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#4029 岩井圭也『夏の陰』とデイビット・ピース『Xという患者』を読む July 7, 2019 [44. 本を読む]

<最終更新情報>
7月8日朝8時45分

 久しぶりに小説を読んだ。時々素振り用の重たい木刀を振っているので剣道に興味があったからだろう。思うように振れないので何かヒントがあるかもしれぬ。岩井という人の小説は初めて読む。
 粗筋はamazonの内容紹介を引用しておく。
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出会ってはならなかった二人の対決の行方は――。「罪」と「赦し」の物語。

運送会社のドライバーとして働く倉内岳は、卓越した剣道の実力を持ちながら、公式戦にはほとんど出場したことがなかった。岳の父である浅寄准吾は、15年前、別居中だった岳と母の住むアパートに立てこもり、実の息子である岳を人質にとった。警察との膠着状態が続いた末、浅寄は機動隊のひとりを拳銃で射殺し、その後自殺する。世間から隠れるように生きる岳だったが、自分を剣道の道に引き入れてくれた恩人の柴田の願いを聞き入れ、一度だけ全日本剣道選手権の京都予選に出場することを決意する。予選会の日、いかんなく実力を発揮し決勝に進出した岳の前に、一人の男が立ちはだかる。辰野和馬、彼こそが岳の父親が撃ち殺した機動隊員の一人息子だった。「死」を抱えて生きてきた者同士、宿命の戦いが始まる――。
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  読み始めてみたら、時々秀逸な表現が出てくるので、巧いと思う箇所へ線を引き始めた。
 夜空に上がる花火を次のように描写して見せる。
a1:黒々とした夜を背負って、ひと筋の光が向こう岸から空へと昇っていく。月と同じ高さに達したとき、破裂音とともに弾けて四方へ散った。光の華は夜空を彩り、瞬きする間に空へと溶けた。(100頁)

a2:岳は観念したように空を見た。母子にとって最後の思い出となる花火は、銃声に似た響きを残して散っていく。終わるからこそ美しいものがこの世にあることを、岳は今まで知らなかった。(101頁)

a3:美しく輝く花火の背後には、広大な闇夜が広がっている。

  a2の後半はステレオタイプな表現がまざってしまって、前半の印象深い表現を台無しにしているようにみえた。だから、まだ進化しそうな作家だ。

b1:柴田は饒舌だった。その饒舌さが、岳には不穏に感じられた。まるで時間切れを恐れ、焦っているような話しぶりだった。開け放された窓からブナの葉擦れの音が聞こえた。(107頁)

 剣道の師匠である柴田は試合の審判をしている最中に倒れて入院した、それを聞いて岳が駆けつけて柴田と話をするシーンである。柴田は自分の過去について何か隠していることを示唆している。こういう伏線がこれでもかというくらい頻繁に出てくる。少し抑え、さらりとやってのけたほうがよかったのではないか。

c1:しかしある日、このままでは自分(柴田)までもが犯罪者になってしまうと思った。これ以上、身内に罪を犯す人間を増やしてはならない。警察の厄介になる自分を、娘は軽蔑するだろう。それだけは避けたかった。石が潮に流されて磨り減るように、娘への執着は摩耗し、やがて消えた(112頁)

d1:これ以上優亜の顔を見ていると、感情が決壊してしまいそうだった。(117頁)
 
 使われている語彙は漢字検定3級程度の平凡なものばかりでとても読みやすい、そして使い方が上手だ。なにより褒めたいのはプロット(筋書き、話の構成)である。「題3章 陰の絆」「エピローグ」で無関係に見えていた事件とその関係者を結ぶ強い絆が明らかにされる。構想力がすばらしい。伏線を半分に抑えたら、あっとおどろく結末になったのではないだろうか。
 犯罪被害者の息子と加害者の息子の心理的葛藤がよく描けていることもこの小説を面白くしている。
  誰もが犯罪加害者や犯罪被害者の家族になりうる、そしてそれは明日かもしれない。そうなったときにどういう人生を生きるのか、この小説は深刻な問題を提起している。
 常なるものはない、明日は何が起きるかわからぬ、『方丈記』や『徒然草』の無常感が21世紀の小説にまで流れていることにふと気がついた。方丈記の「作者の鴨長明は自身が体験した都の大火、大地震、さては二年にわたる惨憺たる基金の状況などを回想しながら、克明に捉え示すことによって説得的に語っているのである」。(日本古典文学全集44巻『方丈記・徒然草・正法眼蔵随聞記・歎異抄』より)
 小説のテーマは他所事だと思っているから娯楽として読めるんだろうな。(笑)

 古典を読み漁って、使える語彙が拡張したときに、この構想力の緻密さがさらに飛躍を遂げていたらどのような小説ができあがるのか楽しみである。いや、発行部数を増やすためには漢検3級程度の語彙で書いた方が有利だろう。漢検準1級レベルの語彙が頻出したら、読者層は限定され狭い層にしか読まれない。読者の語彙力に合わせた小説が売れるのである。

 漫画の本を読まなくなって13年、久々に娯楽本を読んだが、とっても楽しめた。
 著者の岩井圭也さんに感謝!
 次回作も期待したい。

<余談:2冊セットで読む>
 岩井圭也の『夏の陰』は一日で読んだので、続けて『Xという患者 龍之介幻想』を読んでいる。主人公は芥川龍之介、少年のころから家の本、学校の図書室、近所にある図書館、川向こうの図書館と片っ端から本を読み漁り、精神を病んでいく。芥川の作品には「羅生門」や「鼻」など古典からのリライト物が多いが、それが中学生のころから宇治拾遺物語や今昔物語などの古典も片っ端から読んでしまう読書マニアだったことによって成り立っていたとしたら、その精神状態はどうなるのか、著者は龍之介を精神病の患者Xとして観察していくのである。患者Xは読めば読むほど語彙が豊かで表現の巧みな本が読みたくなってしまう、読む本のレベルを上げすにはいられない、次第に読書中毒の症状を呈して、それがアウトプットへと向い、際限のない技巧の高みを目指して螺旋階段を昇り詰めていく。ブレーキの利かない読書機械や作文機械がだんだん速度を上げて道路から外れて空を飛んでいき、音速を超えて空中分解してしまうかのような…。
 大作家を精神を病んだ患者として眺めた一風変わった読み応えのある小説であるのだが、周囲の人々や時代を象徴する出来事や人との付き合いでも、読書機械であると同時に作文機械でもある患者Xの精神の歯車は勝手に回ってしまう。龍之介はあっちこっちで自己制御不能になるのである。
 それゆえ芥川が生きた時代背景や同時代の他の作家について知識のあった方が愉しく読めることは申し上げるまでもない。たとえば、明治天皇崩御の際の乃木希典の自殺の龍之介の精神への影響が描かれている。自殺と殉死という言葉の葛藤は、言葉のセンスが過度に鋭敏な者にはないがしろにできない重大な問題として立ち現れ、そこに拘泥する。
 人の精神が何をすることによってどのような方向へ歪(いびつ)に育っていくのか、人のこころとはどのようなものなのか、ディヴィッド・ピースのこの作品と岩井圭也の小説に、テーマの共通性を感じた。まったく関係のない作品を2冊セットで読むという読み方がありそうだ。

*『夏の陰』
https://www.amazon.co.jp/夏の陰-岩井-圭也/dp/404108038X/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E5%A4%8F%E3%81%AE%E9%99%B0&qid=1562474153&s=gateway&sr=8-1



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夏の陰

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  • 作者: 岩井 圭也
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/04/26
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Xと云う患者 龍之介幻想

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  • 作者: デイヴィッド ピース
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新編日本古典文学全集 (44) 方丈記 徒然草 正方眼蔵随聞記 歎異抄 1

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1995/02/17
  • メディア: 単行本




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#3995 『ゲーデル、エッシャー、バッハあるいは不思議の環』May 16, 2019 [44. 本を読む]

 いつか読まなくてはと思っていた本を根室の本屋さんで注文した。たまたま、昨年、ゲーデルの『不完全性定理』を2/3ほど読んでいた。いきなり数学の証明の本を読むのは無理だから、数理論理学の入門書を一冊読んでおいた。お陰で序章の38頁まではスムーズに読めた。残りの700頁は問題なかろう。20年前に読んだらかなり難解な本だっただろうが、いまは必要とされる周辺知識を獲得済みなので難なく読める。

