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#3939 通貨の未来(7)最終回 Feb. 28, 2019 [通貨の未来]


  転載を忘れて尻切れトンんぼになってました、すみません。
 弊ブログ#3598投稿欄に寄せられた仮想通貨に関する議論の残りをを本欄に転載します。今回が最終回で、コメントに付したナンバーは前回からの通し番号です。
  ハンドルネーム「中央銀行総裁」殿は途中からなんどもお名前が変わりますが、その語り口はなめらかで、独自の視点で意表を突き、お叱りが耳に痛かったり、また心地のよかったりと変幻自在な教養人です。皆さんもどうぞお付き合いください。

*#3598 通貨の未来-3 : 日銀の債務超過は引き金になるか? Aug. 27, 2017
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-08-26-1



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#31

koderaさん

感想ありがとうございます。
読んでいる方たちに楽しんでいただけるのが一番。

「中央銀行総裁」殿は読者の皆様を楽しませてくれるユニークな論を展開してくれます。語り口もよい。
by ebisu (2017-08-30 19:49)

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#32

お主は本当に根っからの議論のための議論ばかりじゃのう。井戸端会議じゃ。
方向性を問うておるのじゃ。
通貨発行権が公的なものだとどうして決まっておるのかのう?誰が決めたんじゃ?思い込みが変革を阻むのじゃ。
昨今においてすら民間企業である中央銀行が紙幣を発行しておるぞ。

イスラム世界とはどこの国々のことかいのう?
イスラム教徒が大半を占める国々か、はたやイスラム教を国教として定めし国々のことかいな?
漠然と十羽ひとからげじゃのう。
多くのアラブの国々、インドネシア、イランにさえ中央銀行は存在しており、市中銀行は利子も当たり前に付加しておる。
リビアがそうであったように、この中央銀行の通貨発行権をカダフィが取り上げ、国民から利子というものを解放した結果、闇の筋の者たちから嘘の名目、濡れ衣を着せられて惨殺されてしまったのじゃ。
カダフィが少しの期間ではあるがこの諸悪の根源2点から国民を解放した時のリビアはそれはそれは国民の幸せ度は高かったのじゃ。
これを良しとせぬ者共がおるのじゃ。
まぁ、リビアには豊富な石油資源もあったので国民に大判振る舞いできたんじゃろうがのう。
似た国にアジアではブルネイ王国がある。
豊富な天然ガスに恵まれカダフィ同様、国民には大盤振る舞いじゃ。じゃが違うのは、ブルネイですら民間の中央銀行は存在し、しかるに市中の銀行は利子をとるのじゃ。
かの大国サウジアラビアでさえ中央銀行が存在し為替を操作しておる。
世界は王制、民主主義、共産制、と政治の体制は異なっておるので、各国の主権や政治と中央銀行との関わり方は異なる、すなわち、どの程度その国自体が通貨発行に関与しうるかの程度に大小はある。
当然関与が少なくなり、国・政治と分離しやすい民主主義の樹立を闇の筋の者たちは望むじゃろうな。
言ってみたら民主主義国家は一番騙しやすいからのう。
それもお主のような御用経済論者が大勢で民を誘導してくれるからのう。

話をはぐらかすな。
楽しんでもらえたらそれでいい、とは何を寝ぼけたこと言うとるのじゃ。
民は現時点で搾取によって間違った生き方をしておるのじゃ。
自分に責任を持て、御用経済論者。

日本の仕事に関する価値観など誰が作った?
勝手にお主の一存でこの国全体を語るな。
お主はお主、拙者は拙者、世界の人々は世界の人々じゃ。
イメージとして一部の日本人の働き方や姿勢に、驚嘆・共鳴し、見習おうとする者もおるのは確かじゃ。
逆も真なりで、過去に日本は欧米を真似たのじゃからな。
そう言うのを手前味噌と言うのじゃ。
世界中環境や文化、政治や宗教も異なる。
日本の一国のモデルがどこででも通用するわけがなかろう。
まして今の日本の繁栄は経済的弱小の国々の犠牲の上、それと多額にわたる中央銀行への負債の上で成り立っておるのじゃ。

先にE=mc2()という普遍的理論があって、核兵器が作られたのじゃ。あれこれやってるうちに核兵器ができて、それをひも解いたらE=mc2()となっていた〜、というわけでは無いのじゃ。
世界中で共有しうるミニマムでも良いからその普遍的経済法則を導き出し、民をその方向へ誘導するのが真の経済学者だと何度も何度も言うておるのじゃ。
その法則さえ共有できたなら人々がどれだけ欲に走ろうがその者の勝手じゃ。
多くを望む者は多くを望めば良い。少しで事足りる者は少しで済ませば良い。
民にその自由自体を獲得させてやるのがまず先決ではないかのう?
by
行間どころか文意も読み取れぬようじゃのう。 (2017-08-30 21:17)

 

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#33
お主は本当に根っからの議論のための議論ばかりじゃのう。井戸端会議じゃ。
方向性を問うておるのじゃ。
通貨発行権が公的なものだとどうして決まっておるのかのう?誰が決めたんじゃ?思い込みが変革を阻むのじゃ。
昨今においてすら民間企業である中央銀行が紙幣を発行しておるぞ。

イスラム世界とはどこの国々のことかいのう?
イスラム教徒が大半を占める国々か、はたやイスラム教を国教として定めし国々のことかいな?
漠然と十羽ひとからげじゃのう。
多くのアラブの国々、インドネシア、イランにさえ中央銀行は存在しており、市中銀行は利子も当たり前に付加しておる。
リビアがそうであったように、この中央銀行の通貨発行権をカダフィが取り上げ、国民から利子というものを解放した結果、闇の筋の者たちから嘘の名目、濡れ衣を着せられて惨殺されてしまったのじゃ。
カダフィが少しの期間ではあるがこの諸悪の根源2点から国民を解放した時のリビアはそれはそれは国民の幸せ度は高かったのじゃ。
これを良しとせぬ者共がおるのじゃ。
まぁ、リビアには豊富な石油資源もあったので国民に大判振る舞いできたんじゃろうがのう。
似た国にアジアではブルネイ王国がある。
豊富な天然ガスに恵まれカダフィ同様、国民には大盤振る舞いじゃ。じゃが違うのは、ブルネイですら民間の中央銀行は存在し、しかるに市中の銀行は利子をとるのじゃ。
かの大国サウジアラビアでさえ中央銀行が存在し為替を操作しておる。
世界は王制、民主主義、共産制、と政治の体制は異なっておるので、各国の主権や政治と中央銀行との関わり方は異なる、すなわち、どの程度その国自体が通貨発行に関与しうるかの程度に大小はある。
当然関与が少なくなり、国・政治と分離しやすい民主主義の樹立を闇の筋の者たちは望むじゃろうな。
言ってみたら民主主義国家は一番騙しやすいからのう。
それもお主のような御用経済論者が大勢で民を誘導してくれるからのう。

話をはぐらかすな。
楽しんでもらえたらそれでいい、とは何を寝ぼけたこと言うとるのじゃ。
民は現時点で搾取によって間違った生き方をしておるのじゃ。
自分に責任を持て、御用経済論者。

日本の仕事に関する価値観など誰が作った?
勝手にお主の一存でこの国全体を語るな。
お主はお主、拙者は拙者、世界の人々は世界の人々じゃ。
イメージとして一部の日本人の働き方や姿勢に、驚嘆・共鳴し、見習おうとする者もおるのは確かじゃ。
逆も真なりで、過去に日本は欧米を真似たのじゃからな。
そう言うのを手前味噌と言うのじゃ。
世界中環境や文化、政治や宗教も異なる。
日本の一国のモデルがどこででも通用するわけがなかろう。
まして今の日本の繁栄は経済的弱小の国々の犠牲の上、それと多額にわたる中央銀行への負債の上で成り立っておるのじゃ。

先にE=mc2()という普遍的理論があって、核兵器が作られたのじゃ。あれこれやってるうちに核兵器ができて、それをひも解いたらE=mc2()となっていた〜、というわけでは無いのじゃ。
世界中で共有しうるミニマムでも良いからその普遍的経済法則を導き出し、民をその方向へ誘導するのが真の経済学者だと何度も何度も言うておるのじゃ。
その法則さえ共有できたなら人々がどれだけ欲に走ろうがその者の勝手じゃ。
多くを望む者は多くを望めば良い。少しで事足りる者は少しで済ませば良い。
民にその自由自体を獲得させてやるのがまず先決ではないかのう?
by
行間どころか文意も読み取れぬようじゃのう。 (2017-08-30 21:17)

 

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#34

面白そうだから日銀が民間企業だという論を敷衍して見せてください。

イスラム世界では同教徒からは利息をとらないという指摘に対する反論が、アラブの国にも中央銀行があり利子があるですか。反論にならぬ。話をはぐらかす名人と褒めておこう。

>日本の一国のモデルがどこででも通用するわけがなかろう。

それこそが思い込み。生産システムも仕事に対する価値観もセットで移転できれば、近い水準の生活をいずれは保障できる。教育システムも含めての話だ。
望まなければ受け入れなけりゃいい、何を選択するかはその国の民が決めたらいい。
他国に依存度の低い経済体制がつくれたら、国際的な格差を拡大するグローバリズムは終焉する。

奴隷労働に淵源を持つ現代の工場労働は普遍的経済法則には属さない。それとは別の価値観での置き換えが必要だ。それが職人仕事という価値観だ。仕事をするのが幸せだというのは普遍的経済法則の根幹足りうるものだ。

反論したくば、普遍的経済法則の根幹をなすものについてお主の論を披露すればよい。
イモ銭は勘弁してくれ。あれはわたしの耳には戯言にしか聞こえぬ。

by ebisu (2017-08-30 21:51)

 

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#35

随分と職人仕事にこだわっているようじゃのう。
仕事が楽しく、仕事自体が幸せという職人は何も日本だけのお家芸ではないぞ。
欧米にも陶芸・ガラス職人、イラン・トルコの絨毯職人、インドネシアの彫刻職人、世界中あらゆる職人がおる。
また職人とは正面切って言わぬが、職人の如くその職に精魂注ぎ込み幸せを感じながら仕事をしておる者達も世界中ごまんといるわい。
では、何を持ってして職人と言われるのかのう?
それは、他の大勢と違うから、職人と呼ばれるのではないかいのう?
考えてもみい、皆が全員が職人であったならもはや職人とは呼ばぬ。
皆の出来ぬことをやり遂げれるから職人として皆から重宝されるのじゃ。
何も芸(技術)を持たぬ者は当然その世間から弾かれ出されてしまうだろうな。
それでは気質としての職人ととってはどうかということも考えてみよう。
自分で選んだ職に生き甲斐を持ってその中に幸せを見出す姿勢、それを職人気質としてみても、
いくら本人が真面目で精魂打ち込んでその職に埋没しておろうが、出来栄えが悪かったなら誰もその者の品やサービスを買いはすまい。すなわち評価されまい。
次第に職人気質としての情熱は失せてしまおう。
したがってそちの主張しておる、
皆が職人として働くのが幸せという価値観も危ういというものよのう。
要は、お主は成功した、成功している最中の職人しか指しておらぬ。
それこそ幻想じゃ。

何でわしが経済論などたれなければならんのじゃ?
理解に苦しむわい。
わしは御用経済論者でも真の経済学者でも無いわい。

人に完璧を強要して、それに応えられないと、自分の勝ちとすると論法は、すでに自分を守るための最後の逃げの切り札じゃ。
「ほ〜ら答えられない。それなら黙っておけ。」という必殺技じゃ。
by
人々に同一の価値観を植え付ける自体で無理よのう。 (2017-08-30 23:03)

 

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#36

根本的な誤解があるようですね。そこを説明しておいた方が読者も理解しやすいでしょう。

>先にE=mc2()という普遍的理論があって...

