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#1025 『明治廿五年九月の ほととぎす 子規見参』 遠藤利國著 May 10, 2010 [44. 本を読む]

  『メイジニジュウ ゴネンクガツノ ホトトギス』、一風変わった書名であるが、この書名がすべてを物語っているのかもしれない。タイトルについては本の中に著者の説明がある。
 ホトトギスとはもちろん正岡子規のことである。著者は國學院で『福翁自伝』をテキストにした演習を受けもっている。

 著者は明治二十五年に焦点を当て、正岡子規を中心に据えて時代の渦とその熱を描き出す。この時期は近代国家の形を模索している時期にあたり、西欧に伍した新しい国家を創り出す溶鉱炉のような熱気が渦巻いている。
 子規と東大で一緒だった漱石、どちらも新聞社務めを経験しているが、才能を仕事に活かした両雄はそれまでの文壇人とは一線を画した「仕事人」でもあった。明治二十五年、漱石も子規も25歳。

 子規は突然に東大を中退し、陸羯南の引きで日本新聞へ就職する。考え抜いた末の結論だった。その辺りの経緯は秋山真之を扱った『坂の上の雲』にもあるが、著者は「(七)退学問題―子規の英語、理数教育」に1章を充てている。
 この当時の授業は第一世代のお雇い外人学者に日本人教師が混ざり始めた時期だ。数学や歴史が英語で教えられていた。答案も英語で書く。子規が俳句の翻訳をして独自の論を書いて教師を驚かせたと漱石の評が載っている。「16世紀に於ける英国と日本の文明を比較せよ」という試験問題に対する子規の答案草稿を採り上げて論評しているが、古代ローマやモンゴル帝国をなど分厚い本を数冊翻訳している著者らしい視点である。

 明治25年、日本新聞に就職して一月ほどたった頃、日本新聞は発刊停止を命ぜられる。そのときに編集長の古島一雄が「多少試験の気味で、君何か一句ないか と言ったら 言下 筆を把って

  君が代も二百十日は荒れにけり

とやった。 古手の編集長の古島は新参者の子規に「こいつはなかなか喰えぬ代物だ」と感服している。こういう新入社員が入ってきたらさぞかし刺激になるに違いない。
  落首は平安時代から、季語のない川柳なら江戸時代から政治風刺に使われてきたが、子規は季語をきちんと入れた品格のある俳句を創作し新聞紙上で時事評論をやったのである。この句を読んだときは25歳、驚かざるを得ない。
 著者は年度を追って子規が詠んだ俳句の数を追っているが、年を追うごとに急激に増えるその数に読者は驚かされるだろう。
 職人仕事のように自分の技倆を磨くためにある時期子規は自分にノルマを課したようにみえる。宮大工が修行時代に仕事が終わってからひたすら鉋の刃を磨ぐ姿に似たものを感じた。技術が上がってくると砥石に刃がくっついてしまうという。句数を年度ごとに丹念に追って、子規が一流の職人に匹敵する修業時代を自ら創り出したことを著者は明らかにしている。「数」や「数式」で現象を記述する近代科学の役割を福沢諭吉を中心に展開しているが、著者自身も「数」を追うことで子規の仕事の一面に迫っているのである。

 著者は明治25年、子規余命10年前に焦点を当てて時代の熱気を伝えようとしており、この時期の人物について年齢付きのリストを示している。全部は書かないが、著者が挙げた人物リストそれ自体にも読者は興味がわくはずだ。調べ確認するのに結構な時間が費やされたはずだ。こういうところの手を抜かないのが彼らしい徹底振りである。32年たったが、「あいつは変わっていない」という感を深くした。

福沢諭吉57歳、勝海舟69、黒田清隆52。意外だったのは尾崎紅葉、幸田露伴と南方熊楠が同年の25であることだ。南方熊楠は博物学及び民俗学の巨人で、20代の一時期興味がわいて全集を買おうか本屋で迷ったことがある。残念ながら書棚を飾ることはなかった。海軍軍人で終戦時の内閣総理大臣鈴木貫太郎もこのとき25である。島崎藤村20、与謝野晶子14、寺田寅彦14、芥川龍之介0歳など。

