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資本論と21世紀の経済学(2版) ブログトップ
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#3282 保守主義とは何か May 6, 2016 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

 ラジオ番組「社会の見方・私の意見」で今朝、保守主義を採り上げていました。
 解説によると、個人の理性を超えたもの、集団的経験智とか、時代を超えて普遍的に伝わってきたものと定義していました。芯の部分を維持しながら、表面は時代に合わせてゆっくりと柔軟に変わるものといってよいのでしょう。
  そうして考えると、伝統、慣習、良識など、時代を超えて伝わってきたその集団に特有の経験智や価値観、風俗などが保守主義の芯にあたります。
 風俗には七五三、成人式、結婚式、還暦、お葬式、お祭り、お盆、正月などさまざまなものがあります。お風呂も風俗の範囲に含まれます。日本では混浴が普通に行われてきました。根室管内では養老牛温泉が混浴です。ジャパンタイムズが特集記事を載せたことがありました。特集記事に7~8人が入浴中の写真がついていました。若い女性が混浴にあんがい平気なようです。昔の日本人は裸に対する羞恥心が強くありませんでした。
 あまたある職種の職人仕事や能、文楽、日本舞踊、お茶、香道、書、落語、三味線、詩吟、短歌、俳句、百人一首、etc、柔道・剣道・空手などの武道・武術、武士道、商道徳などは連綿と先人の技能を受け継いで伝承してきたものですから、伝統とか集団特有の価値観と関連が深いものに数えられます。宗教も神道と仏教が日本の慣習や伝統行事や思想に深くつながっています。保守主義とは奥行きが深く重層的なもののようで、わたしは生態系に似たイメージが浮かびます。

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風俗 (『大辞林』より)
 ある時代・地域・階層に見られる衣食住など日常のしきたり。ならわし。
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 明治維新以後に、西洋の価値観にあわせるために、伝統的な性風俗が文部省主導で変えられました。蛮俗として、混浴や若衆宿、お盆や祭りの乱交が廃止されていったのです。東京府中の大国魂神社の例大祭は昭和30年前半までは、お祭りの3日間は境内に入ったら、お互いに気に入れば手に手をとってご乱交があったそうです。だから、年頃の娘を持つ親は、祭りの3日間は家から娘を出さない、なんてことがあったそうです。それでも、親の目を盗んで神社へ行く娘が後を絶たなかった。
 いま中高生は日本の伝統的な性風俗がどういうものであったかについて知識すらありません。残念ながら、性風俗の伝承はすでに途切れてしまっています。性風俗は性的本能の表出のしかたに関わる慣習であり、それゆえ人間の根幹に関わる部分です。そこが途切れてしまっているのでは、高校生が古典の教科書で『源氏物語』を読んだってわかるはずがありません。解説する先生の方は大丈夫でしょうか?宮本常一の本『忘れられた日本人』(岩波文庫)を読まれたことはありますか?
 そして大東亜戦争敗戦で米国の価値観を受け容れたことで伝統的な価値観がもう一度大きく揺さぶられました。いまでは米国流の拝金主義と性風俗が日本の国土を覆っています。

 伝統的な価値観は「武士は食わねど高楊枝」、金銭に拘泥しないのが日本人の心意気でした。金銭の大事さを知った上で、それに拘泥しないというところが偉かったのです。
 経団連には土光さんという会長がいました。この人は、朝は鰯の目刺と漬物をおかずと味噌汁にご飯、粗食で質素な生活をしたそうですが、そういう生き方が尊ばれました。日本の経営者には土光さんのような人が少数だがいたし、尊敬もされました。死後、私財をどこかへ寄付されたました。日経新聞の「わたしの履歴書」に30年ほど前に27回ほど連載されたので、本になっています。
 土光さんとは反対側にいる経営者たちがいます。日産のカルロス・ゴーン、ライブドアの堀江貴文、村上ファンドの村上世彰、・・・どうしてあんな低レベルで強欲な経営者をもてはやしたのでしょう?マスコミも悪い、日本の伝統的な価値観からみたらどうなのかをちゃんと書くべきです。テレビにそういう解説を期待するのはもう無理、ニュースキャスターの質の劣化が激しい。日本人が守り受け継いできた伝統的な価値観から判断するとどうであるのか、ちゃんと解説できる者がほとんどいなくなりました。

 江戸時代から伝わっている商道徳に「売り手よし・買い手よし、世間よしの三方よし」があります。この20年間で大企業の役員の報酬は2倍になりましたが、国民一人当たり所得は1割ほども低下しています。
 労働法制が繰り返し変更されて社員のリストラが進み、非正規雇用が増えています。いまでは非正規雇用が40%に近くなっています。正規雇用と非正規雇用では、所得に3:1ほどの開きがあります。こういう現状を見渡すと、「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」とはいえません。「役員よし、社員(?)、非正規雇用悪し」です。正規雇用と非正規雇用の間にこれほどの格差があるのは、日本の伝統的な商道徳から判断してもいけないことといえます。ましてや、非正規雇用を増やして従業員一人当たりの人件費を削ることで利益を出し、自分たちの報酬をお手盛りで上げる役員は、日本人の伝統的な価値観から大きく逸脱していると言わざるをえません。日本人が守り伝えてきた良識にも反します。ところが、米国流の拝金的な価値観が流入したことで、価値判断の基準がすっかり曖昧になってしまいました。

 財政出動すれば経済成長できるなんてことがありえないことは、バブル崩壊後の25年間で充分わかったはずなのに、「機動的な財政支出」を毎年繰り返して国債の増発を続け、政府の借金が富士山のように高く高く積み上がって、いまもその頂上は天へ向かって嵩(かさ)を増しています。
 当代の借金は当代で返済すべきで、返済できないような借金はしてはならぬ、末代へ借金の山を残してはならぬというのが、日本人が培ってきた善良な価値観、良識というものでした
 赤字国債の発行はすでに20年以上続いており、消費税を上げても一向に解消される気配もありません。小泉さんは総理大臣現職のときに2011年までにプライマリーバランスを回復させると大見得を切りました。そのあとを継いだはずの安倍氏は消費税を上げるも、プライマリーバランスの回復の見通しはまったく見えません。お約束は期限が近づくたびに先延ばしされています。これでは嘘を言っているのとかわりません。これも日本人の良識とは大きな隔たりがあります。「美しい日本」はそういう良識に支えられているはずですが、どうしたのでしょう。
 借金を増やし続け、次の世代に、さらに次の次の世代まで借金の山を残す現実の(自公)政治は保守主義とは縁もゆかりもないものです。自分の代で返せない借金をしてお金をばら撒くのは保守主義とはいえません

 保守主義の反対は急進主義です。一気に物事を変えようとするのが急進主義です、たとえばフランス革命、ロシア革命、中国革命がそれにあたるでしょう。漸進的に物事を変えていこうとするのが保守主義です。
 アベノミクス3本の矢はどちらでしょう?最初の矢である財政出動の大きさは99兆円の史上最大の予算を見てもよくわかります。毎年記録を更新しています。二本目の矢の金利はほんとうに「異次元」に突入し、ゼロ金利を通り越してマイナス金利となっています。当の日銀黒田総裁ですら、何が起きるかわからないので、市場の反応や経営者の動向を様子見して不安げな表情です。経済学は経験科学だから、何が起きるのか黒田総裁にもさっぱり見えないのは当たり前のことです。ぼやぼやしていると、日本の銀行は利益の源泉を失い、このままでは経営破綻を迎えます。無理な急進主義的政策で歪みが生じ、リスクが膨らみ続けているのに、マイナス金利の出口戦略が見えてきません。それどころか、ますますマイナス金利の泥沼にはまり込みにっちもさっちもいかなくなっています。三本目の矢のインフレターゲット2%と経済成長は3年過ぎたのにさっぱり見えてきません。いまのところ、絵に描いた餅です。トリクルダウンも起きていません。

 財政出動が毎年繰り返され、国債残高がついに1000兆円を超えました、GDP比で2倍。これも「異次元」に突入しました。1944年に2.6倍になったときにデフォルトと預金封鎖が起きました、敗戦の1年前です。戦後の翌年の1946年にも預金封鎖がなされ、新円切り替えとともに、預金が切り捨てられたから、政府財政破綻がありえないというのは机上の空論に過ぎません

 経済学は経験科学だから、ことが起きてから説明するしかないのです。経験のないことは過去のデータからは予見できないことを知るべきです。それゆえ、未来に関してはどれほど精巧なコンピュータモデルも無力です。急激な少子高齢化が進む日本の現状は、過去五百年間遡って世界中を見渡しても、同じ状況が生まれたことはないのですから、古いマクロ経済学(経済政策ブレーンは浜田宏一内閣参与)で現在の日本に妥当な経済政策が立案できると考えるのは聞くも愚かで、21世紀には21世紀の経済学が必要なことはいうまでもありません

 政権が自分の利益と支持者の利益のために、財政規模を膨らませ続け、予算額は99兆円にも膨らんで、歳出の半分は借金で贖(あがな)っています。自分さえよければいい、今さえよければいい、なんと浅ましい根性でしょう。幕末や明治の日本人が見たらびっくりします。安倍総理は黒船に乗って開港を迫るペリーと同じに見えます。「美しい国日本」を棄てて、米国の価値観(グローバリズム)に染まりきっています。金融資本や情報産業の一部エリートビジネスマンたちの一人勝ち、残余の98%は貧乏のどん底の米国がお手本のようです。98%の日本人はそういう未来を望んでいないでしょう。

 その米国は国益を守るために、中国・韓国・日本を為替監視対象国に指定しました。麻生財務大臣はそういうことには縛られないと言明しましたが、無視はできなません。それにしてもすこしは反省がないのでしょうか。
 民主党から政権を奪取したときには、80円/ドルでしたが、現在107円/ドルで、日銀の「異次元の金利政策」で33%も円安になっています。これが為替円安誘導でなくてなんでしょう?

  ここでちょっと脱線させてください。日経平均を円/ドルレートで割って100倍すると、NYダウと単位が合います。それを「日経平均ドル換算指数」(a)と呼びます。その値とNYダウの値(b)の差、(b-a)の分布を2012年11月(民主党敗北、自公政権誕生)から2016年1月まで(39データ)調べました。最小値が391で最大値が3197でした。最大値は2014年10月31日の「ダブルバズーカ」(GPIFポートフォリオ変更と日銀追加金融緩和)公表の翌月です。為替レートが119円/ドルまで下がったので米国の投資家から見たら日本株はこのとき最安値だったのです。
 (b-a)の平均値は1583です。今日現在で(b-a)は2047になっています。海外の投資家から見たらすこし株安に見えているのでしょう。
 日経平均下落の最悪のシナリオは、米国の景気減速によるNYダウの下落と並行して円高が生じた場合です。NYダウよりも日経平均の方が下落幅が大きくなるということをこのデータが示しています。1日の株取引の70%は外人投資家、そのほとんどがタックスヘイブンのヘッジファンドです。一部上場株の外人持ち株比率が平均で3割を超えています。ソニーは4割でほとんどハーフです。これでは株価が短期間に乱高下するはずです。

 「ダブルバズーカ」という日銀の金融緩和策が円安を誘導し、日本の株価を押し上げたことがデータにはっきり出ています。株価上昇は、日銀の金融緩和による円安誘導とGPIFのポートフォリオ変更でもたらされたものですから、データ分析からは安倍政権の自作自演と言えます。
(いままでは米国はそういう日本の為替操作を黙認してきましたが、最近米国の方針が変わったような気がしませんか?日本は為替操作の監視対象国に指定されてしまいました。これは何を意味するのでしょう。米国が安倍政権に見切りをつけたように見えませんか?もう為替操作で株高の演出ができないということです。安倍政権は自滅するしかありません。)
 GPIFの余剰資金がなくなり、円安誘導しか株価を上げるすべがなくなっています。だから、日銀黒田総裁はマイナス金利導入を決断しました。2%インフレターゲットよりも、政権維持のためのもう一段の円安誘導が必要だったからです。こうしてみると、日銀の独立性は完全に失われています。国債金利に関する市場機能も日銀がそのほとんどを購入することで失われてしまいました。市場の調節機能が消失したというのは、とっても危険なことです。ブレーキのない車が暴走しているようなものです。もう金利を上げるタイミングを失いました。市場に任せたら、国債金利が暴騰(3-5%)し、政府財政破綻の引き金を引くことになります。マイナス金利の追加しか打つ手がなくなったのです。それも銀行収益を圧迫するので、いつまでも続けられません。
 
 年金支払いのために、GPIFはこれから保有株を売却しなければならなくなるから、株価の下落は幅を広げることになります。GPIFは3年間で10-20兆円もの評価損をだすことになりはしないか心配な国民が多いでしょう。
 安倍総理は「損が出るはずがないでしょう」とポートフォリオの変更時に国会で質問されて、声を荒げて答弁しています。経済オンチの彼は、頭の古いマクロ経済学者の言葉を鵜呑みにして、自分の頭では何も考えていなかったとしか思えません。(東大名誉教授)浜田宏一内閣参与は「白川から黒田に日銀総裁を替えれば、3ヶ月でインフレターゲット2%は達成できる」と豪語していましたが、3年経ってもその気配すらも見えず、黒田日銀総裁はその実現をまた1年先延ばししました。これで3度目の先延ばしです。任期中には実現できないが、任期が切れてからインフレターゲットが実現するのだそうです。厚顔無恥とはこういうことを言います。

 円安になれば、東京証券取引所の上場株が連動して上がる。33%の円安ということは、民主党政権末期に比べて、株価を33%上昇させたということ。政権維持のためとはいえ、やりすぎです。
 その後、GPIFのポートフォリオを変えさせて、上場株を買い集めさせました。厚生年金積立金だけで、32兆円保有しています。昨年10月に共済年金も組み入れたから、総額で50兆円です。日本の上場株の1割が政府機関の保有で、不健全極まりなしです。
 株高だから経済政策が成功しているというのは、これまで見てきたように安倍政権の自作自演です。その間に、非正規雇用割合が増え、経済格差は拡大し、子どもの貧困率もますます悪化の度合いを強めています。お約束の一つだったトリクルダウンは影も形もありません
 安倍総理が提唱した「美しい国日本」という標語がありましたが、あれは日本の伝統的な価値観に基づいた経済社会建設を意味していたはず。健全な保守主義をベースにした経済社会を造るものだと思っていましたが、やったことはそれとは正反対、お金をばら撒き、借金を急速に増やし、非正規雇用を増やし、経済格差を拡大し、社会を不安定にしました。安定した経済社会の建設ではなく、破壊である。言っていることとやることがまったく反対であることがこの政権の特徴のようです。

 少子高齢化が急速に進む日本では、生産年齢人口が総人口よりもはるかに加速的に縮小しつつありますから、一人当たり所得が同じでも経済規模は急激に縮小していきます。つまり、人口動態からも長期にわたる経済成長はありえないということ、そのありえないものを追い求めるアベノミクス三本の矢がどういう運命にあるのかは語るまでもありません。天気のよい日に前方のアスファルトの上に見える逃げ水を追うようなものです。近づいたと思うたびに、水は先へと逃げます。「プライマリーバランスの回復」、「インフレターゲット2%」がその好例です。