 この本の翻訳者の一人に、翻訳の名手である柳瀬尚紀さんがいるが、根室高校の6年先輩にあたる。どういう日本語を充てるのがふさわしいのか、とことん考えて訳文を作る人だから、原著と読み比べてみたらいい。工夫の跡が随所に確認できるだろう。
 柳瀬さんは3年前に亡くなられた。

 出版20年記念版の序文にはバートランドラッセルの『プリンキピア・マテマティカ』がいきなりでてくるから、自然数を使った数学の証明法や公理的な数学モデル構築に関する知識がなければ意味が理解できないだろう。この本は広い教養と数理論理学の専門知識と深い深い思索を同時に要求するから、読んで理解できる読者はとても少ない。この本を読んで理解できる知性がいま日本には何人いるのかな。

 ホフスタッターがなぜ数学者と絵描きと音楽家をとりあげたのかは最初の章で理由が明らかになる。

 ホフスタッターには、バッハの「音楽への捧げもの」のカノンが無限に上昇しながらいつのまにかもとのハ短調に戻る。エッシャーのだまし絵、水が下へ下へと流れているのに、ちゃんと元へ戻ってくる、そこに同じ構図のあることを見ている。彼が見ている同じ構図が「不思議の環」である。
 わたしも、ユークリッド原論とラッセルPMとマルクス資本論に同じ構図を見ている。ホフスタッターと同じ経験をしているから、理解しやすいのだろう。
 
わたしにとってはちっとも不思議ではない異なる分野で生じる同型性、むしろ当たり前の環。これら三つの書物に共通しているのは演繹的体系だということと、それだからこそ学の出発点に公理を設定しており、公理自身はそれぞれの体系内部では論証不可能だということ。そして公理を変えれば別の演繹体系が立ち上がるということである。経済学に対してこのような主張をしているのはebisuが世界でただ一人である。
 演繹体系がその出発点にそのモデル体系では証明不可能な公理をもつのは当たり前のことだから、マルクスは価値と使用価値の定義を経済学の公理にして演繹的な記述をはじめて、弁証法にとらわれて迷路に入り込み破綻した。数学音痴だったマルクスは流行り病の弁証法が方法論としてはダメだということに資本論1巻を書きあがて気がついたのだろうと思う。かれは方法的破綻を明確に自覚していた。だから晩年の10年ほど沈黙したまま死んでいる。共産党宣言を書いて、世界中の人々を煽って、いまさら自分の経済学方法論が間違ってましたなんて言えなかったのだろう。方法的破綻が明らかになったらもう書けない。哀れな晩年のマルクス。
 わたしは職人仕事と「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」という商道徳を出発点に措定した経済学を展望している。

 いずれかの分野を深く掘り下げれば、興味のある別の分野にある同型性が見えてくるもの、これは平等性智の働きである。エゴの発動である自他弁別本能を抑制すれば見えてくる。自我本能を抑制できない人に理解できるだろうか?amazonに並んでいる書評を読んでみたらいい。

 大数学者の岡潔先生の最終講義が『数学する人生』(新潮文庫)として出版されています。生とは何か、命とは何か、自然とは何か、西洋科学とはまったく別の視点からの考察が述べられていますから、ホフスタッターの思索と比べてみると、『ゲーデル、エッシャー、バッハあるいは不思議の環』がどういうレベルの議論をしているかよくわかります。
  



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②エッシャーの大判の画集です。30年ほど前に本屋をぶらついているときに見つけて買いました。ほしかった画集が目の前に突然現れたのです。うれしかった。
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③ゲーデル『不完全性定理』です。いきなりこの本を読んでも理解不能ですから、数理論理学の入門書を1冊読みました。バッハのCDはおまけです。「音楽の捧げもの」もCD棚にありました。ARCHIV 指揮者はラインハルト・ゲーベル、演奏はムジカ・アンテクワ・ケルン。POCA-2123

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④バッハ「音楽の捧げもの」。J.S.バッハは好きな作曲家だから探したらCD棚にありました。この本の構成はバッハの「音楽の捧げもの」を模したものとなっています。形を模すことで何かが浮かび上がってくることを書き手が期待している風に感じます。
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ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版

ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版

  • 作者: ダグラス・R. ホフスタッター
  • 出版社/メーカー: 白揚社
  • 発売日: 2005/10/01
  • メディア: 単行本
ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)

ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)

  • 作者: ゲーデル
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2006/09/15
  • メディア: 文庫
音楽の捧げもの

音楽の捧げもの

  • アーティスト: ムジカ・アンティクワ・ケルン,バッハ,ゲーベル(ラインハルト)
  • 出版社/メーカー: ポリドール
  • 発売日: 1992/04/22
  • メディア: CD
 
数学する人生 (新潮文庫)

数学する人生 (新潮文庫)

  • 作者: 岡 潔
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/03/28
  • メディア: 文庫


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#3954 ハラリと大数学者岡潔 Nar. 30, 2019 [44. 本を読む]

 毎年2週間ブログやFBから離れることにしています。習慣性が強くなるのでね、お休みというわけ。(笑)

 東京へ行っても電車に乗るのは一度だけ、根室へ戻るときに羽田へ向かうのに電車を利用しました。羽田から聖跡桜が丘駅前までは直行便のリムジンバスです。体力がないので電車に乗って移動するのはきついのです。
 京王線の電車でふと向かい側の席へ目をやると、6人全員がスマホをいじっていました。スマホはいまや人間の身体の一部と化したようです。これを人類の進化とみるか、AIの端末化するトレーニングとみるかは意見の分かれるところでしょう。

 本屋へ行ったら、平積みされた数学者岡潔先生の本が目に入りました。森田真生編『数学する人生』(新潮文庫)、何か呼ばれた気がしたのですぐに買いました。こういうときはあとから理由がわかるから、勘に従うことにしています。
 中を見たら、大数学者岡潔先生(1901-1978)が1971年春に京都産業大学でやった「最終講義」のテープを遺族から借りて原稿を起こし編集したもの。

 最近、ハラリの著書『Sapiens』を弊ブログで3回とりあげましたが、ハラリはこの著書を四つのパートに分けています。
 ①認知革命
 ②農業革命
 ③人類の統一
 ④科学革命

 こうして並べると三番目に違和感が湧きますが、人類史を考察するうえで、③は不可欠な視点であることが読めばわかります。英文の部タイトルは
「Part Three The Unification of Humankind」

 (ハラリのこの著作はkoderaさんが提唱する四項目箇条書法の構成になっています)

 二番目の農業革命によって、畑が広がっていっただけでなく羊や豚そして牛、鶏などの家畜化も進みました。これらの動物には知能もあるし、感情もこころもある。農業革命は人間以外の動物を家畜と野生動物に分けたということになるでしょう。
 同様のことが、人類に対しても行われています。Sapiensというラテン語の元々の意味は「賢い者」という意味であり、Neanderthal「野蛮な者」と対置されます。遺伝子解析の結果から現生人類はホモサピエンスとネアンデルタールの混血です。日本人にはネアンデルタール人の遺伝子がいくぶんか濃いというのは興味のわく事実ではありませんか?岡潔先生は日本列島に人がすみ始めてから30万年と言ってます。東アフリカでホモサピエンスが進化し始めたのが7万年前です。


 ところで、鶏は狭いゲージに閉じ込められて、ベルトコンベアで運ばれてくる餌をついばみ、運動することなく肥育され、卵を産み続け、屠殺されています。羊や豚や牛も似たり寄ったりの肥育がなされています。これらの動物は人類総数よりも数が多い。感情や心をもつ哺乳類がこういう劣悪な環境下で飼育され、屠殺されて人間の食料となっています。具体的に飼育をみていくと、乳牛がとってもかわいそうです。この部分はハラリの本をお読みください。
 いずれ、野生動物はいなくなり、動物園でしか見れなくなりそうです。森は畑や果樹園、ゴルフ場と化し、これからも野生動物の生息環境は次々と消滅していきます。地上には人類と家畜ばかりということになれば、そういう単純な生態系で人類が生き残れるだろうかという疑問がわくのは当然でしょう。生態系の維持には「生物多様性」が不可欠です。

 農業革命以前は狩猟採集生活だから、人間はたくさんの種類の食べ物を採集して食べていました。農業革命以後の食卓は様変わりして、栽培した穀類や野菜や果物と家畜の肉がほとんどを占めています。

 岡潔は動物本能である自他弁別本能や無明の表れである自我本能を抑止すべきだと強く主張しています。企業経営では「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」という商道徳で日本人は自我本能を抑止してきました。取引相手も従業員も同じ人間、関係者それぞれが幸福になるような利潤追求に理想を見ていたのです。
*『日本の国という水槽の水の入れ替え方』p56-58「向上の折り返し点」参照

