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金刀比羅神社のお祭り ブログトップ
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#3804 根室金刀比羅神社例大祭:本宮の夜 Aug. 10, 2018 [金刀比羅神社のお祭り]

 前回は10日の昼の部でしたが、今回は同じ日の夜の部、和太鼓の競演です。アスファルトの地面を太鼓の振動が伝わってきて、心がわしづかみされます。根室っ子は祭りの太鼓の音が大好きなのでしょう。ニムオロ塾にも開塾当初から和太鼓娘が多い。最初の年は根室高校ぎりぎりの生徒が2013年1月下旬の和太鼓グループの3日合宿に行ってます、受かってからいいようなものの、危険なかけでした。K.Aさん、印象が強かったのでいまでも名前を憶えています。和太鼓グループは根室太鼓のほかにもう一つあったのではなかったかと思います。全国準優勝したグループがあったのではないか。あるいはどちらも根室太鼓かな、そのあたりがはっきりしません。どなたかわかったら投稿欄で教えてください。

①「先太鼓と金棒の競演」が始まりました、最初に入場したのは東部祭典区です。建てき手が赤、横笛のチームがいます。
場所:緑町1丁目交差点
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②金棒隊が入場してきました。動きが激しいのでにじんで写りました。
SSCN2086.JPG

③四祭典区の先太鼓が全部そろったようです。東部と向かい合わせなのは西部祭典区の先太鼓です。叩くのとは反対側の面が1mくらいですから、打ち方が弱いと太鼓の革が共鳴して振動し、撥がはじき返されます。まさに喧嘩太鼓です。50年前はわざと50㎝くらいまで近づけて力比べをしてました。血気盛んな若衆が多かった。
SSCN2087.JPG

④太鼓たたいています。赤のも王の入った祭典区は叩き手が10人以上いますね。思いっきり叩くので長くは叩けませんから、次々途切れないように上手にバトンタッチしていきます。
SSCN2088.JPG

⑤四祭典区全部の金棒隊が入場して回っています。
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⑥完全に逆光です、いま気がつきましたが、移動が面倒なこととムービー機能を使いたかったので、そのまま撮影続行。これはこれで味があります。
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⑦東部祭典区和太鼓演奏がはじまりました。ここからがたまらない、お祭りの夜のクライマックスです。今年3月に東京多摩市で4グループの和太鼓演奏を見ましたが、技術レベルがまるで違いました。毎年のお祭りめがけて一生懸命練習を繰り返している。腕のよい先輩から後輩へと技術が引き継がれている。そして外枠から和太鼓グループ根室太鼓が各祭典区の技術手ベルを維持・向上に努めています。FBのほうにムービーをアップしてあります。
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⑧大太鼓の下に控えている獅子舞2組が太鼓のリズムに合わせて、首を振り尻尾をふって動き出すと、周りの女の子たちが「こわい!」とお父さんの陰に隠れます。まるで生きて踊っているようないい動きなのです。三人一組で一つの獅子を操るのはこの第三祭典区だけです。機会があれば、来年是非来てご覧になってください。同じ日のおなじ時間にやります。
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⑨横に長い写真になってますので、ドラック(左クリックしたまま横にずらす)すると全面がでます
 絵画の大作ような写真が撮れました。コンデジカメラで望遠機能を使ったので、画質が悪くなり粒子が荒れてしまいました、偶然絵画風に、ワッハッハ。でもこういう絵を描いてみたいと思います。
SSCN2094.JPG

⑩第一祭典区の和太鼓チームの演奏風景です。前に位置している三人のうごきが柔らかく、ぴたっと一致していました。面白い動きでした。一番前の人がいわばコンサートマスターです。
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⑪四祭典区全部の先太鼓と金棒の競演スナップです。
SSCN2096.JPG

⑫四祭典区先太鼓と金尾部の競演
SSCN2097.JPG

⑬これも同じです、金棒チームの躍動感が写っています
SSCN2098.JPG

⑧-2 ムービー画像からプリントしました。左クリックしながらドラッグして全画面をごらんください。迫力のある絵が画面いっぱいに広がります。
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長いことおつきあいくださってありがとうございます。これでおしまい。


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#3803 根室金刀比羅神社例大祭:本宮の昼Aug.11, 2018 [金刀比羅神社のお祭り]

 金刀比羅神社例大祭本宮の昼の巡行スナップ写真とキャプションをご覧ください。根室のお祭りは若者の意気盛んです。学校の先生も毎年三人ほど参加しています。
 お神輿だけ#3802へアップ済みです。
 

①先頭は東部祭典区です。場所は国道44号、根室駅交差点手前です。歩道橋とホテル・イーストハーバーが写っています。
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②場所:駅前交差点
東部先太鼓です、小雨が降っていたのでビニールシートをかけてます。力いっぱい叩くので濡れたままでは太鼓の革が破れちゃいます。叩きにくいでしょうね。
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③東武祭典区金棒チームです。前に控えて背中を向けている若衆二人が全身で拍子をとってチーム全員に伝えます。オーケストラにたとえると指揮者役です。
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④東武祭典区の子どもの先太鼓です。移動しながら叩くのでむずかしいのですが、女の子がしっかり叩いてました。
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⑤東武祭典区の子ども神輿です。各祭典区がみな子ども神輿をもってます。


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⑥東部祭典区の山車です。この写真の順序が各祭典区に共通です。
場所はあいかわらず駅前交差点、国道44号です。
SSCN2079.JPG


