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#3834 サバス・ホエイプロティンの功徳:ああ、ありがたや Oct. 12, 2018 [38. cancer]

 ebisuはスキルス胃癌と巨大胃癌で胃の全摘手術を2006年7月20に受けている。術後は体重が11㎏減少して58㎏、それからは59-61kgの間を行ったり来たりしていた。

 弊ブログへ投稿してくれるkoderaさんがサバス・プロティンの飲用を勧めてくれて、根室のドラッグストアで探したがなかったので、そのままになっていた。
 サイクリングによる「出力」と筋肉の材料となるたんぱく質の「入力」のバランスを考えると、「入力」不足を感じていた。ebisuは運動すると筋肉がつきやすい質(たち)なのである。
 ふと思い出してネットで検索してamazonに注文したら日曜日10/7に届いた。引用の規定量は「水もしくは牛乳200-300ccに付属のスプーン3倍」なのだが、そんなに飲んだら下痢して痩せるので、「牛乳100ccにスプーン1杯」を毎日飲んでいる。すでに5日たったが、体重は61.0㎏から62.0㎏へ増えた。これは術後で最大値である。太腿周りは1㎝増えて49.5㎝効いている!koderaさんに感謝!
 大腿部に筋肉がつくと、バランスを失いふらついたときに踏ん張りがきくのでよろけない

 身体に合っているようなのでこのままの分量を続けようと思う。ebisuの身体を使った実験データは随時ブログへアップします。胃癌で全摘手術を受けた方、あるいはこれから受ける方の参考になれば幸いです。

 運動とプロティン補給は両方のバランスがとれれば効果が大きいので、ebisuが普段やっているストレッチや運動のことを書いておきます。
 運動量としてはほとんどカウントできないくらいの軽いメニューをいくつか気の向いたときにやってます。
 毎朝ベッドの上で10-15分くらい4タイプのストレッチをしてから起きますが、これはルーチンですから、毎日やります。開脚で胸がぴたっと床につきます。開脚したまま手の先を握りながらゆっくり左右に倒します。左右3回ずつやります。ベッドの端で背中をそらせます。手術の前まではブリッジしてそのまま立てました。術後は切った部分が突っ張るのでやらなくなったらできなくなりました。最後は足を組んで体をねじります。これも左右3回ずつ。身体がきもちいいと声を発するところまでひねります。4種類ともスローで反動を付けません、身体の重みを利用しながら動かすだけ。動作ごとに身体が「キモチいい」と声をあげます。繰り返しやっていたら身体の声が聞こえてきます。冬以外は窓を開けて朝の新鮮な空気を入れて、すべての動作でゆっくり深い呼吸を続けます。
 気が向いたときに1.2㎏、110㎝の素振り用木刀を50回ほど振ります、身体が温まる程度で十分です。お相撲さんがやるように蹲踞の姿勢ですり足で庭を往復します、もちろん気が向いたときだけですが、大腿部に筋肉がつくだけでなく股関節がやわらかくなります。
 気が向けば車庫前でMTBの8の字乗りやジグザグ走行、車の来ない脇道で時速3㎞以下でのバランス走行、速度計がつねにゼロを指すような速度で。
 あとは週に2度くらい13㎞と4㎞のサイクリング。昨年は毎週18㎞のコースを2回以上走っていました。年間1800㎞走りましたが、今年は半分以下です、自然に減りました。体力が落ちたのでしょう。あるがままを受け入れるようにしています。
 テレビを見ながらスクワットもたまにしてます。使っている筋肉を一つ一つ意識しながら、スローなほど効きます。(笑)

<ザバス・ホエイプロティン>
 袋のサイズが結構大きいのです、これで50日分入っているので、1週間分量くらいを広口の瓶に移して使ってます。
SSCN2200.JPG




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#3795 「12周年」:what?⇒スキルス胃癌生還 Aug. 1, 2018 [38. cancer]

 今日水曜日は仕事はお休みです。昨年から体力に合わせて週休3日体制で仕事してます。
 すっかり忘れていました、スキルス胃癌の手術をしてから12年が過ぎてしまってました。内視鏡で癌の診断をつけてくれ、その後ずっと経過観察とアドバイスをしてくれている岡田優二先生、そして困難な(そして手遅れだった)外科手術を担当してくれた後藤幹裕先生(当時30歳代前半?)のお二人に感謝申し上げたい。

 2006年6月初旬に胃癌の自覚症状があり、地元の岡田医院で若先生の優二さんに見ていただいたら、やはり「巨大胃癌」(術後のSRL八王子ラボ病理検査報告書に記載の表現)が幽門前庭部にみつかりました。胃の幽門は十二指腸へつながりますが、幽門の手前、前庭部にできた悪性腫瘍が腸への経路を塞いでおり、すでに食べ物が通る状態ではなくなっていました。ヨーグルトだけで2週間ほど持たせました。中学生の期末テストが23日からだったので、授業を休むつもりがありませんでした。ドクターからは「そんな状態ではない、すぐに入院すべきだ」と叱られました。わがままな患者でした。スキルスの自覚症状があったので岡田医院で検査をお願いしましたが、粘膜のサンプル採取は胃粘膜に穴をあけるリスクがあるので、外科設備のある施設でないと無理、だからすぐに入院するように強く勧められました。結局23日に釧路医師会病院へ入院し継続して検査、やはりスキルスはありました。スキルスは胃粘膜内部にできて、広がっていくので、内視鏡で胃粘膜を観察しても見つけられないのです。胃壁の内部を内視鏡鉗子でつまんでサンプルを採取し病理検査しないと判定がつきません。自覚症状はあります。
 スキルスの自覚症状を説明しておきましょう。胃が冷たく重い感じがしてそれがじわじわと日に日に広がっていくのがはっきりわかりました。じっとしていても体の声が聞ければわかりますし、瞑想してもわかります。体の中に冷えた金属があって広がっていくような薄気味悪いものです。体の中に異生物ができてじわじわ広がっていくのがわかります。自己流のヨーガを十代からやっていたので、身体の声を聞くことに慣れていました。それでスキルスがあるとわかったのです。
 スキルスの内科的診断は副院長の消化器内科医富田先生が丁寧なガストロ造影で診断をして発見してくれました。胃大彎(たいわん)部**粘膜の病理サンプルも北大病院へ送り確認しましたが、やはりスキルスとの診断でした。
 診断がついたら手術のスケジュールが組まれます。スキルスがあるはずだから調べてほしいと余計な注文を付けてために診断が遅れました。手術は7/20入院してからほぼ一月たっていました。その間は食事は摂れず、経管栄養補給と液状の栄養補給剤を飲んでいました。二年に一度ほど断食していたのでこれもどうってことはありませんでした。断食期間中は食欲そのものがなくなりますから、楽なんです。手術前に体重は8㎏ほど減少していました。退屈だから高校数学の問題集を2冊解き、毎日ストレッチをして楽しんでました。壁に片足を上げて180度に開いて挙げた足を抱えるようにして伸ばします。伸ばされた筋肉が気持ちいいと声を上げるのが聞こえます。

