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#4007 朝7時から24.0度を記録:根室の観測史上最高気温更新中 May 26, 2019 [87.根室の話題]

 朝7時に24.0度、5月にこんな球が黄な気温上昇は極東の町根室では初めてかもしれない。
9時の気温26.8度、生暖かい南風が吹いて異様な暑さだ。
 庭では一番遅咲きの桜が開花し始めた。

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②青空に露出があってしまって、桜の花の露出がアンダー、コンデジでもちゃんと調整しなきゃいけないということ
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⑤露出補正後の一枚
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アッツ島の桜だと言っておふくろが植えた桜の苗木だったが、ほんとうにそなのか、あるいは桜ではないのか定かでない。千島桜に遅れること11日目、朝から気温が24度もあったので開花した。
まったく異性に関心のなかった生徒がとつぜんに恋に目覚めて、心の中に花を咲かせる、ほほえましい。恋の命は桜花と同じように短い。パッと咲いてサッと散っていいのである。皆さんそれぞれに覚えがあるだろう。

 根室は西側に山がないからフェーン現象が起きないところなのである。オホーツク海と太平洋を分けるように突き出した半島だから、こんなに急激に気温が上がることはない。まことにめずらしい気温上昇なのだ、11時44分最高気温34.0度、これって根室で観測されたデータが130年以上あると思うけど、観測史上最高気温だと思う。過去7年間の5月のデータでは2016年5月22日の26.5度が最高。
*https://weather.time-j.net/Stations/JP/nemuro

 今日のサイクリングは中止だ。



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#4005 タンポポ畑と野生の鹿:くつろぎのひと時 May 25, 2019 [87.根室の話題]

 正午にニュースが始まった。トランプ米国大統領が夕方には到着するというので東京はずいぶん騒がしくなっている。
 12時の気温は18.7度、南風5.7m/s、湿度52%、極東の町も暖かい。
 家の前には中学校のテニスコートがある。道路とコートの間にある緑地帯はタンポポ畑になっている。そこへ鹿が3頭、のんびりくつろいでいる。

 「ある日のことでございます。お釈迦様は極東の町にあるテニスコートの縁を、独りでぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました。テニスコートの周りの歩道脇に咲いているタンポポの花は、みんな玉のように、真ッ黄っ黄で、その周りには鹿がくつろいでおります。ああ、一頭が桜の葉っぱを食べ始めました、極東の町はちょうどお昼飯時なのでございましょう。」

①まるでタンポポ畑
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②くつろぐ鹿
 目が大きい!わざとらしくて鹿の剥製を置いているみたいだ。
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③桜の葉を食べる鹿、動物園みたい(笑)
 この桜の木は10日前(5/15)は満開でした。
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#3996 散り始めた桜とまだ蕾の桜 May 17, 2019 [87.根室の話題]

 朝は7.8度だったのに午後2時には15.8度まで気温が上昇した。庭の桜が散り始めた。

 *画面の表示サイズは自在に拡大・縮小できます。画像だけでなく、文字も同時に大きくなったり小さくなったりします。Ctrlキーを押しながら「+」キーを押すとその都度拡大されます。Ctrlキーを押しながら「-」キーを押すと、縮小されます。

①土の上の花びら
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② 露出不足の写真になってしまった(笑)
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 桜の木の中から空を見上げるとこうなる。

③アッツ島の桜
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 これも桜だが、まだ赤い蕾のまま細い枝を風に揺らせている。開花は1週間後だろうか、それとももう少し後だろうか。
 根室から1500キロほどの北太平洋上に浮かぶアッツ島の桜だそうだ。ここで米兵と戦って2638名が戦死、26名が捕虜となって生き残った。生存率1%未満、文字通り玉砕している。おふくろは「アッツ島で兵隊さんがたくさん亡くなったから」と満州で侵攻してきたソ連軍と戦って戦死した兄をしのんで20年ほど前に庭に植えた。ソ連兵と戦って死んだ兄もアッツ島で米軍と戦って玉砕した数千人の日本人将兵も、おふくろにとってはかわりがないのである。
 アッツ島の玉砕がなければ米軍は北方領土を伝って北海道へ侵攻しただろう。お袋のふる里である択捉島の住民も国後島の住民も歯舞群島の住民も、沖縄が戦場と化したようにたくさん亡くなったに違いない。兵隊さんたちどうもありがとうと心に念じて植えたのだ。
 あらためて①の写真を眺めたら、土の上に散った白い桜の花びらが兵隊さんに見える。


