、出発直前に切って保冷剤をいれて車に積んできたから、うまいのなんの、言うことなし。手間がたっぷりかかっている、YさんとYさんの奥さんありがとう。
 Mサイズのエビも2パックあったが、Sサイズのものが混じっていた、味も悪いと水産関係に勤務していた者の意見だった。浜中町のNが、浜中やや厚岸では品質管理が厳しいので、MサイズのパックにこんなにSが混じることはない、根室は品質管理基準が甘いと断じていた。こういう販売のしかたをしていたら、ブランドに瑕がつき、信用されなくなると心配していた。ふるさと納税の返戻品でもそういうことが問題になっている。

 水産関係に勤務していたメンバーが半数以上なので、いろいろ教えてくれる。関係者に迷惑がかかるといけないのでこれ以上書かない。不都合な情報ほど、改善すれば地域ブランドの信用を堅固なものにできる宝の山なのだが、根室人はそういう話題を避けたがる。だれかが、いまでは根室組合よりも歯舞組合のほうが取扱高が多いと発言していた。根室組合が60億円、歯舞組合は100億円と聞いたきがする、驚きである。根室漁業協同組合の取扱高は平成20年には120億円を超えていた。酔っていたので数字は不確かだが、理由については具体例を挙げてはっきり言っていた。要するに人と組織の問題があるということ。弊ブログでも何度かとりあげた。
 中標津と根室の人口問題も根っこのところは同じだろう。50年前のデータと比べたいのだが、検索したら1970年と2018年の住民基本台帳データがあったので、48年間の変わりようをご覧いただく。
 中標津町 17090人 ⇒ 23485人
 根室市  47589人 ⇒ 25953人
 根室市の最近数年間の人口減少は年間600人だから、あと5年もしたら中標津町の人口が根室市を超えるだろう。歯舞組合と根室組合の取扱高に起きた変化と同じだ。
 歴代トップの能力が低いとか、それを支える政策集団のスキルが低かれば、長期にわたって衰退を招くということだ。歴代トップと組織と人事の問題が市役所と根室漁業協同組合に共通して横たわっている。根室はいつまでたっても是正できない。できなければ悪くなるだけ。両方の分野で改革意欲の大きい若い人が名乗りを上げてもらいたい。

 九人会メンバー全員が4月13日の時点で満70歳だから、それぞれ身体がポンコツ化しつつある。すこしボケが混じってきてたまに自分がどこにいるのかわからなくなり始め不安にかられている人、最近慢性骨髄性白血病を宣告された人、メラノーマが肺転移しオプジーボで治療中の人、長年の喫煙が祟って、呼吸音がひゅうひゅうなるようになり、肺機能が落ちてついに煙草をやめたK、糖尿病で薬を飲んでいる人も数人いた。病院に通わず、薬の世話にもならずにすんでいるのは看護師さんが嫁さんのH谷のみ。
 70歳になったら記憶がたまに飛ぶのは当たり前、身体のどこかにポンコツ症状が現れるのも当たりまえ、ケセラセラ。釧路から来たH谷が一番元気がよさそうだった。朝食をおいしそうにバクバク食べて、乗ってきたベンツを運転して帰っていった。神経も図太くなったようだからあいつは百歳まで生きそうだ。(笑)
 ついでだから、慢性骨髄性白血病の分子標的薬について書いておく。こちらは20年ほど前にノバルティスファーマが商品名グリベック(Gleevec)という分子標的薬を開発して売り出した。90%の慢性骨髄性白血病に有効である。発病してから投与すればいい。この病気は9割以上の患者に9番と22番の染色体の転座が認められる。9番の染色体にABL、22番の染色体にBCRという遺伝子があり、それが入れ替わってしまい、それらが近いところにあることでBCR-ABL(BCRエーブル)蛋白(チロシンキナーゼ)ができてしまう。これが慢性骨髄性白血病を起こすのである。BCR-ABLは正常な人にはないタンパク質だから、それを標的にする薬剤は正常な人には何の作用もない。グリベックはBCR-ABLタンパクだけを阻害する薬剤である。本人は発病するまでに何年かあるし、治療の方法もあると担当医から言われている、それよりも脳出血のほうが怖いと笑っていた。
 子どもを三人とも国立大学へ進学させた、根室では珍しい典型的な教育パパ。小学生の勉強の躾には経験に基づいた有効な方法論をもっている。A野が小学1年生の親を集めて、家庭学習の躾のしかたに関する講習会を毎年開催してくれたら、根室の子どもたちの学力は飛躍的にアップする。根室市教委さん、A野を講師に招いて講演会をやらんかね。先生たちには受けるかもしれません。かれは共産党員ですから。少し前まで選対本部で選挙を仕切っていました。九人会にはいろんなやつがいるから面白い。

*グリベック
https://www.anticancer-drug.net/molecular/imatinib.htm
**慢性骨髄性白血病(CML)の原因と診断
https://ganclass.jp/kind/cml/cause/cause.php


