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#3538 ∀n [ n≧3⇒∀x∀y∀z ¬(x^n+y^n+z^n] May 7, 2017 [数学四方山話]

  標題は論理式であるが、何を意味しているかわかる人は数学科か哲学科を卒業した人だろう。
  三月から数理論理学や数学の本を読んでいるのは、論理式に不案内だと気が付いたから。高校数学Ⅰには「集合と論理」あるいは「命題と論証」という章があるから、教える方は数理論理学の大学教科書程度の本は読んで演習問題を解き視野を広げたほうがよい。大きな山は裾野も広い。

  今日はサイモン・シン著 青木薫訳『フェルマーの最終定理』(新潮社 2000年刊)を読んでいた。この本を読むのは3度目である。昨年10月に2度目に読んだ時には気が付かなかったが、翻訳者の青木さんは京大理学部卒業、同大学院修了の翻訳家、そして女性である。翻訳文の感じがやわらかいと思っていたが、女性だったのだ、数学の本だから翻訳者は男だと思い込んでいた。彼女は「訳者あとがき」に次のように書いている。

「もう一つ、本書の書き方でわたしが好感をもったのは、日本人研究者と女性研究者の取り扱いである。…また、女性研究者の取り上げ方も並々ならぬ好意的な(というより、正当な、と言うべきか)もので、同性としてうれしく思った。」・・・『フェルマーの最終定理』p.393

  谷山・志村予想の志村五郎先生と、翻訳作業中の1999年に京都大学の特別講義で出逢ったことがp.395に書いてある。


      ∀n [ n≧3⇒∀x∀y∀z ¬(x^n+y^n+z^n]

  『フェルマーの最終定理』にはそれを表す論理式が載っていない。フェルマーはこの難題を論理式で語ったわけではないからだろう。さて、どういう風に記述すればよいのだろうと手元にある本を調べてみたらあった。この論理式は松坂和夫著『数学読本6』p.1369からの引用である、「nが3以上の自然数ならば、方程式 x^n+y^n=z^n を成り立たせる自然数x,y,z は存在しない」ということを表している。n=2は三平方の定理だから、それが成り立つのは中学生にもわかる。ではn=3や4の場合にはこの方程式が成り立つのかという問題である。

  面白いもので、2か月ほど数理論理学関係のベーシックな本を3冊ほど読んでいたから、なるほどこう書くのかと合点がいった。論理式に慣れたようで、すんなり読めた。

  3月下旬に東京へ行き、本屋で小島寛之著『証明と論理に強くなる :論理式の読み方から、ゲーデルの門前まで』(技術評論社2017年2月刊)の本を見つけ、読んだ。前からゲーデルの不完全性定理が気になっていた。中学生の日本語音読テクストとして10年以上使用してきた藤原正彦著『国家の品格』(新潮文庫)にゲーデルの不完全性定理が載っていたからである。

「1931年にオーストリアの数学者クルト・ゲーデルが「不完全性定理」というものを証明しました。不完全性定理というのは、大雑把に言うと、どんなに立派な公理系があっても、その中に、正しいか正しくないかを論理的に判定できない命題が存在する」(『国家の品格』p.45)

  しかし、ゲーデルの証明を読んでもわかるはずがないと思い込んでいた。そんなことは数学者にしか理解できないと。
  3月下旬に東京へ行っていつものように本屋で暇をつぶしていたら、面白そうなタイトルの本を見つけた。小島寛之の『証明と論理に強くなる』である。この本は数理論理学の入門書であり、ゲーデルの不完全性定理の証明の入り口まで案内してくれると書いてあった。これ幸いと購入してすぐに読んだ。この本はゲーデル不完全性定理の入り口まで案内してくれるだけだから、そこから先は数理論理学の教科書を1冊やりとおしてから、ゲーデルの証明にトライしてみろということ。手順を踏めば、ゲーデルの不完全性定理の証明を理解することができるらしい。

