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#2230 それぞれの進路 : 大学へ Feb.28, 2013 [60. 進路]

 昨日、高3の生徒が一人挨拶に来た。中1年生から6年間教えた生徒だ。ブカツに忙しい生徒で、勉強もそこそこやっていた。地元にもどって教員になり、自分がやっていたブカツの指導をしたいと何度も話していた。11月頃からようやく勉強に熱が入り始めた、気がつくとメンコイ中1はいつか大人の表情をしている。美人の高3はもうすぐ女子大生だ。根室に戻って来そうなのはこの生徒だけかな。
 同じ学年で元塾生が一人就職を決めている。3年間きついブカツをしっかりやっていた。昨年2度ほどあったが、すっかり大人の顔になっていた。ebisuの同級生が同じところを3年前に定年退職している、活気のあるいい職場だ。根室の漁業組合では唯一商品開発力がある。こういう働き口が増えると根室に定着する若者が増えるが、ここはむしろ例外。根室の中小企業家はもっと勉強して、オープン経営を目指してもらいたい。

 今年は専門学校への進学者がいなかった。中3まで来ていた生徒たちの進路も気になる。元気のよいUはどうしたかな?
 大学進学組みで最初に決まった生徒は北海道薬科大学。そして、藤女子、釧路公立大、酪農学園大学、北海道文教大学と各々合格を決めていった。高校になって通塾した生徒は今年は全員大学進学だった。

 薬科大学へ進学した生徒は中1から来て、中3の早い段階で退塾した。そして高校1年生でまたもどってきた。高2まで通塾して、高3は独力で勉強した。
 中3のときに数学100点をとり、喜んで電話してきた。「先生、数学百点とった!」、女生徒だったからこれはちょっと驚きだった。女子で中3になってから数学の点数が飛躍的に伸びる生徒は珍しい。自力だったからすっかり自信がついたようだった。
 薬科大学への進学は念を押した。就職先の選択がむずかしいからだ。病院の調剤業務はほとんどの病院が入院患者のみに限定、外来は外部調剤になっている。保険点数の仕組みがそうなっているからだ。したがって、病院への就職は採用数が少なくなかなかむずかしい。
 偏差値の高い薬科大学(例えば国立系や有名私大の薬学部)なら製薬メーカのMRがある。わたしは何人か検査試薬の開発の仕事でお付き合いをさせてもらった。これは仕事がきつい。
 採用の多いのは調剤薬局である。国内最大手の臨床検査会社SRLにいた当時、調剤薬局事業立ち上げのプロジェクトのメンバーだったことがある。社内に薬剤師は70数名いたが、社内公募はしなかった。10店舗くらいの規模で新規事業として立ち上げ、新規採用したが必要数はすぐに集められた。調剤薬局市場では薬剤師は買い手市場ではないだろうか。事業の性格上非正規雇用が多い。年齢で人件費負担を増大させる余地がすくない。6年間の勉強期間は長い、努力の末に、病院に就職があるといい。
 薬学部の実際は、今3年生の生徒からいろいろ訊いていたので、伝えてある。成績不振の生徒には転部を薦めて、国家試験の合格率を上げるような指導があるようだ。薬科大にとっては国家試験の合格率を上げることは事業存続の必須条件なのである。そのためにいろいろな仕掛けを用意している。次は国家試験合格に向けてがんばれ。目の前の目標を一つ一つクリアしていけばいい。

 藤女子大へ進学する生徒は高校1年生の4月に入塾した。偏差値の高い別の学校に合格したのだが事情があって、4月になり急遽根室高校へ。最初は数学の出来が悪く、「え、これで五科目オール5だった?」と冷やかしたした。しかし、呑み込みは速かったから、ナカミは本物だった。クラス分けのテストまでに実力を上げて最上位のγクラスに。学校の勉強はよくできた生徒だったから、早々と学校推薦で合格を決めた。
 希望は保育科だったはずだ。少子化でこの学科は就職がむずかしいかもしれぬ。ほかの職域で就職を探すのもなかなかむずかしいだろう。そういうことは大事だから民間企業の現実を説明してある。
 高校2年まで通熟していた。3年生は完全に自力で勉強、ブカツも両立させていた。明るい性格とブカツで養った技術がどこかで生きてくるから、ずっとやり続けてほしい。4月に普通科へ進学予定の生徒が、○○さん卒業だからいないんだと、がっかりしていたよ。君に習いたかったんだって。後輩の女子にも男子にも人気があった。

 釧路公立大学へ進学した生徒は、B中学校の「お迎えテスト」で数学百点を取った生徒だ。4番、ピッチャーだったが、肘か肩を痛めて中2のときに他のブカツへ転向した。小学校と中学校のブカツの先生は反省してブカツのあり方を改めてほしい。高校へ入学してからは陸上部だった。そちらでも全道大会でいい成績を修めるくらいだから、運動センスのいい生徒である。中1から高2まで通塾した。1年半ほど自力で勉強したということになる。
 公務員志望、意志は堅かった。道庁への就職なら、北大がベスト、次は小樽商大あるいは北海学園大だろう。先輩達がいるほうが出世はしやすい。そういう点では釧路公立大学は歴史が浅いから不利だが、誰にも頼らず自力でがんばれ。1年半独力で歩いた君ならやれるだろう。

 酪農学園大学へ進学する生徒は高校1年生4月入塾組みで、高2まで来ていた。高3はときどき通ってくれた。
 自力で勉強することはじつはたいへん大事なことだから、随時休塾を認めている。そして間に合わなくなったらまた復帰だ。だから高校生は出たり入ったりする生徒が多い。
 獣医さんになりたいと言っていたが、届かず獣医看護へ進む。希望の分野で仕事を見つけて楽しくやってくれたらうれしい。