 根室のある町内会も同じホテルに団体で来ていた。その中の一人をYが「あれは光洋中学の同級生のM沢さんだ」と教えてくれてから声をかけた。「(ラウンジ)に入って来た時から、いると知っていたよ」とM沢さんがいう。中学校を卒業した年に1度だけクラス会をやったことがあるから、お目にかかるのはそれ以来だ。髪型は中学生の時と一緒だった。Yが中学同級生のebisuだと紹介してくれたが、「だれ?知らない」という顔をしていた。印象が薄かったようだ。(苦笑)

 8時半に宴会が終わってからコンパニオンを派遣してくれた川湯温泉のカラオケスナックに出かけた。11時過ぎまで歌って騒いた。若いころに地元羅臼で劇団を組織したDが、「人情松の廊下」と7分間の長い曲「浪曲俵星玄番」をうたってお開きとした。
 アマチュア劇団の元エースは、浪曲のせりふ回しがすばらしい。77歳のママさん、死んだ兄が歌っているようだと喜んでいた。
 根室についてから2時間ほどぐっすり眠った。四度温泉に浸かって疲れていたのだろう。

<余談>
 メンバーには水産業界関係者が多いと書いたが、わたしが東京から戻ってきた2003年(54歳)のころは、みなさん現職だったから、朝水産市場で買い付けた鮮度の思いっきりいい魚やマツブやエビを大きな発泡スチロール二つに詰めてホテルへもってきた。料理長に頼んですぐに調理してもらいプレ宴会の酒の肴にしたのである。料理はプレ宴会のほうがずっとすばらしかった。広尾産のマツブはとっても美味しかった。魚は高級品の大きなものをその都度市場で選んで買い付けてくれた。歯舞組合と広尾組合、水産物に関してはかなりの目利きだから品選びはたしかだ。
 一度だけ、買い付けて運んだ高級魚を料理長が間違えて他の客の宴会に運んでしまった。申し訳ないと代わりにでてきた魚は比較になるはずのないものだった。買い付けた本人ばかりでなくみんながっかり。長い間にはそういう手違いもあった。食べた客は大喜びだっただろう(笑)
 プレ宴会用の食材と酒の仕入れに、幹事さんが40000円ほど別に予算をとっている。今年の幹事はYさんだった。毎年そうだったかな、さだかでない。

<余談―2:福島第一原発と遺伝子の傷害>
 福島第一原発ではいまだに放射能が出続けている。汚染土も処理の使用がなくてプラスチックの袋で包んで野積みされている。高濃度のトリチウムを含んだ汚染水タンクは福島第一原発の敷地全域に広がり、いずれ満杯になる。これも費用が高すぎて処理できない。海へ放出すれば太平洋がトリチウムで汚染されてしまう。
 放射能は遺伝子を傷害する。遺伝子が傷害されれば、それがコーディングしている蛋白も変異を受ける、変異した蛋白質が癌を起こすことはすでに肺癌と慢性骨髄性白血病の分子標的薬のところで見たとおりである。
 老人でも炎症は起こす。胃炎だって炎症の一つで、傷んだ細胞を修復するために細胞分裂が盛んになる。その時にDNAの複製がなされるが、放射能はそのときこにミスを起こすのである。
 だから、福島県に住んで危険なのは細胞分裂が盛んな胎児や子どもたちだけではない、なんらかの炎症を身体に抱えている老人も細胞分裂が盛んになるので、癌リスクが高くなる。遺伝子異常で起きるのは癌だけではない。遺伝子がコーディングする蛋白質や酵素(酵素は蛋白質である)、ホルモンのなかでもアミノ酸でできているペプチドホルモン(ペプチドホルモンのpeptideはアミノ酸重合体という意味だからやはりDNAがコーディングしている)が影響を受けるから、ありとあらゆる身体や精神の異常がありうるのである。
 福島第一原発事故で撒き散らされた放射能による小児癌の増大はないという医学者がいるが、癌が起きる基本的な仕組みを知っていれば、そうしたバカげた主張がインチキであることはすぐにわかる。細胞分裂の活発な子どもたちに小児甲状腺癌が多発しているのは事故によってばらまかれた、そして今も放出がある放射能に関係があるが、その因果関係は科学的には証明不可能なのである。
 福島第一原発からいまも出ている放射能は福島県に住む子どもたちの遺伝子を傷害し続けており、それが将来あらゆる種類の癌を発生させ、ホルモン異常に起因する精神病を引き起こす可能性が大きい。かように原子力発電所の大規模な事故は取り返しがつかぬ。北海道電力泊原子力発電所で同様の事故が起きたら、190万人の札幌市は廃墟になるだろうし、放射能は日高山脈を越えて十勝平野と根釧原野に降り注ぎ、農業と漁業が壊滅的な影響を受ける。
 生乳は道内産が50%を超えているから、供給不足で価格が暴騰するだろう。玉葱などの農産物の価格もどうなるかしれたことではない。食料品を中心に大幅な物価上昇と供給不足は避けようがない。
 その反面、石狩平野も十勝平野も根釧原野も放射能汚染の被害を知らぬ野生動物が自由にはねまわる楽園となるだろう。放射能の害を知っている人間たちだけが逃げ出す。
 