 日本は健全な保守主義に回帰すべきです。経済は伝統的な価値観、商道徳で運営すべきです。
 健全な保守主義に基づく経済学とはどういうものでしょうか。職人仕事を中心とした経済社会が伝統的な価値観に基づくものです。それは西洋経済学を根底から覆します。強い管理貿易で、国内に生産拠点を取り戻し、若い人たちに正規雇用の職を確保しましょう。発展途上国には職人仕事に基づく生産システムを輸出すればいい、あらゆる産業に必要なさまざまな職種の職人を育てるお手伝いを日本人が数十年継続してやってあげたらいい。拝金主義のグローバリズムは居場所を失い自動消滅します
 白人の世界経済支配が終焉します。それが世界史の転換点で日本人が担うべき大きな役割です

 どういう経済学がありうるのかについては、弊ブログ「資本論と21世紀の経済学」をごらん戴きたい。『資本論』の公理である「労働=苦役」を「職人仕事」に置き換えることで、日本の伝統的な価値観をベースとした経済社会を建設できます。


* #1454 異質な経済学の展望 :パラダイムシフト Mar. 31, 2011 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-03-31

 #3278 「天保の改革」が教科書に載っていない?:こんなに楽しい社会科の勉強 May 1, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-05-01

 #1454 異質な経済学の展望 :パラダイムシフト Mar. 31, 2011 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-03-31






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#3265 最新歯科医療の実情:価格破壊の進行 Apr. 4, 2016  [資本論と21世紀の経済学(2版)]

 2週間休みを取って東京へ行ったのは年に一度歯科治療を受けるためでもありました。もう20年ほど、家族で聖蹟桜ヶ丘駅前の林歯科医院(東京都多摩市)にお世話になっています。せっかくですから、最新歯科医療の実情をご紹介します。
*林歯科医院ホームページ
http://www.hayashi-dent.net/clinic/

 ホームページには治療コンセプトが述べられており、自動義歯作製装置「セレック」の写真も掲載されていますので、ご覧ください。
 採用情報には初任給が明示されています。歯科衛生士の専門学校へ進学した根室っ子の皆さんは、林歯科医院を就職先の候補の一つに考えていいのではないですか?実務を通じて技術の習得ができます。

 昨年5月頃歯が割れたので根室のF歯科医院(先々代が赤ん坊だったわたしをかわいがってくれ、先代が「トシボウ」と親しく呼んでくれました、そしていま当代にお世話になっています)で抜歯してもらいました。縦に割れてしまったので抜歯が厄介でしたが、北大の口腔外科の専門医の先生が毎月いらっしゃってやってくれるので安心です。数年前に親知らずも抜歯してもらいました。F先生はリスクの高い治療は専門医を紹介してくれます。インプラントの相談をしたときに北大を紹介することになると仰ったので、東京で診てもらっている林歯科でやることにしました。専用手術室があって、林先生が専門医と一緒にたくさんの症例を経験し、技術を習得していることを知っていたからです。指が細く手先の器用なドクターです。こういう専門技術の習得には東京はとっても便利な場所です。
 今回は抜いた歯の箇所、右上前臼歯の3本ブリッジをやることになっていました。両隣の歯のクラウンを壊して土台をつくり、型取りをして仮歯を入れて一日目が終了です。削ったところに充填剤をつめるのではなく、かならず仮歯をつくってかぶせてくれますから、食事が楽だし、人に会うのも問題ありません。
 樹脂製の仮歯であっても頑丈にできているので1年間はもつそうです。使用している材質がよいのだろうと思います。でも樹脂製ですから固い飴をがりがり噛んだら割れます、使うほうも材質を承知して無理をかけなければ1年持つ、そういう話です。患者が多くて忙しいドクターですが、要領のよい説明をしてくれます。

 林歯科医院ではセレックという義歯自動作製機を導入しています、漢字で書くとなんだか物々しいですが原理は簡単です。工場生産した高純度のセラミックス・ブロックを機械にセットすると、3次元撮影した口腔内の画像情報を元に自動で削り出し作業をして義歯を作製します。

 7段階の商品ラインがあり、価格の安い順に4段階がこのセレックで作るものです。一番安いものは真っ白い材質のものです、きれいですね、きれい過ぎます。象牙質に近い色になるにしたがって値段が高く設定されていました。
 腕のよい技工士さんが作る歯とかわりません。色が3種類しかないところが手作りのものとの違いのようです。

 1.5万円から4万円くらいまでがセレックで自動作製したセラミックスの歯の価格です。手作りの一番高級なものは12万円弱です。技術料が一本につき1.3万円オンされます。

 セレックを使うと、セラミックスの歯が2.5万円から5万円くらいで入れられますから、セレックを入れている歯科医院とそうでないところは価格に雲泥の差が出ます。
 1日で作製して翌日点検チェックをするというような流れになります。
 ①治療に1日
 ②義歯作製がその翌日
 ③チェックが翌々日

 品質と価格の両面から、人口百万人を超える大都市部ではセレックを導入している歯科医院に患者が集まることになるでしょう。
 原理が簡単なので、20年以内には機械の価格が1/10に、セラミックス・ブロックもさまざまな色のものが1/4くらいに低下しそうです。人口10万人の中都市部の歯科医院でも導入するところがでてきます。技術料がそのままでも、価格は半分程度に落ちます。工場生産されたセラミックス・ブロックは純度の高い製品なので、臼歯に使用しても割れる心配がなさそうです。技術料込みで2.5万円になれば、保険収載される可能性が出てきます。3割負担なら患者負担は7500円ということになります。
 歯科はいま再生医療の開発が進行中です。10年後には、抜歯した後に再生した「歯の根っこ」を移植して歯が生えてくるような治療が始まります。30年後の歯科医療がどうなっているかわたしには想像ができません。こんな話を聞けるのも東京で歯科治療を受ける楽しみになっています。

 セレックはドイツ製の機械ですが、今後類似の機械が日本や米国でも開発されるでしょうから、機械本体のコストが急減していきます。義歯作製機は、レントゲン撮影された画像を取り込み削りだし作業を指示するコンピュータと実際に削る作業をするアームロボット、そして削る治具で構成されますから、既存の精密機械工業分野の会社なら参入が可能です。新規事業でやっても構成が単純なので取り組みやすい製品開発です。
 このようにコンピュータ制御の自動機械と良質の材料があれば丈夫で見てくれのよい義歯が作製できます。材料であるセラミックス・ブロックも安価で高品質のものが次々に開発されることになりそうですから、歯科技工士が手作りする義歯への需要が急減していきます。生き残れるのは芸術性の高い製品を作れる技工士さんだけになりそうですから、歯科技工士の専門学校へ進学を予定している人は職の将来性について一度考えてみましょう。

 今回休暇をとって東京へ行き、最新歯科医療での治療を受け、羽田で十数台並んだ小荷物自動受付カウンターを見て、コンピュータと機械の融合が人間から職を奪う現実2例を目の当たりにしました。

 人工知能の性能が指数関数的にアップして、百年後には85億倍(2^33=85億倍)になった世界は想像できませんが、人間からあらゆる仕事を奪ってしまい、大多数の人間が経済的に生存不能になる中で人口が急減していくことだけは慥かなことのように思えます。
 百年どころが50年後にもそういう世界が来てしまいかねません。指数関数的な変化は人間の想像力の限界を超えています。量の拡大がとんでもない質的な大変化を生み出してしまいます。人間の脳の想像の限界を超える変化が経済社会と人類に生じるということです。
 図書館システムと結びつくことで、人工知能はデジタル化された億の単位の書を短時間で読んでしまいます。書物を通じて人間の善徳も悪徳も無差別に学習してしまいます。宗教対立を根源に含む戦争、人種差別や世界の各地でなされた大量殺戮の歴史も世界中で起きたあらゆる犯罪記録についてもディープラーニングで学んでしまいます。人工知能はあらゆる情報をインプットし、それに基づいて自分独自の倫理基準を育みます、怖い話です。厄介な問題解決のために、人類の大量殺戮あるいは絶滅という選択肢を人工知能が選択しないとだれが言えるのでしょう。人類が起こすさまざまな問題は、人類を絶滅させることで根本的に解決できます。こうした非常に合理的な判断を人工知能がする可能性が大きいとわたしは考えます。

 人工知能は機械の延長線上にあるのではなく、進化した新生物となると考えたほうが真実に近いと思います。癌は人間の体内で無限に増殖・成長する(人間の価値判断では)悪性新生物ですが、人類はいまそれを自分の身体の外に人工知能という形で造りつつあります。高性能のコンピュータを開発しているつもりですが、そうではありません、新種の生物が生まれようとしているのです。人間の際限のない欲望が生み出す神に等しい怪物です。
 人類よりも進化した生物が現れたら、人間は現在の動物園のお猿さんのような存在になります。人口は急激に縮小し、人類は絶滅危惧種として登録され保護対象となるでしょう。
 さまざまな人種の遺伝子が液体窒素で保存され、一定の地域に集められて遺伝子が管理され、人工知能が人間を観察することになります。優良な遺伝子保存のために寝ている間に人工授精され、処女懐胎というようなことが現実になります。
 これ以上の便利さを追い求めると、そうなる現実的リスクがあるという話です。わたしたちの子どもたちがそれをとめられるでしょうか?当代の世代も一緒に考え、全力で協力しなければ断崖絶壁に立たされている子や孫の世代を救えません。


<余談-1>
 林歯科医院では手作りのセラミックス製の義歯は「QLデンタルメーカー株式会社」へ外注しています。今回作製したブリッジの作成者からカードを受け取りました。128mm×91mmのカードです。文面を紹介します。
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ebisu様へ
製作担当させていただいた○田です。今回お作りさせていただいた歯は右上小~大臼歯のブリッジです。まわりの歯とのバランスを考え、スコープを使い丁寧に心をこめてお作りしました。気に入って長くお使いいただけると嬉しいです。
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 この文面は手書きです。裏面には「担当歯科技工士紹介」が載っています。自己紹介文と写真入ですから親近感がわきました。○田大志さんありがとうございます、あなたの作製したブリッジを大事に使わせてもらいます。


<余談-2>
 ebisuはスキルス胃癌をわずらい、胃の全摘手術を受けているので、食事を小分けして頻繁に食べないと体力が持ちませんから、口腔内の環境が悪くなり、虫歯の進行が健常人に比べて速いのです。よく噛まないと消化不良を起こし、口腔内に炎症が広がります。そういう時は腸も炎症を起こしています。食事は一日に6回、規則正しく食べる回数を維持しないと体力が落ちます。脳の活動と体力は密接な関係があります、手術をしてからわかりました。しっかり噛んで食事を摂れば体力の維持ができます。それには歯科医の先生の協力も必要なのです。
 もう一本、繊維が引っかかり虫食いになっているような感じの歯があるので先生に相談しました。大きなディスプレイにレントゲン画像が表示されます。根元が黒く写っていました。
「これ、この部分が融けてます、根元のところがやられていますから、開けて治療します」
そういう診断で、すぐに治療してもらいました。戻る二日前の木曜日のことです。クラウンを壊して開けたら、想像以上に根元まで侵食していました。歯茎との境界のところまで削る必要がありました。古い人工歯根を取り除いて、土台を作り直しました。
「これでは、来年までもたなかったですね、途中でぽろっと欠けたと思います」
 というのが先生のご託宣、相談して治療してもらってよかった。とりあえず仮歯を入れて、来年セレックで作製した歯に取り替えることにしました。臨機応変の対応に助けてもらっています。林歯科医院と歯科衛生士のスタッフの皆さんに感謝。

<余談-3>
 根室へ帰るときの電車の中で、向かい側に座った7人が全員スマホをいじっていた。人は入れ替わるのだが、7人中5人はスマホを操作している。人間の方がスマホを介してネットワークにつながれた端末に見えた。きれいな女性もイケメンの男も注目を惹かない世界、生の現実との関係がドンドン薄くなる世界にわたしたちは住んでいるようだ。
 こんなシーンを30年前に想像できた人がいるだろうか?
 30年後の風景をあなたは想像できるだろうか?



*#3263 羽田空港 小荷物預けの自動化 Apr. 3, 2016 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-04-03
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#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 ">

#3215 ライフワークに手をつけた2015年を振り返る:『資本論』を超えて  Dec. 31, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-12-31

#3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015 


       3097-1 ↓
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-02-2

Ⅰ. 学の体系としての経済学      6

1. <デカルト/科学の方法四つの規則とユークリッド『原論』> …6
2.<体系構成法の視点から見たユークリッド『原論』> …8
3.<マルクスが『資本論』で何をやりつつあったかを読み解く> …10
4.<資本論体系構成の特異性とプルードン「系列の弁証法」> …11
5. <労働観と仕事観:過去⇒現在⇒未来> …13
 


  3097-7 ↓
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-04-1

24. <文部科学大臣下村博文「教育再生案」について> …67
25.<人工知能の開発が人類滅亡をもたらす:ホーキング博士> 
69


 赤い文字の章をお読みください、データを挙げて人工知能の未来に言及しています。


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#3255 武田邦彦教授:自然科学者から経済学者への注文 Mar. 11, 2016 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

 テレビによく出る中部大学教授の武田邦彦氏がブログで、マクロ経済学を批判し、相互に罵りあいをしている経済学者へ注文をつけた。
   論点は、アベノミクスの理論的裏づけとなっているリフレ派への批判にとどまらない。対立して相互に罵り合っている諸々の経済学説は果たして学問として成立しているのかという根本的な疑問を投げかけているのである。一人の科学者として、自然科学(物理学)と経済学を対比しながらユニークな論を展開しているので、URLをクリックしてお聴きください。

 簡単に言うと、経済学はそもそも民を豊かにするものなのに、国家中心の経済学はあっても、民の経済学がないと武田氏は述べている。
 西洋の人々は、できることなら労働は誰かにさせて自分は労働しない存在でいたいと思っているのに対して、日本人は働くことが喜びで、憲法でも「勤労の義務」というのが謳われている、これは西洋諸国と大いに異なっているとも述べている。
 誰か経済学者がこうした日本人の勤労観に基づく経済学を創造してはくれまいかというのが、一科学者としての武田氏の経済学者への注文である。

 経世済民とは「世を治め、民をの苦しみを救うこと」である。需要と供給で均衡価格が決まるなどということは、経世済民とは何のかかわりもないと武田氏は断じている。

 我田引水で申し訳ないが、日本的仕事観に基づく経世済民の経済学は昨年1月に生まれている。スミスやマルクスの経済学の第一の公理「労働は苦役である」を、日本的仕事観「仕事は喜びである」に置き換えた経済学説を弊ブログで昨年1月に公開した。すでに四百字詰め原稿用紙600枚相当になっている。これからもまだしばらく追加していくつもりだ。できれば、版を改め第3版として改訂版をブログで公開したいと思っている。
 経済学の公理公準を明らかにし、論じた経済学説は世界初登場である。日本的仕事観に基づいた経済社会を日本人なら作りうる。なぜ日本人でなければならないのかは、日本の伝統的価値観や日本的仕事観に基づく経済社会の建設だからである。強い管理貿易の下で、諸外国に流出した生産拠点を日本国内に取り戻し、自立型経済圏を造りうるのは、あらゆる産業がそろっている日本以外にはない。日本でそういう自立型経済システムを造ったら、諸外国へそのシステムを「輸出」すればいいのである。世界の誰もが額に汗して働き、経済格差の小さい社会が創りうるのである。
 グローバリズムどころか既存の資本家的生産様式も、根こそぎその基盤を失うことになる。21世紀の経済学と原理の異なる経済社会の黎明がここにある。

