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#3547 心意気 May 31, 2017 [塾長の教育論]

  ブログ情熱空間は今日で終了する。リニューアルを考えてのことのようで、一区切りをつけたいのだろう。その教育論と心意気を紹介したい。

 ブログ情熱空間より
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8850515.html
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2017年05月29日

プライドとバックボーン

他塾で入塾を断られた生徒を指導させてもらい、ずっとそれを続けてきたこと。

塾人としての私のバックボーン&プライドです。今では考えられないことですが、「主要5教科オール3未満は、入会お断わり」というのが、この地の塾業界の慣習でした。内申ランクでいうとオール3はGランクですから、HIJKLMランクは塾に入れてもらえなかった(現在でも一部はそうみたいですが)。

相対評価のころ。通知表で「5」と「1」は7%、「4」と「2」は24%、「3」は38%と決まっていましたから、学力下位層に相当するおよそ3割の生徒は、塾へ通おうとするも門前払いされたことになります。正直、今思い返しても腹が立ちます。なんと無礼千万なことか…。

とあるレストランに立ち寄った。するとその身なりを一瞥しながら、「あなたは当店にふさわしくありませんから、お帰りください」と言われた。そんなシーンがオーバーラップしてしまいます。

その理由です。学力の伸びが期待できないこと。悪しき生活習慣とセットになっている確率が高いこと。平たく言うとこうです。素行不良の子が多い。教えても伸びない可能性が高い。合格実績に寄与しない。だから排除するんですね。経営方針なのでしょうけれど、やはり私には納得できないものでありました。

振り出しに私が勤務した塾では、創業以来「入会制限」なるものはありませんでした。ですから当時は、他塾で入会を断られた生徒が大挙して集まってきたものです。となると、今のまじめな子ども達とは異なり、なかなか壮絶なものがありました。いやぁ、懐かしい(笑)。

隠れてタバコを吸う子。通塾にかこつけて夜遊びをする子。殴り合いの喧嘩を始めたり。たしかに(学力が)下のクラスは、なかなか大変なものがありました。でもね、思うんです。全員は無理でした。しかし何割かの子、そうですね、およそ半数でしょうかね、だいたい半分の子はですね、それでもグンと良くなるものなんですよ。

塾はいいよね。
やる気のある子、できる子が行くんだから。

そういう学校関係者の声を何度も聞きましたが、学力下位層、オール3未満(オール2前後=IJランクが大半)の一斉指導クラスは別世界でしたよ(苦笑)。そもそも集中力が続かない。授業が上手下手とかそれ以前の問題ですね。手綱を絞めっ放しでは授業が成立しません。絞める。緩める。そうして絞める時間を徐々に長くしていく。

あんたに何が分かる?
塾の人間に何が分かる?

学力向上を唱えると反射的に言われたその言葉、そのまま返したくなります。自分が尋常ではない学力にあること。張本人たる生徒本人が自覚しているんですよ。話を聞いていても、まるで分からない、理解できない。その苦痛の時間を、修行さながら何年もやり過ごしてきた。勉強に関してはもはや劣等感しかない。それなのに、救いの手が差し伸べられることはなかったし、現在もそう…。

少しの時間を割いてあげればいい。最初は嫌がるかもしれない。でも、指導者が自分のためにわざわざ時間を割いてくれたことに対し、感謝の気持ちというものを必ず抱くわけですね。その中にあって、「分かる」「できる」を実感できたならば、変わりますよ、子ども達は。全員は無理ですよ。でも少なくとも半数の子は救い出すことが可能です。

こうしたことを言って、大いに共感を抱いて下さるのは今の時代、いわゆる底辺高校の先生方なのではないかと思います。子どもはね、変わるんですよ。大人はなかなか変わらないけれど、子どもはすぐに変わるんです。たかが子どもの勉強に躓いてしまい、たったそれだけのことで自信を失ってしまっている子ども達。今すぐ救出に向かってあげてください。あなたは、そのためにそこに存在している。

おそらくは、学校の先生がその職業人生を通して生涯に受け持つところの児童生徒数。同じく、学力上位層の人数、下位層の人数。いずれもその何倍かを受け持たせていただきました。中でも、学力下位層の子を数多く受け持たせてもらったこと。それが私のプライドとバックボーンでありました。

終了まで、あと2日。

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  根室でも類似の状況がある。根室の中学校の数学の低学力層はおおよそ6割、60点満点で20点以下の層が該当するだろう。「箸にも棒にも掛からぬ」得点10点以下の層はおおよそ3割にも達する。数学ができないだけでなく、この層の生徒は日本語のボキャブラリーが極端に貧しい層とほとんど重なっている。文章語彙を使用するとトタンに話が通じなくなる。もちろん、数学の文章題も意味が理解できないから、読むことすらあきらめている。高校卒業後を考えると、深刻である。大部分が非正規雇用で年収150万円以下、男なら結婚はできない、女なら生活のために割の良い風俗産業で働くことを余儀なくされる。
 中学生のうちならなんとかなる、大人たちは仕事を通じて生徒の未来を変えるお手伝いくらいはできる。

  成績下位層がどれくらいいるのか、中学3年生の四月学力テストデータを挙げ、弊ブログで次回取り上げたい。

#2499 個別指導と戦略思考 Nov. 17, 2013 [塾長の教育論]

 TOSS(Teacher's Organization of Skill Sharing)*の模擬授業を見る機会があった。つかみ、展開、じつにスムーズで、計算しつくされたものだった。上手だな、というのがわたしの印象である。なんとはなしに古典落語の世界を連想した。大学時代の友人に落研のメンバーが一人いた、一関の呉服屋さんの跡取りだった。
 授業は一つの芸だ、職人芸といってよいだろう。だから世の中には名人のような者もいれば、一人前といえる技倆の者も、半人前の職人も、そしてとてもプロとはいえない技倆の者もいる。
 教えるスキルを集めて共有しようというのがそもそもの出発点の団体である。
*TOSS (ウィキペディアより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/TOSS

 ブログ「情熱空間」のZAPPERさんが、時折、集団授業技術について解説することがあるが、他の人たちはともかく、わたしは学ぶべきことが多い。立ち位置の問題とか、教科書や教材の読み込み、毎回計算しつくす授業計画など。

 授業には価値観や動機に応じてそれぞれのスタイルがある。わたしにはふるさとに11年前に戻り、私塾を開いた動機があり、それが授業スタイルに深く関わっている。
 小学校における家庭のシツケ、学校における基礎基本トレーニングが社会人の仕事の能力の「核」をつくっている。その後に、中高での学習スタイルが加わり、その人の学習スタイルの個性がほぼ形成されてしまうように感じている。それはおそらく大学で勉強しても、その後に社会人となっても変わらぬスタイル=性格になっている。
 社会人となり、30代40代で管理職となって責任ある仕事を任されたときのことも考えながら、ときに必要なワクチンを打っておくのが、ebisu流の授業スタイル。長期のスパンで教育を考えると、いま何をやっておかなければならないかがはっきり見えてくる。ではそういう視点をもたないで、視野を狭くして日々の授業ばかりにとらわれてしまうと何が起きるのか?
 意外なのは、学校の先生たちが生徒が社会人となったときのことをあまり考えないで普段の授業をしているということ。それは羅針盤のない航海のようにみえて危なっかしいどこへ向かっているのかをしっかり意識して教える先生がもっと増えてほしい

 社会人となってから、あるいは管理職として大きな仕事を任されてから、うつ病を発症したり、自殺したりする例が決して少なくない。小学校時代のシツケや中高時代の学習スタイルの選択を誤らなければ、ほとんどが回避できるのではないか。
 責任ある地位についたときに、私利私欲のためにズルをするような人間にならないような学習のさせ方があるのではないか。

 心根がまっすぐで自立して思考・判断・行動のできる人間を育てる、こういう具体的な教育目標があっていいではないか

 生徒のニーズや保護者の教育に対する考え方は多様だから、いろんな授業スタイルの私塾があることが望ましい。全員に最適な塾なんてあるはずもないから、教える先生との相性も含めて自分に最適な塾を選ぶことだ

 同時に10人までなら、科目や学年が混ざっていてもわたしは個別指導が可能だが、これもひとつの職人芸だろう。自分が学生だったらこういうスタイルの塾へ通いたい、それが根っこかな。
 facebookのある掲示板に書き込んだ、ある日の授業を紹介する。

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 誤解を怖れずにいうと、じつはわたしは行き当たりばったりの授業スタイルでやっています。
 さまざまな学力の
5人から10人程度を同時に相手にして個別指導をするので、そういうスタイルが適切と判断しているからです。

