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#3310 ウエキエダモリって何した人ですか?(その1) June 1, 2016 [本を読む]

 昨日(5/31)のことである。高2の生徒が水曜日(6/1)にある数Ⅱ前期中間テスト勉強、不等式の証明問題をやっていた。相加平均と相乗平均の大小関係の等号が成立する条件に手こずっていたがようやく終わった。そして気分治しに政治経済の勉強をはじめた。
 この生徒は政治経済が苦手である、それには理由がある、雑多な知識が頭の中に整理されておさまらないのだそうだ、「暗記が苦手」とは本人の弁である。
 気分転換しはじめてしばらくして出た質問がこれ。
 「先生、ウエキエダモリって何した人ですか?」

 こういう楽しい質問がたまにあります。(笑)
 「エダモリではなくてエモリと読みます、松屋や吉野家の「牛丼大盛り」の兄貴分ではありません」
 エダモリと聞いて、牛丼が花になって木の枝のあちこちに咲いている姿を想像してしまいました。

 机の上に数冊文庫本が載っているなかに(「世に良政府なる者なきの説」「民権自由論」「東洋大日本国国憲案」等が収載されている)『植木枝盛選集』が偶々(たまたま)あったので、簡単に解説して、本を見せてあげました。タイミングがよすぎました。

「先生、なんでこんな本がここにあるのですか!」

 机の上には他に2冊あった。福沢諭吉著『福翁自伝』、山口啓二著『鎖国と開国』である。生徒が来るまでは暇だから、暇つぶしに読む本がおいてあります。置いてあった本の著者について、生徒が質問してくれただけのこと、「えだもり」って質問されたこっちの方が驚きました。

 1857年土佐藩士の家に生まれ、1892年に35歳で亡くなっている。胃潰瘍でなくなったとされていますが、毒殺説もあります。自由民権運動の理論的指導者で名の知れた人。明治政府にとっては小うるさい論客でした。
 同じ土佐藩の坂本竜馬(1836-67)が惨殺されたときに10歳。竜馬の実家は金持ちだったのですが、植木の家は最下級の貧乏侍(4人扶持24石)、でも学問が大好き。1875年19歳で上京し、明六社に参加、福沢諭吉に師事し三田の慶応義塾界隈をうろついています、激動の時代でした。
 1877年に板垣退助の書生となって土佐に帰郷しています。立志社に参加、中江兆民や幸徳秋水とも接点があります。

 21歳上の坂本竜馬は脱藩という大きなリスクを背負わねばらなかったのですが、植木が土佐を出るときには時代が変わっていました。1872年の廃藩置県で土佐を離れて上京しても犯罪ではなくなったのです。時代の変化を感じたでしょう。