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⑧第一祭典区のこども先太鼓です。小学生の女の子が叩いてました。道路の向こう側に映っているのは旅館です。いい場所にあります。
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⑨カネカのマークが白字で壁にくっきり書かれています。レンガ造りかな?「北の勝」で有名な碓氷商店の酒蔵です。3棟並んでいます。皆さんご存知、日本製東端の造り酒屋。高校同級生のニックネーム「オトヤさん」が番頭さんをしています。碓氷さんは酒蔵を一般公開していないので見学はできません。一度だけ現当主がテレビ取材に応じて酒蔵にカメラをいれたことがありました。2年前だったかな、あれはびっくりでした。なかのよい友達が番頭さんでも、酒蔵には入れてもらえません。蔵の中は空気たしっとりして、酒の香りが漂っています。奥多摩の澤乃井は10回ほども見学したし、山梨県まで酒蔵見学にでかけたことがありました。カネカのマークの入った酒蔵を背景に祭りを切り取りたかった、うまくいきました。
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⑩先太鼓ですね、服装の色から見ると西部祭典区です。
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⑪西部祭典区金棒隊の行列
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 夜の部は#3804でアップします。


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#3803 根室金刀比羅神社例大祭本宮:神輿巡行 Aug. 10, 2018 [金刀比羅神社のお祭り]

 10日の神輿巡行を根室駅前で待ち構えていました。交差点から駅まで神輿は往復するのですが、途中駆け足がはいります。1.5tの神輿に太くて長い組み木が付属するので、総重量が1.8tになっています。誰かがこけたら重いですから、総崩れになり怪我人や死人が出かねません、それほど危険な駆け足ですが、いまだ事故無し。神様が載ってますからね。

①鮮魚店の海鮮市場前ですね、その隣ピンクの建物は喫茶店モンブラン、わたしが高校生の頃に(1964-67年)よく利用しました。高校生にはふさわしくないお小遣いがありました。家業のビリヤード店を毎日手伝っていたからです。土曜日なんか、「オヤジ寝ていていいよ、俺朝まで店見てるから」と、翌朝8時ころに交替してました。お客さんが多かった。人口4.8万人、若い人がとっても多く、活気にあふれる町でした。
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②写真が大判だと走って疲れたという表情がよくわかるのですが、サイズが小さい。FBには8Megaでアップしてるので、一人一人の表情がわかります。
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③神輿の写真は上から撮ってはいけないのです。北海道新聞が朝刊に上から撮った写真を載せてました。ルールを知らなかったのでしょう。来年は上から撮らないように。50年前は神輿が通るのを2階から見物するのもはばかられていました。北海道銀行の向かい側に家がありましたが、いつも2階の窓から、通りを歩く同級生と話をしていたので、神輿も2階から眺めようとするとお袋に叱られました。「降りてきてみなさい!」
 同級生のKが神輿の先導係をしていますが、国道にかかっている歩道橋に人が上がっていると、大声で降りるように注意してます。神輿は人が下りてからでなければ、通りません。運航の邪魔をすることになります。
駆け足で往復したので担ぎ手はヘタっています。だから、交替です。ここ(常盤公園前)から「北の勝」碓氷さんの酒蔵まで下り坂ですから、疲れていたらアブナイ。支えきれなくなって事故を起こします。神輿の前部分には制御のための人員を配置しています、服装が違うのでわかります。
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④交替しました
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⑤お酒北の勝で有名な碓氷商店の前です。道路の手前側(撮影者の背中側)が酒蔵になっています。一般公開はしてません。高校時代の仲のよい同級生が番頭さんをしていますが、私が頼んだって無理です。もちろん頼んだことはありません。友達に無理を言ってはいけません。今日も忙しそうに碓氷商店本店前で祭りの接待してました。忙しいに決まっているから声もかけませんでした。けっして仲が悪いわけじゃありません。(笑)
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⑥御旅所に到着、奥に鎮座しています。緑町1丁目交差点です。
ずっと仮小屋を組み立てて運営、祭りが終わる都度解体していましたが、数年前に固定施設にしたとたんに、祭り当日に雨が降るようになりました。金刀比羅神社の例大祭は根室では雨が降らない得意日だったのです。だから、子どもたちは「お旅所を造った祟りだ」と噂してました。全国放送になった高潮騒ぎもあったからでしょう。あの時は御旅所の床すれすれまで水が来たそうです。祟りではなくて建てたところが洪水がよく起きる低いところだったのと、根室半島がこの50年間で50㎝沈み込んでいるからなのでしょう。それと異常気象が増えたことなどによる、複合原因というのが事実でしょう。今年も雨が降りました。神輿は12時半に御旅所を出発する予定になっていましたが、朝から雨、でも小ぶりでした。2時にはやんでます。
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#3802 金刀比羅人社例大祭:宵宮 Aug. 9, 2018 [金刀比羅神社のお祭り]

<根室金刀比羅神社例大祭:宵宮>18:30~20:05
台風13号は21:45石巻市の東南東120㎞にあり、東へ遠ざかっている。午後6時半から緑町交差点で手古舞と山車の競演が開かれた。学生たちは金刀比羅神社のお祭りに一斉に帰省する。友人たちに会うにはこの3日間がベストだ。
19時の気温は13.2度、北東の風5.0m/s
寒かった、写真に写っている人の服装は浴衣アリ、冬用防寒具アリ、さまざまです。中学生に浴衣が多かったかな。大人は寒くてとてもそんな薄着でいられません。

金色に輝くセンスを頭上にかざしたところをパチリ、手古舞です。クリックすると写真全体が見れます。
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弥生町の坂の上から夜店の列を撮ってみました。今日と明日の夜が一番人出が多い。一人、元塾生を見つけました。
金魚すくいがまだありました。食べ物の夜店が多い。左手前の店は「フルーツあめ」。