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#3894 リビングに机増設 Jan. 2, 2019 [ゆらゆらゆ~らり]

 冬はほとんどの時間をリビングで過ごす。2階に大きな座卓があるのでそこでやればいいが、16畳ありリビングと2階の部屋の2か所暖房をつけっぱなしにするともったいないからだ。
 夏は涼しいので2階の大きな座卓を使って本を広げることが多い。気が向けば、仏間で折り畳み式の座卓を広げることもある。畳の部屋は味わいが格別だ。田舎は住居が広いのでスペースを贅沢に使える、東京の家ではこうはいかぬ、ベランダを含めて100平米しかない。
 リビングにはパソコンをおいている机が一つある、それと同じものを90度右側に配置した。椅子を90度回せばそちらの机を利用できる。いままで、パソコンをカリモクのガラスのテーブル(58×58、高さ43cm)にどけて本とノートを広げていた。不便なので机を2個置くことで使い勝手がよいようにした。

 リビングでは女房殿と一緒だから、彼女がテレビを見ているときはそれが気になることがある。集中できていないときだ。そんな時はソニーのポータブルラジオで録音してある語学番組をオープンエアーのヘッドフォン(ゼンハイザー)で聴けばいい。クラッシックのCDも200枚ほどあるからSDに落としてソニーのラジオで聴ける。
 今年はやりたいことがあるので、年間を通じて集中して勉強できるように体制を整えた。そんなに大げさなことではないのだが…形から入る(笑)

写真①:
 この机は、教室で使っているのと同じもの。業者さんの説明によると東京都立高校仕様の机だそうだ。天板は45cm×65㎝である。

SSCN2503.JPG

写真②:
南側の窓に面しているから陽射しがはいってきたらブラインドで調整。ときおり雀がえさをついばみにくる。
SSCN2504.JPG

写真③:
机が二つ、このように直角に配置されている。これで、気が向くとすぐに勉強ができる。
SSCN2502.JPG


*#3900 ソニー製ポータブル・ラジオ・レコーダ:ICZ-R260TV Dec. 29, 2018
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-12-29-1



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#3864 弊ブログ11周年 Nov. 27, 2018 [ゆらゆらゆ~らり]

 30分前に28日になりました。ブログニムオロ塾はお陰様で11月27日に満11歳の誕生日を迎えました。弊ブログをお読みいただいている皆様に感謝申し上げます。
 スキルス胃癌の手術をした翌年、2007年11月27日に書き始めましたが、モデムの通信速度がとっても遅かったのを覚えています。スキルス胃癌と巨大胃癌の併発だったので、まさか12年後にこうしてブログを書いていられるとは思いませんでした。(笑)
 3か月ごとに診察していただいている主治医岡田優二先生(消化器内科専門医)と12年前に手遅れだったわたしの手術を担当してくれた後藤幹裕先生(現在は音更町東木根クリニック院長)に心より感謝申し上げます。

*東木野クリニック
https://www.kinohigashi-clinic.com/guide/

 今年はロードバイクで800㎞走りました。昨年が1800㎞ですから、ずいぶん減りましたが、これくらいが体力相応、そしてブログを書くのもサイクリングほどではなくてもそこそこの体力が必要です。ときどき風を切って走る、ほどほどの運動が体と心の健康にいいのでしょう。無理をすれば身体が壊れます。(笑)

 ところで弊ブログは今年度末には累計500万ページビュアーを超えそうです。どういうわけかこのところPV数が増え、最近一月は2000-3000/day、びっくりしてます。
 終わりの日が来るまで(笑)どうぞよろしくおつきあいください。m(_ _)m

ニムオロ塾

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#3778 ハマナスの花が咲き始めた July 6, 2018 [ゆらゆらゆ~らり]

 ハマナスは砂地だと樹が大きくならないが庭土に植えると人の背丈ほども伸びる。30輪ほど大ぶりの花をつけた、実をジャムにするとおいしい。
 
ハマナスは強い香りを周囲に放ち、香水をまとった女性が歩いた後のようだ。
 
ハマナスの精が花の数だけふわふわ舞っていたのだが、カメラを向けたらさっと花影に隠れてしまった。

 今日の気温:8.8度~13.4度

SSCN1738-1.jpg

 左クリックしたままマウスを任意の方向へ動かしてください、全画面がでます。
SSCN1738.JPG


SSCN1739-1.jpg

 根室市総合文化会館で学校祭の催し物の一つである合唱コンクール(全学年全クラス対抗)が開かれた。明日(土曜日)午前中に明治公園で恒例の「仮装&ダンスパフォーマンス」が行われる。


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#3714 ブログ2週間お休みします(お知らせ)Mar. 16, 2018 [ゆらゆらゆ~らり]

 陽射しが強くなり、日没が5時、道端の雪がほとんど溶けました。
 高校の合格発表も終わったし、2週間のんびりします。
 たまった「毒」を抜く2週間です。(笑)
 4月になったらまたアップします、ごきげんよう!