この方程式はいつでもどこでも成り立ちます。ところが人間がつくった経済社会にそうした普遍的な経済法則なんてないのですよ。

たとえば、

Y=C+I

という方程式があります。ケインズの有効需要を表す方程式です。
中央銀行総裁殿は先刻ご存じでしょうから、読者のために書きますが、Yyield、国民生産あるいは国民所得、Ccomsumption、消費です。Iinvestement、投資です。

これはいつでもどこでも成り立つものではありません。国民国家や市場を前提にしています。
このように自然科学と経済学は根本的に異なっています。
だから、経済の分野に普遍的真理や普遍的経済法則なんてないのです。

そういうないものを前提に議論するから、唯我独尊な貨幣論を展開してしまう。空想的社会主義者というのがずいぶん昔にいたようですが、空想的貨幣論者に見えます。

だから、イモ銭なんて論を思い付きで書いてしまう。論としては面白いですが、それだけのもの。

経済を変えるには、別の公理系でモデルを構築しなければならないというのがわたしの考えです。その公理に当たるのが、欧米の経済学は奴隷労働に淵源をもつ「労働」、そういう負の公理を払拭して「職人仕事」という公理に置き換えて、別なモデルを実現しようじゃないかというのがわたしの考え。

by ebisu (2017-08-30 23:29)

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#36

読者はとっくに気づいているわい。
お主と拙者の立ち位置の違いをな。
拙者は通貨発行権の主体が国家すなわち民自らであり、利子という無から生まれた虚構の存在をなくさない限り、世界中が平等に参加しうる経済は営めまい、それらを変革するのが真っ先じゃ、という立ち位置におり、
お主は通貨発行権も利子の存在も何ら障害ではない、つまりこれによって利益を得る者共の存在は容認しておいても、このおかしなルール上でも真っ当な経済は営める、という立ち位置じゃ。
そういう事であろう?私の解釈だがのう。
まぁ、皆には皆の解釈があろう。
by
邪魔したな。さらばじゃ。 (2017-08-30 23:46) 

 

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#37

利口な読者は立ち位置の違いだと誤解しない。

>世界中で共有しうるミニマムでも良いからその普遍的経済法則を導き出し、民をその方向へ誘導するのが真の経済学者だと何度も何度も言うておるのじゃ。

経済にはありえない普遍的真理や普遍的経済法則を求めるのは妄想にすぎぬ。

37回のやり取りかな、楽しい議論ではあった。長いこと付き合ってくれてどうもありがとう。感謝。


いずれ暇を見て、この議論を数回に分けて本欄へアップしたいので、よろしく了解されよ。
by ebisu (2017-08-31 00:02)

 

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#38

おっと、靴を履いて玄関を出る前に別れの挨拶を忘れておったわい。

お主はどうやら算術とエゲレス語の教鞭をとっておるようじゃが、国語は子供らに教えん方が良いぞ。
お主の国語の読解力相当悪いぞ。
字ズラばかり追って、大意を見失う傾向にあるな。
まぁ、人には言えぬわ、拙者の国語の表し方も酷いものよのう。わっはっは〜。
by
別れの挨拶じゃ。 (2017-08-31 00:09)

 

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#39

ははは、国語力が悪いのはお互いさま。

日本語の音読トレーニング授業はしていますが、お代はいただいておりません、ボランティアです。
そんなに手が回らないから国語は教えていません。
SPIテストでは、言語系の偏差値は数理系よりも低くて70ほどでしたが、30代半ばのことなので、耄碌したかもしれませんね。


別れのご挨拶、ありがたく拝受しました。
by ebisu (2017-08-31 00:39)

 

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#40

 阿保にもebisu経済論が少し見えてきました。お二人に感謝しています。
 私は実践にすべて帰結すると悟りました。私の駒場時代の哲学の教授の教科書に書かれていた内容でもあります。
 経済論の難しさは実践者と施政者の距離測度が大きいことと思いました。実践者から離れた方が権力も地位もお金もえられやすいのかも。
 エビスの立ち位置はどこでしょう。やはり工場か食堂で、父母のように働かないとエビスの経済論は普及しないのかも。残念ですが。
 エビスの経済論は測度を最小化する論と読めば話は単純になります。でも、ここで複雑系の問題が浮上します。単純化ができるかです。できなければAIの量子コンピュータまで待つことになるのでは。解は量子経済論にありが私の対抗仮説でした。東大の大学生に一人いました。成功したと言う話は聞いていないし、名前は有名にもなっていません。
 しかし、kodera4項目の箇条書き論でも演繹できるし、私の哲学論すなわち実践論に結び付けられると相変わらず信じています。今私は自分のブログで毎日挑戦しています。エビス先生にはこの箇条書き論は否定されたはずですが。
 もう一度私のブログに、エビスの厳しい意見をコメントしていただけると幸甚です。長くなる200字程度で。私は阿保ですので長いのは落語のように読んでしまいます。
 墓場に行く前に真のご意見を短く頂ければ、楽しく旅立てるはずです。南無大師金剛遍照。ひょっとして貴方は私の大師様かも。今気が付きました。()

by tsuguo-kodera (2017-08-31 09:04)

 

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#41

koderaさん

わたしの経済学は、西洋の経済学とは異なる公理系の構造をしています。第一公理が「職人仕事」ということ。数理論理学者にはきわめてわかりよい主張です。

何を第一公理に選択するかについては、250年間にわたる経済学の学問的蓄積をベースにしなければならないでしょう。そこを検討した結果が第一公理としての「職人仕事」の選択でした。

何を公理に選択してもそれなりのモデルは構築できますが、選択公理を間違えば現実性が失われます。貨幣は商品の交換関係が定義されてから出てくる概念でして、貨幣が先にありきではないのです。それが250年間の経済学の学問的蓄積あるいは学問的営為です。経済学の諸概念を相互に検討して関係を突き詰めた結果の結論。
だから、貨幣論からあらたな経済社会の建設を夢想するのは、妄想でしかないというのがebisuの論。
もう一つ論点がありました、忘れるところでした。有効な公理が析出できたとして、それに見合う現実を作り上げるのは、「仕事」であって「学問研究」ではありません。そこは峻別しています。だからインテリには無理なのです。レーニンも毛沢東もインテリ、まるで理念とは違ったことをやってしまいました。インテリに仕事ができるはずがありませんから、危ないのです。

ところで、四項目箇条書き法はある限界内でとても有効であることは、前にも書いていますが、まとめておきます。
1 問題の整理法としては有効

2 学術論文には不向き

3 高校生や大学生への論説文の作文指導法としては優れた方法

4 ステップとしては守破離の守の段階


3-5項目に分解し、それ以上になれば階層構造とするのはシステム技術の一般的な方法論です。それをあえて四項目に縛ったのが小寺流ではないでしょうか。

高校生に四項目箇条書き法で論説文の作文練習をさせたら、半数以上の人が立派な作文が書けるようになるでしょう。学校ではそういう教育してませんね。本当は社会に出てから文書技術がモノを言うのですがね。ほとんどの学校管理職には理解できないでしょうね。koderaさんが匙を投げたように。
会社で稟議書や各種の協議書を見たり、職務としてチェックしたときに強く感じました。何が言いたいのか論旨不明のものが大半でした。

しばらく考えてから、貴ブログへコメントします。

by ebisu (2017-08-31 10:56)

 

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#42

 そうですね。だから残念。私は同意できません。4項目の箇条書きで博士論文を書けと言うわけではありません。言い逃れではありません。
 博士課程の進学者も創造性は不足。論に強いから。間違え無し。医者も。私には100人ほどの医者と博士課程の若者がいました。
 彼らがテーマを修士課程で選ぶとき、いいえ、その前に卒論で博士課程のテーマを選ぶとき、4項目の箇条書きがベスト。新規事業のテーマを決定して企画上程する前に必須。
 テーマを間違えなければ、提案も論文も簡単です。アインシュタインの論文を見たことがありますか。私は写真で見ました。1ページです。大した文章ではない。でもテーマを気が付いたことが大発明なのです。
 テーマの選択さえできれば、論文などヘノカッパ、売れる商品も、儲かる新規事業もです。
 人は隣の神様のニーズに気がつきません。無駄なことを悪戦苦闘。だらだらと文章を書きます。もちろん文豪は別。文章が実践そのものだからです・
 残念です。
by tsuguo-kodera (2017-08-31 12:08)

 

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#43

お久しぶりです。コメント30超えですね。でもコメント数が一ケタなのはオーバーヒート?しちゃったのですかね
by
とんとろ (2017-08-31 13:24) 

 

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#44

とんとろさん

ほんとうにおひさしぶりでしたね。
コメント数のカウンターは33でオーバーフローしたようです。議論がヒートアップしたからでしょうか?()
by ebisu (2017-08-31 14:48)

 

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#3938 新しい経済社会のデザインについて Feb. 26, 2019 [職人仕事観に基く経済学の展望]

  マルクスは『資本論』の冒頭「商品」章で「資本主義的生産様式」ではなく、「資本家的生産様式」という用語を使っているのだが、なぜか「資本主義的生産様式」という用語で翻訳されたものが多い。「資本主義的生産様式」というと特定のイデオロギーをまとった生産様式に聞こえるがそうではない。生産手段の私的所有と労働力が商品化されている生産様式を言っているに過ぎない。このあたりもマルクスの経済学体系全体にかかわる問題を孕んでいる。
 わたしは質的差異を認めない工場労働を前提にする資本家的生産様式に対して職人中心の生産様式とそういう生産様式が支配的な経済社会を「職人仕事観に基づく経済社会」と定義しておきたい。

 koderaさんがブログでわたしの経済論をとりあげてくれるというので、思いつくところを投稿した。それに加筆・修正して紹介したい。

*「創造性の開発 新規商品を企画しよう」
https://blog.goo.ne.jp/tsuguo-kodera/e/e57dd7b18e66eff2670c63c3f4a64d22

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2019-02-12

思いつくまま…


 

弊ブログと職人経済論をとりあげていただき、ありがとうございます。思いつくまま書き綴ります。

 

第一番目は経済学の公理選択ということです。公理が異なれば別の論理体系が構築されるということは数理論理学者には自明のことですが、経済学者で数理論理学に興味をもつ人は皆無のようです。