④つつじ
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 鉢から植え替えて2年目のつつじである。ようやく青い葉がでてきた。

*アッツ島の戦い
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84





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#3992 極東の町は花の咲く季節になりました May 13, 2019  [87.根室の話題]

 昨日の最低気温は3.7度、瞬間最大風速は北北西18.4m/s、とてもサイクリングする気分になれなかった。今日はうってかわって暖かいので郵便ポストまで往復したら、タンポポの黄色が鮮やかで、咲いているんだと気がつきました。自転車に乗って走ってると気がついていませんでしたね。

 今朝9時の気温は9.9度、北西の風2.5m/s

①縁石とアスファルトの間に根を下ろしたタンポポ、黄色がきれいです。デジタルのバカチョンカメラですから、花に焦点を当てて背景をぼかすなんてことはできません。絞り込んで花だけに焦点を当てた写真を撮りたい。
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②極東の桜はようやく7分咲き、ツボミがたくさん残ってます。
 これも、センター付近の桜の花に焦点を当てて、周りをぼかせたらよほどいい写真になりそうです。家の1階のやめ部分と2階が映り込んでます、邪魔なだけ。
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③これはハマナスの枝です、葉っぱがでてきました。背丈は2mほどあり、幹の直径は3㎝。バラ科ですから、大ぶりの真っ赤な花を30個ほどつけると、あたりによい香りが漂います。開花は1か月ほど先。

SSCN2721.JPG
*#3778 ハマナスの花が咲き始めた July 6, 2018
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-07-06


<カメラ今昔>
 40年ほど前に一眼レフのペンタックスを使ってました。絞り優先のカメラだったと思いますが、シャッター速度もマニュアル設定できました。だから、被写界深度を意識してカメラを扱ってました。安いデジカメではそういうことができません、全部カメラの電子部品とソフトにお任せ。なんだか疎外された感じがしてました。
 昨日、プロの写真家さんの会員専用サイトを見ていたら、そのあたりの解説がありました。デジカメでもマニュアルで絞りの操作はできるんですね。バカチョンカメラだからできないだけ。CANONがお勧めでした。
 中学生の時(1963年ころ)にオヤジが買ってくれたカメラはミノルタ製でした。高校2年の時に引き伸ばし機を買ってくれたので、自分で白黒写真を焼いてました。すぐにカラーに変わって、それからやらなくなりました。
 FBで一昨日に東京在住のプロの写真家さんの解説を見てから、どの写真を見ても撮られた写真の絞りが気になるようになってしまいました。寝た子が起きたようです。(笑)

  根室の景色に特化した写真家さんのサイトを紹介します。オホーツクに沈む落日はどんな音楽や絵画よりも感動ものですが、その一瞬を切り取った作品が多い。
*<根室写真館>
https://www.facebook.com/masachuunemuro/posts/2441007316122288?comment_id=2441101469446206&notif_id=1557715777160068&notif_t=comment_mention





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#3988 極東の町根室も桜の開花宣言 May 9, 2019 [87.根室の話題]

 正午の気温は14.6度である。5/5の最高気温が25.3度と夏日を記録、とても暖かかったので、蕾が膨らんでいた。元気象台の場所にある標準木も今日開花宣言があった。


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#3975 連休初日予報通りの降雪:2cm Apr. 27, 2019 [87.根室の話題]

 

 昨夜10時ころから雪が降り始めました。春の雪だから、太陽がでればすぐに融けるが今朝は曇り空、せっかくの雪景色ですから、朝からお酒をいただいて雪景色をのんびり眺めます。