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第一祭典区、待機中です。寒いので他の山車が演奏しているときに、エアーで相手のリズムに合わせて太鼓を叩くしぐさをしてました。身体を動かしていないと寒い。わたしも風邪ひいたかもしれません。
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東武祭典区、ただいま次の出番待ち。さっきまで白い歯を見せてほほえんでいたのに、シャッターチャンスを逃がしました。高校生の和太鼓娘の一人かな?
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これは第三祭典区の山車です、この後ろにフィギュア―が載ってます。
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第三祭典区の山車です。全部で四区あります。ここの祭典区の太鼓はテンポの速い神田ばやし。7ときどき腰を浮かせて叩いて、ドスンと腰を落とすので山車がゆれます。前の五人がぴったりあわせて動くので、揺れます。そんなところに注目してほかの祭典区と比べて太鼓の演奏を見ているとおもしろい。

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右側が東武祭典区、左が第三祭典区です。四区全部が交差点の中央の狭いところで、太鼓を打ち鳴らします。和太鼓の喧嘩です。アンサンブルではありません。それぞれのリズムを叩きあって他を圧倒します。
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#3580 年に一度お祭りの時に飲む特別なお茶 Aug. 14, 2017 [金刀比羅神社のお祭り]

<更新情報> 
8月15日夜11時55分 400年に一度の大津波に備える

金刀比羅神社のお祭りのときに、「北の勝」ではパイプを引いて蛇口をつけて酒造りに使っている湧水をふるまう。10日にそこから300ccほどいただいてきた。
  その水でお茶を入れて飲む、これが実においしいのだ。年に一度しか飲めないからなおさらだ。今年も貴重なお水を沸かしてお茶を入れていただいた。

  お茶の葉は毎年、東京高幡不動駅前の金子園から新茶をとっている。以前は板橋区志村坂下駅前の君野園というお茶屋さんに新茶の予約注文をしていた。新茶は味わいが違う、味の劣化が少ないように冷蔵庫に入れて保管して使っている。最近はおつきあいからコープサッポロの新茶も注文して飲むが、水道の水は使わずに2Lサイズのペットボトルの天然水を使う。水道の水を使うとおいしくないから。
  お茶も珈琲も水がよいと素材の持つうまみを存分に引き出してくれる。

  根室には「北の勝」のほかに昔「色媛」という銘柄の酒があった。わたしが小学生のころはまだあった。カネマンと呼んでいたような気がする。兼古酒造だったかな、あった場所はヒシサン。成央小学校のあたりから湧水を引いて仕込み水として使っていた。一坪ほどもある木桶に滾々(こんこん)と水が流れていた。水源から1km以上の距離を一般道を乗り越えて水が引けたのだから、政治力も大きかったに違いない。今では不可能である。
  交差点の角地に水栓がもうけられていて、近所に鍵(金属のハンドル)が配れており、湧水を利用できた。天秤棒にバケツを二つぶら下げてバランスを取りながら家まで運んだ。天秤棒がしなるので慣れないとバケツの水が2割がたこぼれてしまうからコツがいる。お風呂や洗濯に使う水は家の裏にある井戸水だった。水道が家に引かれてからも近所のおばあさんはバケツに1/4ほどカネマンの水を汲んできて、鉄瓶で湯を沸かし、お茶を楽しんでいた。水道が整備されたのは根室町から根室市なった昭和32年ころ。カルキ臭いのと鉄管の臭いが混ざって慣れるのにしばらくかかった。大きな甕で水道水を受けてカルキ臭さを抜いて使っていた。良い水は匂いや味の感覚を鋭敏にする。
  「北の勝」の水源についても書いておこう。碓井さんのところは酒蔵のある一角の敷地内に水源がある。酒蔵に隣接する常盤公園はもともと碓井さんの所有地で、仕込み水の水源地と一帯。あるとき常盤公園に市庁舎を移転しようとした。木を伐採して市庁舎を立てたら水が枯れるかもしれない。公園で利用するという約束で寄付をしたのだから、用途変更は約束違反、寄付の経緯を説明して移転をやめてもらったという。年数がたつと、経緯を知っている人間が市役所のほうにもいなくなる。こういう約束は書面にしておかないと危うい。それにしても、酒蔵の隣地の林を伐採して大きな建物を建てたら、仕込み水に影響することぐらいわかりそうなもの。

  カネマンの水源だったのは成央小学校のあたりだから、井戸を掘って蛇口をつけてくれたら、大地震が来て水道が止まっても市民は水の確保ができる、そして普段から地元のおいしい水でお茶や珈琲が飲める。「北の勝」の碓井酒造の水と並んで根室産のおいしい「ふるさとの水」だ。
  地層調査の結果、根室半島は20-30mの津波が5500年間に15回来ているのをご存じだろうか?前回大津波があってから約400年間沈黙が続いている。どういうわけか根室半島はこの50年間毎年1cmほど沈んでいる。ebisuが高校生の時から50年たっているから、もともと洪水が多かった緑町も汐見町も50㎝地盤が沈下しているから、海側から高潮被害がでるようになった。爆弾低気圧で1.5mほどの高潮被害がでたのは、数年前のことだが、地盤沈下の影響が大きい。いずれ根室半島は大きな地震とともに跳ね上がることになる。
  大災害に備えなければならない。借金を増やしてはならぬ、借金はゼロにして、災害時にお金が使えるように蓄えねばならない。

  住んでいる人たちが安心て住めて心の底からいい町だと思えれば、移住してくる人も増えるのではないか?一つ一ついいところをつくっていけばいい。
  オープンマインドが大切、閉鎖性を打破しよう。

  最近、地元経済界はロシアとの経済交流について会議を開いたそうだが、非公開。こういうことも一つずつ変えて行けば町の未来が明るくなる。利害が対立する北方領土運動諸団体くらいは入れるべきだ。