 経済学の第一公理は労働観です。マルクスは工場労働を公理に措定しました。わたしは職人仕事を第一公理に措定します。
 マルクス自身は経済学体系の叙述に当たって公理ということを意識していません。ヘーゲル弁証法で経済学体系が叙述できると考えていました。『資本論』を書いている途中でヘーゲル弁証法の破綻に気がついたと思います。破綻を自覚して晩年は沈黙を守って死んでいきました。ユークリッド『原論』を丹念に読んでいたら、ヘーゲル弁証法を使わなかったとわたしは考えています。
 彼は数学が苦手でした。微分の意味さえ理解できませんでした、それが彼の経済学に大きな制限になったことを理解している経済学者を見たことがありません。わたしがマルクスの数学能力に違和感をもったのは『資本論第1巻』を読んだ高校生のときではなくて、全巻を通読した大学2年のころだったと思います。「なぜ四則演算しか出てこないのだろう」と思ったのは高校生の時に公認会計士二次試験の受験勉強をしていて近代経済学をかじって比較していたからでしょう。
 マルクスは『数学手稿』というノートを残していますが、これは出版するつもりだったのではなく、自分の勉強ノートでした。微分の意味が分からなかったというのはこの本を読んでもらえば分かります。マルクスは数学に強い好奇心があったようですが、センスはなかった。微分積分を利用しようにも微分の概念が理解できなかった、あの『数学手稿』は苦闘の跡を記したものです。微分積分学の確率は17世紀ですが、厳密になるのは19世紀で、数学者ではないマルクスは好奇心を抱いて勉強はしたようですが、微分の概念を理解できませんでした。
 あとの人たちがマルクスの遺稿をなんでもかでも出版してしまった。単なる学習ノートは選別して外すべきでした。遺稿を整理した人たちもまた数学の素養がなかった。泉下のマルクスは余計なことをしてくれたときっと思っています。
 まとめると、演繹的体系=経済モデルの構築に数学(ユークリッド『原論』)が利用できなかっただけでなく、微分積分学を利用できなかった。だから、方法論としてヘーゲル弁証法を使わざるをえなかった。
 『資本論』の後半部分に差し掛かって、いつまでたっても四則演算の羅列に辟易すると同時に、何かがおかしいと感じたのです。

 

 二番目はマルクスやレーニンは大学に職を得られなかったインテリでした。工場労働の経験も職人仕事の経験もありません。だから、共産主義社会の設計には大失敗しています。
 新しい経済社会のデザインにはインテリであることと同時に工場労働者や職人仕事の経験そして企業経営の経験があった方が断然有利なのです。マルクスもレーニンも毛沢東(地主の息子で師範学校卒)もインテリ、そして工場労働の経験も職人仕事の経験も企業経営の経験もなかった、だから、デザインできるわけもありません。理念のないでたらめなデザインの経済や企業運営とバランスをとるかのように労働者は労働強度を下げました、人間の性(さが)です。肉体労働したことのない人には思いもつかぬことでした。

 

 三番目。日本には創業200年を超える記号が1200社あるそうですが、これは世界中にある200年を超える企業の45-50%に相当します。お隣の人口13億人を有する中国はわずか7社だそうです。中国の授業の強い影響下にあった韓国はゼロではないかと思います。宗教と関係が深い。

 なぜ日本に創業200年超の企業が圧倒的に多いのかは直接的には経営哲学や商売道徳の高さにその理由を求めることができます。決して手を抜かぬ、正直が身上の職人仕事がベースにあったからこそ次のような倫理が育まれ、広く普及しました。

「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」

何より信用を大事にして暴利をむさぼりません。

 どういうことか例を挙げて説明しておきます。

 関東大震災の直前に東京木場でたまたまかなりの量の材木を買い付けた材木商が何人もいたでしょうね。地震後の復興需要で材木価格は暴騰し、大儲けしました。財産を増やす千載一遇のチャンスととらえたのでしょう。地震で家を失い、再建のために高い材木を買わざるを得なかった人たちがたくさん出ました。企業家としては経済合理性に則った判断でして何ら非難されるいわれのない行動です。しかし、これは浮利を追った典型例といえるでしょう。

 根室は空襲で一昼夜の間に500人が亡くなったと言われています。米軍機は市街地を包み込むように周囲の焼夷弾を落とし、それから中心部に落としていきました。機銃で市民を狙い撃ちにしました。火の輪の中の住民は袋のネズミです、だから被害が大きかった。生き残った人たちは火が回る前に何ももたずに郊外へ逃げた人たちです。「パンツの替もなかった、死んで焼け焦げた遺体を弥生町の海岸までリヤカーで何回も運んで海へ流すのを手伝った」そうおふくろが言っていました。弥生町の浜で小学生のころに遊んでいると、白い骨がいくつもみつかりました。そのときは不思議に思っていましたが人骨の破片だったのです。小さな浜に数百人の遺体を流せば、骨の破片は十数年間は浜辺の砂に交じってでてきます。

 空襲の混乱がおさまり、郊外へ逃げた人たちが戻って来ます。造り酒屋である「北の勝」碓氷勝三郎商店の米蔵は焼け残りました。酒造り用に配給されていた貴重な酒造米を炊き出しに使いました。そのおにぎりで飢えをしのいだ人がたくさんいたのではないでしょうか。空襲の年の1945年は「北の勝」の生産量が減少したでしょうね。「北の勝」の経営者は空襲という大災害にあたって私的な利益よりも公益を優先しました。「北の勝」はいまも根室市民に愛され続けているのはそういう精神が受け継がれているからというのはロマンチックにすぎますか?

 「浮利を追わない」これも商売の普遍的な倫理です。金のためなら何でもするというのでは長続きしません。碓氷商店は商売を広げるつもりがありません。地元の人々に愛されるメーカで十分なのです。「足るを知る」といってよいでしょう。もうずいぶん前のことですが、あるとき東京の三越デパートから、北海道物産展を開催するので出品依頼がありました。断ったそうです、社長じゃありませんよ、当時は番頭さんでもない、社員です。「すみませんがうちは直売していませんので卸問屋を通じて買ってください」とお願いしたそうです。小さな会社、個人商店(株式会社ではありません)ですが、社員は「うちの社長ならこう考えて、こういう返事の仕方をする」と確信をもって仕事しています。もちろん、三越の依頼を断った後で、社長の碓氷さんに報告はしたでしょう。社長が電話口に出てもたぶん同じことを言います。造り酒屋が直売を増やせば卸問屋の売上が減ります。直売のほうが利益は大きい、でもやらないのです。1月に発売する幻の酒「搾りたて」はネットでは1万円もしていますが、根室の小売店では2400円くらいです。売れることが分かっていても量は増やさない、値段も上げないのです。老舗とはそういうところが少なくないのではないでしょうか。
 「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」を是とすれば、お酒の消費者である根室住民が米軍機による空襲、住民のジェノサイドという史上最大の困難にあるのだから、私財をなげうつのは当然のことだという、レベルが一段高い倫理観で判断したということでしょう。

 経済成長がなければ経済の活性化はないと頑なに思い込んでいる政治家のみなさんはいま一度考え直してもいいのではありませんか?

 

 四番目です。日本には400万の企業があるそうです。その中で創業200年を超える企業はたったの1200社、でも世界のおおよそ半分弱の創業200年を超える企業が日本にあります。おどろきです。

 わたしが職人経済社会を提唱しているのは絵空事ではありません。現実に職人仕事をベースにして、「浮利を追わない」「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」の経営をしている日本企業はたくさんあります。
 根室の老舗である碓氷商店は創業140年です。あと60年後には創業200年超の企業の仲間入りをするでしょうね。そのころには3000社を超える企業が創業200年超企業の仲間入りを果たしているかもしれません。

 わたしが提唱する職人経済社会は現実にモデルがたくさんあるのですよ。だからわたしはのんびり構えていられます。みなさんが、気がついてくれるだけでいいのですから。
 マルクスやレーニンや毛沢東のようなインテリには無理でしたが、日本には創業200年を超えて現実に運営されているお手本がたくさんあります。あらためてゼロからデザインする必要がないのです。200年超の企業をベースにデザインすればいい。ハードルはマルクスの時代よりもずっと低くなっています。

 

 五番目です。職人仕事は世界中にあります。ドイツのマイスター制度が有名ですね。マイスターの社会的地位は大学教授と同等です。パン職人だって肉職人だって皮革職人だってそれぞれの国にいます。だから、職人仕事中心の経済社会は世界のすべての国々に普遍性をもつのです。

日本では職人仕事はあらゆる分野に細分化されて広がっています。それはこの国の文化そのもの、精神史の一部にもなっています。わたしは経営管理分野を中心に様々な部門で仕事してきましたが、どれも職人仕事だなという実感があります。システム開発も製薬メーカと検査試薬の共同開発をしている開発部の仕事とも、検査機器の購買の仕事も、検査機器の共同開発の仕事も、財務経理の仕事も、会社買収の仕事も、赤字子会社立て直しの仕事も、すべからく職人仕事でした。

 

六番目。経営哲学とか商売倫理と生産技術をセットで発展途上国へ移転すればいい。そうすれば、発展途上国は自立でき、グローバリズムはその根底から崩れ去り消滅します。自立型の経済が拡大していくので、貿易が縮小します。生産においては国際資本なんて必要がなくなります。地産地消があたりまえの社会です。

 七番目。資本規模が大きい企業や国際資本へは法人税を累進課税とすればいい。
 超巨大企業であるGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)のなかには、租税回避をして法人税を支払っていない企業があると聞きます。合法的に実質脱税行為をするなら、利益ではなくて資本規模で売上に累進税率で課税すべきです。

 

番目。たとえば、職人仕事のチャンピオンの一つである宮大工の仕事は機械では置き換えられないのです。機械は使いますよ、でも木の使い方が違うのです。木の癖、生育した場所、方角や日射などを考慮して適材適所に使います。そんなことは機械にはできません。法隆寺のように千年たっても形が崩れない建物は木の癖を見抜いて生かして使っているからです。法隆寺宮大工棟梁西岡常一とその弟子小川三夫『木のいのち木のこころ』に詳しい。

 

こういう仕事を残すこと、そしてそういう質の高い仕事に大枚をはたくスポンサーのいること、いい社会じゃありませんか?