 ゲーデル著 林晋・八杉萬利子訳『ゲーデル 不完全性定理』(岩波文庫 2006年刊)を読んでみたが、解説はわかるが、ゲーデルの証明そのものは論理式のオンパレードだから、数理論理学の教科書をしっかりマスターしないと理解できない。なかなか手強い。そういうわけで、いま2冊専門書を読んでいる。
  どちらも名著の復刊である、前原昭二著『記号論理入門』(日本評論社 2014年新装版)と松坂和夫著『集合・位相入門』(岩波書店 2016年第58刷)。『証明と論理に強くなる』では意味不明だった「⇒導入」と「⇒除去」の意味が『記号論理入門』ではよくわかった。
「仮定⇒証明⇒結論」と論証過程を分類すると、証明には仮定を含む必要がないので、「⇒導入」した仮定を「除去」するのである。論理図の演習問題も豊富にあるから、これを丁寧にやることで、論理図の書き方にも慣れてくる。時間はかかるが、演習問題を一つ一つ丁寧にやって、技術を身に着けていくのがいい。

  数学の論証とはユークリッド『原論』以来、現代数学の体系化を試みたブルバキ『数学原論』まで一貫して演繹システムである。ヒルベルトの『幾何学基礎論』も外すことができない。高校生や文科系大学の学生で好奇心の強い生徒諸君は、数学の世界に遊んでみたらいかが?
  数学のセンスが幾何(いくばく)かは必要です。受験数学という狭い範囲から出たら、景色が一変します。


<余談-1>
  ワイルズがフェルマーの最終定理を論証したのだが、著者のサイモン・シンは谷山・志村予想の証明のほうがより大きな快挙だとみる専門家が多いとを書いている。

「志村教授が自分の予想が証明されたことをはじめて知ったのは、『ニューヨーク・タイムズ』の第一面を見たときだった。ーー「数学界長年の謎に、ついに『解けた!』の声」。友人の谷山豊の自殺から三十五年目のことだった。谷山=志村予想が証明されたことは、フェルマーの最終定理が証明されたことよりもずっと大きな快挙だとみる専門家は多い。というのも、谷山=志村予想が証明されることは、他の多くの定理にとってとてつもなく大きな意義があるからだ。ところがジャーナリストたちはフェルマーばかりに焦点を合わせ、谷山=志村予想には軽く触れるだけーーあるいはまったく触れないーーことになりがちだった。」『フェルマーの最終定理』p.307

  翻訳者の青木が、サイモン・シンに好意をもったのは、国際舞台の場ではしばしば日本人研究者が、その業績の大きさに比して不当な扱いを受けることが多いのに、英国人の著者、サイモン・シンがちゃんと評価していたからだろう。

<余談-2>
  風が強いが、天気が良かったので、散歩(3180m)しました。昨日から首と肩の痛みがほとんどなくなっています。痺れを感じることがありますが、こころで抗わぬように、痺れや痛みをそのまま受け入れるように変えました。痛みや痺れはそれを嫌悪する感情をこころに起こします。これも老化と、ニコニコしながら微妙な身体のサインを受け入れています。ベットに横になった時に痺れと痛みが消えたので楽です。
  2月頃から毎日ヨーグルトを600gほど食べていたので、それを1/3に減らしました。別海牛乳を温め、専用容器に入れて市販ヨーグルトを種に混ぜ、毛布でくるんで5時間保温したら出来上がりです。果物を混ぜて食べています。そして、体の筋肉をリラックスさせるために、最近あまりやらなくなっていたヨーガを15分くらいやっています。歩く時には、足以外は力を抜いて重心移動を感じながら頭や腕や胴体をそれに同調させるようにしてみたら、気持ちがいい。無駄な力の入らない歩き方がいまのわたしにはいいようです。






フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

  • 作者: サイモン シン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000/01
  • メディア: 単行本



数学読本〈6〉線形写像・1次変換/数論へのプレリュード/集合論へのプレリュード など

数学読本〈6〉線形写像・1次変換/数論へのプレリュード/集合論へのプレリュード など

  • 作者: 松坂 和夫
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1990/08/27
  • メディア: 単行本



証明と論理に強くなる  ~論理式の読み方から、ゲーデルの門前まで~ (知の扉)

証明と論理に強くなる ~論理式の読み方から、ゲーデルの門前まで~ (知の扉)

  • 作者: 小島 寛之
  • 出版社/メーカー: 技術評論社
  • 発売日: 2017/01/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



国家の品格 (新潮新書)

国家の品格 (新潮新書)

  • 作者: 藤原 正彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/11/20
  • メディア: 新書




ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)

ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫)

  • 作者: ゲーデル
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2006/09/15
  • メディア: 文庫



記号論理入門 (日評数学選書)

記号論理入門 (日評数学選書)