 今日の北海道新聞記事から
 五十嵐議員の質問に答えて、市内の高校卒業者数を市長が164人と答弁していますが、これは根室高校だけでしょうね。今春卒業の根室高校の定員は200名、根室西高校の卒業者数が抜けていると思われます。事前通告の質問でしょうから、教育部長と学校教育部長がドラフトをチェックしたはず。よそからおいでになった教育長がチェックできないのはしかたありませんが、教育部長がチェックできないのでは仕事になりません。市教委の体制に問題ありですね。
 市内への就職希望者数は43人と出ていますから、26.2%ですね。地元企業は経営改善しないと人材を補充できません。1月末時点の求人数は131人だそうです。88人も人手不足です。
 人を大事にしない企業、経営改善をしない企業は、人員不足からいずれつぶれるということ、その点では都会も田舎も同じですよ。ブラック企業からつぶれていく。経営改善しない、閉鎖的な経営は外から見たらブラックです。
 ふだんの学力テストデータすら見ようとしない市教委も、市のほうで7割の委員を指名する「〇〇市民委員会」を利用している市政も同じブラックです。職務権限を持っている大人たちが、真摯に足元から改善すれば、町はずっと住みよくなります。春です、新しいスタートを切ったらいかが?

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#3688 雪かき道具とアフター Feb. 7, 2018 [ゆらゆらゆ~らり]

 雪かきには道具がいる。雪の少ない地方にお住まいの方に道具の紹介をしたい。わたしが使っているのはつぎの5種類である。

<写真:#①>
SSCN1362.JPG

 左側から、
 ●竹箒
 ●プラスチック製スコップ(金属ブレード付き)
 ●ママダンプ(小)
 ●アルミ製スコップ
 ●鋼鉄製スコップ

 竹ぼうきは数センチの積雪で、冷えているときに便利だ。雪はダウンのようにふわふわだから、簡単に掃き寄せられる。
 ママダンプは大きいのがひびが入ったので、最近小さいものを購入した。大きいママダンプだと1mくらいの高さに揚げるのに、全力でやらないと上がらなくなったので小型のものにした。これなら1mぐらいの高さなら簡単に上がる。ステンレス製の覆いが先のほうについているので、硬い雪でも平気だ。中央部分に横棒がついているが、ここを握るとスコップのように雪をのっけて投げることができる。大型のママダンプはこの小型のママダンプの3倍くらいの雪が載る。
 アルミ製スコップは雪がたくさん載る。車用のワックスを塗って磨いてあるから、雪離れがよい。アルミは弱いから真ん中の部分がめくれて、端がとがってくる。2cmほどとがっていたので、モンキーレンチで挟んで折り取った。ペンチでは握力が80㎏あっても折れないだろう。
 鋼鉄製のスコップは、梅ヶ枝町に住んでいたころからのものだから、ひょっとしたら60年使っているかもしれぬ。これが一番頑丈で、ブルが圧雪した雪でも平気で断ち切ることができる、昔の道具は丈夫だ。これも車用ワックスを塗って磨いているから雪離れがいい。スコップに雪がくっつくと重たくなる。放り投げたときに雪離れのよいスコップは使っていて気分がよいものだ。

<写真:#② after>
SSCN1369.JPG

 この写真は塀際に積んだ雪だ。道路の角に寄せられた雪を全部ここに積んだ。この道路はバス通りに接続している。塀の切れたところがバス通りだ。

<写真:#③ after>
SSCN1372.JPG

 バス停前の除雪が完了。奥の塀の切れたところを右折すると東根室駅だ。角の所にあった雪は全部右に曲がったところにある塀沿いに積んだ。バス停前の雪は塀の右側に見えている雪山にかわった。庭に全部積んだら1.8mほどの高さになってしまった。南に面しているから、太陽が出て気温が上がれば、雪山がどんどん融ける。冷え込めば凍結乾燥して表面がスカスカになる。

 趣味は雪かき、冬はとってもいい運動になる。夏はロードバイクで「牧ノ内専用コース」を疾駆する、昨年は1857㎞走った。根室最高!(笑)

#3687 道路やバス停の除雪と地域住民の役割 Feb. 6, 2018
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-02-06


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#3687 道路やバス停の除雪と地域住民の役割 Feb. 6, 2018 [ゆらゆらゆ~らり]

