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#4018 ホルムズ海峡タンカー攻撃の怪 Jun. 14, 2019 [8. 時事評論]

 ホルムズ海峡で日本のタンカー2隻が「飛来物」による攻撃を受けた。何かが飛んできて右舷側に当たったと国華産業のタンカー乗組員が証言している。

*https://www.jiji.com/jc/article?k=2019061300922&g=int
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日本タンカーに攻撃=ホルムズ海峡近く、別の船も-爆発や火災、全員避難
【カイロ時事】中東の原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡近くのオマーン湾で13日、タンカー2隻が攻撃を受けた。報道などによると、砲弾で攻撃されたもようで、船体が大きく損傷した。国土交通省は、このうち1隻は日本の海運会社「国華産業」(東京都千代田区)が運航するケミカルタンカー「KOKUKA Courageous
」(パナマ船籍、総トン数1万9349トン)で、複数回の攻撃を受けたと発表した。
国交省や国華産業によると、同船はサウジアラビアからメタノール2万5000トンをシンガポールとタイに運ぶ途中だった。乗組員はいずれもフィリピン国籍で、全員避難した。船を管理するシンガポールの会社の担当者は取材に「1人は軽傷を負った」と話した。
被害を受けたもう1隻はノルウェーの海運会社が運航するタンカーで、エタノールを積んで台湾に向かっていた。3回の爆発が起き火災となった

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  サウジアラビアでメタノールを積んでタイに運ぶ途中なら、右舷側への被弾はオマーン側の沿岸地域からの攻撃を意味している。イラン沿岸側から砲弾やミサイルで船体右舷に穴をあけることは物理的に不可能だ。
 米国がイランの攻撃だと、イラン革命防衛隊が船に乗って時限機雷を仕掛ける写真を公表した。機雷攻撃なら、「飛来物」はなかったことになるし、右舷側に穴の開いたことも説明がつく。わざわさ右舷側に回り込んで時限装置付きの機雷を仕掛けたという説明である。ではタンカーの乗組員が嘘を言ったのだろうか?
 タンカー乗組員の証言は「飛来物があたった」、それも右舷側である。オマーン沿岸から飛んできたと考えるしかない。そしてもう一つのポイントは、このタンカー攻撃で得をするものは誰かということ。イラン側にメリットはないが米国側にはある。

 思い出したのはベトナム戦争の介入時に米国がやったことである。

*https://ja.wikipedia.org/wiki/ベトナム戦争
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<トンキン湾事件>
その後ジョンソンは、前任者のケネディが増強した「軍事顧問団」の規模を維持するだけにとどめたものの、就任から9か月後の1964年8月2日8月4日
ベトナム沖のトンキン湾で発生した北ベトナム海軍の魚雷艇によるアメリカ海軍駆逐艦マドックス」への魚雷攻撃(トンキン湾事件)が発生し、ジョンソンはこの報復として翌8月5日より北ベトナム軍の魚雷艇基地に対する大規模な軍事行動(ピアス・アロー作戦)を行った。さらにこの軍事行動と合わせて、議会に北ベトナムからの武力攻撃に対する「いっさいの措置を取る」権限を大統領に与えるように求め、8月7日上下両院でこの「トンキン湾決議」が民主党と共和党の議員の圧倒的な支持で承認されて、ジョンソン大統領は実質の戦時大権を得た。

その後1971年6月にニューヨーク・タイムズの記者が、ペンタゴン・ペーパーズと呼ばれるアメリカ政府の機密文書を入手し、8月4日の2回目の攻撃については、ベトナム戦争への本格的介入を目論むアメリカ軍と政府が仕組んだ捏造した事件であったことを暴露し、当時国務長官であったマクナマラも1995年に同様の内容を告白している。捏造は8月4日の事件であり、8月2日に行われた最初の攻撃は、アメリカ海軍の駆逐艦を南ベトナム艦艇と間違えた北ベトナム海軍の魚雷艇によるものであることを北ベトナム側も認めている。 

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 トンキン湾事件では米国駆逐艦を南ベトナム艦艇と誤認して攻撃した北ベトナム海軍の魚雷艇の攻撃を利用して、2回目の事件を捏造したものだ。米国は捏造した事件を口実にベトナム戦争に介入していった。
 米国は安倍総理のイラン外交には期待していなかったということだろう。逆に利用したように見える。イランによる攻撃だという米国に日本政府が反論できなければ、150年間友好関係にあったイランと日本のあいだに楔を打つことができる。イランへはトランプ大統領の要請で行ったのではなかったか。のこのこ出かけて、イスラム教の国イランとキリスト教原理主義の米国との争いにまんまと巻き込まれてしまった。
 米国はじつに戦略思考に長(た)けた国だ。大東亜戦争開戦時にも米国の長期戦略で追い込まれて真珠湾攻撃をして負けたではないか。こちら側の手の内を全部読まれていた。イラク戦争でもイラクが大量破壊兵器をもっているという米国情報に踊らされて、確認もしないままにまんまと乗せられて後方支援を担当した。フセインは血祭りにあげられ遺体すら行方が分からないように「処理」された。日本はいつまでたっても、こうした米国の戦争と外交戦略にはかなわない。
  インテリジェンス機能が弱いから、米国の主張とイラン側の主張のどちらが正しいのか、判断できない。国益を守るために世界各国においている大使館を中心に強固なインテリジェンス網を築く必要がある。毎年数千億円をインテリジェンス網の維持費にかけることになるだろうね。

 こうした事態がありうることを外務省も官邸スタッフも予測すらしていなかったのだろう、間抜けを絵に描いたようなものだ。精度の高いインテリジェンス網も戦略もない外交はいつでも誰かの仕掛けで好いように操られてしまうから危うい
 わたしはいつも健全な保守主義とは何かと考える。ここでは、千年間も続いているイスラム教徒とキリスト教徒の戦いに巻き込まれぬよう、両方の当事国の戦略をシミュレーションして、それを打ち消す戦略を考えだし外交を展開しなければならぬということだろう。安倍外交のいや日本の外交の真価が問われている。いまは脆弱そのもの。



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#4016 老後資金2000万円:なぜいまのタイミングで… Jun. 13, 2019 [8. 時事評論]

 老後資金が2000万円必要だという試算(政府資料)が公表されて世間が騒がしい。質素に生活するとして、それぐらい必要だとわたしも考えているし、多くの国民もそうだろう。
 老健施設で月に15-18万円くらいかかるし、療養型病床群の病院への長期入院なら20万円/月は普通だろう。認知症を発症したらグループホームだが、15万円前後の料金設定になっていたと思う。夫婦二人で3年間そういう施設で療養して亡くなるとしたら、1080~1440万円それだけでかかるから、実際には2000万円ではこころもとないケースがふつうにでてくる。このようなケースではさらに数百万円の追加資金が必要なことぐらい電卓を叩けばすぐにわかる。病院建て替えを頼まれて300ベッド弱の療養型の病院の常務理事を2年間ほどしていたことがあるが、一番長く入院していた人は13年間だった。毎月のように100歳を迎える人のお祝い誕生会があった。施設のケアが丁寧なら胃婁(いろう)とか経管栄養という無理な延命治療をしなくても長生きできる人が増える。
 運よく、夫婦それぞれが1年くらいの療養で逝ければ2000万円の老後資金で間に合う。民間企業の場合と公務員では年金の仕組みも給付金額も大きく違うので、それぞれ計算しないと「安心額」がいくらか判明しない。たとえば、夫が公務員のケースでは亡くなっても遺族年金が大きいから、残された妻は悠々自適できる。民間企業の場合にはそうはいかない。まるで違うのである。だからどのようなケースを想定するかで必要な「老後資金」に大きな違いが出る。
 台東区の「上級公務員」で50歳くらいで亡くなった人を父にもつ人がいた。ebisuよりも10歳くらい年上だったかな。お母さんが100歳近くになって亡くなるまで四十数年間毎月30万円ほどの遺族年金がでていた。民間企業対象の厚生年金ではありえない額である。身近なところでも似たような例がある。道漁連は半官半民なので、手厚い遺族年金があった。50歳くらいで出向し、以後20年間ほど役員だったから、通常より多かったのかもしれぬ。

 麻生財務大臣が報告書を受け取らないと国会で答弁して問題が大きくなった。
 金融庁の金融審議会の報告だというところがポイント。この審議会は金融機関のスポークスマン(利益代弁者)である。狙いがあって絶妙のタイミングでこういう資料をつくったのだろう。お見事!

