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#4085 フェリチン定量:Sep.19, 2019 [36. 健康]

 白内障の術後3か月間は目薬がなくなるごとに診察を受けることになっている。目薬(ネバナックス)がなくなりそうなので、9/17に市立病院眼科を受診してきた。
 朝、7時5分前に市立病院へいくと、7時には30人ほど並んでいた。診察券を受け付けの機械へ通すと眼科受付番号は「9014」、眼科で14番目ということ。並んでいた人の半数以上が眼科のようだ。いったん家へ戻り、8時25分にまた病院へ行った。受付で名前を呼ばれるのを待ち、基本票を受け取って眼科窓口へ出した。5分くらいして、視力検査や眼底検査をして、瞳孔拡大の点眼液をさして、30分間まつ。一滴さしただけで黒目がどんどん広がっていくから不思議だ。右目と左目では黒目の広がる速度も元に戻る速度も違っている。

 白内障手術は7/31だった。それ以来3種類の目薬が出ていた。
①ベガモックス
②フルメトロン
③ネバナックス懸濁性点眼液

 フルメトロンは結晶ができるので振ってから使う。「振る目とろん」、ダジャレだ。
 ネバナックスも振ってから使う。ねっとり、ネバネバしているので、ネバナックス、これも駄洒落だろうか?
 ネバナックスは薬容器の尖端のところに粘ってついてしまうので、そのつどテッシュでふき取るから、水のように粘性のない他の2剤よりも早くなくなる。

 瞳孔が拡大したのを看護師さんが確認してから2番の検査室へ入り、検査をしてから、3番の診察室で大谷先生の診察を受けた。ベガモックスとフルメトロンは使い切ったらそれでOK。あとは10月末までネバナックスだけを点眼すればいいということになった。ありがたい。術後の経過は「順調」ということだった。そういってもらえると安心だ。10月下旬か3月に新しいメガネをつくることにしている。

 ふじ薬局でネバナックス3本を受け取るとまだ10時半だったので、そのまま岡田医院へ行った。3か月検診で先週採血した血液検査結果が出ているので、病院の「ハシゴ」。
 フェリチン定量が33、基準値内(男20-250ng/ml)に入っていた。体内貯蔵鉄が少し増えたようだ。マツキヨの「ヘム鉄withバイオペリン」を2週間ほどやめてオリヒロの「鉄more in chewable」を服用していた。こちらの方が、わたしの場合は吸収がいいのだろうか。たまたまそうだったかもしれず、3か月間飲み続けて結果を見ないとわからない。これらは一日1錠だけ、どちらも1日2錠が目安となっているから半分の量。ほかに雪印乳業の「プルーンFe 一日分の鉄分飲むヨーグルト」を飲んでいる。頻度は週4本くらい。
  腫瘍マーカも異常なし。

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#4084 根室高校スポーツ大会 Sep. 18, 2019 [85.サイクリング]

 曇り空、9時の気温17.3度、東南東の風4.3m/s、湿度65%
 根室高校はいまスポーツ大会期間中である。今日(水曜日)は英語短期特訓の日だが、スポーツ大会の練習があるので、繰り延べしてもらえないかと生徒が言うので休みにした。
 9時45分に根室高校グラウンド横をロードバイクで走り抜けたとき、男子サッカーと女子サッカーをやっていた。グラウンドが広いから、同時に2試合で切る。応援の声が周囲に響いている。ボールを勢いよく蹴って追いかけ楽しそうだ。サッカーをやっている向こう側の野球場でもなにかやっていた。他にテニスコートが4面ある、生徒数500人とちょっとだからずいぶんと広い。

 前方に草刈り用の自動車が見えてくる。アームを路肩の外側の溝の部分30度くらいの傾斜の面を1m幅くらいで刈り取っていく。電信柱や標識があると横に出していたアームを引っ込めて、2mほど前進し、また左側に出した。きれいに刈り取っていく。路肩の部分1mを刈り取った後に、斜めになった部分をさらに刈っていく。フキの若い葉がみな刈り取られていた。