 

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#3937 弊ブログが日本ブログ村「経済学」でNo.1 Feb.25, 2019 [つれづれなるままに…]

 弊ブログは日本ブログ村、カテゴリー「経済学」にエントリーしていますが、このカテゴリーでは初めてNo.1になりました。「経済学」は読者が少ないのでこういうことも起きるのでしょう。でもうれしい、地域ブログではなくて全国区でのNo.1ですから。普段は3位が定位置です。
 バナーをポチしてくれた読者のみなさんに感謝申し上げます。



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 ちなみに、ソネットブログの「blog」カテゴリーでは20-30位が定位置です。参加ブログ数は12126です。偏差値換算すると78くらいでしょうね。
 ソネット全体では500位の辺りをうろうろしています。参加ブログ総数の表示があればもっといいのに。

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#3936 様変わりしつつある根室の塾事情 Feb. 23, 2019  [55. さまざまな視点から教育を考える]

<最終更新情報>
2月25日朝8時半

 今年になってから、ニムオロ塾への問い合わせが増えています。折り込み広告をいれなくなってから4年目だと思いますが、2月に何件も問い合わせがあったことはありませんでした。今年は様子が違います。
 そして4月には高校生の比率が6割を超えそうです。なぜこんなことになっているのか分析してみます。

 いくつかの事情が関わっているように思うので、思いつくところを箇条書したら全体の構図が見えてきそうです。
1. 根室西高校が3月で閉校になるので、2年前から入試が根室高校1校体制になったこと。
2.学力データを無視して統廃合をしたために不具合が生じていること。
3.高校1校体制は入試競争を消滅させ、学力下位25%の低学力層のなかにまるっきり勉強しなくなった生徒が増えていること。
 ⇒学力上位層が危機感を感じている
4.スマホによる学習習慣の破壊
 ⇒最近10年間でスマホの普及が進み、生徒たちの生活習慣に大きな影響を与えていること。学習時間と読書時間が減少している。
5.学力基礎技能「読み・書き・計算」の格差拡大
 ⇒低学力層の学習量が激減。
6.塾ビジネス市場の縮小 
 ⇒根室で中高生の数がこの15年間で半分に減少して、市場が縮小した。
7.収容能力の減少 
 ⇒私塾市場が半分になったことで高校生対象の塾が3つから2つになった。

 これら7つの要因がからまって、中学生の通塾率が減少し、高校生の受け入れ許容量が減ったのではないだろうか。各論を展開してみたい。

 根室では高校入試が1校体制になって3年目であり、実質的なことを言えば高校入試がなくなったようなもの。出願状況をみると普通科は5人定員オーバーしていますが、私立高校受験で滑り止めに根室高校普通科を併願している生徒がいるので、落ちる生徒はいないでしょう。
 2月1日付の道教委のデータでは、根室高校の出願状況は次のようになっています。

 根室高校普通科 128(120)
     商業科  24(40)
     事務情報科 9(40)
                *(カッコ内は定員..)
 http://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/kki/H31henkogonemuro.pdf


  事務情報科はわずか9人の応募、すでに存在価値がありません。花咲線と同じで利用客がいなくなれば廃線の憂き目。
 こういう状況だから、中学生の通塾率が減少するのは当たり前、勉強しなくても根室高校へ入学できます。だから、成績下位25%層にまるっきり勉強しない生徒が増えてしまいました。そういう負のスパイラルが進行中なので中学校の学力テストの平均点が下がり続けています。3年生で五科目300点満点で平均点が100点を切ることがめずらしくなくなりました。
 根室高校普通科の生徒の半数の入学時の学力は間もなく閉校になる根室西高校レベルの学力ですが、根室高校普通科の教科書を使うので、落ちこぼれます。卒業するときには30人くらいは根室西高校生以下の学力となるでしょう。西高校は生徒の学力レベルに見合った教科書を採択していましたから、大半の生徒たちが高校3年間で学力を上げられました、いまそれができなくなっています。
 根室高校の先生たちたいへんですね、数学だけは学力別に5クラスに分けて授業をして、定期テストの問題も3種類用意しているようです。各クラス40%は共通問題、残りは学力別の問題にようやく落ち着きました。学力別編成にしている数学ですら落ち着くまで2年かかりました。他の科目は手の打ちようがないのではと危惧しています。
 1月の進研模試の数学平均点は20点ジャスト、百点満点ですよ、おそらく史上最低点を記録。他の科目は学力別編成にはなっていませんから、授業のピントをどの学力の生徒にあわせるのか、先生たちも悩んでいるでしょう。学力格差が大きすぎて教える方は当惑しているでしょうね。今年の7月の新入生の進研模試は平均点20点割れが危惧されます。進研模試は各科目百点満点のテストです。

 一方で、高校生対象の塾は根室市内に2つのみですから、中学生が減少して高校生が増えるということになっているのでしょう。中学生の通塾が減って高校生が増えるというのは自然な流れなんですね。
 ところが普通科の各学年に60名ほどいる低学力の高校生を受け入れられる塾がありません。ひとつは入塾試験を課していますから、希望しても無理でしょう。ニムオロ塾では下位25%層は1学年2名くらいしか受け入れられません。収容能力がないというのはそういうことです。根室高校普通科の低学力層は行き場がなくなっています。放置して困るのは地元企業と根室市です。多くは親に寄生し、地元企業で非正規雇用で働き、生活保護予備軍とならざるを得ません。こういう状態が10年、20年と続いたら重大な問題が起きます。


 個別指導をしているのと、週4日間だけの授業だから、ニムオロ塾で受け入れのできる生徒数は総数でおおよそ20人が限度です。
 スキルス胃癌と巨大胃癌の併発で、2006年に大きな手術をしているので体力に余裕がないのです。無理のない範囲でやってます。

 入塾後3か月は「仮登録」にしています。それまで部活三昧で本は読まぬ、スマホし放題、家庭学習習慣もない生徒の中には、塾へ通いだしても、まったく家で勉強して来ない生徒がいます。習慣の力というのはそれほど強いものなのです。部活が終わって家に帰りご飯を食べた後はスマホし放題。生活習慣が改まらなければ授業料をドブに捨てるようなもの。翌週教えるときには前の週にやったことが頭から消えています。3か月間様子を見て改まらないようなら、時間とお金の無駄だから、本気で勉強する気になったときにまた来てもらいます。

 ここからは根室の子どもたちの学力の現状について「読み・書き・計算」の3基本技能に絞って参考程度のことを書いておきます。
 「読み・書き・計算」の基本技能に関する速度格差はあんがい知られていません。読みの速度は1:5、書く速度は1:3、計算速度は1:30、一つのクラス内でビリとトップはこれくらい読み・書き・計算速度に差があります。もう少し具体的にいうと、30人のクラスで上位3人と下位8人の平均値を比べるとこれくらいの差があります。
 そこに目を向けた指導があると低学力の下位25%層の底上げができますが、とっても手間がかかります。
 この層の生徒は塾にはあまり来ません、数人だからなんとかやれてます。魔法はありませんからたくさんきたらアウトです。入塾制限せざるを得なくなります。

 ニムオロ塾は個別指導ですから、中学校の百点満点の学力テストで数学が20点前後の生徒も入塾してきます。正月に入塾した生徒がそうでしたが、2月の学力テストで68点をとってます。そのうちに8割を超えるでしょう。数学が好きになったと言ってますので、そろそろ嫌いな英語の指導に重点を移します。家で勉強して来ない生徒は点数が上がりません、この生徒は勉強するのが楽しくなり、家でもやっているのです。努力する者は偉い、そして勉強を楽しめるように変われる生徒はもっとえらい。
子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず(論語)
 1/10に入塾した中学生がいますが、負けん気が強い、四月の学力テストでは学年1番に躍り出ます。学力テストの数学の過去問を先週やっていましたが、95点でした。英語が苦手だというので、しばらく英語のほうに注力させます。この生徒は本気で勉強するタイプですから、英語の学力テストもすぐに90-100点をキープするようになります。
 高校生で進研模試で英数の偏差値が80を超える生徒もいます。全国偏差値で80は全国レベルで1000人中トップということです。
 ニムオロ塾で勉強している生徒の学力差は大きいですが、個別指導ですからそれぞれの学力に合わせて適切な指導をしています。同じ学年でも学力差が大きければ使う問題集が違います。簡単にいうと、道内No.1の進学校である札幌南高校の成績上位層の生徒たちと比べても遜色のない偏差値の生徒がいます。大学受験のために親元を離れて札幌の中学校や高校へ進学する意味はないのですよ


 国語の学力を伸ばしたい生徒や高速音読ができない生徒にトレーニングの機会を用意しています。月に2回「日本語音読トレーニング」授業(90分×2回)をやっています。これは希望者だけ、ボランティアですから授業料はいただきません。この音読授業に参加している二人の男子生徒が国語の学力テストで60点満点で57点と58点とってます。読むスキルを身につけた生徒は国語の学力テストの点数があがります。音読をスムースにやるには先読みしないといけないので、慣れてくると文意の理解が格段に深くなります。これも家で繰り返し読んでこないと効果はありません。塾に来ていれば成績が上がるというものではありません。成績は一定量のトレーニングを積んだ後で上がってきます。塾でやるだけでは足りませんから、家でも音読トレーニングをやるつもりがない人は参加を認めていません。

*https://www.msn.com/ja-jp/news/national/言ってはいけない%ef%bc%81「日本人の3分の1は日本語が読めない」/ar-BBTESsV?fbclid=IwAR1UhocKE-ZakgkjkL8j-IVZUwdcgDJdQJLB770v0x4cdgh0mQiI2dtqtC0#page=2


 残念ながら根室の中学生の成績下位25-30%は「教科書を独力で読んで理解すること=予習」ができません。国立情報学研究所の新井紀子教授(同社会共有知センター長)によればこれは根室の子どもたちだけの現象ではなく、全国的な傾向のようです。部活三昧、本も読まない、スマホし放題、家庭学習の習慣がなければどこに住んでいようがそうなりますよね。
 「治療」するのはたいへんです。生活習慣病ですから大人にタバコをやめさせるのと同じくらいたいへんです。勉強しないこと、本を読まないことが毎日繰り返されて
、習慣となっています。それが3年間も続くと性格にまでなってしまいます。性格や生活習慣を直すのは容易なことではありません。
 だから、そういう生徒が来たときには週に1回補習することがあります。生活習慣を変えるためです。そのために部活を週1日休まなければなりませんが、本人が部活担当の先生に自分から申し出るというルールを課しています。こういう生徒は生活習慣が変えられなければ学力は上がりません。補習はボランティアでやっているのですが、部活が大事で来ない生徒もいます。

 部活をやっていても、文武両道でしっかり勉強している生徒もいます。そういう生徒は部活を言い訳にして勉強の手を抜くようなことはしません。子育てをしっかりやればそういう子どもに育ちます。「子育て名人」と言ってよいくらいの人も根室には1割くらいいます。子育てはむずかしいので失敗する人もすくなくありません。根室は教育に関心のない親が多いので、家庭学習習慣のない生徒や本を読まない生徒の割合が、都会に比べてとても多いのです。健全な家庭学習習慣や読書習慣の躾は中学生になるとなかなか成功しません。自我が育ってしまっているので、親の言うことも先生の言うことも素直に聞けなくなっているからです。
 小学校に入学するときにすでに大きな学力格差があります。ひらがな、カタカナの読み書き、足し算くらいは都会の親たちは小学校入学前に自分で教えています。子育てに時間と手間をかけているんです。就学前の家庭教育に手間と時間をかけましょう。

 ニムオロ塾にはルールがあります。決められた曜日に来られなかった生徒、あるいは部活や病気で休んだときには他の曜日に振り替えます。振り替えても来ないことが度重なると休塾勧告します。
 来たり来なかったりでは成績が上がりませんので、塾へ通う意味がないからです。お互いに時間の無駄。
 44年前のことですが、大学院生の時に3年間東京渋谷駅前の進学教室で教えたことがありますが、無断欠席とか来たり来なかったりというような生徒は一人もいませんでした、根室ではときどきそういう生徒がいて対応に苦慮してます。(笑)
 親も子どもも甘いんです。


<余談:学力格差の拡大>
 学習量=「読み・書き・計算」速度×思考速度×時間

 この等式の意味するところは、3基本技能の速度が標準の2倍あれば、3時間の勉強時間で標準的な生徒の6時間分の勉強量を確保できるということです。これら3基本技能速度が標準よりも大きければ、思考速度も大きくなる傾向があるので、3時間で他の人の9時間分の勉強量を確保できます。「読み・書き・計算」3基本技能と思考速度の大きい生徒は勉強量が大きくなるので、ますます学力格差が開いていくことになります