 8時の気温0.8度、ちょっと冷え込んでるね、でもリビングは床暖でお尻も足もほっかほか。

 数年前にゴールデンウィーク初日に用事があって釧路へ出かけました。あの時は雪が降ってきて釧路駅前に着いたときには20㎝ほど積もってました。鶴居村の温泉まで行くつもりでしたが、あきらめて駅前のホテルへ直行でした。あのときの車はパジェロ・イオでしたが、30㎝の雪だと乗り上げて車輪が浮いてしまいます。車体の下に圧雪された雪を掻きだすには20分ほどかかるので、「触らぬ神に祟りなし」、スコップは積んでましたがこういうときは無理はしないがいい。
 まことに道東のGWは油断がならない。(笑)

  FBで建設関係(空調設備工事)のお友達がアップした記事を見たら、別海町も雪景色ですね。


①右側下の方にある緑色の植物はシャクナゲです。その後ろのひょろりと背の高いのはハマナスの木、夏になると赤い花を咲かせて甘い香りを漂わせます。濃い目の化粧、そして強めの香水の女性が通り過ぎた後のような…桜はまだツボミですが、突然の雪にきっと震えています。
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②左に足跡がカーブしているのは新聞配達の方。まっすぐ奥に二人ほど歩いたようです。散歩ではないでしょう。7時43分までに歩いた人は3人。
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#3957 猫騒動 Apr. 10,2019 [87.根室の話題]

 女房殿が言うので見ると、隣の桜の木(花が咲くのは五月下旬)の上に猫がいた。3時間ほども降りられずに枝別れするその元のところで体を挟むようにしてじっとしている。「このままでは死んじゃう」というので、7時半ころにライトを当ててみたら、まったく動かない、死んでいるのかと思うほど弱っていた。気象庁公表の毎正時の気温データでは午後7時には0.3度、北風3.1m/sである。
 目に目ヤニがこびりついており、眼病のようだ。ほとんど反応しない、ようやく目が少しだけ開いたが、片方の目に先天的な異常が認められ、生後6か月ほど。
 そのままにしておくと朝までには体温が低下して樹の上で死んでしまう。物置から脚立をだして隣の家に行って、事情を話し、猫の救出を試みた。
 猫がいるのは2.7mほどの高さのところだから、脚立を安定させてからその上に立ち、隣家の人に脚立を手で押さえてもらって左手を伸ばすとようやく届くが、子猫は爪を立てて樹にしがみつくのではがせない。両手なら簡単だが、片手が精いっぱいだった。子猫だから爪が鋭いので軍手をしていったから、首の後ろところをつかんで無理やり引き剥がして降ろした。
 
 女房殿が明るいうちから猫が木の上でじっとして降りられないのを気にしていて、「なんとかして」というので7時15分ころ、救出作業をしたのである。猫も人も命は同じだ。
 弱っているが、お腹を触ると空腹ではない、おそらく飼い猫、牛乳をあげても煮干しをあげても食べないから、キャッツフードを食べなれているのだろう。

 風除室に入れて高さ10㎝ほどの段ボールの中に古いバスタオルを敷いて入れておいた。身体をこすってやったら、鳴き始めた。バスタオルの上でまるくなっている、すこし元気がでてきたようだ、これなら大丈夫だろう。
 朝になって、女房殿がセイコーマートにキャッツフードを買いに行っているときに、風除室を開け放し、外へ出るとついてくる。天気がよくて陽射しが暖かい。100mほど離れたところに猫を十数匹飼っている家があるので、そこの猫だろう。道路を歩いていくと子猫がすたすたついてくる。高校同級生Nの家の前を通ると、Nが窓を開けて声をかけてきた。同級生10人ほどで土曜日に川湯温泉へ行くので、迎えに来る時間を確認した。酒はいただいた北の勝「搾りたて」があるので、みんなで飲むのにそれをもっていく。宴会までのつなぎは日本酒と缶ビールだ。