 7日朝、福井県坂井市では136cmの積雪で、10kmにわたって車1500台が立ち往生している。
*「<大雪>1500台が立ち往生 福井の国道 
https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0206/mai_180206_6612498946.html

 根室では日曜日(2/4)に23㎝の積雪があった、根室では今年初めての「大雪」である。月曜日まだ雪が降り続く中、朝の通学路確保のために暗いうちから歩道の除雪が始まっていた。雪が降った後は関係者の皆さんは除雪に大わらわだ、ご苦労様。
 国道とバス通りの車道が優先除雪区域だろう、バス通りへつながる脇道がその次の優先順位。
 家はバス通りに面した角地にあり、わたしは車庫前の除雪を最優先している。車を車道に出す通路を開けないと、買い物にも行けない。車庫前は塀の関係で風が舞い吹き溜まりになる。敷地内の雪は庭に積み上げることにしたので、ご覧の通り1.6mほど乱雑に積みあがっている。①の写真が庭に積みあげた雪山である。同じ面積ぐらいはまだ積む場所がある。
 雪の多い青森に住む人たちの除雪は実に上手だ。歩道に2mほども積み上げている。立方体にカットした雪をきれいに積み上げる、あれはまねができない。

写真#①
SSCN1329.JPG

 ②の写真はバス通りへの出口である。ここをふさぐように高さ1m幅2m長さ2mほど雪がたまっていた。右側からブルが来るので、左側の角地に雪を押し付けていく。普段は別のブルがこの写真の下側から上がってきて角にたまった雪を取り除くのだが、どういうわけかそのまま放置された。1日たっても来なかった。バス通りの除雪を担当したブルの運転手は、いつも通りの仕事だったのだろう。以前は高く積み上げる人もいたが、そういう時はわたしが山を崩して低くする。バス通りへ出る車の左側の視界を確保するためだ。
 今回は左車線がふさがってしまっているので、下側から上がってきてバス通りへ出る車は車線が雪山でふさがっているから反対車線に出て左右確認をしなければならない。バス通りから左折してくる車がすれ違えない、危ないので除雪することにした。左側がコンクリート塀なのでそこに積み上げた。端から端まで16m、幅が1.3mほどしかないので高く積み上げるにはちょっと工夫がいる、そこが楽しい。

写真#②
SSCN1341_LI (2).jpg

 ③はバス通りの歩道側から撮ったもの。白ペイントの部分に雪山ができていた。ブルを操作している人も迷うのではないか?角まで雪を押し付けると、雪山の背丈が高くなり、脇道からバス通りへ右折する車から左から走ってくる車が見えなくなる。かといって、雪山の背丈を低くしようと思うと今回のようになる。いつもは脇道を除雪するブルがバス通りまでバックして一気に押して下まで通路を開く。今回は連携が悪かっただけかもしれない。脇道のブルがバス通りまで上がってこなかった。そういうときはわたしの出番である。趣味は「雪かき」、身体の血の巡りがよくなる。汗びっしょり。
 この歩道の手前から奥に向かって20mほどコンクリート塀がある。ブロック塀では地震があったときに倒れるかもしれないので、小・中学生の通学路であること考慮してオヤジがコンクリート塀にした。地上に出ている部分と地下の部分が同じくらいあるからどんなに大きな地震が来てもこの塀が倒れることはないだろう。

<写真#③>
InkedSSCN1340_LI.jpg

 ④はバス停である。車庫前からバス通りまで除雪が終わると、今度はバス停が家の前にあるので、そこの除雪をする。老人が乗るので除雪しておかないと危ない。向かい側の道路にもバス停があるが、そこは最後だ。
 除雪して置いたら、今日(2/6)バス会社のブルが来たようで、幅が広がっていた。
 
家の前のバス停から午前中にバスに乗った人は、午後戻ってきて道路の向こう側のバス停で降りる。除雪してないと歩道へ上がれないので、50mほどつるつる滑る車道をお年寄りが歩く、見ていてとっても危険だ。転倒したら骨折して、寝たきりになりかねない。この中学校前の道路は根室で一番高台である浄水場から緩い下りカーブで、圧雪されていると車のコントロールが利かないことがある。ボックスカーが滑って屋根が下になったことがあるし、道のわきの雪の山に軽四が突っ込んだこともある。夏のことだが、下りの緩いカーブを曲がり損ねて死亡自損事故も起きている。
 家の前の雪かきを終わって家で休んでいると、女房殿から「向かいのバス停の除雪しておかないと」と叱咤激励が飛ぶ。「はい、行ってきます」とスコップをもって道路を渡る。道路の向かい側のバス停の除雪をやることで事故が未然に防げるかもしれない。