  • 作者: 前原 昭二
  • 出版社/メーカー: 日本評論社
  • 発売日: 2005/12
  • メディア: 単行本



 



集合・位相入門

集合・位相入門


  • 作者: 松坂 和夫
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1968/06/10
  • メディア: 単行本







 

ユークリッド原論 追補版

ユークリッド原論 追補版

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 共立出版
  • 発売日: 2011/05/25
  • メディア: 単行本

幾何学基礎論 (1969年)

幾何学基礎論 (1969年)

  • 作者: ヒルベルト
  • 出版社/メーカー: 清水弘文堂書房
  • 発売日: 1969
  • メディア: -

幾何学基礎論 (ちくま学芸文庫)

幾何学基礎論 (ちくま学芸文庫)

  • 作者: D. ヒルベルト
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2005/12
  • メディア: 文庫

ブルバキ数学原論〈〔第1〕〉集合論 (1968年)

ブルバキ数学原論〈〔第1〕〉集合論 (1968年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 東京図書
  • 発売日: 1968
  • メディア: -


#3535 演繹システムをとりあげた理由:正四角錐の頂点の数はいくつ? Apr. 30,2017 [数学四方山話]

  #3433と#3434で、二度にわたって数学の概念の扱いに言及したのは理由がある。ある教育ブログで「正四角錐の頂点は一つ」という記述を見つけたからである。「指導書に書いてある」というのが論拠だった。FBメッセンジャーで議論を何度かしたが、指導書の名前や出版社名やページ数が示されることはなかった。そして議論はまったくかみ合わず、論拠が明示されないので議論そのものをあきらめた。
  議論の過程で、40年前に読んだユークリッド『原論』や森毅著『現代数学とブルバキ』、ヒルベルト『幾何学基礎論』を読み直した。3月に東京へ行ったときに見つけた小島寛之著『論理式の読み方から、ゲーデルの門前まで 証明と論理に強くなる』もついでに読んだ。
  ちゃんとした議論がしたかったので、うろ覚えになっている自分の記憶を整理する必要があった。議論はあきらめたが、せっかくだから弊ブログ上で整理をしてみたというのが、これを含めた三つの小論の意図である。

  わたしの意見では、正四角錐の頂点が1つであるか5つであるかは、数学の定理にかかわる問題である。その定理とはオイラーの多面体定理で、次の等式で示される。

  面の数+頂点の数-辺の数=2

  この等式はすべての多面体でなりたつ。正四角錐では、面の数5、頂点の数5、辺の数8で、この等式を満足するから、正四角錐の頂点の数が1つという主張は、オイラーの多面体定理の否定でもある。
  オイラーの多面体定理は、演繹システムで数学的論証ができる。
  訊いてみたら「正四角錐を錐体としてみたら頂点は一つ」という主張があったが、正四角錐と錐体は概念が異なることは#3534で解説した、後段で再説するが常識的な議論である。類概念とその部分集合は概念としては別物。こういうのを(正四角錐を錐体と置き換えること)を論理のすり替えという。

  「彼の人」の主張に沿って、正四角錐の頂点の数が1つだという命題が正しいケースを考えると、それは別の演繹システムの場合だけ、数理論理学的にはそういうことになる。
  正四角錐の頂点の数が一つが正しい場合は、頂点の定義が異なるかあるいは公理が別というケースが考えられる。

  ユークリッド『原論』の演繹システムの場合は、多角形で頂点の定義がないから、オイラーの多面体定理は、その演繹システム(ユークリッド『原論』)では論証が不可能である。そういう演繹システムがあるのは事実である。
  前二回の弊ブログで整理して取り上げたこういう話がまったく通じなかった。数学の定理や概念を云々するには、数理論理学の知識は不可欠だし、最初の厳密な演繹システムであるユークリッド『原論』やブルバキ『数学原論』はもとより、その間をつなぐ(現代数学の祖)デカルト『方法序説』やペアノの自然数公理、ヒルベルト『数学基礎論』も関係している。議論の前提として、数学史や数理論理学の基礎的な知識は不可欠。