  「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」


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#3578 金刀比羅神社例大祭 ②: 和太鼓アンサンブル Aug,11, 2017 [金刀比羅神社のお祭り]

  今日(8月11日)午後2時ころ自転車で町へ下りて行った。緑町2丁目交差点に着くと、祭りの先頭行列が動き出していた。緑町は1町目から3丁目まで300mほど露店が軒を並べ、その間の坂を金色の神輿(みこし)が揺れながら登ってくる。沿道は人でびっしり、交差点に椅子を並べて座っている人もいる。大型のゴミ・ボックスが種類別に3つ置いてあるのは例年通り。串にささったソーセージを食べながら歩いている人も、食べ終わると串をボックスに捨てていた。若い人たちは普段より派手目の格好で歩いている。
 第三祭典区の先太鼓と打ち手の集団が通って行った。その集団の中でTもリズムに合わせて体を揺らしながら笛を吹いている。
 第一祭典区の山車(だし)が坂を上り始めたので双眼鏡で見たら、知っている顔が太鼓をたたいていた。弟の話だと太鼓が大好きな姉ちゃんは夏休みに入るとすぐにサッポロから戻ってきて練習に参加していたらしい。お祭り用の化粧して元気に叩いている。山車(だし)が交差点手前でストップすると、大太鼓の台座(高さ10cmほど)が二つ置かれて、その上に太鼓が据えられた。80㎝ほどの胴長の大きな太鼓を幅広のベルトで肩から掛けて5人登場、かなり重いはずだが一人は女性。坊主頭のこってりした重量級の男と同じ太鼓をぶら下げて好対照、絵になっている。山車の上から笛の音が響き始めるとそれを合図に太鼓7台と金属の灰皿のようなものを叩き合わせる楽器の8名のアンサンブルが始まった。大太鼓は中学生か高校生の二人、まっすぐ前を見て無心に叩く姿を後ろから見ていたが、きりっとした姿は粋である。ピッタリ息を合わせてドンドンと叩くと音が地面を伝わって体を震わせ、周囲で見ている観客のこころに響く。太鼓のアンサンブルは演奏者と観客とががっぷり四つに組むことで高揚した場が生まれる。この雰囲気が祭りだ。
  各祭典区は太鼓の部隊をもっている。根室にはいくつかの太鼓グループがあって定期的に練習に励んでいるからどの祭典区のアンサンブルも技術レベルが高い。西部祭典区には印刷会社に勤務するS藤さんがいるが、ずっと根室太鼓のメンバーで技術と心意気を伝えている。彼のように祭りの伝統を支える人たちが各祭典区に何名もいる。西部の太鼓部隊が太鼓の数も人数も多いようだ。
  西部祭典区の山車が来た。見るとお祭り娘のMが楽しそうに太鼓をたたいていた。昨日から2日間叩いているのに疲れた表情がない、どこにあんな元気があるのだろう。女子バレー部のきついトレーニングほどの体力はいらぬということか。

 町1丁目交差点で開かれる各祭典区の太鼓の競演がすばらしい。「四祭典区先太鼓と金棒の競演」の後で行われる。昨日あったのだが、バテて見に行けなかった。ちょうど競演の時間にジリ(霧の粒の大きいものを根室ではジリという、小さいのはガスと呼ぶ)が出てきて天候に恵まれなかった。しかし、今日は第一祭典区の太鼓のアンサンブルを聴けたので大いに満足。演奏が終わると交差点に集った見物客は大きな拍手をしていた。太鼓の振動は日本人のこころを底のほうから揺り動かす。

  交差点に山車が差し掛かると、先導が扇や両手を振って山車を誘導する。どの祭典区か忘れたが、先導の女性がまっすぐに手を挙げて、さっと横に振る、すると山車は思いっきり左に舵を切って戻した。椅子を並べていた5名ほどがびっくりして椅子から飛びのいた。しっかり誘導しているから危険はないのだが、山車が目の前まで速度を上げて迫ってきたら驚く。これも先導とドライバーの息次第、腕の見せ所だ。

  殿(しんがり)は東部祭典区だった。2時の気温は14.8度、3時には14.3度、山車に乗って太鼓をたたいている人は体を動かすから寒くないが、山車の上で笛を吹く人は寒そうだった。上に一枚余計に着る人もいた。
  そろそろ山車が緑町に戻ってきて山車の競演やら、太鼓部隊の演奏がはじまる。露店はすでに半分以上片付いている。
  祭りの最後を楽しむ人が集まってくる。
  都合がつかず帰省できなかった人たちが、弊ブログを読んでふるさと根室のお祭りを思い出してくれたら幸いである。
 

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#3577 金刀比羅神社例大祭 ①: Aug. 11, 2017 [金刀比羅神社のお祭り]