 たとえば高校から札幌に進学するトップレベルの生徒には小学生の
5年生のときに、速度を上げて中学卒業時までに数Bまで教えるスケジュールを伝えてあります。5年間の年度単位の長期スケジュールを具体的に説明しておくのです。56年の2年間は英語の指導はしない、国語と算数のみの指導をして、基礎作りをする。中学生になってから英語の指導はするが、ハイピッチでやることだけを説明しておきます。力量次第で中学生用問題集が終われば、その時点で「Grammar In Use(留学時の語学研修所用問題集)をやらせることも説明します。あとは、普段の授業でスピードをモニターしていればいいだけです。この生徒の目標は札幌の高校(南・北・西)へ進学した後に、トップクラスの成績(偏差値70超)をとることにあり、決してそこへの入学が目標ではありません。選択した職業にはそれくらいの学力が必要だから、個別の事情に合わせてそういう目標設定になっています。中学卒業時までに、数学は数ⅡBまで、英語は ' Grammar In Use 'をやっておけば、 高校になってから全国模試で偏差値70を超えることはそう難しいことではないでしょう。いまのところ、学力テストで平均90点前後ですから、予定の軌道を歩いています。学校の学年順位にはこだわるな、目標は中学卒業までに数学ⅡBと Grammar In Use だと繰り返し説明しています。首都圏の難関私立中学受験生に比べたら、ずいぶんのんびりやっています。

 別の事例を挙げましょう。看護学校へ進学希望の中学生には、3年次に学力テスト5科目210点(300点満点)をクリアしていれば、高校3年になってからでも道内の看護専門学校へはどこでも進学可能だと説明しておきます。中学1・2年生には学力テストで400点超(5科目500点満点)をいう目標値を設定します。そして、普段からその目標に沿った個別指導をします。この生徒もほぼ予定の軌道に乗っています。
 もちろん、そのラインに達しない生徒がいますから、それはまた達成可能な別の具体的な目標値を設定して段階的な指導をしています。全員が希望通りになればいいのですが、届かないケースもでてきます。わがままな生徒がむずかしい。家庭のシツケは学習習慣の獲得という観点からは大きなファクターです。小学校低学年でしっかりやっておくべきですね。

 成績トップクラスの生徒には、授業技術の巧拙はあまり関係がありません。目標値にあわせた長期的な戦略プランの有無が結果を大きく左右します。

 成績下位の生徒も必ず混じっていますから、教材もスピードも別です。連立方程式ができない中3の生徒に(成績下位20%)「今日の目標、連立方程式20題」と宣言してやらせましたが、90分でたった8題でした。「来週毎日補習においで」と声をかけておきましたが、3回もやるうちに90分で30題できるようになればこの生徒はとりあえずOK
 他の中
3は図形の相似の問題をやらせていました。手間のかかる生徒には黒板に出てきて問題を解かせて途中経過をチェックします。
 その間に週末課題プリント問題で質問のある高校2年生に三角関数の説明、それが終わると黒板で問題を解いている生徒の途中経過をチェックし、ずれているところを指摘、ヒントを与え、巡回しながら生徒のノートを確認してまわります。

 概ね、授業の都度、授業目標は説明しません。予習してきてわからないところを質問しろと普段から言っています。
 じつに好い加減にやっているようですが、理由があります。自分で勉強するようなスタイルを身につけさせたいからです。なにもかもこちらでお膳立てすると、箸をもってご飯とおかずが出てくるのを待っているような人間に育ってしまうような気がしています。
 民間会社のほうからみると、そういう人材はいくら受験勉強ができても必要ないのです。自分で考え、自分で独立して判断ができ、行動できる人間を育てたい、だから、あまりわかりやすい授業は危ないような気がします。いくつかの民間会社で
26年間仕事して難関大学卒を含むいろいろなタイプの新入社員を見続けたからかもしれません。
 教師が教科書を読み込むだけでは不十分だと思います。職人芸としての技のほかに、専門分野についての深い学識が後ろにあるべきです。生徒の中には感覚の鋭い者がいるのでゴマカシは利きません。

 だから、授業は好い加減でよい、それがわたしのいまのところの結論です。(笑)
 しかし、先日の○○先生の「メッツ」授業、あれにはシャッポを脱ぎます、いいものはいい。


 (オリジナルに加筆した)
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< さまざまなスタイルの授業並存がよい >
 学校は学校の授業をしっかりやればいい、それには職人芸を磨き名人の域に挑戦するもよし、教えている科目について深い学識を涵養するのもよし、己の信ずる道を進めばいい。
 集団指導塾は集団指導に必要なスキルを磨くのは当然のこと、学校の授業をはるかに上回るスキルの高い授業を提供すればいい。
 個人指導塾は、集団指導では補えないところを補完すればいい。それは成績下位層への補習授業であったり、トップ層への戦略的な指導であったりする。

 わたしはかつて商学部会計学科の学生だった。高校時代から会計学や原価計算が大好きで公認会計士2次試験参考書で受験7科目の勉強していた。ひょんなことから原価計算ゼミの試験当日はずせない用事ができて根室へ戻っており、履修を逃してしまった。何度か喫茶店で数人の友人とともに先生を交えて議論をしたことがあったので、申し訳ない気がしていた。ところが、根室から戻って掲示板を見たら一般教養ゼミの募集があり、学部を超えて参加できるとあった。哲学の教授が指導するとある、何が幸いするか分からない、小論文を書いて応募したらOKがでた。高校時代に『資本論』を読んで体系構成がどうなっているのかさっぱりわからなかったので、そうした問題意識を温めながら、『資本論』と『経済学批判要綱』をテクストにしたゼミで2年間毎週市倉宏祐先生(哲学・倫理学)の指導を受けた。北海道の大学ではこういうレベルの教授の指導を受けることはほとんど不可能だろう。
 印象的な授業では経済学史の内田義彦先生、大学院では西洋経済史の増田四郎先生、これらの先生たちはとくに授業技術がお上手だったわけではない、しかし、その学識の深さには頭が下がった。学風の異なるお二人からもずいぶん勉強させていただいた。
 小中学校では授業の職人芸を磨くこともたしかに重要な要素だ、しかし、学識の深さにモノを言わせるというスタイルもある。
 八百万の神々のすむ大和にはいろんな価値観もまた共存していいのでしょう。それぞれが己の信ずる価値観でベストを尽くす、それでいい。


*#2500 11月7日 中学1・2年生 学力テストの結果  Nov. 17, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-17-1

 #2499 個別指導と戦略思考 Nov. 17, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-17

 #2498 中学校 英語授業進捗管理の実態 Nov. 16, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-16-3

 #2494 (2) 根室管内版解説 : RC-2, RC-3 <例証:データの限界>  Nov. 14, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-14

 #2492 (1) 根室管内版解説 : RC-1と偏差値 難易度の高い問題を授業でやるべし  Nov. 13, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-12

 #2093 教員の質向上はどうやる?⇒ "Educating educators" Sep. 25, 2012 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-09-25-1



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#2235 勉強の仕方と塾 Mar. 3, 2013 [塾長の教育論]

 わたしは私塾を営んでいながら、私塾利用の危険性もブログで取り上げている。数日前も、中高の最後の1年間ぐらいは独力で勉強すべきだと書いたら、お一人の方から反論の投稿をいただいた。

【具体例1】
 昨日の授業をしていたときにある生徒がこんな事を言い出した。

「300点(五科目)とっていたんだけど、塾に行かなくなったら200点以下に下がって半分近くになってしまった」
「ははは、それはテストのたびに「テスト対策」をやっていたからだろう?」

 聞いてみたらその通りだった。長時間の勉強とそのスタイルに嫌気が差してやめたと語ったが、集中力の高い生徒である。ちょっとトッポクて個性が強いから扱いがむずかしい部類の生徒かもしれない。ZAPPERさんはおそらくこういう生徒の扱いがうまいのだが、トッポイ時代のなかった塾長もいるから、そういう人はこの手の生徒は苦手、以心伝心だったのだろう。他にも理由をもう一つ上げた、生徒によっては塾が売りにしている戦略商品そのものがきらいな場合がある。やってみてから自分には向かないと気がつく。だから、いろんなタイプの塾のあること、そしていろんなタイプの塾長がいることが望ましい。人には相性というものがある。

 「テスト対策」をやると簡単に点数が上げられるが、これには副作用がある。テスト対策がなければ点数のとれない生徒が出来上がる。
 実力が伴わなくても「テスト対策」をやることで一時的に点数は劇的に上げられる。ニムオロ塾では中3年生に10月から無料の社会科の補習を毎週土曜日5ヶ月間やることがあるが、その折に、2学期の期末テスト前に2回だけテスト対策をやると、生徒の点数の平均点は85点くらいになる。それまで30点台の生徒でも75点をとってしまう、これが最低点だから塾生達は大喜びだ。受講した生徒の半数が90点を超えてしまう。
 トップクラスの生徒も標準的な生徒も、根室市内の中学校でやる程度のやさしい問題なら、たった2回の「テスト対策」をするだけで社会科は真ん中の生徒とトップクラスの生徒に差がなくなってしまう。しかし、これは強い副作用をもつ禁じ手なのだという自覚をもつべきだ。たまにやるのなら癖にはならぬ、しかし毎回繰り返したら癖になる。
 5科目全部やってしまえば百点以上も「実力を超えて一時的に」点数を上げられる。300点台の生徒なら400点台にのってくることになる。それゆえ、わたしは3年生の2学期末テストの一回しかやらぬ。なぜか?毎回こんな事を繰り返したら、癖になるからである。ドーピングに近い行為だと思うから。