  わたしは2社で統合経営情報系システム開発をユーザー側で担当したことがあり、業界トップクラスのSEと何度か仕事のチャンスがあった。システム専門家と話すときはシステム開発に関する専門用語はもとより、プログラミング、PERT、などさまざまなシステム開発技法に精通しているだけではなく、簿記や原価計算、輸入業務、検査業務などの適用業務の理論と実務についても専門家である必要があった。そうでないとSEともシステムを導入する部門とも話が通じない。
  日本標準臨床検査項目コードの開発の時も同じだった。臨床病理学会項目コード検討委員会の委員長であった櫻林先生に大手六社の検討会議へ出席して議論の方向を束ねていただくには、標準コードや臨床検査についての具体的な専門知識ベースが必要だった。プロジェクトにかかわる複数の専門分野の知識を持たなものはプロジェクトマネジャーの任は担えない。
  慶応大学医学部産婦人科の医師たちとの出生前診断検査の日本標準に関する共同研究プロジェクトでも、米国から取り寄せた資料を読み、必要な人材をラボからピックアップして、プログラミング仕様書を書くという作業が前段にあった。英文で書かれた学術論文のデータから、曲線回帰分析をしなければプログラミング仕様に必要な方程式が算出できないから、統計の専門知識やプログラミング仕様書を書く技能がなければできない仕事だった。沖縄米軍からの依頼でトリプルマーカMoM値検査の導入というプロジェクトが前段にあったのである。
  どの仕事も、相手の専門用語での議論が不可欠だった。専門用語での会話は誤解がほとんど生じないから、メリットが大きいのである。
  数学の概念を議論するには、数理論理学の基礎知識が欠かせないことはこれらの事例から類推していただけるだろう。
(わたしはたまたま仕事の運がよかった。仕事に理解のある担当役員や社長がいて任せてくれたから、獲得した様々な専門知識とスキルを仕事で磨けた。感謝している。)

  公理系が違えば同じ名前の概念でも定義も異なることがある。三角形の内角の和が180度というのは平面幾何学でいえることで、球面幾何学という別の公理系では三角形の内角の和が180度より大きくなる。自然数の定義も中学校や高校ではゼロを含まないが、現代数学の自然数の定義はゼロを含むということを議論の中で演繹システムが異なれば定義も異なる具体例として挙げた。
  数理論理学では、数学的帰納法との関係で、自然数は厳密に扱わなければならない。ペアノの自然数公理やラッセルの自然数PM(プリンキピア・マティマティカ)では、ゼロを自然数の出発点としている。自然数は現代数学で演繹システムとして厳密に定義されたということ。
  数学的帰納法が指導項目に入ってこない小学校や中学校では、そういう厳密な自然数の定義は教える必要がないから、カットされているだけのこと。だから、小中学校では自然数は「正の整数」でゼロを含まないということになっている。高校数学では数学的帰納法の説明が出てくるが、自然数の厳密な定義はなされないから、高校でも自然数は1から始まる、つまり正の整数=自然数という定義である。整合性を保つために、数学的帰納法では出発点 のnがゼロのケースは扱われない。学校教育では、こうした素朴な自然数定義で十分。
 繰り返すが、学校教育で扱う数学では、小学校でも中学校でも、自然数はゼロを含まない。中1の教科書にも載っている。
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たとえば、整数には、正の整数、0、負の整数がある。正の整数を自然数という。
   『新しい教科書1』東京書籍 10ページ
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  「彼の人」の4月27日付ブログでは、中学数学ではゼロを自然数にカウントしているととれる記述があるが、わたしにはその説明自体もまったく理解できない。自然数はゼロから始まるから、3の倍数にゼロが入るという説明も肯けない。教科書には(上述に見たように)自然数は整数の部分集合だという内容の説明が書かれており、自然数と整数が「完全に一線を画す」なんてことはないのである。
 
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 学校では「自然数に0が入らない」というふうに「整数」と完全に一線を画すように教えている以上、nに0が入ると非常に都合が悪い。そこで、「n=自然数」について勘違いが起きないように「個数」と「順位」の2つ用意している、ということなんです。」

*教育時事問題ブログ
http://www002.upp.so-net.ne.jp/singakukouza/jijimonndai.html#Anchor-10773
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<参考>大辞林より
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類概念:二つの概念が従属関係にある場合、上位の概念をいう。たとえば、「日本人の男」に対する「日本人」「日本人」に対する「人間」。類
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  整数が負の整数、ゼロ、正の整数(自然数)から構成され、自然数が整数の真部分集合だということも、整数がこれら三つの部分集合を束ねる類概念だということも理解できていないようにわたしには見える。そのことは正四角錐と錐体の概念の関係にも共通している。「彼の人」は正四角錐と錐体のところでも概念構造(類概念とその下位概念)を理解できなかった。#3534で大辞林から引用して具体例で説明したが、普通の人に理解できることが自説にこだわると理解できなくなる、そういう癖があるようだ。