 もうひとり、理系へ進学する生徒がいる。室蘭工大を受験した。2次試験が25日だったはずだから合格発表待ちだ。この生徒は小6から高2のはじめ頃まで教えた。数学の高速学習を2年間ほどやった生徒だ。中学校のときは男子で学年トップのことが多かった。釧路公立大へ進学する生徒と競い合っていた。中1の方程式の文章題のところでしばらく足踏みをさせた。問題集の問題を全問解かせたのである。きつくて悔し涙を流しそうになったこともあったが、塾長のシゴキによく耐えた。自力でやるスタイルがこのときに身についたと思う。授業中でも30分くらいは平気で考え抜かせた。たまに値を上げて「先生、この問題とばしていい?」「ダメだ、全部やる」、そのうちに観念して言わなくなった。ほとんどは線分図やポンチ絵そして表を使って丁寧に解説したつもりだが、たまには意地悪くヒントを出さないこともあった。一番イジメ抜いた(笑)生徒だ。その分、強くなったはず。
 中学時代は水泳で全道2位、全国大会も出た。文武両道の典型の生徒である。希望通り室蘭工大に合格してほしい。

 わたしは成績のよい生徒は大学受験直前の1年間は自力で勉強してほしいと思っている。受験科目全部を塾で習うのは論外、一人で闘い抜く期間が1年間は必要である。そうしないと、「指示待ち人間」をつくることになる。社会人になってからつぶれるタイプだ

 私は根室高校を卒業してから35年間東京で暮らしてきた。大学、大学院、それから民間会社3社の上場に関わる仕事をしてきた。複数の業種で取引先を含めてたくさんの人間を観察して、中高の勉強のスタイルの大切さを知った
 受験勉強のやりすぎは危ない、社会人となってから副作用が出る。長年培った学習スタイルは変えられない、それは性格の一部にすらなっている。社会人となってからこそ、ほんとうの学習が始まる、それまでの勉強は序章に過ぎないのである
 最近の弊ブログでも学習スタイルの大切さに触れているので、再掲したい。ほかでも何度も書いているから、カテゴリーで見当をつけて検索してお読みいただきたい。とくに中高生のお子さんのいるお母さんとお父さんにも読んでいただきたい。

#2220 勉強に熱が入りだした中三は学力がうんと伸びる・・・(2) Feb. 21, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-02-21-1
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 ・・・すこしばかり無茶を承知で話しを進めよう。1科目20点上げることは生徒がその気になりさえすればそして適切な個別指導をやってやれば、2ヶ月間で可能だということ。3ヶ月あれば五科目合計点で100点(300点満点)アップすることは可能なのである。

 実際に2ヵ月で300点満点で百点あげた生徒はいない。
 年度によって社会の補習を5ヶ月間続けることがあるから、塾で面倒を見てやれるのは多くて3科目である。後の2科目は自力でやらなければならない。そこが本当は一番大切なのである。工夫がないことには成績が上がらない、数英で体験した勉強の仕方を理社に応用してみたらいい。
 社会の勉強法がわからない生徒がときどきいる。そのときはシステム開発技術を応用した便利な方法を「伝授」している。やり方を解説し、実際にやって見せて、「あとは自分でやれ」、それがebisu流。手取り足取り教えてしまったら、その生徒はほとんど確実に社会人となったときにひ弱な「指示待ち人間」になっているだろう。癖になってしまっているからほとんどの人が治らない。
 5科目全部を塾に頼った奴はどんなにいい大学へ合格しても社会人となってから将来つぶれるリスクが大きくなるだけ。学校の先生も、そして塾の先生ですらその点を見落としている者が多い。
 五科目全部の面倒を見てもらう、そういう育てられ方をした生徒は受験勉強の点数が取れるだけの「へなちょこ」に育つ。
 中学校や高校の先生たち、どういう社会人を作るのかという観点から教育を考えてみるべきだ。教え方が変わるよ。自立した社会人の育成という点から考えると、中学校や高校のときにその基礎部分がつくられる。受験勉強に偏した視野の狭い勉強を6年間し続けたら、それは習慣となり性格となってしまって、もうほとんど直しようのないものになるんだ。

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【追加】
 方程式の文章題で思い出したことがある。わたしも中1のときに同じところでずいぶん時間を食った記憶がある。このときに1時間でも2時間でも考える習慣がついた。団塊世代には塾はなかったし、教えてくれる人もいなかったから、自力でやらざるをえなかった。できない問題はノートに書いて憶えてしまう。暇なときに頭の引き出しから出して紙に書いてみる、そうしたことを繰り返すうちに突然解けてしまう。
 だから問題が解けないことにストレスを感じなくなっていった。解けない問題を記憶して出し入れして考え続けることが楽しみに変わっていった。
 そういう習慣が高校生になってから、公認会計士2次試験の参考書で勉強するときに役に立った。高2で経済学や哲学に興味が出て、マルクス『資本論』やヘーゲルの著作などを読むのにもこのスタイルが役に立った。分からない箇所が出てきたら、文章を記憶して、「反芻」するのである。1時間あるいはモノによっては1週間も考え続けたらたいていのことは自分なりに答えが見つかった。答えが見つからなければ、大事なことなら何年でも問題意識を頭の中に格納して「反芻」を繰り返せばいい。タフになった。
 このスタイルは大学院での勉強にも役に立ったし、民間会社で赤字を黒字にするときにも強力な武器になった。どうしたら黒字にできるか、仕事をしながら、仕事に関連する分野の専門書を読み漁りながら、そして関係ない分野の専門書も興味の赴くままに読み漁りながら、分野の違う仕事をする同僚と酒を呑みながら、つねに考え続けるのである。半年もそうしていれば大概答えは見つかった。
 今にして思うと、中学校のときに自分なりの方法で「鋳型」をつくり上げたのだと思う。しっかり自分を造れば、赤字すれすれの中小企業を売上高経常利益率10%超の企業へと生まれ変わらせることができる、赤字企業を黒字に変えることが可能になる。年収をあげて転職も可能になる。
 問題が解けないというストレスに耐え、自力で努力する期間を高校生の時期に1年間はもつべきだ。優秀な者は3年間独力でやれ。受験勉強のしすぎで、パターン学習の癖がついたら、社会人になってから大きなツケを払うことになるから、ご用心。