 今日の走行距離13㎞、RB累計走行距離5235㎞

<余談:さんま祭り>
 秋刀魚が不漁だ。毎年やっていた「つかみ取り」を中止するという。送りもモノが確保できないから、獲れ次第送るということで予約を受け付けるだけ。大きくて、脂がのっていて、近場で獲れた秋刀魚を食べたい。3週間ほど前に食べたのはほっそりして脂のない鮮度の悪い秋刀魚だった。公海上で獲った秋刀魚は、港に水揚げされるまでに日数がかかっているから、鮮度が悪くておいしくない。ああ、おいしい秋刀魚が食べたい。

<千葉県台風大災害>
 9月9日に千葉に台風が上陸して停電してから9日間、今朝の時点で49100戸がまだ停電中だという。屋根が破損している家が多い。そこへ雨の追い打ち。畳も壁もアウトだ。雨水が壁を伝うと、湿気でカビが生えている。全壊してなくてもあれでは壊さざるを得ない家が多そうだ。修理したくても大工さんたちは手が回らない。2年先だと言われた人もいる。寝る部屋もなくて、ほんとうにお気の毒に思う。

 根室は昨年9月6日の胆振東部地震で2日と18時間停電した。それだけでもとってもたいへんだった。冷凍庫のものは溶けかかったし、コンビニも営業できなかった。ガソリンスタンドには長い行列。根室市長選挙のまっただかかだった。
 灯りのない街並みから視線を上に移すと、夜空に星がとっても美しかった。台風、地震、火山噴火、日本列島はいつとこで災害が起きるかわからない。準備はゆめゆめおこたってはならない。

 そう考えると、東京オリンピックなんて如何にも馬鹿げた話だ。7月の酷暑の中で開催、それだけでも常識を外れてる。首都圏で直下型地震や台風被害があるやもしれにというのに…数か月間は電気・ガス・道路・水道…あらゆるものが麻痺状態になる。災害復旧の応援部隊、復旧に必要なあらゆる種類の技術をもった者たちをどうやって呼び集め、配置していくのか。仕事は段取り八分というではないか、事前の検討なしに災害が起きたら、しばらくは手の打ちようがない。首都圏の住民は命と財産に大損害を混むり、弱い者から多数命を落とす。災害時の実行可能なプランが必要なのである。それがないために福島第一原発事故の際には、住民が避難できずに放射能の高い場所にとどまり続けて被爆している。ロシアはチェルノブイリ原発事故のときに、3日間でバス数千台で周辺住民の避難を完了したという。事前に実行可能なレベルの避難計画があったからだ。
  組閣だオリンピックだと災害に対する備えはまるで念頭にない。
 台風15号で被災した千葉県民は高齢者が多い。そういう人たちをしり目に、被災復興計画も練らず、世は東京オリンピックに浮かれている。明日は我が身と知らずに。
*「政府初動対応に批判=内閣改造で「空白」-台風15号
https://www.msn.com/ja-jp/news/politics/政府初動対応に批判%ef%bc%9d内閣改造で「空白」%ef%bc%8d台風%ef%bc%91%ef%bc%95号/ar-AAHruID?ocid=spartanntp#page=2


…しかし、この間の動きを検証すると、対応が十分だったか疑問が残る。千葉市付近への台風上陸は9日午前5時前。最初の災害対策会議は33時間余り後の10日午後2時半だ。中国地方を縦断した8月の台風10号接近の際、官邸は関係閣僚会議を上陸の前と後に計2回招集したが、今回は1回も開いていない。
 安倍晋三首相は予定通り11日に内閣改造を行った。この日は皇居での認証式や新閣僚の記者会見など関連の日程に終日追われたためか、2回目の災害対策会議は翌12日まで開かれなかった。防災担当相、経済産業相ら関係閣僚が初めて千葉県入りしたのは12日になってからだ。
 台風15号をめぐっては、東京電力の停電復旧の見通しが二転三転し、千葉県による被害確認も遅れたとの批判が広がっており、菅長官は会見で「復旧見通しが正確でなかった」と東電を批判した。だが、政府内では「後手に回ったのは政府も同じ」(高官)との声が漏れる。