  自然数をnで表すことはあるが、整数をnで表す例を「彼の人」が解説している。そこで整数と自然数の混乱が生じているが、整数をnで表す例をわたしは寡聞にして知らない。引用した文の前後をご覧いただけば用語の混乱ぶりがわかる。
  整数は高校数学ではZで表すが、それは ganze Zahl というドイツ語から来ている。自然数は natural number という英語の翻訳であるが整数はZを使うのが日本の数学の習慣で、ドイツ語由来なのだ。そんなことを知らないはずがないからうっかりしたのだろう。そういうわけで、主張に無理がある。
(証明問題で「m,nを任意の整数とする」というような記述があるが、mもnも異なる任意の整数を代表する単なる記号で、このnをnatural number の n のことだと誤解するような人はいないだろう。m,nが整数だと宣言しているのだから。参考書や問題集に整数をnで表していても、同様の理由でnatural numberのnではない。)

  正四角錐の頂点が一つであるという記事を再検索してみたが、見つからなかった。自分の論が正論だと信じて疑ってないので削除はしていないだろうから、興味がある人は、「彼の人」の過去ログを丹念に読まれたらいい。きっと見つかります。
(ありました。「彼の人」のブログの「算数・数学のセンス」のディレクトリの「知識と指導力」2017/03/04です。http://www002.upp.so-net.ne.jp/singakukouza/mathsence.html…5/4追記)

  意見の違いはあっていいのです、どこまでも平行線でもいい。その都度、必要な論拠の提示があれば役に立つことがありますが、論拠の提示や合理的推論のない議論は無意味ということ。
  現代数学ももちろん論拠の提示や合理的推論、演繹的論証に基づき議論がなされています。ゲーデル著・林晋訳『不完全性定理』(岩波文庫)の「解説」p.87-275をお読みください。無限集合をめぐる議論と自然数の定義の関係やヒルベルト計画とその破綻、多くの数学者が興味のある議論をしています。
  中高生の皆さんは受験数学の範囲を超えて学問自体に好奇心を広げてください。時間をかければすこしずつわかってきます。


*「塾の功罪と地域の意識」ブログ情熱空間
  コメントが15本あります。人の意見の多様なことよ、だから意見の異なる人と論拠を明確にして真摯に議論する必要があるのではないでしょうか。
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8817809.html

*#3536 すごい成果をあげた生徒:入塾五か月で英数二科目学年トップ May 3, 2017

http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-05-03


*#3533 自然数の定義を巡って:言語・公理・推論規則 Apr. 26, 2017 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-26

 #3534 円錐と角錐の頂点の数を巡って:定義・公理・定理 Apr. 26, 2017
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-26-1

 #3535 演繹システムをとりあげた理由:正四角錐の頂点の数はいくつ? Apr. 30,2017 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-30

 #3538 ∀n [ n≧3⇒∀x∀y∀z ¬(x^n+y^n+z^n] May 7, 2017 
 #3446 信頼の喪失と回復(自然数の英語名は?)  Nov. 1, 2016

#3534 円錐と角錐の頂点の数を巡って:定義・公理・定理 Apr. 26, 2017 [数学四方山話]

  前回#3533「  自然数の定義を巡って:言語・公理・推論規則 」で自然数概念と演繹システムの関係を分析した。今回は、円錐や角錐の頂点の数がユークリッド『原論』(以下『原論』と略記することがある)の演繹システムではどうなっているのか検討してみたい。