  根室の金刀比羅神社の例大祭は宵宮を含めると8月9・10・11日の3日間である。9日は午後1時から神社境内で「奉納剣道大会」と午後6時半から緑町1丁目交差点で「四祭典区山車と手古舞の 競演」が行われる。
  根高三年生のニックネーム「銀狼」君が奉納剣道大会を手伝っていたそうだ。高校生になってから剣道を始めたのだが、メキメキ腕を上げたようだ。上背があるから上段に構えて振り下ろしたら迫力がある。
  夜の山車競演は山車が向き合ってセットされて、両方が思いっきり太鼓を叩いて見せる。毎年出かけるのだが、ことしは億劫で見に行かなかった。7時半ころから光洋町は霧が出て道路が濡れていたが、緑町は大丈夫だっただろうか?
  10日は神社境内へ出かけて、神輿の出発するのを見送り、自転車で追っかけをやるが、午前中体調がすぐれず、回復を待って2時過ぎに出かけた。午前中はお腹の調子が悪いので食事の後は横になって1時間ほど休憩している。全国各地が30度を超えているのに、日本一涼しい夏の根室、合同庁舎前の気温表示装置は15.4度、肌寒い。警察の坂を下ると行列の最後尾である東部祭典区の山車が交差点を曲がっていったので、すぐに坂を上って国道沿いに少し走り、「北の勝」碓井商店のほうへ下りた。碓井さんでは毎年酒蔵の前に酒造りに使う湧水をパイプで引いて水をふるまっている。持参したペットボトルでその水を受けて飲んだ、柔らかく甘い感じのする名水である。小さな女の子が「水飲みたい、水飲みたい!」と叫びながら走ってきた。水をもらってのむと「おいしい!」とほほ笑んだから、「としいくつ?」と訊いたら「四歳」と答えてくれた。浴衣を着せてもらって得意げな表情がめんこい。
  日本最東端の造り酒屋である「碓井(商店)さん」の前を左折して坂を上り下り、この道は脇道だから車はほとんど通らないが、両側にびっしり駐車していた。この先は出雲神社の前の通りに出る。坂を上がっていくと「例大祭大役」を仰せつかって衣装を着ている高校の先輩に出遭った。剣道の達人である。「おお、ebisu、お祭りはかならずどこかで遭うな、この前はニホロだったな」、年に一・二回どこかでお遭いすることがある。「銀狼」が奉納剣道大会を手伝っていたよと教えてくれた。すぐ前の道路を行列の先頭部分が動き出していたので、駅前の交差点まで戻って行列を待つ。この辺りは道路脇の見物客が切れない。
  先頭の第三祭典区が通り過ぎたときに先太鼓の笛を担当していた「T」がわたしに気が付き笑顔を送ってきた。サイクルパンツにヘルメット、そして赤いミラーレンズのサングラスをかけているとほとんどの人が気がつかない。第一祭典区の行列に主治医がいたので頭を下げて挨拶したら、一瞬怪訝な顔をしたが、「ああ」という表情で気がついた様子。お世話になっている患者は先生が通ると、挨拶をするだろうから、たぶん気が抜けない。先生は身の丈190㎝に近い大男だから目立つ。診察時は椅子に座っているからそれほど大きく見えない。柔和で威圧感がないのである。運動不足を解消するためか2階の内視鏡検査室へはいつも階段を駆け上がり駆け下りてくる。寸暇を惜しむかのようなあのトレーニングで足腰が鍛えられゴルフのスコアアップに役に立ってる?(笑)
  神輿は駅前交差点を右折して駆け足で一回りするので、ここが神輿を見物する場所としては最適な場所の一つ。ニコンの小型8倍双眼鏡で行列の来るのを待っていると北斗小学校前のあたりに行列の先頭の毛槍が数本見えてきた。「えっさ~いやさ~」と奴行列の掛け声が聞こえる。その後ろから金色に輝く神輿が現れた。重量1.5トンだそうだが、四本の木で台座を組むから総重量1.7トンくらいになる。担ぎ手は2交代だが、一組60人とすると、一人あたり30kg弱である。結構重い。とくに下りが危ない、勢いがつくと止まらない。一回りして国道へ出るときに一回停止するのだが、どうなるだろうと注視していた。
  神輿は時々速足になり、交差点手前でなんどか揺らしながら差し上げられ、目の前で交代が行われた。疲れが来たのと手際が良くなかったようで、後部の片側が下がった。すると指揮をしている人からすぐに声が飛んだ。後部が手薄で危ない。すぐに残りの十数人がそちらに回る。ヒヤッとした。ebisuは高校三年生の時に神輿を担いだが、緑町2丁目交差点の下りで、勢いが止まらず露店脇に駐車していた赤い乗用車に神輿の太いほうの台木が当たった。かすっただけでも乗用車は大破した。担ぎ手が挟まれたら命にかかわる。出雲神社でも大きな灯篭に台木が当たると吹っ飛んだ。おもったより重量がある。振る舞い酒にも飲みかたがある。神輿がふらつくほどいただいてはいけない。そういう飲み方をする担ぎ手はいないようだ。昔に比べて品が良くなったというのが実感。高校三年生時に友達数人を誘って担ぎ手に参加したが、まさかあれが最初で最後だとは思ってもみなかった。高校を卒業してから35年間東京暮らしだった。あの夏には想像すらしていない。

 「金刀比羅神社例大祭のご案内」が新聞折り込みで配布されているが、その中に次のような文句がある。

②渡御当日神輿の通貨時刻には、巡路上に車両の駐停車を絶対にしないようにご協力をお願いします。

  過去の事故を踏まえてのことだろう。ドローンを使っての空撮禁止が③に書かれていた。

 昨日10日は6時半から、「四祭典区の先太鼓と金棒の競演」があった。7時ころから光洋町はジリがひどかったが、会場である緑町は大丈夫だっただろうか。
 今日11日が最終日である。神輿は12時半に緑町1丁目交差点にあるお旅所を出発し、3時半に神社へ戻る。行列が通り過ぎると、緑町の露店が片づけを始める。祭りの終わりはなぜか寂しい。
  そのさみしさを補うように、山車が戻ってきて緑町で競演をするがこれは正式行事ではない。祭りを名残惜しむ人たちが自然にそうしているのだろう。地元の第三祭典区の山車が緑町2丁目交差点に戻ってきて、先太鼓がうなり、餅を巻いてお開きとなるころには露店は2/3ほど片付き日が暮れようとしている。

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#3390 金刀比羅神社例大祭8/11: 金棒と獅子頭 Aug. 11, 2016 [金刀比羅神社のお祭り]