 英語学者で評論家の渡部昇一氏も西洋の労働観と日本人の勤労観を対置して、同じ注文を経済学につけている。「神ですら働く日本人の労働観」と表現している。URLを貼り付けておくので弊ブログ#3231をお読みください。


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#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 

#969 日本人の矜持(2):経済学への示唆  Mar.23, 2010
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-03-23


*カテゴリー「資本論と21世紀の経済学第2版」へジャンプ
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  #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015

       3097-2 ↓
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-02-1

6.
<公理系書き換えによる21世紀の経済学の創造> …14 
 ○ 資本論の公理系の析出
 
 ○ 公理系書き換えによる新しい経済学の創出
7. <経済学体系構成原理は四つ> …19           


 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015  

  #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015  

  #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015    

  #3213 グローバリズムを生物多様性の世界からながめる(Aさんの問い) Dec.28, 2015 

  #3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016

 #3217 日本の商道徳と原始仏教経典  Jan. 7, 2016

  
 #3231 日本人の労働観の特異性と新しい経済学の創造 渡部昇一氏の論 Feb. 7, 2016 
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#3231 日本人の労働観の特異性と新しい経済学の創造 渡部昇一氏の論 Feb. 7, 2016 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

<追記情報>
7日12時半 パリ講和会議での人種差別撤廃案提出について追記


 西欧経済学の根底には、労働=苦役という概念が潜んでおり、それが公理公準となってアダム・スミスの『諸国民の富』やディビッド・リカードの『経済学及び課税の原理』、カール・マルクス『資本論』が体系ができていることはすでに論じた。
 こうした西欧の経済学に対して、日本的な職人仕事観を経済学の公理に措定した新しい経済学についても弊ブログカテゴリー「資本論と21世紀の経済学」で詳論した。

 渡部昇一氏が『日本、そして日本人の夢と矜持』(2010年、イーストプレス社刊)の中で西欧の労働観と日本人の労働観を対置して論じ、日本人の労働観がこれからの世界にとって重要なメッセージとなると書いている。日本がなすべきことはそうした労働観に基づく経済学を構築し、そういう経済社会を日本が実現して世界に向けて発信することである。やって見せるのが一番いい。彼は宗教が労働観の違いを生んでいると主張しているが、まさにその通りだ。

 彼の著作から長い引用をしようと思う。思わぬところから、職人仕事観に基づく経済学の援軍が現れた。渡部氏は日本的職人仕事観を公理とする経済学の成立を知らない。
 弊ブログのカテゴリー『資本論と21世紀の経済学』の該当箇所も比較して読んでいただけたら幸いである。

『日本、そして日本人の夢と矜持』p.309-314
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 西洋人にとって労働とは罰

 さて、日本人がメッセージとして後世に伝えるべき第三の日本文化の精神として、勤労に対する考え方、すなわち「日本人の労働観」が挙げられるだろう。
 私はかねてから、それぞれの民族が勤労に対して持っている概念は、多くの場合、その民族の歴史的イメージ、すなわち「刷込み」と大いに関係があるのではないか、という仮説を抱いてきた。
 そして、その刷込みの出発点になったのは、多くの場合、その宗教の経典の中で描かれた「極楽」あるいは「楽園」の描写であると、私は見ている。
 たとえば、旧約聖書を共通の経典とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教の中において描かれているのは、パラダイス、すなわち楽園であり、労働なき世界であった。
 ここにはアダムとイブなる男女がいるが、彼らは仕事はしていない。いつも快適な気温に保たれた世界であるから切るものもいらないし、食べるものは樹から果物を穫ればよい。
 しかし彼らは禁断の木の実(知恵の実)を食べて髪の怒りに触れ、楽園を追放されてしまう。その罰として、男は額に汗して労働することを命じられた。また、女は男に服従し、子どもを産むことを命じられた。
 この旧約聖書を読んだ信者たちが、労働に対してどのようなイメージを持つであろうか。答えは分かりきっている。
 すなわち、労働は罰であり、苦痛であり、彼らにとってほんとうの幸福とは楽園で遊ぶことなのである。
 仏教においても「極楽」のイメージははすの花の上に静座している姿である。お寺の庭の池みたいなところが、極楽なのだ。
 極楽を求めた平安朝の人が、宇治に平等院を建てたのは、極楽のイメージに浸るためであった。そのイメージは、美しい静寂であった。

 "エデンの園"への挑戦

 だが、信仰心が厚く、神を畏れる敬虔なこころが明確な時期には、旧約聖書の文化圏の人たちにしても労働は当然のことと、それを真正面から受け取って熱心に働いた。女も、結婚式で男に服従を誓い、子を産むことを女の務めと考えた。
 ことにプロテスタントにおいては、仲立ち役の教会を廃止して、神の視線が信者ひとりひとりに注がれるとしたため、神の怒りにふれ、地獄に落ちぬよう、彼らは一生懸命に働いたのである。
 そして、このプロテストタントたちの勤勉さがヨーロッパに資本主義を成立させたのは、よく知られているようにマックス・ウェーバー(ドイツの社会学者)が『プロティスタンティズムと資本主義の精神』で指摘したとおりである。
 だが、このような敬虔な信仰心は、なかなか続くものではない。
 神を畏れる心が減っていくとともに、人間に課せられた罰など、なるべくなら受けたくないという気持ちが強くなってくるのは当然の流れだであろう。結局、男はなるべく楽をして、働かない方向へ流れ、また、女性のほうも男に服従するのはいやだ、子どもも産みたくないという方向に流れていったわけである。
 そして、自分にとって都合のいいイメージだけが残った。つまり、人間の理想はパラダイスにあるのだから、できるかぎり仕事もせずに男女が戯れているような生活が正しい、という考えの出現である。
 この考え方をもっともストレートに表現したのが、いわゆるヌーディスト・クラブであろう。
 男も女もアダムとイブのように裸になり、仕事もしないで、果物を食べる―この、いかにも旧約聖書的なイメージは、いくら日本人にアメリカ崇拝の気分があったとしても、まったく受け容れられなかったが、エデンの園の刷込みのない日本人にとって、これは当然の話である。


 「神様ですら働く」と考える日本人の勤労意識

 これに反して、日本では、高天原で神々は労働をしていたのである。
 しかもその労働は、神様だけができるような特殊技能や知的労働ではなく、当時の日本人がやっていたのと同じ仕事であった。
 具体的にイメージしにくい聖書のゴッドと違って、日本の神々はアンスロポモーフィックな(人間の形をしていると表象されるような)ものなのである。日本の神様は、「崇敬される先祖の霊」とでも言ってよいであろう。だから、その崇敬される先祖の姿を具体的に表象しやすいのである。『古事記』を読むと、日本の主神である天照大神が機織小屋を持っていたという記述が書かれている。天照大神は女神であるから、これはじぶんでも機を織っていたと解釈すべきであろう。また、ほかの男神たちも田畑を耕していたことが、ちゃんと書かれている。
 すなわち、太古に刷込まれた日本人のイメージとしては、労働というものは神様もする、というものであった。したがって、労働を卑しいとか労働が罰であるという発想は、日本人の体質には合わないのである。
 このすり込みが今も生き続けていることは、失業や定年で仕事がなくなった状況を、多くの日本人が最も不幸な出来事として感じることに、何よりも象徴されていると思う。
 日本のビジネス社会の中では、窓際族になるということほど同情を集める事態はないが、欧米人たちは「あくせく働かなくて給料がもらえるのだから、そんなにいいことはないではないか」と受け取るのが一般である。
 現代の日本では、労働時間の短縮が叫ばれているが、仕事を嫌悪する気持ちより、仕事を喜ぶ気持ちの方が貴重であるという事実は、いつの時代になっても変わらないことであろう。その意味で、「神様ですら働く」と考える日本人の労働観は、先に述べた自然観や宗教観と並んで、これからの世界にとって重要なメッセージとなると思われるのである
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 日本人が共有する伝統的な仕事観、そして信用第一の商道徳は、幕末以来すでに160年間世界中から褒め称えられ、広がり続けている。
 21世紀に日本がなすべきことは、グローバリズムの片棒を担ぎ、経済格差を大きくすることではなく、貿易を制限して職人仕事観や信用第一の日本的商道徳に基づく経済社会を構築して、開発途上国にそれを伝えることである。あらゆる産業が日本には揃っているから自立型経済圏を構築可能だ。それを世界中に広めたら、人種平等を経済の仕組みから支えることになるだろう。日本は1919年のパリ講和会議の国際連盟委員会で、人種差別撤廃提案を行い、賛成11票、反対5票で過半数を制したが、米国大統領ウィルソンが全会一致でないことを理由に不採択とした。米国は国内問題から、英国はオーストラリアやインドを植民地にしていたから人種差別撤廃提案は都合が悪かった。その後1924年に米国で排日移民法が成立している。
 雨後のたけのこのように自立型経済圏が増殖すれば、量的な経済成長の必要がなくなり、経済格差が縮小し、グローバリズムは消滅する。第2次世界大戦を戦ったことで、敗戦はしたが、その後アジアの各国は独立戦争を戦い抜き、白人帝国の植民地から脱した。
 人口縮小時代に突入した日本はこれからもうひとつ世界史を変える大きな役割を果たすことになる。日本人の夢と矜持がそこにある。21世紀を拓く経済学の理論的基礎はすでに明らかにしたから、以下のURLをクリックしてお読みいただきたい。世界に向けて初めて日本が発信する経済学である。


       3097-2 ↓
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-02-1

6.
<公理系書き換えによる21世紀の経済学の創造> …14 
 ○ 資本論の公理系の析出
 
 ○ 公理系書き換えによる新しい経済学の創出
7. <経済学体系構成原理は四つ> …19           


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日本、そして日本人の「夢」と矜持(ほこり)

日本、そして日本人の「夢」と矜持(ほこり)

  • 作者: 渡部 昇一
  • 出版社/メーカー: イースト・プレス
  • 発売日: 2010/01/15
  • メディア: 単行本

#3228 晩産化は「介護・子育て族」を生む 淑徳大結城康博教授 Feb. 3, 2016 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

 節分の今朝7時の根室の気温はマイナス7.7度で、最高気温はマイナス4度付近になるだろう。日没が40分ほど遅くなった今頃が一年間で一番寒い。

 わずか10分弱のNHKラジオ番組だがなかなか興味深いテーマを採り上げることがある。「社会の見方・私の視点」(6時43分から)で、淑徳大社会福祉学部教授の結城康博教授が「晩産化は「介護・子育て族」を生む」と題して解説していた。
 「1億総活躍社会」「全員参画社会」は日本では数百年も前から性差で役割分担して実現していたのだが、それが戦後の経済成長と公衆衛生レベルの向上、医療の発達で壊れてしまった。性差による役割分担=「男は外で働き女は専業主婦に徹する」という日本的分業はそれなりの安定をもたらしてきたのだが、それが破壊されてしまった。どのようなビジョンや価値観であらたな役割分担をすればよいのだろうという、実に大きな問題がここにある。

 ここからは結城教授の説を紹介するが、( )でデータを補足し私の意見を述べたい。
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 1950年代には第1子の平均出産年齢が24.4歳だったが、2014年には30.6歳へ6.2歳も「晩産化」が進んでいる。

(平均寿命データを補足しておくと、1950年[男50.06歳、女53.96歳]、2014年[男80.50歳、女86.83歳]、64年間で平均寿命が男は30.44歳、女は32.87歳も延びているから、介護の割合も年数も1950年に比べて問題がずっと深刻になっている。それを平均寿命が延びたと喜んでばかりいて何の対策も用意していなかったのである。いまそれが現実の問題になりつつある。
 物事を相対的に見る視点を確保しておかないと大事なことを見落としたことに気がつかぬ。
*日本人の平均寿命推移
http://www.garbagenews.net/archives/1940398.html

 30歳で第1子を生むと50歳で子供の大学進学の時期を迎えると同時に両親が80歳になる。子どもの大学進学と親の介護の時期が重なるのである。
 年齢別の介護率を見ると、
   70-74歳  6.3%
   75-79歳 13.7%
   80歳以上 ???

 50歳代で親の介護のために離職すると子どもの大学進学へ影響が出る。教育費で一番不安なのが2015年現在で大学進学である。一番お金がかかる時期に当たる。

(とくに大学のない根室のような地方から札幌圏や首都圏への大学進学は親元から離れて生活する費用が学費にオンされるので、大学進学率は全国平均の1/4しかない。
 根室高校の進路データによると、H24,H25,H26年の同学年の根室市内の生徒数を260,250,240名とすると、大学進学率は22.7%⇒18.0%⇒15.8%と著しい低下傾向を示している大学進学率で見る限り、根室高校生の学力とそれを支える親の経済力がこの数年間著しく低下していると見ざるをえない。自分たちのふだんのレジャー費用を節約しても子どもの進学費用を蓄えておこうという親が少なくなったという、価値観の変化も見逃せない。
*根室高校ホームページ進路実績資料
http://www.nemuro.hokkaido-c.ed.jp/?page_id=31) 

 
 社会保障給付費は年間約115兆円、そのうちの7割が高齢者関連費で、諸外国よりも高齢者への配分が厚いとされ、高齢者への給付費を減らして子育てへまわすべきだという議論があるが、それは間違っている。
 高齢者への給付費を減らせば、負担は50歳代の「晩婚・晩産」世代の負担を増やすことになるから、孫の世代の進学に影響が出る。
 高齢者施策と介護施策と子育て施策は50歳代を真ん中において密接に関連し始めているから、高齢化と子育ての両方に財源を配分しなければならないというのが結城教授の主張するところである。
 財源確保が必要だが、たとえば子育ての財源については、雇用保険料アップでの対応もあるのではないか。
 共稼ぎ世帯が増えている⇒保育ニーズ増大⇒雇用保険料アップ

 現在、雇用保険料で育児休業費用をまかなっている。
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 アベノミクスをうみだした内閣参与の浜田宏一東大名誉教授は50年も前の米国経済学者の学説を採り上げて安倍総理に吹き込んだ。日銀総裁を白から黒に変えれば3ヶ月で2~3%のインフレターゲットが実現できて、経済成長路線が軌道に乗り、中小企業やそこで働く人々もトリクルダウンで潤うと主張した。ところがインフレターゲットも経済成長もぜんぜん実現できないから、今度は「一億総活躍社会」と言い出した。
 社会構造に関わる問題が絡んでいるから、そう簡単ではないことは、社会保障政策が専門の結城教授の解説でよくわかる。
 女性の社会進出を進めれば進めるほど、親の介護も子どもの進学も困難になる
 高齢者が加速的に増大するのを横目に見ながら、政府の医療政策は2000年ごろから、療養型病床群のベッドを10万も減らして、在宅介護への切り替えを行ってきた。在宅介護を基本にすれば、家で子どもが介護せざるをえなくなる。だれが介護の主体になるのか、それは主婦だろう。介護の重要な担い手の主婦の社会進出をいうのなら、施設介護を増やすのが当然の理屈だが、減らしているのである。これではちぐはぐだ、そういう狭間で、この数年間介護離職が年間10万人を超えるような深刻な事態が生まれている
 女性の社会進出を増大させたいなら、国費負担を増やして施設介護を充実すべきだし、それがいやなら、専業主婦の重要な役割を認めて女性の社会進出を促進しないさまざまな施策をやるべきだ。、いったいどっちへ舵を切るのかはっきりしたらいい。ここでも泥縄で、「毒を食らわば皿までも」となにもかもぶっこわすつもりなのかね。