 5年たった時に、定期診察時に「もうだいじょうぶですね」というと、優二先生が「7年目の再発という事例があります」と、冗談ではなさそうなご託宣でした。その7年目も無事すぎました。ありがたい。
 12年目の今年は、7/20の手術日をすっかり忘れていました。

 筋肉量維持(=体重維持)と楽しみのためにサイクリングをしていますが、原野中央部からオホーツク海へ出て、また原野を横断して太平洋沿いを走るDコース22㎞はきつくなってきたようです。土曜日に走りましたが、水分バランスが戻るまで4日間を要しています。28日土曜日の最高気温は26.4度、湿度84-100%、この夏二番の暑さ(7/16の最高気温27.0度が一番、7月に25度を超えたのは2日だけです)でした。汗を1500㏄ほどかいていますが、水分補給は走っているときに150㏄程度、家に戻ってきてから200㏄くらい、あとは徐々に水分補給をするしかありません。コップ一杯でも一気に飲むと下痢をして水分が失われ、体重が減るのでできないのです。胃がないと水分補給がむずかしい
 体細胞に水分が不足すると、自分の声が頭蓋骨に響きます。女房殿にはすぐにわかるようで嘘はつけません。
 体の水分バランスが崩れて、回復に4日間かかることが2度の実験データでわかりました。20度を超えている日は22㎞のDコースはやめておきます。納沙布岬仲介コースは46㎞ありますが、いける日があるかな?昨年は3度走っています。
 昨年はロードバイクとマウンテンバイクで1800㎞走ったのですが、今年は700kmくらいに抑えます。同じことをやったら体調を崩すだけでなく、水分不足で血液の粘度が上がり脳梗塞を起こしかねません。暮れから正月にかけて尿路結石で一月間ほど体調を崩しました。どのように姿勢を変えても眠れないのです。それと痛い。主治医に症状を話すと「尿路結石だろう」との診断、痛みが我慢できなければ救急車、我慢できるなら正月5日に市立病院でCT画像撮影といわれ、撮ったら膀胱に「真っ白く輝く宝石」が写ってました。最後の一粒だったようです。

 夏場の水分補給はむずかしい、あまり無理をすると身体に何らかの形で影響が出ます。ポンコツになりつつある体はだましだまし大事に使うしかありません。(笑)

 術場の看護師さん三人、お一人だけ1年くらいたったときに外来で偶然お目にかかりました、なかなか美人な方でした。術後に身体を拭いてくれたヘルパーさん、点滴針を挿してくれた看護師さん、根室出身の看護師さんもしました、N埼さん、元気でいるかな?釧路医師会病院は閉院したので、みなさんそれぞれ違う病院でお仕事していらっしゃるのでしょう。
 地元の消化器内科専門病院の岡田医院では3か月に一度定期検診をしていただいてます。血圧を測るとびっくりした顔をして測りなおす看護師さんもいました。「低いんでしょ、50-90くらい?」、「大丈夫死んでいませんから」そういう冗談も必要なくなりました。皆さんご存知ですから。(笑)
 例年になく暑い夏です、お世話になったそしていまもお世話になっているみなさんの健康をお祈り申し上げます。


*音更町「木野東クリニック」院長後藤幹裕先生
https://www.kinohigashi-clinic.com/guide/

**胃の構造図
https://ja.wikipedia.org/wiki/幽門

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#3755 体調が少しよくない:スキルス胃癌術後12年がたった June 16, 2018 [38. cancer]

 今日は自衛隊分屯地の周りを2周7㎞走った。
  3時の気温5.7度、南東の風4.5m/s、湿度87%
 風が冷たかった。冷蔵庫の中を風を切って走るようなものだ、手は冷たくてかじかむし、頬はシャッコく(冷たく)なる。

 最近はあまりサイクリングしていない、なんとなく億劫なのである。
 4㎞、あるいは7㎞サイクリングをした後に自転車から降りると、足に力が入らないことが何度かあった。降車したあと転びそうになるのは低血糖症状であることはわかっていた。
 低血糖症状を起こさないために、お菓子を食べる頻度が多くなっていたのだが、食べて調整すると身体内部のコントロールが弱くなる気がする。
 地元の消化器内科専門医である社団法人岡田医院の若先生に内視鏡検査で胃癌の診断をつけてもらってから12年がたった。12年前の6月6日だったと思う。運の悪いことに巨大胃癌とスキルス胃癌の併発だった。リンパ節に転移しており、大腸にも浸潤していたからステージⅢB、10年生きる確率は20%あっただろうか。釧路医師会病院で若い外科医の後藤幹裕先生(現在は音更町にある東木野クリニック院長)に執刀してもらった、手術は7/20だった。

 6/6に採血して、6/11に血液検査結果を聴きに病院へ行った。案の定グリコA1cの値が6.0に上がっていた。基準値は6までだから、ぎりぎりセーフだが、身体には異常のシグナルがすでに出ていた。
 低血糖予防で頻繁にお菓子を食べることはよくないようだから、頻度を減らしてみたら、運動後に起きていた低血糖症状が消えた。もう少し様子を見ることにする。
  ところで、食後30-60分の間に、便意を催しトイレに入ると動悸が激しくて心臓がもたないのではないかと思うことが一時期は頻繁にあったのだが、今年は一度もない。あれは「血糖スパイク症状」なのだろう。このまま逝くかもと頭の中を死がよぎったがなんとかもった。歳をとるということはこういうこと、身体はポンコツと化し、ときどき死と隣り合わせ、なかなかスリリング。