 GPIF(年金機構)の国内株式保有はその資産の25%ある。日銀保有の株式も激増している。
 GPIFは年金支払いのために保有株式を売却しなければならないが、そうすると株価が大幅に下落するので、日銀が巨額赤字を計上して債務超過になる。円の国際的な信用が消滅しかねない巨大リスクがうまれる。IMFが何か言うだろう、1997年の韓国通貨危機の際のIMFによる救済は厳しい条件がついた。韓国に比べて経済規模も日銀の債務超過額も比較にならぬものとなる。日本国債の格付けも下がるから、国債市場へも影響が及ぶ。あのときIMFは韓国に厳しい財政再建を義務付けた。いまの日本がそういうことになったら、長期にわたって深刻な不況と大量の失業がうまれるだろう。国債の発行は制限され、公務員給与にも手を付けることになる。ボーナス半減、給与3割カットぐらいでは焼け石に水だが、IMF管理下になればやらざるをえないだろう。
*「IMFによる韓国救済」ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/IMF%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%95%91%E6%B8%88


 GPIFばかりでなく、日銀自体も買い入れしすぎた保有株式を徐々に売却しなければならないから、株価が下がっては困るのだ。売らなくても株式市場が下落したら、巨額債務超過はまぬがれない。金融機関保有の株式も値下がりによって損失が出る。
 だから株式市場に強力な買い手が現れなければならない。高齢者が保有する金融資産(平均2300万円)が狙われている。日銀保有のEFT(上場投資信託)残高は昨年3月末で24兆円ある。
*日銀保有EFT残高
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28903020S8A400C1EE8000/

 GPIF(年金機構)の国内株式運用額は2018年末で35.9兆円ある。
*GPIF運用資産額・構成割合
https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h30_q3.pdf

 日銀とGPIF保有の国内株式は合計でおよそ60兆円あり、日本の株式市場の株式全体のの10%を占めている。これを売却しなければならないので、強力な買い手を創り出さないといけない。そのために金融機関のスポークスマンたる金融審議会が「老後資金2000万円」という報告書を作成した。

 国民が慌てて預貯金を株式投資に回さなければ、日経平均がどれほど下落するかわからない。GPIFも日銀も打つ手がない。銀行や郵便局にある預貯金が株式投資へ向かえば、それを扱う銀行は息がつける、大歓迎なのである。いまや大手都市銀行ですら、マイナス金利で青息吐息の体たらく。大量の人員整理をやっているが間に合わない、金融審議会の報告書は金融機関の救済案だということ。
 その裏で何が犠牲になるのか、預貯金を取り崩して株式を購入した人たちだろう。銀行と証券会社は売買高が膨らむので手数料で確実に稼げる、わが世の春が来る。それは国民が老後の資産を失うのと裏腹のことだ。トランプゲームでいうと、「ババ抜き」である。下がることが見えている日本株が「ババカード」それは2枚あってGPIFと日銀がつかんでいる。だれにつかませようか、「老後資金2000万円」と言えば飛びつく無知蒙昧な国民が雪崩を打ってつかむだろうということ。

 世の中のルールは騙される奴が悪い、騙した者の勝ち、弱肉強食のジャングルの掟に変わった。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」という伝統的な商道徳は政府の財政・金融・経済政策から消えてしまった。

 今日の日経平均は21,129.72円である、さて、5年後にそして10年後にどこまで落ちているだろう、だれにもわからない。

 日本株が暴落したら米国株も連動して暴落を免れぬ、GPIF所有の米国株式は36.7兆円ある。151兆円ある年金基金の運用資産は風前の灯火。こういうリスクの大きい運用をしてはいけないが、もう後の祭りだ。お金がなくなりゃ、年金支給額を減らすしかない。ない袖は振れぬ、簡単なことだ。
 たとえば株価が半分に下落したら、運用資産の1/4がなくなるから、つじつまを合わせるためには年金支給額を25%減らせばいいことになる。ああ、円安になって物価も暴騰するよ。未来を詳細に記述することは誰にもできぬが、はっきりしていることは経験したことのない滅茶苦茶なことが起きるということ。

 真面目で勤勉で正直者だった日本人は平成30年間で、だまされる方が悪いという欧米や中国の価値観にどっぷりつかってしまったようだ。なら、国民は騙されぬ智慧を身につけなければならない。基礎学力と思考力はここでも大事なのだ。教育によって獲得した基礎学力こそが生活を守る最後の武器だ。
 どんなに経済的な混乱と困難があっても、日本人は辛酸をなめつつそれを乗り越えるのだろう。敗戦時の日本と比べたらまだましだ。日本の政治も経済も一から出直したらいい。
 そう考えると、人口減少と経済規模の縮小はメリットだらけだ。日本人は無意識下で困難な時代の到来を感じて人口を減らしているのかもしれぬ。廃屋が増えて、都会やその周辺でも畑を作れる。人口が半減すれば、水産資源量や農耕地がそのままなら、一人当たりは2倍になる。子どもたちや孫たちはうまくやるだろうよ。(笑)

 自分が票を入れた市議や道議会議員、衆議院議員、参議院議員へこの問題を訊いてみよう。納得がいったら、次の選挙でも票を入れてあげたらいい。

*「「老後資金2000万円」に金融機関ニンマリ 「期待」に応えた金融庁の作戦
https://www.j-cast.com/2019/06/09359594.html?p=all


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#4010 言葉の官民格差:事件と事案 May 29, 2019 [8. 時事評論]

 覚せい剤と大麻所持で文科省のキャリア官僚が逮捕された。「逮捕されたのは文部科学省初等中等教育局の参事官補佐 福澤光祐容疑者(44)」、それをうけて柴山正彦文科大臣がテレビで記者会見をした。
*「文科省職員 覚醒剤や大麻 所持の疑いで逮捕
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190528/k10011932731000.html

 文科大臣は記者会見で「事件」ではなく「事案」と言った。いつものことだが、この用語の使い方はおかしい。民間人が覚せい剤所持で逮捕されたら、「覚せい剤所持事件」。「覚せい剤所持事案」だなんて言葉自体が矛盾している、覚せい剤所持は犯罪なのだ。どうして公務員が法律違反を犯した時に当該官庁の大臣は「事件」ではなくて「事案」という用語を使うのか。記者クラブの記者はなぜとがめないのかわからない。

 念のために大辞林で引いてみると次のようになっている。
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事案:問題になっていることがら
事件:①争い・犯罪・騒ぎ・事故など、人々の関心を引く出来事 ②「訴訟事件」の略
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 事案という言葉には犯罪のニュアンスはない。同じことでも公務員の場合は犯罪ではないと言いたいようだ。(笑)

 言葉の官民格差は願い下げである。NHKさんは「事案」も「事件」も使わず、「逮捕された」と書いている。どの新聞も「事案」という用語は使っていない。
 逮捕したのは厚生労働省麻薬取締部。

 人間の管理は完全にはできないから、こんどは省内宛てに通達を出す必要がある。自覚と自己抑制に期待するしかない。
 健康診断時に検査を義務付けても1か月も休めば検査に引っかからない、いや毛髪検査なら数か月前の使用でもひっかかる。大臣以下全職員に覚せい剤検査を義務付けたらいかが?
 米国では民間企業の中には採用に際して薬物検査を条件としているところがあると、SRL八王子ラボへ見学に来た米国人から1980年代後半に聞いたような気がする。20年もしたらそういうことが必要な日本にならないでほしい。なにやら50年遅れで米国を追いかけているような感じがしてならぬ。

 この通達、いまとなってはいくぶん皮肉に聞こえます。文科省は不祥事続きでショックでしょうね。頭のよい官僚が揃っているですから、なにか有効な対策を考え実施するでしょう。
青少年の覚せい剤等の薬物乱用防止について:文部科学省



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#4009 川崎・登戸児童ら殺傷事件 May 29, 2019 [8. 時事評論]

 ぞっとするような事件がまた起きた。川崎・登戸で児童ら18人が殺傷された。犯人(51歳)は犯行直後に自殺している。
*「川崎・登戸殺傷 児童ら18人襲われ小6女児と男性死亡 確保の男も死亡
https://mainichi.jp/articles/20190528/k00/00m/040/023000c

 登戸駅は大学のある向ケ丘遊園駅の一つ手前の駅であるから、なじみはあるが、一度しか下りたことがない。女房殿が5年ほど通ったプロ用のケーキ教室が登戸にある。いまでも東京へ戻ると顔を出すことがあるようだ。教室は事件現場が見下ろせるビルの3階にある。登戸までは自宅から直線で10㎞ほどしかないから、子どもがカリタスへ通学していたことのある知人もいるようだ。こういう事件はいつどこで起きても不思議でないから、孫がいれば心配になる。もっと安定した穏やかな経済社会であってほしい。

 ブログ「オータムリーフの部屋」さんが「拡大自殺」というタイトルでこの事件の分析をしているのでお読みいただけたら幸いである。
https://blog.goo.ne.jp/autumnleaf100?fm=rss

 犯人の岩崎某氏は幼少期のころに両親の離婚で伯父さんの家に引き取られている。そこには実子が二人いたから複雑な事情があったのだろう。たいていは環境にめげずに真っすぐに生きるのだろうが、なかにはめげてしまう人間もいる。中高時代はちょっとしたことで切れやすい人間だったとは同級生の弁、情緒不安定なかかわりをもちたくない人間だったようで、テレビ報道によれば高校卒業後どこで何をしていたのか知っている同級生がいない。十代後半で伯父の家を出て、最近もどったらしい。こうした周辺の証言からは孤立した生活を送っていたことが窺い知れる。こころの暗部に妬(ねた)み嫉(そね)みを抱えて生きているうちに、それが次第に大きくなってどこかで制御不能になり押しつぶされたのだろう。
 中高生のときに生涯を通じて付き合える友達をつくっておくことは、その後の人生の岐路に、決定的な役割を果たすことがある。孤立してもまっすぐに生きぬける人はよほど強い人で稀(まれ)。ふつうの人は多少なりとも心にエゴという闇を抱えながら、なんとか折り合いをつけて生きている。

 昭和から平成となり、平成の30年間で経済格差が拡大し固定化した。大企業の取締役の報酬は3倍以上にもなったのに、従業員の人件費は増えていない。一人当たり実質賃金でもわずかしか伸びていない。最近数年間は実質賃金が減少している。格差が小さかった日本の経済社会だったが、平成の30年間でゆっくりそして大きく変化してしまった。
*「近年の経済成長率と賃金上昇率の動向 」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000173082_1.pdf