*「胆振東部地震」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E8%83%86%E6%8C%AF%E6%9D%B1%E9%83%A8%E5%9C%B0%E9%9C%87

*#3817 根室もようやく電気がつきました:満天の星、きれいだった Sep. 7, 2018
https://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2018-09-07





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#4083 路肩に繁茂する新旧のフキと画期的な経営管理システム Sep. 14, 2019 [85.サイクリング]

 曇り空。
 11時の気温は19.5度、南風6.6m/s、湿度67%
 10時46分にロードバイクで家を出た。
 高校前の一直線の道路は強い南風がときおり自転車を50㎝ほど左に押してしまう。二度目に来たときには風を感じて右に倒してバランスをとる。
 オホーツク海へ左折してから快調だ。空気圧が6.5barに下がっていたので9barに上げてきた。向かい風でなければペダルは軽い。空気圧が高いと速度が出る。下り坂では50km/sを超えた。

 海岸沿いを走っていくとラブホが海岸寄りにある。カーサという名前だが、千葉に同じ名前のファミレスがあった。SRLの子会社の千葉ラボへ新システムを導入した1991年に本社関係会社管理部から応援に3か月ほど通った。関係会社管理部でシステム開発技術と損益シミュレーション等の経営管理技術をもっていたのはわたし一人だけだったからだ。親会社から1億円ほど融資を受けて新システム導入を考えていたから、稟議書作成のために新システム稼働によって損益がどうなるか、精度の高いシミュレーションをする必要があった。生産性を3倍にして、赤字経営が続いていたのを一気に黒字へ、それも5年間で盤石の財務安定性を築くことを目標にした。予定通りに稼働して、ラボの生産性はすぐに2倍を超えた。
 自分の仕事は簡単に終わったが、現場仕事はたくさんあるから、付き合った。昼飯を一緒に食べることも、夜食を共にすることも、コミュニケーションには不可欠なのだ。そういう中で昼飯を食べに行った店の一つがCASAだった。「屯田」というファミレスもあった。茶巾ずしのおいしい店もあった。徹夜作業が何度もあったので、夜食の買い出しにも付き合った。3年たってから、練馬のラボと千葉のラボを統合した会社へ出向することになったのだから、運命は面白い。とんでもないことを考えていた。ラボを移転して、150mの平面ラインでの検体処理を考えていた。検定の受付処理・分注から検査まで、ワンフロアでやるつもりだった。東京ラボのM輪社長と構想を具体的に練り始めたところで、親会社から「呼び出しがかかって、帝人との臨床治験検査及びデータ管理の合弁会社の経営を担当することになってしまった。それがなければ、具体案をつめてから、八王子ラボを棄てて、グループ全体のより大きなラボを創るつもりだった。老朽化して耐震性が脆弱だった練馬ラボの建て替えではなくて、練馬の子会社を拠点としてSRLグループ全体の「核ラボ」建設を考えていた。SRL八王子ラボに4年いただろうか、購買課で機器担当をして、そのご学術開発本部スタッフとして開発部と学術情報部と精度保証部の仕事を兼務して、ラボ内は知り尽くしていた。最初にできた「八王子ラボ」は八王子市と日野市の境界線をまたいでつくられていた。そのご受付業務とシステム部専用の建物、3ラボ、遺伝子ラボが離れたところに建設された。増設増設で4か所に離れた八王子ラボは不便この上なしだったが、SRLは一部上場企業だから、おいそれと八王子ラボ群を棄てることはできない。慥かな段取りと損益シミュレーションが必要だった。それができるのはSRLで一人だけ。SRLであとやるとしたら、これだけ、自分にしかやれないワクワクする仕事と思っていた。あと3か月あれば、親会社のK藤社長へ具体案をもって相談に行くつもりだった。