 毎回テストのたびにこうした「テスト対策」を繰り返す塾は生徒のなかにある「何か」を壊してしまう。そして塾への依存を過度に強めることになる。「塾を辞めたら成績が下がる」そう思い込ませてしまう、そしてそれは事実となる。こういう勉強の仕方を習慣にしてしまったら、「テスト対策」ナシには点数が取れない生徒ができあがる。
 全員とは言わない、3~5割ほどがそうなるだけだ。どんな教え方をしても素質の高い生徒の中には染まらない者がいて大丈夫だ。

【具体例2】
 中2のときに学年3~5番の生徒が退塾した。この生徒はしっかり自分で勉強できて塾に来る必要がなくなっていたから、安心して退塾申し出を受け入れた。その生徒は3年生になってから学年1番になった、あたりまえだ、見込み通りの成績である。フリー参観に行ったときに、だいぶ背が高くなったその生徒はニコニコしながら「先生お久しぶりです」とぺこりと頭を下げた。メンコイ生徒の一人である。これがベストの一つの型だと自信をもって推奨したい。

【いろんな営業戦略の塾があっていい:選択肢が広がる】
 わたしは自分でしっかり勉強する習慣のついた生徒は塾を辞めていいと常々言っている。成績が下がって不安になったらまた来ればいいと付け足しておく。不安を除くためであるが、ほとんどそうはならない。たまにそういう生徒がいたら、また面倒を見てやればいいだけの話しだ。
 事実、高校2年生になってから大学受験で来る生徒がたまにいる。北海道薬科大学の薬学部に進学が決まった生徒もそういう中の一人だった。中3のはじめ頃まで通塾していた。退塾直前だったか定期テストで数学百点をとった生徒である。飛びぬけて数学のできる生徒ではなかった、のんびり、おっとりした性格の生徒である。高2になってからもどってきた、そしてそのマンマの性格でこの春に大学生となる。わたしの目には中1のときのマンマに見えている。笑顔で合格報告に来た。

【習慣⇒癖】
 「テスト対策」ヅケにする塾は即効的に点数を上げたい生徒や保護者には最適な塾である。生徒や保護者のニーズに応じた塾があっていい。
 ここからは私の個人的な見解であるから、独断と偏見と受け取ってもらってもいいが、「テスト対策」的な勉強の仕方を繰り返してはいけないと主張したい。なぜなら、定期テストのたびにそれをやると、年間4回やることになり、中学3年間では12回、毎回繰り返すことは習慣となり、中学校が終わる頃には癖になっているのは当然だろう
 全員がそうなるとは言っていない、大部分の生徒がそうなると言っている。「塾依存型」の生徒になってしまう社会人なったときにはかなりの割合で、独力で問題解決する能力が弱い、「指示待ち人間」になっているだろう。習慣とは怖いものなのだ

【具体例3】
 国語の学力テストで90%以上の得点を必ず取る男の生徒がいた。五科目でも90~95%の得点だから学年トップクラスの成績である。国語だけは毎回90%の得点はなかなかとれない。中3になってから数学に自信がないからという理由で来た。なるほど相対的に数学の点数が低かったが、すぐに伸びた、釧路湖陵に進学した生徒である。理数科で大丈夫と太鼓判を押したが、生徒の学力の読みきれない中学校の先生は普通科を薦めた。結果論だが、入試の得点は理数科に充分入学できる点数だった。1年間教えた私にははっきり見えていたが、中学校の先生には急激な伸びが見えなかったようだ。医学部進学希望の生徒であったが、文科系の大学へ進学したのだろうと思う。
 わたしはこの生徒の国語の答案を見て、出題者の意図を読み切っているのがよくわかった。同時に読解力はもう伸びないことを理解したのである。国語の問題はとんでもない問題もけっこう含まれている。出題者自身の読解能力レベルの問題もある。そういうものにチューニングできるようになっているというのは、慣れてしまったからだろう。つまりある種の「型」ができてしまったことを意味するたかが受験勉強レベルの日本語読解力である。作者の意図を問う出題など、当の作家自身が笑い転げてしまうような曲解が正答例に載っていることもあるくらいだから、受験の国語の勉強などホドホドにしたほうがいい
 古典や漢文は別だから勘違いしないように。わたしは現代文の読解能力について話したつもりだ。

【大学での勉強は学問】
 これと対照的なのが大学での勉強である。わたしは商学部会計学科の学生だったが、ある事情があり原価計算のゼミの募集期間に古里へ用事があってもどっておりスルー、仕方なく残りの募集を調べたらもっと面白そうなゼミを見つけてしまった。哲学者の市倉宏祐教授の「一般教養ゼミ」が募集をしており、すぐに小論文を書いて応募した、偶然の出遭いだった。サルトルやヘーゲル研究では一流の学者である。3年間毎週2時間のゼミで、先生は学生の議論を聞いていることが多かった。たまに雑談をしてくれたり、ご自分の解釈を述べられることがあるが、テクストが経済学の原典だから、あまり積極的にはご意見を述べることがなかったように記憶する。
 しかし、私たちゼミ生は、先生が同じ空間にいるだけで、競ってテクストを読み、真剣に議論を戦わせた。適度な緊張感がゼミを支配していた。4年の時には大学院へ進学した先輩二人が参加してくれていたのも幸運だった、議論のレベルが上がってしまったので三年生には少し気の毒だった。ゼミのテクスト・クリテークは予備校の国語の授業とはまったく次元の異なるものである。
 高校時代にマルクス『資本論』を読んだときに抱いた経済学体系構成への問題意識を頭の中に浮かべながら、テクスト・クリテークを繰り返し、思考を深めていく作業はとても心地よいものだった。3年間で読んだテクストは『資本論』全巻、そして『経済学批判要綱』2冊であった。哲学科の本ゼミのほうに一度だけ参加させてもらったが、テクストはサルトル『弁証法的理性批判』、議論の仕方が違って刺激になったと同時に、周辺知識の不足を痛感することにもなった。本は読んでいったのだが、サルトルの哲学がどのようなものであるのか頭の中に地図があるわけではなかったので戸惑いを感じたのである。たとえて言うなら、軽いめまいかな。

 学部の講義だったが内田義彦先生の経済学史もすばらしい授業だった。周辺知識の蓄積が大きかったので、大筋はわかったつもりだった。しかし、著作を読んだときには経済学史家がいろんな経済学者の所説を深く読み込んでいることに驚いた。内田先生の学術論文は奥が深い。経済学史では日本で3本の指に入る学者である。
 名前を忘れてしまったが、40代のマックスウェーバーの研究者がいた。大学の先輩だったので、気安くお願いすると、授業の後、学生の議論に付き合ってくれた。50歳前に亡くなった、いい先生だった。あるいは、数人の学生達のデキの悪いしつこい議論に辟易なさっていたかもしれないが、表情を変えることなく付き合ってくれた。すくなくとも、嫌な顔はされなかった。大家ではないが気鋭の学者だった。
 大学院では元一ツ橋大学長の増田四郎先生の謦咳に接することができた。たった三人の院生でリスト『国民経済学体系』を一年間をかけて読んだのである。われわれ三人の院生は至福の時間を過ごした。その学風に影響を受けたと言っていい。増田先生は西洋経済学史の分野では大塚久雄氏と並ぶ大家である。

【過度な受験勉強のリスク:ほどほどがいい】
 受験勉強はたかが受験勉強なのである。効率を追求し、得点をあげることを第一に考えて、目標に向けて効率よく勉強させるだけのこと。現代国語の問題に例をとれば、出題者のレベルに合わせてその意図を読みきることだけ。そんな技術は巧くなればなるほど、「型」が身についてしまうリスクを負うことになる。「型」にまでなってしまった無意識の思考パターンをリセットするのは至難の業だ。
 だから、わたしは釧路湖陵に進学した生徒の国語の答案をみたときに、「ああ、この生徒の日本語読解能力はこれまでかもしれない」と慨嘆したのである。完全に出来上がってしまった「型」を彼の答案にみてしまった。この生徒はリセットできるだろうか?