 オータムリーフさんは一人住まいになった老人がしだいに追い詰められていく様子を年人受給額や生活保護基準を提示しながら丁寧に説明している。そういう老人が増えていけば中には拡大自殺するケースが増えることが懸念される。超高齢化社会を迎え、こういう事件が減らないことを示唆しているように読めた。
 令和の時代は老人の孤立化や生活困難化に有効な対策を見つけて実施できないと、都市部のあちこちに地雷が埋まっていていつだれが踏んづけるかわからないような地雷原の中で暮らすようなことになりそうである。
 日本の経済社会は幸福という点からは進歩しているのか、それとも退化しつつあるのか?
 わたしたちはどのような経済社会を理想として国家戦略を描くのか、あるいはどういう生き方を選ぶのかを考える岐路に立っている。

*拡大自殺…ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/拡大自殺

*「上場企業の平均年間給与、606万円で過去最高 18年決算 東京商工リサーチまとめ
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45352250Y9A520C1EAF000/?n_cid=DSREA001&fbclid=IwAR3uAmn-OblF1e7tSoE_ma28BdbkjVTVuETCsuXCl6NrhRBANUm_JOcciXk


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#3994 キムリア:一回3349万円の白血病治療薬 May 15, 2019 [8. 時事評論]

 ノバルティスファーマから画期的な白血病治療薬がでているが、このたびめでたく保険収載される。5月22日から適用だという。
*「1回3349万円の白血病治療薬、保険適用を決定 」日経新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44794650U9A510C1MM0000/?n_cid=DSPRM1489&fbclid=IwAR1StVtzaeSj6WYEs2HJiuxDK_U5_FvObVQj5O-VO65zaxt5gCfhoB2o9JA


 中央社会保険医療協議会が審議していたのだが、どういう計算で3349万円の公定価格が決められたのだろう。この協議会の委員の方たちは、医薬品の製造原価について知識はないだろう。製薬メーカの資料をそのままうのみにしていないか、チェックすべきは事務局をしている厚生省の職員だろうか、いや、荷が重すぎる。

 1990年ころのことだが、染色体検査の「公定価格」が原価割れしているので、原価計算資料を送付して価格アップを交渉したことがあった。その結果400点(4000円)ほど値上げできた。当時のSRLは染色体外注市場の8割程度のシェアーがあったのだが、そのSRLですら利益の出せない分野だった。物は試しにやってみようということでやってみたら、OKがでた。値上げすることで、黒字検査になったから、染色体検査分野へ他の会社の参入が容易になった。公定価格は適正な水準に維持されなければならない。
 薬価や臨床検査の審議をしているところはその有効性については強い関心があるが、製造原価について無知であり、関心が薄い。そういうシステムは社会保険財政を危うくしかねない。

 たとえば、キムリアの開発費が1000億円かかったとしよう。10年間で開発費を償却しようと思うと、年額100億円である。
 市場規模が年間100人と10000人では薬剤一回当たりの開発費の償却負担が1億円と100万円の違いが出る。製造コストも年間100人分と10000人分では30:1くらいの差があるだろう。
 
 キムリアはなぜ高いのか、ひとつは希少疾患で患者数が少ないことが理由だ。二つ目の理由は治療薬の製造工程にある。患者から採取した免疫細胞の遺伝子を改変して癌への攻撃力を高める「CAR-T細胞療法」は製造工程が複雑だからである。

 今日(5/15)北海道新聞夕刊に治療薬製造手順が載っているのでかいつまんで説明する。
 日本国内で患者の体内からT細胞を含む白血球を採取、凍結保存し、航空機で米国に輸送する。米国ニュージャージー州にあるノバルティス社の専門施設で、癌細胞を攻撃する遺伝子を導入して改変し、CAR-T細胞を増殖させ、厳しい品質検査を重ねる。いわばテーラーメイドだから高いというのである。

 この薬剤を使う患者が百倍になれば、製造方法は劇的に変わる。価格が下がればこの治療薬を使える患者数が増える。大尉症患者が増えれば高度な熟練技術をもたないものでもやれるように機械化もはかれる。ノバルティスは製薬メーカーの巨人であり、世界中から検体を集め、治療薬を製造できる。日本で社会保険に収載されるということは販売戦略上大きなメリットである。公定価格には交渉の余地があるということだ。

 臨床検査最大手のSRLでは、新規項目は特殊検査部で導入されることが多い。理由は検体が少ないことから、手作業になるので、ルーチン検査部門ではやれないからだ。特殊検査部は検査の種類ごとに3課に分かれていた。手作業だから1検体当たりのコストはべらぼうに高くなり、それに見合う価格はつけないのでこの検査部門は赤字である。百の赤字項目の中から、黒字になる項目がでてくればいいのだ。新規の赤字項目をたくさんやることで、その中から有望な新規項目がみつかる。赤字部門を抱える余裕のない会社はすばらしい新商品を探り当てることができない。
 10-100テスト/日のうちは、手作業での検査となるが、これが数百テストに増えてくるとルーチン検査部門へ移管される。既存のラインへ落とし込むか、数人のグループによる分業化と機械化がなされるので、製造コストは数十分の一になり、ものによっては採算がとれだす。受託数が1年以内に百倍になるような有力な検査項目なら、赤字での販売価格設定がなされる。一年後には市場が独占できるなら、価格破壊戦略をとっても構わない。儲けはあとから、量産体制が整い製造コストが目標通り下がってからでいいのである。

 新聞記事で製造工程を見た限りでは、キムリアはSRLでもライセンス生産できそうだ。3年あれば製造コストは1/10以下にできるだろう。わたしがSRL学術開発部門のスタッフなら、ノバルティスとライセンス生産の話をはじめたい。数年は赤字でいい、新規事業分野が開拓できる。CAR-T細胞治療薬はこれから種類が増えるだろうから、キムリアで橋頭保を築いておくのはSRLの経営戦略上学術開発担当取締役が考えて当たり前。面白そうだから、古巣に戻ってわたしがマネジメントしたいぐらいだ。(笑)

 さて、話を現実のキムリアに戻そう。このような高額治療薬は開発費と需要予測と公定価格決定に関する資料を整理して、毎回公開すべきだろう。それを嫌がる製薬メーカがあれば、保険収載を断ったらいい。

 保険収載すれば、需要は拡大するから、「公定価格」は製薬メーカとの交渉事であるはず。そういう機能を担う部署もないのでは?

 高額医療費は2016年度で年額2兆5579億円となっている。このままでは高額医療費で社会保険制度がつぶれかねない。 



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#3981 夕張市資産売却に関する疑惑(2) May 3, 2019 [8. 時事評論]

 前回#3980で、鈴木直道元夕張市長の仕事の杜撰さ、無邪気さに言及しました。市長は特別職の地方公務員でもあるから、地方公務員法の適用を受けます。職務専念義務は30条にありました。
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すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当っては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。(地方公務員法第30条)
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 「すべて職員は」とありますから、一般職も特別職も含むと思いきや、特別職は地方公務員法適用除外という第四条第2項、特別職である市長が職務専念義務違反をしても道義的責任しか問えないのです。
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第四条 この法律の規定は、一般職に属するすべての地方公務員(以下「職員」という。)に適用する。
2 この法律の規定は、法律に特別の定がある場合を除く外、特別職に属する地方公務員には適用しない。
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 市長の年収が低かったので、講演会で市長の年収相当額ほどの収入を得ていたようですが、そのせいで本来の仕事がおろそかになっていたとすれば、職務専念義務違反を日常的に犯していたということになりますが、第四条の規定で適用除外ですから、法的責任はありません。
  職務専念義務に関しては問えるのは道義的責任のみ。法的責任が生じるのは弊ブログ#3980で採り上げたように中国系航空会社が10億円での買収をもちかけて来たのに、それを秘匿して元大グループに2.4億円で売却、7.6億円の損害を夕張市に与えたこと、そして転売条項を外したことにあります。当該物件はすでに香港系ファンドに15億円で転売されています。
 箱物の石炭博物館は7億円もかけて改修しましたが、見学コースの坑道が火災を起こして再建の見通し無しです。これも破綻前と一緒の構図です。あれだけ箱物行政には懲りたはずなのに夕張市政はなんにも変わっていなかった。

 鈴木直道知事はいま打つ手を考慮中なのでしょう。すぐに記者会見して自分の落ち度を認め謝罪すべきでした。こういうときに頼りになるブレーンがいないように見えます。文春がでてからでは遅い、お粗末です。
 辞任となれば、拾ってくれるところはない。仕事のできなかった民主党政権の末路と重なって見えます。辞任となったら、担いだ人たちは就職先の世話くらいしてやってください。一兵卒で仕事の経験を積んでから、出直したらいい、彼はまだ若い

 辞任となれば道知事選のやりなおし、あきれて投票所に行かない人が増えないことを祈ります。
 政治不信は度を超えた「忖度」や傲慢な政局運営だけでなくこういうことの積み重ねからもうまれます。

 健全な保守主義とは、謙虚で正直な政治ということです、保守的な政治家にはそういう政治を心がけてもらいたい。市長になったら、全力で市長としての職務をまっとうする。道知事だって一緒です。


*#3980 夕張市資産売却に関する疑惑 May 2, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-05-02

 

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#3980 夕張市資産売却に関する疑惑(1) May 2, 2019 [8. 時事評論]

 残念なニュースです。

 東京都の職員から夕張市へ派遣されてきて、そして夕張市長、そして先月の道知事選で北海道知事へ、見事なサクセスストーリですが、鈴木直道夕張市政には大きな瑕(きず)ががあったようです。
 経歴から推測するに仕事の仕方がわからなかったのではないでしょうか。中国企業に手玉に取られて、まるで子ども、無邪気としかいいようがありません。普通の大人はこんな杜撰な仕事はしません。
 健全な保守主義は、正直で誠実に仕事をする人たちによって支えられるのだろうと思います。
*「 自民推薦の鈴木知事に中国系企業への利益供与疑惑 」ハーバービジネスオンライン
https://www.msn.com/ja-jp/news/money/%e5%8c%97%e6%b5%b7%e9%81%93%e7%89%88%e2%80%9c%e3%83%a2%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%82%b1%e4%ba%8b%e4%bb%b6%e2%80%9d-%e8%87%aa%e6%b0%91%e6%8e%a8%e8%96%a6%e3%81%ae%e9%88%b4%e6%9c%a8%e7%9f%a5%e4%ba%8b%e3%81%ab%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e7%b3%bb%e4%bc%81%e6%a5%ad%e3%81%b8%e3%81%ae%e5%88%a9%e7%9b%8a%e4%be%9b%e4%b8%8e%e7%96%91%e6%83%91/ar-AAAMGTB?ocid=spartanntp

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◆夕張市観光施設を格安で中国系企業に売却、その企業は転売で巨額利益!?