  『原論』は「定義」「5つの公準、5つの公理」そして証明すべき「命題=定理」からなっている。ブルバキは現代数学の体系化の基本原理として集合論を措定し、数学各分野について30冊の本を出版して体系化を試みている。ユークリッド『原論』とブルバキ『数学原論』は同じ演繹システム構成をもつ。
  40年前に購入したこの本に再度目を通してみた。演繹システムとしてマルクス『資本論』経済学体系を見ていたので、いつか読むだろうと本棚の肥やしにしていた。(笑)
  『数学原論 集合論1』から引用する。
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「6.各章の論理的な骨組みは、《定義》、《公理》、《定理》から成る」…ブルバキ『数学原論 集合論1』p.2(以下、『数学原論』と略記することがある)
「2.叙述の仕方は公理的、抽象的であり、原則として一般から特殊へ進む。この方式を選んだのは、現代数学全体に確固たる基礎を与えようというこの原論の主目的による。この目的のためには、多くの概念や一般原理を一挙に獲得することがどうしても必要である。されに、証明をつける必要上、内容は原則として厳密に定められた論理的順序に従って配列される。したがって、この原論の中には、すでに広い知識を持ち合わせている読者にしかその効用がわからないような事柄も含まれている。そうでない読者は、納得できる機会が来るまで判断を差し控えて辛抱強く待たなければならない。 」...同書p.1
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  ユークリッド『原論』とブルバキ『数学原論』30冊、は演繹システムとしてみるとまったく同じ。

  ユークリッド『原論』第1巻は次の23項目の定義から始まっている。
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点、線、点の端、直線、面、面の端、平面、平面角、直角と垂線、鈍角、鋭角、境界、図形、円、円の中心、直径、半円、直線図形と三辺形と四辺形と多辺形、等辺三角形・二等辺三角形・不当辺三角形、直角三角形・鈍角三角形・鋭角三角形、正方形・矩形・菱形・長斜方形・これら以外の四辺形、平行線
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  これら23項目の一つ一つに定義がつけられているのだが、このリストに(直線図形=多角形)頂点の定義が含まれていないことに注意。『原論』第1巻は定義と公準・公理のリストに続けて、正三角形の作図から始めている。三角形が多角形の基本(一番単純な多角形)ということだろう。平面幾何には他の巻にも定義があるが、頂点の定義はどこにもない。
  『原論』は平面幾何⇒数論⇒空間図形という3部構成をもつ。空間図形は第11巻(p.343)から始まる。第11巻の冒頭もやはり「定義」である。28個の定義がリストされているが、関係のある個所だけをピックアップしてみる。
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「12.角錐とは、数個の平面載って囲まれ、一つの平面を底面とし、一つの点を頂点としてつくられる立体である」
「18.円錐とは、直角三角形の直角を挟む辺の一つが固定され、三角形が回転して、その動きはじめた同じところにふたたびもどるとき、囲まれてできる図形である。…」
「25. 立方体とは六つの等しい正方形によって囲まれた立体である」
「26. 正八面体とは八つの等しい等辺三角形によって囲まれた立体である」
「27. 正二十面体とは二重の等し等辺三角形によって囲まれた立体である」
「28. 正十二面体とは十二の等しい等辺等角な五角形によって囲まれた立体である」
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 角錐のとんがり部分を頂点と定義しているのみ円錐は直角三角形の回転体として定義しており、頂点の定義がない
 オイラーは多面体定理(面の数+辺の数-頂点の数=2)を発見した。『原論』11巻には39の定理が論証されているが、もちろんその中にオイラーの多面体定理は存在しない。多角形で頂点を定義しておかなければ多面体定理は演繹できないのである。それゆえ、ユークリッド『原論』の演繹システムでは、オイラーの定理を演繹できない

  『原論』第1巻の平面図形の定義で多角形の頂点を定義しておけば、『原論』でもオイラーの多面体定理が演繹できる。多角形の頂点に注目すれば、ユークリッドもオイラーの多面体定理に気づいたかもしれぬ。
 オイラーは18世紀の数学者、『原論』は紀元前300年ころに書かれた。

  中学校数学では、多角形は頂点が定義されているから、四角錐の頂点は5つが正解である。したがって、n角錐の頂点の数は(n+1)。理由は再説する必要がないだろう。

  さて、定義と公理と定理の関係が理解できたかな?

 もうひとつ概念にかかわる問題を片付けたい。錐には円錐、楕円錐、角錐、直円錐、斜円錐、直角錐、斜角錐、その他の錐がある。その他の錐とは、底面の形状がぐにゃぐにゃした曲線を含むものである。これらをまとめた類概念があるが、それが「錐体」である。錐体は類概念で底面の形が多角形または円のような閉曲線と定義されるから、頂点はとんがり部分しか定義しようがない。円錐と角錐に共通な底面の頂点は存在しないのである。
 ぐにゃぐにゃした閉曲線を含むか否かは議論の余地があるかもしれない。概念構造としては錐体という類概念の下に円錐、楕円錐、角錐、その他の錐があるということになるだろう。