 欧米の経営とはまったく思想が違います。20年間で日産から380億円もの収入をほしいままにしたカルロ・スゴーンのやり方は日本の伝統的な経営思想とはまっこうから対立するものでした。カネ、カネ、カネ、自分さえよければいい、日本人の大企業経営者にもそういう自我意識に抑制のきかないタイプが増殖しています。どうやらカルロス・ゴーンは日本の大企業経営者に禁断の扉を開いてしまったようです。
 官民ファンドの「産業革新投資機構」の社長に三UFJ菱フィナンシャル・グループの副社長であった田中正明氏を予定していましたが、報酬がⅠ億円であることがすっぱ抜かれて、世耕経済産業大臣は大慌て。報酬を3000万円に減らしたら、役員全員が辞任し振出しに戻っています。20年前までは大企業でも社長の報酬は3000万円が相場でした。強欲な経営者が増えたということです。
*毎日新聞ニュース:「役員報酬3000万円前後に抑制 経産省が官民ファンドの新運営方針公表
http://mainichi.jp/articles/20190326/k00/00m/020/268000c

 自他の区別はあって当たり前だが、そこには感情をもつ動物への共感もなければならぬということになります。岡潔先生はそういう智慧を平等性智と名付けています。

<言語と無意識>
 西欧の言語には冠詞があるが中国語にも日本語にも冠詞はありません。不定冠詞aの役割は自他を区別するもので、袋のような役割をしています。袋の外と中を区別する機能であると同時に他の袋と区別する役割も果たしています。どうやら冠詞はインド・ヨーロッパ語族に共通の機能のようですね。英語にもフランス語にもドイツ語にもイタリア語にもスペイン語にもロシア語にも冠詞はあります。
 言語を利用するときに常に袋の中と外を区別することで、他の袋との共通点への意識が薄くなってしまうのではないでしょうか?
 憐憫の情とか惻隠の情は他者への共感をベースにしなければ生まれない感情です。日本人は野や山にも神社の杜にも、動物たちにも自然に共感をもつようにできています。
 家畜の飼育環境を告発するハラリには平等性智が働いている、西洋人には稀有な人です。

 西洋の人々は家畜を屠殺することに痛痒を感じないのに、野生の哺乳類を捕まえ殺して食材とすることには強い嫌悪感を表明します。クジラやイルカが好例ですが、日本人には不思議です。家畜と野生動物を弁別しているからでしょうが、じつはどちらも感情をもった同じ動物なのです。クジラやイルカ漁に反対している人々には平等性智が働いていません、無明から生ずる自我本能や動物本能である自他弁別本能に操られているように見えます。


 生き延びたいという自我本能や自他弁別本能から平等性智への向上は、岡潔の視点からは人類の精神やこころの向上という階梯だが、そういう視点からsapiensを読み返したら、また違う景色が見えてきそうです。数英の偏差値が80を超える高校生用の教材に夏ころから取り上げますが、そうした平等性智の視点からsapiensをどのように読み解けるのか議論できたら楽しそうです。対象の生徒は五年間の音読トレーニングですでにそういう議論ができる準備が整っています。だから、Sapiensを読むのです、外諸講読授業が楽しいはず。

 岡潔の説明には仏教用語がでてくるので理解がむずかしい。道元の『正法眼蔵』にでてくる用語を使用したり、芭蕉の俳句で平等性智の説明がなされるので、ある程度の修行を積まないと理解できない部分が随所にあります。そしてところどころに数学的な証明が織り込まれています。直感的に捕まえたものを説明するにはそうした論理に頼らざるを得ないところがありますが、論理ですべてが説明できるわけでもありません。生命や情緒は論理の彼方にありますから比喩を使うしかないようです。このように数学者岡潔の発言は奥が深くて凡人には理解が届きません。岡潔先生が頻繁に引用する道元の『正法眼蔵』は30代になってからなんどかチャレンジしましたが、いくら読んでもわからない本です。ハラリの言説と突合してみて、凡人のわたしにも岡潔先生のいうことが少しだけわかったような気がし、嬉しさがわいてきます。


*#3949 Sapiens と Homo Deus(1):ハラリの視界  Mar.10, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-03-10

**
#3950 Sapiens と Homo Deus(2):不定冠詞の役割  Mar.13, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-03-13


#3952 ゲノム編集技術の発展と人類の進化 Mar. 14, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-03-14


#3960 英語の教科書を読むトレーニング Apr. 12, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-04-12-1




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Sapiens: A Brief History of Humankind

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  • 作者: Yuval Noah Harari
  • 出版社/メーカー: Vintage
  • 発売日: 2015/04/30
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Homo Deus: A Brief History of Tomorrow

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  • 作者: Yuval Noah Harari
  • 出版社/メーカー: Vintage
  • 発売日: 2017/03/23
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21 Lessons for the 21st Century

21 Lessons for the 21st Century

  • 作者: Yuval Noah Harari
  • 出版社/メーカー: Vintage
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数学する人生 (新潮文庫 お 105-1)

数学する人生 (新潮文庫 お 105-1)

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  • 出版社/メーカー: 新潮社
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岡潔―日本のこころ (人間の記録 (54))

岡潔―日本のこころ (人間の記録 (54))

  • 作者: 岡 潔
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日本の国という水槽の水の入れ替え方―憂国の随想集

日本の国という水槽の水の入れ替え方―憂国の随想集

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  • 出版社/メーカー: 成甲書房
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春宵十話 (光文社文庫)

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サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

  • 作者: ユヴァル・ノア・ハラリ
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
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サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

  • 作者: ユヴァル・ノア・ハラリ
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#3950 Sapiens と Homo Deus(2):不定冠詞の役割  Mar.13, 2019 [44. 本を読む]

 ハラリの著作のタイトルには2冊とも不定冠詞 a がついている、面白そうなのでまな板に挙げてみよう。

 Sapiens  A Brief History of Humankind
 Homo Dedeus  A Brief History of Tomorrow

  邦訳書のタイトルは、『サピエンス全史』『ホモデウス テクノロジーとサピエンスの未来』となっている。
 邦訳書のタイトルのニュアンスからは不定冠詞ではなくて、定冠詞がふさわしい。
 Sapiens  The Brief History of Humankind

 ではどのように違うのか。定冠詞theだとこれが人類史の決定版だという強いメッセージが伝わってくる。不定冠詞 a だと、人類史に言及した本はあまたあるが、これはその中の一つであるというメッセージが伝わってくる。

 ホモデウスのほうは、人類の未来に関する本はあまたあるが、これはその中の一つ、一つの可能性に言及したものであるというニュアンスが伝わる。人類の未来は絶対的でも確定しているわけでもないという著者のメッセージがタイトルの不定冠詞 a に込められているという風に読める。

 ところで、Deusとはなんだろう?辞書CALDを引くと次のようになっている。
 deus ex machina : an artificial or very unlikely end to a story or event, which solves or removes any problems too esily.


 「デウス・エクス・マキナ」、ラテン語である。マキナは機械を意味する。ギリシア劇で機械仕掛けの神がでてきて、人間が抱えている厄介な問題をいとも簡単に、ありえないやりかたで解決してしまう、そういう存在がdeusである。
 人工知能がそういう存在として人類の上に君臨する時代が間もなく来るのだろう。

 ところで、deusとは次のような方法でつくられた語ではないのか?
 devil+zeus=deus …ペケ

 デウスは魔王と全能の神ゼウスの両義性を有した存在のように感じる。うまいタイトルをつけた。AIは全能の神ゼウスなのかそれとも人類にとって悪魔の親玉である魔王なのか。
  でもね、deusはラテン語だから、英語のdevilとの合成語だという解釈は無理がある。ラテン語で悪魔や魔王のことをなんというのか、わたしにはわからない。
 ネットで検索してラテン語のオンライン辞書を引いてみた。魔王はないが悪魔はあった。diabolus、デアボルスと読むのだろうか。
 diabolus+Zeus=deus

 さらに検索したら、ギリシア語の全能の神zeusはラテン表記ではdeusであることがわかった。deusはまぎれのない神であり、魔王の意味はない
 このように、「推論⇒仮説a⇒チェック⇒推論⇒仮説b⇒…」こういう過程を繰り返しながら真実に近づくことが「思考」である。試行錯誤というではないか。(ダジャレ)