「北海道知事選(4月7日投開票)」で当選した鈴木直道・前夕張市長(自民・公明・新党大地推薦)に、中国系企業への利益供与疑惑が浮上している。

 鈴木知事が夕張市長時代の2017年2月に、夕張市所有の観光4施設(スキー場やホテルなど)を約2億4000万円で中国系企業「元大グループ(元大夕張リゾート)」に売却。それがわずか2年後の今年3月末、15億円でに香港系ファンドに転売されてしまった。

 売却額と転売額の差は10億円以上。もし元大グループを通さずに香港系ファンドに直接売却していれば、はるかに高値の売却収入を市は得ていた計算になる。しかも夕張市は、元大グループの固定資産税の免除もしていた。...

◆中国系航空会社が10億円で購入を希望も、市長は面談を拒否
 その後、取材を進めると「なぜ、10億円で購入する可能性のあった中国系航空会社とは面談しなかったのか」という疑問も浮上してきた。新千歳空港に乗り入れている中国系航空会社が2017年当時、市所有の観光4施設を現地視察した上で購入を検討、10億円を準備していたというのだ。中国系航空会社の関係者はこう話す。

「中国系航空会社の専務が現地視察をして、2017年1月に夕張市役所の担当者とも面談しています。市の公募参加資格に入っていた『日本国内に登記されている法人』という条件が障害になっていたので、直接交渉をしようと市長面談を申し入れた。ところが『別の企業と交渉中』を理由に拒否されました。なぜ、資本金100万円のペーパーカンパニーにしか見えない元大グループに売却が決まったのか。桁違いに資本金が多い大企業が見向きもされなかったのか、理解できない」

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 何人かの自民党道議が鈴木候補擁立に強く反対していましたね。その人たちは人を見る目が合ったということかもしれません。しかし最終的には中央の決定ということで従ってました。反対を貫いてほしかった、まことに残念です。
 鈴木氏擁立には菅官房長官の強いバックアップがあったと言われています。中央の意向は絶大です。強すぎて迷惑です。

*#3981 夕張市資産売却に関する疑惑(2) May 3, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-05-03



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#3967 リスク評価がない:夕張石炭博物館火災と原発事故 Apr. 21, 2019 [8. 時事評論]

 夕張市の石炭博物館の炭鉱坑内で火災が発生した。まだ、鎮火の宣言が出ていない。
*北海道新聞ニュース 4/19
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/297891
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「言葉失う」市民ぼうぜん 改修後に来館者増加 夕張石炭博物館火災
【夕張】模擬坑道からは19日午前も煙が上がり続けた。火災が続く夕張市石炭博物館は、財政再生団体の夕張市が地域再生を象徴する施設として総額7億5千万円を投じ大規模改修を昨年に終えたばかり。2018年度の来館者数は予想を大きく超えた。マチの一筋の光明となっていた施設の火災に、市民らは衝撃と落胆に包まれた。…

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  昨年7.5億円もかけて改修したとあるが、夕張市は財政再建団体に指定されているので、自主財源はゼロ、だから100%補助金ということ。鈴木前市長が書類を決裁したのだろう、道知事の関連書類決裁もいるし、何より政府が関与している。官邸の了解でもあったのだろうか、とにかくびっくりだ。普通は財政再建団体に石炭博物館改修の許可しないでしょ。維持できなければ消滅でいいのです。取り壊し費用を政府がもてばいいことでした。観光客が来なくていいのです。第3セクターを作り箱物とイベントにうつつを抜かして観光客を集め、財政破綻したのではなかったか。でも、言いにくいものです、「懲りたでしょ、取り壊すなら補助金降ろします」、そうではないですか。言いにくいことを言うべき人が言う。この場合なら、夕張市長、そして北海道知事、そして主管の官庁です。夕張市議会議員も道議会議員も協力したのでしょう。だれも異を唱えられなかった。戦時中、大日本報国会を組織して戦争協力した文化人たちとよく似ています。(⇒「余談」に追記しました)

 夕張市は箱物政策やイベント政策をやり放題の末に財政破綻したのにまた同じことをやっていた、それが今回の火災事故で明らかになった。

 こういう事業をやるときに、都合のよい仮定ばかり並べて、書類上では利益が出るようになっているからゴーサインがだされる。インチキですよ。改修した坑道に火災リスクがあるなんて石炭博物館の改修案には記述がなかったのだろう。あれだけ箱物行政で失敗したのに、前町長はまったく同じことをやっていたのか、性懲りもなく…。
 人口8000人の夕張市から人口5,500,000人の北海道知事にめでたくご栄転されたようだが、行政能力が町長時代と同じでは一生懸命に仕事してさらに大きな災いを引き起こします。仕事のできない者が一生懸命に仕事をしたときほど悲惨な結果はない、いくら善意でも結果はご覧の通りとなります。一部上場企業に勤務していた16年間に自分の眼で見たことがあります。マネジメント能力の低い管理職や取締役に、分に過ぎた大きな仕事を任せると100%失敗をします、あたりまえですね。失敗の責任をとって降格させざるを得なくなります。行政の失敗は首長を選出した地域の選挙民がとることになります。それを承知したうえで自民党と公明党は鈴木弘道という神輿を担いだのでしょうか?4年後の選挙ではもっと慎重に人選びをしてもらいたい。

 純真無垢という言葉の意味を考えてみます。英語でも純真無垢(inocent)というのは「世間知らずのお馬鹿さん」という意味がありますから、日本語と同じです。北海道の選挙民は「純真無垢のお馬鹿さん」だからこんな手合いにころっと騙されました。石炭博物館改修のリスク評価ができなかった新知事に、もっと大きな差し迫ったリスク、泊原子力発電所のリスク評価ができるはずがないのです。
 鈴木新知事は原発に利害をもつ者たちに囲まれて、石炭博物館のときと同じリスク無視の判断をします。選挙の時も泊原発については、はっきりしたこと言わなかったでしょう。選挙の結果に責任をもつのは道民です、推薦をした自民党でも公明党でもありません、党の方針が決まったとたんに鈴木候補になびいた道議会議員でもありませんよ、何か起きたときに被害を受けるのは道民なんです。選挙の時に鈴木道知事候補に投票した人にも、他の候補に投票した人にも、投票所に行かなかった40%を超える人にも、災害はひとしく訪れます。自然災害は、人間の思惑には関係がない、無慈悲なものです。

 いま四百年に一度の巨大地震と高さ20mの津波が根室沖でいつ起きるかわからない状態です。北海道太平洋沿岸では地質学調査でも過去5500年間に13回の巨大津波の痕跡が確認されています。東北で起きた11年前の巨大地震は、あいにくとだれも予測していませんでした。自然にはわからないことがたくさんありますが注意深くみると、海岸近くの地層には巨大地震が引き起こした津波の痕跡が砂の地層となって刻まれています。
 人間の智慧の及ぶ範囲はわずかなものですから、予想外のことが常に起きます。胆振中東部地震はCCS実験によるもので一部の学者が予測した通りでした。人為的に引き起こされる地震は予測のつくものがあります。しかり、自然が起こす地震は予測のできないものが多いのです。そして、予測街の巨大地震が起きたときには後の祭り、福島第一原発のように原子力発電所の大規模な事故へと繋がったらふるさとは元に戻らない。

 石炭博物館事業と同じことが北海道電力泊原子力発電所にも言えます。福島第一原発並みの事故が起きたときのリスク評価も具体的な避難計画もない。使用済み核燃料の廃棄方法すら確立されていないのに、そうしたリスクが評価されていません。十万年単位の使用済み核燃料保管コストを耐用年数40年の運転期間へ適正に配分したら、民間事業として採算の成り立つはずがありません。現在公表されているコストの百倍では済まないでしょうね。
 使用済み核燃料については電気事業会計規則で貯蔵品勘定で処理されているようで、廃棄に関する超長期の保管費用の引当計上の規定が同規則には規定がありません。とんでもないダブルスタンダードです。上場企業に適用されている企業会計基準や財務諸表規則にこういう抜け穴はないから、同様の処理をすれば適正な費用の引当形状がなされていないので粉飾決算になります。会計学者はこういうインチキ会計基準制定に協力してはいけません。会計学会として意見表明すべきです。参考までに電気事業会計規則のURLを書いておきますので、ご覧ください。
*http://roppou.mark-point.jp/条文/電気事業会計規則.html