<雑談:都会の事情>
 44年前に教えていた東京渋谷駅前の進学教室の授業料は3万円、個別指導の草分けの塾でした。先生は学卒は東大、東京教育大、慶応大、早大率の4校のみ、それ以外は院生でした。1975年の大学の初任給は89300円ですから、いま20万円とすると現在価値に直すと授業料は6.7万円です。都会の塾の授業料ってとっても高いですね。渋谷駅前は場所代も高いですから。それでも生徒はいくらでも集まるんです。いい大学へ入れたい親、いい大学へ進学したい生徒が多い。学歴で就職先がまるでちがいます、キャリア官僚、一部上場企業の本社エリート社員、さまざまな研究所の職員…そういう現実を親も子どもも日々見ています。

 極端な例をひとつ例を挙げます。東京都八王子市には30を超える大学キャンパスがあり、街の中には学生がうようよしています。どこを歩いても若い人たちが多いことに驚きます。町の活性化とは若い人の人口割合と強い相関関係がありそうです。
 安い居酒屋は大学生で混雑していてうるさいので、おじさんたちはすこし値段の高いお店を利用します。八王子市民は毎日たくさんの大学生を目にしています。八王子東高校がこの地域のNo.1の都立進学校です。毎年東大に10名前後合格していましたが、2018年は東大合格ゼロ、様変わりしましたね。学区の縛りがなくなり都立日比谷が復活したので、東京で東大進学予定の生徒たちはそちらに流れているのかもしれません。
 中学生は高校入試でそれぞれの学校の学力レベルを知るわけです。自分の同級生がそれぞれの偏差値の都立高校や私立の有名大学附属高校へばらけますから、大学を卒業してどういうところへ就職しているかも主だったところは承知しています。教育熱が高くなるわけです。
 根室の町には大学がありません、一部上場企業の本社もありません、キャリア官僚もいません、だから高学歴のエリートがどういう生活をしているのか自分の眼で見る機会さえありません。教育や学歴に対するニーズが小さいのはそういう現実の影響も大きい。
*八王子にキャンパスのある大学一覧 
https://www.navitime.co.jp/category/0504004/13201/
**都立八王子東高校進路実績
http://www.hachiojihigashi-h.metro.tokyo.jp/hachihigaHP/pdf/shinro/18-shinrojisseki.pdf


 年々体力の衰えを感じています。2月はとくに体力の落ちる月でして風邪をひくとこじらせせます。20代のころの東京の大気汚染の影響で肺の機能が弱っていて、空気の温度が変化しただけで咳が出ることがあります。あと何年やれるかわかりませんが、ここはわたしのふるさとですから、まだしばらくがんばります。高校生対象の塾は二つは欲しいですね。個性的な塾がふたつあれば選べます。

 高校卒業の18歳まで根室で育ち、そのご東京暮らしが35年間、そして戻ってきて17年目、根室と取京暮らしがそれぞれ35年間という節目の年になりました。

 生きて仕事して、人様のお役にすこしでもたてるっちゅうのはこのうえない幸せよのう。天と地と来てくれる生徒と通わせてくれている保護者のみなさんに日々感謝せんといかんのう。
 ありがとう。
 

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#3935 繰り返し起きている胆振中東部地震 Feb. 22, 2019 [12. 自然災害への備え]

 胆振中東部を震源とする地震がまた起きた。9/6以来何度起きたのかわからないくらいだ。
 
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 21日21時22分頃、北海道で胆振地方中東部を震源とする地震が発生した。最大震度は厚真町の6弱で、同町は昨年9月に発生した北海道胆振東部地震で震度7を記録しており、同日付「北海道新聞電子版」は「胆振東部地震の最大クラスの余震と考えられる」と伝えている。...

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2019/02/post_26804.html
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  仕事が終わってテレビを見て、食事し始めたときにNHKで地震警戒速報がはいったが、一向に揺れてこない。マグニチュードが小さいのか、根室は震度ゼロだった。全道ブラックアウトを起こした前回とは大違いである。
 苫小牧の海底で行われているCCS(二酸化炭素の海底への高圧埋設)実証実験との関連が疑われている。予定は今年度3月末までになっているが、9/6以来の地震頻発で批判を気にしてか中止されたと聞いた。中止の日がいつなのかは知らないし、中止されたままになっているのか、それとも再開されたのかもわからない。
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日本CCS調査株式会社のホームページによれば2/19に再開されている。「鯰」さんというハンドルネームの方が投稿してくれた。ネットで石田博士のブログを調べたら12月下旬に圧入が再開されてその後中止、そして2/19に再開という流れである。(2/24追記)
http://www.japanccs.com/news/20190220atuny

 さらに調べたら、次のようになっていた。*2/25追記
●12/27圧入再開
●2/8停止、点検
●2/19圧入再開
●2/21地震発生
*日本CCSの調査株式会社ニュースより
http://www.japanccs.com/news/
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 中止されていたら、苫小牧中東部を震源とする地震は起きないはずだが、起きているということは、中止されなかったか、再開されたのか、それとも地震爆発説ではカバーしきれない現象ということになる。
 次の被害を小さくできる大事なポイントだから、政府は正確な情報を出してほしい。
 CCSで地震が引き起こされたことが判明すると巨額の損害賠償訴訟となるから政府は情報を出せないか?こういう時にこそ、国民の生命と財産を守るために情報をだしてもらいたい。それが健全な保守主義というものだろう。

*CCS講演会
https://l.facebook.com/l.php?u=http%3A%2F%2Fwww.city.tomakomai.hokkaido.jp%2Fkigyoritchi%2Foshirase%2F20190309CCS.html%3Ffbclid%3DIwAR1zGTmFUK8YtHtQqnI4mwEW5-ePHYkDt4oUgUvY4GorP5XnFXvvqhZCjxc&h=AT2bRvd8KtPmssZj4RG48th_KUTcpV-777DN-K97N95qxqO57H6mnkOxQ2IxanYYzrptEdaSnPynF7FhZTD5EKpkjzyu-AxzNAFctCwTmuNJ6Y-qQ6VDahcu09Ud26lQnsIg

*#3817 根室もようやく電気がつきました:満天の星、きれいだった Sep. 7, 2018
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-09-07

*北海道胆振東部地震:https://www.msn.com/ja-jp/news/hokkaidoquake?ocid=spartandhp

*#3826 地震はなぜ起きるのか:地震は爆発現象であるという説 Sep. 23、2018
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-09-23



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#3934 釧路/根室でいずれ起きる上場企業の出現:大きな流れを読む Feb. 19, 2019 [11. 中小企業家育成コラム]

<最終更新情報>
 2/20 夜11時

 弊ブログを書き始めてからすでに12年が過ぎたが、繰り返し、この地から上場企業を生み出すことが地域経済の閉塞状況を打破するために必要だと説いてきた。それぞれステージと業種の異なる3社の株式上場に社員として仕事でかかわった経験からの言である。

 釧路と根室の企業はこれから人材確保で苦労することになる。都会の標準とはまるでかけ離れた閉鎖的な経営の会社が多いからだ。優良な会社になっていい人材を採用するには、地元企業が自ら経営改革をしなければならない。そうしたときに上場基準をクリアすることが一つの基準となるだろう。
 いつまでも閉鎖的で、社長一族だけがおいしい思いをしているような企業は人材確保ができなくなって行き詰まる。だから、生き残るためには経営改革が必須の時代になってきた、少子高齢化が釧路と根室の企業に経営改革を迫ることになる。道内のほかの地域だって同じだ。
 だから、オープン経営へ舵を切れなんてもう言う必要がなくなった。舵を切らない企業は優良な人材確保ができずに勝手に沈んでしまう。経営改革できた会社が永続する。凡庸な経営者ではやっていけない冬の時代へ季節が変わりつつある。

 実際の上場準備作業に入るにはメインバンクには当然話がいく、話を聞いて具体的な段取りを説明することができなければ、メインバンクを変えなければならない。段取りの概要説明を聞いたら、幹事証券会社を決める、幹事証券から担当者が派遣されてきて、プロジェクトが立ち上がり、上場要件に合わせて社内の制度改革がスタートする。地元金融機関は証券会社とお付き合いしていたほうがいい。
 地元金融機関の役割が大きく変化するのではないだろうか。いままでやったことがない株式上場アシストという営業戦略がビジネスの柱になり、ビジネスチャンスがうまれるということ。既存顧客の株式公開を手伝うことで、株式上場を果たして事業をスケールアップしてくれたら、優良な新規顧客の開拓の十倍の効果がある。
 取引先企業の株式上場を支援し、増資と借入をバランスよくやってもらえば、預金獲得と融資の両方でビジネスが拡大できる。株式上場をすれば、その企業は数十億円のお金を手にできる。個人の預金獲得ではたかが知れているが、法人相手の大型の預金獲得ができる。大手都市銀行のやっていた営業戦略である。

 株式上場と言っても、特別なことをするわけではない。会社決算を社員へ公表する、内部統制を明確にする、品質管理部門を工場から独立した本社直轄部門とする、社内諸規程を整備する、予算制度を整備しその精度を上げる、そういう経営の仕組みづくりで基本的なことを徹底的にやるだけ

 地域経済の大きな変化は1社が株式上場したそのあとに起きる。上場する企業だけではおさまらない、規模の小さい企業でも上場企業並みのオープン経営に切り換えられたら、都会へ進学した若者たちが、地元の優良企業へ就職したくて戻ってくる。地元に上場企業があれば、それを自分の目で見て経営スタイルの真似もできる。真似ているうちにいつかそれは本物へと変わる。上場企業が地元に一社出現すれば、それは富士山のようなもので、すそ野にそういう可能性をもった小さな会社の群れができるということ。地域経済の活性化にとてつもない大きな影響が及ぶことになる。教育への関心も自然に高くなる。市民の意識が根っこのところから変わるからだ。

 わたしのいた会社SRLでは、東証一部上場したとたんに社員募集への応募が1万人に跳ね上がった。その年の採用はたったの20人だった。会社の知名度も信用度も飛躍的に上がり、とくに人材募集に関しては事情を劇的に変えてしまう

 12年前に根室の経営者たちに先見の明があり、時代の変化の兆しに気がついて取り組んでいたら、もう根室で上場企業が姿を現していただろうオーナは数十億円の自社株をもち、従業員持ち株会で、従業員たちの持ち株も高い評価額になる、そういう企業を根室市民が自分の目で見ていただろう。残念ながら、オール根室のメンバーは補助金や「ふるさと納税」が大好きで、自助努力が嫌い。楽をして経営改革を怠っていたらろくなことにならない。閉鎖的な経営に閉じこもり、頑迷固陋、時代の先が読めなければ、時代の変化についていけない時が来る。
 先を見る目があれば自滅する前に経営改革できる。地元に上場企業がないので自分の目で見たことがない。20年ほど前の時点でもSRLでは古い社員なら管理職でなくても5000万円ぐらい自社株を保有している人がざらにいた。多い人で課長職で3億円というのがいた。
 時代の先を見る目があったら、未来を手元へ手繰り寄せることができる。目がなければ、30年かかってしまうか間に合わずに自滅していく。

 my company から our company へいずれ、この地にも上場企業は誕生する、それはそういうニーズが優良な人材確保という一点から大きくなっているからだ釧路・根室管内で上場企業が出現すれば、経営改革しない閉鎖的な企業へにとっては弔いの鐘となるだろう。優良な人材は地元の上場企業へと流れる、この流れはとても強いから、ほかの企業はますます人材確保が厳しいものになる。
 上場企業の本社が釧路あるいは根室にあれば、上場企業の社員がどういうものが実例を日常生活で見聞きすることになる。年収、退職金制度、予算制度やボーナスの違いも目の当たりにする。小学生だってそういう企業に勤める家の子と付き合いが始まる。目の接触が始まる。実際に自分の目でみたら考えや意識が変わるだろう。実例が一つ二つと増えていけばいい。上場企業の出現によって地域社会構成メンバーの意識が根底から変わる