 さて、バス会社の除雪がずいぶん減ったように感じる。十数年前はバス会社の雇った人がバス停の除雪に来ていた。細い通路を開けた後、翌日にバス会社のブルが来て、幅を広げていた。いまではバス会社のブルも滅多に来ない。
 観光バスが冬場でも毎日のように来ている。日本最東端の(無人)駅があるからだ。そのバスもバス停の前でとまって観光客を降ろし、また乗せて去る。広く除雪してあるので、雪道を歩くのに不慣れな観光客を降ろすには、雪のないところがいい。観光客もお年寄りが多いのである。数日前に買い物をして戻ってきたら、観光バスが停車していて車庫入れできない。車を降りてバスの運転手さんに事情を話し少し前に移動するようにお願いした。「日本最東端の駅」へ観光客を運んできてくれる運転手さん、ありがとさん。
 根室の観光スポットの一つである「日本最東端の駅」には観光客のためにトイレを設置してもらいたい。JR北海道は経営が苦しくて無理だろうから、観光を推進している根室市のほうでやるしかない。切羽詰まった声で「トイレ貸してください!」と女性が飛び込んできたことがある。

 乗客が少ないからバス会社も除雪費用を削らざるを得ないのだろう。公共交通を維持するために、地域住民の協力が必要な時代になった
 住宅の1/3が空き家になる20年後がどうなっているか想像してもらいたい。いまのうちに手を打たなければならないことが見えてくるのではないか?

 全部除雪するのに3時間あまりかかかりました、もちろん、休み休み数回に分けてやりました。右側に残っている雪山は、少しずつ塀の中へスコップで投げ入れて、しまいにはなくなります。

<根室へ移住のススメ>
 夏はサイクリング、冬は雪かき、すてきな根室暮らし、夏のサイクリングと冬の雪かきの好きな人はどうぞ移住してください。地元で獲れる新鮮な魚貝類と適度な運動で健康に暮らせます。ちょっと郊外に出ると、人と出会うことなく自然の中を散策できます。

<写真#④>
SSCN1344.JPG


<達成感!>
 塀沿いに積み上げた雪の山を眺めて、にんまり。やったぜ!

<写真#⑤>
SSCN1345.JPG



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#3617 真夜中の地震 Sep. 21, 2017 [ゆらゆらゆ~らり]

  今日(9/21)の真夜中に地震があった。ゆっくりとした揺れで長かった。寝入りばなだったので起きるのも面倒くさいし、秒数だけ頭の中でカウントしていたら、30を数えても同じ調子で揺れ続けている。
  2011年3月11日の東北大震災の時の揺れによく似ていたが、大きくならないところが違っていた。揺れがゆっくりなのは震源が根室から遠く離れているからだろうと考えながら、また眠りに落ちた。

  気象庁の地震データを検索してみたら、午前1時37分に三陸沖、深さ10㎞のところを震源とする地震があった。マグニチュード5.9、なるほど揺れが大きくならないはずだ。根室から青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県の太平洋岸にある地域のほとんどが震度2の揺れを記録している。

  地震があると、半分眠っていても揺れている時間をカウントし、マグニチュードの予測や震央がどのくらい離れているのか見当つけるようになっている。揺れが激しくなったら、ベッドから跳ね起きたのだろう。

*気象庁地震データ
http://www.jma.go.jp/jp/quake/20170921014316395-210137.html

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平成29年09月21日01時43分 気象庁発表
21日01時37分頃地震がありました。
震源地は三陸沖(北緯38.0度、東経144.4度)で、
震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は5.9と推定されます。
各地の震度は次の通りです。
なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。

北海道  震度2  函館市泊町* 新冠町北星町* 釧路市黒金町*
          釧路町別保* 標津町北2条* 別海町西春別*
          根室市厚床*

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  ところで、北朝鮮が9月3にに地下水爆実験をしてから、地震が多くはないか?日本各地で起きているだけでなく、メキシコでは9月8日にM8.2、そして12日にM7.1の地震が起きて大きな被害が出ている。規模の大きい地下核実験は地震を誘発するのではないか?
  この次に北朝鮮が水爆の地下核実験したら誘発地震に要警戒。


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#3543 春の野付半島 May 21, 2017 [ゆらゆらゆ~らり]

 昨日(5/20)は天気が良かったので女房殿を誘って野付半島までドライブしてきた。行きは風連湖の脇を通ってオホーツク海沿いを走る。
 道の駅「おだいとう」に寄ってソフトクリームを食べた。建物の横に木製の頑丈なテーブルとベンチが3組並んでいたので暖かい日差しを浴びながらまったり。半分はバナナを入れたヨーグルトに混ぜて食べたら案外おいしい。ほんのりとした甘みがヨーグルトにつくのである。別海牛乳を原料につかったソフトクリームだった。ヨーグルトも別海牛乳で自家製造しているもの。
 札幌から来た観光客が「ホッキカレーがおいしかった」と叫んでいた。1階に小さなレストランがある。