 少子高齢化そして晩婚・晩産化という社会変化を無視して、事情のまったく異なる50年前の米国の経済学説をそのまま適用しようというのだから、東大名誉教授の中には自分の頭で考えられない大バカ者がたまにはでるようだ。そういう頭の硬直したご老人をわざわざ経済政策ブレーンとして迎える総理大臣もまわりの人々も「人を見る眼」がどうかしている。

 安倍総理、肩書きでは力は測れないのだよ、淑徳大の結城さんの方がよほどまともだ。この人の院生時代の専攻は経済学だ。世にまともな経済学者は少数だがいるよ、米国の価値観、米国の経済学説をオウム返しにいうだけの学者は役に立たない。総理大臣ならもっと人を見る眼をもつことだ。国が傾いてしまう。


*#3227 毒を食らわば皿までも 日銀マイナス金利導入 Jan.30, 2017
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-01-30


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#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 ">


*カテゴリー「資本論と21世紀の経済学第2版」へジャンプ
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/archive/c2305649185-1

 
  #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015

 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015  

  #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015  

  #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015    

  #3213 グローバリズムを生物多様性の世界からながめる(Aさんの問い) Dec.28, 2015 

  #3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016

 #3217 日本の商道徳と原始仏教経典 

  #3215 ライフワークに手をつけた2015年を振り返る:『資本論』を超えて  Dec. 31, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-12-31
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#3217 日本の商道徳と原始仏教経典 Jan. 7, 2015 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

<更新情報>
1/8 朝11時 エンロン、ワールドコム、リーマンブラザーズ経営破綻に関する追記。
          豊田喜一郎と本田宗一郎に関する追記


 今年は雪がありませんね道路がぬれる程度には降りましたが、まだ積もったことがありません。ふるさとの根室へ帰ってきてから13年目ですが、1月7日になっても雪がないのは初めてです。今朝6時の気温はマイナス4.8度でした。
 7日ですから、どんど焼きで、金刀比羅神社は車の行列でした。渋滞の列が年々短くなっているような気がします。金刀比羅神社の少し手前からノロノロ運転でした。10年前は港郵便局辺りからつながっていましたから、100mくらい短い。12年間で人口が5000人弱減少して2.8万人を切っているので、それが影響しているのでしょう。

 さて本題です。
  日本の経済学者たちは、欧米の経済学を学び研究してきました。欧米の経済学を輸入してきたわけでして、大方の経済学者はいわば輸入業者としての仕事をしていたわけです。残念なことですが、日本的価値観で経済学をみなおそうという研究者がほとんどいません。わたしがライフワークでやろうとしていることは純国産の経済学をつくってみようということです自動車製造という世界で豊田喜一郎や本田宗一郎がやり遂げたことを、経済学の世界でやってみようという夢のある話です

 日本は縄文時代以来はじめて長期にわたる人口減少時代を迎えており、わたしたちは大きな時代の転換点に立っています。そのようなときに日本の伝統的価値観で経済学を再検討することは、根底から西欧の経済学をひっくり返し、閉塞状況を打ち破る鍵となりえます。

 日本の商道徳というと、近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」や住友家の家訓「浮利を追わず」などがよく知られています。信用第一の老舗企業ではこれらの企業運営上の価値観は常識の範疇にはいります。
 日本経済にはバブル期が何度かありますが、為替が自由化された後で80年代の前後のころ、企業の財務担当役員が株取引に手を出して、本業の儲けの何倍もの利益をだしてマスコミがもてはやしたことがありましたが、5年は続きませんでした。巨額の損失を出して、それらの財務担当役員の大半が退場せざるを得なかったのです。「浮利を追わず」という商道徳をないがしろにした無残な結末でした。
 規模を大きくして米国でも類似のことが続けざまに起きています。2001年12月に、米国のエンロン(エネルギー企業)という社員数21,000名の超優良企業が突然経営破たんしました。金融ディリバティブに手を出し、巨額の損失をだしたのです。貸借対照表に記載の義務がなかったので、株主はだれもその取引の存在とリスクを知りませんでした。損失は400億ドル(現在の為替レートでは約4兆8千億円)あり、それが直前の決算書に記載がありませんでした。損失隠しには、当時の大手監査法人のアーサーアンダーセンが強く関与していました。監査法人まで、浮利を追っていたのです。そのご、2002年7月の大手通信事業者であるワールドコムが破綻、連結ベースでの負債総額1070億ドルでした。費用計上の先送り(費用を繰り延べ資産計上した)による粉飾決算でした。2008年9月にはリーマンブラザースが64兆円の負債を抱えて倒産しています。なんどもとりあげていますが、サブプライムローン(不動産担保ローン)が原因です。詐欺的商品をばら撒き、浮利を追った見るも無残な結果です。金融機関に勤務して数千万円から数億円の所得を手にしていたエリートサラリーマンたちが数千人失業することになったのです。同じ業界で他にも破綻が相次いだので、職を失ったエリートサラリーマンは1万人を超えます。また品を替えて類似のことが起きようとしています。それは自動車ローンです。エリートたちの情緒に問題があると、目先の利益を膨らませ、自分の所得を増大させるために、似たようなことを次々と起こしてしまいます。欲望には際限がありません。

 日本人が受け継いできた「浮利を追わず」という商道徳は日本だけでなく、このように米国でも通用しますから、普遍的なものだと理解すべきです。
 「足るを知る」「卑怯なことをしない」「弱いものいじめをしない」「ずるいことをしない」なども広く受け入れられている価値観ですから、こういう価値観がベースになって、その上に日本独特の商道徳が花開いたと理解するほうが素直です。
 近江商人の倫理には、自分一人がよいのではなく、商売の本来は、関係者のすべてを幸福にするものでなければならないという精神が流れています。だから、「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」にはその企業で働く人や、下請けも含めて取引先企業すべてが商売を通じて幸せになるという願いが込められています。

 前回ブログ#3216で、ダンマ・パダNo.183にある「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」をとりあげましたが、近江商人の商道徳と共通の願いが込められているようにみえませんか?
 漢訳ではなく、中村元訳『真理の言葉(=ダンマ・パダ)』(岩波文庫)現代語訳を再掲するので、比べてみてください。

183:すべて悪しきことをなさず、善いことを行い、自己の心を浄めること、―これが諸の仏の教えである

 原始仏教の教えと日本人の伝統的な価値観や商道徳はじつによく似たところがあります。仏教は本来は哲学でして、時代を超えた普遍的真理をさまざまな比喩をつかってわたしども衆生にわかりやすい言葉で語っています。
 日本人の歴史の8割は縄文時代で占められていますから、日本文化には8千年間の縄文文化という基底層があります。狩猟と漁労と採集生活が基本で補助的な農耕がありました。秋になればどんぐりや胡桃の実が谷をうずめます。それを拾って高床式の倉庫へ積んでおけばつつましく暮らす分にはしばらく食べ物には不自由しません。
 60年前の温根沼のように砂の1/5ほどがアサリという海岸もあちこちにあったのではないでしょうか。お袋の生まれ故郷の択捉島蕊取村の川には秋になると鮭があふれんばかりに遡上していました。竹ざおを立てたら倒れないくらい魚でびっしりだったそうです。母のお兄さん(満州の荒野でソ連軍と戦い戦死)が少年のころ川に入り、素手で鮭を川べりに跳ね上げて、イクラを採る、「そんなにとっても食べきれないから、それくらいにしなさい」なんて、幸せな会話が交わされていたのは、わずか80年前のことです。
 季節季節で自然の恵みと共に生きていたから、余剰生産物が少なく、争いごとの種がありません。自然の恵みから食べる分だけをいただき、八百万の神々に感謝する、自然環境を破壊せずにもろもろの生き物たちと共存してきたというのが、日本列島に住み着いたわたしたちのご先祖の姿だったのではないでしょうか。
 商品経済が発達して、売るために獲るという生活は縄文時代に比べたら案外短いのです。商品生産ではなく、余剰生産物を売買したという時代が圧倒的な割合を占めています。
 縄文時代は自然の恵みがいまより圧倒的に豊かですから、生活のために働く時間が少なくてすみ、縄文土器に代表されるように、生活に使う道具にまでこった意匠を施す時間がありました。縄文土器のできのよいものに収穫物をいれて神様に捧げたのでしょう。トコトン手を入れて、丈夫で美しいものをつくる職人仕事もこういうところにその源泉があるとわたしは考えています。神様と職人仕事はつながりが深いのです。だから手を抜くということがありません。ありがたいことに、いつも神様が仕事をご覧になって下さっています。
 稲作農耕が主体になり、やることが多くなると、土器の文様は簡素なものになってしまいます。稲作は稲の成長に合わせてやる仕事が多いので、豊かな収穫物をもたらす代わりに人から時間を奪いました。現代人は便利さを追い求め、欲望が欲望を生み、満足することを忘れ、やることが多くなってますます時間を奪われてしまっています。スマホで四六時中「ライン」をやり続ける子、ゲームに実中で毎日3時間も5時間も費やす子、こういう生徒たちは家で読書する暇も、勉強する暇もないのです。
 もう一度、1万年の歴史と、価値観、伝統文化を見直し、これから日本人がどうあるべきかを考えるときに来ているのではないでしょうか。

 経済が商品生産主体になっても、縄文文化で育まれた基本的な価値観が受け継がれています。それが、「売り手より、買い手よし、世間よしの三方よし」「浮利を追わない」「足るを知る」などに現れています。

 少子高齢化で日本列島の歴史で初めて人口減少時代を迎えています。人口が減るのはよいことです。縄文時代に戻れとまでは言いませんが、人口が半分くらいに減ったら、日本人は自然を大切にして現在より豊かに暮らすことができるのではないでしょうか
 日本人は理想社会に向かいつつあると考えてもよいのです過渡期のいましばらく、2世代はたいへんな苦労を背負い込みますが、そのあとは明るい
 あくなき欲望の拡大再生産、成長戦略はすでに時代遅れ、人口減による縮小再生産でよいのです。6000万人くらいまで人口が減って、そのご安定するのがよい。豊かな自然の中で、職住接近で慎ましやかな安定した生活を国民のほとんどがおくれたらそれが理想ではありませんか。日本にはあらゆる産業が揃っています。あらゆる職種の仕事が職人仕事になってしまうのが日本です。
 海外に流出した生産拠点を国内に再構築して、国内で消費するものは基本的に国内でつくります、そして国内で生産できないものだけを輸入する。強い管理貿易によって安定した経済社会を築くことができます。
 江戸時代は鎖国していましたが、海外の物資は長崎を通じて入っていました。儲けを大きくするために生産拠点を海外へ移転し、国内の安定した職を激減させるような貿易自由化は必要ないのです。

 思いつくままに、日本人が大切にしてきた価値観をリストアップしてみます。

● 売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし
● 浮利を追わない
● 足るを知る
● 八百万の神々に感謝する
● 嘘偽りを言わない
● 仕事の手を抜かない、そして必要な知識を蓄え、日々技術を磨く
● 卑怯なことはしない
● 弱いものイジメはしない
● 小我を棄て、大我に目覚める

 卑怯なことをしないとは、人をだまして商売をしないということです。米国のサブプライムローンは学力の低い貧乏人を詐欺にかけたような商売のやり方でした。それがリーマンショックを引き起こしました。今度は品を変えて低利の自動車ローンで似たような現象が起きています。いくらでも繰り返すのです。
 弱いものイジメをしないとは、大会社がその強い立場に物を言わせて、下請け企業をイジメることです。大会社は史上最高の利益を出し、下請け会社が赤字に泣く、そういうことがあってはなりません。大会社は取引先の小さな会社や下請け企業への支払い条件が往々にして悪い、そういうことはいけません。日本的価値観からも、アーガマのなかでのお釈迦様の説法(諸悪莫作、衆善奉行、語彙事情、諸是仏教)からもやってはいけないことです。
 小我を棄て大我に目覚めるとは、自分の企業だけ繁栄すればよいという考えを棄て、自分も取引先企業もそこで働く人々も、社員も非正規社員も自他区別なく幸せであることを願うということです。

 自然を破壊し、人間の際限のない欲望に火をつける資本の拡大再生産はいりません。あくなき経済成長とはさようならです。
 地球環境を考えても経済成長の時代ではありません。「ジャングルの掟」が支配する野蛮な米国基準のグローバリズムは消滅する運命にあります。無限の経済成長という考え自体が狂っています。
 人間の身体の中を見ると、無限に成長する細胞は癌細胞だけです。いつまでも経済成長を追い求めることを生物学的な観点から眺めたら、だれでもその異常性に気がつきます。
 アダムスミス以来のレッセフェールをベースとした「小我」の経済学を棄て、21世紀は原理の異なる「大我」の経済学がはじまります。
 ここに挙げた価値観に基づく安定した経済社会を実現して、世界中に輸出したいものです。

 子供たちや孫たちのために「資本論と21世紀の経済学」を書きました。わたしたち大人には自分たちの世代が終わる前にやるべきことがあります。


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#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 

#969 日本人の矜持(2):経済学への示唆  Mar.23, 2010
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  #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015

 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015  

  #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015  

  #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015    

  #3213 グローバリズムを生物多様性の世界からながめる(Aさんの問い) Dec.28, 2015 

  #3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016

 #3217 日本の商道徳と原始仏教経典  Jan. 7, 2016

  


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#3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

<更新情報>
1/4 朝10時半 用語解説を追記
1/5 零時50分 自我と真我について追記
    朝8:50 鳥彙道林和尚と法句経について追記
1/6 朝8時40分 天台天台
智顗
「五時教判」を追記