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#3933 所得税申告、納付 Feb.18,2019 [つれづれなるままに…]

 朝9時前に根室税務署へ行ってきた。相談室のほうは満席だったが、申告書提出・所得税納付窓口は二つともだれもいない。前に立つと気がついた職員が来た。提出書類を調べてから、「青色申告決算書はお持ちでないのですか?」と訊く。EXCELで作成したシートが挟んであるので、「その中にありますよ」と告げた。税務署所定の用紙を出してきてこれでないといけないようなことを言う。毎年受け取ってもらっているというと、「そうですか」とようやく受け取ってくれた。「(決算書で)わからないところがあれば電話します」と言われた。
 確定決算書に決まった様式なぞない、正規の簿記の原則に従って作成された決算書というのが青色申告確定決算書の要件である。田舎の税務署で、上場企業で経理部門の管理職経験のある老人が個人事業の決算書類を出すなんてことはなかろうから、EXCELでつくられた簡素な決算書を見て、作成は大丈夫かと不審に思ったのだろう。

 すべては根室高校生徒会会計から始まった。帳簿をつけて決算書類を作る。予算編成も2年生の時から3年生の部長と副部長を生徒会室へ順に読んで折衝して生徒会全体の予算を決めていた。上場企業の経理部門ではそれが大掛かりになるだけのこと。1年上の商業科のF先輩が副会長をしていて、普通科のH谷副会長と二人そろって応援演説をやるから、次の会長はお前がやれと命令された。否やはないので、生徒会顧問に生徒会会長に立候補する旨告げたら、数日後に校長がノーだという。生徒会会計をやっているからダメという変な理屈だった。生徒会顧問の先生は困った顔、板挟みである。丸坊主の校則改正をしていたし、共産党青年組織のメンバーとも総番長とも仲が良かったので校長からも公安からも危険人物視されていた。妙な立ち位置だったが成績が群を抜いてよかったので、味方をする先生もすくなくなかった。やれば大ごとになるが自分の意志は通る。でも、生徒会顧問の先生の表情を見てやめた、気の毒だった。「説得もできないのか」と校長に叱られる。屁理屈で説得できる相手でないことは生徒会顧問自身がよくわかっていた。三人の顧問がいたはずだが、どなたに言われたか記憶にない。郷土史研究会のY田先生もそのお一人だったが彼ではない。校長のかばん持ちだったK林先生は生徒会顧問ではなかっただろう。その先生が言いに来ていたら、潰しただろう。
 二人の副会長には事情を話して会長候補から降りることを了解してもらい、代わりにH勢を副会長にしたいので応援演説してくれと頼んだ。H勢は昆布漁師の息子で、夏から秋にかけては家業を手伝いながら勉強していた。人物も穏やか、能力も高かったから、ひのき舞台に押し出してどう変貌するか見たかった。
 生徒会長職にこだわりはなかった、校則改正の一件で生徒会会計でも生徒会を自由に動かせることを知ったからだろう。当時の生徒会会計は指名制だった。現職が後任を指名できた。同期の生徒会役員の中では一番古い、2年半やらしてもらった。もちろん最後の1年間は実務をやるのは指名した後輩である。生徒会会長候補を降りたので、生徒会会長は友人のH作になった。オサムはいまでも友人、好い奴だ。経緯を知らなかったから、なんで生徒会が会計を中心に動くのか理解できなかっただろう。実際には生徒会長の上に会計が君臨していた。しかたがなかった。男子丸刈り坊主頭の校則改正は会長と副会長の三人の先輩たちが私の提案を認め、言い出しっぺのお前がやれということで仕事を任せてくれた。保護者へのアンケートから全校集会まで校則改正の仕事をデザインしてやり遂げた。修学旅行の3か月前に予定通りに改正案を通し、長髪にして東京・京都を闊歩した。改選前からの役員たちがわたしのリーダシップを認めていたから、何か事があると生徒会はわたしの意思で動かせた。あの時代は大きな問題がいくつも起きた、そういう時代だった。2年後に荒れ狂う大学紛争の序盤戦を闘っていたようなもの。

 H勢は優秀な男だったが簿記は3年間わたしの後塵を拝していた。1年生の時に同じクラスだった。全科目合計点でも一度も負けなし。2番手でもどれくらい有能かというと、短大卒業の20歳で税理士試験に合格して、それ以来東京有楽町でずっと税理士事務所をやっている。優秀な奴が友人として同じクラスにいたのは幸いだった。
 F先輩は、もう10年前に室蘭税務署長を最後に退職して岩見沢で税理士をやっている。優秀な先輩だったから、高卒で税務署長になれた。税務署から推薦されたのか東京の税務大学校へ通ってたことがあった。先輩二人からは弟を意味する「オンチャ」と呼ばれていた。50歳くらいになってからFさんが東京へ遊びに来たことがある。何年たっても呼び方は「オンチャ」である。生徒会会計の先輩だったN野さんも来て、F先輩が根室から届いたばかりの秋刀魚を捌いて刺身にしてくれて一緒に食べた。50歳くらいで副所長になると、国税庁からキャリアが2年くらいの期間税務署長で赴任してくる。50歳の副所長は顎でこき使われる、そういう世界だ。ちょっとの間我慢してなくてはならない。なかなかたいへんな仕事だと思った。
 F先輩は50代後半に腎臓病を患い、いまも週に2回人工透析をしている。奥様の介護もしていると年賀状にあった。老老介護が周りに増えている。
 同級生にも癌仲間が増えている。同期の友人の一人は数年前に手術したメラノーマが肺転移して、内視鏡で手術、いまオプジーボで治療中だ。来週には北大病院から退院してくる。もうひとり仲のよい同級生が、慢性骨髄性白血病だと新年会で告白、発症はしていないが、5年以内には発症する可能性があると主治医に告げられている。抗がん剤治療は辛い。なんだか、湿っぽい話になったので、これくらいにしておこう。

 申告書提出と同時に所得税も納付した。2万円でお釣りがきた、食べるもの以外にはほとんど買うものがない老人には十分な所得だが、根室の学習塾は若い人が担うビジネスとしてはもう成り立たない。進研模試数学で偏差値50を超える生徒が学年に3人しかいないのでは、ニーズがない。
 都会から高学歴の根室人が戻ってきて年金収入で10年くらい学習塾をやってもらいたい。難関大学志望の高校生に数学と英語両科目の指導ができる人が必要だ。ふるさとの子どもたちを育てて、恩返ししてもいいではないか。欲の塊の「ふるさと納税」よりはほっぽどスマートだ。



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#3932 看護学校と理学療法士の専門学校受験の生徒 Feb. 17, 2018 [60. 進路]

 昨日、看護学校を受験した生徒が報告に来た。合格通知書を持参して見せてくれた。お母さんがとっても嬉しそうな、そして誇らしそうな顔をしていた。よかったと思う。

 この生徒は昨年4月に入塾した。めずらしく自分で入塾の申し込み電話をしてきた生徒である。当初は医療法人孝仁会の付属看護学校へ学校推薦でいくつもりだったから、内申点をアップしたいと言っていた。
 孝仁会は授業料が高い、3年間で430万ほどかかるが、釧路市立病院付属看護学校は140万円台であった。3か月くらい様子を見たところで、授業料の違いを告げ、「釧路市立病院付属看護学校は孝仁会より難易度が高いが、まだ間に合うし、孝仁会なら君の現在の努力を続ければ一般入試で確実に合格できるが、どうする?」と訊いた。そうして第一志望が釧路市立病院付属看護学校へ変わった。
 そこからさらに勉強に力がはいったことはいうまでもない。教えているときに学力の上がってくる手ごたえを感じた。嫌いな英語もやるようになった。やればわかるようになってくるから、英語の勉強も楽しいものに変わった。長文問題はときどき内容が優れたものが使われているので、情報としても面白いのである。

 受験した3校は全部合格通知をもらうことができた、たいした生徒である。1年間で自分の進路は自分の努力で切り拓くことを学んだ。塾の指導はそこが目標である。この生徒は根室太鼓のメンバーである。受験勉強真っ盛りの時にも太鼓を叩いていた。根室印刷の太鼓名人のS藤さんのように、根室の伝統文化の伝承にも貢献してくれるだろう。市立根室の若い看護師には吹奏楽部の経験者が複数いるが、女子だけの市民バンドを結成しないのだろうか。社会人になっても楽器に触れていたいと言っていた。”ザ・ナースバンド”、はじけてみたらいい。患者さんにも受けそうだ。(笑)

 思い出した、看護師が充足できたら、根室市立病院は新卒の看護師を雇えなくなることが予想される。そうした事態になったら奨学金の返済義務だけが生ずると説明しているようだが、市側の都合によるのだから、半額免除ぐらいはすべきだろう。そうでないと安心して奨学金を借りられない。利用する側のことも考えて、奨学金に関する市条例を変更するぐらいの対応をしたほうがいい。これは市長と市議会の仕事である。

 高校生になったら、通塾は自分の意志で決めるべきだ。「自分で決めて門をたたく生徒」は覚悟が違う。

<理学療法士の専門学校へ進学が決まった生徒>
 高2の時に部活で剥離骨折をして入院・手術・リハビリ、それをきっかけに理学療法士になりたいと言った生徒がいる。不幸中の幸い、何がきっかけで進路が決まるかわからぬものだ。こころがそこにストンと落ちると一度決めた進路はブレなかった。高3の11月になってから、専門学校ではなくて弘前大学の受験を高校の進路指導部の先生から勧められた。学卒の理学療法士のほうが社会にでたら評価が高いのはあたりまえだから、一も二もなく賛成した。成績が上がってきてから震度指導の先生はチャレンジさせようと思ったのだろう。いい指導だと感じた、生徒を成長させようという配慮が見えたのである。残念ながらセンター試験の結果が目標点に届かなかった。いいペースで勉強していたが、2か月半では時間が足りなかったか。専門学校へ進学を決めてお母さんと一緒に先週あいさつに来た。2か
 月半一生懸命勉強したことは理学療法士の国家試験受験に役立つだろう。転んでもタダでは起きるな。
 この生徒はずっとサッカー部だった、中学生の時はほとんど勉強に熱が入らなかったが、高校へ入学すると変わった。文武両道になった。クラスの人気者で、学校祭のパフォーマンスでは毎年主役をやっていた。人望があるんだなと遠くから眺めて生徒の意外な一面を見つけた。

<2月に入塾した負けん気の強い中1>
 中1でやはり自分で門をたたいて2月に入塾した生徒がいる。雪かきしていたら、二人並んで道路の向こう側から声をかけてきた。基礎的技能のレベルを測定するために北海道新聞「卓上四季」の視写をほかの生徒にやらせたら、自分もやってみたいというのでやらせたら7分切った、分速82.5文字、いままで最高速記録だ。どうやらなかなかの負けず嫌い、闘志満々の生徒。一度もなれなかった学年トップへ4月の学力テストでいきなり躍り出るだろう。この生徒は4月から中学校では負けなしになりそう、どこまで伸びるかたのしみ。私大医学部ならいまからでも狙える生徒かもしれない。首都圏の医学部受験の生徒たちは4年生から受験勉強スタートだから、4年の遅れである。さて、どこまで頑張れるかは本人次第。