 気になる身体の変化がもう一つある。睡眠時に呼吸が苦しいのである。起きているときはあまり感じないが、寝て安静にすると身体の声がよく聞こえる。肺が線維化して、機能が低下していることは承知していた。20代半ばのころ、風邪でせきがとまらず検査してもらったら、大気汚染のひどい交差点近くの会社で仕事していたので公害病認定されると医者に言われた。認定されると呼吸器官系の疾患で治療してもらう場合は医療費に補助が出るのだろう。しかし認定を受けなかった。風邪をひくと咳が長引き、喘息のような症状を繰り返していた。
 1999年に病棟建て替えのために300ベッド弱の特例許可老人病院の常務理事となった。気になっていたのであるとき副院長に事情を話して肺のレントゲン撮影をしてもらった。その病院には80歳に近いベテランのレントゲン技師がいて、大きなフィルムを使って鮮明な画像にしてくれた。フィルムを一緒に見ながら肺の線維化が進行しており、肺機能が低下していると副院長から説明を受けた。

 今回の血液検査では体内貯蔵鉄は少し増えていたが、ビタミンB12が3か月前に注射しているのに上がっていないので、打ってもらった。だから、寝ているときにすこし呼吸が苦しいと感じるのは鉄欠乏による症状ではない、肺機能の低下が原因だろう。ゆっくりとおぼれていくようなものだ。息は入ってくるが肺の奥まで届かないという感じといえばわかってもらえるだろうか。
 風邪でもひいて、肺炎を起こしたら、あっさりおさらばできる、ケセラセラである。

 1か月ほど毎日数学の問題を解いていたのも体調悪化の原因だろう。夢中になって時間を忘れていることがあり、矢のように時間が過ぎて睡眠時間が短くなってしまうのだ。そういうわけで問題演習は1週間お休みしている、明日からまたはじめたい。やっかいなことにやりたいことが増えている。やりたいことを我慢し続けるのでは生きている意味がない。命が燃えるというのはやりたいことをしている時だ。勉強でも遊びでもエッチでも、やりたいときにすればその瞬間に命はメラメラと燃えている。(笑)

 ロードバイク:今日の走行距離 6.9km 累計走行距離4269㎞

 今週は今日初めてRBに乗った。昨年は1800㎞走ったが、今年は月に100㎞ぐらいで十分だ。落ちた体力に合わせて走るつもりだ。今年の走行距離は累計301㎞である。

*東木野クリニック・ホームページ
https://www.kinohigashi-clinic.com/

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#3746 脳のエネルギー消費量は案外大きい May 30, 2018 [38. cancer]

 根室高校は今日から前期中間試験である。今日(5/30)シベリア桜が一輪開花した、肥料を少し入れたせいか今年は花芽がたくさんついている、開くと色が濃い目の小ぶりの可憐な桜花である。昨日の最高気温は17.3度、ずいぶんと暖かくなったように感じる、真夏でも最高気温20度以下の根室ではこれくらいの温かさで初夏である。

 ところでブログを書く頻度が小さくなっていましたが、数学のブラッシュアップを始めたからです。3か月続けるつもりなのでご容赦を願います。

 3週間ほど前から、数学のブラッシュアップを始めたのは、高校生が塾生の6割を占めるように様変わりしたからである。1クラス7人までなのだが、6人が高校生のことがある。個別指導なので、同じ学年でも生徒の能力に応じて問題集を選択している。もちろん学年は混在の授業である、個別指導だから一向にかまわない。
 学校で採用している問題集は看護師志望、理系コースと使う問題集が違う。トップ層の生徒には最初からシリウスを使っている。学力の低い生徒は、学校準拠問題集をやって基礎的理解を深めてもらう。
 つまり、それぞれの生徒のやっている問題集はバラバラ。質問が頻繁に飛んでくると、短時間で捌かなければならない。学力の高い生徒たちは入試問題の大問の「問3」のような問題に質問が多くなる。条件が複雑になるからだ、当然手間がかかるのだが同じ時間内で解説したい、だからこちら側には瞬時で道筋をたて、解説しなけらばならないから速度アップが要求される。ようするに教える方もトレーニングをこなして速度アップに努めよということ。目標タイムは1分で問題を読み切り、1分間で道筋を手て、4分で質問のあった生徒に必要なだけの解説ができれば十分である。
 高校入試が根室高校1校体制になって3年目、根室の塾には中学生の通塾が激減した。根室高校に合格するのに受験勉強の必要がなくなったからだ。中学生が減少するのは予測していたが、高校生の割合が半数を超えることは想定外だった。現実がそうなのだから、とりあえず3か月間集中ブラッシュアップを開始したというわけ。


 センタ試験レベルの問題でブラッシュアップを始めたが、だんだん速度が上がってきた。2時間もやれば疲れ切って30分ほど眠らなければ続かなかったのだが、集中している時間が延びてきた。それと併行してサイクリングに出かける頻度が自然に減っていた、なんとなく行きたくないのである。体力が奪われているせいとは気がつかなかった。
 数日前に2時近くまで数学の問題を解いていた。あまり夜更かしはよくないので、寝たが、4時に目が覚めて6時ころまで問題を解き、寝なくてはとベッドの横になったら30分ほど眠った。その日はいつも1.5時間する昼寝が30分になった。スタミナが続くのがうれしかった。集中して問題を解いていると楽しくて、時間が矢のように飛んでいく。脳の回転のギアが一段軽い方へ切り替わるのがわかった。サイクリングでトップギアで平地を追い風で走るような快適さと表現したらいいだろう、気持ちがよいのである。

 最初の1週間はギアが重く感じた、出だしはトルクが大きいことも自転車と同じ。同レベルの問題を解き続けていると初出の問題でも次第に軽くなる。3週間たって「大学への数学」シリーズの問題を解いてみたら、問題の難易度がかなり高いのに三週間前のセンター問題レベルの難易度くらいにしか感じられない。
 同じレベルの問題を解いていると、突然ギアが軽くなってしまう。同じトルクを維持しようと思ったら、難易度を上げなければならない。頭の中でインプットした様々な知識が突然関連をもって整理されてしまう、それと同時に脳がその難易度に慣れてしまうからだろう。負荷が小さくなるのである。
 だから同じ難易度の問題を1か月も解き続けたら、問題を解くのに脳は1/3くらいのエネルギーしか消費しなくなる。負荷が下がってしまう。快適さを求めて自然に速度が上がり、エネルギー消費量が増えてしまうようだ。