*#2219 勉強に熱が入りだした中三生は学力がうんと伸びる Feb. 21, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-02-21



 
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元商社マン医大生

>癖になってしまっているからほとんどの人が治らない。
>5科目全部を塾に頼った奴はどんなにいい大学へ合格しても社会人となってから将来つぶれるリスクが大きくなるだけ。

「ほとんど」の定義がどのくらいの人間を対象に統計を取ったデータなのかわかりませんが、一生続く癖や性格になってしまうなんてことは多くの人間にとってはまず当てはまらないと思います。断定するには科学的な裏付け・根拠が必要です。この論だと、企業の中核を担う30代や40代で、過去に塾や予備校に通って受験戦争を戦った人間の多くが副作用を発症しているということになってしまいます。

更に言うなら、「どんなにいい大学へ合格しても~」とありますが、下位校ならまだしも上位校にパターン学習で入れるような大学なんてないです(「パターン学習」や「受験勉強に偏した視野の狭い勉強」の定義がそもそもよくわかりませんけど)。

東大、京大、早稲田、慶応のような難関校の過去問を見てみたら一目瞭然ではないでしょうか。自分の頭で考える力がなければ解けない問題のオンパレードです。

私も社会人を経験してから一念発起して医者を目指しましたが、その過程で様々な大学の過去問を解きました。過去問分析をすると、上位校は英語や現代文など、非常に良い題材を使っていて、論理的思考力を養うためには絶好の教材です。良い教材を使って「自分で考える力」を引き出すような授業を提供しているのであれば、たとえ5教科だろうが10教科だろうが塾、予備校で受けたとしても、プラスにこそなれマイナスにはなりません(勿論、多教科を受講することで、消化不良に陥ってしまい、予習復習といった主体的な勉強が疎かになり、結果的にただ授業を受けるだけといった受動的な勉強にシフトしてしまう危険性は出てきますが)「自分で考える力」を身に着けさせることが一番大切なことなのです。

また、中学、高校の頃の学習姿勢をそのまま社会人になってからまで引きずるということも、よっぽど依存心が強い人間か、何も自分の頭で考えずに大学生活をただ無駄に過ごした人間でしょう。

多くの人間は大学に入れば、自ら主体的に学ぶことを徐々に身に着けていきます。更に、社会人になれば解のない問題ばかりですから、自分の頭で考えざるを得ない環境になります。受験勉強をしすぎることで、大多数の人間が指示待ち人間に陥るなんて論はどう考えても飛躍しすぎではないでしょうか。むしろ、受験勉強を本気でやらなかった人間の方こそ、社会人になってからあの時もっと勉強しておけばよかったと後悔していますよ。受験生の時期に、塾や予備校のプロに論理的思考力、自分の頭で考える力を引き出してもらうことは大切なことです。独学こそペースメーカーがいなくなるわけですから、自分よがりの偏った勉強になるリスクが高いです。

とかく受験勉強=悪玉論をいう人間がいますけど、結局のところ科学的にもなにも検証できていない、更には受験に使われている題材の中身すらきちんと分析せずに、先入観で「受験勉強は偏っている」といった、それこそ偏った見方をしている論が非常に多い気がします。

私自身は大手商社に勤め、今は学生に戻ってしまいましたが、高校生や浪人生のとき塾や予備校をフル活用していた元同僚は多いですよ。彼らの多くが、現在はそれなりの役職につき、ストレスなんて微塵も感じさせずに世界を飛び歩いています。彼らの名誉のためにも一石投じました。

by 元商社マン医大生 (2013-03-01 02:15) 

もと根室人

もと根室人で端くれ科学者として科学論文を書ています。
私も3年前にエビスさんの論法に対し、科学的論法、すなわち過去の事実にもとずく現在の問題点を明示し、問題点を克服すべく仮説を建て、仮説を証明すべく方法論を述べながら、結果を簡単に統計解析し、議論を開始すべき、とコメントしたことがありました。
しかしエビスさんからは、そんな手法も無ければ求められてもいない、わけのわからぬ屁理屈を述べるでないと、一笑されました。
以後は、面白おかしく読ませて頂く愛読者です。

当時このブログはメッセージ性はあるが何も変えられないと思いました。もちろんエビスさんはブログで変えようとしているのではなく、問題提起だけをしているのかも知れません。
事実エビスさんの予想・問題提起とおりに根室は進行し何も変わっていない。
予想し批判するだけではなく、未来を探り変えるブログであってほしい。