 話を元に戻そう。サピエンスは四つのパートからなる。
1.認知革命
2.農業革命
3.人類の統一
4.科学革命

 四つのパートからハリスのサピエンスが構成されているが、三つのパートで人類史を扱うこともありだし、五つもありうるのである。同じ四つでも項目が異なるケースもありうる。不定冠詞の a はそういうことを物語っているのだろう。ここでまた疑問が一つ増えた。1・2・4には「…革命」revolutionがついているが、3番目だけついていない。「人類の統一」ってどういうこと?本文を読めばわかるのだろう。疑問が一つ増えれば楽しみも一つ増える。
随時随所楽しまざるはなし。


 さて、これらを考慮してタイトルをつけるとすれば、『四つの視点から人類史を読み解く』、ちょっと長すぎるか。悪乗りして、ついでだからもう1冊のほうもやってみる、『ホモデウス:AIは神か?ありうる人類の未来』
 
 書き手がイメージした事柄を語彙を選んで文章にする、読み手は文章や語彙から書き手が脳に描いたイメージを自分の脳内に再現し、それを母国語で表現する、それが文章読解の妙である。
 冠詞は日本語にはない機能なので、それを短い日本語にのせるのはかなり厄介、翻訳者も迷ったのだろうか。
 この授業の対象者はいま1年生だが、読み始める7月には高校2年生、不定冠詞、定冠詞、無冠詞についてもこれまでと同じようにニュアンスに気を配って読むことになる。冠詞を的確に理解しないと書き手のイメージの的確な再現ができない。冠詞の理解が進むにつれて文章解釈に冠詞類という奥行きのあることがわかってくる。

*#3952 ゲノム編集技術の発展と人類の進化 Mar. 14, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-03-14

Sapiens: A Brief History of Humankind

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Homo Deus: A Brief History of Tomorrow

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  • 作者: Yuval Noah Harari
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#3949 Sapiens と Homo Deus(1):ハラリの視界  Mar.10, 2019 [44. 本を読む]

  ハラリの著作 Sapiens を高校生の個別指導英語授業で採り上げると前回#3948で書いた。対象の高校生は現在1年生、英語の進研模試の全国偏差値が75-80の間で、1月に初めて英検を受験している。中学時代は英検受験の経験なし、だからいきなり準2級だったが「英検バンド」(1次:GP+7、2次:GP+4)から判断するとすでに2級合格レベルをクリアしているようす。このペースで勉強していればこの生徒は1年以内に準1級にチャレンジしそうだ、好きにしたらいい。英検準1級なら東大医学部の入試英語でも大丈夫だ。
 英語の指導の仕方については前回書いておいた。
 この生徒は数学のほうが偏差値ははるかに高いが、じきに英語の偏差値も80を超えることになる。文法語法問題とアクセント問題はこの生徒に合うものを、高校の先生が選んでくれることになっている。なにかをきっかけにいろんな先生とコミュニケーションしたほうがいいのである。

 小中高生のいる医師が根室へ赴任してきても、子どもの教育はしばらくは心配いらない状態と言ってよいだろう。都会の進学校や進学塾並の受け皿がある。

 さて、本のタイトルだが、なぜ homo sapiensとせずに、sapiens としたのか、著者に何らかの意図があるはず。好奇心とか何かおかしいという違和感は感覚に属するのだが、同じものを見てもそういう感覚の働く人とそうではない人がいる。ある程度は感覚を磨くことはできる。わたしの違和感がどこから来ているのか追体験しながら読んでもらいたい。

 ハラリの別の著書のタイトルは「Homo Deus」である。こちらは homo という語がついている。homo の対義語は hetero である。卑近な例では、homosexualと heterosexual という語がある。
 homo はラテン語接頭辞で「均質」や「同じ」という意味をもつ。FB上で議論していたら、理化学研究所の職員のSさんが、リンネの学術分類で homo はラテン語で「人(名詞)」だという。
 wikiで引いてみたらなるほどそうなっている。
*https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒト
**https://ja.wikipedia.org/wiki/生物の分類

 生物分類では、「哺乳サルヒトヒトヒトヒト」、ヒト属は homo、ヒト種が sapiens である。ヒト種には亜種があり現生人類は homo sapiens sapiens である。
 そこでハラリのもう一つの本のタイトルとの関係が気になってくる。Homo Deus だが、「機械仕掛けの神のごとき人」という意味だ。deusには神のほかに悪魔という意味もあるから、ホモサピエンスにとって悪魔の出現という意味合いも含まれている。sapiensはwise(賢い)という意味だから、それよりも格上で、悪魔かもしれぬヒト属の新種ということ。
 概念の整理は最初は試行錯誤であり、知識が広くないと方向を間違えて隘路に追い込まれて往きどまってしまうから、広い教養があったほうがよい。読解力はたぶんに読み手の教養の程度に左右される。

 neanderthal(ネアンデルタール人)の学名は「Homo sapiens neanderthalensis」であり、ホモサピエンスの亜種であるが、より優勢な亜種であるホモサピエンスに滅ぼされ絶滅したと言われている。日本人の遺伝子の中にはネアンデルタール人の遺伝子がほかの人種よりも高い割出で含まれているらしい。ホモサピエンスとネアンデルタール人は世界のあちこちで混血したのだろう。ネアンデルタール人は温和で平和的な種族で戦闘的な種族のホモサピエンスに絶滅させられたのかもしれぬ。
 世に戦乱が絶えぬのはsapiensの遺伝子に「他者支配遺伝子」が組み込まれているからというような学術的発見が将来なされたら遺伝子組み換え治療でもやるのだろうか?

 homo Deus はヒト属デウス種、つまりヒト属の亜種ではなくて新種ということになる。ネアンデルタールや現生人類というヒト属ヒト種とは異なるヒト属デウス種という新種の登場によってホモサピエンスが絶滅の危機に追いやられるとハラリは想定しているのか。ネアンデルタールにとってサピエンスの出現よりはるかに大きな影響がおきることは想像に難くない。亜種ではなく新種なのだから。
 AIやサイボーグの登場によって、現人類が大きな変化を受けるだろう。オーダメイドの遺伝子治療や皮膚や器官や臓器の培養技術の進化によって不老不死もある程度は実現できるようになる。技術が人間を進化させてしまう。
*#3952 ゲノム編集技術の発展と人類の進化 Mar. 14, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-03-14

 見方を変えるとホモサピエンスが進化して新人類「ホモデウス」が誕生してしまうということ。進化した homo deus の登場で、進化できない homo sapiens はどういう存在になるのか。新人類の homo deusからみたら、homo sapiens は動物園のチンパンジーや猿やゴリラのようなもの。それが人類の未来だ。
 AIの登場が経済社会のありかたを根底から変えてしまいかねないが、ハラリは旧人類史が終わり、新人類の歴史が始まることを、壮大な構想の中で論証してみせるのだろう。

 この本は480頁、16万語ある。高校3年の英語の教科書は7200語だから、およそ20倍の分量ある。そしてここに書いたような論理的な読解を一貫したやることになるから、英文読解スキルは飛躍的にアップするだろう。

 ハラリの論理構築のたしかさがどの程度のものか見てみたい。彼の本は3冊出ている。生徒と議論しながら読むことになる。
 じつに贅沢な授業だ、…わたしにとって。(笑)


<雑談:amadeus
 amadeusはサリエリがモーツアルトの才能をねたんで毒殺する映画のタイトルである。アマデウスには「神に愛された」という意味があるらしい。モーツアルトはWolfgang Amadeus Mozartと書くが、ミドルネームの中にdeusが含まれている。Deusが神なのか悪魔なのか定かではないが、英語のloveはフランス語ではamour、イタリア語ではamare、スペイン語ではamar、どうやらラテン系の言語ではamaが愛を意味するようだ。
 近江誠著『感動する英語』「第5章抗議する」に映画アマデウスのサリエリの独白が載っている。CDの音声を聴くとじつに迫力がある。サリエリはモーツアルトの才能をねたみ、神が自分ではなくモーツアルトを愛したことに抗議して叫ぶ、「カピスコ!アイノウマイフェイト」。
 Capisco! I know my fate. Now for the first time I feel my emptiness as Adam felt his nakedness...
 (なるほど! わかった!これがわたしの宿命か。アダムが自分の裸に初めて気がついたときのようにわたしは生まれて初めて、自分がいかに無意味で空虚な存在であるかに気がついた。)

 
*#3949 Sapiens と Homo Deus(1):ハラリの視界  Mar.10, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-03-10

**
#3950 Sapiens と Homo Deus(2):不定冠詞の役割  Mar.13, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-03-13


#3954 ハラリと大数学者岡潔 Nar. 30, 2019
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-03-31



Sapiens: A Brief History of Humankind

Sapiens: A Brief History of Humankind

  • 作者: Yuval Noah Harari
  • 出版社/メーカー: Harper
  • 発売日: 2015/02/10
  • メディア: ハードカバー
21 Lessons for the 21st Century

21 Lessons for the 21st Century

  • 作者: Yuval Noah Harari
  • 出版社/メーカー: Jonathan Cape
  • 発売日: 2018/08/30
  • メディア: ペーパーバック
Homo Deus: A Brief History of Tomorrow

Homo Deus: A Brief History of Tomorrow

  • 作者: Yuval Noah Harari
  • 出版社/メーカー: Vintage
  • 発売日: 2017/03/23
  • メディア: ペーパーバック

感動する英語!