 集団の金棒(かなぼう)は珍しい部類に属する。
 お祭り見物をしていたら、2年上のY先輩に声をかけられた。金棒は東京三社祭でも先導係りとしてあることはあるそうだ。集団の金棒は根室独特のものではないだろうか。
 koderaさんから「金棒って何?」と質問をいただいたので、写真を見ながら説明したい。
(1時の気温は17.0度、根室の夏は涼しい!夜9時には12.7度です、床暖房をつけました)

<これが金棒>
上部にステンレス製のワッカがついています。上下に振ると音がなります。勢いよく引き上げると、横長のトラック状の輪に真ん丸い小さな輪が4個ついているので、一緒についてきます。そこでがちっと力任せにとめます。急停止ですから小さな輪が横長のトラック状の輪に激しくぶつかり音がでます。55年前のお祭りでは、腕力のある水産加工場の男工さんたちの金棒隊がありました。みんなが掛け声をかけながら息を合わせて、力いっぱい振ったり止めたりするんです。息が合うと音もシャンシャンとひとつになる瞬間があります、見事な力技でした。根室高校の男子生徒の皆さん、10人でいいから、「金棒隊」を編成して練習してくれませんか。太鼓もいいけど、金棒の技の迫力もすごい。根室高校に金棒同好会や金棒クラブがあってもよい。伝統技を復活して、金刀比羅神社のお祭りのメインイベントにしましょう。ところで、元気のよい金棒をやれる若い人はいないのでしょうかね?そんなことないと思いますが...各経済団体で5人ずつ選抜隊をだして編成することだってできるはずです。根高剣道部がやればど迫力の金棒隊になりそうです。竹刀を振り下ろして剣先を止めるのと同じ呼吸でしょうから。剣道部の銀狼君、金棒振ってみないか?(笑)
 この55年間の大きな変化は、20歳代の大人のパワーがお祭りから消えてしまったことにあるようです。それはそのまま根室の衰退とイコールです。何とかしませんか?
 
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<中学生女子の金棒隊>
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<交差点での先太鼓を囲んだ金棒隊-小学生>
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<同じく先太鼓を囲んだ金棒隊-中学生>
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<緑町1丁目交差点を出発した金棒隊-中学生>
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<同じく、小学生>
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<金棒休憩中>
 三脚状に立てかけられています。アスファルトを突いても、へこみません。直径1cmほどの白い円形の跡が残るだけでした。
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<獅子に犬が吼えています>
この獅子舞は女性ですが、頭の動きが生きているようでとっても上手でした。犬は本物だと思って吼えてるようです。身体は小さいが、一歩も退きませんでした。その姿に周りの人たちは大笑い。
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<獅子頭、地面に寝そべってただいま休憩中>
逆光だったので、露出は「マイナス1」にセット。場所は緑町2丁目と3丁目の境の交差点です。2時半ころですから、太陽が斜めになって影がくっきり。陰の中にある丸い小さな白点は金棒でアスファルトを突いた跡です。かなり古い、風格のある頭です。
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<弩迫力!>
 獅子頭はひとつずつ表情が違います、手造りだからでしょう。
  神社行列ように2個、各祭典区に2個ずつ計8個、第三祭典区にもうひとつ、合計11個の獅子頭があるのかな。いや、各祭典区に4個、合計19個かな?獅子頭を一つ一つアップしたら面白いでしょうね。来年、やってみましょうかね。
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<神輿と教会建物の競演(昔、トンガリ幼稚園バプディスト教会)>
 ここは登り坂です。50年前にこの交差点で、大人の担いだ神輿がよろけて、路上駐車していた車を一台へこませました。途中でお酒が入ったので、から元気でよろけました。コースがいまとは逆で、下りだったから、コントロールが利かずにちょっとだけふらつきました。屋台が並んでいましたが、交差点の手前で切れていて、赤い車が駐車していました。車の鋼板は薄いから1.5トンの神輿の枠木がかすっただけで、大げさにへこむんです。出雲神社の大きな石灯篭も縦木の端がこつんと当たったら吹っ飛びました。神輿は重いので、危ないのです。高校生の担ぎ隊は酒を飲みませんから、しっかり仕事をしました。いまの大人は神輿を担いでも、振る舞い酒をほどほどにしかいただかないようで、品がよくなりました。(笑)
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 赤ん坊を連れて祭り見物をしている若いお母さんをたくさん見かけましたから、町の将来に希望を見たような気がしました。伝統文化を復活・維持するために智慧を絞ってやればいいだけ。未来はここに住んでいるわたしたちが創っています。

 久しぶりに、サリーさんに遭いました。極東のワイン・バーを閉めてから2度目です。サリーさんのブログを見て、全国からお客さんが来てました、じつにいいお店でした。
 姪御さんが金棒に出ているので追っかけながら写真撮影してました。「あ~ら、ebisuさん、お久しぶり」、ほんとうにお久しぶりでした。マスクをしていたので声をかけていただくまでわかりませんでした。術後半年経ちましたが、元気な姿を見て一安心、2~3年は免疫が落ちるので体がきついときがありますが、がんばりましょう。
 もう5年くらい経つでしょうが、道新記者のお一人が神輿を担いだことがあります、そのときにサリーさん走りまわって写真を撮っていました。いまはナホトカ支局(?)にいるのかな。医療や教育問題は苦手でしたが、歯舞の昆布物語シリーズの記事は秀逸でした。双沖で昆布漁師になりたての拓也と一貴の意気込みがよく伝わってきました。いつもニコニコ、お人柄のよい記者さんでした。道新根室支局の記者さんたちはみなさん「極東のワインバー・サリー」の常連さんでしたね。(笑)
 サリーさんと一緒に勝代さんの事務所にお邪魔してちょっとおしゃべり、アイスコーヒーをご馳走になりました。風邪を引いているときのような鼻声で元気がないような気がしたので気になりました。微熱はないのですぐに治るでしょう、何しろ市議では若手です。勝代さんの事務所は緑町2丁目ですから千客万来で、忙しそうでした。若い女性市議さんのますますのご活躍を期待しています。
 数日前に歯舞で薬局を開業した方がいると北海道新聞根室地域版に載っていましたが、薬剤師のご当人がお子さんを連れて現れました。日本最東端の薬局です、皆さんどうぞご贔屓に。
 本田市議がカメラをもって行列を追いかけて写真撮影していましたので、ご挨拶。こちらは日焼けして、とてもお元気そうでした。
 市議では古株の遠藤さんが鈴木貴子衆議院議員を伴って、お祭りの行列について歩いていました。親離れして一人で歩く姿を見てもらいたかったのかな?顔見知りの遠藤さんともご挨拶、愛想のよい人だからいつも笑顔で応じてくれます。コミュニケーションは気持ちのよい挨拶から生まれます。挨拶の相手は思想信条、党派を問いません、無節操でよい。(笑)