ですから、もと商社マン医大生さんのコメントには賛成です。

賢いエビスさんですから科学的解析済みにも関わらず、限られたブログで書ききれない点があるのかも知れませんが、それが克服された時こそ、このブログの発信能力が発揮されるのでしょう。
おもしろおかしいだけで終わって欲しくないメッセージのあるブログですから。
by もと根室人 (2013-03-01 07:58) 

Hirosuke

>この論だと、
>企業の中核を担う30代や40代で、
>過去に塾や予備校に通って受験戦争を戦った
>人間の多くが副作用を発症している
    ↓
ええ、その通りです。
東電や道路公団、その下請企業などは典型です。
表面的で中途半端な受験テクニックの寄せ集めで、
受験を切り抜けた人達の多くは
「指示待ち人間」になります。
そういう人が上司になると、
「余計な事は言うな・やるな。」
と指示を出します。


>受験戦争
   ↓
マスコミの造語でしかありません。
受験は自分との決闘です。

>塾や予備校のプロ
     ↓
非常に多種多様な塾があり、
講師のレベルもピンキリです。


>塾や予備校をフル活用
  ↓
そうです。
自発的にフル活用してくれれば良いのです。
そういう生徒なら「指示待ち人間」にはならない。

「言われた事を黙々と・・・」という「良い子」が危ない。
受動的かつ無批判的だからです。
自ら分析する姿勢に欠けている。
そこは「プロ」に任せ切り。
「プロ」もセッセと情報提供。
お互いに、それがベストの関係だと信じている。
大方の塾・予備校の現実的な姿です。

元・英文テクニカルライター⇒現・塾講師

by Hirosuke (2013-03-01 08:37) 

ebisu

おはようございます、元商社マン医大生さん。

コメントありがとう。論旨がすっきりしていて説得力のある投稿です。

>断定するには科学的な裏付け・根拠が必要です。

何か確かな統計データが必要なのでしょうか?数百、数千のデータがあれば納得ですか?
ありません、もちろんそんなことは百も承知でのことでしょう。

経験に基く假説です。
あなたの論も自分の経験と周りにいる人々を見ての假説でしょうね。
それでいいのだと思いますよ。
要するに、自説の論拠を開示しておくことが大切で、後は読み手の判断です。

あなたは無為に過ごさなかったお一人のようです。周りを見回してください。医大生の仲間だけでなく世間一般の人々も。
あなたはまだ若い、まだ現実をみていない。

>現在はそれなりの役職につき、ストレスなんて微塵も感じさせずに世界を飛び歩いています。彼らの名誉のためにも一石投じました。

世界中を飛び回っているはつらつとした人々がどのような40代、50代を迎えるか。
私の話は、そういう話です。
仕事の責任が重くなったときのことです。受験エリートの部長職クラスの話しです。
もちろん、椅子の数は少ないですから、受験エリートであると否とを問わず大半の人が、その前に脱落します。

>中学、高校の頃の学習姿勢をそのまま社会人になってからまで引きずるということも、よっぽど依存心が強い人間か、何も自分の頭で考えずに大学生活をただ無駄に過ごした人間でしょう。

毎日やることは習慣になります。生活習慣の一部になり、6年(中高時代)あるいは10年間繰り返すことで、性格の一部にまでなります。
喫煙習慣をやめられない人が世の中にはいます。身体に悪いことを理解していてもやめられない。ゲームもそうです、抜けられる人もいるし、社会人になってからぶり返して"中毒症状"を呈する者もいる。違いますか?
久里浜にアルコール中毒専門のクリニックがあります。そこのドクターと話したことがありますが、アルコール依存になった人は抜け出すのがとてもたいへんです。医療が必要になる人もいるのが現実です。

あなたは受験勉強がすばらしいものだと書いていますが、果たしてそうでしょうか?受験勉強の枠を外して勉強したことがありますか?高校時代に哲学書を読みふけったことがありますか?
勉強は枠を外してこそ、本来の何かが出てくるものです。
受験勉強はどんなに行っても、答えのあるものです、違いますか?違うなら話は別です。

現実社会で起きる問題は、問題が大きいほど正解や模範答案が存在しないモノが多いのです。時代の先端で仕事をすれば理解できますよ。
あなたがこれからするのは受験勉強ではありません。今までやった受験勉強は忘れて医学に没頭してみてください。
5年間そうすれば、私の假説に納得がいくでしょう。
受験勉強と医学の勉強の大きな違いに気がつきます。

私の周りには何人か大学の教員をしている者が多いのですが、私大ですから受験勉強に失敗したものが少なくありません。それが学問の世界では成功している。受験勉強をあまりやらなかったからだと思っています。
そうした枠組みを外した「学問」は狂ったようにやっていますよ。

人生は長い、じっくり観察してください。立派な医者になり、どこか根室のような地域医療に問題を抱える町で数年間でも医療を担ってもらいたいと思います。

by ebisu (2013-03-01 09:05) 

ebisu

もと根室人さんへ


>私も3年前にエビスさんの論法に対し、科学的論法、すなわち過去の事実にもとずく現在の問題点を明示し、問題点を克服すべく仮説を建て、仮説を証明すべく方法論を述べながら、結果を簡単に統計解析し、議論を開始すべき、とコメントしたことがありました。
>しかしエビスさんからは、そんな手法も無ければ求められてもいない、わけのわからぬ屁理屈を述べるでないと、一笑されました。

そうでしたか、それはたいへん失礼しました。#はいくつですか?お示しいただいたら確認して「反省」したいと思います。(笑)