感動する英語!

  • 作者: 近江 誠
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/12/04
  • メディア: 単行本




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#3851 無限級数:『πとeの話』Nov. 11, 2018 [44. 本を読む]

 11月11日、ぞろ目の日ですね。昨日一日中降り続いた雨があがって快晴です。サイクリング日和、走ってこようかな。

 わたしの専門は会計学や原価計算、そして経済学です。学部と大学院は文系ですから、理系分野の専門家ではありません。コンピュータシステムについては仕事で経営情報系統合システム開発を担当していた時期があるので、その分野では当時国内トップクラスのSEの専門知識と経験がありますが、やはり根っこは「文系」です。   
 どういうわけか大きな本屋に行ったときに探すのは数学専門書コーナー。(笑)
 もともと好きなんでしょうね。複式簿記は特殊数学の分野の学問で、美しい体系をもっています。高校時代は簿記が大好きでしたから、そこを入り口に公認会計士2次試験参考書(当時は7科目、簿記論・会計学・原価計算・商法・経済学・経営学・監査論)をつかって勉強してました。教えられる先生がいませんから、独力でやるしかありません。勉強しながら、その体系が美しいと感じるこころはどうしようもありません。公認会計士二次試験講座の経済学は近代経済学でしたから、バランスをとるために高校2年生の時に読んだマルクス『資本論』はその体系の仕組みがさっぱりわかりませんでした。これだけは歯が立たなかった。(笑)
 マルクス資本論体系を理解し、それを超えること、それが大学院へ進学する動機になりました。学問(数学)の最初の体系的な叙述であるユークリッド『原論』は美しくてまぶしいくらいです。20代のころはまさか、『資本論』と紀元前に書かれたギリシアの数学書である『原論』がむずびつくとは思っていませんでした。世界中の経済学者はだれもそんなこといいませんが、演繹的な体系叙述という点で共通しています。(笑)

 10月下旬に東京へ行ったついでに、ワンフロアでは日本一広い売り場の多摩センターの丸善を覗いてみたら、面白い本がみつかりました。『π(パイ)とeの話』という本です。
 πが何種類もの無限級数で表現できることに数字の魔術を見る思いがします。π/2(ウォリスの等式)、π/3(ウォリスの等式)、π/4(マシーンの等式)、π/6、π/8、π/12、π/24、それぞれの無限級数と証明が載っています。
 ウォリスの等式は「(sin x)/x」から導かれる。


 指数関数も三角関数も無限級数で表すことができるので、指数関数を三角関数で表すようなことが可能になります。
   e^iΘ=cosΘ + isinΘ

 オイラーの公式と呼ばれているものです。美しいでしょ。
 このように無限級数は指数関数と三角関数の最大公約数のような役割を果たします。両方の分野にかけられた橋のようなもの。
 高校数学の数Ⅲ「数列」の章の最後に無限級数がちょっとだけ顔を出しますが、関数の無限級数展開は数Ⅲの微積分でも扱われません。好奇心の強い高校生用になんとかならないものかと思います。

 ところで、π(パイ)と並ぶもう一つの代表的な無限小数であるネイピア数eについてはシグマ記法を用いたものが14通り掲載されています。
122-123頁にはe級数が24通り載っていますが、最後のものは「オイラーの恒等式」です。シンプルで美しい。オイラーってどういう頭していたんでしょ、会って話をしてみたい気がしますが、タイムマシンがなければ無理ですね。

   e^iπ-1=0

 さて、どうしてさまざまな無限級数がπやeに収束するのでしょう?
 無限級数の世界は美しい、宝の山かもしれません。



πとeの話―数の不思議

πとeの話―数の不思議

  • 作者: Y.E.O.エイドリアン
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2008/09/25
  • メディア: 単行本


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#3842 良質のテクストと日本語音読指導 Oct. 20, 2018 [44. 本を読む]

 先々週から中3人と高1の生徒に音読指導を再開した。テクストは西岡常一。小川三夫・塩野米松共著『木のいのち 木の心 天地人』である。
 西岡氏は法隆寺に代々伝わる棟梁の末裔、小川はその弟子である。師匠と弟子の対話は読みごたえがある。
 いわゆる宮大工だが昔は番匠といっていたらしい。明治の廃仏毀釈運動*が宮大工を激減させた事実は、歴史の教科書には載っていない。
 名人の域になると、古代建築に関しては東大教授も足元にも及ばない専門知識をわんさかもっている。手の技だけではなく、建築材料である檜がいつから使われているかを、日本書紀の文を引用しながら解説している。
 5か月ほどたのしい時間となりそうだ。
(裏話をすると、工業高校へ進学して、建築士になるという生徒が二人いるので、職人仕事の精髄を伝えたくて急遽選んだのがこの本である。わたしは小学生のころ大工さんになりたかったことがあるので、西岡氏と小川氏の本は出版されたときに単行本で読んでいる。)

 高1の生徒から昨日、福沢諭吉『福翁自伝』を読み終わったと報告があった。「次は何をやりますか?」と問うので、山本義隆著『近代日本150年 科学技術力総力戦体制の破綻』をとりあげると通告した。
 山本は日本でトップクラスの物理学者である、そして知の巨人でもある。緻密な論証の技は一流の職人そのもの。語彙が豊富で引用文の読解に苦労するところはある、たとえば鉄を意味する用語に充ててある漢字が漢和辞典には載っていない字だったりする。明治に鉄がはいってくるが、従来の鍛冶屋の製鉄とは違うので、その違いを表現する字を創ったのだろう。明治の人々が外国へ行き、見聞きしたものを紹介するのに、既存の漢字では表現しきれぬものを感じたのだろう。そういうみずみずしい感動も引用文から伝わってくる。
 山本義隆氏の緻密な論証の積み上げを味わってもらいたい。
 『福翁自伝』は途中まで一緒に音読し、残り2/3を独力で読ませた。高校1年生でこのレベルが読めたら、明治期のものの半数くらいは読めるだろう、十分に目的は達成した。
 日本語語彙力と読解力はセットになっている。日本語読解力の大きな者は日本語語彙も豊富である。そして外国語の読解が母語である日本語の読解力を上回ることはない。そういう意味で日本語語彙が豊かで日本語の文章の読解力が大きいということは英文読解の基礎をなしている。今年初めころから英文読解トレーニングをしている、だいぶこなれた日本語にできるようになってきたので、精読と合わせて頭から読みこなす速度アップトレーニングを数か月前から始めた。一緒に読んで、やりかたを伝授するだけ。半年後にジャパンタイムズ記事を読むことになるだろう。ジャンルが様々だから、よいトレーニング材料になる。

 当代の知の巨人の一人である山本義隆は1968年に東大全共闘議長だった。団塊世代には懐かしいネームである。

 #3640より
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-11-17
〈 音読リスト:#3405より 〉
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< 国語力アップのための音読トレーニング >
 中2のトップクラスのある生徒の国語力を上げるために、いままで音読指導をしてきた。読んだ本のリストを書き出してみると、
○『声に出して読みたい日本語』
○『声に出して読みたい日本語②』
○『坊ちゃん』夏目漱石
○『羅生門』芥川龍之介
○『走れメロス』太宰治
○『銀河鉄道の夜』宮沢賢治
 『五重塔』幸田露伴
 『山月記』中島敦
●『読書力』斉藤隆
●『国家の品格』藤原正彦
●『すらすら読める風姿花伝・原文対訳』世阿弥著・林望現代語訳
 『日本人は何を考えてきたのか』斉藤隆

 『語彙力こそが教養である』斉藤隆 

 これから読むものをどうしようかいま考えている。
 『福翁自伝』福沢諭吉
 『善の研究』西田幾多郎
 『古寺巡礼』和辻哲郎
 『風土』和辻哲郎
 『司馬遼太郎対話選集2 日本語の本質』文春文庫
 『伊勢物語』

