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#3849 ベッドに羊毛敷き布団を使ってみた Nov. 7, 2018 [36. 健康]

 冬になると寝ていて寒いので電気毛布をマットの上にのせてその上に薄い羊毛布団を載せて寝ていた。寝る前に電気毛布のスイッチを入れて温め、切ってから寝るので、時間がたつにしたがって冷えてくる。かといって電気毛布を一晩中いれていたら体に良くない気がする。
 女房殿が一昨日厚手の羊毛敷布団に替えてくれた。ベッドのマットの上に厚手の羊毛布団を敷いたのである。そうするととっても身体が暖かい。4時ころオシッコがしたくなり目が覚めていたのだが、6時過ぎまで目が覚めぬ、身体が芯から温まってぐっすり眠れるからありがたい。

 年に1-2度東京へ戻るが、布団は日光に当てて乾かすから、まるでお日様が当たっているかのように暖かい、厚手の羊毛布団をマットの上に敷いただけでそれと似た感触がある。
 根室は湿度が高いので外で布団を干すという習慣がない。かえって湿気るからだろう。8月の日ごとの最高湿度を調べてみたら、90%を切った日がかなった。南側を太平洋と北側をオホーツク海に挟まれた幅4-6㎞ほどの根室半島だから、春夏は湿度が高いのである。
 ベッドのマットだけでは下から冷えるから、身体が温まらない。身体が冷えていると癌になりやすいと言われている。癌になるかどうかの真偽は別にしても、寝ていて身体が冷えるのはたしかに体調が悪くなりやすい。第一、睡眠の質がちがう。厚手の羊毛敷き布団一枚を加えただけなのに、じつに暖かいのだ。身体の冷える人は試してみたらいかが?


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#3848 ボイラー・タイマー故障? Nov. 07, 2018 [つれづれなるままに…]

 数日前から朝7時に床暖房がはいるように、ボイラーのタイマーを7時にセットしたのだが、動いていないので、2日間手でスィッチを押していた。
 ファイルされていたマニュアルをだして読み始めたら、女房殿が言う。
「9月の地震の後に時計セットした?」
 ちょうど地震があったときに女房殿は東京へ行っていて留守だった。地震と停電があると電気器具のタイマーがリセットされることを知っていた。
 9月6日午前3時の地震の後ブラックアウトになる3日間電気が来なかったが、暖房用ボイラーのタイマーは触っていなかった。停電になったのでリセットされてしまっていた。確認すると時計の表示が「0:00」となっていたので、セットした。
 翌日からタイマーはちゃんと機能している。

 昨年2月に暖房用ボイラーが故障したので交換した。以前のボイラーは1時間ごとに入れたり切ったりセットできたのだが、あたらしいボイラーは日に一度だけしかセットできない。前の機能のほうが使い勝手がよかった。

 循環している湯温が70-80度と高いのでつけっぱなしだと床暖房が熱すぎる。何かを敷いておかないと熱すぎて転寝(うたたね)もできない。床暖房だけ40度くらいに調節できる器具は開発できないものだろうか?10分おきにスイッチが入ったり切れたりするのでもいい。床暖房用のアジャスターがあるのだが、これは室温を感知してスイッチが機能するので不便、室温が上がると床暖房が切れてしまう。

 <22時追記>
 床暖房の温度調整コントローラが壁に取り付けられているが、以前は具合がよくなかったので細かい調整が利かぬものと思っていたが、そうではなかった。2月にボイラーを交換したときに、床下に設置してあるアクチュエータ(自動温度調整弁)も交換したのだが、そのせいで壁につけたコントロール器具で微調整が利くようになっていた。このコントローラには2種類のダイヤルがついている。アナログダイヤルで床暖房が停まる温度設定をするのと、床暖房パイプ内に流れる流量の調整用の小さなダイヤルのふたつである。その小さい方の目盛りを3.8付近にするとちょうどいいことに気がついた。室温調整のほうはアッパーリミットまで上げておけばOKだ。室温が上がっても床が冷えたら気持ちが悪い、これで快適に過ごせる。



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#3847 根室高校バレー部全道大会へ:男女とも、女子は3年連続の快挙 Nov. 7, 2018 [ブカツ]

 根室高校女子バレー部が3年連続で全道大会出場というニュースが、7日の北海道新聞根室地域版に載っていた。男子も出場というから、両方が出場というのは初めてではないのか?
 女子バレー部はたった7人、しかも身長の平均値が156㎝、これは大きなハンディだ。3年連続の先駆けを作った生徒たちの練習を一度だけ見かけたことがある。千葉で市民バドクラブを30年間ほど主催している小寺さんが根室へ来て、啓雲中学校でバドの技術指導をしてくれたことがあった。その時に体育館のとなりのコートで女子バレー部がトレーニング中だった。跳び箱の上に載ってネットの向こう側へ次々にボールを打ち込んで拾わせていた。高校レベルのかなり激しいトレーニングだったことを記憶している。中村香苗先生が小学校から中学校卒業まで指導して育てた生徒たちだった。塾では「中村スクール」と呼んでいた。中村先生はいま別海の小学校で教えている。別海中央の女子バレー部は身長が大きい、別海町は酪農地帯で牛乳がおいしいからだろう、子どもたちがすくすく育つ。(笑)
 中学時代の有力選手が4人、道内の女子バレー強豪校である旭川実業高校と帯広南高校へ進学したが、残った選手たちだけで全道大会出場をはたした根性と努力は見上げたものだった。キャプテンのM宮は「根室高校でバレーをやる」と言い切って高校から塾へは来なかった。思いっきりのよい奴だった。「中村スクール」の生徒は2年生に二人だけとなったが、他の中学校から来たメンバーと練習に励み、地区大会に勝ち残り、全道大会出場を3年間続けているのだから、後輩たちもすばらしい。

 ところで、女子バレー部の先輩たちの一人が1昨年エア・ドゥのCAになっている。高校時代は教職をとって先生になってバレーを指導するのが夢だと語っていたが、ひょんなことから受けた航空会社に合格してそちらの道を選んだようだ。5年もやったら教員試験を受けて先生になるかもしれない、ちょっと期待はしている。もとCAの英語の先生なんてすてきだろう?後輩たちも文武両道で高校生活を謳歌してもらいたい。

 誰か先生になって、母校へ戻ってきて女子バレー部を指導する者が現れてほしい。

<余談>
 小寺さんはバドミントンの強豪校の一つである関東第一高校の非常勤講師をしていたことがあり、そのときに
バド顧問だった現校長とバド部の指導に当たっていたことがある。その当時のことをブログに書いておられるので、バドに興味のある人は、下記のURLをクリックしてご覧ください。

*バドミントンが拓くあなたの未来
https://blog.goo.ne.jp/badmintonmusume?fm=rss

koderaさんのブログ9月の記事の中からバドミントンに関するものをピックアップしておきます。
「未来が決まるのは早い」
https://blog.goo.ne.jp/badmintonmusume/e/3b4e6684910c5e40beb11de9052e2f9d

「お土産にはお土産」
https://blog.goo.ne.jp/badmintonmusume/e/b8fe9c7fd1deb8acc4d6f1138ea3a3eb

「楽しむために気を使う」


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