*#3389 金刀比羅神社例大祭8/10  Aug. 10, 2016  
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#3389 金刀比羅神社例大祭8/10: 神輿が神社を出発 Aug. 10, 2016  [金刀比羅神社のお祭り]

 今年も金刀比羅神社へ神輿の出発を見物に行った。写真を7枚アップするのでふるさとへ帰省できない人たちに懐かしんでもらいたい。
 10年前は、スキルス胃癌と巨大胃癌の摘出手術を受けて、3週間後にこのお祭りを見ていました。お祭りの1週間前、術後2週間で退院、その日にある方の葬儀に参列していました。数人の友人が「大丈夫か?」と心配してくれる中、同級生のK(仲間内では'ヒロシ'です)が、「ebisu、顔色悪い、長いことないな」、心底心配してそう言ってくれました、40日の入院で12kg体重が減り、歩く姿もふらふらしていましたから。(笑)
 執刀外科医はMRI検査結果を診て、肝臓に転移している可能性が高いので、手術の際に肝臓を触診してみると予告していました。癌なら指で触れて診ればわかります。開腹してみたら、すでに大腸に浸潤しており、リンパ節への転移があり、肝臓触診の結果、肝転移の確信があったのだろうと思います。「1ヵ月後に肝臓の一部摘出手術の可能性があります」と執刀医がわたしに告げました。そう聞いても不思議なことにわたしには不安がわいてこなかったのです。
 結果として肝転移はありませんでした。オヤジが大腸癌の手術の2年後に再発、肝転移があり、全身へ癌が転移してしまいました。2度目の手術は「アケトジ」でした。術後4ヶ月で逝きました。お腹に触れると、皮膚を通して肝臓が板のように硬くなっているのが医者ではないわたしにすらはっきりわかりました。
 肝臓触診で外科医の判断が正しくないはずがありませんから、肝転移は消えてしまったとも考えられます。人間の身体は不思議に満ちています。外科医と消火器内科医のドクター(主治医)、そして親切な看護師さんたちのお陰でしぶとく生きています。(笑)
 昨日は2泊3日の道内旅行も術後初めてできました。こうして術後10回目の金刀比羅神社のお祭りを見れることに感謝です。

 50年前に、高校生だったわたしもこのお神輿を担ぎました。いま高校生は担げないのですね、担ぎたい人がたくさんいるでしょうに、気の毒です。班をもうひとつ増やしても、「高校生のカツギタイ」は編成できませんかね。毎年50人の高校生が神輿を担ぎ、それからふるさとを離れていってほしいのです。とっても大事なことだと思っています。
 金棒をみていると、50年前とは型が崩れてきています。腕力の違いがあるのでしょうがないのですが、本物の金棒演技を見たことがないからでしょう。
 腕力のある若い男工さんたちの金棒は、音が完全にひとつになる瞬間がありました。10人でもよいから、高校生男子グループが昔の金棒演技を復活してほしいと思います。「復活!ザ・カナボウ隊」、10人集めていずれかの祭典区へ登録する高校生が出ることを期待します。根室高校の同好会登録してください。1年間活動すれば、翌年からクラブに昇格できます。伝統はつないだり、復活することが大事です。


<出発直前の神社の境内で-1>
 まぶしい!団塊世代のわたしが担いだ神輿はこんなにまぶしくなかった、ご利益が増したのでしょう。四本の組み木の内、長いほうが重いんです。二人でようやく持ち上がります。
 綱の結び方が違うって、数年前に見ていた人が言ってました。神輿の綱の結び方に詳しい人でした。話を聞いてみましたが、他の地方の方でした。結び方はたくさん種類があります。
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<出発直前の神社の境内で-2>
 中央の二本、右と左で結び方が違って見えませんか?来年は左右同じ結び方で美しく飾ってほしいと思います、見る人は見ていますからご油断めさるな。