【結論】
 大学へ入学したら、その学校で一番レベルの高い教授のゼミをとれ、その謦咳に接することで得られるものは無限大である。
 大学を選ぶときは、教授のリストを見たらいい。シラバスをネット上で公開している大学が多いから、それを読み、そして知っている人に訊ねてみたらいいが、最後は自分の眼力で決めるしかない。
 田舎の大学でもしっかりした教授はたまにいる。東京の大学は玉石混交だが、玉は東京に多く集まっていることも確かである。学生もまたそうだ。全国からさまざまな人材の集まる東京で切磋琢磨することはローカルな大学では得ることのできないメリットと言える。

 2日前にいただいた方の投稿にある種のひ弱さを感じた。機会があればその理由と、投稿文の分析をしてみたい。やってみないことにはわからぬが、「過度な受験勉強」の弊害が浮き彫りになるのかもしれぬ。
 投稿欄を丁寧に読んでいただければいろんなことが読みとれて面白いはず。


【反対論】(3月5日追記)
 投稿欄に強力な反対論が寄せられたので本欄へアップします。弱さを感じた上記の投稿者とは別の人で、ご本人は独力で片っ端しから難問題集を独力で解いて力を蓄えた方です。後自分の勉強法を弊ブログに投稿してくれたことがあります。
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お久しぶりです。最近、数学入試問題解いていました。

 大学に入って取るゼミは、自分に興味あるものを取るものです。大学の研究は最先端なので、どのゼミを取っても、ものすごく難しい内容です。そうでないような、Fランク大学ならばヤメた方が良い。 
 大学は、より偏差値の高い大学に入るべきです。そうすれば、友人を含め、よりレベルの高い内容になります。勉強しなくても楽勝で東大に入る天才は別として、凡人は、目いっぱい頑張って、より偏差値の高い大学を目指すべきですし、ほとんどの受験生はそうしているはず。
 
 受験勉強は学校主体が良いか、塾主体が良いか、ホームワーク主体が良いか、東進オンデマンドが良いか。それは、その人の向き不向きや、自分に向いている塾があるかどうか、いろいろな条件で変わってくるものです。勉強法など、人に指図される必要は無いので、受験生諸君は、自分の信ずるところに従って、成績向上に邁進すればよい。努力以外に、成績が上がる方法はないのだから、努力できる状況が一番良いのです
 真剣に受験勉強しないと、凡人は、なかなか良い大学には入れません。受験勉強に100%全力投球しても、成績はそれほど上がらないのだから、凡人には、ホドホドの受験勉強では、足りない

 ところで、今年、根室から旭川医大を受験した生徒はいましたか。数学入試問題の問3は、類題を練習問題として解いたことがあれば楽勝だったでしょう。これが、出来ないようでは勉強不足です。この問題は、日頃の受験勉強の大切さを感じさせます。
 問4(3)(4)は論証が難しい。塾で、論証のテクニックを学んだ子が有利です。この問題を見ると、塾に通った方が有利に思えるけれど、このような問題は多くはありません

by cccpcamera (2013-03-04 17:56) 
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お久しぶりでした。
今年も入試問題やっていましたか。
毎年やればさび付かないですね。
以前紹介してくれたあなたの勉強方はすさまじい。
あなたくらい勉強したら、塾のサポートましでもほとんどの大学へ合格できるでしょう。数学が好きなのですね。
福沢諭吉が適塾の塾長をしていた時のオランダ語学習法を思い出してしまいました。適塾の語学勉強法は今でも通用するものですが、ちょっとすごすぎ。興味のある人は『福翁自伝』を読んでみてください。とりあえず入試勉強には関係ありませんが、知っておけばいつか役に立つ。

>勉強法など、人に指図される必要は無いので、受験生諸君は、自分の信ずるところに従って、成績向上に邁進すればよい。努力以外に、成績が上がる方法はないのだから、努力できる状況が一番良いのです。

結局は自分に帰ってくるから、最終決定は自分。
いずれの方法をとっても楽をする者にはそれなりの結果がある。
一時期を全力で走りきることこそが大事なのでしょう。

受験勉強を1年間だけで済ませる人はほとんどいません。数年間やる勉強はやはり一つの習慣となり、型をつくります。
そこも考えて、自分の方法をしっかり選択することです。
短期的な目標と、長期的な目標の整合性も考えておきたいもの。40代、50代になってからしっかり効いてきます。

大学でのゼミ選びはもちろん好奇心のある分野を選ぶのは当然のことです。その上で、一流の学者にめぐり合えたならば最高ということ。

もちろん、就職最優先で就職に有利なゼミを選ぶのもその学生の自由です。

狭く考える必要はない、何に価値を置くかはひとり一人違っていい。

cccpcameraさん、有益なコメントありがとう。
あなたの意見と並べることでいいバランスになりました。

by ebisu (2013-03-04 22:52)
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 医学部受験は塾利用がいい。医学部進学専門の塾も東京にはある。浪人して医学部へ進学したっていい。さまざまなタイプの人生経験をした人たちが患者の痛みのわかる医者になってくれるといい。
 一般の民間企業は別、それなりの勉強の仕方を身につけたほうがいいというのが、ebisuの周りを見渡しての経験智。

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*#2230 それぞれの進路 : 大学へ Feb.28, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-02-28
 
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【3月11日追記】
北海道新聞に面白い記事が載っていました。受験勉強ではなく必要なのは学問だという橋本北大教授の意見です。私とほぼ同じ意見に聞こえます。
http://livedoor.blogimg.jp/jounetsu_kuukan/imgs/7/5/75368b5c.jpg


#2110 急成長の兆しあり : 生徒の潜在成長力に驚く  Oct. 30, 2012 [塾長の教育論]

  C中学校で数学の習熟度別クラスの入れ替えがあった。3年生は先週振り分けテストをやったら、ひとり60点弱の点数になり、発展クラスへアップした女生徒がいた。
 数学は大の苦手で、5科目の中で一番点数が低かったから、本人は発展クラスへ「昇進」したことを素直に喜んでいた。こういうときの生徒の表情は素直で実によい。先生達が驚いているという。もう一回驚かしてやればいい。卒業までに
 学力テスト総合C⇒2学期期末テスト⇒模試⇒学年末テスト
とあと3回ある。

 このごろやる気が出て2週間毎日来て「放課後個別補習」をしていた。二次関数のところだから数学の苦手な生徒にとっては確率とともに嫌な分野のひとつだろう。ボーダラインの生徒には、もうブカツが終わっているので、放課後まっすぐにくれば個別補習をしてあげるよと伝えているのだが、来る生徒は二人に一人ぐらい。

 教えていると手応えがあるもので、理解がだいぶ進み、自力で解ける問題がぐんぐん増えていくのが目に見えるようにわかる。中学生の成長力は学力でも旺盛だ。伸びだしたらどこまで伸びるか予測がつかないから面白い。80点を越えてしまうとそれまで30点前後でも60点以下はとらなくなってしまうのは、本物の力がついてしまうからだろう。

 今回の二次関数の問題は、B4裏表にびっしり出題されていた。最後の問題は二次関数と一次関数の複合問題で、その問題の③は二次関数と一次関数で囲まれた三角形を回転させたときの体積の問題だったが、一日考えてきたがこの問題だけはさっぱり分からないと質問があった。

 問題が複雑なら、二つに分割することを考えればいい。三角形を二つに分割して、回転体(円錐)を上下ふたつにしてそれぞれ計算して足し合わせるといいと、図を書いて方針を示して計算して見せた。
 反応は「んー、むずかしい」だったが、このレベルの問題は入試では最後のほうで出題されているが、60点満点の数学の学力テストが10~20点の生徒にはとてもムリ。数学が苦手の生徒は問題を読むことすらしないだろう。
 「いまわからなくても、うちに帰ってから答えを見ずにやったことを思い出しながら3回やってごらん、きっとわかるようになるから」そう指示しておいた。
 分からない問題は嫌がらずに、繰り返し解いてみることだ。かならず理解が深くなり、「なーんだ、先生そんなにむずかしくないよ」というようになる。

 最後は自分のマックスの力の確認である。テストの復習をやった段階で、現在の力で最大何点とれるか自分で点数確認をさせた。
 「点数を取り落としたところをカウントしてご覧、このレベルの問題なら調子がよければたぶん80点ラインを越えられるから」
・・・
 「ほんとう、先生、いけそうだわ」
とうれしそうな顔をした。

 「先生、確率もぜんぜんわからないの」
 「じゃあ、明日からやってみよう」
 「はい!」

 こうやって数学大きらいな生徒が、好きになっていく。分かるようになれば楽しくなり、実際に点数が取れれば自信がつく。そして自信がつくと点数がさらにアップするものだ。

 3年の10月下旬になって数学がこんなに上がった女生徒は初めてかもしれない。昨年は学力テスト総合ABCの3回とも20点台、そして1月の模試で52点をたたき出した生徒がいた。2月に道立高校よりも難易度が高い都立入試の問題(百点満点)でニムオロ塾で初めて90点台をたたき出した。結局、入試本番ではそれまでの最高240点台(300点満点)をたたき出して入学した。学テABCは最高で180点台だったから、3ヶ月で五科目合計点を60点伸ばした。生徒の可能性を信じよう。