 ギアが軽く感じたとたんに反動が来た。疲れがどっと出たのである。食事をして夜10時過ぎに問題集を解こうとしたが、脳が疲れ切ってまわらない。しかたなく別の分野の本を読んで早めに寝た。

 スキルス胃癌で胃の全摘、大腸一部切除、胆嚢切除手術をしてから体力が著しく落ちたから、2時間以上の集中ができなかった。ところがブラッシュアップを始めると、持続時間が5時間以上に延びてしまった。手術前の40%くらいに戻ったようだ。これくらいでよしとしておこう。60%に上げると身体を壊しそうだ。
 体力の消耗が激しいので集中して数学の問題を解く時間はコントロールしないといけない。面白さに夢中になってやり続けると、体力を失い、体調を崩すことになる。サイクリングとブラッシュアップとバランスを考えながら調整してみようと思う。


<余談:根室の中学生に起きている著しい学力低下>
 4年前のC中学校の3年生4月学力テストの五科目平均点は149点だった。今年は101点である。たった4年間で五科目300点満点の学力テストで学年平均点が48点も下がった。
 200点超の上位層が激減(7⇒2人)し中上位層も同じくらいの割合で絶滅しつつある。そして学力下位層が激増している。回復の見込みは立っていない。すさまじい勢いで低学力化が進んでいる。根室市教委はそういう普段の学力テストデータすら見ないで、教育政策を立案している。学力向上に効果がないどころか、低学力化が恐ろしい勢いで進行しているのが現実だ。別海にも中標津にも比べようもないほど差がついてしまった。C中だけではない、B中も103点である。



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#3712 三か月定期検診:フェリチン20ng/ml Mar. 14, 2018 [38. cancer]

 3月は三か月定期検診の月である。スキルス胃癌(胃粘膜が癌化するので腫れない)と巨大胃癌(胃の出口手前(幽門前庭部)にあって腫れあがり腸への経路を塞いでしまっていて、内視鏡がそれ以上はいらない)の併発、地元の消化器専門医である岡田優二先生に内視鏡で癌の診断をつけてもらい(2006年6月初旬)、7月20日に釧路医師会病院で後藤幹裕先生(現在は音更町・木野東クリニック院長)に手術していただいてから、3か月に一度の定期検診が12年目に入った。
 昨日検査結果を聴きにいったのだが、インフルエンザがまたぶり返しているのか患者さんで混雑しており診察が午後になるというので、今日行ってきた。
 血液検査で変動の大きかったのはフェリチン定量(血清鉄)とビタミンB12の2項目のみ、フェリチンは前回140から今回20ng/mlに落ちていた。「真っ逆さま」と形容したいぐらい、男子の基準値は20~220であるから、ジャスト!基準値下限。
 フェリチンとは貯蔵鉄と結合している水溶性蛋白質であり、これを測ることで、体内貯蔵鉄の量を知ることができる。

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【フェリチン定量の臨床的意義】血清フェリチンの1ng/mlは貯蔵8~10mgに相当するので,貯蔵量の低下した鉄欠乏性貧血では小球性低色素性貧血,血清低下,総結合能増加に加え,血清フェリチン低下を特徴とする.潜在的欠乏とは血清フェリチンのみが低下した状態で,貧血は呈しておらず鉄欠乏性貧血の前段階である.
http://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/index.cgi?c=speed_search-2&pk=290
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 この換算式で基準値から胎内貯蔵鉄総量を計算すると、基準値下限の20ng/mlでは160~200㎎、基準値上限220ng/mlでは1760~2200mgである。体重60㎏の人間がわずか0.16~2.2gの狭い範囲に体内貯蔵鉄がおさまっていないと人間の体は生命維持に深刻な影響を生じるのである。鉄は16種類の必須ミネラルの一つであり、生命の維持はミネラルの微妙なバランスの上に成り立ち、人体はじつに精妙にできている。生きていること、生きとし生けるものたちに畏敬の念を抱かざるをえない。

*必須ミネラル16種
https://www.supkomi.com/univ/mineral/mine-essentialmineral.html
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16種類の必須ミネラルの詳細は、以下の通りです。カルシウム(Ca)、リン(P)、カリウム(K)、硫黄(S)、塩素(Cl)、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、セレン(Se)、鉄(Fe)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、モリブデン(Mo)、ヨウ素(I)です
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 血液中のヘモグロビンの鉄が不足すると、体内貯蔵鉄が血液中に放出され、ヘモグロビンへ鉄が供給されるが、貯蔵鉄が枯渇すると血液中の鉄が不足しても補うものがないので、鉄欠乏性貧血が起きるという簡単なメカニズムである。
 ヘモグロビンの鉄が不足すると酸素を運べなくなるため、酸欠状態になる。息をしていても酸素が体内に運ばれる量が減少するから、息苦しくなる。歩いていても、寝ていても息苦しい感じがするときはフェリチンが低下していると考え、毎日服用している鉄剤の量を幾ばくか増やしてみる。胃の全摘で鉄吸収能が低下しているので、それでも足りなくなるから、定期的に静注してもらうのが手っ取り早くてよい。今回は趣味の雪かきしていても息苦しさを感じることがなかった。身体が鉄欠乏に慣れてきているのかもしれない、要注意だ。以前は就寝時に息苦しさを感じているときに検査をするとデータに現れていた。自分の体の微妙な変化を感じ取れなくなってきているようで、どうやら血液検査データに頼るしかない。30代半ばから16年間臨床検査最大手のSRLで仕事していたが、臨床検査のありがたさを実感している。(笑)
 血清フェリチンが正常な人にフェジンを静注すると肝機能への副作用があるので、主治医はフェリチン定量と肝機能検査の数値をモニターして処方してくれている。

 そういうわけで3か月置きに、フェジン(鉄剤の商品名)とビタミンB12を静注(静脈注射)して補っている。前回12月11日はどういうわけかフェリチンが増えていたので、フェジンとビタミンB12の静注がされなかった。いつも減少している体内貯蔵鉄がまれに上昇するのだから、人体というのは不思議なもの。異常気象と同じで変動幅が大きいのは危うい、低めでもいいから体内貯蔵鉄は安定している方が安心である。前兆現象なしに突然鉄欠乏性貧血になってしまうのはリスクが大きい。
 主治医がいて、定期的に診てくれるというのは安心で、じつにありがたい。