 ニャンコは2か所でほかの家の庭に入り込んで、少しじっとしてからまた道路へ出てついてきた。その様子からふだんからこのあたりで遊んでいることが分かった。目標の家の前までくると、リビングの窓が開けられていて、似た柄の子猫が数匹遊んでいた。救出した猫はさっと家の中へ入り他の猫と遊び始めた。家の主は不在、猫が出入りできるようにリビングの窓を開けたまま外出しているようだった。キャッツフードがエサ入れに入れてあった。
 他の猫も目に先天異常があるようだ、目ヤニは目の感染症の症状だろう。野良なら餌を食べられずにすぐに死んでしまう。


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#3956 北海道知事選挙:道議会議員は選挙無し Apr. 7、2019 [87.根室の話題]

 朝から毎正時にサイレンが鳴るので、なんだろうと思ったら投票日だった。道議会議員は対立候補なしということで選挙無し。

 9時過ぎに会場の光洋中学校へいくと、いつもの生徒玄関にはなにも表示がない、帰ろうかと思ったら、後ろから投票し終わった爺さんが声をかけてくれ、「こっちだ、(今年から)体育館になった」と教えてくれた。帰り際に2人の人とすれ違った、ばあさんだった。わたしを含めて選挙に来るのはジジババばっかりのようだ。若い人たちはつまらないのだろうか?たしかにつまらぬ、でも意思表示しないとツケは投票所に行かない人にも回ってくるから、ご用心。

 職員玄関からスリッパに履き替えて、廊下を歩いていくと学校祭の壁新聞が張ってあった。面白そうなのでしゃがみこんでそのうちの一枚の記事を読んだ。
 ふるさと納税と根室高校受験の二つの記事。前者は増えていいなというだけのもの、後者は根室高校が単位制に変わって、自分の進路にあった科目が選べるとあった。
 すこしちがう。たとえば、事務情報科の生徒なら、簿記1級に必要な工業簿記が選択できないし、数3の選択肢は商業科の生徒にもないし、普通科の文科系コース選択者にもない。工業簿記は原価計算の初歩だが、大学でやるのは原価計算で分厚い参考書なら微分方程式がでてくるが、配慮がない、そこまで視野に入っていないのである。経済学に関しては経済学部は言うに及ばす、法学部でも商学部でも経営学部でも情報学部でも大学では必修科目に設定されているが、今どきの経済学は数Ⅲやっていないで理解できるわけがない。マルクスも数学に関しては劣等性だった。どの程度かはその著書『数学手稿』を読めば微分積分を学んだ高校生にだってわかる。
 根室高校の先生たちそして校長先生、一度じっくり話し合ってみてくれんかの。ほんとうに生徒たちが自分に合った科目を選択できるとは具体的にはどういうことなのか。
 ああ、わたしはもちろん根室高校の卒業生、昭和42年商業科卒、同期は7クラス350人。