科学論文をお書きになっていらっしゃる、どういう分野ですか?
分野が分かると具体的な話しがしやすくなるかもしれません。わかれば材料の選び方を考えてみます。

>予想し批判するだけではなく、未来を探り変えるブログであってほしい。

未来を変える仕事は小さな私塾でやっています。30年後に根室を担える人間を育てることでね。基礎学力がしっかりしていて、志がまっすぐな人間を片手でいいから育てておくことです。

ブログは問題を抉り出すことでいいのです。もっとも、あなたと似たようなことは考えていますし、ちょっとした試みをはじめています。
「中小企業家育成コラム」というカテゴリーを最近セットしました。

>おもしろおかしいだけで終わって欲しくないメッセージのあるブログですから。

ずいぶん好意的な評価で、うれしいですね。

投稿ありがとう。
失礼のないコメントを書くように努力したいと思います。
by ebisu (2013-03-01 09:18) 

ebisu

Hirosukeさんへ

若い人たちの意見を聞くのは楽しいものです。
元気がいい、そしてまっすぐなところがあります。

「元商社マン医大生」の意見は、少し危うい感じがします。典型的な受験勉強を繰り返してしまっていますから、論の建方も結論の導き方も論理的な装いはありますが脆弱な印象が否めません。

受験勉強という枠を外した勉強がどういうものか知らないように聞こえました。

特定のカルトに属する人間はしばしばそのカルトにかかわる本しか読まなくなります。そしていつかものごとを相対的に見ることをやめてしまいます。
例は異なるように見えますが、「商社マン医大生」さんの意見には同じような匂いが漂っています。
「嗅覚」に科学的な根拠があるかどうかはわかりません、おそらくあるのでしょう。でもどうでもいいじゃありませんか、感覚と申し上げてかまわない。

物事を見るときにほんとうに大事なのはたぶん直感です。根拠は後から見つかります。

2400年前に話しを思いっきり飛ばして見ます。
ソクラテスは裁判で神霊からのお告げがあることを述べています。彼の弁論は異常です。現在のわたくしが、アリストファネスやクセノフォンやプラトンの書き残した、「ソクラテスの弁明」をみてもぞっとするほど論理的で明晰です。弁論術で彼にかなうものはいないでしょう。アテナイの市民が彼を殺さなければならなかったわけは、異常なパワーをもった彼の弁論術そのものに原因があったのではないかと思います。

あまりよくは聞こえないのですが、聞こえることもあるので、そういうときは思考停止して"天の声"を聞くようにしています。
志が大切です。受け皿をきれいにしておかないと、天の声は降りてきません。
思考の透明さは受け皿と関係があるようです。

友人の遠藤さんが、つい最近面白い本を出版しました。
『百%の真善美 ソクラテス裁判をめぐって』(出版元:未知谷)
現実の生々しい問題、地域医療や教育問題を取り上げ続けてきた私には、一服の清涼剤になりました。
先週、出版元から届いたので、読み終わってから弊ブログで紹介したいと思います。

じつはもう一冊とんでもない学術書が今週送られてきました。
青森大学経営学部長の戸塚さんが編集した馬場宏二先生の本です。
『神長倉真民論』
「会社」の語源をめぐって、幕末の官僚小栗上野介が出てくるのですが、福沢諭吉と同時代ですから、福沢諭吉がどう捕らえていたのか、ある論点から資料があるかないか遠藤さんに聞いてみたいのです。
遠藤さんは『漫言翁』という福沢諭吉に関する著作があります。その前に子規にかんする著作『明治廿五年九月のほととぎす』を書いていますから、資料を相当読み込んでいます。

話しが飛んで申し訳ないですね。
母校の情報科学部の教授をしているTさんは、週に2度東大へ行って教えていますが、かれも大学受験勉強はしなかったほうの人間のようです。
母校ではもう一人、同じゼミから文学部哲学科の教授をしている者がいます。Iさんです。
千葉経済大学の経済学部長のSさんもそうです。

おしなべていえることは、大学受験勉強を徹底しなかったということ。枠のはまった勉強など、本当の勉強ではないと一笑に付すでしょう。

ですが、東大生は一生懸命勉強する、昔は母校にも同じくらい勉強をした学生がいたものだが、ほとんど見なくなってしまったとはTさんの「グチ」だそうです。(笑)

とりとめのない話しになりました。・・・m(_ _)m
by ebisu (2013-03-01 11:09) 

Hirosuke

元商社マン医大生さんへ、
マザー・テレサの言葉を贈ります。

------------------------------------------
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
-------------------------------------------

by Hirosuke (2013-03-01 11:48) 

ebisu

マザーテレサ、いい言葉ですね。

ところで、わたしは#2220で次のように書いています。

---------------------------------
全部がそうではないことは言っておかないと公平でないね、余裕の東大出は居たよ。病院建て替えを担当してもらった鉄鋼メーカのゼネコン部隊の一級建築士だ。二人とも東大出だった。合弁会社をやったときの相手企業の専務と常務も東大や一ツ橋出身者だったはずだ。大物だったね、笑って「こんなケースの合弁会社は初めてだ」と持分の売却に応じてくれた。合弁会社が行き詰まると、相手企業から持分の買収を依頼されるのが常だと話してくれた。赤字部門を出したのに、黒字会社になって持分の売却を持ちかけられたことはかつてなかったのだそうだ。赤字子会社の赤字部門を合弁会社にして、あきらめさせようと損切の覚悟だったのだろう。それが思わぬ利益になった。こちらの努力と経営センスに敬意を表してくれたのだろうと思う。
 社会人となって勝ち残ってきた者たちの中には、この人物なら当然の社会的地位だと思わせる者がいた。余裕で東大や一ツ橋に入ったんだろうな。ほぼ同数の問題を抱える「お受験エリート」もみてきたということ。能力の割りに過大な仕事や責任をもたされたときに、人は簡単に壊れていくものだ・・・。職位が能力以上にあがらなければ問題がないが、うまく泳ぎ回ってそこそこ出世した者が仕事の責任が重くなる40代から壊れ始める。
-----------------------------------