 事故が起きたときの避難計画もないから、その面でもリスクは評価されていません。札幌190万市民はどこへどうやって避難するのか?子どもたちは放射能感受性が大きいから一両日中に避難を完了する必要がある。放射生物質で子どもたちの遺伝子に瑕がつけば、ありとあらゆる病気になりえます。避難が遅れたら取り返しがつかないのです。ロシアですら、バスを2000台用意して3日間で被災地域住民の避難を完了させました。いったいどこへどういう手段と経路で運ぶのでしょう?狭い国土の日本で200万人が避難できる場所なんてありません。多くの札幌市民がそのまま住み続けるしかないでしょう。妊婦も子どもも毎日内部被爆し続けます。肺から吸い込んだら放射生物質は取り除けません。肺胞にくっついて、放射線を出し続け、遺伝子を壊します。生殖細胞の遺伝子に瑕がつけば、不妊が増えます。
 自分の子や孫が内部被爆することをありありと想像してください。鼻血や下痢、慢性的な疲労感、そして数年たつと放射性ヨウ素の被爆でまず小児甲状腺癌が多発します。遺伝子が障害されたことで、さまざまなホルモン異常や精神疾患が思春期に置き、そして成人してから癌におびえなければならない。どういう癌になるかは全く予測がつきません。癌になって臓器を摘出すれば、そのあとの生活はたいへんです。同じ仕事を継続することもそして低下した体力に見合った仕事に就くこともできない。平均寿命のはるか前で寿命が尽きる人が続出します。なってからでは、後の祭りです。

 森林、畑、住宅地、川、海洋などの放射能汚染リスクも評価されていません。石狩平野はいうに及ばず、日高山脈を越えて十勝平野や根釧原野に大量の放射能が降り注ぎ、稲作も畑作も酪農も壊滅的な打撃を受けます。陸地へ降り注いだ放射性物質は川へ流れ、海を汚染していきますから、沿岸漁業もまた無事ではいられません。
 今月行われた道知事選挙で道内の農業団体と漁業協同組合がこぞって泊原発即時廃炉宣言をださなかったのがわたしには不思議です。かれらは深刻な原発事故が起きたときには甘んじてそれを受け入れるのでしょう。福島の農民も漁民も泣いてます。原発を誘致したこと自体が間違いだったと故郷を失った人たちが後悔しています。できることなら、時間を原発誘致前に戻して誘致に反対したいでしょう。

 北海道の食料自給率は200%と言われていますが、そこが壊滅的な打撃を受けたら、日本人の食糧確保はどうなるのでしょう? 米やジャガイモ、玉葱、生乳の価格は暴騰します。道内産生乳のシュアは50%を超えています。品不足から牛乳500円/Lなんてことになりかねません。
 そして200~300万人の道産子がふるさとを失うリスクがあります。わたしはいやですね。

 事故があってからの廃炉はほとんど不可能ですから、事故が起きる前に廃炉しなければいけません、福島第一原発は事故後8年たっても原子炉内の燃料デブリの処理も目途もついていないし、スケジュールすら立てられません。取り出す具体的な方法すら見つかっていません。

 道産子は、鈴木新知事を選んだことで、どういうリスクを背負いこんだのか、理解できていない。
 夕張の石炭博物館火災は道民への警鐘です、道産子のみなさん、目の前にある巨大なリスクに「ぼーっとしてんじゃないよ!」ってチコちゃんに叱られます。

<余談-1:戦時中の文化人の戦争協力と戦後の沈黙>
 櫻本富雄が戦時中の文化人の戦争賛美の文筆活動を告発しています。かれは数人にインタビューを試みていますが、共通しているのはあの時代には仕方がなかった、心にもないことを書いた。書かなければ生活が成り立たなかったというようなものです。戦争反対の発言ができなかったと当時を悔いた法学者の家永三郎を除いてどなたも反省を口にされることはなかった。「少国民」であった櫻本自身がそういう本を読み耽って航空兵(神風特攻隊)に志願しようとしました。著名な文化人の手になる文を熱心に読んで心の底から航空隊に志願しようとした自分はなんと純真で愚かだったのだろうとこのビデオの最後のところで涙をぬぐっています。有名な文化人たちが口をそろえたように政府の要請にこたえて戦争賛美の文筆活動をした、何を書いたか覚えていないと、戦後はみなさん申し合せたように口をつぐんでいます。何を書いたかまるで覚えていないという人までいました。家永三郎を例外として、みなさん口をつぐんだまま死んでいきました。家永三郎は何もできなかったことを反省して、戦後は教科書検定裁判に挑みます。
 戦時中にドイツの戦時宣伝を見習って日本では大日本報国会が組織され、文学者が戦争宣伝に協力します。菊池寛、武者小路実篤、驚いたことに与謝野晶子の名前もあります。櫻本さんは収集した戦時中の出版物を開いて紹介しています。佐々木信綱、高村光太郎、小説宮本武蔵で有名な吉川英治、児童文学者の与田準一、国民的漫画「フクちゃん」の横山隆一、女性運動家の市川房江、『橋のない川』の住井すゑも戦時中は児童文学者として戦争賛美の文筆活動をしていました。ビデオのURLを書いておくので見てください。
 哲学者市倉先生もその著『特攻の記録 縁路面に座って』の冒頭で「
海に出て木枯らし帰るところなし」という誓子の俳句を引用して特攻兵の心情を汲んだものではないと批判しています。市倉先生自身も特攻兵であり、同期の戦友たちが次々と飛び立っていったのを見送っています。市倉先生は山口誓子が少年を特攻隊志願へと煽る句を読み戦時宣伝に協力していたことを知らなかったのではないかと思います。それでも、うさん臭さをかぎ分けています。
 大政翼賛会文化部出版の『軍神に続け』という本に誓子は次のように書いています。

「山川に 泳ぎてのちの 軍神(いくさがみ)
 軍神と伊勢の青嶺いや継ぎて 神々の若木の梅のごとく散らむ」

<余談-2:靖国神社と軍神>
 軍神とはお国のために戦って死に、靖国神社に祭られることです。
 落下傘部隊員だったebisuの父は訓練地だった宮崎県の港から戦友たちが船に乗ってどこかへ行くのを、左手で敬礼して見送っています。右手は複雑骨折してあげられなかったのです。落下傘部隊は秘密部隊でした。「空の神兵」とか神話になぞらえて「高千穂降下部隊」と言われてました。だから、どこの前線へ行くのかすら同じ部隊の戦友でも伝えることは許されません。戦後、オヤジは自衛隊に勤務する義理の弟から本を贈られて、自分の部隊、戦友たちがどこで戦死したのか知ることになります。田中健一著『沖縄の空に欠ける墓標 帰らぬ空挺部隊』(原書房 1976年刊)、戦後26年も過ぎるまで知る由もありませんでした。
 見送ったのは加藤隼戦闘隊という戦時宣伝映画での降下訓練中の事故で右手複雑骨折して療養中の時期でした。だれも戻ってきませんでした。別れの挨拶は「靖国で会おう」だったそうです。
 オヤジは大腸癌の手術をした翌年に、はじめて靖国神社におふくろと一緒に参拝しています。お袋は兄が侵攻してきたソ連軍と戦って満州の荒野で亡くなっています。桜の咲くころでした、わたしは二人からどこか厳かな感じが漂ってくるような気がして靖国神社についていきませんでした。
 翌年、癌が再発して全身転移、9月に亡くなっています。癌の告知はしてませんでしたが、死期を悟って「ずいぶん待たせたな、もうすぐいく」と報告したのでしょう。
 「戦友は誰も帰ってこなかった、結婚もせずに、子どもも残さず逝った、だからあいつらの分もしあわせになり、靖国で会う。俺は女房ももらったし子どもも3人いる、幸せだ」そんなことを長男のわたしだけに何度か言い残しました。「命の要らないもの集まれ!」と落下傘部隊の募集要項に書いてあったそうです。「どうせ散るならぱっと散りましょ」と応募したそうです。合格してから部隊員には長男がひとりもいないことに気がついたそうです。軍上層部には家を継ぐ長男は落下傘部隊員に採用しないという方針があったのでしょう。
 「靖国で会おう」という一言に、命懸けの訓練を、そして寝食を共にした戦友のきずなが伝わってきました。オヤジが戦後どういう思いで暮らしてきたのかよくわかりました。

*櫻本富雄 
https://ja.wikipedia.org/wiki/桜本富雄
*櫻本富雄が戦時中に戦争賛美した文化人へのインタビュードキュメント
https://www.youtube.com/watch?v=8-dC55hmhbc&feature=youtu.be&fbclid=IwAR3uwGCyhj1oGnxYCiICzw_QmiifPZgkrY22RVwTH_nwQSRfmeaTEVPekq4

*住井すゑ『橋のない川』
https://ja.wikipedia.org/wiki/橋のない川
*与田準一
https://ja.wikipedia.org/wiki/与田凖一

**弊ブログに全文掲載 市倉宏祐著『特攻の記録 縁路面に座って』

https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/archive/c2306180343-1

*#3903 市倉宏佑著『特攻の記録 縁路面に座って』(2) : Jan. 23, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-01-23-1

*#3904 市倉宏佑著『特攻の記録 縁路面に座って』(3):「2.誓子と特攻隊」 Jan. 23, 2019

https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-01-23-2

*#3905 市倉宏佑著『特攻の記録 縁路面に座って』p.10~12 Jan. 24, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-01-24



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帰らぬ空挺部隊―沖縄の空にかける墓標 (1976年)

帰らぬ空挺部隊―沖縄の空にかける墓標 (1976年)

  • 作者: 田中 賢一
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 1976
  • メディア: -