<英語嫌いの高1男子2人:勉強はやり方次第>
 他に、高校1年生の英語嫌いの男子二人が、英語の点数を上げたいと申し出てきているので、今週の学年末テストが終わり次第、特別メニューで教えることになる。数学だけでなく、3科目合計点でも進研模試の学年順位10番以内に4人全員が入ってほしい。数学のできる男子生徒は英語が苦手の場合が多い。そういう生徒でも半年で進研模試の偏差値60は十分狙える。勉強はやり方次第、そして勉強のやり方を指導するのが塾の先生の役割だ。勉強のやり方を指導しながら人を育てているつもり。生徒がどのように感じているかはまた別の問題だ。(笑)

 塾の先生によって指導のしかたはまるで違う、それぞれがベストと思う方法で教えているから、自分に適した先生を選んで学んだらいい。授業を受けて、指導方針を訊いてみたらいい
 高校生を教えられる塾がもうひとつほしい。二つでは選択の幅が狭い。でも、進研模試で三科目偏差値が50を超えられる生徒が1学年数人、しかも年々減少しつつあるのでは、ビジネスとしては成り立たない。十数年後にはゼロとなるだろう。
 わたしのところはそんなにやるつもりはないしやれもしない。あと数年がんばれたらすばらしい。体力の限界を感じたらそれまで、東京で孫と遊ぶつもりだ。そのために東京の家はそのままにしてある。やめたときに東京へ戻る体力がなければ古里の土になればいい。叱られそうだ。子どもを都会へ出した親たちとちょうど逆の立場であるが、悩みは同じだ。子どもは東京生まれで東京育ち、親のわたしが古里へ戻ってきたのだから。



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#3931 高校1年生「1月進研模試」数学の結果 Feb. 15, 2019 [データに基づく教育論議]

 1月進研模試の結果が今日公表されました。ニムオロ塾の高校1年生男子は4人だけです。4人全員が学年10番以内でした。よくがんばっています。3人は5番以内。1・3・4番でした。高校生になってから入塾した生徒だけが9番、最近はよく勉強するようになりましたので今後の伸びに期待しています。本人の希望があるので、学年末テストが終わったら英語の特訓をします。4番だった生徒も英語は惨憺たる得点でしたから、英語の勉強はじめると言ってました。
 成績が上がってきたときがチャンスです。男子は英語が嫌いな生徒が多く、いやいややらせても効果が小さいし、勉強の楽しさがどんどん遠のいてしまうので、機が熟すまで待ちます。数学の点数が上がり、勉強の面白さを体感し始めたときがチャンスです。そういう機をとらえて、「英語を偏差値60以上にもっていく方法があるが、やるか?」「やりきったら3科目合計点で全国偏差値55-60、学内5番以内に入れるだろうよ」、そう告げます。結構しんどいトレーニングなので、苦手の英語の勉強を始めるには強い動機が必要なんです。

 鉄は熱いうちに打て! 

 「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」、勉強は基本的に自主的にやるものであり、自主的にやるときに楽しさが見えてくると思えます。苦手だからと、無理やりやらされたのでは、ますますいやになりそうだから。

 1位の生徒は前回と同じ得点で95点(全国偏差値86.5)でした。この生徒には進研模試の問題は難易度が低すぎるようです。代ゼミか駿台模試受験を薦めています。2位の生徒と30点以上離れています。
 4位以下は50点未満ですから、普通科の生徒たちの数学の平均的な学力はたいへん低いのです。全国平均値を上回ったのはたった3人ですから、120人中117人が全国平均以下です。
 これが高校統廃合後の根室高校生の数学の学力の実態です。学力テストデータや進研模試のテストデータすらみないで、能天気な高校統廃合をした結果です。高校の教頭と中学校の校長が検討委員会に加わってました。一般市民参加は拒否、閉鎖的な委員会方式はいつも問題を大きくしてしまいます。

<根室高校から国公立大医学部への進学は可能か?>
 国数英の3科目合計点では234点(全国偏差値77.7)が最高です。札医大が合格圏内となったようですが、進研模試の上の方の偏差値は当てにならないのです。首都圏の私立の進学校、つまり成績上位層が受験してません。駿台模試や医学部志望者がたくさん受験してますし問題の難易度も高いので偏差値と進学先の判定に信頼がもてます。学内2位は211点です。三科目合計点は順位の上位の生徒だけ根室高校で公表されます。

 全国のお医者さん、根室へ子どもを連れて赴任してきても子どもの教育は大丈夫ですよ。根室高校での成績上位層数人は国公立医学部へ進学可能です。

 首都圏の子どもたちのように小4からスタートさせたら、医学部受験が可能な生徒は毎年3人くらいいます。もちろん、医学部でなくて他の学部でもいいのですが… 1位の生徒は小5の1月から塾で個別指導していますから、首都圏の標準コースよりも1年9か月スタートが遅れました。そういうハンディがあっても本人の努力次第で追いつける場合もあります。4年スタートだと毎年3人はそういう生徒を育てられます。

 極東の町根室は首都圏からはるか遠くの田舎です。市長も教育長も教育委員会もなぜか生徒の学力に関心が薄い、一生懸命に勉強した経験がないから、学力向上へ共感がもてないのかもしれません。そして年がら年中「市立根室病院へ常勤医が足りない」と右往左往しています。
 人材はいるのですよ、育てそこなっているだけ、もったいない話です。看護学校へ進学する生徒に毎月10万円奨学金を出すようになってから、市立根室病院の正看護師不足は解消しました。戦略をもって10年単位で努力すればできることはたくさんあります。戦略なしだからじり貧になる。北方領土返還もそうした問題の一つです。
 たとえば、根室で医院を開業するのにⅠ億円、補助金を交付してやったらいい。市役所のホームページで公示して5年くらい様子を見たらいいのです。そういう情報を求めているドクターはいますよ。「親が開業医でないので、医院を開設する資金がが足りない、どっかだしてくれないかな?」ってね。道内のある町で開業資金を5000万円出した例を知っています。医療機器は高いので、自分の専門に合わせて必要な最小限の機器を揃えるだけでもたいへんなのです。この町には循環器のクリニックがないので、循環器専門医へ呼びかければいい。市役所の掲示板へ表示するだけですからお金はかかりません。道新と全国紙の記者に記事にしてもらえばいい。全国初事例となるのでニュースの価値はあります。市役所で広報を担当している人は、道新記者だけでなく、全国紙の記者さんたちとも普段からお付き合いしておくべきですね。全員大卒ですから、お付き合いいただくにはそれなりの知識や教養が必要です。中身の薄い奴と思われたら、長続きしません。(笑)



<余談:甘ったれの構造>
 中学校の数学授業の進捗管理の悪いクラスの数学の平均点は下がります。中2で来週から「確率の章」に入る学校が私の知る限りで2校あります。2月からは年間の総復習をしなければならない時期です。この2校の2年生は総復習なんて出来っこありません。1校は3年生のほうの進捗管理はみごとにやってました。なかなかむずかしいのですね。ひょっとして担当の先生が違うのかも。
 確率は高校の範囲まで踏み込んで教えてもらいたい。そうでないと理解できません。nPrやnCr,そしてn!などは教えてやってください。成績上位層の生徒はすんなり吸収します。
 じつは定期テストの直前に「単元テスト」をやり、定期テストで準拠問題集の問題丸写しで出題する例が多いのですこれでは生徒たちに学力がつくわけがありません答えを覚えているだけで点数をとれるので、定期テストと学力テストには平均点の差が15点もあるのがあたりまえになっていますそういう仕組みが生徒の学力を低下させています。甘やかされたように生徒は育っています。先生自身が自分を甘やかしているのだろうと思います。

 今回の模試で数学の偏差値が50を超えたのは、高校生になっても塾に通っている生徒だけでした。とっても残念です。中学校と高校の数学のふだんの授業のレベルを上げてもらいたい、お願いですから手を抜かないでほしい。
 こんなことをしていたら、子どもの教育に熱心な人は家族を連れて根室へ赴任するのを嫌がります。移住促進なんて夢の夢です。


https://www.msn.com/ja-jp/news/national/言ってはいけない%ef%bc%81「日本人の3分の1は日本語が読めない」/ar-BBTESsV#page=2

 同じ記事に注目してURLとその内容を箇条書にまとめて尾渡さんが投稿してくれましたので、本欄へ張り付けます。2月17日朝8:23
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言ってはいけない!「日本人の3分の1は日本語が読めない」
「国際成人力調査」の結果概要
(1)日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。

(2)日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。

(3)パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。

(4)65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190216-00010714-bunshun-soci&p=1


by 尾渡 (2019-02-17 00:51)
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#3930 市倉宏祐著『特攻の記録 縁路面に座って』p.228~233 Feb. 14, 2019 [0. 特攻の記録 縁路面に座って]

本欄の左にあるカテゴリー・リストにある「0. 特攻の記録 縁路面に座って」を左クリックすれば、このシリーズ記事が並んで表示されます。
(アンダーラインはebisuが引きました)

 これが最終回になります。

 先の大戦に関係があるので、弊ブログ「#3929 VENONA文書と北方領土:四島一括返還の戦略 Feb. 13, 2019もお読みください。米国の公文書が公開されて、大東亜戦争に関する驚愕の事実が明らかになっています。ソ連と中国共産党が米国政府内部にスパイを多数送り込んでルーズベルト大統領を操って日米開戦に追い込みました。ソ連と中国共産党の領土拡張のための長期戦略には舌を巻きます。真の敵はソ連と中国共産党だったのです。日本は孤立していました。米国の保守主義者たちと共同戦線を構築できる人材があれば結果は大きく違っていました。この状況は今も変わっていません。だから危うい。
 特攻隊攻撃をせざるを得なくなるような局面に追い込まれぬために、日本には長期的な国家戦略構想を立案し、それを着実に実行する人材と仕組みが必要です。
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2019-02-12-1
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   特攻隊についての参考文献

  生田惇『陸軍航空特別攻撃隊史』ビジネス社 一九七七年
  「一旒会特別会報」刊行委員会発行編集『一旒会の仲間たち』  一九九〇年
 岩井忠正・岩井忠熊『特攻自殺兵器となった学徒兵兄弟の証言』新日本出版社 二〇〇二年
 生出寿『一筆啓上瀬島中佐殿 無反省の特攻美化慰霊祭』徳間文庫 一九九八年
 奥宮正武『海軍特別攻撃隊ー特攻と日本人』朝日ソノラマ 一九八〇年
 小沢郁郎『つらい真実虚構の特攻隊神話』同成社 一九八三年
 押尾一彦『特別攻撃隊の記録〈陸軍編〉』光人社 二〇〇五年
 折原昇編『われ特攻に死す予科練の遺稿』経済往来社 初版一九七三年 第四版一九七七年
 海軍飛行予備学生第十四期会編『あゝ同期の桜かえらざる青春の手記』毎日新聞社 一九六六年
 海軍飛行予備学生第十四期会編『別冊あゝ同期の桜かえらざる青春の手記』(非売品)一九六六年
 角田和男『修羅の翼零戦特攻隊員の真情』光人社 二〇〇二年
 工藤雪枝『特攻へのレクイエム』中央公論新社 二〇〇一年
 神津直次『人間魚雷回天水中特攻作戦光基地の青春』図書出版社 一九八九年
 城山三郎『指揮官たちの特攻 幸福は花びらのごとく』新潮社 二〇〇一年
 高木俊朗『特攻基地知覧』角川文庫 一九七三年
 高木俊朗『陸軍特別攻撃隊』上下文藝春秋 一九八三年
 土居良三編『学徒特攻その生と死 海軍第十四期飛行予備学生の手記』国書刊行会 二〇〇四年
 『特攻最後の証言』製作委員会『特攻最後の証言』アスペクト 二〇〇六年