 ふるさと納税も根室高校の単位選択制も、もうちょっと具体的な突込みが欲しい。物事にはメリットとデメリットの両方があるから、高校卒業までに相対的な見方を身につけよう。まずは得意のスマホで検索して調べ、次に知らなければ知っている人に訊けばいい。インターネットはガセネタも多いから、信頼性のあるサイトかどうかも内容とともに併せて判断しよう。これは光洋中学校1期生からの後輩たちへのメッセージかな。
 わたしが光洋中学校を卒業したのは、さて、何年だったか?昭和38年3月だったはず。同期の卒業生は550人、10クラスのマンモス校だった。根室高校へは1/3しか行けなかった時代だ。根室高校商業科志願者数は定員150人の2倍、普通科は定員ぴったしだったかな。中学校側で進路の振り分け調整してた。担任の山本幸子先生から進路指導でお袋が2度呼び出された。生徒の指導には熱心な先生だった。「商業科ではなくて普通科だ、この子は大学へいく子だ」、お袋は「本人が商業科へ行って公認会計士を受験するというので…」と困っていた。小学生の時からずっと家業のビリヤード店を手伝っていたから、大学進学なんて高校3年の11月頃まで考えたことがなかった。ひたすら公認会計士2次試験参考書で勉強していた。もちろん誰も教えてくれるはずもないから、独力で勉強した。経済学も試験科目にあったので、近代経済学だけでなく、試験には出題されるはずのないマルクス『資本論第1巻』も読んだ、いい経験になった。あの時代があったから、いまがある。高校の担任の冨岡良夫先生は学校推薦するからと釧路日銀受験を薦めてくれた。大手都市銀行の受験は他の生徒が希望しているからお前は遠慮しろということだった。生徒会活動もしており、2年間会計をやった。当時は記帳から決算まで、そして各部長との予算折衝まで会計に任されたから、商業科でナンバーワンが指名された。
 丸刈りの校則も2年生の時に保護者へアンケートを取り、全校生徒集会を開いて変えた。楽しい高校生活だった。校則改正をやると言ったら、3年生の生徒会の会長と副会長の先輩たち3人が、言い出しっぺのお前がやれと、全部任せてくれ、サポートに回ってくれた。だからやれた。会長は関さん、副会長は商業科の古御堂弘さん(定年時は室蘭税務署長、現在税理士)、普通科の端谷さんだった。もちろん、2年同期の生徒会役員も協力してくれた。修学旅行の3か月前までに校則改正をするという前提で、戦略を組み立てていたので、予定通りぴったり、東京・京都・大阪・奈良への修学旅行には丸刈りで行かずに済んだ。北海道の田舎から詰襟、丸刈りの高校生が集団が都会で歩いていたら格好悪いから、みんな喜んでいた。
 新任の村田先生が明大ラグビー部出身だという情報が入ったので、チャンスとばかり、村田先生と話して、メンバーは集めるから顧問に就任してくれるように要請、最初1年間は同好会、2年目に部への昇格は責任をもつからと伝えると、快諾してくれた。部への昇格は会計が独断でできた。なにしろ予算を握って、予算折衝の全権をもっている、財務大臣のようなもの、権限は大きかった。ラグビー同好会は同じクラスの数人が周りや後輩に声をかけて必要な人数が集まった。具体的な構想を伝えると賛同して動いてくれる同期が何人もいた。こういうことはとんとん拍子に行く。道内強豪校であった中標津高校を破るほど急激に強くなった。村田先生は新卒で最初の赴任地が根室だったから、若くて女子生徒にも人気があった、いまはもう75か76歳になられたはず、村田先生どうしているかな?
 高校1年の中間試験直前が東京オリンピック。もちろんテレビにかじりついていた。我が家のテレビがカラーになって1年後のこと。


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#3944 春が来た:大学卒業の挨拶と就活事情そして台湾からのツアー客 Mar. 5, 2019  [87.根室の話題]

 道立高校入試が始まっている。1時間目が終わったところか。

 昨日、F田君が来た。大学を卒業して四月から会社勤めをするのだという。にこにこ、高校生の頃の笑顔がそのまま。春休みで帰省したのかと思って、今度4年かと訊くと、
「卒業しました」、
「え、あれからもう4年もたったの!」

 いつ頃就職が決まったのか訊くと、昨年7月だという。周りもだいたい7月頃に決まっていたとのこと、就職状況はすっかり売り手市場になっている。北星学園大学の経済学部へ進学したのだが、12月ころに志望校を決めたので、そのあと2か月間がたいへんだった。数学の問題集を2冊やった。毎日塾へ来て勉強していた、そして時間がどんどん迫ってくるので、あせって別人のように目が吊り上げっていたのも懐かしい。
 一人暮らしを始めて、最初にご飯をたいたら大失敗、でもなんとか四年間を過ごして一人暮らしに自信がついた様子。就職先は道内では大手の会社の運輸部門の子会社だから、経営は安定している。
 どうしてそういう視点(経営の安定している企業)で就職先を決めたのか、尋ねてみた。大学のゼミがブラック企業をテーマに取り上げていたのだそうだ。北海道ではおなじみの大手の会社の運輸部門子会社なら、ブラックではないとの判断。会社組織や諸制度(諸規程)は大部分が親会社のそれをコピーするから、なるほどと思った。
 わたしは大学院を終えて数か月ぶらぶらしてから新聞募集をみて2社に応募した。その際の選択基準は前職とは違う業種、そしてスリリングな企業だった。赤字と黒字を繰り返す産業用エレクトロニクスの輸入商社を選んだ。最先端のさまざまな電子機器が技術部に無造作に置かれていたのも魅力だった。入社直後から社長直属のプロジェクト5つを任され、仕事のしかたを根こそぎ変えて、その会社を3年で優良会社(高収益、財務安定性の高い会社)に変えた。そして2年後に辞職し、転職した。F田君の話を聞いて時代が変わったと実感した。