*#2220 勉強に熱が入りだした中三は学力がうんと伸びる・・・(2) Feb. 21, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-02-21-1

全員がだめとは言っていないのです。どの辺りから「症状」が現れ始めるのかも明示しています。

受験勉強が勉強だと信仰している人は、お役人になったほうがいい。たいがいの失敗は許されます。
民間企業の部長職以上は、数倍の課長職の中で優秀な人だけに用意されている椅子。責任も格段に重くなります。場合によっては赤字の子会社に社長として出向して3年くらいで建て直しを命じられたりします。そういうときが危ない。「正解」はないのです。ほとんどの人間はやってないことはできないものです。おや、また「ほとんど」という言葉を使ってしまいました。文字通りほとんどです。

繰り返しますが、中高で習慣付けられた学習パターンはなかなか抜けられないのです。
責任が大きくないうちは何とかなります。係長では優秀でも課長をやらしたらダメ、課長のときは優秀だったのに部長職にしたらダメ、そういう人間が何人かに一人はでます、それが現実です。習慣とは無意識のものですから、自覚して直せるのは極く小数です。よほど優秀な方のみ。そういう人も居ます。
by ebisu (2013-03-01 12:11) 

元商社マン医大生

>何か確かな統計データが必要なのでしょうか?数百、数千のデータがあれば納得ですか?
ありません、もちろんそんなことは百も承知でのことでしょう。

自分の論拠を裏付けるためには必要でしょう。少なくとも数百程度のサンプルは必要です。マーケティング調査をするときも当然、身の周りの消費動向を考えながら、それを裏付けるためのサンプル、標本抽出は行いますよね。自分の感覚だけでこの商品は売れる!根拠は俺の経験だ!と言って稟議が通りますか。ビジネスの世界では当然通用しませんよね。まぁ、「勘、経験、度胸」の頭文字を取って、KKD法という見積もり手法もありますけどね。

と言いつつも、以下は科学的検証もなにもしていない、私の実体験に基づくコメントをします。

>あなたは無為に過ごさなかったお一人のようです。周りを見回してください。医大生の仲間だけでなく世間一般の人々も。あなたはまだ若い、まだ現実をみていない。

まずはじめにこれは撤回してください。「まだ現実を見ていない」とは非常に失礼な言い方ではないでしょうか。私がこれまで現実を見ずに人生を過ごしてきたということでしょうか。その根拠はなんでしょうか。貴方はエスパーか霊能力者ですか。他者と対話するときに(ましてや顔の見えない世界で)このような言い回しをすることは相手の感情を逆撫でするだけなので、気を付けた方がよろしいですよ。

それから、私は決して若くはないです(貴方に比べてという意味でしたら、そうなのかもしれませんが)。社会人経験をそれなりに積んでいるアラフォーですから。社会人経験を積み、30代、40代で医学部再受験に挑戦する人は増えています。

>仕事の責任が重くなったときのことです。受験エリートの部長職クラスの話しです。

受験エリートの部長職の多くがメンタルが弱いということでしょうか?特殊なサンプルを例にして仰っているのでしょうか?敢えて私の経験から述べますが、部長職以上の方でそのような方は皆無でした。これは個々の企業にもよるかもしれませんが、部長職クラスになるとメンタル耐性が強くなければそもそも抜擢されない企業がほとんどでしょう。

仮に精神疾患を発症したとしても、受験時代の習慣との因果関係は説明がつきません。40代、50代で部長職になった方がうつ病を発症した、これは受験勉強の弊害だ、なんて論拠は短絡的すぎます。精神疾患は仕事内容、人間関係、家庭環境など様々な要因が重なって起こりうるものでしょう。

>毎日やることは習慣になります。生活習慣の一部になり、6年(中高時代)あるいは10年間繰り返すことで、性格の一部にまでなります。

自分で主体的に考えるトレーニングを毎日行えば良い習慣になるでしょう。難関校を突破する力のある多くの受験生はたとえ塾、予備校通いをしていてもそのような技量が身に着いています。社会人になってからもこの経験は活きます。当然、中にはいますよ、塾・予備校依存症で「○○講師の信者」というような受験生が。そのような生徒は貴方が仰るようなリスクは抱えていると思いますが、受験に失敗するパターンが多いのではないでしょうか。

>あなたは受験勉強がすばらしいものだと書いていますが、果たしてそうでしょうか?受験勉強の枠を外して勉強したことがありますか?高校時代に哲学書を読みふけったことがありますか?