 1時の根室の気温18.7度 東南東の風2.1m

 根室にしては珍しく穏やかで温かかった。道の駅「おだいとう」の3階展望室には3台の望遠鏡があって、20倍だったかな、それで見ると野付半島を走る車が見えた。すぐ目の前の海にはカモと白と黒がはっきりした水鳥がいた。
 そこから野付半島トドワラの道の駅までは30分ほどだ。野付半島の道路はところどころアスファルトが陥没していた。80km以上で走ると穴を回避しそこなうから危険だ。トドワラの道の駅を通り越して灯台へと向かったが、道は途中で立ち入り禁止になっていたので、そこにある駐車場でUターンした。野付半島の左側が北で外海、国後島が見えるはずだが、陽気がいいので16㎞先にそびえる国後の連山がまったく見えない。海上に水蒸気が多いのだろう。冬のシンと冷えている時がはっきり見えてよい。

 トドワラの道の駅で車を降りて、建物内に入り、すぐ前のベランダへ出ると、キタキツネが飼い犬のように寝そべっていた。親子連れがいたがもちろんだれも餌はやらない。餌付けすると人間に寄ってきて車の事故に遭ったりするからだ。2階には野鳥の写真がたくさん展示されていた。
 トドワラの40年前の写真があったが、現在とまるで様子が違う。湿地帯に木が枯れたまま林立していたのがほとんどなくなっている。52年前、高校生のわたしに写真の引き延ばしを手ほどきしてくれた人は、トドワラの写真で運輸大臣賞をいただいたが、あの写真の迫力のあるトドワラはいまはもうない。50年の歳月の大きさを思う。
 2階に展示してある40年前のトドワラの写真は自然の迫力が伝わってこない平凡なものに感じた。出来上がった写真には、撮り手の思い入れや執念が映り込むもののようだ。50代で亡くなった根室の写真家「浜ちゃん」の写真には光と影が織りなす一瞬を切り撮る執念を感じさせる作品があった。わたしには撮れない。


 ナラワラまで5分ほどだ、そこで車を停めた。こちらの方が立ち枯れた倒木の数が多いが、逆光で写真が撮れなかった。3時少し前にナラワラを出て、中標津経由で帰ることにした。
 中標津の東武サウスヒルズに回転寿司の「花丸」があるのでそこで食事。ホタテと本マグロの生があった。私は好きではないのだが、北寄貝は女房殿の好物だ。マツブもおいしい。根室の子供たちはサーモンの炙りが大好きなようだ。醤油を垂らすと脂をはじく、いかにもうまそうだが、チリ産の養殖サーモンだろう。根室が本店の花丸は東京丸の内の切手ビルにも出店しているが、他の回転寿司とは比べ物にならないほどネタもシャリもよい。いい店だ。

 根室産のトキが旬で安くなった。このところ朝食によく出てくる。一時は一切れ500円だったが、100円に値下がりしている。漁がいいと漁師さんたちも消費者もうれしい。
 家に5時半ころついた。

 全行程224.5㎞、ずっと運転したが、途中で何度も車を降りて休憩したので楽だった。

 
<余談>
  数日前から庭の桜が咲きだした。紫つつじも細い枝に小さな花をたくさんつけてにぎやかだ。3日ほど暖かいのでチューリップも黄色と赤の彩を添えている。隣の家の桜もその隣も、桜が満開。
  光洋中学校の桜は今が盛り。

#3527 「九人会」川湯温泉旅行 Apr. 10, 2017 [ゆらゆらゆ~らり]