K藤さんは厚生省からSRLへ来たときには調査役だった。かれの分析と政策提案書を当時読んでいた。面白い人が来たと思った。慶応大学医学部出の切れ者だったから、具体案をもっていけば説得できると踏んでいた。運命は分からぬものだ、子会社のSRL東京ラボで社長のM輪さんからお呼びがかかったので、社長室へいくと俯いて、親会社社長のK藤さんからebisuを帝人との合弁会社に投入するむね言われた、「親会社・社長K藤さん直接の指示だから断れない」、これも運命かと受け入れた。ラボの自動化は平面のほうがずっとやりやすい。垂直方向への搬送があると運ぶのは液体だから、ジャムったらえらいことになる。病気を患っている人たちの大事な検体だから、万が一にも検体をダメにすることは許されない。その後30年間日本一のラボであり続ける、巨大臨床監査ラボの構想にチャレンジしてみたかった。実務フローと仕様書を描けばいい。検査室ごとのサブシステムはすでにあったから、それほど難易度が高い仕事ではなかった。実は原価計算システムの大幅な改造を予定していた。新規導入項目の数量の伸びと伸びに応じた項目別原価シミュレーション・システムを開発して、年次損益シミュレーション・システムにつなげて、統合的な利益管理システムを構築しようとしていた。SRLに転職した翌年(1985年)に、大まかなところはデザインしてあった。25本のゲージをもつ5ディメンションの目標管理用業績評価システムへとつながる、経営状態を総合偏差値であらわすものだった。進研模試に例えたら、25科目の総合偏差値と言えばわかるだろう。これら25科目はそれぞれ収益性・財務安定性・成長性・生産性・活動性の5群にまとめられていた。
 統合システムを立ち上げた後、暇だったから、遊びでそんなことをして、いつかチャンスが来たらやってみようと思っていた。そういう統合シミュレーション・システムは、日本にはまだない。世界中を探してもまだないだろう。80年代半ばに出来上がっていたから30年ほど先を見ていたことになる。25本の経営指標群による目標管理と総合偏差値による業績評価システムは、関係会社管理部に在籍していた時に、子会社と関係会社の業績評価に一度だけ使用した。1992年だったかな、こちらは完成品だったから。これに匹敵するシステムもまだ日本にはない。財務データや人員データをベースにしたシミュレーション・システムだから、文系と理系の両方のクロスオーバした領域だった。80年代半ばは汎用大型コンピュータの時代、そして財務統合システムは文系分野のソフト技術者、シミュレーションシステムは数値計算プログラミングだから、利用する言語やマシンに違いがあった。時代は90年代に大きく変わり、パソコンやUNIXサーバーで両方処理できるようになった。SRLへ転職した84年に、SRLの子会社「東京ラボ」にDECのミニコンがあった。受付処理システムの開発に失敗して2台が使われないまま放置されていたので、経理部長へ使いたい旨申し出たが、システム部門の所有なので手が出せなかった。1978年からHP社のプログラマブル・キャリュキュレータで数値計算プログラミングをしていたのでミニコンで数値プログラミングの経験を積みたかった。当時DECのミニコンは3000万円ほどしていた。たまたま統合システム開発のほかに固定資産および投資管理システム開発も同時並行でしていたので、種類別に分類するために、全資産を実地棚卸して自分の目でみて回った。その時に使いきれなかったDECミニコン2台を見つけたのである、もったいなかった。それまでコンピュータ言語は3言語マスターしていたので、さらに数値処理に強いC言語に習熟したかった。自分の手でプログラミングしてみたら、仕様書の書き方が違う。外部仕様書でもプログラミングを考慮した、的確でコンパクトな仕様書が書けるようになる。システム開発の試行錯誤やプログラミング工数を1/3半分以下に短縮可能である。外部仕様書はそのままプログラミング仕様書になってる。ユーザー部門でそういう仕事の仕方を1980年から5年間していた。