高校時代に哲学書は読みませんでしたし、その時期に読んでも消化不良になっていたでしょう。大学に入ってからはカント、イェーリング、ヘーゲル、ヒューム、レヴィ・ストール、ジュリア・クリステヴァ、中村雄二郎など様々な哲学書を読みました。このような本を読むための土台となったのが、高校の頃に大学受験のために勉強した内容です。ちなみに私も塾には高校3年間しっかり通っていましたよ。英語、現代文、古文、政治経済、数学、物理の6教科でしたけどね。あのときの授業、講師との出会いはその後の人生に大きくプラスに作用しています。

>勉強は枠を外してこそ、本来の何かが出てくるものです。
>受験勉強はどんなに行っても、答えのあるものです、違いますか?違うなら話は別です。

これはその通りですが、中高時代に枠を外す必要はないというのが私の考えです。受験勉強で必要な範囲をしっかりと身に着けることこそ、将来の大きな基盤となるのです。基礎もできていないのに、背伸びをして大学生や研究者が読むような学術書などを読んでも消化不良に陥って、最終的には応用力の効かない人間になります。大きな建物を建てるときは、基礎をしっかりと築くことが必要です。読み書きそろばんではないですが、中高時代は基礎を疎かにせず、受験で問われる分野の内容をきっちりと身に着けることが一番重要なことです。大学もそのような人材を求めています。

当然大学に入ってからは話しは別です。大学の教養課程からは様々な分野の本を読み、主体的に幅広く教養を身に着けるべきです。中高時代はそのような教養を身に着ける前段階であって、大学入学後に様々な本・文献を読み解くための土台を築くための時期です。ほとんどの大学が英語(≠英会話)を試験科目に課している目的も、海外の文献を読み解くための土台となる力を計るためでしょう。

>現実社会で起きる問題は、問題が大きいほど正解や模範答案が存在しないモノが多いのです。時代の先端で仕事をすれば理解できますよ。

手前味噌になり嫌ですが、世界で最も進んでいるという領域の仕事をしていましたので重々承知していますし、貴方と同じことを前回の投稿でも述べていますので理解しています。

>私の周りには何人か大学の教員をしている者が多いのですが、私大ですから受験勉強に失敗したものが少なくありません。それが学問の世界では成功している。受験勉強をあまりやらなかったからだと思っています。
>そうした枠組みを外した「学問」は狂ったようにやっていますよ。

受験勉強に成功した方で学問の世界で成功している方の方がむしろ多いのではないでしょうか。当たり前のことを当たり前にやっていれば、受験は突破できるようにできています。全ての受験問題は「解のある」基礎問題ですから、受験に失敗するというのは要するに解のある答えすら導き出せない、基礎を疎かにした人間と言えるでしょう。

ちなみに、iPS細胞研究でノーベル医学生理学賞を受賞された山中伸弥教授は、対談本の「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」の中で高校柔道部から受験勉強に邁進された仰っています。

by 元商社マン医大生 (2013-03-01 12:36) 

元商社マン医大生

>Hirosukeさま
マザーテレサさんとは20代の頃に初めてインドに赴任した際に、カルカッタの教会でお会いし、数分でしたが直接お話しさせてもらったことがありますので、十分に彼女の考えは理解しています。わざわざ彼女の言葉を贈って頂かなくても大丈夫ですよ。
by 元商社マン医大生 (2013-03-01 13:11) 

ebisu

大事だと思う点のみお答えします。

>まずはじめにこれは撤回してください。「まだ現実を見ていない」とは非常に失礼な言い方ではないでしょうか。私がこれまで現実を見ずに人生を過ごしてきたということでしょうか。その根拠はなんでしょうか。

私の書き方が足りなかったようですね。40代50代の歴史のある企業の部長職をみれば分かることもあります。
あなたはまだその年齢に達していない、そう理解して書きました。アラフォーと今回記していますから、もう少しで現実を見る機会があるのかもしれません。

統計データ云々はもういいでしょう。假説と申し上げている。

>これはその通りですが、中高時代に枠を外す必要はないというのが私の考えです。受験勉強で必要な範囲をしっかりと身に着けることこそ、将来の大きな基盤となるのです。基礎もできていないのに、背伸びをして大学生や研究者が読むような学術書などを読んでも消化不良に陥って、最終的には応用力の効かない人間になります。

フランスでは高校の国語のテキストにデカルト『方法序説』を使っているそうです。
興味の赴くままに、消化不良を承知で独力で読むことが問題意識を育むことになります。
中高生だから読めない、大学生だから読めるなんて線引きはできません。読書の仕方次第でしょう。
最初のうちはきちんとした辞書を引きながら読めば、中高生にも読めるのです。受験勉強に追いまくられているとそういう時間的余裕がありません。受験勉強を放り投げてしばらくそういう本に没頭したっていいのです。
あなたの論は自分の場合がこうだから、他人もそうだろうというように聞こえてしまいます。

たとえば原典の読み方を教えてもらったら、それなりに理解はできますが、フィルターがかかってしまいます。他人の頭で考えるようになってしまいます。ひとつのシューレに属している人は、しばしば師匠の問題意識から抜け出ることができません。

独善に陥ることもある、しかし、新しいものはそうした独善から生まれるのも事実です。
白川静さんはそうした学者の一人でしょうね。

>受験勉強に成功した方で学問の世界で成功している方の方がむしろ多いのではないでしょうか。

その通りです、数の上では。先学をなぞることは上手になります。それだけのことです。

>受験に失敗するというのは要するに解のある答えすら導き出せない、基礎を疎かにした人間と言えるでしょう。

思い込みです。あなた自身がそれを証明しています。次の文章です。

>ちなみに、iPS細胞研究でノーベル医学生理学賞を受賞された山中伸弥教授は、対談本の「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」の中で高校柔道部から受験勉強に邁進された仰っています。

高校柔道部から受験勉強に邁進したのなら、その前まではどうだったのでしょう?
このかたは受験勉強期間が非常に短かった。むしろ私の假説を証明してくれる事例のようにみえます。違いますか?