<参考>大辞林より
-----------------------------------------
類概念:二つの概念が従属関係にある場合、上位の概念をいう。たとえば、「日本人の男」に対する「日本人」「日本人」に対する「人間」。類
-----------------------------------------
錐体:①平面上の多角形または円のような閉曲線のすべての点と、平面外の一点を結んでできた立体。
-----------------------------------------
頂点:①一番上。最も高いところ。てっぺん。③数学:(ア) 角をつくる二直線の交点。(イ)多角形の辺の交点。 (ウ)多面体の三つ以上の面の交わる交点。 (エ)錐面の各母線の交点。 (オ)放物線とその軸との交点。
-----------------------------------------


*#3533 自然数の定義を巡って:言語・公理・推論規則 Apr. 26, 2017 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-26

 #3534 円錐と角錐の頂点の数を巡って:定義・公理・定理 Apr. 26, 2017
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-26-1

 #3535 演繹システムをとりあげた理由:正四角錐の頂点の数はいくつ? Apr. 30,2017 

 #3538 ∀n [ n≧3⇒∀x∀y∀z ¬(x^n+y^n+z^n] May 7, 2017 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-05-07


ユークリッド原論 追補版

ユークリッド原論 追補版

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 共立出版
  • 発売日: 2011/05/25
  • メディア: 単行本
ブルバキ数学原論〈〔第1〕〉集合論 (1968年)

ブルバキ数学原論〈〔第1〕〉集合論 (1968年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 東京図書
  • 発売日: 1968
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#3533 自然数の定義を巡って:言語・公理・推論規則 Apr. 26, 2017 [数学四方山話]

  数学の概念を少し厳密に扱うとしたら、数理論理学の基礎知識が必要になるのだが、高校数学で「第4節 集合と命題」(数研出版『数1』)の知識では間に合わない。
  自然数を例にとって演繹システムと概念規定のありようを検討してみよう。取り上げるテクストは小島寛之著『証明と論理に強くなる 決定版数理論理学の完全解説』(技術評論社)である。

  この本では3つの自然数が取り上げられている。「メカ自然数」「メカ自然数Q」「メカ自然数P」の三つである。これら三つのタイプの自然数は、言語(記号)、公理、推論規則で構成された演繹システム(公理系)として記述されている。これらの演繹システムのモデルは素朴自然数である。
  演繹システムとして一番古いものは中学数学の平面幾何の証明でおなじみのユークリッド『原論』がある。

  受験数学で習う自然数は{1,2,3,・・・n・・・}だが、
数理論理学では、0を含めて自然数ということが多く、本書でもそれに従います」(同書p.215)
 ( これはわたしの推測ですが、数学的帰納法に完全に対応するためにはゼロを含めておかなければならないという事情がありそうです。)
   
「メカ自然数」で使われる言語リストは10項目が挙げられている。論理記号ではないものが5個、論理記号が5個からなっている。前者は{0,S,+,×,:=:}、後者は{¬(でない), ⇒(ならば), V(または), ⋀(かつ), ⊥(矛盾)}である。
  メカ自然数の公理は6個(公理M1~M6)設定されている(同書p.224)。推論規則は「対称律」「推移律」「代入律」「合成律」の4タイプが挙げられている(同書p.227)。これらの公理系から定理1が演繹される。

 定理1:S0+S0:=:SS0   (1+1=2のこと)

  定理4まで解説されている。「素朴自然数で解釈して真であるような論理式は、必ずメカ自然数の体系で演繹できる。また、偽であるような論理式は、その否定型の式がメカ自然数の体系で演繹できる。」(同書p.237)
  メカ自然数は健全性と完全性が確保されていますが、述語論理が制限されているため、「偶数・奇数とか素数などの概念をメカ自然数で表現することができません」(p.244)

  そこで量化記号∀と∃を導入したものがメカ自然数Qである。メカ自然数の公理系はQ3を除いて、メカ自然数の公理を量化記号を用いて書き直したものとなっている。(同書p.247参照)
  数理論理学の教科書では「ロビンソンのQ」とか「ロビンソン算術」と呼ばれている。量化記号を使うために「変数」記号xが導入されている。量化記号を導入したことで、メカ自然数Qでは不等号を使わずとも大小関係が演繹できる。
  ところが、メカ自然数Qでは、加法の交換法則が演繹できない。このようなメカ自然数Qの難点を解消するために数学的帰納法の原理が公理に導入される。メカ自然数Pは「ペアノの算術」(ペアノは19世紀の数学者)と呼ばれている。その公理はメカ自然数Qに「公理Ind」(数学的帰納法の原理)を加えたものである。(p.275)
 