 海岸通りから右折して、再び原野に戻る道路は急勾配の登り坂である。いつもは18km/hくらいで駆け抜けることができるのに、10-14km/hほどしかでない。南の向かい風がキツイ。あはは。
 道端に視線をやると、路肩ギリギリのところにフキの若葉が咲き誇り、その奥に黄色く変色し、穴だらけになったフキの枯れ葉が無残なさまを見せていた。奥のほうが我、手前の若葉は塾生たちか。
「マネジメント・フライト・シミュレーター」
 今日の走行距離18km、瞬間最大速度50.6km/h、累計走行距離5221km

 風を切って、いい走りだった。オホーツクへ向かう道で追い風のときだけ。風の神様と下り坂の神様が応援してくれた。(笑)
 
「マネジメント・フライト・シミュレーター」
 千葉大名誉教授の物理学者N先生とFB上で対話していたら、取り上げていたトピックスに関連のある本『システム思考』を読んでいるという。アマゾンの著者紹介の箇所を見た。
スターマン,ジョン・D.
MITスローン・ビジネス・スクール教授/システム・ダイナミクス・グループ・ディレクター。システム思考、組織学習、企業戦略のコンピューター・シミュレーション、非線形ダイナミクス理論を研究するシステム・ダイナミクスの第一人者。複雑なシステムにおける意思決定の改善を目指し、企業及び経済システムの「マネジメント・フライト・シミュレーター」分野を開拓した。今日の組織が直面するさまざまな課題と機会について多くの文献を手がけ、IBM教授賞、アクセンチュア・ベスト論文賞など数多くの表彰を受ける
 
 原著John D. Sterman『Business Dynamics: Systems Thinking and Modeling for a Complex Worldは2000年に出版されている。

 
わたしが70年代終わりから80年代中頃までやっていた仕事も同じ「マネジメント・フライト。シミュレータ」の一つである。ネーミングがうまい。(笑)
 この分野で、ようやく若いフキが繁茂し始めたようでうれしい。

システム思考―複雑な問題の解決技法 (BEST SOLUTION)

システム思考―複雑な問題の解決技法 (BEST SOLUTION)

  • 作者: ジョン・D・スターマン
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2009/09/11
  • メディア: 単行本



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#4082 左脚にかすかな異常あり: Sep. 13, 2019 [36. 健康]

 座ってブログ記事をタイピングしていると、左脚がしびれと麻痺があることがある。右脚にはそういうことがない。右脚の上に左脚を組んで載せているときに起きるようだ。椅子から立ち上がりざまに左脚がしびれていてよろけることがたまにある。
 そういえば1か月くらい前に、近くのコンビニへ行くのに、車が来るのを気にしながらすこし急いで道路を横断して、25㎝の高さの縁石に左足先をひっかけて転倒したことがあった。左足がぶらんとする感覚がして一瞬力が入らずに、つま先が思ったほど上がっていなかった。だから如何にも年寄りらしい無様な転び方だった。
 昨年10月に東京へ行ったときに、家から最寄りの駅まで15分ほど歩いた。駅まであと200mというところで低血糖症状とともに、左脚からカクンと力が抜けてへたり込みそうになった。いま思い出してみると、左脚が一瞬云うことを聞かぬという同じ感覚があった。気持ちでは左脚を前に出しているのに、実際に足が前に進んでおらぬ、足首から先が挫くようにカクンと横になった。

 いま、膝を高く上げて足踏みを100回ほどしてみたら、やはり左脚の神経系が右足に比べてヘンな感じがする。反応が違うのである。左脚のほうが「いうことをきかない」感じがかすかにしている。言語や思考には差支えがないから、右脳に梗塞があるのではなさそうだ。
 ちなみに、この1年ほどはサイクリングはするが、散歩はまったくしない。面倒なのだ。風を切ってロードバイクで走るのは気分がいいが、散歩はそういうことがないので、つまらない。スキルス胃癌で退院したころは、向かい側にある母校(中学校)のグラウンドの周りを毎日5週ほどしていた。1周550mある。40日間の入院で衰えた脚のリハビリのために1年間ほど必死に歩いた。それほど足が弱っていた。走るとよろけた。

 加齢によって大腿部の血管が細くなってつま先の毛細血管の血流が悪くなり、左脚の神経系へ影響しているのかもしれない。まあ、人間、齢(よわい)70を数えると年々ポンコツになるのはいたしかたなし。(笑)
 いずれ、本格的に何か症状がでたら、レポートしたい。
 動かさないのがいけない?サイクリングと散歩では使う筋肉が違う、ほどほどに散歩もしないといけないかな?