 最初の3か月間、手を抜かずに全力で仕事に励めと激励。3か月やれたやつは、その後の3年間をそのスタイルで押し通し、10年たったら仕事で大きな差がつくもの。
 時々は様子をメールで知らせるように言って別れた。笑顔で「がんばります!」、うれしい1時間だった。
 どうやら春が来た。

<余談:東根室ツアー客>
 観光バスが道路向かい側で止まった。ツアー客がなかなか降りてこない。しばらくすると降り始めた。みなさんサングラスをかけている。家の前で写真を撮ったりしているので、出て話しかけてみた。全員台湾からのツアー客だった。日本語がわからないようなので英語に切り換えたら話が通じた。10時20分ころ着いたが、列車が来るのは11時3分。30分以上ある、東根室駅はトイレがないので、寒い時はきびしい。10時の気温はマイナス1.2度。
 若い人で日本語の話せる人がいて、その人と日本語と英語で話し始めた。ずいぶん若く見えるが、さらに若い女性と一緒だから夫婦のようだった。日本語が上手ですねと褒めると、高校2年生の時に留学していたという。もうずいぶん昔で、自分は41歳だという。30歳くらいにしか見えない。横にいる人はずいぶん若くて細身で小柄な人だった。ひょっとして奥さんかもしれないと思い、訊いたらそうだという。20代前半かと思ったら、5歳の子どもがいるときいてびっくり。35歳だという。笑っていた。台湾の人は実年齢よりずっと若く見える。コンビニはないかと訊くので、突き当りにあると教えてあげた。セイコーマートがある。他の人へは彼が説明してくれるだろう。トイレに行きたい人もいる。40人くらいいた。

 東根室駅は日本最東端の駅だから、観光スポットになっており、訪れるツアー客も多い。北海道JRは大赤字だ、根室市の負担で東根室駅にトイレの設置ぐらいしてもいいいのではないか?汽車通学の高校生もいる。
 トイレはきれいでなければいけないランニングコスト(清掃費)がかかる。JR花咲線自体が廃止になるから、無駄な投資か?花咲線の宣伝に使っている市の予算も同じことがいえる。




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#3926 厳寒の朝:最低気温マイナス17.0度を記録:除雪エクササイズ(笑) Feb. 9, 2019 [87.根室の話題]

 気象庁データによれば根室は朝6:37分にマイナス17.0度を記録した。もちろん今冬の最低気温である。
 朝7時にボイラーが自動的に入るようにセットしてあるのだが、今朝は入ってなかった。これで4度目、ボイラーは昨年2月に交換したが、日本製品でも信頼性が落ちていると思わざるを得ない。
 起きて暖房のスイッチを入れてすぐに(8時10分ころ)に温度計をカメラで撮った。2Fの寝室が3.6度、1Fが5度、1F台所ボックス内(水道配管付近)が4度だった。昨夜は水抜きをして寝たが、どうやらマイナス17度でも水道の凍結破損はなさそうだ。

① 2階
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② 1階リビング
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③ 台所水道配管付近
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<健康と雪の神様に感謝!>
④ 積雪深34㎝、車道脇の雪山がだんだん高くなる(向こう側)
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⑤ バス通りは轍(わだち)に黒いアスファルトがでていた(こちら側)
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⑥ 昨日除雪完了!
 車道脇の雪山も全部写真①の道路の向こう側へ運んで積み上げました。バス停前は雪無し!
 たっぷり2時間の除雪エクササイズ、夏場のサイクリングと同しくらいの運動量かも、雪の神様と健康にありがとう。
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