(○印は、小学生と中学生の一部の音読トレーニング教材として使用していた。●印の本は中学生の音読トレーニング教材として授業で十数年使用した実績がある。音読トレーニング授業はボランティアで実施、ずっと強制だったが2年前から希望者のみに限定している。)
・・・
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木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

  • 作者: 西岡 常一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/07/28
  • メディア: 文庫
新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

  • 作者: 福沢 諭吉
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1978/10
  • メディア: 文庫
近代日本一五〇年――科学技術総力戦体制の破綻 (岩波新書)

近代日本一五〇年――科学技術総力戦体制の破綻 (岩波新書)

  • 作者: 山本 義隆
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2018/01/20
  • メディア: 新書
 明治初期の廃仏毀釈運動とその寺院・仏閣・伽藍の破壊や経典・仏像類の国宝級の文化財破壊の凄まじさについては井沢元彦の下記の著作をご覧いただきたい。中国の文化大革命は他人事ではないのである。
逆説の日本史23: 明治揺籃編 琉球処分と廃仏毀釈の謎

逆説の日本史23: 明治揺籃編 琉球処分と廃仏毀釈の謎

  • 作者: 井沢 元彦
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2017/10/25
  • メディア: 単行本

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#3742 一家団欒の風景:道の駅コンキリエ Maay 20, 2018  [44. 本を読む]

<最終更新情報:5/21朝8時15分>

 釧路からの帰路、2時ころ厚岸の道の駅コンキリエによった。気温11度で外は少し寒い。入り口を入ると左側で蒸し牡蠣を実演販売していた。厚岸の牡蠣も独特の味でとっても美味しい。

 テーブルについて釧路のイオンで買ってきた天むすを食べた。隣の席にお母さんと子供三人が座っていた、お母さんはスマホ、子どもたちは同じくらいの大きさのゲーム機とやはりスマホをずっと操作していた。子どもたちの年齢は小学生と中学生だろう。終始無言で、四人四様小さな画面に向かっていた。二人はイヤホンをつけていた。

 日本語全体の1割が日常会話などの話し言葉で、9割が文章語だと斉藤隆の『子供の語彙力を伸ばすのは親の務めです』(角川書店、2017年刊)15頁に載っている。
 日本語語彙は水の流れと同じで、語彙レベルの高い方から低い方に流れる、だから子どもの語彙を豊かにするためにはと生活を共にする大人=親の役割が大きい。豊かな語彙をつかって会話できる親や周囲の大人に恵まれた子どもの日本語語彙が豊かなのは当然である。日本語語彙には日常会話で使われているものと文章語の2種類あり、語彙の豊かな大人は会話に文章語の語彙が増える。
 9割を占める書き言葉は本を読まなければ身につかぬことは当たり前語彙力が爆発的に増大する季節は小学生高学年から中学生のだろう。この季節に、本を読まず、文章語がほとんど身につかないとしたら、コミュニケーション能力や学力向上へ大きな妨げになるだろう。教科書を読んでも理解できない、相手の言うことが理解できない、自分の感情を細やかに表現できない、言うべきことを整理して適切な語彙を用いて伝えられないとしたら、人間関係はどうなる、そして社会に出たらどういう仕事が待っているだろう?
 中3で教科書が理解できないレベルの生徒が、根室市内の中学校ではすでに1/4から1/3も存在している。国立情報学研究所の最近の調査でも1/4程度が教科書を読んで意味をつかむことのできない学力層だという。
 ニムオロ塾では2004年から日本語音読指導を15年間継続しているが危機感を感じている。いままでは強制参加方式でやっていたが、昨年から自由参加形式に改め、水曜日に90分間の音読授業を月に2回実施している。これはボランティアである。私塾を根室でやっているので、社会的責任の一つと思っている。

 釧路の本屋「コーチャンフォー」によって根室半島の1/25000の三色刷りの地形図を三枚本を二冊買ってきた。地図を広げてみたら、「友知」が抜けていた。サイクリングコースをカバーしたい。サイクリングコースではないが、「東梅」や「風連」「落石」「別当賀」も必要だ。調べたいことがある。

 今日購入した斉藤孝の本は戻ってからすぐに読み終わった、ついでだからもう一つも紹介しておこう。『魔法の読み聞かせ』、この著者の主張、「自由読書」にはわたしは異論がある。日本の現実とりわけ根室の現実はもうそういう段階を通り越している。自由に読ませても字面を追っているだけで、半数以上の生徒たちが読めていない、つまり意味を理解して読んでいないのである。読めない漢字は飛ばし読みするし、見慣れない文章語が出てくれば瞬時に知っている日常会話での語彙に置き換わってしまうこんなことが読解力のない生徒の頭の中で頻繁に起きるから、文章の意味や文脈が読めない朝読書=自由読書では半数以上がただ字面を追っているのである
 適切な音読トレーニングをしなければ、ほとんどの生徒が年齢相応の読書力が身につかない、そういう時代であるスマホ使用時間の増大が読書時間を侵食して読書習慣育成の障害になっている、この傾向は7年前から中学生のスマホが普及し始めたころから顕著になった。生徒たちの日本語能力が急激に低下している。そのことは早晩、生徒たちの大幅な学力低下を招くことになる。低学力層がさらに厚くなり、高学力層の枯渇化がさらに進む。13年前には五科目300点満点の学力テストで200点以上の生徒が市街化地域の3中学校では10-15人ほどいたのだが、今年四月のテストではB校で2人C校で1人しかいない。得点が20%未満の60点以下はB校13/55(23.6%)、C校10人/45人(22.2%)もいる。10年前は数人のレベルだった。昨年のデータでは200点以上はB校1人、C校2人である。60点以下はB校は階級値の幅が50点となっているので不明だが50点未満が4人いた。C校は7人である。高校入試が根室高校1校となってから、学力下位層がまったく勉強しなくなったのではないか、低学力層の底が抜けたかのようなデータである。昨年よりもさらに進行しているようだ。根室市教委は全国学力テストデータを分析して、根室の子どもたちの学力が上がっているかのようなデータの読み違いをしている。全国平均正答率と根室の子どもたちの正答率の差は拡大を続けている。普段の学力テストデータを見ていないから、そういうことが起きる。根室市の教育長はコメントを公表する前にデータを確認してる?組織として問題アリだよ。

  読書は語彙を増やし読解力を育てるだけではない、名文を読むことで心のセンターの情緒を育み、精神的な成長を促す効果がある。そこが一番常用ではないのか。情緒がしっかりしてくると、心が安定する。人の心の襞も感じ取れるようになるし、自分の感情の細やかなところも人に理解してもらえるような多様な語彙を用いて表現できるようになる。高度なコミュニケーションが成り立つのである。

 親が新聞も本も読まない、そして身の回りに読むべき本がない、そういう環境要因は読書習慣育成の妨げになっている。一家に6段の本棚一つ分くらいの本は置いておきたい。願わくば、家族一人につき、6段の本棚一つくらいの分量の本をそろえてもらいたいというのは斉藤孝先生のご意見である。ほかの本のどこかで書いておられた。読書環境が劣悪なことも子どもたちを読書から遠ざけている。たとえば新聞を定期購読している家庭が減少し続けている。それでもまだ根室市内は2/3くらいの家庭が新聞を定期購読している。
 身の回りにすぐに手に取れる本があるという環境は親が用意してやる必要がある。値段の高い単行本でなくて文庫本や新書版の本でいい。百冊買っても80000円前後である。子どもが可愛ければ、それぐらいの教育投資はしてやろう。塾を半年休んで授業料を充当したっていいのだ。
 年に一度、五月の連休に市民ボランティアの皆さんが、市立図書館で古本市を開催してくれているが、そこで購入すれば、定価の1割で買える。業者が欲しがるほどの安値で品質の良い本も中にはあるので、利用してもらいたい。読み終わって邪魔になったら、翌年の古本市に寄付したってよい。こういうリサイクルが成立していることは根室の読書人を育てる力となっている。わたしたち一人一人の努力次第で状況は変えられるのである。