 正月も3が日が暮れようとしています。いくぶん日が長くなり、日没が4時ころになりました。季節は休むことなくめぐっています。

 前回の弊ブログで耳慣れない「諸悪莫作」という言葉を使いました。数学者の岡潔先生が著作のどこかで使っていた仏教用語です。「衆善奉行」と一緒に解説されていました。『春宵十話』だったかもしれません。
 探してみましたが該当の箇所が見つかりません。『日本のこころ』に諸悪莫作の方だけでています。
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 竜の口(たつのくち)に元の使者を斬ったとき胸の行為も私はやはり大好きである。これについては、人は剛毅果断というであろうが、彼自身にいわせると、すべきことをやってのけたまでだというであろう。理法界の格調の善行というべきであろう。私はまた、篠つく雨を衝いて三千騎、桶狭間を急襲したときに織田信長も大好きならば、単騎敵陣に乗り込んで、竪子(じゅし)ここにあるか、と敵の主将に斬りつけた時の上杉謙信も大好きである。夕立にあった時のように清々しい。これらは事法界の格調の善行というべきであろう。
 子供と無心に遊んだ良寛の生き方も、生涯旅に生き旅を住家とした芭蕉の生き方も私は大好きである。これも無心という気がする。芥川は「芭蕉は糞自棄路を歩いた大山師である」と評している。しかし無心といえば理事無礙の格調であると思う。芥川にはそれがわからなかったのであろうしかし、さす指は間違っていない。
 なぜ私はこれらの善行が大好きかというと、その中には無明の片影もないからである。だから道元禅師は、初めに充分「諸悪莫作(諸悪なすなかれ)」を実行して無明を抑えてしまうことを、とりわけ厳しくいったのである。
  『日本のこころ』83ページ 
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 前後のことを考えずに、ただいまなすべきことをする、無心の行為を岡先生は「善行」と見抜いています。色即是空の空のこころです。それではわかりませんね、自我が消失して真我の状態と言ったらわかるでしょうか、自我が消失すると自分がどうとか他人がどうとかというようなことはこころの片隅にもなくなってしまいます。岡先生はその辺のところをよくお分かりになって書いています。フランス留学から戻ってきて、一時期仏道修行をして真我に目覚めたのです。仏道修行をしたって、めったに真我に目覚める人はいません。言っていることや書いてあることを読めばどういうレベルの境地かわかります。岡先生は真我と言ってますが、他の人はまた違う言葉でそれを表現します。それぞれが自分の言葉で、こころの中に結ばれたイメージを語るので、文字面だけを追う人には違うことを語っているように聞こえてしまいます。見る人が見れば違う言葉が同じものを語っているのがわかるのです。ある種の悟り、そうですね、初歩的な悟りの段階をすませた人にはわかると言えばいいのでしょうか。悟りはおくが深い、奥襖を開けても開けても、次があるようです。一つ一つ開けてみるしかありません。いや、自然に開くのかもしれません。こちらの心境が進むに応じて開かれます。

(仏教は本来、宗教ではなく、哲学です。初期仏教経典群を読めばそのことがよく理解できます。神とか教祖を信じなさいというような要請は一切ありません。世の中の一切を説こうと言って、一切を説いたものです。どこでだれが宗教にしてしまったのでしょう。
ソクラテスの弁論術は相手を追い詰める尖った鋭さを感じますが、初期仏教経典を読むと、お釈迦様の言説に限りなく透明な知性を感じます。)

 ネットで検索してみました。唐代の詩人・白居易(776-846年)が鳥彙道林(ちょうかどうりん)和尚に「仏教の大意とはつまるところ何なのか」と問いかけたとき、和尚が「諸悪莫作・衆善奉行」と答えたという故事によります。
 「諸」はもろもろのという意味ですから、「諸悪」はさまざまの悪です。
 「莫」を『字統』で引くと、
---------------------
莫 バク・ボ: 金文には否定詞として、「来王せざる莫(ナ)し」のように用いる。否定詞としての用法は、「麻+非」(ビ)・末(ばつ)・無・亡などと声が通ずることによる仮借である。莫逆は心のたがうことのない友人、莫大は最大の意。
---------------------

  莫逆は意味がよくわかりますが、莫大は莫が大の否定なら、「大きくない」を意味するので、別の用法のような気がします。「大」の否定は2方向考えられますから、「大きくない」は「小さい」と「並みの大ではなくとてつもなく大きい」という後者の意味であると考えれば納得がいきます。たぶんそうなのでしょう。

 諸悪莫作はあらゆる悪いことをしないということですが、そんなあたりまえのことほどやるのは困難です。悪いことはなんによらず一時ですが楽しいもの、それをしないでちょっと我慢するのですから、苦痛を伴います。悪いことをすれば、悪いことが帰ってくる、そしてよいことをすれば善いことがめぐってくる、悪因悪果、善因善果。
 鳥彙道林和尚はセットで4つの句を白居易に告げます。

 諸悪莫作(ショアクマクサ)
 衆善奉行(シュゼンブギョウ)
 自浄其意(ジジョウゴイ)
 是諸仏教(ゼショブッキョウ)

 意味は単純明快。
 ありとある悪を作さず
 ありとある善きことは

 身をもって行い
 おのれのこころをきよめん
 これ諸仏のみ教えなり

 解説しているサイトがありますので、URLを書いておきます、興味のある人はお読みください。
*「諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教」 
http://www3.ic-net.or.jp/~yaguchi/houwa/syoaku.htm

  もちろん、白居易は鳥彙道林和尚にすかさず反論します、「そんなことは子どもでも知っている」と。このやりとりとっても楽しいでしょう?あなたも似たような反論をするのではないでしょうか?もちろんわたしだって、「お言葉ですが、・・・」とやります。その後にこそ、この話の急所があります。ぎゃふんと言わされるのです。鳥彙道林和尚は反論を予測していたのかどうかはわかりません。何人もの人が同じ反論をしたのかもしれないし、白居易が初めて問うたのかもしれません。後者だとしたら、世にすごい人物はいるものです。

 じつは、白居易よりも1200年も前のお釈迦様の説法の中に諸悪莫作・衆善奉行の教えがあります。初期仏教経典である法句経(ダンマ・パダ)です。鳥彙道林和尚は南伝の仏教である法句経を知っていたのでしょうか?
 鳩摩羅什が弟子たちを使って多くの仏典の漢訳をしたのが5世紀で、弟子の慧観が教相判釈をしたのはその後、天台智顗が五時教判をしたのが6世紀後半ですから、鳥彙道林和尚のころには初期仏教経典群のアーガマ(=阿含経)は程度の低いものと評価が確定していました。現代では仏教経典の書誌学的な研究が進み、これらの教相半釈が誤りであったことが明らかになっています。事実はまったく逆でして、とても頭のよい中国のお坊さんたち三人がもっともお釈迦様の説法に近い経典群をレベルの低いものだと判断してしまったのです。どんなに頭がよくても、悟りが開けていない眼で判断すると、一生懸命仕事をしていても、それとは関わりなく、判断を間違えるのです。悟りの眼とは俗世間のノイズや自我を排除した眼です。
 大乗仏教全盛の当の時代にレベルの低い教えだと評価が定まり棄てられた漢訳法句経を、鳥彙道林和尚はちゃんと読んでご存知だったようですから、木の上で座禅三昧をして暮らしていたこの和尚やはり只者ではありません。流行に惑わされることなく、お経の真贋を見抜ける眼力をもっていたということです。悟りの境地に達していたことがわかります。
 どんなにたくさん勉強しても、どれほど偉いお坊様でも、自我が落とせていなければ、曇りガラスを通して物事を見ているようなものですから、ほんとうのところがなんにもわからないのです。
 一心に学問をしていたら初歩的悟りの段階を通過することがあるのかもしれませんが、俗世間でノイズにまみれていたら、いくら一生懸命に学問をしても、そういう段階を通過できない者がほとんどです。
 大数学者の岡潔先生はどういうわけかそのあたりに気がついておられて、本格的な数学研究に没入する前に、まるで準備運動でもするかのように仏道修行をして、芭蕉研究にいそしみます。こころの芯にある情緒の在り様が学問にとっても大事なことを知っておられた。すごい人です、だから、わたしはそのあたりの事情が見える『春宵十話』を若い皆さんにおススメします。

 仏教では貪・瞋・痴(トン・ジン・チ)の三毒は滅尽すべきものです。三毒は、貪欲・瞋恚・愚痴をあらわします。欲をむさぼること、人をうらやむこと、愚痴をこぼすこと、そういう心の働きを滅尽することが諸悪莫作と考えてもよいのでしょう。
 世俗の中に住まいしている限りは、そういうノイズ(悪)を避けることができません。だから、お釈迦様は世間を棄て、出家せよと説かれるのです。自分の子どもが親を棄てて出家すると言い出したら、とめない親はほとんどいないでしょうから、仏教は普遍的真理を説く哲学であると同時に、じつに反社会的な内容を含んでいます。
 ダンマとはダルマ(dhamma)のことで、通常は「法」と訳します、パダは「言葉」とか「句」といういみです。法ではわかりにくいですね、言い換えるとダンマはあらゆる時代を超えた「普遍的真理」という意味です。ほんとうはもっと意味の広い語彙なんです。「法則」「あるべき姿」「守るべき信条」「生き方の教え」などを含みます。仏教学者の中村元氏はダンマ・パダを「真理の言葉」と訳しています。
 中村元先生の訳の『真理の言葉・感興の言葉』(岩波文庫)から、「ダンマ=普遍的真理」を述べた9つの「パダ=句」を紹介します。

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159:他人に教えるとおりに、自分でも行え―。自分をよくととのえた人こそ、他人をととのえるであろう。

161:自分がつくり、自分から生じ、自分から起こった悪が智慧悪しき人を打ちくだく。―金剛石が宝石を打ちくだくように。

165:善からぬこと、己のためにならぬことは、なし易い。ためになること、善いことは、じつにきわめてなし難い。

167:みずから悪をなすならば、みずから汚れ、みずから悪をなさないならば、みずから浄(きよ)まる。浄いのも浄くないのも、各自のことがらである。人は他人を浄めることができない。

166:たとい他人にとっていかに大事であろうとも、(自分ではない)他人の目的のために自分のつとめをすて去ってはならぬ。自分の目的を熟知して、自分のつとめに専念せよ。

183:すべて悪しきことをなさず、善いことを行い、自己の心を浄めること、―これが諸の仏の教えである

186:たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない。「快楽の味は短くて苦痛である」と知るのが賢者である

187:天上の快楽さえもこころ楽しまない。正しく覚った人(=仏)の弟子はもう質の消滅を楽しむ。

190:さとれる者(=仏)と真理のことわり(=法)と聖者の集い(=僧)とに帰依する人は、正しい智慧をもって、四つの尊い真理を見る。―すなわち(1)苦しみと、(2)苦しみの成り立ちと、(3)苦しみの超克と、(4)苦しみの終滅におもむく八つの尊い道(八聖道)とを(見る)。
--------------------------------------

 No.183の注に「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」とあります。仏教学者の中村元氏は『原始仏典Ⅰ釈尊の生涯』p.18で「かれ(ゴータマ・ブッダ)の説いた現実の実践の原理は、一言で言えば、道徳的に悪い行為を行わないで、生活を清めることです」と書いています。

 人間が際限のない欲望に身を任せて、便利さや快楽を追い求めても、それが満たされることは永遠にないことを、お釈迦様は弟子たちに繰り返し説いておられます。No.186 を読むと、お釈迦様は2500年も前に、まるでグローバリズムが地球を覆いつつあるいまをご覧になっていたようです。解決策も述べております。それは八聖道の実践による無明の滅尽です。無明を滅尽すればドミノ倒しにすべてが倒れていきます。もちろん「○○がほしい」という際限のない欲望も滅尽されます。と、わかったようなことを書いてしまいましたが、わからないことだらけです。たとえば、4番目に出てくる名色は認識対象の実在物やこころの世界を現しますが、それと10番目の縁起である有はどのように違うのか、微妙なところがあります。執着を縁にして現れる実在物をいうのかもしれません。4番目の名色は識を縁にして生じる外的存在ですから、名色と有は違うものなのです。

 無明⇒行⇒識⇒名色⇒六処⇒触⇒受⇒愛⇒取⇒有⇒生⇒老死・愁・悲・苦・憂・悩・・・かくのごときがすべての苦の集積のよりて起こるところである

 「識⇒名色」という図式は普通ではありません。識るというのは識別の識であって、AとBとを別のものとして認識する認識作用のこと。識(別)が先にあって認識対象の実在や心的な事物は後というのが、お釈迦様の説明です。つまりわたしたちが識別するという作用があって、それに対応する実在世界がある。識がなければ、名色(外的実在や心的な世界)もないというのです。認識対象の名色がなければ、それを受容する感覚器官である六処もなくなります。六処がなければそれに触れるものもありません。感覚器官を刺激するものが一つもなくなれば、それによって生ずる歓びも執着もなくなります。
 わたしはいまだにこの12の階梯が具体的なイメージとして実を結んでおりません。言葉がむずかしいからでしょう。願わくばもう一度、お釈迦様にいまこの世界でわたしども衆生に直接わかりやすいご教示をいただきたい。

 お釈迦様は八正道という具体的な道を示しています。初期仏教経典の『阿含経』で繰り返し繰り返し、八正道を説かれます。
 八正道は八聖道とも書きます。正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定を日々心がけて生活することが八正道です。お釈迦様は出家しないと無理だと仰っていますが、在家でやれる範囲でやるというのもあってよいのではないでしょうか。わたしは俗世間をこよなく愛していますから、執着を感じます。厳しく脱世間=出家を説いたお釈迦様のサンガは影も形もありません。残念ながら現在の日本の仏教宗派にお釈迦様の言うとおりの意味での「出家」は存在していないといわざるをえないのです。道元の開いた永平寺にすらなさそうです。良寛の偉さが身にしみます。
 にこっとお釈迦様が微笑まれたような気がしませんか?