<余談>
 スキルス胃癌と巨大胃癌の手術は2006年7月だった。その後、TS-1という抗癌剤治療をした。そのお陰でいまこうして生きているのだろう。髪の毛が抜けたが禿はしなかった。両足のふくらはぎの横の部分が、薬の副作用で老化が進み黒ずんだ。その部分は皮膚が乾燥したようになっている。13年がたち、少しは色がうすくなったようだが、ほとんどそのまま。皮膚に異常が出るということは、両脚になんらかの異常があることはたしからしい。とくに左脚のようすがおかしい。でも日常生活にはほとんどこまらぬ。縁石を超えるときに左足つま先が上がらず、転倒して手をすりむいて痛い思いをしただけ。あと十年したら、上手に転べずに、大腿骨骨折や腕の骨折で入院、その後車いす生活となるやもしれない。あなおそろしや。歩けるうちにお迎えが来てくれたら、それはそれで幸せ。

<徒然草より>…同じサイトに現代語訳も載っています
http://www.esdiscovery.jp/knowledge/japan/tsuredure032.html
第108段:寸陰(すんいん)惜しむ人なし。これ、よく知れるか、愚かなるか。愚かにして怠る人のために言はば、一銭軽しと言へども、これを重ぬれば、貧しき人を富める人となす。されば、商人の、一銭を惜しむ心、切なり。刹那覚えずといへども、これを運びて止まざれば、命を終ふる期、忽ちに至る。 
されば、道人(どうにん)は、遠く日月を惜しむべからず。ただ今の一念、空しく過ぐる事を惜しむべし。もし、人来りて、我が命、明日は必ず失はるべしと告げ知らせたらんに、今日の暮るる間、何事をか頼み、何事をか営まん。我等が生ける今日の日、何ぞ、その時節に異ならん。一日のうちに、飲食・便利・睡眠・言語・行歩(ぎょうぶ)、止む事を得ずして、多くの時を失ふ。その余りの暇幾ばくならぬうちに、無益の事をなし、無益の事を言ひ、無益の事を思惟して時を移すのみならず、日を消し、月を亘りて(わたりて)、一生を送る、尤も愚かなり。 
謝霊運(しゃれいうん)は、法華の筆受なりしかども、心、常に風雲の思を観ぜしかば、恵遠、白蓮(びゃくれん)の交りを許さざりき。暫くもこれなき時は、死人に同じ。光陰何のためにか惜しむとならば、内に思慮なく、外に世事なくして、止まん人は止み、修せん人は修せよとなり。


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#4081 英語短期特訓授業 5th:"Gamification" Games May Save the Word Sep.11, 2019 [78.高校英語教科書を読む]

<最終更新情報>
9/12朝9時追記:pとfの発音について

 高3英語教科書を使った、英語が苦手な高2対象の短期特訓授業は5回目である。前期期末テストがあったので2週間中止し、今日から再開した。
 Lesson 2のGamificationの章だ。
 いままで、本文を10-30回音読し、全文黒板に書いて、文型解説をしていたが、慣れてきたようなので、板書せずに口答で説明していったら、'part 1'と'part 2' を消化できた。速度が倍になったから、残り5回で3章やれるかな。
 数回音読した後、英語が苦手な生徒4人に節単位に区切って文型を訊いてみた。4人束になって正解が半分程度だった。これには苦笑。あまり復習していない様子。1人は高3教科書を第1章から順にやり始めたから、大きな変化が起きた、N君。英語の文法問題集に取り組み始めた生徒はH君。あとの二人はなんとか授業に出席している状態かな。マインド・セットが変わった様子が見えるのはこの4人のうちでは二人。
 音読は、最初はゆっくり、同じ文章を5回10回15回と回数がアップするごとにだんだん速度を上げていく。必死についてきているのがわかる。大きく口を動かすように言っても、実際にはほとんど動かせない者もいるから、ときどき子音の発音で具体的に口の動かし方と息の出し方を注意する。今回はpとfだった。おあつらえ向きにpとfが多く出てくる文があった。

 Participants put the data of their energy comsumption online.
 For example, some cars are equipped with a game function showing fuel effeciency.


