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5. こころの洗濯 ブログトップ

#3717 春休みに見つけた巨大書店 Apr. 8, 2018 [5. こころの洗濯]

<巨大書店発見>
 八重洲ブックセンター、新宿紀伊国屋(南口店はすでに消滅)、神田三省堂書店など大きい本屋はいくつもあるけれど、ワンフロアでこんなに広い本屋は初めてでした。東京多摩センター駅 ココリ多摩5階、丸善書店です。もとは大塚家具のビルでした。
 売場面積は約1200坪ですから、130m×30mくらいでしょう。
 写真②は30mほどの奥行の書架を撮りました。これが縦に100m以上にわたって30列以上並んでいるのが写真①です。一列両側に各6000冊とするとそれが30列あると36万冊の在庫ということになります。ゆっくり見たら3日がかりとなりそうですね。こんど歩いて歩幅で計測してみよう。書架が何列あるかもカウントしてみたい。時間がなくて本を見るのに夢中だった。(笑)

 池袋西武の本屋や池袋東武の本屋がワンフロアとしては東京では大きい方なのですが、ココリア多摩の丸善はまるで比較になりません。

 聖蹟桜ヶ丘駅ビルのアートマン7階に熊沢書店があるのですが、レイアウト変更になって、哲学書と数学書のコーナーがなくなりました。それで近隣で大きな本屋を探していたら偶然に見つけました。丸善多摩センター店は数学分野だけで片側一列あります。学参物は別書架です。
 おそらく、ワンフロアとしては日本最大でしょう。機会があったら、ぜひ見学してください。

 テナント料が売上の20%くらいとられるでしょうから、経営はかなりきついはず、いつまで存続するかは利用者しだい、応援したいと思います。

 日本橋人形町の産業用エレクトロニクス輸入商社で仕事していた時に、「ちょっと(日本橋)丸善(本店)まで行ってくるよ、3時間ほど戻らないから」とシステム関係の専門書をアサリによくいってました。本店には洋書の専門書がたくさんありました。好奇心から米国のシステム関係最新刊書を読み漁っているうちに、統合システム開発を担当することになりました。こういうふうにわたしの場合は好奇心が先で、複数の分野の専門書を読み漁っているうちにその専門知識を必要とする仕事があとからついてきます。丸善本店で洋書は本売場全体の1/3くらいありました、1980年ころのことです。
 システム関係の最先端の本は翻訳書がなかった。いまでも事情はあまりかわりません。システム分野と経理や専門業務分野の両方の専門知識をもった学者がほとんどいません。だから3分野以上がクロスオーバーする領域は担当できる学者が極めて少ないか、ゼロなのです。
 たとえば、会計情報システムと外国為替管理システムと利益管理システム、コンピュータシステムと原価計算、臨床検査システムと原価計算システム、言語学とコンピュータシステム等々。
 これらの複合分野は日本では民間企業に人材がいます。それほどアカデミズムは現実離れして遅れているということです。システムの専門知識もない学者の集まりである原価計算学会なんて時代錯誤の典型です。30年も前からコンピュータシステムで原価計算していない一部上場会社なんてゼロ、最近はどうでしょう、すこしはかわったのかな?


*ココリア多摩 丸善書店
https://honto.jp/store/detail_1570067_14HB310.html


<写真①>
DCF00074-1.jpg


<写真②>
DCF00075.JPG
左側は辞書・辞典コーナーです。中央付近の柱の陰で、リュック背負ってしゃがみ込んで本を読んでいる女性が写ってます。
中学生の女生徒とご両親が、語学関係書架のところで、100頁足らずの500語~1000語レベルの短編物語が数十冊並んでいるところで、これがいい、あれがいいと引っ張り出しては中身を確認して楽しそうに話していました。手に取って中身を確認できるところがすばらしい。Amazonばかり利用していると、こういうワンダフルな本屋が世の中からなくなってしまいます。根室ならリライアブル、できるだけ地元の書店を利用しましょう。



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てにをは連想表現辞典

てにをは連想表現辞典

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 三省堂
  • 発売日: 2015/08/27
  • メディア: 単行本
 ここで面白い辞書を見つけた。「日本を代表する作家四百名の名表現を、類語。類表現で分類。作家的表現力を身につける「書く人」のための辞典」と帯にある。「息苦しい」を引いたら、なるほど名表現が10個以上も用例として挙げられている、文筆で飯を食っている作家たちの表現は並ではない。

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#3537 散歩 May 3, 2017 [5. こころの洗濯]

  数日前に久しぶりに散歩した。ずいぶんと散歩しなかったので、筋肉が衰えたのか足元がおぼつかない。歩いている途中で低血糖の自覚症状があり、2.3㎞を歩くのに30分ほどかかった。散歩のときにはブドウ糖を携帯すべきだ。
  2日後にもう一度同じコースを歩いた。今度は筋肉が少し戻ったのかしっかり歩けた。ふらつかない。

  今日11時の気温15.1度、南風4.9m/秒、湿度50%、絶好の散歩日和だ。歩数を数えながら歩いた。
     2120m、22分、2393歩

  1分間に120歩を目安に、速足で歩いてみた。歩幅をデータから逆算すると88.6cm、分速96.4mである。案外歩けるものだ。
  自衛隊駐屯地の角まで行くと、湿原と海が見渡せる。島が二つ見え、その向こう側はかすんでいた。友知海岸もうっすらもやがかかっていた。昔の水源地であるナンブトウの周りは緑色に染まり始めた。