(胃癌で胃の全摘手術を受けた人たち、あるいはこれから手術する人たち、そしてその家族の皆さんの役に立てることがなにかしらあればうれしい。事実をありのままに記録して御覧にいれたい。左側の欄にあるカテゴリー「cancer」をクリックすれば、過去の記事が並んで表示されます。)

<余談:尿路結石で始まった正月>
 今年は正月から尿路結石と味覚障害を起こした。飲み物を普通に飲むと下痢を起こすので、術後の11年間慢性的に水分摂取量が少なかったことが、結石の遠因になったのだろう。
 500mlのペットボトルなら1時間以上かけないと飲みきれない、それ以上の速度で飲むと下痢を起こして体重が減るから、自然に水分摂取量が少なくなる。
 数か月前から腰のあたりがダル重い自覚症状があった。夏にサイクリングをやりすぎたせいで腰に過重な負荷がかかっのだろうかと気になっていた。原因は別だった、尿路(腎臓から膀胱への尿の経路)結石で正月2日から寝られない日が数日続いた、味覚障害がそのうえに重なり、食べ物はおろか、水を飲むのも嫌だった。水は味覚が正常でないと飲みづらいということが分かった。普段は意識していないが微妙な味をかぎ分けて飲んでいるのである、味覚が消失することでそれがわかった。わけがわからないで鈍い痛みが続いて眠れない日が続くと体重も減っていく。主治医は症状を訊いてすぐに「尿路結石だろう、正月休み明けに市立病院でCTスキャンをして確認してみよう」、それを聞いてほっと一安心。CT画像を見たら、診断通り膀胱に結石が光っていた。大半が出た後で最後の一つが残っていたようだ。

<余談2:スキルスは薄気味が悪い>
 岡田先生に内視鏡検査で幽門前庭部の腫瘍を確認してもらった。2回目の診察時にスキルスもあるはずだから、さらに検査をお願いしたいと申し出た。
 わたしは十代のころから呼吸法とストレッチをやっていた。身体の気持ちのよい範囲でやっていたのだが、そのころはそれがヨガや座禅と同じだという意識はなかった。高校を卒業してから東京でその手の本を読み漁って独習したから、自分の「体との対話」に慣れている。
 内視鏡画像を見た後で自分の体に聞いてみた。胃の下側から上に向かって冷たい重いものがありすこしずつ広がっていく感じがして、頭の中の知識をスキャンしてみたらスキルス胃癌という言葉が浮かんだ。ドクターに相談してみた、「外科的設備がないと、胃粘膜のサンプル採取はリスクがあるのでやれない、明日釧路医師会病院へ入院すべきだ、第一もう食べ物が胃を通過しない」と告げられた。1学期の期末テストがあるので2週間の猶予をお願いした。叱られたが、テスト前の授業というやるべきことをやらずに入院するのは嫌だった。仕事で逃げたことはない、「敵前逃亡」は嫌だった。スキルス胃癌があるからアウトかもしれないからなおさら意固地になっていた。「お腹にオデキができたから入院してとってくるよ、1か月お休みだ、テストの結果はメールできる人は知らせて」そう告げて、「オデキだって!恥ずかしいね、誰にも言わないから」「おいおいみんな聞いてるぜ」、生徒たちの笑い声に送られて入院した。これが永遠(とわ)のお別れかもしれない、一人一人がメンコかった。その時の生徒が数人看護師になっている。
 釧路医師会病院で検査してもらったが、スキルスの診断がつくまで2週間を要した。胃の下側から検査している間にもスキルスが幽門前庭部から上部に向かって伸展していくのがはっきり自覚できていた。あれは気味が悪いものだ。自分の腹部に悪性新生物という別の生き物が成長しているのがはっきり自覚できるのだから。内視鏡検査で粘膜サンプルを四つ採取してもらい病理検査のために札幌(北大病院?)へ検体が送られた。ガストロ造影によるマーゲンの内科的検査も並行して行われた。結局、スキルスと巨大胃癌の併発の診断がついて、外科手術ということになった。どこまで広がっているのか開いてみないとわからないので、膵臓、脾臓、肝臓などの摘出もありうるとの同意書にサインした。
 手術は2時間の予定が6時間、胃の全摘、リンパ節切除、浸潤していた大腸の一部切除、術後の胆管炎症を防ぐために胆嚢の摘出がなされた。ほんとうは手遅れで、若い外科医の後藤先生(当時30代半ば?)は開いて状態を確認した後、手術をあきらめ、閉じようとしたが、ベテラン外科医の浅川院長が、「ざっくりとったら?」と指示したという。外科医は切らないと腕が上がらない、そういう観点から見るといい患者だったのである。後藤先生に執刀してもらって、ダメなら仕方なし、先生の腕を上げるために自分の体を使ってもらいたいと覚悟はしていた。執刀した後藤先生も、その後の治療にあたった主治医の岡田先生も、わたしが3年生き延びるとは思っていなかったようだ。だが12年たっても生きている。外科医の腕がよかったのと、その後の主治医のフォローのおかげである。運も多少よかったのかもしれぬ。

 こうして助かる蓮のない命を助けてもらって命長らえているというのは、まだ二つほどやりかけの仕事があるからだろう。ちゃんとやりぬいてから来いということ、天というものはなんと人使いの荒いことよ。癪だから楽しみながら片付けよう。(笑)

*フェリチン
https://フェリチン.net/

**フェジン
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/3222400A1058_1_03/

https://medley.life/medicines/prescription/3222400A1058/


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#3682 味覚がもどってきた Jan. 20, 2018 [38. cancer]

 元旦から尿路結石で腹痛、食欲不振あり。結石のせいか左側の腎臓が腫れている。結石は5日には出てしまったようだ。味覚がおかしい、戻らない。
 食事がほとんど摂れないのに加えて、水もおいしくないので摂取量が減った、そういう状態が3週間近く続いた。食事と合わせてもせいぜい800cc/日くらいなもの。
 小寺さんの勧めで、ウィダーインゼリープロテインを19日にセブンイレブンで買ってきて飲んだ。このゼリーは胃癌の手術の後、3か月くらい授業中に飲んでいた。当時、固形物を摂るのは仕事が終わって帰宅してからだった。百回噛んで唾液と十分に混ぜ合わせてから呑み込む。あのころは修行のような食事だった。