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#3946 部分最適は全体最適にあらず:カルロス・ゴーン保釈劇 Mar. 07, 2019 [8. 時事評論]

 作業着でご変装、ご丁寧にオレンジ色の反射材までついていた。弁護団の判断で、自宅を突き止められたくなかったのでやったようだ。ご本人も承諾したのだろう。背が小柄なうえに、あの変装ではまるで人間が小さく見えてしまった。スーツ姿で堂々と記者会見して自宅へ向かえば、住所は知れても、都落ちしてしまった印象はぬぐえたのでは。
 弁護士さん、すこしは頭のよい人が交代したのかと思ったら、あんな愚かな作戦を思いついて実行してしまった。それを了承したゴーンさん、もう判断力が正常じゃなさそうです。まともな経営者なら拘置所からあんな出方はしません。ビジネススーツで顔を晒して堂々と出る。
 こういうのを、「部分最適は全体最適にあらず」というのだろう。  元日産会長の威厳無し、最悪の作戦選択。
 従業員42000人の首を切り、私腹を肥やすことに一生懸命だった者の末路は哀れ。

*朝日新聞電子版より
https://www.asahi.com/articles/DA3S13922135.html
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マスク、眼鏡、作業着――。6日に保釈された日産自動車前会長カルロス・ゴーン被告(64)はカリスマ経営者の面影を隠すかのように、手の込んだ変装をほどこしていた。軽ワゴン車に乗り込み、逮捕から108日間を過ごした東京・小菅の東京拘置所をあとにした。
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**毎日電子版
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/ゴーン前会長、鋭い視線変わらず-変装理由は「マスコミに住居知られたくない」/ar-BBUriLJ?ocid=spartandhp#page=2



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#3779 オウム地下鉄サリン事件:被害者の脳幹や延髄が溶けていた July 10,2018 [8. 時事評論]

 オウム真理教の教祖の死刑が執行された。昨日東京府中で骨になったがその引き取り先でもめているようだ。
 地下鉄サリン事件で13人が死亡しているが、脳幹や延髄がドロドロに溶けていたという。検死解剖をした元東大教授石山昱夫氏から直接聞いた話を、(遠い昔に東大野球部員だった)甥のkoderaさんがブログにアップしている。

 サリンという神経ガスが体のどこにダメージを与えたのか、わたしは今まで知らなかったし、ほとんどの人が知らないだろう。オウム真理教の教祖と幹部の信徒たちはサリンを70トン*作って東京の空からばらまく計画であった。ウィキペディアによればそのための薬品材料はすでに手に入れていた。

*地下鉄サリン事件 ウィキペディアより
https://ja.wikipedia.org/wiki/地下鉄サリン事件

 koderaさんのブログの当該記事のURLを貼り付けるので、ご覧いただきたい。
*「オウムの被害者を想う」
https://blog.goo.ne.jp/badmintonmusume/e/0207fa0e519f75beb3798cbecc2e1b72

<脳震盪は脳幹に傷をつけ、認知症の発症素因となる>
 彼が叔父さんの石山氏から聞いたことで、聞き逃してはならぬことがある、それは脳震盪に関する下記の記述である。
彼曰く、脳幹の障害はMRIで見つからないほどの微かな傷でも、酷い認知症をすぐに発生するそうです。遺体解剖でしか、その傷は見えないそうです。短い脳震盪ですら脳は傷ついている可能性があり、認知症の発生の可能性を高めるため、危ないそうです。
 ボクシングで顔面を殴られると衝撃でその都度脳震盪を起こす。頭部の骨格が揺れるのと脳が揺れる速度が異なるからだろう。ボクサーは老年まで生き延びられたら、認知症を起こすということ。知らずにやっている人ばかりではないだろか。フルコンタクトの空手もあふない。

<余談:科学鑑定と臨床検査>
 鑑定にはさまざまな理化学測定機器が用いられており、この『科学鑑定』にのそれらの測定方法や技術が紹介されている。DNA検査だけでも電気泳動法白血球の血液型による方法(HLA検査)サザンブロット法PCR(Polymerase Chain Reaction)法などが紹介されている。最初の2つはずっと以前からSRL八王子ラボでやっていた検査法だが、後者2つは1980年代後半に導入している。ちょうどその時期にラボの機器購入担当をしていたので記憶がある。
 HLA主要組織適合抗原、いわゆる白血球の血液型)検査は免疫に関する検査であり、クラスⅠ抗原、クラスⅡ抗原、クラスⅢ抗原に分かれ、それぞれが数個から40ほどのタイプに分岐するので、その組み合わせは数万を超える。だからDNA検査が世に普及するまではこれが個人の特定に最強の検査だった。臓器移植や白血病治療のための骨髄移植の際にドナーとレシピアントの組織適合性判断に使われていた。1980年代終わりごろのSRLのこの検査分野の国内シェアーは8割ほどあった。米国でこの検査は親子鑑定に数千件需要があったが、日本では親子鑑定が目的でSRLに検査依頼があったことは一度もなかった。米国からのラボ視察に訪れたドクターにそう説明したら、びっくりしていた。文化が違うのである、育てたら自分の子どもであるというのが千数百年前からの日本人に共通した価値観だった、じつにおおらか。

 万葉集802に「瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲(しの)はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安眠(やすい)しなさぬ」「銀(しろかね)も 金(くがね)も玉も なにせむに 優れる宝 子にしかめやも」(山上憶良)とある。育てることで愛情がわいてくる、子に優る宝はないというのが日本人の情緒である。種が誰であろうと育てりゃ自分の子どもという感覚は今の日本人には理解しがたいかもしれぬが、この感覚は日本人の伝統的な性風俗と分かちがたく結びついていた。

 HIV(Human Immunodeficiency Virusいわゆるエイズ)検査はスクリーニング検査と確定検査の2段階でなされていた。スクリーニング検査で陽性反応が出るとウェスタンブロット法で確認検査をしていた。スクリーニング検査には擬陽性が含まれているので、確定検査が必要だった。あの当時で毎日1-2検体(年間500)の割合で陽性が出ていた。検査報告書は封緘されて病院へ届けられて、ドクターと患者本人以外は見ることができないようになっていた。封筒に検査報告書をいれて封をするのは単調な作業なので、この検査の報告書のためだけにフェニックスというメーカの自動封緘機を導入した。「エイズ検査室」は陰圧になっており、室外に空気が出ないようになっていた。空気感染はしないが、ワンランク上の安全装備をするというのがSRLのラボではあたりまえの思想だった。エイズ検査室では陽性検体が混ざっているという前提で取り扱っていたから、そこで働く社員たちは「ここが一番安全」と言っていた。HIV検査のための検体でなくても、その中にはHIV陽性のものが混ざっているかもしれないのである。他の検査室はHIV陽性の検体があるという感覚で検体を取り扱ってはいない、漠然とした不安はあったかもしれぬが。とにかく、検体の取り扱いは標準作業手順書に従って安全にそして慎重に行わなければならない。HIV検査を受託しだしたのは1987年ころのことである。
 サザンブロット法とウェスタンブロット法の2つがあるが、HIVの確認検査に使用されていたのはウェスタンブロット法である。ノーザンブロットとかイースタンブロット法というのは当時は耳にしたことがなかったが、いまはノーザンブロット法がある。元々は開発者の名前にサザンに由来する。そのうちにイースタンブロット法も出現するのだろう、ネーミングから検査方法を想像することはできない。(笑)
 PCR法は温度を一定時間上げ下げしてDNAを数時間で1,000,000倍に増幅する方法であるが、検査機器はいたってシンプル、温度を精度よくコントロールできればいいだけの装置である。1980年代後半とは事情がだいぶ違っているようで、性能のよいDNAポリメラーゼが開発され最近の装置では増幅時間はわずか2時間。