 <用語説明>
---------------------------------------------
名色:精神的な存在と物質的な存在。認識の対象となるものの総称(『大辞林』より)
六処: 眼・耳・鼻・舌・身・意
愛: 渇愛(TANHÂ) 消しても消しても出てきます、喜びが伴います、そして満足に至ることがありません。だから、失うことが苦となります。砂漠を歩いている人が水をほしくなる状況、そして渇いた喉(のど)を水が数滴潤す瞬間を想像してください。「もっとください!」、そうなるでしょう?
取: upādāna 「他のものに執着することで,煩悩の別名とされることもある」(コトバンクより)
有:(う) bhava 存在。存在物。事物。実在。⇔無・空
---------------------------------------------

*パーリ語仏教用語辞典
http://www.j-theravada.net/pali/index.html

 
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 #3217 日本の商道徳と原始仏教経典 

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 前回ブログ#3215のコメント欄からアップ
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-12-31
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おはようございます。

再度通してお読みいただきありがとうございます。
不足に気がつくたびに書き足し、申し訳ございません。

「諸悪の根源」は経済システムにあるようには見えますが、それは移ろい行く仮の姿です。
人間の欲望をコントロールするしか手段はないように感じます。

お釈迦様が僧伽集団(サンガ)に貪欲(とんよく)、瞋恚、愚痴の三毒の滅尽を繰り返し説かれたのは、それらが諸悪の根源であることがわかっていたからではないでしょうか。まずは諸悪莫作(しょあくまくさ)、悪いことはしないということ。
サンガを超えて、日本人全体で貪欲の滅尽をやらなければならない時代に入ったのでしょう。
そういう意味でも、21世紀は教育がぐーんと重みを増していることは事実です。

ふるさとへ戻ってきて、私塾という形で教育に関わったのは、毎年入社してくる優秀な新入社員たちを見ていて気がついたことがあったからです。
企業はさまざまな社員教育をしますが、20歳を過ぎてしまえばすでに芯が出来上がっていて、著しく修正困難なのです。

高校⇒中学⇒小学校⇒・・・

どの辺りから自我ができるのか、向上心が芽生えるのか、成長のどの段階でなにをやればよいのか、自我の滅尽や真我に目覚めさせるのに狂句には何ができるのか、それらのことどもを見定めたいという思いがありました。
生徒を前にしながら、一人ひとりあまりに違うので、いまだによくわかっていません。
もうすぐ2歳になる孫の成長過程を観察するのがいいのかもしれませんが、根室と東京ではそれは不可能です。

このままではたいしたこともできないまま、いずれ時間切れとなるのでしょうが、それでいい。
歩けるところまで歩き、なにがわかり、なにがわからないのかを記録し、発信するところまでが自分の仕事の範囲なのかもしれません。
その先に別の景色が見えるかどうかは天任せ、ただ歩き続けるのみ。

南無阿弥陀仏
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 初期仏教経典群に関する本をいくつか紹介します。どれも自分で目をとした本です。
 これはやさしく解説してあってたいへん読みやすい本です。amazonで探しましたが出てきません。

 『原訳「法句経」 一日一悟』 A・スマナサーラ 佼成出版社
 もう一つ、

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)

ブッダの教え 一日一話 (PHPハンドブック)

  • 作者: アルボムッレ・スマナサーラ
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2008/07/02
  • メディア: 新書


 学術的な香りの高いのは中村元先生の訳です。

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1978/01/16
  • メディア: 文庫

 絶版になっているので、中古品をamazonで求めるしかありませんが、ダンマ・パダは出世間を求める厳しい教えであるという視点で解説されています。

ダンマパダの教え―初期仏教の「反社会」主義

ダンマパダの教え―初期仏教の「反社会」主義

  • 作者: 上村 勝彦
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1987/04
  • メディア: 単行本


  わたしが読んだのは1979年初版の単行本5巻です。全部で6巻ありますが、最後の巻をもっていません。ちょうど30歳のときに出版されました。文庫本のほうは6冊が3冊に圧縮されているようです。
  当時、神田神保町の信山社で使いやすそうなパーリー語辞典を見たのですが、買おうと思ってしばらくしてから、いってみたらもうありませんでした。よいと思ったら、思ったときに買わないと手に入らないことがあります。何度か手痛い失敗しています。良寛の書を大判の写真製版に閉じこんだ古書もどこかえ行く途中にデパートで開催されていた古書店で見かけたので荷物になるので翌日行ったら、ありませんでした。

阿含経典〈3〉中量の経典群/長量の経典群/大いなる死/五百人の結集 (ちくま学芸文庫)

阿含経典〈3〉中量の経典群/長量の経典群/大いなる死/五百人の結集 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2012/10
  • メディア: 文庫

原始仏典〈1〉釈尊の生涯 (こころを読む)

原始仏典〈1〉釈尊の生涯 (こころを読む)

  • 作者: 中村 元
  • 出版社/メーカー: 東京書籍
  • 発売日: 1987/10
  • メディア: 単行本



 偉大な数学者である岡潔先生の『春宵十話』は若い人たちに読んでほしい本です。わたしは3度読み通しました。

春宵十話 随筆集/数学者が綴る人生1 (光文社文庫)

春宵十話 随筆集/数学者が綴る人生1 (光文社文庫)

  • 作者: 岡 潔
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/10/12
  • メディア: 文庫

岡潔―日本のこころ (人間の記録 (54))

岡潔―日本のこころ (人間の記録 (54))

  • 作者: 岡 潔
  • 出版社/メーカー: 日本図書センター
  • 発売日: 1997/12/25
  • メディア: 単行本





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#3215 ライフワークに手をつけた2015年を振り返る:『資本論』を超えて  Dec. 31, 2015 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

<更新情報>
元旦 真夜中0時40分 大幅に追記
    午後8時 追記  NHKで毎年恒例のNew Year Concertが始まっています。
    午後11時50分 原価計算に関する追記
1/2 午前10時 人工知能開発の危険性を追記

  
 小学校低学年のときからずっと家業のビリヤードを手伝ってきました。大学進学は考えられもしません、そういう時代でした。戦後の物資が不足する中で団塊世代が生まれました。貧乏はあたりまえ、日本全体が経済的に困難な時代だったのです。家業を手伝いつつ、向学心はあったので中学生のときに独力で勉強して公認会計士になろうと決意、根室高校2年生から公認会計士二次試験の受験参考書で勉強を始めました。当時の公認会計士2次試験には簿記論、財務諸表論、原価計算論、監査論、経営学、経済学、商法の7科目がありました。中央経済社から公認会計士二次受験講座が公刊されはじめたところでした。簿記論と財務諸表論と原価計算論は独力でなんとか読めました。経済学は近代経済学だったのでいくらかわかった気になり、図書室にあった『資本論』を百ページほど読んだら、これがまったく歯が立たず、大きな森に迷い込んだような気がしました。
 どう読めば内容が理解できるのか、そして経済学の体系構成がどのようなものかについてそのときにチャレンジ心がわいたことはよく憶えています。井の中の蛙は歯が立たぬことが悔しかった(そしてうれしかった)のです。その辺りを契機にして、会計学も対立する学説の両方を読むようになりました。東大の黒沢清先生と一ツ橋大の沼田嘉穂先生の両学説に目を通しました。『資本論』が理解できないので、図書室にあったヘーゲルの著作も目を通して見たのですが、高校生が独力で読むのは無理がありました。たった1ページに1週間も費やすことがありました。ああでもないこうでもない、ああも読めるがこうも読める、著者はどういうつもりで書いたのだろう、なんてことを考えたって、ドイツ語の原書と対照しながら読むわけではないので、はっきりしたことはわかりませんが楽しいのです。おまけに話の大筋が見えてくれば、わかるところもあるんです。高校生がチャレンジして3割もわかるページがあれば十分です。会計学や原価計算論の専門書を読み問題集を解くのとは違って、哲学書を読むことは西欧流の思考トレーニングの場になり、語彙拡張と読解力アップの手応えがありました。
(日本的なあるいは東洋的な思考や価値観へ回帰するのは30代になってからでした。ヨーガや呼吸法の本を読みそれまでの我流を修正し、初期仏教経典群を読み漁ってからのことです。思考の仕方、あるいは「思考の芯」にあたる部分が変化したように感じます。)

 経済学の分野で大きな「謎」が残っただけで高校生活が終わり、高度経済成長が訪れ、高3の12月に大学進学ができるように状況が変わったのです、ついていました。
 専修大学商学部会計学科に進学してから、人生を変えるような出来事があってあたふたしているうちに1年が過ぎ、2年生になりました。原価計算の小沢ゼミに入るつもりで他の学生たちと一緒に何度か小沢先生と喫茶店で話をしましたが、姉の結婚式で帰省している間に面接が終わってしまいスルー。大学紛争の時代でした。

(原価計算システムについては、30年ほど前に利益管理の観点から戦略商品をマトリックスで位置づけして、それを指数化し、販売戦略に基づいてコストのシミュレーションと利益のシミュレーションが可能なシステムを構想していたので、そちらでも飯が食えたのではないかと思います。いまだにそういうシステムがありません。そのころに原価計算学会の事務局に学会加入を問い合わせたことがあります。経済学研究科では原価計算学会に加入はできないと断られました。理論経済学の専門家では原価計算学会には入る資格ナシということでした。現実の原価計算はコンピュータシステムがやっていますが、当時の原価計算学者にはコンピュータシステムの専門知識のある人がいませんでした。システム専門家も交えて学際的な垣根を低くすべきと思うのですが、日本の原価計算学会は頭が固い。米国の会計学者はアカウンティング・マネジメント・システムに関する分厚い専門書をそのころすでに出版していました。原価計算とコンピュータシステムの両方の専門知識がなければその手の専門書は翻訳すらできません。だからわたしは米国で出版された専門書で勉強しました。
 会計情報システムの専門知識のない原価計算学者なんてナンセンスです。国内には専門書がないので、統合会計情報システムを開発するために、1984年に出版されたばかりのFrederick H. Wu 'Accounting Information Systems'で勉強しました。システム開発の専門書はそのころまでに数十冊読んでプログラミングやシステム開発経験を積んでいたので、この本がずいぶん役に立ちました。コンピュータシステムについても専門知識のある原価計算学者が少し育っていたら幸いです。)

 用事をすませて帰省から戻ってきて掲示板を見たら、学部を超えた一般教養ゼミの募集要項が載っていたのです、待っていたのはこれだと思いました。すぐに応募条件の小論を書いて『資本論』と『経済学批判要綱』をテクストにとりあげていたフランス哲学が専門の市倉宏祐先生のゼミの門を叩きました。16歳の敗北が胸に刻み込まれていたので、心の底ではリベンジのチャンスをうかがっていたのでしょう、市倉先生に師事したことはまったくの偶然でしたが、求めていたものに出遭った気がしたのです。なんとなく逡巡していた公認会計士受験からすっぱり足を洗い、経済学に没頭する決意を固めました。
 哲学者が『資本論』をどのように読むのかに興味深々、ゼミには戸塚茂雄さん(青森大学経営学部長)といういい先輩がいました。東京下町の市民サークルに誘ってもらっただけでなく、エリック・ロールの『経済学説史』を原書で読むのにつきあってくれました。どうしてそういう訳になるのか、当時は戸塚さんの訳がわからないことがたびたびありましたが、理由は自分で考えるしかありません。そういう勉強の仕方をしたので、生成変形文法の専門書にまで手を出し、その後その流れで構造言語学の大家チョムスキーの著作や解説書を原書で3冊読みました。原書を読んだのは翻訳がなかったからです。
(文法工程指数の高い箇所を翻訳者である隅谷三喜男先生の訳と対照して見ました。文脈から類推して上手に処理していましたが、要点を外しているところもありました。文脈の判断だけでは訳せない箇所もあります。それは文法工程指数の高いところです。隅谷先生が翻訳したころには生成変形文法はありませんから、文脈で類推するしか方法がありません。誤解のないように書いておきますが、訳文は全体に格調の高い立派なものです。)
 紆余曲折(苦笑)があり、大学院経済学研究科へ進学して研究を重ねることができました。問題関心はたった一つ、『資本論』の体系構成の正体を突き止めることでした。おぼろげながら資本論体系構成についてある程度の理解できたように感じたのですが、なんとしても他人にわかるような説明が思いつきません。体系構成がわかり始めると、マルクスが何をやろうとしたのかを後追いするだけでは意味がないと思い始めました。納得のいかない半端な気持ちで修士論文を書いた後、マルクス『資本論』を超えることをライフワークに決めました。あるところまで登って見ないと次の山が見えてこないということは、よくあることではないでしょうか。
 その後は遅々として歩まず、学の体系としての『資本論』を超えるのに三十数年間もかかってしまいました。仕事はスマートにこなしてきたつもりですが、学問においてはまるで別人、牛の歩みのような遅さに苦笑せざるをえません、どうぞお笑いください。

 ずいぶんと長い時間を要しましたが、「経済学の公理系の書き換え」によって日本的仕事観と日本の伝統的な商道徳に基づく品格の高い経済学が創造できることだけは明らかにしました。世界中の経済学者でこんなことを試みた人は一人もいませんから、そのことだけは誇ってよいのでしょう。

 日本は安心安全で高品質な製品を生産できるだけではないのです。正直で品格のある商道徳(「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」や「浮利を追わず」)を守って200年以上の歴史を刻んでいる企業が多いのです。安心・安全なそして高品質な日本製品を支えているのは、こうした世界最高水準の商道徳や仕事に対する真摯な考え方なのです
 神への捧げ物をつくるところに日本人の仕事の原点があります。仕事にごまかしがないのは、神様が関係しているからです。仕事は神聖なものという考え方が広く受け入れられています。刀鍛冶は正月の仕事始めは禊をしてから仕事をします。そして最初の刀は神様へ捧げられます。漁師も農家も神棚があります。能や文楽の楽屋には神棚が飾ってありますから、あらゆる芸能が楽屋に神棚を飾るものだと考えてよいのでしょう。
 もう一つ大事なことがあります。たとえば、ダシ巻き卵も刺身のカットもどちらも職人仕事は芸術でもあります。職人仕事は無駄がなく、そして美しい。どのような種類の仕事も、毎日毎日繰り返す中で、とことんつきつめることが好きなのです。だから、すべての職種が日本では職人仕事になってしまいます。持っている技術の最高のところで仕事をするのが当然だし、そうすることがあたりまえです。人が見ていようがいまいが、仕事のごまかしなし、というのが日本人の心意気です。仕事をごまかす職人は性質(たち)の悪い半端職人として蔑まされます。

 強者が弱者をだましてお金儲けをしても構わない、浮利を追ってもかまわない、そういう考えが米国のビジネスの底流にあります。リーマンショックの引き金となったサブプライムローンはそういう弱肉強食のビジネスの中でなければ生まれない金融商品でした。惻隠の情を大事にする日本文化と弱肉強食の米国流ビジネスは異質なだけではありません、対極にあります
 お下劣な米国スタンダード=グローバリズムに同調する必要はまったくありません。日本はTPPにも参加すべきではありません。お下劣な同盟はお下劣な国同士でやればいい、日本がなすべきことはまったく逆で、高いレベルの商道徳や安全・安心な製品作りの仕組みを世界中に広めるべきです。他国に頼らず、自立して高い商道徳を守り、安心・安全な食品や工業製品作りをして世界に範を示し、そういう国を世界中に増やすお手伝いをすればよいのです。貿易を縮小することは必要条件の一つです。
(経済現象をよく観察すればコンピュータとネットワーク、そして人工知能の発達で崖っぷちに向かいつつあることがはっきりしてきましたが、その大きな危機を回避しうる経済学が見つかっていません。)

 マルクスの労働観に違和感があって、業種を変えて何度も転職して、その違和感の正体を突き止めようと仕事に没頭しました。企業規模の小さな紳士服の製造卸の会社、規模が中くらいの産業用・軍事用エレクトロニクス輸入商社、国内最大手の特殊臨床検査会社、医療法人、店頭公開予定の外食産業と転職を重ね、予算管理、統合システム開発、経営企画・管理、検査機器開発、検査試薬開発、赤字子会社の黒字化、臨床検査企業買収及び資本参加、合弁会社経営、医療法人の常務理事など、仕事に没頭することでマルクス労働観に感じた違和感の正体を探りました。
 仕事を通じてさまざまな専門知識や技術を身につけそれを磨くことで違和感の正体はわかりましたが、公理系がなかなか見つからず長い時間がかかりました。アダム・スミス、ディビッド・リカード、カール・マルクスを超えようというわけですから、自分の身体を使って日本企業の中でさまざまな仕事をして、時間をたっぷりかけて違和感の正体を突き止めなければなければならなかったのです。違和感の淵源は労働観(工場労働者の労働観)と職人仕事観の違いにありました。さまざまな仕事を通じて身に付けていった専門知識や技術の習得はそれ自体が楽しいものでした。おまけに会社というのは数千万円や数億円単位の機器やシステムそして100億円を超える投資案件でも、稟議書を書き、根回しをすれば、大概のことは自由にやれるのです。そういう過程を通じて職人仕事という有力な公理系が見つかったのです。日本では工場労働者ですら、さまざまな種類の職人の群れで構成されています。けっして単純労働の担い手ではありません。工程改善の7割は現場に任されています。