 19日午前中にゼリーを飲みビーフジャーキーを食べ続けた。たんぱく質を摂らないと、身体が温まらない。小さく切ってよく噛む。そんなことを数時間して、6時ころにキビ茶を飲んだら美味しいと突然に感じた。天然水も美味しい、喉を水が通っていく、おいしいのである。3週間ぶりに飲み物がおいしいと感じた。少しずつ1リットルほど飲んだ。身体が水を求めているのがよくわかった。身体の水バランスが戻り始める。ああ、助かったと思った。あんなペースで飲んだら、下痢するのが当然だが、下痢しない、身体が吸収したがっているのがわかる。心地よかった。
 コープで750円の寿司を買って食べた。おいしそうに見えたら、食べても美味しかった。味覚が正常だというのは実にありがたいこと。人はおいしく感じるから食べられるのである。セックスも同じこと、気持ちがいいという感覚が伴うから人はそれに執着がわく。セックスが快感を伴わなければ、セックスする人間がいなくなり、人類は滅亡する。
 食事がおいしいと感じる味覚は、エクスタシーと同じくらいに大事なのである。

 どうやら、危機的状態は脱したようだ。体重も水分補給ができたので1㎏戻った。58.2kg。ゼリーを勧めてくれたkoderaさん、ありがとうございます。

 木曜日に、生徒たちへ「体調が悪いので、来週1週間休塾します」と宣言したときには、再開できないだろうと覚悟していた。味覚が戻ったので、金曜日には、「来週の授業はやれる、テスト前の大事な週だ、味覚が戻ったからなんとかなる」、そう宣言。高校生は昨日全国模試だった。

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#3681 癌手術後11年間風邪ひかず:1週間ぶりのブログ更新 Jan. 17, 2017 [38. cancer]

 cancerというカテゴリーはわたしの経験を書くことで、ほかの方々の参考になればいいな、そういう気持ちで書き綴っている。

 2006年6月初旬に岡田病院で内視鏡検査をしてもらい、癌の診断がついた。胃の出口に近いところに癌があり、ほとんどふさがっていた。ものを食べても通過しないのである。そういう状態なのですぐに入院を勧められたが2週間のばしてもらった。6月23日だったか、中学校の期末テストの日に、釧路医師会病院へ入院。自覚症状(体の感覚)からスキルスがあるはずだからと、検査続行をお願いした。胃の側部から裏側にかけて重く冷たいものが広がりつつあるのがはっきり感じられていたのである。映画『白い巨塔』で田宮二郎が迫真の演技で財前五郎役を演じていた、あのスキルス胃癌が体内にあり広がっているのがわかった。結局、巨大胃癌とスキルス胃癌の併発だった。はっきり言って助かる可能性は限りなくゼロ、アウトである、そう判断したから期末テストが始まるまで入院を2週間延ばした。2週間は食事がとれず、ヨーグルトだけ。最後の授業のつもりだった。「じゃあ、来週月曜日テストだから頑張ってね、点数の報告はメールできる人はメールで知らせて」
「それから、内緒だけどおなかにオデキができちゃったんだ、こっそりとってくるからね、1か月休ませて」
 そう告げると、数人が爆笑。「先生、おなかにオデキができたんだ、待ってるから」
 笑いで生徒たちに送られた。もう会えないかもしれないのに、なんだか元気をもらったみたいであの笑い声はほんとうにうれしかった。
 検査している間も癌はどんどん進行していた。7月20日、胃全摘、胆嚢摘出、リンパ節切除、大腸一部切除、6時間の大手術になった。出血量はたったの700㏄、輸血なしだった。担当外科医の後藤先生、開腹して状態を確かめ、あきらめて閉じようとしたときに、ベテラン外科医の浅川院長が、「ざっくりとりなさい」と指示、それで手術続行となった。肝転移も疑われていたのである。
 術後の抗癌剤治療は1年半くらい続いたろうか、しんどくなって主治医の相談して、数回薬の量を減らしたり、休止期間を長くとった。白血球が減少しすぎて、日和見感染症で重篤になりかねないので「逆隔離」寸前の状態が半年ぐらい続いた。薬への感度がよかったのかもしれない。TS-1だったかな抗癌剤の名前は、ウィルスに効くから、インフルエンザにかからない。まさか、それが11年間も有効だなんて思わないが、とにかく11年間風邪をひいたことがなかった。

 正月から腰がダル重くて下腹部が痛い。下腹部が痛くなったのは最後のほうだ。CTを撮ったら尿管結石だった。膀胱へ結石が落ちているのが確認できた。1/5のことだ。
 そういうわけで正月以来、食事がとれない、普段の1/5程度である。全く食欲がない、そういう時は無理に食べないようにしている。食事の量を極端に減らせば、体力が落ちる、落ちれば風邪をひきやすくなる。12年ぶりに風邪をひいてしまった。今日は日本語音読授業の日だが、休みにした。

 果物なら食べられるので、リンゴやブドウを食べている。昨夜は3日ぶりにお風呂へ入り、今朝がた寝汗をかいた。朝は1/2量くらい食べられた。なんだか大丈夫そうだ。
 体重は57.9kgである、こんなに減ったことはない。普段は60.5-61.0㎏ある。食べないと回復しないということだろう。

 ようやくブログを更新する気になれた、ありがたい。
 いつどうなるか、まったくわからぬ、人生それでいいではないか。わからないから今日やれることをしっかりやっておきたい。

<1/17夜8時追記>
ようやく1食分食べましたが、直通です。腸内菌叢が壊れているようです、消化できません。まだ食べてはいけないようですが、困ったな。これ以上体重が減ると未知のゾーンへ突入することになる。体のほうに食べる用意が整わないと、食べても下痢するか、吐くことになる。水分補給をしながら待つしかない。この水分補給がなんとも難しいのである。貯めておく胃がない、消化する大腸が一部切除で機能が弱い。200㏄飲むのに1時間かけないと下痢をする。
 まだ体力は残っているようだから、なんとか乗り切りたい。



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#3680 CT画像:膀胱に光る宝石あり Jan.10, 2018 [38. cancer]