  どの(述語論理の)公理系でも推論規則は同一だから、公理系たちに見られる定理の違いは公理の違いから来る。(p.289)
  もちろん、言語(記号やその定義)が違っても定理に違いが出ることは言うまでもない。演繹システムに違いができるからだ。

  メカ自然数⇒メカ自然数Q⇒メカ自然数P

 この流れを見ると、右に行くほど使われる言語や公理が豊かになっている。簡単なものからより複雑なものへ、抽象的なものからより具体的なものへという流れがある。これらは演繹体系の展開に共通している。
 ユークリッド『原論』ではn多角形を三角形から初めて順次nの数を増やしていく。空間図形は平面を複数前提とするから、平面図形のあとで展開される。より単純なものからより複雑なものへという流れは演繹体系に共通といってよい。

  論旨をまとめておく。
  演繹系は言語と公理と推論規則からなっており、それらをひっくるめてモデルと称する。推論規則はどのモデルでも同一だが、言語と公理が違えばモデルに違いが出るのは自明だろう。自然数を例にとれば、メカ自然数とメカ自然数Q、メカ自然数Pは演繹システムが違う。そして数学的帰納法にはメカ自然数Pが使われている。現代数学の自然数概念は数学的帰納法と分かちがたく結びついている。


<余談ー1>
  じつは、メカ自然数Pの完全性(negation complete)はゲーデルによって成立しないことが証明されている。

ゲーデルの定理
 メカ自然数Pには、その言語で表現できる閉じた論理式φで、φも¬φもできないものが存在する(p.291)

 ここから先は、数理論理学の教科書を1冊マスターしてから、ゲーデル『不完全性定理』を読めというのが著者のガイドだ。それで岩波文庫版でいま読んでいる。訳注を含めて証明自体は57ページのコンパクトなものだが、さっぱりわからない。「ヒルベルト計画」を中心に置いた長大な解説を含めて310ページの本の、ようやく250ページあたりまで来た。解説部分は不完全性定理の証明の部分に比べると難しくない。読み終わったら、もう一度ゲーデルの証明部分を読んでみる。並行して記号論理学の教科書を1冊、そして集合・位相について書いた本を1冊、読んでいるが、時間がかかりそうだ。早く読んでもわからないから、試行錯誤しながらゆっくりでいい。

  次回は、ユークリッド『原論』を取り上げて、あの演繹体系で四角錐や円錐の頂点がいくつになっているのか御覧に入れたい。言語・公理・推論規則で構成される演繹体系と平面図形の頂点や立体の頂点の数は密接な関連がある。

  ユークリッド『原論』では、三角形に頂点はない、円錐にも頂点はない、角錐の頂点は一つ。なぜそうなっているのか、言語・公理と関係がある。ユークリッド原論では言語は「定義」、公理は「公準と公理」となっている。ユークリッド『原論』では平面図形の定義に「頂点」が含まれていない。じつに面白いのである。  

 <余談ー2>
 演繹体系として数学に興味があるのは、経済学とりわけマルクス『資本論』との類似点が多いからだ。労働は苦役であるというのが西洋経済学の公理である。これを日本的職人仕事観に置き換えたら、まったくことなる経済学が展望できる。世界中の経済学者でこんなことを主張している者は一人もいない。
 わたしは、そういう視点から数学の演繹体系に興味がある。カテゴリー「資本論と21世紀の経済学」にまとめてあるのでお読みいただけたらうれしい。

*#3533 自然数の定義を巡って:言語・公理・推論規則 Apr. 26, 2017 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-26

 #3534 円錐と角錐の頂点の数を巡って:定義・公理・定理 Apr. 26, 2017

http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-26-1

 #3535 演繹システムをとりあげた理由:正四角錐の頂点の数はいくつ? Apr. 30,2017 

http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-04-30

 #3538 ∀n [ n≧3⇒∀x∀y∀z ¬(x^n+y^n+z^n] May 7, 2017 

http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2017-05-07



証明と論理に強くなる  ~論理式の読み方から、ゲーデルの門前まで~ (知の扉)

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  • 作者: 小島 寛之
  • 出版社/メーカー: 技術評論社
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