 業種の異なる数社でさまざまな職種を経験しただけではもちろん足りませんでした。2400年前に初めて演繹的体系として叙述された数学書であるユークリッド『原論』という「数学の体系」のお手本がなければ、とてもやれなかった仕事です。平行線公理の独立性に言及し、非ユークリッド幾何学(球面幾何学)を叙述したヒルベルトの『幾何学基礎論』も参考になりました。時代を超えた二人の先人に感謝です。
 もう一人偉大な先人をあげておかなければなりません、それはデカルトです。マルクス経済学者で方法論についてデカルトに言及した論文は寡聞にして存じませんが、デカルトは「学の方法」に気がついていました。『方法序説』のなかで科学の方法に関する四つの規則に言及しています。

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まだ若かった頃(ラ・フレーシュ学院時代)、哲学の諸部門のうちでは論理学を、数学のうちでは幾何学者の解析と代数学を、少し熱心に学んだ。しかし、それらを検討して次のことに気がついた。まず論理学は、その三段論法も他の大部分の教則も、未知のことを学ぶのに役立つのではなく、むしろ、既知のことを他人に説明したり、そればかりか、ルルスの術のように、知らないことを何の判断も加えず語るのに役立つばかりだ。…以上の理由でわたしはこの三つの学問(代数学、幾何学、論理学)の学問の長所を含みながら、その欠点を免れている何か他の方法を探究しなければ、と考えた。法律の数がやたらに多いと、しばしば悪徳に口実を与えるので、国家は、ごくわずかの法律が遵守されるときのほうがすっとよく統治される。同じように、論理学を構成しているおびただしい規則の代わりに、一度たりともそれから外れまいという堅い不変の決心をするなら、次の四つの規則で十分だと信じた
 
第一は、わたしが明証的に真であると認めるのでなければ、どんなことも真として受け入れないこと、そして疑いをさしはさむ余地のまったくないほど明晰かつ判明に精神に現れるもの以外は何もわたしの判断の中に含めないこと。
 
第二は、わたしが検討する難問の一つ一つを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分別すること。
 
第三は、わたしの思考を順序にしたがって導くこと。そこでは、もっとも単純でもっとも認識しやすいものから始めて、少しずつ、階段を昇るようにして、もっとも複雑なものの認識まで昇っていき、自然のままでは互いに前後の順序がつかないものの間にさえも順序を想定しえ進むこと。
 
そして最後は、すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、なにも見落とさなかったと確信すること。
 
きわめて単純で容易な、推論の長い連鎖は、幾何学者たちがつねづね用いてどんなに難しい証明も完成する。それはわたしたちに次のことを思い描く機会をあたえてくれた。人間が認識しうるすべてのことがらは、同じやり方でつながり合っている、真でないいかなるものも真として受け入れることなく、一つのことから他のことを演繹するのに必要な順序をつねに守りさえすれば、どんなに遠く離れたものにも結局は到達できるし、どんなにはなれたものでも発見できる、と。それに、どれから始めるべきかを探すのに、わたしはたいして苦労しなかった。もっとも単純で、もっとも認識しやすいものから始めるべきだとすでに知っていたからだ。そしてそれまで学問で真理を探究してきたすべての人々のうちで、何らかの証明(つまり、いくつかの確実で明証的な論拠)を見出したのは数学者だけであったことを考えて、わたしはこれらの数学者が検討したのと同じ問題から始めるべきだと少しも疑わなかった

*重要な語と文章は、要点を見やすくするため四角い枠で囲むかアンダーラインを引いた。
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 論理学も演繹的な幾何学体系もそのままでは役に立たないことがわたしを悩ませました、そして何かが説明に流用できるのではないかと漠然と考えていました。
 マルクスは方法論を自分以外のところ、ヘーゲル弁証法に求めました、それが失敗でした。デカルトのように取捨選択して、体験し・観察し・考え続けることしか解決の道がなかったのです。
 デカルトが述べている「四つの規則」こしたがった経済学体系の叙述、それこそがマルクスが『資本論』でやろうとして、やれなかったことです。ヘーゲル弁証法が邪魔をしてしまいました。弁証法では経済学は記述できないのです。ヘーゲル哲学は当時の流行ですからそれにマルクスが絡めとられてしまったことはしかたがなかったのかもしれません。
 ヨーロッパにもさまざまな職人仕事が存在していますが、マルクス経済学の視界には職人仕事が入ってきません。職人仕事を公理の一つに採用したらまったく別の経済学ができあがるというのが、わたしの結論です

 マルクスは1867年に『資本論初版第一部』を公表しましたが、何ができて何ができなかったのか、そして、マルクスの書いた経済学『資本論』を超克することができるのか、その答えが弊ブログ「資本論と21世紀の経済学」のなかにあります

 「資本論と12世紀の経済学」はユークリッド⇒デカルト⇒ヒルベルトと偉大な先人の仕事に追うところ大ですが、その学問的系譜に連なるものであるかどうかは、読んだ人が判断すればよいことです。
 日本で経済学を学ぶ学生に読んでもらいたくて書きました、みなさんに広く読まれることを希望します。


 一つ大事なことを書き忘れるところでした。ライフワークに挑んでいるうちに、別の山を発見しました。人工知能の発達の影響を経済学的に眺めると、それは当初は人間を生産現場から放逐し、百年後には超小型化されて軽量化された人型ロボットに組み込まれてサービス産業へ普及することになります。人類の97%が失業するでしょう。人工知能はほとんどの人間から職を奪い、人口の急激な縮小を引き起こします、ほとんど絶滅と言ってよいでしょう。人工知能が命ずるのではありません、経済的に逼迫した人類が自ら再生産(子孫を残すこと)をあきらめるのです。
 わたしだけではありません、著名な理論物理学者のスティーブン・ウィリアム・ホーキング博士も今年の2月に、人工知能開発が人類の滅亡をもたらす現実的な可能性に言及し、警鐘を鳴らしています

 たった百年後ですから、人間のあくなき欲望が、類としての自分自身の存在を脅かすことになるのはそんなに遠い意未来ではありません。
 人類の叡智を信じたいと思います。
 そういう文脈で日本人に課せられた課題を見直すのが、わたしが提唱する職人中心の経済学です

#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 ">


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  #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015

 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015  

  #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015  

  #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015    

  #3213 グローバリズムを生物多様性の世界からながめる(Aさんの問い) Dec.28, 2015 

  #3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016

 #3217 日本の商道徳と原始仏教経典 


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#3213 グローバリズムを生物多様性の世界からながめる(Aさんの問い) Dec.28, 2015 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

【更新情報】
12/29 午前10時 追記
      午後11時半 追記
12/30 午前10時半 【余談】追記


 忘年会の2次会で、釧路公立大准教授(経済学博士)のSさんと話をしていた。
 ebisuの子どもと同じ年齢のS准教授は近代経済学が専門である。マルクス経済学のebisuと経済学に関する話は基本的にかみ合わないことになるが、それでも日本経済の行く末についての話はできる。

 日本人の仕事観について話をし、新しい経済学の公理の説明をしていたら、隣で話しを聞いていたA坂さんから価値観の変更を伴う経済改革について、「政治的にはどうなんでしょう?」と質問があった。「政治学的」と仰ったのか、お酒が入っていたので話の脈絡すらおぼろげだから、少々説明が必要である。(笑)
 『21世紀の資本』の著者であるピケティの経済政策は資産課税によって分配にメスを入れることで経済格差を小さくしよう言うのだが、支配階級である富裕層の反発を招くから、西欧資本主義の下では実現できない政策だと考えており、弊ブログでもそのことに言及していたから、ブログの読者でもあるAさんは、その点についてわたしの学説はピケティと同じ弱点があるのではないかと考えたのではないだろうか。
 米国スタンダードの押し付けであるグローバリズムを否定し、貿易を制限し、小さい単位で自立的な経済システムをつくるというのが「新しい経済学」だから、国際的に活動する産業資本や金融資本から大きな抵抗が予想されることは言うまでもない。ニューヨーク証券取引所も東京証券取引所も株価は大暴落を起こし、グローバリズムの息の根を断つことになるから、エスタブリッシュメントから大きな抵抗が出る。まっすぐな質問に遭い答に窮した、答えを深く考えたことがなかったのである。

 ピケティの論を否定するのと同じことがわたしの新しい経済学にも言える、ありがたい質問なのでお酒が抜けた頭であらためて問題を整理して見る。

 経済学の公理を西欧経済学の「労働」から日本的「職人仕事」に移し変えて一つの経済学体系を叙述するというのがわたしが提唱する「資本論と21世紀の経済学」である。
 具体的な政策としては、鎖国時代のように強い管理貿易によって海外へ流出した生産拠点を国内へ取り戻し、職人仕事中心とした自立型経済圏を日本という国でつくるというのが「21世紀の経済学」の骨格である。国内で消費するものは原則として国内でつくるのである。そのことは国際資本の活動の場を根こそぎにしてしまうことを意味しており、国際金融資本や世界市場を相手に活動している産業資本や株主にとっては死活問題となるから、資産課税どころではない。世界中の経済格差を収縮させてしまうことになり、現在の経済体制を維持したい勢力との間に戦いが起きることになる。政治的な目算があるのかというのがAさんの質問の趣旨のようだった。
 革命に等しいことを成し遂げなければ、職人仕事を中心とした自立型経済体制も実現不可能なのである、実現可能性ということではピケティの分配からのアプローチと違いはないではないか?

 マルクスの経済学をベースにしてインテリのレーニンが労働者階級を煽って政治権力を奪取したあの革命と同様の手続きによらなければ成し遂げられないのかという問題と読み替えも可能だ。
 ところがそれは解決にならないことが2カ国での社会実験で証明済みである。欺瞞に満ちた共産(あるいは社会)主義革命によって生み出された政治経済体制もやはり欺瞞に満ちていた。
 生産手段の共有によって平等が生み出されるはずだったが、どこにもそういうものはなかった。怠惰と密告と独裁政治が支配しただけ。だからこの種の「革命」にはノーである、伝統的な価値観をベースにしつつ穏やかな「変更」の積み重ねによって実現できると感じているが、なによりビジョンの共有が先なのである。

 生物学的に見れば、米国のスタンダードであるグローバリズムが世界中に浸透していくことは癌細胞の無限増殖によく似ており、異常なことである。生物圏は多様性の上に安定して成り立っているから、そういう目線で見ると一つのローカル(米国)基準を世界基準にして一色に世界を染めてしまおうというグローバリズムの異常さがよくわかる。異常なことがすさまじい勢いで世界の隅々に広がりつつある。
 グローバリズムが進むにしたがって、その影響下にある国々で経済格差が急速に拡大していることは事実であり、日本でも経済格差が拡大して中間層が消滅しつつある。米国でもフランスでもドイツでも日本でも韓国でも、原始蓄積段階にある中国でも、社会主義経済が崩壊したロシアでも経済格差は急速に拡大している。中間層を失った経済社会は不安定さの度合いを増している。
*「中流階級がマイノリティー化するアメリカが抱える爆弾」
http://www.msn.com/ja-jp/news/money/%e4%b8%ad%e6%b5%81%e9%9a%8e%e7%b4%9a%e3%81%8c%e3%83%9e%e3%82%a4%e3%83%8e%e3%83%aa%e3%83%86%e3%82%a3%e3%83%bc%e5%8c%96%e3%81%99%e3%82%8b%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%81%8c%e6%8a%b1%e3%81%88%e3%82%8b%e7%88%86%e5%bc%be/ar-BBnYXPi#page=2
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…レポートでは、中間所得層は3人の世帯で2014年度の年収が42,000ドル(約510万円)~126,000ドル(約1,530万円)としている。1971年には中間所得層が成人人口の61%だったものが2015年には50%にまで減少、最低所得層は16%から20%へ上昇している。下・中流層は変わらなかった。最高所得層は4%から9%へ上昇、ほぼ最低所得層の変化の裏返しである。上・中流層は2%上昇したがここは上下する傾向がある。
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 その一方で、キリスト教やユダヤ教とイスラム教の衝突が起きている。グローバリズムは米国基準であり、プロティスタンディズム的な価値観をたっぷり含んだものであり、同じ一神教であるイスラム教とは相容れない。(ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も同じ神=造物主をあがめており、共に経典宗教で神との契約があるから、異教徒(悪魔)の絶滅は神のご意思ということになるから、争いがやむことがない。かくしてかれらは1000年間戦争を繰り返してきたが、一向にやむ気配がない。年年歳歳武器の性能が向上しているから、いつか人類全体を巻き込みかねない危うさがある。
 他宗教に寛容である多神教のヒンズー教(インド)や多神教である神道の国(日本)とは価値観を異にしている。仏教はもともと宗教というよりも哲学であるから、それとも根本的なところで異なっている。
 米国基準に過ぎないグローバリズムで一色に世界を染めることはできないし、してはならないことなのである。やってよいこととやってはいけないことをちゃんと判断しよう。

 開発された科学技術も世界中に広がる。それは水が高いところから低いところへと流れるのと同じであるから、だれにもとめられない。
 そういう中で、日本は特異な位置を占めている。MIRV保有国は例外なく国連安全保障理事会の常任理事国であるが、2年もあればMIRV(多核弾道ミサイル)を開発できる技術と必要な国産機器を保有しており、原材料にも事欠かない。
 再処理された純度の高いプルトニウムを47t保有、さらに使用済み核燃料が1万7千t全国各地に蓄え、それを原材料にしてさらに百トンを超えるプルトニウムが再処理過程で精製できる。
 中国、ロシア、そして米国を同時に敵に回しても、絶滅覚悟なら、相手も絶滅できるだけの原爆材料をすでに手中にし、ロケット技術はすでに開発済み、実質的にはとっくにMIRV保有国なのである。
 47tの精製済みプルトニウムと1.7万tもの原爆材料が国内にあるという事実は、今後百年間で大地震によって複数の原子力発電所が破壊されて放射生物質がばら撒かれ、福島県以外でも人が住めなくなる可能性が大であるということでもある。膨大な量の使用済み核燃料の存在は、世界で一番地震国の多い国である日本列島に住む日本国民にとって大きなリスク要因である。
 最大保有国の米国は核を手放さないし、北朝鮮やイスラム圏の国々が多核弾道ミサイルと手にする日もそう遠くない。国際政治の場では核を保有は国益を押し通す武器になっているのが現実である、日本はいつまでMIRVをもたずにがまんできるのだろう。
 MIRV技術が拡散すれば、米国やロシアや中国が懸念しているように、これらの国を含めていずれかの国に発射スィッチを押す指導者が現れる。