 『福翁自伝』をテキストに演習を受けもっているだけに、福沢諭吉とその周辺については実に丹念に調べている。福沢がどのように目を開いたのか、「数」をキー概念にして自説を展開してゆく。数や数式で表現することで知が誰にでも理解できるものになったことが、近代的自由や平等概念の普及とかかわりのあることが論じられている。この点もユニークだろう。
 勝海舟の役割についても近代精神とのかかわりで論じられる。咸臨丸で米国へ行き、戻ってから幕府高官に感想を求められての返答が如何にも勝海舟らしい。これは本文を見てもらいたい。
 まだ全部は読んではいないが、「ラフカディオ・ハーンの見た日本」の章にも興味が尽きない。子規を論ずる本の中でハーンを採り上げた視点が斬新だ。
 子規の専門家や文学者ならこうはいかないだろう。こういう発想の斬新さは、20代に積み上げた素養に謎を解く鍵があり、わたしは著者の中で異質な素養がクロスオーバーしているのを感じる。

 二本松のくだりを読んだときにどういうわけか祭りの記憶がよみがえった。何かがシンクロしたような感覚があった。二本松には提灯祭りがある。赤い提灯を数百つけた山車が坂の上から下までずらりと十数台並ぶ。道路わきの街灯も家並みも明かりを消す。青く染まった空の下、黒く染まった家並みを山車の赤い提灯がぼうっと照らし出す。印象的な光景だった。
 あのくだり読んでいて、なにか、日本人がもつ古層の記憶を呼び覚ますような感覚があったのはなぜだろう。ちりばめられた五七五の調もその要因のひとつかもしれない。

 あとがきを見ると、著者は仕事で1年ほど飛騨の各地を駆けずり回ったとある。大学での講義と二足の草鞋をはいて忙しく飛び回っていたようだ。日本の古来から伝わる事物や風習を自分の目で見て、生まれ育った日本、その社会や歴史に興味をもったという。それから日本の古典や文献、史料に目を通すようになったという。『福翁自伝』をテキストにした演習もその産物と述懐している。

 明治25年の子規の年齢の頃、彼は哲学を学んでいた。ギリシャ語とラテン語を学びながらヴィトゲンシュタインを原書で読んでいた。当時、わたしも『論理哲学論考』を半分ほど読んでみたのだが、異質すぎて興味がわかなかった。その西洋哲学を研究していた彼がなぜ日本へ回帰してきたのかその理由が知りたかったし、何を書いたのかも気になった。日本回帰の理由については「あとがきで」明らかにされている。
 どの辺りだったか、哲学を学んでいたことは控え目にさらりと触れられている。
 
 文章全体に詩が流れているような印象をもった。それが彼の文や文体を特徴付けているように思え、最後の部分がそういう雰囲気を伝えているのではないだろうか。心地よい余韻が感じられる。

 「子規はこの日をもって、「獺祭書屋日記」の筆を擱いた。前年の九月二十四日に、序も、前書きも、いっさいなく、ひそやかに書き始めてからちょうど一年後、何の跋もなく、文字通り、ひっそりと筆を擱いたのである。」


 二十代半ばの3年間、著者やOさんをはじめとして数人の仲間たちと時間と空間を共にした時期がある。1975年は俺たちの明治25年だったのだろうか?団塊世代は一時期の日本の経済発展を担いはしたが、何を創りだし得たのだろう。現在の日本経済の状況、精神の荒廃をみるにつけ忸怩たる思いにとらわれない者は少ないだろう。しかし、明治25年の子規とは比ぶべくもないが、それなりの青春があった。
 誰にも25歳の青春時代はある。そうした時期の自分や友人たちや(全共闘世代の)時代状況を重ね合わせて、25歳の子規がどのような俳句をつくり、時事評論をなしたのかを追ってみるのも一興だろう。すごい奴がいたものだ。
 子規の俳句が随所に引用されているから、その一つ一つを味わいながら、著者の道案内でしばらくの間、わたしは明治25年を歩き回ってみたい。語り口は軽快で溌剌としている。

*#1029『現代語訳 帝国主義』幸徳秋水著・遠藤利國訳
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-05-16

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