 2年生がこの時期飛躍的に上がる生徒が多い。一桁の生徒が80点を越えるケースを何度も見た。2ヶ月前に入塾したB中学校の生徒が一人、やはり上のクラスへ上がった。C中学校の1年生もひとり標準から発展クラスへアップした。小さな塾でもやれることはいくらでもある、いや、小さな塾だからこそやれることがある。
 クラスによっては8名で入塾をお断りする例がでてきている。個別指導の限界は15名くらいだが、学習習慣のない生徒が3人も混じっていると、8名に制限せざるを得ない。それでいいと思っている。けっして成績で生徒を選んでお断りしたわけではないから、お気を悪くなさらないでいたできたい。

  学校の授業と似たような集団授業は、授業を二度繰り返すことになるので学校の授業が合わない成績優秀な生徒にも、小学校の分数や小数位取りがわからなくて困っている生徒にも意味がない、とebisuは考える。塾にはそれぞれ経営理念があり、ニムオロ塾はそういう塾だということ。  
 学校がやらないことを積極的にやる、だからニムオロ塾は個別指導をやっている。理由は単純、成績のよい生徒には学年を無視した高速指導で臨みたいし、成績不振の生徒には必要なところまでさかのぼってゆっくりていねいに対応したいからだ。学校が放課後補習をルーチンワークとしてしっかりやってくれたら、ニムオロ塾のレゾンデートル(存在意義)は半減するだろう、そういう日がはやくきてほしい。

 学校はブカツのためにあるのではない、勉学のためにある。そんな当たり前のことすら、学校の先生も父兄も教育行政もすっかりお忘れのようだ原理原則にもどって考える習慣を育てないとこのように異常なことを異常と感じないようになってしまう。これでは飼いならされた豚だ。
 基本的な学習習慣を好い加減に扱うとこういうことに必ずなってしまう。怖いことだ。30年前のおろかな教育の結果がいまの根室ということ
 心静かに考えよう、あなたは自分の子供にどういうタイプの基本的学習習慣をつけたいのだろう?
  よく考えてから塾選びをすれば、好い加減な学習習慣を推奨する私塾は自然消滅するか、きちんとした基本的学習習慣を育むように変わらざるを得なくなる。
 長い目で見てご覧、根室はゆっくり変わり始めている


 ebisuが中高生のときに、こんな塾があったらうれしいな、それも開塾の目標のひとつであった。それはすでにある。
 大学のない根室で、高校生対象のジャパンタイムズを使った時事英語、大学レベル・大学院受験レベルの授業、これは高校時代にあってほしかった。勉強がしたくてしたくてたまらない、そういう生徒はぜひオイデ。高校生の可能性は実に大きいから、育て方次第でオオバケに化ける。ジャパンタイムズを精読できたら、大学院受験レベルの実力がある。その近くへ届いただけでもたいしたものだ。半年間は苦しいが、その先には大きな歓びがまっている。いつまでも同級生とドングリの背比べをしていることはない。

 
*#2109 学力テスト総合B  結果と分析: 全国最低レベルの学力実態を憂慮する
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-10-29


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#1861 "先生、みて!" : うれしい学年トップ Mar. 1, 2012 [塾長の教育論]

 夜になってもマイナス0.7度で暖かい。暦は3月にはいり、5時頃でも明るい、日が長くなった。

 昨日のことだが、生徒が最近受けた進研模試の個人成績表をもってきて、"先生、みて!"とうれしそう、英語の全国偏差値が65を超えていた。もちろん学年1位、生徒の笑顔はいい。中学生には理知的な大人のお姉さんに見えているようで、結構人気がある。ほかにも二人ほど人気のある高校生の"お姉さん"がいる。

  (偏差値50が平均値である。偏差値60で上位16%、全国偏差値65なら全国で上位6.7%に位置しているということ。根室高校学年トップがこのレベルだ。ちなみに校内偏差値は83となっていた。全国レベルに比べて根室高校生の平均点が低いということだ。全道14支庁管内最低レベルという全国学力テストの結果が根室高校普通科の生徒たちの全国模試の偏差値にそのまま現れている、この点は悲しくなるね。)

 この生徒は高校へ入学してからニムオロ塾へ来た生徒である。ジャパンタイムズを使った時事英語は4月からの予定、長文読解スキルにさらに磨きがかかるだろう。

 ところで時事英語授業を始めたのは2003年だっただろうか、そのときに高校2年生が二人授業に参加してくれた。根室の高校生で英字新聞を読もうという意欲のある生徒が何人いるだろうかという心配があったのでほっとした。最初のうちは丁寧に構文を解析しながら新聞英語になれてもらい、1年過ぎた頃から辞書を引きながら自力で和訳ができるようになってきて、駿台模試の偏差値が62に上がった。学年順位は入塾当初20~30位、3年の秋以降は1、2位になっていた。この生徒は中学校になってから英語を始めた生徒である。
 一度だけ高校英語の夏期講習をやったことがある。使った問題集はケンブリッジ大学出版局から出ている"Grammar in use intermediate"である。2週間毎日3時間の短期講習だった。小学校低学年から個人レッスンを受けていた高2の生徒が飛び込みで参加した。どうしてきたのか理由を聞いてみたら、英検2級を2度受験したが合格しない、限界を感じてなんとか現状を打破したいからと目標を語った、この生徒は英語の学年順位が2位だった。一人勝てない生徒がいたようだった。

 良質のテクストで辞書を引く労をいとわずにきちんと勉強すれば小学校で英語をやっていようとやっていまいと根室高校なら学年トップになれる。

 教えていて感じることだが、国語能力の高い生徒は学力のノビシロが大きい。
 数学だって日本語で書かれており、文章題はその日本語をどこまで整理して考え、捉えるかということにかかっている。新しい単元を予習するときには書かれてある説明をどこまで具体的に理解できるかということだから、日本語能力が数学の予習にも深く関連しているのである。社会も理科も教科書(英語を除いて)は日本語で書かれている。
 高校では学校の速度で勉強していたら全国模試で偏差値60以上をとることはできない。出題される問題の半分は学校で勉強するレベルを超えているのだから、その部分で半分得点できなければ偏差値60に届かぬ。

 学習の基本はいまも昔も「読み・書き・ソロバン(計算)」、一番大事なのは先頭にある"読み"だ。だからお母さんたち、学力の高い子どもに育てたいなら小学校で良質の日本語テクストをたくさん読ませるべきだ。意味はわからずとも良質のテクストを音読させてみよう。もちろん一緒にやればいい。小学校2~4年生の間にやっておこう。
 国語辞書と漢和辞典は傍においておこう。意味のわからない言葉は自分で引かせればいい。こどもは飛躍的に語彙を増やしていき、その語彙群が中学生になってから濫読を可能にし、学力を大幅に伸ばす原動力になる。
 優秀な数学者たち(岡潔、小平邦彦、藤原正彦)は日本語や日本的情緒の重要性を説いている。小学生の時期は日本語語彙(とくに文章語)の大拡張期である。その季節を逃してはならぬ、語彙が伸びる旬があるからだ。

 こうして小学校低学年で音読トレーニングをした子どもが中学生になると自分の興味のある分野の濫読期が訪れる。読む本のレベルを上げていくこともちょっと意識させるべきだ。

 子どもの成長過程全体を考えると、小学生の時期は良質の日本語テクストを選び音読トレーニングをして、辞書を引いて文章語の日本語語彙を増やすべきときであり、ほとんどの生徒に英語なんてやっている暇はない。日本語語彙を増やすべきときに、その時間を削り英語に時間を費やすと、伸びるべき日本語能力の芽が充分に育たない。
(ニムオロ塾では小学生と中学生には良質のテクストを選び日本語音読トレーニングをしている。輪読した後、三色ボールペンで線を引く。明大教授の斉藤孝方式である。)
 英語の学習は中学生からで充分である。現に小学校から英語をやっている生徒とそうではない生徒が混在する根室高校普通科でも全国模試で学年トップクラスの生徒は中学以前に英語をやっていたかどうかはほとんど関係がない。

 ニムオロ塾の時事英語はおおよそ学校の4倍量を読むから、辞書を引きながら読めるようになれば長文読解の力がぐんとつくのはあたりまえのことだろう(テクストのレベルはおおよそ大学3年次)。
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 釧路の教育を考える会のメンバーが小学校での英語教育についてブログに意見を掲載している。