 別保公園の桜がきれいだった。細い枝にピンク色の桜の花がたくさんついていた。それから、浜中町茶内のJAショップ内で販売されているソフトクリームがとってもおいしかった。コーンがあっさりしているのとアイスクリームが濃厚な味、その組み合わせが絶妙。乳脂肪が高めのソフト、隣にあったのは高梨牧場、もちろん製造元も高梨である。よく育てた牧草を食べ健康な牛から絞られる生乳を原料としているアイスクリームはとってもおいしい。でこののソフトクリームはオイコスの森川さんが絶賛していた。
 住所と電話番号が載っているURLを貼り付けておく。
 厚岸郡浜中町茶内栄61 0153-65-2123
https://www.jabank.jp/ja/shops/index/3335000


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子どもの語彙力を伸ばすのは、親の務めです。

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  • 作者: 齋藤 孝
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  • 発売日: 2017/08/04
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できる子に育つ 魔法の読みきかせ (単行本)

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  • 作者: ジム トレリース
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2018/03/24
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#3706 道立高校入試日 3/6  Mar. 6, 2018 [44. 本を読む]

<更新情報>
3/6 夜9時 釧路新聞「学力危機」記事貼り付け

 今日3月6日は道立高校入試日である。昨夜降った雪がうっすら歩道を覆っていた。9時半から試験開始だったかな、午前中は3科目、昼休みに持参したお弁当を食べ、午後2科目、3時45分に終了の予定。
 陽射しが春だ、暖かい。11時の気温はー3.6度だが、アスファルトは太陽熱を吸収して真っ黒、雪はどんどん融けている。

*#3684 根室高校入試倍率:定員240人に対して出願者数175人 Jan. 29, 2018
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-01-29


 定員240名に対して応募175名だから、全員合格である。これでは試験をやる意味がない。五科目合計点で3割未満の得点しかとれない者は不合格でよいと思うのだが、制度改正が必要なのだろう。
 高校1校体制になって、成績下位層にまったく勉強しない生徒が増えた。90点で足切りをすれば、ほとんどの生徒が合格ラインまで点数を上げてくるだろう。甘やかすからいけない。
 ところで、裁量問題で90点以下のラインは普段やっている学力テストでは110点付近だから、昨年11月に実施した学力テスト総合Cでは根室市内の約半数の生徒が不合格となる。10年前には根室高校普通科の合格最低ラインが150点を超えていたことを考えると、生徒たちの学力低下は目を覆うばかりだ。実質BFだから五科目合計点が50点でも合格できるだろう。これでは教える側がたまったものではない。授業の照準は低いところに向かわざるを得ない。
(11/9実施学力テスト総合Cの得点階層別棒グラフでみると、B中学校は56人中32人が100点以下、C中は58人中30人が100点以下である。2校の54.4%が100点以下。)

 試験の帰りに数人がニムオロ塾へ来る。高校数学の最初のところでやる計算問題を30ページコピーして用意している。合格発表は16日だが、そのときに「宿題」を渡される。数学は25ページほどある小冊子の問題集だ。今日から16日まで「やることがない」という生徒のために用意してある。
 もうじき高校生だが、復習方式主体で家庭学習をしてきた生徒は、予習方式に切り替えるべきだ。
 「読み・書き・そろばん」勉強の土台をなしている。読みとそろばん(計算)スキルが高く、標準の2倍速でやれる生徒は表準則の生徒の2倍の(勉強量/時間)をもっていることになる予習も短時間で済む
 高校1年生が苦手とするのは世界史と化学基礎である。前者は読み、後者は計算スキルが高い生徒が圧倒的に有利である。
 ジャンルを問わず濫読して読書速度と集中力をアップしよう、そして春休み中に計算問題をたくさん解いてスピードアップをしよう。新学期の始まる前にしっかり準備しておきたい。市街化地域の3校のうちB校とC校三年生の昨年度の学力テストの結果を見ると、生徒の70%は計算スキルが低すぎて高校数学や化学や物理などの計算分野で支障が出る。ニムオロ塾では音読トレーニングをしているが、日本語の読みのスキルも劣化が著しい。スマホの普及によって本を読む生徒がさらに減少したからだろう。赤ん坊だってハイハイをしばらくすれば立ち上がり、そしてよちよち歩き始める。2歳になるころにはちょこちょこ走り出す。読書も速度と読むもののレベルを上げていくべきだ。いつまでもアニメのノベライズものにとどまっていてはいけない。


<ラジオの朗読番組と読書>
 NHKラジオで日曜日朝6時から「古典講読の時間」という番組で『御伽草子』の朗読と解説をしている。録音できるラジオがあれば、録音して聴いてみたらいい。そして本も買って朗読をまねしてみたらいい。自然に古典が体の中にしみこんでくる。今週日曜日は第48回「転寝(うたたね)草紙」の2回目でした。

(うとうとしながら聞いていて面白かったので、あとで本をとりあげ、「鉢かづき」を読みました。鉢をすっぽりかぶって取れないお姫様のお話です。)
 なお、このお話(「転寝太郎」)は岩波文庫版の『お伽草紙』には収録されていません。「酒呑童子」「ものくさ太郎」「一寸法師」「浦島太郎」は絵本や童話でほとんどの人が読んでいるでしょうね。中高生の皆さんは、その元々の原文『お伽草紙』へチャレンジしたらいかが?

 『宇治拾遺物語』も面白いお話が満載です。芥川龍之介の『鼻』は宇治拾遺物語の「七 鼻長き僧」の現代語でのリライト版です。「三 鬼に瘤取らるる事」は太宰治が「瘤取り」という題名でリライトしていますが、原文よりもずっと文の量が大きくなっています。原文よりもずっと面白い。わたしは古い『太宰治全集7』(筑摩書房、昭和33年刊)に収録されているものを読んでいます。太宰のリライトは名人芸です。
(こぶとり爺さんの初出は『日本書紀』ですが、太宰によれば丹後風土記や本朝神仙伝にも載っているそうです。そして『御伽草子』(享保年間に渋川清右衛門が出版したものを「渋川版」といいます、23話が収載されています)にも。お伽草子は収録話数が本によってさまざまのようです。)


 わたしは小学館から出版された「日本古典文学全集50 宇治拾遺物語」で読んでいます。三段組になっていて、上段が語彙注釈、中段が原文、下段が現代語訳です。1ページに必要な情報が全部載っているので読みやすいのです。これなら中学生でも読めますよ。
 2冊も読めば、現代語訳がなくてもときどき古語辞典のお世話になればほとんどの意味がとれるようになります。
 『源氏物語』はそう簡単にはいきません。身分の違いでそれぞれ相手に対する敬語表現を使い分けているのでを誰が誰にいっているのか注釈なしにはとてもわかりません。現代語訳は数人の文学者の手になるものがありますが、林望先生の『謹訳源氏物語』が現代語訳としてはもっとも格調の高い名訳ですのでこれをおススメします。全部で十巻あります。別冊で『源氏物語̪私抄』があります。ユニークな視点から読み解いているので、『源氏物語』を古典の時間にやる高校1年生はぜひ読んでください。大人の視点から読み解くと、東宮の母親である弘徽殿女御から恨まれ、六条御息所の生霊に祟られて死んでいく葵上の立場とその境涯に同情したくなります。林望先生が古典講読の視野を広げてくれます。


<2012年の釧路新聞記事>
「学力危機」6年前の釧路新聞記事です。あれから根室の中学生の学力は著しく低下してしまいました。違いはどこに?市議会と経済諸団体そして学力低下に危機感を抱いた人たちが集まって協同したからでしょう。

  九九ができない高卒、メニューの漢字の読めない高卒、10㎏1500円のミカンが1kg当たりいくらになるのか即答できない高卒、仕事をしてもらいたくても無理です。根室でもおそらく類似の現象が起きていますよ。釧路市内の中学校のほうが根室の市街化地域3校よりもずっと学力が高いのですから。釧路はそれでも全国学力テストで北海道の平均点に達していません。
 昨年の中3の学力テスト総合ABC、三回の学校別五科目平均点を比べると根室の3中学校は釧路市内13校の最底辺のレベルです。とても残念です。

*#3030 低学力の実情:中学2年生4/10学力テスト問題から Apr. 19, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-04-19


 #2111 成績下位層 中2の国語力は小4以下の現実 Nov. 1, 2011
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-10-31


 記事の写真は、ブログの横幅表示の限界を超えているので、上下に分割しました。左端まで読んだら、下段に下がって続きをお読みください。

釧路新聞2012.png

釧路新聞3.png



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御伽草子 上 (岩波文庫 黄 126-1)

御伽草子 上 (岩波文庫 黄 126-1)

  • 作者: 市古貞次
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1985/10/16
  • メディア: 文庫
お伽草紙・新釈諸国噺 (岩波文庫)

お伽草紙・新釈諸国噺 (岩波文庫)