 統合システム開発が84年12月に8か月で終了、並行して予算編成と予算管理と固定資産管理を担当していた。1986年11月に検査試薬の価格交渉で社内出向、その後1月1日付で購買課に異動辞令がでて、機器購入担当となり、仕事柄ラボ内検査課へはしょっちゅう出向くから、すべての検査室にフリーパスで出入りができるようになった。用事があるついでに現場の係長クラスにいろいろ質問して、その人の担当している検査の要点を現物を前にしながらヒアリングしていた。使用している機械のカタログを集め目を通したし、取引業者に頼んで関連論文の写しをもってこさせた。現場で説明を聞く利点はある、モノがあると理解しやすいし、何しろ具体的な作業の様子がわかる。ラボは検査課あるいは検査係ごとに専門の職人で構成されており、検査の種類が多い(3000項目)から、検査課を横断したコミュニケーションは使う言語(専門用語)が異なるので少なくなる。だから縄張り意識も強くなり、他の検査課に立ち入ることができない。入れば、「何の用ですか?」とぶぜんとした表情でとがめられること必定、しかし、機器担当のわたしだけは例外で、どの検査課とも機器購入で購入協議書の内容を確かめたり、時に書き直しの文案を作成してあげているから。現場まで出向いて、用途やニーズを確かめたり、設置に立ち会ったり、トラブルがあると業者との間に入って調整するから重宝がられていた。検査機器開発の失敗のしりぬぐいもいくつかやってあげた。本社で統合システム開発と予算編成を担当する傍ら、固定資産台帳も担当して、自分の手で本社とラボの設備と機器の実地棚卸をして、検査管理部のH間さんに協力してもらって固定資産分類コードをつくり、投資案件も入力できるように固定資産管理システムを全面的に作り直した。ラボへ異動する前に検査機器と設備は固定資産台帳と突き合わせて全点チェックがすんでいた。固定資産台帳に5000万円で載っている特注の検査機器にブルーシートがかぶっているなんて例があった。使い物にならなかったのである。上場前に不良資産は全部処分する方針を本社経理担当役員に説明して了解をもらって、廃棄協議書を提出させて全部処分した。ラボ副所長がかかわっているものがいくつかあった、現場の担当者は大迷惑。使わない危機が狭い検査室にどんと置かれたままになって困っていた。仕様書も書かずに口答だけでやっていたら大きな案件は失敗することになる。RI部と染色体検査課に失敗した機器があった。ラボ側は本社側に失敗の報告をしたくない、開発案件に失敗はつきものだが、ちゃんとした仕様書も取り交わさずに数千万円単位の開発に着手してしまう杜撰さは上場準備上解消しておかなくてはならなかった。ちゃんとして手続きを踏んでやっていたら失敗してもいいのである。そのままでは上場審査で資産管理の不手際が問題になりかねない。購入協議書を整備し、決裁権限を定め、責任の所在を明確にした。たくさん儲けていれば、開発費に資金を潤沢に投入できる、そのころのSRLは売上高経常利益率が12%の高収益会社だったから、開発に失敗しても責任を問われることがなかった。失敗は構わぬが、上場企業に濫費は許されぬ。
 ニコンの子会社との染色体がぞ解析装置の開発は見込みがないので2000万円ほど投入したところだったが中止させた。その直後にIRSという英国企業が染色体画像解析装置を開発して虎の門病院に導入されたという話を検査管理部の機器担当者O形さんが聞き、業者を通じて染色体課長I原さんと一緒にサンプルを持ち込み実機でテストさせてもらった。開発目標にしていた1検体10分がクリアされていた。5検体を20分で処理できたのである。レンズにこだわったのが間違いだった、CCDカメラで画像で取り込むと後処理が簡単なようで、なんと自作のボードコンピュータ3枚ほどでデータ処理していた。ニコンは日本で最高の技術をもつレンズメーカであるからレンズにこだわり、レンズで画像を取り込み、当時画像解析用のミニコンでは最高性能のDECの製品を使い試作機を作ろうとしていた、開発は最初の構想から隘路に入り込んでいたのだ。英国メーカIRSの染色体画像解析装置に採用されていたプリンターも品質の高いものだった。染色体を大きさの順に自動的に並べ替えて印刷する。二十数種類のプリンタをテストして、これがベストだったとスコットランドなまりの強い英語でエンジニアが説明してくれた。自作のボードコンピュータを見て、このエンジニアの技術レベルがすぐに判断がついた、こういう人材がニコンの子会社にはいなかった。産業用エレクトロニクスの輸入商社で勤務していた時にマルチチャンネルのマイクロ波計測器の販売価格が2000万円もするので技術部で開発しようということになった。N中さんという優秀な技術者がいたのでかれに白羽の矢が立った。半年余りをかけて半田ごてでマッピングして試作機が完成すると、2台目からはプリント基板に変更、製造原価は200万円ほどに低下した。販売価格が1000万円ならマルチチャンネルアナライザーは市場を席捲できる。半田ごてで線をつないでいくマッピングでは手間がかかるから、製造はプリント基板でやるのがあたりまえ。スコットランド人のエンジニアがN中さんと同じレベルのコンピュータ技術者だと感じた。製品への信頼度がそれで一気に固まった。ドイツ人が話すようなごつごつした英語だったので余計に親しみがわいたのかもしれない。(笑)


 メーカが新しい検査機器を開発すると早い段階で教えてくれるという特別なルートも数本あったから日本初導入の機器をいくつか扱った。会社の上層部に貸しのできたところは外部にまだオープンになっていない新製品開発情報を教えてくれた。だから市販予定の大型検査機器の最終調整を八王子ラボでやってやる代わりに、半年間の独占使用を認めさせる交渉もできたし、していた。半年間の独占使用権で一気にその分野の外注検査シェアを確保してしまう。1987年ころだったと思うが、ラテックス凝集法の大型分析器LX3000の開発情報を入手できたので、市販前の問題点の確認とクリアを目的としてSRLでのインスタレーションテストをメーカ側に提案した。半年間の独占使用が条件である。快く受け入れてくれた。
 従来の方法で測定済みの検体を流してデータ比較をするとともに、電源投入直後の立ち上がりから1時間に同じ検体を再度測定してデータの再現性もチェックする。LX3000 はデータの再現性に問題を生じ、暗礁に乗り上げ、使えないという話が現場から聞こえてきたので、間に入って調整することにした。輸入商社にいたときにオシロクォーツ社の時間周波数標準機が火入れしてから1か月しないと規定の精度がでないという話を思い出した。ヒアリングしたら朝立ち上がり1時間ぐらい再現性が悪いということだったので、検査2時間前にタイマーで電源を入れてスタンバイするように変更をお願いしたら、問題がなくなった。立ち上がりの精度の悪い機械だったのである。その間にできた3か月ほどの時間を使って再現性の問題を根本的に解決するようにメーカ側にお願いした。どのように根本的に解決したのかは聞いていないが、栄研化学はSRLで数か月のインスタレーションテストでえられたデータから、問題点をすべてクリアした信頼性の高い新製品を予定通りに市販している。同じタイプだが病院で導入できるような小型のものもシリーズで出し、ずいぶん売れたようだ。RI標識の検査に比べてラテックス凝集法は特別な管理区域で実施する必要がないし、検査精度が飛躍的にアップする。検査データを利用して診断しているドクターたちとその恩恵にあずかる患者のためにも、精度の高い検査の導入努力を日々怠ってはならない。業界ナンバーワンのラボはそういうことに積極的に協力する社会的な義務を負っていると考えていた。
 栄研化学から取引契約書を取り交わしたいと申し入れがあった、何年も取引していて急な要請で、すぐに上場準備中だとわかった。同じ作業をSRLも3年前にやっていたからだ。「上場準備中だから、契約書が必要だろう?」そう告げると、「顔色を変えて、外部に言ってはいけないことになっています」と慌てていた。そのご上場準備でなにか困ったことが持ち上がり、話が聞けた。解決策を教えてあげたら、それからあとは新製品開発に関する情報が入手できるようになった。だから、インスタレーションテストを提案できた。試験が終わった後3台導入した。数年たってからラボに用事があって各検査部をまわって歩いたら、LX3000が7台くらい並んでいた。大型検査機械であれだけの台数が一つの検査室に並んでいるのはめったにない。人工透析患者に必要な血中アルミニウムの測定に使われていた原子吸光高度計とRIA検査室のRIカウンターくらいなもの。RIカウンターはアロカ社のものがそろえられていたが、ファルマシアLKBに日本仕様(10×10ラックあるいは5×20ラックだったかも、とにかく100本/ラック)のRIカウンターを製造・市販するように勧めたら、すぐに作ってくれた。SRLの社内規格(100本ラック)が実質的な日本標準規格であった。HP社の社内規格である双方向のインターフェイスバスHP-IBが国際規格GP-IBになったケースと似ている。LKBの製品はデザインがとっても見栄えのするものだった。1台だけ入れたが、数年後に見たら、全部LKBのRIカウンターに置き換えられていた。真っ白で余分な飾りのないデザインが、機能美の極致を表現しているようで美しかった。こういう美的感覚もラボの機器選定には大事な要素なのである。性能がよくて美しいものがいい、年間数千人のラボ見学者を受け入れているのだから。日本製品はこういうシンプルで美しいというところへの配慮に乏しい。

 話をLX3000に戻すが、製薬メーカ単独でこういう密度の高いインスタレーションテストは不可能である。従来の精度の低い方式での測定と新製品での並行テストを大量にやり、問題が起きるかどうかを見守ることができる。そして問題が発生すれば市販前にそれらをクリアできるのだ。メーカと国内最大手の臨床監査会社のラボとの間には共同で大きな成果を上げられるプロジェクトがいくらでも見つかる。市販してからトラブルが続出したら、次に新製品を出すときにユーザが二の足を踏む。信頼性の高い機器を発売するというのはメーカにとって重要なマーケティング戦略なのであるそこを理解して交渉すればいいだけ。もちろん機械の原理、測定方法の要点は資料見て話を聞いただけで理解できる力がなけらばならない。産業用エレクトロニクス輸入商社で五年間欧米50社の世界最先端の製品の技術的説明(海外メーカのエンジニアによる英語での新製品説明会)を毎月2製品ほど聞き続けたからできるのである。最新のマイクロ波計測器の測定原理についても技術営業向けの社内講習会が東北大学の助教授がきて毎月1回開かれていた。予算編成、経営分析と経営改革、そして統合システム開発を同時に担当していたが、面白そうなので新製品や計測技術に関する社内講習会には片っ端から参加した。そのときの専門知識の蓄積がSRLで臨床検査機器の理解にたいへん役に立った。ラボの職人さんたちとはそれぞれ数回コミュニケーションしただけで、お互いの専門知識の程度がわかってしまうので、とってもやりやすかった。
 とくに予算がらみになると、わたしがOKだすと、本社の予算管理担当役員I本さんも管理担当副社長のY口さんも「ebisuがOKを出したのなら」と一度もダメと言ったことがなかった。本社からラボへ異動したときにラボ部門の仕事が理解できない本社役員がわたしを自分たちの目や耳の代わりに利用したのである。原価低減のために検査試薬の価格交渉が必要で、ラボの購買課に任せていても埒(らち)が明かないので、価格交渉を提案すると3か月間という「社内出向」で価格交渉担当として派遣された。予定通りの価格交渉をやって検査試薬原価をカットして見せたら、そのまま異動辞令が出された。本社側の意向通りにラボを動かすには便利だったのだろう。わたしのほうも利用した、「予算についての話は本社に通しておくから任せてくれていい、通常通り検査管理部を通してやってください、そちらにも根回しはしておきます」と検査課長たちに言い切れた。金額に応じて決裁権限に差がつけられているが、このように設備投資予算や予備費からの予算振替の実質的な権限があったから、本社とラボの風通しがよくなった。ラボ側にとってはありがたいことだっただろう。