 10日11時ころに岡田医院へ行き、診察していただいた。5日午前中にやった血液・尿の結果を聞きながら同日の午後に撮ったX線CT画像を見せてもらった。上から順番に輪切りされた体をサーチしていくと、スキルス胃癌手術の際の吻合部も画像に現れた。ずっと下がっていったら、膀胱に真っ白く点が映っていた。それが結石だという、とても分かりやすい。石だからX線は通過しないので真っ白に輝いているように見える。痛みの正体は光り輝く宝石だった。
 4日は7時間ほどオシッコするときに尿道が痛かったから、大半は出たのだろう。5㎜ほどのがひとつだけ残っていた。尿管部には結石が認められなかった。尿路は「腎臓⇒尿管⇒膀胱⇒尿道」の順で並んでいる。左側の腎臓が少し腫れているという。血液検査で炎症反応がはっきりでていたようだ。検査項目はCRPかな?尿検査してもらったが、潜血反応が出ていた。血尿というほどのものではないだろう。いや血尿かな、薄茶色のオシッコだった。50㏄ほどしか出なかったので、検査室の小窓を開けて「これしか出なかったけど大丈夫?」と訊いたら「大丈夫だ」と答えてくれたのは、小学校の同級生のAだ。家が歯科医院の田塚先生の隣で、近かったので何度も遊びに行ったことがある。あいつは品行方正・学業優秀だったから鶴木(先生は昨年お亡くなりになられた)学級の級長だった、頼りになる友人の一人だ。

(中学校の同級生のユウジの訃報が入った、あいつは光洋中学校野球部から野球がしたくて北海高校へ進学した、それ以来会ったことがないが、戻ってきて一度だけ電話で話した。ひょんなことから根室へいるということがわかったからだ。一緒に酒を飲みたかったが、食道癌を患っており術後の調子があまりよくなさそうだったので、誘えなかった。3年10組では一番とっぽかったけど、ユウジが喧嘩したのは見たことがない。見てくれがとっぽかっただけで、性格は案外温和な奴だったのかも。高校の同級生のヒロシが葬儀副委員長になっている、水産会社の関係でそうなったのだろうが、ヒロシは柏陵中学校野球部(⇒根室高校野球部)だったから、中学時代からユウジは知っていただろう。硬式野球部は根性がないと続かない。どちらもそういう根性はしっかりしていた。人のつながりとは不思議なものだ。旧友の冥福を祈る。)

 3日間は痛いのと腰がだるいのと一緒に来てたから、眠れなかったが、いまは嘘のようにぐっすり眠れる。ありがたい。

 さっきまで暇だから、HP-35sをつかって対数の問題を解いていた。指数や対数の分野はプログラマブル科学技術計算用計算機HP-35を使うと、2-3倍ほど消化速度がアップする。手計算でも計算速度は速いから、いまさら速度アップトレーニングは必要ないので、計算機をつかってやろう。どういう使い方をしているかは稿を改めて解説したい。理系の大学へ進学したら、これくらいの計算機を使うのは当たり前、文系進学者も使えたほうがいい。仕事で統計計算するときはEXCELを使うよりもずっと簡単にやれる。わたしは1979年からHP社のプログラマブル科学技術計算用計算機をずっと利用している。HP-35sは5台目である。

 結石が尿管にとどまっていた時はとても問題を解けるような状態でなかった。だるさと痛みで集中できなかった。原因不明の痛みが続くのはつらい。主治医は症状を聞いて、「尿路結石だろうから、X線CTを撮って確認しよう、ついでに病変部がないか、念のために腸閉塞がないかも診ておきます」、前立腺の石灰化が進んでいることがわかったがいまのところOKだ、使わぬ機能はダメになるようにできている。わたしはわけのわからぬ痛みに苦しんでいた時に、主治医に症状を訴え、病名をつけてもらってずいぶん気が楽になった。(笑)
 わけがわかれば、痛みがどれくらいで済むのか見当がつくし、癌ではないので命に別状もないようだと納得できて、気が楽になったのだろう。痛い、苦しいのは御免こうむりたいが、これは体が異変を教えてくれているのだから、ありがたいと受け止めたい。そして症状を聞いて診断をつけてくれる主治医がいる。主治医のありがたさが身に染みた。
 いま思い出したが、主治医のお名前も「ユウジ」である。


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#3675 尿路結石の疑いアリ:痛い! Jan. 5, 2018 [38. cancer]

 2か月前くらいから腰がだるいことがあった。昨年は1800㎞も自転車に乗ったので、腰にきたのかなと思った。元旦になり、腰のダル重いのに加えて下腹部が痛み出した。ときどき痛みが薄れることがあったが、痛み出すと姿勢をどのように変えてみても痛い、眠ることもできないし、食べるのも嫌になった。1/5量も食べられない。

 胃の全摘手術をしたときに胆嚢も切除したので、長い時間食べない状態が続くと、胆汁液で腸が炎症を起こしてしまう。
 あんまり苦しいので、主治医のO先生に電話をした。症状を伝えると、「尿路結石の疑いアリ」だという。あまり痛いようなら、救急車で病院へ、我慢できるなら5日に診察しますという返事だった。
 12月に3か月定期検診をしたばかりで、腫瘍マーカは陰性、だから癌の心配はなかった。便もおならも出るから、腸閉塞ではないようだ。茶色い尿が出ていないか聞かれた。その時は出ていなかったし、排尿時の痛みもなかった。
 4日になって午前10時35分の排尿時に最初の痛みがあった。それから数回排尿時に痛みがあったが5時が最後だった。6時の排尿時には痛みがまったくなくなり、下腹部の痛みも消えた。おしっこと一緒に結石が流れたのか?