 "大学受験と高校受験と教育ブログ"
 「小学校の英語授業……まず国語じゃないでしょうかね」
 
http://maruta.be/gakusyu/273

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<余談> 2016年11月20日追記
 全国模試の英語偏差値65で笑顔を見せた生徒は、釧路江南高校へ合格したのだが、なぜか4月から根室高校へ通うことになった。塾へ来た初日はご機嫌斜めで憮然とした表情をしていた。根室に戻りたくなかったように見えたので、理由を聞いてみたら、こんなことを言っていた。
 仲のよかったと思っていた友達が、転校した後に誰も連絡をくれなかった、それがショックだったというのである。「心が傷ついた」。
 連絡しなくても、「どうしてるかな」って心配していた友達は何人かいたと思うよ。中学校のときに仲がよかった友達が高校は根室ではなかったので、とっても気になっていたけど、1年間は手紙も連絡もしなかった。音信不通の期間があったけど、いまも仲のよい友達だ、そう伝えるとなんとなくほっとした様子。翌日、小学校時代の同級生が塾に入って来るなり、「おまえなんでここにいるの!」とびっくりした様子。「昨日から来てるんだ」とわたしが説明した。それから3年間仲良くやっていた。
 ブラスバンド部の練習で忙しい生徒だった。面白い子で、普段は勉強にさっぱり熱が入らない、しかし試験の3日くらい前になると、「先生、数学ぜんぜんわかんない」と学校から直行してきて、後ろの席でほかの生徒の合間を見ながら4時間ほど質問に答えていると、「ああ、そういうことだったの、なんだかわかってきた」と目が輝き始める、授業の前は40点取れるかなというくらい悲惨な状態なのだが、毎回80点を超えていて、ずっと最上位のガンマクラスだった。頭がよかったのだろう。
 もう一人の生徒は3週間くらい前から試験勉強をやっているのだが、一日で追い抜かれて、いつも後塵を拝していた。英語も数学もよくできた。なぜか男女共学ではなくて藤女子大へ進学した。
 もう一人は女子バレー部、学校の先生になって女子バレー部を指導したいと張り切っていた。英語の先生を目指して教職課程のある大学へ進学した。
 二人とも3年間部活三昧、部活・恋愛・勉強、5:3:2、思い出いっぱいの高校生活、まあまあバランスの取れた3年間だっただろう。


*#1379 「読解力 (1)」 Feb.15, 2011
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-02-15

 *#1213 「数学者岡潔(1):『日本という水槽の水の入れ替え方―憂国の随筆集』」
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-09-20

 #753 「英語教育論:数学者藤原正彦『国家の品格より抜粋」 Oct. 8, 2009」
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2009-10-08

 #749 「フィールズ賞受賞数学者小平邦彦と藤原正彦の教育論」 #749 Oct. 4, 2009
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2009-10-04

 #1171 「具体的なデータによる根室の子どもたちの学力」 Aug. 23, 2010
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-23

 「#1573 学力と語彙力の関係(3): 英英辞書と母語の語彙」 July 7, 2011
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-07-07

 #1572 「学力と語彙力の関係(2): 5科目合計点が高い⇔国語の得点が高い?」 July 6, 20
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-07-05-3

 #1733 「"クサレン"って何?:日本語ボキャブラリー 」Nov.16, 2011
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-11-16-1

 #1750 「教育再考 根室の未来第 シリーズ4部連載開始(北海道新聞)」 Nov. 25, 2011
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-11-25

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#1784 小さな塾だからできること:4段階の指導 Dec. 28, 2011 [塾長の教育論]

【第1段階と第2段階の授業】
 12月に中3の生徒が入塾したとしよう。
 1年生のところがまるで分かっていない、あるいは小学校の分数計算や小数の乗除算の位取りが理解できていない、減算の繰り下げが理解できていないとこういうことがあると、
「学校が終わったらまっすぐ塾においで、わからないところ個別補習をしてあげる、わかるまで毎日来ていいよ」
 自分の判断でこう言える
(他人を雇っても、勤務時間内のことだから、「ご苦労だが、わかるまで面倒見てやれ」と指示はするだろう。もちろん雇うときにそういう話はしておく、それが仕事だから。)

 生徒が理解していないところを発見して「手当て」をするのは第2段階の授業で、区別のために通常の集団授業を便宜上第1段階と名づけておく。

【ちっぽけな塾だからできること】
 自分ひとりでやっているから持ち出しは自分の労力のみであるが、人を雇っていたらこうはいかぬ。人件費がでるから、授業料をいただかなくては経営が成り立たぬ。しかし、授業料の増額負担に耐えられない家庭も多い。長期にわたって衰退しつつある町だから、公務員を除いて民間会社に勤務する親を持つこどもたちの状況は厳しい場合が多々ある。だからこそ、こういうちっぽけな私塾の存在理由も大なるものがあると感じる。
 ニムオロ塾のいいところは塾長一人で教えているちっぽけな私塾だから、授業料を加算せず補習扱いで教えられること。
 規模を拡大したらこういうことができなくなるから、わたしにはそういうつもりはない。経営が続けられなければどんなにいい塾でも存続できぬ。ちっぽけな良質の塾をというのがebisuのポリシーである。
 世の中にはいろんなタイプ、いろいろなポリシーの塾があったほうがいい。私のところがそうであるように、他の塾も違ったところでそれぞれにその良さがあるものだ。

【第2段階の授業:個別補習】
 さて、入塾して生徒が1ヶ月我慢し切れればほとんど解決できるが、週のうち半分は早い時間帯には小学生がいるから、プライドの高い生徒はむずかしい。過去には入塾直前の学力テストで数学零点を取り、毎日「放課後補習」に来て1ヵ月後の期末テストで88点とった強者もいる。似たような例は3人あった。
 しかし、恥ずかしいから小学生と同じ時間帯での個別補習を嫌がるケースがある。こういうときは黒板を使わないで質問ありのサイン(掌をebisuに向ける)がでたら生徒の机の上でノートや紙に書いて教えている。
 通常授業でも分数や小数の計算を黒板で説明すると嫌がる場合がある。となりに塾生がいれば何を質問して何を説明しているかは分かってしまう。それでも1ヶ月だけはじっと我慢してもらわないと、急速に点数を上げることはできないから、しゃにむに教えてしまうことはある。生徒がそれに耐えられるかどうかは賭けだ。遠慮していたら時間切れとなるから、そういう時はいざ勝負、賭けにでる。ダメモトと割り切る。夏頃来てくれればこういう強引なことはしなくてすむ。

 英語も同じで、個別補習の良いところはその生徒の知識で穴のあいているところを集中的に攻めて、穴埋めをしてしまえることだ。これさえできればあとは通常の授業についてこられる。塾の授業だけではない、学校の授業も理解できるから落ち着いて聴いていられる。理解できる授業を聴くのは楽しいものだ。
 「先生!このごろ学校の授業がわかるんだ」
 嬉しそうな顔で言う。

【第3、第4段階の授業もライブでしかできぬ】
 ニムオロ塾はライブ授業にこだわっているが、じつはライブ授業でしか「伝授」できないものがある。ZPPERさんのブログ"情熱空間"のコメント欄に一度書いた。
 個別補習や通常の授業の次の段階は「できるだけ教えないこと」である。生徒自身に考えさせるためにできるだけ教える範囲を絞り込むこれが成績上位層の生徒への第3段階の授業形態。
 第一段階の授業や第2段階の授業はともすれば指示待ち人間を造りかねないから、それを超える授業が必要だ。生徒たちはいずれ社会人となり仕事をするのだから、自分で課題を発見して自らやらなければならぬ。だから、問題を選び必要最小限のヒントのみを与えてトコトン考え抜くトレーニングを課す。ポイントは「わからない状態を頭の中に持ち続ける」こと。20分、1時間、1日、3日と延ばしてみる。生徒の段階に応じて匙加減をしなければならぬ。
 トップレベルの生徒にはさらにその上がある。たんに受験問題が解けるだけではない、社会人あるいは学者となってからどんな問題にも対処できるような第4段階のトレーニングがある。この領域は「面授」しかない。つまり、ライブ授業だ。やってみせなければ生徒は理解できない。内容はそのうち回をあらためて書くことになる。

【名人お二人の論】
 私はビリヤードが趣味でセミプロクラスの腕をもっている。スリークッションゲームの世界チャンピオン小林先生にあるときセミプロクラス対象の本を書いてくれませんかとお願いしたことがあるが、先生は次のようなことを語った。
 誤解を生むからできない。自分の腕を過信しているものが読み、わかりもしないで「あれは違う」という、個別に質問に答えるとか自分のやるのをみて覚えてもらうしかない。
 つまり、技術水準があるレベルを超えたら、「面授」しかないというのだ。師を介さずに物(本)では伝えることができない何かがあると理解した。初級向けのレッスンと上級者向けのレッスンが違うのは当然だが、どこが違うのかがその当時はわからなかった。小林先生の言を聴いてようやくわかったのである。"恩師"とは師と弟子との関係を見事に表す言葉である。

 法隆寺の宮大工の西岡常一師もその著『木のいのち 木のこころ』(草思社1994年刊)のなかで、
   「言うて聞かせて、やって見せないかん」p.96
 こう言っている。徒弟制度の中で修業させなくては一流の仕事は身につかないもの。
 領域が違っても名人の言うことは同じだ。私の第4段階の授業も偶然(必然的に?)同じになっていた。