 文型と意味解説をした後で、意味を頭に浮かべて5-10回音読する、イメージ音読と名付けている。弊ブログに投稿してくれていたHirosukeさんのメソッドである。30回音読10回書き取りというのは、英語の達人、ハンドルネーム「後志のおじさん」のトレーニング・メソッド。いいとこどりさせてもらっている。「学ぶ」の語源は俗説によると「真似る」ということらしいが、わたしはその通りにやっている。生徒たちの手本になればうれしい。ニムオロ塾の英語授業は日々進化している。(笑)
 いまにして思うことがある。ブログ投稿欄での議論はとっても役に立つことが多い。意見が違うほど学ぶことも増える。時におちゃらかしのあるのはしかたがない。そういう場合でも、議論につきあうことにしている。投稿者の知的レベルが文章に現れていることがある。そういう投稿者に付き合って対話していると、途中からまともな議論に変化することがある。それも愉しい。四国の阿波の国の住人で、面白い人がいた。使う言葉で四国出身者ということはすぐに分かった。だいたいは気真面目な人が多いようだ。たくさん投稿してくれた人ではkoderaさん、Hirosukeさん、後志のおじさんがそうだ。それぞれお得意の分野で一家言のもち主である。

 ゲーミフィケーションというのは聞きなれない言葉だが、たとえば、老人施設で考えられるのは、椅子に座ったり、椅子から立ったりするのを、圧力センサーでキャッチして、パソコンへ伝送し、スクリーン上に木を表示して、やった回数に応じて、木が成長していくというようなことである。ゲーム感覚で、老人の健康促進、あるいは病気予防を愉しくやろうということのようだ。
 電気節約事例では、電気器具ごとの電力消費量を知り、節電の量を競い合うことで、一番節電した人が優勝するというようなこと。
 車の燃費データをオンラインで伝送し、燃費向上を競い合うことも事例に挙げられていた。いまは可能性の話だろうが、そろそろ実現しそうだ。

 音読主体の授業なら、英語が苦手の生徒たちの緊張が切れることはない。2時間ノンストップであっというまに7時になっていた。授業はやりようだね、毎回いい集中力を見せてくれてるが、成績と連動するかどうかは、家での勉強次第だ。わずか2時間×10回=20時間で大きな効果が出るはずがない。1000時間投入できたら、成績は劇的に変わる。学年チップクラスに誰でもなれる。今回の特訓授業サービスの役割は生徒たちの家庭学習のきっかけ作りだ。

<余談:大学入試共通試験>
 生徒たちが、英語の入試制度がどうなるのか不安を口にしていた。
*「柴山文科相に批判の嵐 英語民間試験に異議の学生を強制排除
https://news.livedoor.com/article/detail/16993288/
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 現在、実施されているセンター試験に代わる「英語民間試験」には、高校生や保護者、学校関係者から「不公平」や「不透明」など懸念が噴出し、実施団体「TOEIC」まで離脱。「AERA」が実施した教員、保護者、生徒へのアンケートでは、「中止すべき」が72%、「延期すべき」が23%と圧倒的多数が「ノー」だった。
 ところが、柴山文科相は、16日付のツイッターで〈サイレントマジョリティは賛成です〉と根拠もなく、異論を一蹴。1人の賛成論者を取り上げて〈エキスパートはこう主張しています〉(17日付)と露骨なつまみ食いをした。
 さすがに、〈周りに賛成している人一人もいませんよ〉〈都合のよい声だけを取り上げ、誇張している〉と批判が相次いだ。

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