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<この鳥居を神輿が通ります>
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<神輿が鳥居を出るところです>
 肩当がついているでしょう、こういう装束での神輿担ぎは全国的には珍しいのです。町神輿はハッピ姿で担ぎます。衣装は担ぎ手グループが揃えます。
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<ピンクの飾りがきれいですね>
 神輿が大きく写っているピンクの飾りに隠れてしまいました
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<神輿が車道に出ました>
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<西部祭典区の山車です>
 うれしそうな顔して元気いっぱい太鼓を叩いていました。たぶん、毎年太鼓を叩いている子たちです。お祭り最高!
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 誰も言いませんが、祭りに参加して「日当」がでるなんてお祭りは珍しいのです。どういう経緯でそうなったのかは知りませんが、子どもたちは「アルバイト」として割り切っている者あり、祭りが大好きで参加する者ありと、二つに分かれるようです。
 小中学生の数がピーク時の1/5に減少していますが、24年後にはさらに現在の半分になりますから、そろそろお祭りのやり方について再考すべきときに来ている気がします。
 金棒ひとつをとってみても、昭和30年代には男工さんのグループと女工さんのグループがありました。金棒は大人のほうが多かったのです。根室の水産業の衰退とともに、若い男工さんや女工さんたちが根室の町からいなくなり、お祭りも変わってしまったのです。どう変わったかというと、若い大人が減り、子どもたちの比率が増えました。今度はその子どもたちがいま激減しています。祭典区によっては根室外の子どもの参加を募るところもあるようです。若いころお祭りに参加していたが、地方へお嫁に行って、自分の子どもに根室のお祭りに参加させたい、そういう希望者が増えつつあります。
 伝統の維持は一筋縄ではいかないのです、時代に合わせて変わらなければいけないこともあります。
 でも、根室市政がそうであるように、祭りの在り様を一部の者たちだけで決めてはいけませんよ、金刀比羅神社のお祭りは根室っ子みんなのものです。
 

<余談:団塊世代の高校同期会>
 神輿の先導役を毎年やっているK浦と神社境内で立ち話した。9月3日の高校同期会は参加55名、東京から16名ほど来るという。懐かしい顔に会えそうだ。同期は7クラス350名だったから、1/7が集まる。地元に残っている者は半数の参加だそうだから2割強の80名くらいがいるのだろう。高校を卒業してから、8割がふるさとを離れたということ。そういうことが今も続いているのですから、根室の人口が減るわけです。




*#3390 金刀比羅神社例大祭8/11: 金棒 Aug. 11, 2016
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#3102 金刀比羅神社のお祭り:神輿の Aug. 11, 2015 [金刀比羅神社のお祭り]

 11日は祭りの最終日、昨夜の雷雨が嘘のような真っ青な空、いい天気になった。最高気温は11時の23.6度。

 4時少し前に、神輿を担いだ航空自衛隊根室分頓地のメンバーが輸送用のトラックとマイクロバスに乗って戻ってきた。衣装は基地に戻ってから着替えて返すのだろう。
 団塊世代が高校生のときは、「担ぎ隊」は高校生が1グループの半分くらいを占めていました。高校生グループの「神輿担ぎ隊」(「神輿かつぎたい!」)はできないものだろうか。

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 ひまわり弁護士会の初代の駐在弁護士柴田さんがうれしそうな顔をして神輿を担いでいた、あれから11年か。北海道新聞根室支局の栗田さんもニコニコ顔で担いでいたっけ、かれはいまサハリン駐在だ。ウォッカを飲みながら、ロシアの夏祭りを楽しんでいるだろう。
  学校の先生にもお祭りに参加する人が増えてきました、数人いるようです。地域社会に開かれた学校づくりには、先生自身がこうした地域の行事に参加することも含まれているのでしょう。好きな人は転勤した先々でお祭りに参加してみたらいい。

 それほど暑くないので、神社の獅子担当グループはあまりばてていないようす。神輿の前のほうの獅子担当グループの休憩中の姿を撮りました。

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 下の写真は画面の左側が露出オーバで右側が陰になっていてアンダーだ。あと3m近づけば、ちょうど良いくらいの露出が得られるのだろう。どうやら携帯で撮るときは、撮りたい被写体にぐんと近づいたほうが塩梅がよさそうです。逆光ですから一眼レフならフラッシュをたきたいところです。この一枚のテーマは「怖い顔の獅子頭とメンコイ顔の女の子のコントラスト」ですから、3m近づくべきでした。マニュアルの一眼レフなら狙いのはっきりした写真になりますが、携帯のカメラでは狙いのわからないあいまいな写真になりがちです。
 周りの景色の説明もしておきます。この子は緑町2丁目交差点の真ん中に立っています。後ろに写っているのは小酒井酒店さんと旧札幌銀行建物。札幌銀行建物は市議の工藤さんのパソコン教室になっています。向かい側は日専連と皆さんおなじみの「甘太郎」さんです、もう60年近く営業している緑町の老舗。表通りでは阿部薬局と並んで根室人にはなじみのあるお店。
 昔あったお店を緑町3丁目から順に挙げていくと、阿部精肉店、関川書店、紫屋染物店、おもちゃ屋さん(名前を忘れました)、スズキ時計店、川原商店、小林商店、伊沢書店、ヤチダ靴店、反対側に移って、やすやすや、五十嵐金物店、覚えているのはこんなところです。毎日数千人の人が緑町商店街で買い物をしていたのではないでしょうか。角にあった川原商店は歩道上に山のように商品を積んでいましたが、暗くなるころには全部売れてしまうほどにぎわっていました。山一の向かい側に山田豆腐店がありました。人を数人使っていて、大きな豆腐屋さんでした。豆腐もがんもどきも油揚げも美味しかった。焼き豆腐やできたてのがんもどきは絶品でした。

 獅子舞が近づいて、パクッと頭を動かすと子どもたちが泣き叫んでいました。小さい子達はみんな獅子舞が苦手なようです。上手になると肉食獣のような動きができるようになりますが、なかなか迫力あるんです。体が柔らかいほうが動きがしなやかです。この獅子は散々ちびっ子を脅かしたあと、メンコイ顔を見せていました。獅子頭を上げた途端に子どもが泣き出すなんて怖い顔の人はいませんね。獅子舞はけっこう体力がいるんです。獅子舞のみなさんブルーのアイスを食べていました。

 第三祭典区の先太鼓の笛のグループに、芸術的なヘアーカットの少年がいました。妙に気合が入っていましたね、とんがっているところがいい。


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