  • 作者: 太宰 治
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2004/09/16
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新編日本古典文学全集 (50) 宇治拾遺物語

新編日本古典文学全集 (50) 宇治拾遺物語

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  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1996/06
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謹訳 源氏物語 私抄――味わいつくす十三の視点

謹訳 源氏物語 私抄――味わいつくす十三の視点

  • 作者: 林 望
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2014/04/28
  • メディア: 単行本

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#3696 ヤマモリの黒糖餅+黒豆黄な粉と「横笛草紙」:乙な味 Feb. 17, 2016 [44. 本を読む]

 ヤマモリパンが美味しい黒糖餅を売り出すのは12月だけ、正月用の餅である。白餅、生姜餅(薄いピンク)、蓬餅(ヨモギ色)、黒糖餅(茶色)の4種類ある。
 餅が大好きなので、正月用のほかは冷凍庫へ保存して、好きな時に解凍して食べている。弥生町のお店兼製造工場へ注文し作り立てを冷凍すると家庭用冷凍庫でも数か月は味が良い。
 餅を焼いて、さっと湯通し、そして黒豆黄な粉をまぶすとおいしい黄な粉餅のできあがり、上品なお菓子のような味わいである。

 黒豆黄な粉は宅配トドック(コープさっぽろ)で注文、以前は牛乳に入れて飲んだりしていた。
 黒糖餅は黒糖入りだから甘い、だから黒豆黄な粉のほうはお砂糖控えめでよい。黒糖餅はそのまま食べてもとってもおいしいのだが、この黒豆黄な粉をまぶすと別物に化ける。黒糖が自己主張をやめ、黄な粉と仲良しになる。目隠ししたら黒糖餅だとわからないのではないだろうか?
 乙な味*、組み合わせの妙だ。

------------------------------------
乙:(形容動詞)①ちょっと気がきいていて趣のあるさま。「なかなか乙な味だね」「乙なことを言う」
  ②ちょっと変わっているさま。妙だ。「乙にすましている」
  乙に搦む 変なふうにからむ。遠回しに皮肉をいう。
    …『大辞林第三版』より
------------------------------------
 

<「横笛草紙(下)」を聴く>
 日曜日朝6時からのNHK古典朗読番組『お伽草紙』を4月から録音してあったので、その中の一篇「横笛草紙」の後編を聴いた。悲恋物語である。主人公の横笛は17歳、三年間付き合った男(斎藤滝口時頼)がいたが、とつぜん男が訪れなくなる。
 横笛の容姿は次のようにつづられている。
「そのかたち、容顔美麗にしていつくしく、霞に匂ふ春の花、風に乱るる青柳の、いとたをやかに、秋の月に異ならず」
 名調子だね、声出して読んでみてください。それはともかく、あまり繁(しげ)く女の下へ通うので男は親から叱責を受け、仏門へ入り、山深い荒れたお寺で修行するが、横笛への思いをなかなか断ち切れずに悶々としている。横笛は男を探して山深い荒れ寺を見つけるのだが、男は修行中の身だからと会わない。「一目お顔なりとも…」と言えど、願いはかなわない。横笛はその帰り道に大井川の千鳥ヶ淵で入水(じゅすい)する。樵(きこり)たちがうら若い乙女が入水自殺するところをみて助けようとしたが間に合わなかった。その噂は山寺の男のもとへすぐに届く。男は胸騒ぎがして駆けに駆けて千鳥ヶ淵へと急ぐ。…
 儒教は親への孝を説く、それと恋の板挟みで、わずか17歳の乙女が川の淵へ身を投げる。横笛は14歳から男と契っていた、当時の性風俗ではそれが当たり前。
 男が恋の歌を横笛へ渡す、その初発がこれ。
「秋の田のかりそめぶしのみなりとも君が枕をみるよしもがな」
 切ない心の内を歌に詠み、何度かやり取りしてから男が女のもとへ通い始め契る(=エッチ)。そのとき横笛14歳。やりとりされた歌を味わうのも一興。
 セックスに関しては八百数十年前はじつに大胆でおおらかだが、恋をするには歌の勉強もしなかればならなかった。恋の歌が詠めなければ、相手にしてもらえないのは男も女も同じだ。教養があって心に響く歌が詠める女は少ないから男が殺到する、もてるのである。男も同じ。知的な遊びと男女の契りがセットになって恋が成就する、そういう時代だった。
 14歳から3年間通い続けてくれた男が突然訪れなくなった。横笛が20歳だったら、一時は悲しいがその成熟した身体はさっさと次の男を受け入れただろう。17歳だからこそ執着が強かった。二十歳だったら時頼への執着はそれほど強くなかっただろうと想像する。お伽草紙には14歳で契る話がほかにもあるから、当時はそれが「標準的」と考えられていたのだろう。
(ところで、根室の女子高校生の性体験率は十数年前に道新に乗っていた記事では3割前後だったと記憶するが、2割くらいに落ちているとこれも何か紙の媒体で拾った情報。何かの全国調査では30代の独身女性の3割が男性経験なし。世の中どうなっているのだろう?性に興味をなくした男子が増えているがスマホの普及と関係があるのかも。なんだか平安末期のほうがいまよりずっと健全な気がしてくる。)

 さて、横笛は黒糖餅に黒豆黄な粉をまぶして食べたことがあっただろうか?

 斎藤滝口時頼に懸想されるまでは、「黒糖餅にはやっぱり黒豆黄な粉が一番合うわね」ところころ笑い転げながら無邪気に食べる少女だったかも。蛹(さなぎ)が蝶々になるように、少女が大人の女になり、惚れる男ができるのはいかんともしかたがない。美人に生まれたのが幸か不幸かわからぬ。
 美人の皆さんにはイケメンが殺到するだろうから、恋に身を焦がして横笛よろしく、命をはかなくすることや身を持ち崩すことがあるかもしれない。それも人生。
(顔やスタイルはたしかに大事、looksというのは「見てくれ」のことで人間は中身と合わさって総合評価ができる。見てくれは眼・耳・鼻・舌・身・意の六根のうちの眼の作用。だから見てくれがそれほど良くなくても、残りの5つによさがあれば、やはり男にもてる。
 視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・意識とどれも強い影響力がある。懐かしい人と同じ香水をつけた女性が通り過ぎると思わず振りむいてしまった、同じ整髪料をつけている男と都会の雑踏ですれ違い、どこにいるのと通り過ぎた人を振り返ってしまったという話を聞いたことがある。匂いや触覚には相性がある。

(右上の黄な粉餅はこれだけ形が崩れて小さいでしょ、一口食べたら余りのおいしさに、ブログへアップしようと撮ってみたからです。食べる前に写せばよかった。一口食べて”うまい”とつぶやいたところも想像してください。手前側にebisuがいてコンデジを構えている。撮り終わったとたんに、ぱくつくところもね。お茶は煎茶です。)


SSCN1395.JPG


<余談:ケーキ>
 女房殿はケーキをつくるのが趣味だった。50種類くらいはつくれるだろう。わたしはタルトが大好きで、ケーキ教室に日はタルトのホールケーキだったらいいなと楽しみにしていた。通っていたケーキ教室はプロが対象の技術レベルの高いクラス。カステラも美味しかった。これは、焼く人が数人決まっていて、材料費をメンバーで出し合い、焼きあがったカステラを持ち帰る。業務用の大きなオーブンだから焼ける。実にきれいな焼き上がりと、文明堂のそれとは少し違った食感がある。もってみるとずっしりと重いのだ。
 手造りすると材料を厳選できるところがよい、もちろん自分の家族に食べさせるだから添加物は一切なし。
 根室の家にはオーブンがないので作り方を忘れなければいいが…

 ああ、思い出した。学生時代に渋谷の進学教室で3年間教えていた時、講師のOさんから「オヤジがケーキつくり教えてあげるって言ってるから来たら?」と誘われたことがあった。Oさんのお父さんは帝国ホテルのフランス菓子の責任者だった。かの有名な村上総料理長の時代である。恐れ多くて女房殿、腰が引けて行かずじまい。家が近くて歩いて10分くらいのところだったので、お誘いいただいた、あれから41年になるかな。
 東京って面白いところでしょ、若き根室っ子諸君、数年間東京暮らしをして戻ってきたらいかが?



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御伽草子 上 (岩波文庫 黄 126-1)

御伽草子 上 (岩波文庫 黄 126-1)

  • 作者: 市古貞次
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1985/10/16
  • メディア: 文庫
 「横笛草紙」は(下巻)にあります。

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