アラフォーだとは思いませんでしたので、その点は認識を改めます。
by ebisu (2013-03-01 13:20) 

NO NAME

>特定のカルトに属する人間はしばしばそのカルトにかかわる本しか読まなくなります。そしていつかものごとを相対的に見ることをやめてしまいます。
>例は異なるように見えますが、「商社マン医大生」さんの意見には同じような匂いが漂っています。

これは人格攻撃に類するものと解釈しました。私のコメント内容、論とは全く関係のないことです。このようなコメントをするような方でしたら全く議論になりませんし、議論する値すらありませんね。失礼しました。もう二度とコメントしません。
by NO NAME (2013-03-01 13:24) 

元商社マン医大生

上のNO NAMEは私です。
by 元商社マン医大生 (2013-03-01 13:26) 

ebisu

おやおや、ずいぶんとナイーブですね。
人格攻撃ととらえたようですが、そうではないのです。
どうも思い込みの強い方ですね。
困りました。

時間がないので、夜もどってきてから続きを書いておきます。
by ebisu (2013-03-01 15:18) 

ebisu

さて、続きをはじめます。

カルトについてですが、新興宗教あるいはイデオロギーという意味合いで使っています。何に対して「新」であるのか、たとえば1000万人を超す某宗教団体もわたくしが10代の頃はさかんに拡張活動をやって社会との軋轢を起こしていました。その当時は「新」に属していたでしょう。

根室から東京へ出て、アパートの隣の部屋にその宗教教団の熱烈な信者が住んでいました。私よりも10歳ほど年上でした。
ずいぶん議論したものです。あなたと議論しているうちにふとその人を思い出したのです。
区役所に勤務のその方は2時頃まで議論した後、会長の著作や日蓮の著作を読み勤行をして、5時頃寝ていました。
あるとき聞いてみました、
「仕事中眠くなりませんか?」
「眠くなりませんよ、勤行していますから」
本気で言ってました。その人にとってはその通りだったのでしょう。あちこち活動してきて夜中に帰ってこられ、そらから1~2時間勤行です。すごいものだと思いました。朝方に寝ることが1週間続くこともありました。隣の部屋ですから、朝4時や5時にお経を読む声は聞こえるのです。
主張はともかく、そのエネルギーは敬服に値します。

論は平行線でした。
その方は、その教壇の新聞を読み、会長と称する方の著作しか読まない、他は読む価値がないし、それだけ読めばすべてが分かるんだそうです。
共産党にも友人が何人かいますが、やはり新聞は赤旗、新日本出版社や大月書店の本がほとんど。
主張は違いますが、宗教教団の信者の方とも、共産党の方とも議論は成り立ちます。平行線ですが・・・、それでいいのです。

私には偏って見えるのですが、当人達はそうではありません、それで充分なのです。しかし、これではものごとを相対的にみるのはむずかしくなります。何かにとらわれすぎると他のものが見えなくなります。

共通するのは、何かに対する確固たる「信仰」です。信仰は強い執着を生みます。信仰する対象は違うのですが、スタイルは同じです。相似形と言えばいいのでしょうかね。
オウム真理教は破壊集団でしたが、そういうところを捨象すれば、やはりスタイルが似ていると言えないでしょうか?

タイピングしながら数十年昔のことをふと思い出した、連相が浮かんだだけのことです。それ以上のことではありません。もちろん人格攻撃ではありませんよ。
あなたの人格を云々したつもりはありません。すくなくとも私にはそういう意図はありません。

勉強のスタイルはいろいろあります、受験勉強はどこまでいっても受験勉強です。
効率を追求します。そのために塾講師は努力しています。学問をしているわけではないのです。まったく効率を追及しない勉強を対置してみてもいいではありませんか。
あなたはずいぶんと哲学書を読んだようだ。

>カント、イェーリング、ヘーゲル、ヒューム、レヴィ・ストール、ジュリア・クリステヴァ、中村雄二郎など様々な哲学書を読みました。

すごいね、大学生でこれだけ読むのは哲学科の学生でも極小数でしょう。よほどの勉強好きでなければこんなにたくさんの哲学者の本は読まない。
ゼミのテクストとして使えば、ヘーゲル「精神現象学」2巻のうちの一つだけでも1年間はかかります。わたしはレヴィ・ストロースは必要があって解説を読んだだけです。アルチュセールも必要があって数冊読みました。イェーリングは読んだことがありません。共通するのはカントとヘーゲルだけですね。
道元の著作には興味が出ませんでしたか?
恥ずかしながらわたしはいまでも『正法眼蔵』にはまったく歯が立ちません。読んでもわからないのです。玄奘が書いた『正法眼蔵随聞記』は分かりやすいのに・・・ずいぶん脱線しました。

あなたは回り道をした、そのことがドクターとなってから患者へのやさしさの源泉となることを祈っています。
遠回りは無駄にはなりません。

言葉ジリにとらわれずに、大きな流れを読み取ってください。
私はけっこう議論を楽しめました。
どうもありがとう。
感謝。
(外は吹雪いています)
by ebisu (2013-03-01 23:32) 

ホクレン陸上競技部応援

「釧路公立大学へ進学した生徒」というのは2016年出雲大学駅伝で「北海道選抜」の一員として5区を走った神内優史選手ですか?「高校時代に陸上部で全道大会で活躍した」と記載されていたので


http://www.izumo-ekiden.jp/28/record/5a.html

by ホクレン陸上競技部応援 (2018-10-06 23:22) 

ebisu

ホクレン陸上競技部応援さん

違います。
走り幅跳びで活躍していました。
by ebisu (2018-10-06 23:59) 

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