 3年間ラボの機器購入とメーカとの検査機器共同開発を担当した後に学術開発本部に異動した。本部スタッフとして開発部の製薬メーカとの検査試薬のとの共同開発案件2つを担当する傍ら、学術情報部のラボ見学のうち海外からのお客様を担当したから、その時にもラボツアーの都度、見学希望の検査課をお客様を連れて回って解説しており「門前の小僧習わぬ経を読む」のに慣れていたのである。八王子ラボで仕事をした四年半はとってもたのしく、好奇心を満たしてくれた。
 ラボの後は社内公募された新設部署である関係会社管理部へ異動したが、このときは公募の書類を人事に送付した翌日に本社から副社長のY口さんが八王子ラボまで来て「話がある」と応接室へ誘う。Y口さんは管理部門担当の副社長だから、八王子ラボには年に一度来るか来ないかの人。応接室は社内の打ち合わせに使わない、取引業者はお客様との打ち合わせのためにある、そこで話があるというのだ、異例のことだった。学術開発本部担当役員のI神さんが異動に強硬に反対して、異動できないことになるので人事異動が公表されるまで絶対に報告するなとキツイお達し。あとで公示直前に人事部門からの通知で知ることになったI神さんからキツイお叱りを受けた。副社長から口止めされていましたとは言えない。「すみません」としか言いようがなかった。学術開発本部には開発部と学術情報部と精度保証部の三つの部門があったのだが、開発部の検査試薬開発のマネジメントをできる任癌がいなかった。属人的な仕事になっていたが、PERT chartを利用して、仕事の手順を標準化して相互に進捗具合が確認できるように変えた。慶応大学病院のドクター数人と出生前検査MoMの日本人基準値の共同研究のマネジメントもしていたし、臨床病理学会の櫻林先生と検査項目コードの日本標準制定のプロジェクトにも異動の前からかかわっていた、かかわっていたというよりも、臨床診断システム事業化案をつくり、10個のプロジェクトに分解、そのうちのひとつが臨床検査項目コードの日本標準制定で、臨床病理学会の臨床検査項目コード検討委員長の櫻林先生を大手6社の項目コード検討会に引っ張り出したのはわたしだった。海外のお客様のラボ見学対応もあったから、これらの仕事を一人でできる人材がいなかった。だから、副社長は上司のI神取締役に社内公募に応じたと話してはならないと口止めしたのである。この新設部門である関係会社管理部への公募については別途経緯があるが、別のところで書いた。やむにやまれぬ事情がわたしのほうにはあった。
 新設部署にとってわたしのスキルは二つの点で重要だった。一つは経営管理系情報システムの開発経験者としてのスキル、もう一つは経営分析と経営改革スキルだった。この部署へ異動してから子会社の経営分析と臨床検査会社の買収や資本提携のための資料分析と経営改革案作成と実際の交渉を担当して、資本提携先へ役員出向することになるのである。このときは5ディメンション25経営指標のレーダチャートによる総合偏差値評価方式を開発して、画期的な子会社業績評価システムを作った。一つの経営改革モデルと言って差し支えないだろう。関係会社管理部にいたおかげで千葉の子会社のラボシステム開発も親会社側という立場で担当できた。生産性を2.5倍にアップする目標をクリアした。システム開発スキルと経営計画のシミュレーションスキルがこの仕事で役に立った。この経験を通して国内の赤字の臨床検査会社はどこでも黒字化できるノウハウが身についた。生産性を3倍にアップできたら業績は劇的に改善できる。赤字会社は高収益会社へ化ける、実績が出るとボーナスが跳ね上がるからそれを手にした社員のやる気もまるで変ってしまう。こういう時は5年の長期計画シミュレーションを稟議書に添付しており、実績が初年度からそれを上回るので、社員に自信と安心感が生まれる。
 関係会社管理部で北陸の臨床検査会社の買収と福島県の臨床検査会社への資本提携交渉を担当し、福島県の会社へ役員出向することになった。3年の約束のはずが、黒字化の経営改革案をつくって親会社社長と副社長の了解をとり実行しようとしたら、15か月で本社に呼び戻された。F田社長は福島県の臨床検査会社を高収益会社にしたくなかったのである。そうなれば子会社化してその会社の社長をSRL本社役員に据えなければならなくなる、それが嫌だったのだろう。毛色が違っていた。出向解除と引き換えに異例の3部署(社長室、経営管理部経営管理課、資材部)兼務異例が出た。後にも先にもほかに3部署兼務の例はなかった。意に添わぬ人事があったので、半年ほどで無理やり本社勤務を解いてもらい、一番古い子会社東京ラボへ出向した。本社の仕事が楽すぎてつまらなかったこともある。SRL東京ラボへは経理部長として出向したが、すぐに経営企画の仕事も兼務することになった。ラボ建物が老朽化していて危険だったのでラボ移転を計画し、親会社を含めたラボの再編構想を練り、あと3か月ほどで具体案に練りあがってから東京ラボのM輪社長と一緒に親会社のK藤社長に相談に行こうとしていたところだった。そこへ突然の異動発令があった。帝人との合弁会社の立ち上げが新聞公表スケジュール通りにいかなくなったので、担当しろと本社社長のK藤さんから直接の指示。東京ラボのM輪社長、社長室にわたしを呼んで「K藤社長の直接の指示だからノーと言えない」とがっくりした様子。東京ラボの移転も親会社を含む首都圏のラボ再編構想も雲散霧消となった。
 そういう経緯で11月から合弁会社立ち上げのプロジェクトに参加することになった。帝人との合弁会社は1月のスタート・スケジュールだったから立ち上げまで3か月。半年前からプロジェクトが走っていたが、暗礁に乗り上げ、メンバーの一人、W辺が、「スケジュール通りにやれるのは社内にはebisuさんしかいない」と発言したと本人、それでお鉢が回ってきたらしい。「そういうときは事前に相談しろ」と叱っても手遅れ、「SRLグループ企業全体の未来を左右する大きな構想の仕事が走っていたんだ」と笑うしかなかった。臨床治験の合弁会社で、帝人と出資比率は半々、役員も半々、K藤社長の指示は三つ、じつに明快だった。
 ①赤字部門の合弁会社だからその黒字化、そして②帝人の臨床検査子会社の買収、③合弁解消しSRL100%とするという三項目、これを3年間でやり遂げること。「やれるか」と念を押すので、「合弁会社経営に関して全権をいただきやりかたを任せていただけるなら、期限内にクリアします」と応えると「わかった、任せる」と二つ返事。これが最初のプロジェクトミーティングに参加するために本社建物のエレベータ前で外出しようと出てきたK藤社長との会話である、決断の速い人だった。
 そういうわけで11月にプロジェクトに参加、両社の保管しているファイル資料の棚卸をすぐにやりながら、不動産会社に物件を大急ぎで探してもらって、予定通り1月に日本橋本町のビルに本社と検体の分離ラボを設置、稼働した。3年の約束だったが、これも期限前(二年目)にすべてクリアした。合弁解消の時に、帝人のI川常務から「いままで合弁会社がうまく行ったためしがなかった、赤字が膨らんで帝人側が引き取っていた、こんなケースは始めてだよ、次の社長はebisuさんがやれ」と言われた。わたしは帝人の本社役員からいくらか経営手腕を買われていたようだ。
 三つ目標をクリアしてすることがなくなった、あとは誰でもできる、そういう時に、再度誘いを受けた。以前から老人介護・医療に興味があり、病院を中心に老健施設・ナースステーション・有料老人ホームなどを配置したシームレスな介護を夢見ていたので、首都圏の300ベッドの老人病院の病棟建て替えの仕事を依頼されたのを機会に、常務理事として10年間仕事をする契約で引き受けた。年収1800万円で10年契約、転職に当たっては契約書を取り交わした。16年間のSRLでの仕事にこうして終止符を打った。人生の残りの1/3は儲け仕事ではなくて、故郷に戻ってなにかするつもりであったが、まだきっかけがなかった。人生を勉学の時期、一生懸命に働く時期、社会的な貢献の時期と漠然と三つにわけていたから、50歳くらいで故郷に戻るようなきっかけがでてくるような気がしていた。それは少し遅れてやってきた。

 SRLでのスタートは上場準備のための統合システム開発担当と全社予算編成と管理の実務担当責任者だった。こういう一見してめちゃくちゃな異動は前にも後にもない。3分野あるいは4分野にわたる専門家は社員が千人いても一人しかいない。そして現実の経営上の難問題はつねにいくつもの領域にまたがっている。難易度の高い仕事がしたかったら、いくつもの専門分野をもて!

 実際の科学鑑定はつねにあたらしい検査方法と技術の習得との戦いでもあり、そういう視点でこの本『科学鑑定』を読むのも楽しい

*サザンブロット法
https://ja.wikipedia.org/wiki/サザンブロッティング

 PCR法 ウィキペディアより
https://ja.wikipedia.org/wiki/ポリメラーゼ連鎖反応

 HLA検査 SRL検査案内より
http://test-guide.srl.info/hachioji/test/detail/01284A101
 HLA検査 ウィキペディアより
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒト白血球型抗原



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