  58.0㎏にまで減少していた体重も59.5㎏まで回復した。あと2.0㎏増えれば元に戻る。いくぶん体が楽になった。
  2月から続いている首と右肩の痛みとしびれはまだ完全には取れていないが、眠れないほどひどくはなくなった。
  連休は水曜日の今日と土曜日が休みだ。サイクリングへはまだ行く気がしない、でもいい天気だな。(笑)

#3458 取著(しゅちゃく)  Nov. 17, 2016 [5. こころの洗濯]

 南伝の仏教経典は漢訳の経典とは異なりわかりやすい。パーリー語で書かれた経典群は漢訳よりも古く、サンスクリット語訳よりも古い。お釈迦様が衆生にわかりやすい言葉で説かれたことがよく伝わってきます。
 増谷文雄訳『阿含経典第1巻』(筑摩書房1979年刊)から「33 取著」を引用します。
 わたしにとって仏教は信仰の対象ではなくて哲学です。南伝の経典群のどこを見ても、信じろとか信仰せよという言葉がありません。
 もやもやしてわからなかったことがわかるようになり、こころがすっきりします。この経典群を読むたびに、時間と場所を超越してお釈迦様にお会いして説教を聴いている気分になります。聴いた後は心の洗濯をしたようなこころもちです。(笑)

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33 取著

 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊はサーヴァッティーのジェータ林なるアナータピンディカの園にましました。
 その時、世尊は、比丘(びく=僧侶)たちに説いて、かように仰せられた。
「比丘たちよ、取著するものを味わいながら観ていると、その人には愛着の念がいやましてくる。愛によって取がある、取によって有がある、有によって生がある、生によって老死・愁・悲・苦・憂・悩が生ずる。かくのごときが、このすべての苦の集積の生ずる所以である。
 比丘たちよ、それは、たとえば、ここに大きな焚き火があって、そこで十把の薪、あるいは二十把の薪、あるいは三十把の薪、あるいは四十把の薪を燃やしておるとする。しかるに、その時、人があって、時を見はからって、その焚き火に、また乾いた草を投じたとする。あるいは乾いた牛糞を投じたとする、あるいは乾いた薪束を投じたとするならば、どうであろうか。比丘たちよ、そうすれば、その大きな焚き火は、そのために、いよいよ久しく燃えつづけるであろう。
 比丘たちよ、、それと同じで、取著するところのものを味わいながら観ていると、その人には、愛着の念がいやましてくる。愛によって取がある、取によって有がある、有によって生がある、生によって老死・愁・悲・苦・憂・悩が生ずる。かくのごときが、このすべての苦の集積の生ずる所以である。
 しかるに、比丘たちよ、取著するところのものを、これはいけないぞと観ていると、その人には愛着の念が滅する、愛が滅すると取が滅する、取が滅すると有が滅する、有が滅すると生が滅する、生が滅すると老死・・愁・悲・苦・憂・悩が滅する。かくのごときが、このすべての苦の集積の滅する所以である。
 比丘たちよ、それは、たとえば、ここに大きな焚き火があって、そこで十把の薪、あるいは二十把の薪、あるいは三十把の薪、あるいは四十把の薪を燃やしておるとする。しかるに、その時、人があって、時を見はからって、その焚き火に、また乾いた草を投じたとする。あるいは乾いた牛糞を投じたとする、あるいは乾いた薪束を投入することをしなかったとするならば、どうであろうか。比丘たちよ、そうすれば、その大きな焚き火も、やがて、さきの薪は燃え尽き、新しい燃料は加えられないということで、消えてしまうであろう。
比丘たちよ、それと同じく、取著するところのものを、これはいけないぞと観ていると、その人には、いつか愛着の念が滅する。愛が滅すると取が滅する、取が滅すると有が滅する、有が滅すると生が滅する、生が滅すると老死・・愁・悲・苦・憂・悩が滅する。かくのごときが、このすべての苦の集積の滅する所以である。」

* この経題の「取」 Upadana=grasping とは所対の境に取著することをいうことばであって、十二支縁起の第八支をなす。いま釈尊は、それを中心として、比丘たちのために法を説いているのであるが、それについて釈尊の説かれた卑近の譬喩が印象的である。 
* 愛 tanha もと喉の渇きをいうことば。それによって激しい愛着の念をゆびさすのである。

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 「有」には欲界(欲望の世界)、色界(物質の世界)、無色界(抽象の世界)の三つがある。
 「取」には見に対する取著、戒に対する取著、欲に対する取著、我に対する取著の四つがある。
 「渇愛 tanha」には物に対する渇愛、声に対する渇愛、香りに対する渇愛、味に対する渇愛、感触に対する渇愛、法に対する渇愛の六つがある。

 こころに取著が生じたら、これは取著だとありのままに観ればいいのです。ありのままに観ていれば、取著は自然に消えていきます。
 南伝の経典群を読むと、言葉を通して限りなく透明な知性を感じます。


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