 せっかくですから、意気軒昂な植木枝盛の文章を味わってください。その主張はかなり急進的です。
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 また米国人民を観よ、その独立は英国の好みたる者にあらず。
 また英国人民を観よ、かのマグナカルタは英王ジョンの自ら望んで貼印立定したるものにあらず。
    「世に良政府なる者なきの説」10頁
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 故に専制の政府には先ず第一に国憲を立定するがその自由を保つの道なれども、すでに国憲を立てたる者の如きは、またこれを保持確守する事なくんばあるべからざるなり。
 それ人は私意なきを免れず、油断すれば大敵の譬の如く、人民にして政府を信ずれば、政府はこれに乗じ、これを信ずること厚ければ、ますますこれに付け込み、もしいかなる政府にても、良政府などいいてこれを信任し、これを疑うことなくこれを監督することなければ、必ず大いに付け込んでいかがのことをなすかも斗(はか)り難きなり。故に曰く、世に単に良政府なしと。
 かくの如きが故に、人民はなるべく政府を監督視察すべく、なるべく抵抗せざるべからず。これを廃すれば決して良策美事を得ることなかるべし。況(いわん)や彼の初めより明らかに圧制政府においてをや。
    「世に良政府なる者なきの説」10~11頁
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・・・初めより良政府と保する者は未だこれあらざるべければ、断えず視察監督抵抗するだけはこれをなさざるべからず。
    同頁
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・・・あるいは良政府を作り出すべく、全く信じ切りて章政府なるを頼まば、大抵悪政府を出すべし。これすなわちちょうど金を人に貸すに、彼を確かならぬと見てその覚悟でこれをなせば、存外確かに弁済も調(ととの)えども、信じてこれをなせば、かえりて間違い多きが如し、慎まざるべけんや。日本人民の如きは最も勉めざるべからずなり。すなわちこれ政府をして良政府ならしむる所以(ゆえん)なり。
   ・・・12頁
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 ただし世人、もし余が言を以て余り激烈と思えば、左様思え、余輩はすなわちかくの如き人には唯一の望みあり、あえて抵抗せざれども、疑の一字を胸間に存し、全く政府を信ずることなきのみ。
   ・・・13頁
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 マグナカルタ(大憲章 1215年制定)は王権を制限するためのものであった。憲法が王権を制限するものとして産まれたという原点がここにある。①で植木は国憲(憲法)の本質に言及していまする。
 専制政府に対しては先ず第一に憲法を制定するのが国民が自由を保つ道であり、これを固く守らなけらば自由はないのです。
 人というものは私心(わたくしごころ)のあるもので、油断大敵。国民が政府を信ずれば、政府はこれに乗じるものであるから、ふだんに監視しなければならないと②で述べています。

 「それ人は私意なきを免れず」の言葉通りに、甘利元経済産業大臣は業者への口利きで50万円を文字通り自分のポケットへ入れ、秘書が500万円を受け取っていましたが、不起訴となりました。
 「それ人は私意なきを免れず」、舛添氏の場合も例外ではありませんでした。国会議員や東京都知事になったとたんに、それまでたくさんの著書で書きなぐってきた清廉潔白な政治とは真逆の公私混同のオンパレード。数他の公私混同が報道されているにもかかわらず、自ら説明することすら放棄し、知事の椅子に居座り続けています。
 安倍総理は「絶対に二度と延期はしない」と言った消費税増税を延期するのに、「リーマンショック並みの経済情勢」とG7で言い募り、だれも賛意を表さなかったにもかかわらず、予定通り延期を公表しました。省みれば、特定秘密保護法案は政府に都合の悪い事実を国民に知られないようにする法律を制定しました。植木枝盛は油断していると政府がこういう恣意的な法律を制定して、憲法を骨抜きにする危険を139年前に指摘していたのです。憲法改正を逃げた安保法制も同様です。
 植木枝盛の言がそのままいまに通用するところを見ると、政治の世界はこの139年間進歩がないようです。

 ところで、「なさざるべからず」「せざるべからず」という2重否定が頻繁に出てきますが、「なすべきである」という意味です。③は「初めからよい政府というものはないのだから、つねによく見て、ああしろこうしろと言い、悪しきことをすればそれに抵抗すべきである」と述べています。
 ④では金貸しに譬えています。頭から信用するというのは間違いのもとで、返済は確かなことではないと思って貸せば、リスクは小さくなると、上手な譬を持ち出した述べています。よい政府をつくるには、金を貸すのと同じことで、よい政策をやるとは限らないとつねに疑ってみるべきなのです。
 ⑤では「わたしの言が過激と思うなら思え、わたしは「疑」の一字を胸に刻み政府を信じない」と宣言しています。

 政府関係諸氏はいまこそ植木枝盛の『余に良政府なる者なきの説』を読むべきです。

 面白そうだと感じた高校生はぜひ『植木枝盛選集』を自分の手にとって読んでもらいたい。全部を読む必要はありません、面白いところを抜き読みするだけでいいのです。

 
 
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 山口啓二著『鎖国と経済』 岩波現代文庫 学術G160
 ISBN4-00-600160-6
 C0121


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