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#2721 憲法の「規範性」とは?:公明党の突然の方針変更はなぜ起きたのか June 30, 2014 [政治に求めるもの]

 公明党の山口代表が、集団的自衛権容認へ舵を切ったが、言うことがよくわからぬ。テレビでの取材に応じて「憲法の規範性は変わらない」から、集団自衛権容認なのだと言っていた。
 何が言いたいのかわからないから、ネットで調べたら、公明新聞に解説が出ていた。

https://www.komei.or.jp/news/detail/20140627_14331
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公明新聞:2014年6月27日(金)付

山口代表 平和主義守る歯止めの役割

公明党の山口那津男代表は26日午前、東京都新宿区の公明会館で記者会見し、安全保障法制整備に関する与党協議会の議論で、公明党が重視している「憲法9条の規範性」について「従来、憲法9条が果たしてきた(平和主義を守るための)歯止めの役割があったが、規範性とは、まさにこの憲法の持つ歯止めの役割だ」と強調した。

また、「憲法が改正という手続きを経ずに、大きく解釈を変えてしまうのは、歯止めの機能を失ってしまうことだ」と指摘。与党内で憲法9条の下で許される自衛権行使のあり方が協議されている現状を踏まえ、「(憲法の)論理的整合性とともに、改正に匹敵するような憲法の規範を変更してはならない、そういう中で、どこまで明確になるかという(与党の)協議だと思う。その方向で(議論を)続けてもらいたい」と述べた。

その上で、政府の憲法解釈に関して「これまで憲法の規範性、論理的整合性を保つ中で積み重ねられ、形成されてきたのだから、憲法解釈を基本的な規範の枠内で整理する、補充する、明確にする、そうした機能は政府として持っていると思う」との認識を示した。
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 第一段落は憲法の規範性についての解説である。憲法の規範性とは憲法の法的拘束力のことだ。憲法第9条に関して言えば、平和主義を守るということ。国の最高法規だからこれを曲げてはならぬ。

 第二段落の前段は、「憲法が改正という手続きを経ずに、大きく解釈を変えてしまうのは、歯止めの機能を失ってしまうこと」と明解だ。後段では「改正に匹敵するような憲法の規範を変更してはならない、そういう中で、どこまで明確になるかという(与党の)協議だと思う」となっているから、今回の集団的自衛権容認は「改正に匹敵するような憲法の規範を変更」するほどの重大な変更ではない、「平和主義を守るための歯止め」はできるとの主張だ。こういう屁理屈は民主党政権時代の官房長官仙石氏の物言いによく似ている。黒を白と強引にいいくるめる形式論理のパレードである。どちらも弁護士であるが、弁護士は形式論理を弄び本質論を意図的に外すところがあるのは、職業柄そういう技術に長けているからだろう。
 素直に考えたら集団的自衛権容認はこれまでの政府解釈の変更にとどまるだけでなく、解釈改憲である。言葉の遊びに等しいことは、「集団的自衛権」という言葉にも出ている。なぜ「集団自衛権」と言わないのか?「的」とついているから、「そのもの」ではないという屁理屈がみえみえである。こうして憲法9条の平和主義に「アリの一穴」をあけるのだ。安倍総理の役割はそこまで、それだけで充分で、あとは後継者が小さな穴を押し広げるだけでいい。

 集団的自衛権容認に反対する憲法学者たちが本日(6/30)意見表明しているので、それを聞いてみよう。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140630/k10015631411000.html
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憲法学者ら 閣議決定断念求める声明

6月30日 21時56分

憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に反対する憲法学者らが会見し、「限定的な容認だから日本の平和主義は維持されるというのは、国民を誤解させる説明だ」として、閣議決定を断念するよう求める声明を発表しました。

声明を発表したのは、憲法学者で慶應義塾大学名誉教授の小林節さんや内閣法制局長官を務めた大森政輔さんなど、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に反対する専門家のグループです。
会見では、弁護士の伊藤真さんが「外国どうしの武力紛争に参加する集団的自衛権の行使は、その一部だとしても専守防衛を掲げてきた政府の憲法解釈の延長線上に位置づけられるものではなく、限定的な容認だから平和主義は維持されるというのは、国民を誤解させる説明だ」と訴え、閣議決定を断念するよう求める声明を発表しました。
また会見で、小林さんは「集団的自衛権の行使を容認するなら憲法9条の改正を発議し、日本人も戦場で戦うのかどうかを国民に問う必要がある。今、行われようとしているのは解釈に名を借りた憲法の破壊、無視であり、これを許せばあとで歴史の転換点だったと言われることになるだろう」と指摘しました。
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  憲法学者たちの意見は、高村座長の説明や公明党山口代表の説明とはまったく異なる。こんな重大なことを国民的な議論をしないで解釈改憲で憲法をないがしろにしていいのだろうか?これでは憲法の規範性が根こそぎ失われかねない。武器輸出解禁や原発輸出(非核三原則の'核を持ち出さない'に違反)も含めて正々堂々と憲法改正を国民に問えばいい。集団自衛権容認が是か非か、こういうときのために国民投票という制度がある。

 「平和の党」を標榜していた公明党が集団的自衛権容認については反対の立場を表明していた。それが容認へ変わったのはなぜだろう?何の理由もなしに、政党が立党の本旨ともいいうるような基本方針を変えるはずがない。
 ネットで検索して知ったのだが、創価学会はブランスでカルト指定を受けているらしい。宗教としては新参者だから布教の仕方次第ではそういう扱いもある。日本でも50年前の信者拡張運動期にはずいぶん無理な折伏をして新聞紙上で批判を浴びた時期があった。組織はそれ自身の論理で拡張を図る時期があり、そんな話しはれはどの組織にも当てはまることだろう。しかしあの時期がオウム事件以後だったらどうだろう?
 創価学会は諸外国にも拡大しているようだが、集団的自衛権を否定すれば米国でのカルト指定が検討されるというネット情報が流れたが、そのとたんの方針変更だった。たとえそういう脅しがあっても、ガセネタということもあるし、万が一そうなったら日本に本部がある巨大教団だから正々堂々と戦えばいい、それくらいの力はあるとネット情報を聞き流し、そんな脅しでびくともするはずがないと期待していた。
 ところが突然方針変更がなされた。この情報が嘘かまことかわからないが、もしそういうことがあったとしたら、公明党山口代表の苦渋は察するにあまりある。
 おそらくかれは生真面目で気が小さいのだろう。母体の創価学会に累が及んではならぬと思い込むのは当たり前だし、誰が代表でも組織防衛をせざるを得ない。生真面目な人ほど自分が代表の職を辞しても集団的自衛権容認へ舵を切らざるを得ないと考えるだろう。変節漢とののしられることを覚悟の上の方針変更だろうとebisuは思う。ほんとうの理由は同士にも告げられぬ、これが真実ならお気の毒としか言いようがない。
 気の小さい者を党の代表に据えるということはこういう大きなリスクを伴っていることに気がつこう。
 ebisuが公明党代表なら、覚悟を決めて創価学会と共に敢然と戦う準備をするよ。創価学会という一教団のためというよりは、日本のためだ、やるならやってみろと開き直れるぐらいの気の大きさがほしかった。


*「公明党の寝返り」 ブログ「オータムリーフの部屋」
http://blog.goo.ne.jp/autumnleaf100/e/55b98318adec04e3711125056966061f

  #2720 集団的自衛権に抗議の焼身自殺か?:報道のあり方 June 29, 2014
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-29-1

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