【まとめ】
 おさらいをすると、第1段階の授業はライブでもパソコンでも可能である。集団指導には集団指導のスキルがあり、それ自体奥が深い。しかし、第1段階の授業はある程度コンピュータプログラムに置き換えることもできる。私は第1段階の授業にあまり興味がない。
 第2段階は「生徒一人一人が理解できていない部分を発見する」という工程があるので、機械化できないし、個別授業となるのでライブ授業でしかやれぬ領域である。集団授業とはまるでスキルが異なる。ここは面白い。
 生徒に応じて匙加減が必要な第3段階も"個別指導&ライブ授業"の領域。そして第4段階は「面授」しかありえない。
 どういうレベルの授業を提供するかは生徒を見て決めている。どうか生徒の学力成長段階にあった授業形態というのがあることをご理解いただきたい。生徒は成長するから、授業のレベルもずっと同じで良いわけがない。
 こういう指導方針を続けられるのも、ちっぽけな私塾で一人で少人数を教えるからで、規模を広げたらこうはいかぬ。


*塾の大小に係わらず、状況がどうあろうとも、やる人間はやる
 ブログ"情熱空間"より
 「義憤(見殺しにされる子ども達)」
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/5021824.html


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#1620 平成26年の全国学力調査までに全国平均以上に上げてみせる!(道教育長) Aug. 8, 2011 [塾長の教育論]

 6月の定例道議会で道教育長が標記の発言をしたという記事が釧路の教育を考える会の月田議員のブログに載っている。
 具体的な目標設定がないと、#1619で批判したばかりだが、いいニュースもある。局長はダメでも道教育長はしっかり仕事をやるつもりのようだ。公務員としては異色にみえる。
 根室の教育長は具体的な目標をまだ掲げていない。さて、全道14支庁管内最低である根室の小・中学生の学力を上げるという仕事をやるつもりとやる能力があるのだろうか?仕事の権限と責任と報酬は三点セットである。

月田釧路市議ブログより引用
http://blog.livedoor.jp/gekko946/archives/51616446.html
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2011年08月08日

第1884回 本気になったか道教委


 去る6月に開かれた道議会の第2回定例会。
 その開会に当たり、道教育長が述べた「教育行政執行方針」
 その一部を抜粋して、以下に紹介します。

 道教委が本気になったかどうか、方針の説明だけで評価するわけにはいきませんが、それでも具体的な目標を設定したことは刮目に値いすると思います。

【以下抜粋】

 過去数年間における国の調査からは、本道の子どもたちの学力・体力は、いずれも全国平均を大きく下回り、極めて深刻な状況にあります。

 また、家庭での生活習慣に大きな課題が見られ、そのことが日々の学習や心身の発達など様々な面でマイナスの影響を及ぼしています。

 このため、平成26年度の全国調査までに学力を「全国平均以上」にすることを大きな目標として掲げ、授業改善と家庭学習を含めた望ましい生活習慣の定着を車の両輪と位置付け、学校・家庭・地域が一体となった取組みを総合的に進める必要があります。
 
 解決すべき課題は山積しておりますが、改めて、本年を「本道教育の新たなスタートの年」と位置付け、全力で取り組んでまいります。

 次に、平成23年度の重点政策について申し上げます。

 第一は、「社会で活きる実践的な力の育成」であります。

 子どもたちが変化の激しい社会において自立していくためには、基礎的・基本的な知識・技能やそれらを活用できる力、すなわち「確かな学力」を育むことが不可欠であります。

 このため、教員加配の効果的な活用により、学力向上に関する明確な目標を設定し一人ひとりの理解の程度に応じた習熟度別小人数指導などきめ細かな指導を行う学校を支援するとともに、
 ・教科指導に優れた教員が近隣の学校を巡回し、授業改善を図る取組み
 ・放課後の学習支援を充実させる非常勤講師の配置
 ・休日や長期休業中の学習を支援する学生ボランティアの拡充
に取り組んでまいります。

 また、小中学校の密接な連携の下、わかる授業の実現と望ましい生活習慣の定着に向け、子どもの実態を踏まえた指導の改善に加え、
 ・小学校における教科担任制の検討
 ・「生活リズムチェックシート」の開発・普及
 ・親元を離れ公民館等に宿泊しながら生活習慣の定着を図る「通学合宿」
 ・朝の読書や家での読書を通じた読書習慣の定着
などを総合的に推進してまいります。

 平成23年度の全国学力・学習状況調査については、国としては実施せず、希望する学校へ調査問題を配布することになったため、これを有効に活用し、確かな学力の育成に向けた学校改善の取組みが途切れることのないよう、適切な支援を行ってまいります。

【以上ここまで】

 ともあれ、道教委は目標を掲げました。
 「待ってましたーーッ」てなもんです。
 当然のことながら、釧路市教委も共通認識に立ち同様の目標を設定することになるでしょう。否、絶対にそうならなくてはなりません。
 9月定例市議会において、明確にその方針が示されることになりますか?

 状況が動き始めました。
 追い風が吹き始めました。

 とともに、目標が単なる理想に終わることのないように、早急に具体的な戦略を煮詰めていかなくてはなりません。
 市議会も議連も考える会も、総掛かりで釧路の学力問題を解決するために市教委や学校、そして子ども達を応援しようじゃありませんか!

 遂に、真剣にやるべき時が来たのです。


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 釧路は市議11名が「釧路市基礎学力問題研究議員連盟」を立ち上げ活動が始まっている。
 他方、経済団体と市役所有志、学校教育関係者、私塾関係者が集まり「釧路の教育を考える会」で学力向上策について具体的な議論が盛んになされている。
 わが根室もそうあってほしい。

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#1491 定期試験問題の使いまわしと塾のテスト対策 Apr. 28, 2011 [塾長の教育論]

  定期試験問題の使い回しについてプロとしてやってはいけないことだと明光義塾釧路愛国教室の塾長がブログで取り上げている。
 民間企業でこのようなイージーな仕事をしたらやる気を疑われ、賞与の査定でペケがつく。もちろん昇格は無理だし、続けてやれば降格や懲罰の対象になるだろう。この点もZAPPERさんのいうとおりだ。仕事をやる気がない者は民間企業では要らないのである。その会社の評判を落とし、信用を傷つけ、顧客に迷惑がかかる。すべからく仕事の手を抜いてはならぬ。
ここまでは学校の先生の問題である。
 塾側もやってはならぬことがある。定期テストの過去問を使って点数をかさ上げするような指導をしたら、生徒は育てたように育ってしまう。こんな癖をつけたら、何人かは社会人となったときに使い物にならない人格をつくり上げてしまう。中学時代に学習で「近道反応」という妙な癖をつけてはいけない。問題に正面から向かおうとせず、問題を先送りするような人間となってしまう。
 そういう人間でも職位が下なら権限が小さくて害はそれほど大きくないが、人材が枯渇している釧路や根室だとその手の人間が大きな権限をもつ場合がありうる。根室の現在がその通りだろう。権限を恣意的に利用する人間がいろんなところにはびこることになる。企業も経済団体も任意団体も市政も・・・いたるところに恣意性がはびこり町の活性を奪い、長期的な低迷や衰退を招いてしまうのだ。
 私塾は点数を上げるだけが目的ではない、実力を上げることが真の目的であり、点数が上がるのは結果に過ぎぬ。学習の基本をしつけることを通して、孤立を恐れず信念を貫ける人を創ることも私塾経営の楽しみの一つだ。
 だから、日常の学習の仕方をしっかり指導しておきたい。「近道反応」させずにしっかり育てた生徒たちの中から30年後の釧路や根室を担う人材が出れば幸いである。
 塾側も仕事の手を抜いてはいけないのである。しっかり基礎を理解させ、難しい問題にチャレンジさせてほんとうの力を涵養すべきなのだ。
 学習に対する基本姿勢を間違いのないものに育てておけば、社会人になってからも必要な知識を得るために独力でしっかり勉強するだろう。どのような困難にも逃げることなく正面から立ち向かう人格を創りあげたくて、ふるさとに戻って2002年12月に私塾を開いた。初心忘るべからず。

 
明光義塾釧路愛国教室ブログ「続・試験問題の使いまわし」
http://blog.livedoor.jp/meiko_aikoku_blog/archives/51786806.html

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 (続き)子ども達の学力向上を真剣に考えた場合、実際の「定期試験の過去問」を用いて対策授業をやるのは控えるべきです。(著作権からのアプローチにおいても問題があります)3点や5点得点を落としたとしても、それは「禁じ手」とするべきなんです。なぜなら、単に出題の傾向が合致して得点が上昇しただけであって、地力はむしろ下がってしまうからなんです。そして何よりも、勉強のインスタント化を助長してしまうからです。

ところが、事情通の某中学校の生徒の保護者の中には、この「定期試験の過去問」に執着する方が少なからずいらっしゃる。「えっ、おたくの塾では過去問を配らないんですか!」「1点2点が重要じゃないですか!」「○○会(学習塾の名)は、毎回過去問を配っていますよ!」って。「3点5点の定期試験の得点と、本当の実力とどちらを取りますか?」と質問をしたいのですが、そういった方には言っても通じないでしょうから、私もそれ以上は語らないことにしています。内心、「分かってないなぁ。その完璧主義こそが、子どもの力を削いでいるのに…」などと思いつつ。