  高校時代の同級生が「九人会」という会を作っている。根室人は会が好きだから様々な会が根室にはある、そういうものの一つと考えてもらいたい。恒例行事が年に2回ある。正月2日の新年会と春の川湯温泉旅行だ。
  昨年の高校同期会の折に、散布漁協で仕事をしていたN田が「俺も参加したい」とメンバーの誰かに告げたようだ。もちろん歓迎で今回はゲストだが次回からは「正会員」である。東京から故郷へ戻った私もすぐに受け入れてくれた。
  土曜日のお昼ころに、根室の魚屋さんで刺身や冷凍煮エビを買い込み、酒も仕入れて、A野の車に6人同乗して川湯へ向かう。2時40分に到着した。
  羅臼のD目と釧路のH谷が先に到着して部屋割りを決めてくれていた。自然に役割分担ができている。わたしは根室漁協に勤務していたE藤と同室だ。さっそく風呂に入り、3時から宴会を始めた。
  他のメンバーはビールだが、わたしは北の勝「大海」をいただいた。北海島エビの剥き方下手くそなのを見かねたA野がやり方を教えてくれる。数尾やってみたら少しできるようになった。味噌の部分を落とさない剥き方がある。E藤が見かねてA野を突っつき、小声で「トシに剥いてやれ」と言う。A野が数尾剥いてわたしの皿に放り込んでくれる。胃のない私は十数尾食べたら満腹だ。6時までみんなでワイワイガヤガヤやりながら飲んだ。もう一度風呂に入って6時半から宴会である。
  コンパニオンが2名きた。御馳走が並んでいるが満腹でほとんど食べられない。N田が特別な牡蠣を持参してくれた。養殖の手のかけ方が違うのだそうだが、癖のないうまい牡蠣だった。二つだけいただいた。
  九時少し前に近くのスナックに6人で繰り出した。「ザックバラン」という店名だった。カラオケで歌って騒いで10時半すぎにお開き。店を出てラーメン食べて帰るというので、わたしは寄らずにまっすぐホテルへ帰るからと告げると、A野が一緒に帰ろうと強く誘うので、暖簾をくぐった。醤油味のさっぱり系のラーメンだった。A野が子どんぶりを頼んで、わたしに少し分けて「食え」という。これぐらいなら、明日朝に下痢を起こさずに済みそうなので食べた。優しい奴だ。高校時代から共産党でがんばっている。
  漁協関係者が多いから、牡蠣やウニの養殖の仕方、同じものでも栽培場所が異なれば味も違ってくるし、手のかけ方も千差万別。ウニの養殖には餌として草のイタドリを使うところが多いそうだ。最後に食べさせるのが昆布だ。品質の良い昆布がウニの味を決めるという。道内各地は宮城県の種苗センターから牡蠣の種を買い入れて養殖栽培しているという。厚岸には種苗センターがあり、自給自足できるようだ。厚岸湾の大黒島には固有種が棲み着いており、固有種の保存に努力している。偉いものだなと感じ入ったしだい。知らないことだらけだから、漁業組合関係者であった彼らの経験と知見を聴くのは楽しい。

  来年は夫婦同伴でどうだという提案が羅臼のDからあった。子どもの年齢が同じ友人同士は家族ぐるみの付き合いがあった時期があるが、そうではない者もいる。奥方同氏は友人関係ではないからそのあたりの配慮をどうするか、幹事さんが考えてくれる。女房殿は3人の奥方と付き合いがある。
  初参加のN田が喜んでいた。根室と浜中は離れているから、すんなりと仲間になれるか心配だったのだ。飲み始めたらすぐに高校時代の和気藹々とした気分に戻っていた。

  A野は一人ずつ家まで送ってくれた。往復の安全運転ありがとう。


<余談-1:Y岡>
  九人会は同級生の会と書いたが、一人だけ例外がいる。Y岡である。太平洋石油の根室元支店長といえば根室では大概の人が知っている。彼だけはクラスが違う。しかし、高校を卒業してからわたしのクラスのメンバーと「酒悦会」を毎月のようにやっていたから、クラスのメンバーのようなものだ。Y岡は中学校時代の同級生で、そのときの三人の親友のうちの一人である。
  高校の担任だった富岡先生は50歳を過ぎたころ、ご両親の介護のために教員をやめて東京大田区に戻られた。東京では二年に一度くらい同期会をやったが、富岡先生は毎回出席してくれた。あるとき、先生がこんなことをおっしゃった。
 クラス会に見慣れないやつが混ざっているので、「お前は誰だ?」って訊いた。そうしたらY岡が「ebisuの友人です」と応えた。「みんなも(違和感なく)認めているようなので、お前の友人ならいいかと思って、「名誉市民」として認めた」と笑っておられた。先生はY岡の人柄を一目で見抜いたのだ。
  先生は最初の癌の手術のと数年して癌が見つかり、3度手術をした。最初の手術から数えて二十年ほど、一昨年亡くなられた。好い先生だった。

<余談-2:体調>
  2月から首と右肩から腕にかけてしびれた感覚があり、だるくて重い感じがして睡眠がとれない。神経を痛みが走るので、その都度寝返りをうち姿勢を変えるがダメ。そのうちに疲れ切ってしばらく睡眠がとれる。
  35歳の時に首と左肩から腕にかけて同じ症状を起こしたことがあった。新宿西口のNSビル22階で仕事をしていたから、4階にある東京女子医大循環器センターで治療を受けた。1か月ほど通院治療を続けたが治らなかった。首の神経を切ればよくなると言われたが、神経を切断するのは乱暴な話なのでお断りして、通院をやめた。毎日冷たい牛乳を2L飲んでいたのでそれをやめた。そして肉食を減らしてみたら、徐々に症状は改善を見せて、完治した。対処が適切だったかどうかは不明だ。自然に治ったのかもしれぬ。
  今回はカイロで温湿布すると症状が改善することが分かったので、痛みがひどくて眠れない時にはやっている。東京へ2週間行っていたのでそれもあって、体重が3㎏も減少し、58㎏になった。体力が著しく低下してしまった。
  この旅行で1kg増えた。川湯の水(摩周湖の伏流水?)がおいしくて、宴会の間ずっとちびちびと水を飲み続けていた。少し元気になった、ありがたい。

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