 5日、朝一で岡田医院へ行って診察を受けた。状況を説明した後、尿を採取したら、うす茶色だった。5年ばかりX線CTを撮っていないので、撮ることにした。尿路を見てくれるという。腸の閉塞があればそれもわかるのだろう。以前のCT画像を見てくれたが、1㎝刻みなので、腸閉塞があるかどうかはっきりしないようだ。
 市立根室病院のCT室は、左側奥にあった。2時の予約だったので、少し早めの1時25分に到着したら、すぐにやってくれた。フィリップス製のCTがあったがデザインはほとんど一緒だが以前とは少し違う感じがしたので訊いてみたら、建て替え時に新しい装置に買い替えたという。以前のものよりも高性能だという。以前のものは道東でナンバーワンの高精度のCTだった。CTの係の人は前とは違う人、10歳くらい若いかな。丁寧な対応で、すぐに終わった。CT検査室は以前よりも2倍くらいの広さがあった。

 来週、結果を聞きに行く。痛みがないので食べ物がのどを通るようになった。痛くて痛くてどうしようもない4日間だった。食べられない眠れない4日間がいまは嘘のようだ。

<追記:嵐の前>5日19時45分
 主治医から連絡があった。CT画像で膀胱内に小さな結石が確認された。尿管にあった結石が膀胱内に落ちたので、痛みがなくなったのだ。腎臓でできる結石は珊瑚状をしている。SRLにいたときに仕事で結石のサンプルをたくさん見た。肝臓でできるビリルビンの結石は茶色だったかな、コレステロールは琥珀のような半透明の黄色、宝石のようだ。腎臓結石だけは艶がなく違っていた。
 1980年代の後半にSRLで結石検査の前処理ロボット開発を検査管理部のO君と一緒に担当したことがある。実際の開発は業者がやるのだが、業者と検査部のつなぎがわたしたちの役割である。使用機器の調査・選定、申請書の審査、予算確保、開発進捗状況の確認、問題が生じたときのトラブル処理などが担当業務だ。機器の開発案件は現場任せにしたら、成功率は2割以下、業者との癒着も起きやすいから、第三者の目がいる。3年間で十数件担当したが、失敗は1例だけ。申請してきた機器の構成を見て、この機器のネットワークでは制御ができないので失敗することがわかっていたが、強情なので言ってもわからないからやらせた。すぐに頓挫、パソコン50台、使用せずにそのまま廃棄させた。問題にならないように臨床検査部長にも経理部長にも話をつけて3年間保管後廃棄処理してやった。摘みあがったパソコンの箱を3年間見つめてもらうことになったからつらかっただろう。たまに自分の技術力を勘違いするものが出る、技術力が低いのでやろうとしていることと選んだ機器の性能にギャップがあることに気が付かない。高性能な機器を使えば、技術力は数段高いものを要求されるから最初から考慮に入れない。かわいそうだが、もっと大きな失敗をやらないために、小さな失敗を経験させる必要がある。SRLは面白い会社で、現場の失敗をとがめない。だから、いろんなことがやれる。あまり、厳格にすると現場は委縮して、技術開発を提案しなくなる。だから匙加減が必要なのだ。ラボにいて機器を担当し、本社経理部や副社長に直接パイプを持つものは、わたししかいなかった。わたしは本社と八王子ラボの潤滑剤になればよかった。本社では予算編成と管理の統括業務をしていたから、ラボでは自分がやりたいことも自由にやらせてもらった。八王子ラボの予算平成と管理は組織を超えてわたしが実質的に握っていた。電話一本で副社長や経理部ちゅと話がつくから、あとは書類をちゃんとした形で上げればいいだけ。上場前だったから、作成した社内職務分掌と権限規程通りにやっていた。あとから書類を見てもどこからもけちのつかないような形式になっていた。
 それまでは本社とラボにはヘンな反目があった。相互に相手のことが理解できないからだ。わたしは産業用エレクトロニクスの輸入商社で5年間毎月社内講習会や勉強会に出席して、最先端のマイクロ波計測器やミリ波計測器、質量分析器、液体シンチレーションカウンターなどの勉強をさせてもらった。臨床検査機器はずっと遅れていた。双方向のインターフェイスバスをもつ臨床検査機器は80年代にはなかったが、マイクロ波計測器の世界では双方向のバスが標準だった。ヒューレット・パッカード社の社内規格HPIBが国際規格GPIPになっていた。70年代終わりごろからマイクロ波計測器にはGPIBが標準装備されていた。SRLがDECのミニコンを使って、細胞性免役課のリンパ球の分析器を双方向バスをもつコンピュータで開発するのは1990年だったかな、それが最初だった。HP社の機器制御用のパソコンを使えば、コストは1/10にできただろう。しかし、いいのだ。ミニコンを扱えるようになり技術レベルが上がったのだから収穫はあった。技術力を上げるためなら、コストはいくらかけても構わない、東証1部上場前まではそういう会社だった。
 結石検査用の事前処理ロボットは、精工舎製のアームロボットで砕いて攪拌して、穴の開いた五円玉状の金属板の中心に砕いた試料を固めるのである。それを赤外分光光度計にかけて、ライブラリーとぶつけて結石成分を確定する。成分が分かれば、それに応じた薬を処方できる。
 結石は体質や食生活と関係があるので、何度も再発するケースが多い。いまのいままでは他人事だったが、今夜からは自分事になってしまった。おちんちんを通過するとき、あのギザギザの珊瑚状の石が尿道に引っかかりながら出てくる、痛いだろうな。(笑)


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#3643 医療用ホッチキス10針 Nov. 22, 2017 [38. cancer]

 事の経緯はおくとして、貴ノ岩を日馬富士が殴ってケガを負わせたという事件がテレビを賑わしている。医療用ホッチキス10針というのはどれくらいのけがだろう?

 わたしは11年前に胃癌(スキルス+巨大胃癌)の全摘手術をしているが、手術の翌日に目が覚めてみてみると、お臍の上から肋骨の合わせ目のところまで13cmを23個のホッチキスの針が並んでいた。等間隔で並んだホッチキスの針を見て、若い担当外科医が几帳面な性格であることを知った。(笑)
(ホッチキスの針の跡は1年たつとだんだん薄くなって、2年くらいで消えた。切った跡も3mmくらいの幅の引き攣れが縦にあるだけ。術後1年間くらいまでは温泉に入るときに傷跡が気になったが、いまは気にならない。傷跡を見ながら、外科医の後藤幹裕先生そして術場の三人の看護師さん、よくやってくれたなと感謝の気持ちが起きる。手遅れなのに手術続行を命じてくれた浅川院長、よくぞ言ってくれました。いろいろな人のおかげでいま生きている。)

 針は術後1週間後に外したが、指でも外せそうなくらいゆるゆる、痛くもなんともなかった。あれは便利だ。大きな手術で23針、だから頭部裂傷で10針というのは素手で殴っただけではできない傷だろう。硬いもので殴ると、頭皮は硬い頭蓋骨との間にあるので、簡単に切れてしまう。

 幸いにして医療用ホッチキスのお世話になったことのない人のほうが圧倒的に多いだろうから、10針と23針、興味本位で並べてみた。

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