さて、学校(教員)側は、多くの学習塾が「定期試験の過去問」を用いて対策をしていることを苦々しく思って(笑)いることでしょうが、まずは試験問題のあり方を考えていただきたいと思います。私自身は、「定期試験の過去問」は一切使用しません。教室としても同様です。しかし、それを個々の講師に禁じるものではありませんので、非常事態にはその使用もありかとも思っています。

学校にお願いしたいのは、第一に「子ども達の努力を無にするような問題の出題を、厳に慎んでいただきたい」というものです。基礎基本を無視しているかのごとく、重箱の隅をつつくような問題や、趣味性の高い問題を好んで出題する輩をきちんと指導していただきたい。第二に「作問者を持ち回りにするなどして、出題傾向が偏るのを防止していただきたい」と思います。

そして最後に。試験問題の使い回し。足並みを揃えない学力試験の実施。現場では非難されることは皆無なのでしょうが、それは社会一般には実に「非常識」な行動です。減給はおろか降格事由に該当するほどに非難されるべき行動です。釧路だから、新聞ネタにならないだけなんですよ。

●暴露話
http://blog.livedoor.jp/meiko_aikoku_blog/archives/51585870.html

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  • 【ebisuのコメント】

    「定期試験の過去問」を用いて対策授業をやるのは「近道反応」そのものですね。こういうのは癖になるから困るのです。
    定期テストの都度そういうことをやっていたら、それが習慣になります。習慣は繰り返しですから、その人の性格になります。
    まっとうな努力を嫌う大人に育つのです。
    だから日常の勉強の仕方をおろそかにしてはいけないのです。

    そういうイージーな中学生活を送ったら高校生活がしんどくなります。社会人になったらもっと大きな副作用が出ます。
    こうして仔細に見れば「定期試験の過去問」を用いて対策授業をやることは長期的には百害あって一利なしです。

    学力テストよりも簡単ですから、普通の問題集をきちんと解いて基礎的なことを理解していれば80点以上とれるはずです。
    ふだんからまっとうな勉強の仕方をしつけることこそが家庭・学校・私塾の共通の役割だと信じます。
    ニムオロ塾では「定期試験の過去問」を用いて対策授業をやったことは開塾以来一度もありません。

    ははは、ebisuも頑固ですよ。
    三木先生のご意見に賛成です。
  •  

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    #1476 補習!補習!補習! Apr. 15, 2011 [塾長の教育論]

     明光義塾釧路愛国教室ブログに放課後補習についてその効用をコメント欄へ書き込んだら本欄で採り上げてくれた。仕事の基本であるPDCAと仕事・責任・実践について学校の先生たちに考えて欲しい。
     ZAPPER先生がつけてくれたタイトルは標記のとおり。ブログ本欄では過激なことは書かないようにしているが、コメント欄ではときに突っ込んで書くことがある。URLを記しておくのでクリックして読んで欲しい。
     合格先生のブログからの引用記事「研修など不要!」と釧路教育活性化会議の「今までにお寄せいただいたご意見」もあわせてどうぞ。

    研修など不要!
    http://blog.livedoor.jp/meiko_aikoku_blog/archives/51778849.html

    釧路教育活性化会議「いままでにお寄せいただいた(保護者からの)ご意見」
    http://www.kitamon.com/cpek/opinion.shtml

    補習!補習!補習!
    http://blog.livedoor.jp/meiko_aikoku_blog/archives/51778874.html


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    #1399 3割もいる生活習慣病の中学生と学力への影響  Feb. 27, 2011 [塾長の教育論]

     生徒を見ていると小数だが、切れやすい子、体力のない子、集中力に欠ける子がいることに気がつく。小太りの生徒にそうした「症状」を呈する者が多いように思える。もちろん全部がそうではないのだが、パーセンテージが多いということは言えるだろう。
     こうした生徒は強く注意するとふてくされる、何度注意してもなかなかお喋りをやめられない、10分以上集中力が続くことがほとんどない。
     嫌なこと、嫌いな科目を辛抱してやることがなかなかできないので塾では指導が難しい、学校でも同じだろう。
     宿題を出してもなかなかやってこないし、不得意科目の成績は後ろから10%付近になる。そういう生徒でも興味のある科目はいい点数をとるから、好きな科目のほうから攻め、嫌いな科目は後回しだ。いい方向に持っていくのに2年はかかるから、実に厄介なそして手ごわい相手である。
     こうした生徒には家庭学習を含めて生活習慣に問題があることはハッキリしているが、食事の内容についても問題があることは案外指摘されていない。
     数年前にコンビニでコピーをとっていたら、生徒の一人が親と一緒に入ってきて、山ほど袋菓子を買っていた。太るわけだ。生活習慣は親の協力がないとなかなか改善できない。

     午前4時台のNHKラジオ深夜放送を聞いていたら、香川大学の名誉教授北側博敏の「子供の食育」という番組をやっていた。
     香川県の調査によると中学生の3割が生活習慣病だという。代表的なものとして、高脂血症(19.2%)や肝機能障害(6.7%)を挙げていた。肝臓機能障害があると切れやすくなるという。寝る前のカップ麺はやめたほうがよいようだ。ポテトチップスやポテトフライ、ザンギなどの揚げ物が多いのは考え物だし、甘い飲料のがぶ飲みもいけない。周りにはこどもの健康を蝕む商品で溢れているから、食べる物の種類と量は親が強く躾けるしかない。

     毎年実施されている厚生労働省の調査(サンプル:高校生8500人)によれば、25%が高脂血症であるという。
     こういう子供たちがそのまま大人になると毛細血管の集まっている腎臓に機能障害を起こし、人工透析が必要になる確率がうんと上がるそうだ。毛細血管は眼や脳にもたくさん集まっているので、視力障害や脳卒中・脳梗塞の引き金にもなる。子供たちの食べる物がこの20年間で劇的に変化したので、平均寿命が短くなるだろうと予測されている。40代50代で重篤な疾患を抱える人が20年後30年後に大幅に増大する。医療費も膨れ上がるだろう。

     北川氏によれば、生活習慣病の生徒の親を呼んで血液検査データを説明し、生活習慣改善の協力をお願いすると、3ヶ月で6割の生徒のデータが基準値内に戻るという。もちろん、集中力は高まり、切れにくくなるという効果もあるのだろう。
     北海道の小中学生は運動量が少なく体力が全国平均よりも落ちるというが、それと学力も関係があるのではないだろうか?

     週2日くらいの、遊び中心の体育系ブカツがあると、生徒の体力をつけ、生活習慣病を治すのに たいへん効果があるだろう学校のブカツを生活習慣病予防という観点から見直す必要があるのではないだろうか?競技スポーツだけを目標にしたブカツしか存在できないのではヘンだ
     会社の同僚で毎日1時間歩いて、半年で体重を10㎏減らし、血液検査データが全部基準値内に戻った人がいた。週2回のブカツに参加するだけで子供たちの体力を向上させることができ、生活習慣病を劇的に減らせるだろう。
     根室の子供たちの学力は生活習慣を見直すことでも改善できるのではないか。小中高と根室市内の全生徒数は2000人から2500人いないだろう。毎年1回血液検査をして、生活習慣病の予防と治療をしてもいいのではないだろうか

     高松市のように実施している市町村はある。香川県が旗を振ってやっているから県内の市町村は生徒の血液検査を実施しているところが多い。親を呼んで、検査データを使って説明すると効果が高いという。客観的なデータは説得力があるし、親が協力して改善に取り組めば、検査データにその効果のほどが出て確認できる。PDCAサイクルが確立できるのである
     PDCAサイクルは客観的なデータに基いて計画し、目標数値を定めて具体策を作成してその効果を定期的に確認する。あたりまえのことだが学校教育現場ではこういう仕事の基本がないがしろにされている。
     そもそも一番肝心な学校別・科目別の学力テストデータすら公表しないのだから、学力向上に効果の高いPDCAサイクルなんて管理技法が使えるはずもない。こうして学力向上という点からみると学校自体が機能不全に陥っている。まずは食育でPDCAサイクルを取り入れ、生活習慣病から生徒を救うべきだ。対象となる生徒は3割はいるはずだ。

     いつの再放送かとネットで調べたら2007年4月2日に放送されたものだった。内容については次のブログに詳しいので、そちらを参照して欲しい。
    http://plaza.rakuten.co.jp/yumekiboumirai/diary/200704030000/

    香川県食育推進会議委員
    http://www.pref.kagawa.lg.jp/kgwpub/pub/cms/upfiles/syokuiku%20iinmeibo_1462_1.doc


     小中学生の生活習慣病をほうっておいたら、40代や50代にどういうリスクがあるのか専門医の方がお読みになっていたらコメントが欲しい。根室の子供たちのみならず道産子も他の46都府県の子供たちも健康に育って、一生懸命学習して欲しいから。

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