  永沢道雄『学徒出陣の記録海軍飛行予備学生青春の軌跡』光人社 二〇〇一年
 永末千里『白菊特攻隊還らざる若鷲たちへの鎮魂譜』光人社 一九九七年
 日本戦没学生記念会『きけわだつみのこえ 日本戦没学生の手記 第1集』光文社 一九五九年
 日本戦没学生記念会『きけわだつみのこえ 日本戦没学生の手記 第2集』光文社 一九六三年
 野平健一『脱走した海軍士官の孤独な五十年』野平健一〔制作新潮社〕 二〇〇三年
 白鴎遺族会編『雲ながるる果てに 戦歿海軍飛行予備学生の手記』河出書房新社 一九六七年
 浜野春保『万雷特別攻撃隊』図書出版社 一九七九年
 林尹夫『わがいのち月明に燃ゆ』ちくま文庫   一九九三年
 原勝洋『真相・カミカゼ特攻   必死必中の300日』ベストセラーズ 二〇〇四年
 深堀道義『特攻の真実命令と献身と遺族の心』原書房 二〇〇一年
 別冊歴史読本『海軍航空隊とカミカゼ』新人物往来社 二〇〇〇年
 別冊歴史読本『玉砕戦と特別攻撃隊』』新人物往来社  一九九八年
 保阪正康『「特攻」と日本人』講談社現代新書   二〇〇五年
 三浦耕喜『ヒトラーの特攻隊   歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち』作品社 二〇〇九年
 三苫浩輔『至情  「身はたとへ」と征った特攻隊員』元就出版社 二〇〇五年
 三村文男『米内光政と山本五十六は愚将だった 「海軍善玉論」の虚妄を糺す』テーミス 二〇〇二年
 三村文男『神なき神風 特攻五十年目の鎮魂』テーミス 二〇〇三年
 森史朗『特攻とは何か』文春新書 二〇〇六年
 森岡清美『若き特攻隊員と太平洋戦争   その手記と群像』吉川弘文館 一九九五年
 森本忠夫『特攻 外道の統率と人間の条件』光人社NF文庫 一九九八年
 横田寛『あゝ回天特攻隊 かえらざる青春の記録』光人社NF文庫 一九九四年

 横山長秋『海軍中攻決死隊九六陸攻操縦者の死闘』光人社NF文庫 二〇一一年
 和田稔『わだつみのこえ消えることなく 回天特攻隊員の手記』角川文庫 一九七二年

◇特に、海軍第十四期会の会報については次の通り。
 
 「 14 期会報」第一号〜第三号
  「関東十四期」創刊号〜第六号
  「海軍十四期」第七号〜第一六号
  「同期の桜会報」第一号〜第一四号
  「九州十四期」昭和五十九年八月十日号、昭和六〇年八月十五日号
   以上は『海軍第十四期会報縮刷版』に併録
  「海軍十四期」第一七号〜第一九号、および特集号
 「九州十四期会報」平成二年十一月十五日号
   以上は『学徒出陣 50 周年記念特集号』に併録
  「海軍十四期」第三三号〜第三八号    以上は『海軍第十四期会報集刷版』に収録



  あとがき
 
 故市倉宏祐先生が専修大学を七十歳で定年退職されたのは、平成四年三月末日のことである。それ 以後、先生ご自身に関して話題になり問題になったのは、定年後の仕事として何をするかということ であった。専修大学文学部の紀要「人文論集」にまとめられた業績目録に示されているように、若い 頃に手がけていたパスカルの研究をその頃また進めており、それをまとめたいとよく言っておられた。 また、書きためていたサルトル関係のものをまとめておきたいとも語っていた。長くフランス哲学の 研究を続けて来られた先生ならば、当然のことだろうとわれわれは考えていた。  
 ところが先生はあるとき、思いがけないことを言い出した。若いときの海軍時代のことを書きとめ ておきたいというのである。市倉先生は昭和十八年に学徒出陣で兵隊にとられて、海軍に入る道を選 ぶ。それは零戦に乗って特攻隊を志願するということにつながっていた。その話をまとめたいと言う。 これは急のことであったので、私をはじめ、周りにいた者たちはとまどってしまった。 
 先生は、海軍時代というか特攻隊にいた時代のことを、授業の折などによく学生たちに話してい た。飛行場の縁路面に腰掛けていろいろなことを同期生たちと語り合ったこと、当時遭遇した事故の 話、零戦パイロットとしての訓練の様子、あるいは「先輩」と称する人によく殴られていたというこ と、などである。個人的には、地方で開催される学会の年次大会に同行した際、特攻隊時代に親しく なった方のご自宅まで一緒にうかがったことを思い出す。 
 なかでも、殴られた話はつきなかった。「先輩」と称する士官たちは、理由もなしに一方的に殴っ てきた。殴られた方はたまったものではない。なぜそうなのか、これを書きたいと先生は言っていた。 
 これは理論的な話だ、とも強調していた。こうして本の内容がほぼ確定し、執筆が始まった。 
 しかし、これがまた方針転換される。市倉先生は学徒出陣で海軍に入り、土浦の航空隊で特攻の出 撃を待っている間に終戦となった。したがって多くの戦友が、鹿屋をはじめとする特攻基地から帰ら ぬ人となっている。その思いを書きとめておきたいと言い出した。とりわけ海軍第十四期生のことで ある。学徒出陣組がこれであった。なぜこのことに気がつかなかったのか、と先生は何度も話していた。 
 それまでは特攻隊の構造や理論についてまとめるということで、特攻隊時代の思いを書くという話 は先生の口からはついぞ出たことはなかった。これには「十四期会」の解散という事態も大きく影響 している。会員たちが高齢を迎えて、会を維持することができなくなったのである。執筆を続けるう ちに、理論的な話よりも「十四期会」の「会報」に載った多くの仲間たちのことを今のうちに書いて おきたいという思いが、先生のなかで強くなっていったに違いない。折に触れ先生から特攻隊時代の 話を聞いていたわれわれには、十分理解できることだった。 
 こうしてA4版のプリントアウト用紙四〇〇枚に及ぶ第一稿が完成された。しかし、それではいか にも長すぎた。当然引用も多く、整理する必要が生じた。また、先生の希望もあり、経歴紹介をかね たインタビューを巻末に掲載することになった。しかし、作業に手間取っているうちに、先生は平成 二十四年七月十九日に九十歳で鬼籍に入られてしまった。 
 市倉先生の謦咳に接したものは、最後のご遺志であるこの本の出版を願っていたが、さまざまの問 題があって、原稿はほとんど死にかけていたと言っていい。だが、ここで研友学園において先生に教 わった方々のご協力が得られることになった。 
 研友学園は、明治二十五年石巻市に生まれ、無教会派のキリスト教信徒であった菅野純一郎氏が私財を投じて創設した私塾である。理想の実現には何よりも人格形成が必要だとする氏は、「友を研く」 ことの大切さを説き、学園は「卒業のない夜学」、「有名にはならない」という校是のもとに、昭和 三十九年から五十五年まで続けられた。市倉先生は設立当初からこの学園に招かれ、月二回、一回三 時間というペースで、キルケゴール、ニーチェ、サルトルなどの講義を行ったと聞いている。 
 こうした研友学園関係者の協力を得て、出版の話がにわかに現実味を帯びてきた。そこでわれわれ 専修大学で教わったゼミ卒業生を中心とする有志が、積極的に残された遺稿の整理(原稿量の調整や 注の整備など)を強力に推し進めることになり、遅ればせながらここに出版の運びとなった。「『特攻 の記録   縁路面に座って』編集委員会」は、こうした経緯のなかで生まれてきたものである。
 後は君たちに頼む、と先生に言われてからずいぶん時間がたってしまった。この本は、結果として 理論的な話はあまり出てこない。また、この本がどれだけ第二次大戦時における日本の特攻隊に関す る議論に資するのかは、いまの時点でははっきりしない。しかし、これをまとめていく過程で、先生 の奥様をはじめとする多くの方々のご協力がなければ、この本は出版されることはなかった。これも また先生のおかげであると思う。そのことを記して本書の「あとがき」としたい。
 
平成三十年夏
   『特攻の記録 縁路面に座って』
 編集委員会 伊吹克己・伊吹裕美・上田美奈子・榎本雅一 小林正敏・鹿野青介・土佐巌人・山野井克巳 (五十音順)


著者略歴
 
 大正十年(一九二一年)横浜市中区生まれ。昭和十四年(一 九三九年)第三高等学校文科丙類入学、昭和十七年(一九 四二年)東京帝国大学文学部倫理学科入学。昭和十八年(一 九四三年)十二月学徒出陣で横須賀第二海兵団(のち武山 海兵団と改称)に入団、昭和十九年(一九四四年)土浦海 軍航空隊入学。その後神ノ池、谷田部海軍航空隊に転勤し、 神風特別攻撃隊昭和隊の待機要員だった昭和二十年(一九 四五年)に終戦を迎える。同年十二月に復学、昭和二十六 年(一九五一年)東京大学大学院を卒業。卒業後同大文学 部倫理学科助手。昭和二十四年(一九四九年)より専修大 学に兼任講師として赴任、昭和三十一年(一九五六年)同 大法学部の専任講師。昭和四十一年(一九六六年)専修大 学文学部創立にともない文学部へ移籍。またこの間、昭和 三十九年(一九六四年)から昭和五十五年(一九八〇年) まで研友学園にて講師として講義を行う。専修大学では図 書館長等を務め、平成四年(一九九二年)同大を定年退職。 平成二十四年(二〇一二年)七月十九日没。専門はフラン ス哲学。著書に『現代フランス思想への誘い   アンチ・オ イディプスのかなたへ』岩波書店(一九八六年)、『ハイデ ガーとサルトルと詩人たち』日本放送出版協会NHKブッ クス(一九九七年)など。翻訳書にジャン・イポリット『ヘー ゲル精神現象学の生成と構造』上下、岩波書店(一九七二 年、一九七三年)、G・ドゥルーズ、F・ガタリ『アンチ・ オイディプス   資本主義と分裂症』河出書房新社(一九八 六年)があり、他に論文多数。

 特攻の記録 縁路面に座って
 二〇一八年八月五日発行
 著者 市倉宏祐

 発行者 株式会社共立アイコム    

 静岡県藤枝市高柳一丁目一七︱二三

 編集者
  『特攻の記録 縁路面に座って』編集委員会代表 伊吹克己    
   神奈川県川崎市多摩区東三田2-1-1    
   専修大学
 
Printed in Japan
〈非売品〉落丁・乱丁本はお取替えいたします。
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