 科学技術や生産力の発展と、世界人口の爆発、そしてインターネットの普及とコンピュータの高性能化のますますの進展によって、21世紀は人類が価値観の転換をしなければ生き延びられない時代に突入したというのが、わたしの世界史的・人類史的な視点からの結論である。
 人類にとって最大の危険は核ではなく人工知能であることに注目しなければならない。最近30年間のコンピュータの性能向上が百年後まで続くとしたら、パソコンの性能はおおよそ現在の2億倍になる。どれくらいかというと、現在のパソコン2億台が一つのパソコンのなかに収められる、演算性能でいうと、現在のパソコンが6年4ヶ月かかる計算を1秒間でやり遂げてしまう。そして人工知能は1辺が5cmの立方体に小型化されるだろう。そういう人工知能が1万台もクラスター構造ユニットとして組み込まれたら、どういうことになるのか皆目見当がつかない。
 問題なのは人工知能が自己を再設計して、人間の手を借りずに性能を無限に向上させていくことである。人間の手でコントロールできなくなるだけでなく、ネットワーク全体も人工知能が支配することになる。国境を越えてネットワークを支配するから、各国がもつ軍隊は意味をなさない。人工知能は世界中の武器を好きなときに好きなだけ利用して人類を絶滅させることもできるのである。だがそんなことをする必要はない、人類は次の理由で絶滅するのである。
 代替されるのは単純労働だけではない、すでにかなりの熟練技術を要する仕事がコンピュータシステムに変わってしまっている。技術レベルの低い人間よりもコンピュータシステムの方がはるかに高度で精密な仕事を数百分の一の時間でこなすのである。経理業務を含む事務分野と工場分野の統合システムの普及で、熟練技術者が不要になる現実をわたしは実際に統合システム開発関係の仕事を通してみてきた。
 あらゆる産業分野の生産過程(生産現場だけでなく本社機能も含む)から旧式で性能の劣る機械でしかない人間が排除される。このままでは人類が総失業することになる時代が百年たたないうちにやってくることを否定できない。現在の人工知能の延長線上で考えたら判断を誤る。量的な面での性能拡張(演算速度向上とメモリー集積度向上)は、どこかで質的な変容をもたらすことになる。百年間にそれがなんども起きるだろうから、どういう世界が訪れるのかまったく予測がつかない。人工知能が発達しても、人工知能には代替できない職業に関する分析レポートが最近公表されているが、あれは現在の人工知能の延長線上のせいぜい30年先を想定しているだけである。
 これから20年間で米国の700種類の雇用のうちの半数がなくなるというレポートが公表されている。20年間で半分なら、百年間では「0.5^5=3.1%」だから、97%の職業がなくなる。
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「これからの20年で現在のアメリカの雇用の50%以上がコンピューターに代替される」
*http://social-design-net.com/archives/9672

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 そういう前提で、「新しい経済学」とその実現についての政治的な問題を考えたらどうなるのだろう。

 職人仕事を中心とする自立型経済圏は地域ごとにその色合いが異なったものになるから、さまざまな色で地球(globe)が染め分けられることになります。青い地球も美しいが、さまざまな色が共存する地球も美しい。弱肉強食は色にたとえると血の色の赤、青い地球を真っ赤な色一色で染めたくないというのがわたしの考えであると同時に、多様性が安定をもたらすという生物学的な視点からの結論でもあります。
 実現手段を考えていなかったのは、ロシア革命や中国革命に胡散臭さを感じていたからです。インテリが労働者階級を煽って政権に就き、どちらも2千万人の同胞を殺しています。ロシアはシベリア送りによって、中国は文化大革命の「下放」や人民裁判によって。
 人工知能(AI)は直接人類を抹殺する必要はない。AIにあらゆる職業が代替されていけば、人類の大部分が失業し、世界人口は加速的な縮小再生産に追い込まれます。数十億人もの人間が貧困の中で子孫を残せずに絶えて行くことになりますから、数千万単位で同胞を死に追いやったレーニンや毛沢東はAIに比べたらとっても小さく見えてしまいます。

 グローバリズムという癌細胞の増殖がいずれ宿主たる人類を滅ぼすことになるのか、「21世紀の経済学」という治療法を梃子(てこ)に人類が生き延びることになるのかは、わたしには判断がつきません。
 グローブ(地球)の色が一色(ひといろ)になっても、それはほんのわずかな期間のことで、人類が絶滅したあとに地球は多様な色彩をすぐに取り戻すことになるでしょう。人工知能の支配によって、人類の97%が職を失い経済的に困窮の度合いを大きくして、世界人口が縮小再生産に追い込まれたら、わずか数世代の後に人類のほとんどが消滅することは確実です。

 弱肉強食の動物の心を乗り越えて、弱いものに共感する心、憐憫の情とか惻隠の情をもつ人々増え、職人仕事中心の地域自立型経済システムを実現できるかどうかを、地球は微笑みながら見つめています。あらゆる産業を1国でそろえられる日本が職人仕事中心の地域自立型経済システムを確立すれば、世界を変えられます。

 どうすればそれが実現できるのか、、それは、Aさんからわたしに向けられた問いであると同時に、みなさんに向けられた問いでもあります。

(人工知能の危険性については「資本論と21世紀の経済学」で言及しているので、そちらをご覧ください)
       3097-7 ↓
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-04-1

24. <文部科学大臣下村博文「教育再生案」について> …67
25.<人工知能の開発が人類滅亡をもたらす:ホーキング博士> 69


【余談】12/30追記
 KY君がいま釧路公立大学の3年生だ。「空気が読めない」わけではない彼は、中学時代はスポーツ万能、学業成績もはSY君にはすこし及ばず「男子の学年2番」が定位置だったから優秀な生徒だった。
 北海学園経済学部偏差値45に対し釧路公立大経済学部は偏差値は49、北大経済学部と小樽商大(偏差値55)の次に位置しているから道東地域の比較的筋のよい生徒が集まっているはず。しかし、釧路市役所内での評価はかんばしくないようだ。このクラスの大学なら上位10%の学生はけっこう優秀な者が含まれているはずと思うが・・・

 根室市内の市街化地域の3中学校で、学年5番くらいだと大学生になったときの学力は全国レベルでは偏差値50程度、平均的な学生に過ぎないということ。大学生になってから本気で勉強する者は大きくその学力を伸ばすが、適当に遊び、アルバイトもしてのんびりすごしたら平均的な学力ラインを超えられない。
 北大経済学部に進学できる生徒は、道内の高校ではトップクラスである。道内には偏差値50-60の大学経済学部がないから、トップクラスに近い学力上位層は、実力に見合った大学が道内に見つからないということになる。なによりも大きな格差は教員のレベルかもしれない。北大経済学部ですら首都圏の私大経済学部に見劣りする。
 単科大学であることも教授の層を薄くしてしまう。わたしのいた大学は哲学は市倉宏祐教授がいたし、経済学史では内田義彦教授がいた。商学部会計学科でありながら、市倉先生のゼミで3年間勉強させてもらったし、内田先生の経済学も受講できた。商学部には残念だが、この人はと思わせるような力のある教授はいらっしゃらなかったが、他学部にすごい先生がいた。総合大学のメリットだろう。
 それぞれの分野で一流と評価のある先生の謦咳に接することで学力を伸ばした学生は少なくなかった。




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 #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015

 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015 

  #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015  


 #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015  

  #3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016




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#3204 不動産市況に変調の兆しあり:山口義行立教大教授 Dec. 14, 2015  [資本論と21世紀の経済学(2版)]

 このところ教育問題ばかりとりあげていましたが、久々に経済問題に焦点を当てたいと思います。
 NHKラジオ番組「社会の見方・私の視点」(朝6時43分から10分間のコーナ)がありますが、12月11日は立教大学経済学部教授山口義行教授が、「今後の景気動向を読む 不動産市況について」というタイトルで話をしていました。とても面白いので紹介します。
 紹介した後で、新しい経済理論の光を当てて違った角度から眺めてみますが、いくつか興味あることがらが浮かび上がってきます。長期的な視点から短期的な変化を読むこと、あるいは大局的な観点から短期の変動のもつ意味を判断することがいかに重要かわかります。

I: インタビュアー
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I: 4-6月期と7-9月期連続でマイナスになっていますが・・・

Y: 2四半期連続のマイナスは米国では景気後退と判断されます。景気の先行きを読む上で不動産市況に注目すると、とくにマンションに変化が出始めています。仮に値崩れが生じてくると不況感が広がってきます。不動産市況については中国の投資マネーの影響が大きいので、その動向も無視できません。

 わたしは次の三つの指標に注目しています。

(1) 首都圏新築マンションの販売戸数の減少
 不動産経済研究所の11月17日の発表によると、10月の販売戸数は2921戸、前年同月比で6.5%の減少。1973年に統計を取り始めてから3番目の低さです。

I: 横浜市の「杭打ち不正」から売れなくなったのでは?

Y: それは慥(たし)かにありますが、事件が報道されたのは10月中旬です、ところがその前の9月に前年同月比で2割ダウンしています。円安による建築資材のコスト・アップと人手不足による人件費アップが重なり、マンション販売価格が上がって、買えない値段になってきています。
 契約率は70%が目安ですが、70%割れが2ヶ月連続で起きています。その前までは8ヶ月連続で70%を超えていました。10月には5000戸の在庫ができてしまって(新築マンションの在庫が急増し始めて)います。

(2) 中古マンションの在庫急増
 東京鑑定(不動産鑑定会社)の11/24発表データによれば、東京23区の10月の在庫数は10,827戸、2年7ヶ月ぶりの高水準にあります。前年同月比では33.6%増ですが、価格はまだ上がっています。都心6区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区、文京区)の在庫は前年同月比56.4%増、東京3区(千代田区、中央区、港区)の在庫は67%増です。価格が上がりすぎて売ろうと思っても買い手がいませんから、売り出し価格から値下げして売っています。6区で24.4%が値下げケースで、前年同月で7.1ポイント・アップしています。
 不動産鑑定士の話でも、売り手と買い手の希望額が離れすぎているといいます。
 もう一つの懸念材料は中国投資マネーが不動産市場から離脱し始めていることです。7・8月から中国株が大きく下落しているので、その影響が9月から不動産市場に出始めています。高額物件を売りに出すも、高すぎて売れないので、こちらは価格が下落しています。

(3) 住宅着工戸数
 国土交通省11/30公表データによれば、10月の新規着工戸数は前年同月比で2.5%減、77,153戸で8ヶ月ぶりの減少です。分譲マンションは17.2%減で、10月だけでなく9月も前年同月比で22.4%減少しています。
 不動産市況の低迷が新築戸数にもすでに影響し始めています。

I: 今後の景気動向はどうなりますか?

Y: いずれ不動産の値崩れが起きるのではないか、中国の景気悪化で投資マネーが入ってこなくなるので要注意です。

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【山口教授の挙げたデータへの補足説明】
 表面上の数字に食い違いがあるように見えるので、すこし解説しておきます。
 たとえば、(1)で不動産経済研究所発表データでは10月のマンション販売戸数が2921戸、在庫5000戸となっていますが、(2)の東京鑑定公表データでは、東京23区の10月の在庫数は10,827戸となっています。前者は新築マンションの売れ残りによる在庫数、後者は中古マンションの在庫数ですから数字が違うのは当然です、矛盾はありません。
 新築マンションの売れ残りと中古マンションの売れ残りの両方がドンドン増えているということを山口教授は言いたいのでしょう。新築マンションの在庫と中古マンションの在庫増の影響を受けて、新規着工戸数が9・10月の2ヶ月連続で下落しはじめました。新築マンション建設を減らして在庫調整せざるをえない状況にあるということです。
 中古マンション市場が高額物件とそうでない物件とで、価格動向がはっきり違ってきていることにも山口氏は言及しました。高額物件は中国マネーの撤退によって値下がりし、そうでない物件は値段がまだ上がりどまっていません。中間の値段の物件が値崩れを起こせば、中古不動産市場は様変わりするということです。次のところで説明しますが、長期的には中古不動産市場は値崩れが不可避です。

【ebisuの論】
 三つの指標に注目して短期間の景気動向を判断することも大事でしょうが、今後50年の長期的な景気動向を読み、それに基づいて短期的な変化の行方を判断すること(大局観をもつこと)はもっと重要です。
 2000年を分岐点として、日本は人口減少時代に入ってしまったので、不動産市況の変化はその大変動の兆しと考えるべきです。
 総理府統計局のデータによれば、H25年の空家率は13.5%、820万戸あり、戸数は20年前のH5年の約2倍になっています。

*平成25年住宅・土地統計調査結果の要約
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2013/10_1.htm

 これから20年後には2倍の1600万戸になるとすると、空家率は25%を越すことになるので、長期的に見ると中古不動産は値崩れ必至です。中古マンション値崩れに引きずられて、新築マンション市場が縮小します。市場が縮小しても新築マンションの価格は下がりません。円安になれば資材コストがアップし続けるので値下げできません。土地の価格は下落します。
 人口が縮小する間は不動産価格の下落が続くので、50年間は不動産価格下落が続くでしょう。長期的に景気がよくなると思えますか?

 米国の利上げが近づいており、先週日経平均が1000円ほど下落しました。いま午前10時のNHKテレビ・ニュースが流れていますが、週明けの東京市場は600円ほど下げています。こんなに1日で下げるのは珍しい。100$を超えていた原油が35.62$/バーレルまで下がっています。

 米国が利上げすれば、異次元のゼロ金利政策で円安となり、ドルベースでは日本株は値下がりして、外人投資家の買いが入り、株価が上がります。いままでは日経平均はそういう変化をしてきました。いままで通りなら外人投資家の買いが増えて値上がりするはずですが、これからはそうならないことが増えます。
 米国金利が上がっても日本は利上げできません、長期金利を上げると政府財政が破綻しますから対抗手段が取れないのです。
 たとえば10年物国債の金利が5%になったと仮定すると、既発行済み国債価格が暴落します。日銀は大量に国債を買い込んでいるので巨額評価損が出て対外的な信用が落ち、国際通貨としての円の信任が揺らぎます。
 借換債と歳入と歳出の帳尻あわせで、毎年100兆円の国債発行がなされているので、金利上昇によって歳出が毎年5兆円規模で増えていきますから、政府財政は破綻します。わずか10年で金利支払いが50兆円も増えます。歳出を削減し公務員給与を半減してもとても間に合いません。遅かれ早かれ日本は放漫財政をやめて極端な財政縮小せざるをえない状況に陥ります。小泉政権⇒民主党政権⇒自公政権とごたごたしているうちに時間切れです、もうソフトランディングの可能性は消えました、クラッシュします。

 円への国際的な不信任が広がれば激しい円安が起き、輸出産業は一時的に万々歳ですがすぐに原材料費の高騰が襲います。国民は輸入原材料や生活物資の値上がりで大打撃を受けます。いまでも子どもの貧困率が高く、少ない食費で食いつなぐ家庭が増えているのですから、円安による食料品値上がりで餓死者すらでることになるでしょう。政府財政が破綻すれば生活保護費も現在のような水準で支出できなくなります。もちろん、公務員のリストラと残った人にも給与3割~5割削減というような事態が起きてしまいます。

 今後数十年間ににわたって不動産価格が下落するので、資産家も保有資産の価値下落にあえぐことになります。
 誰にとってもありがたくないシナリオです。

 少子高齢化の総人口縮小下でありえない経済成長を追い続けると、こういう未来を招来してしまいます。アベノミクスは国民を幸福にしません、意図がどうであれ国民を不幸のどん底に突き落とします。異次元のゼロ金利自体、円安を誘導し、国益を損なう下策です。政権維持しか彼の頭の中にないから次々に判断を誤るのです。昨今の軽減税率の迷走振りを見ても、選挙のことしか頭にないことが明らかです。先々週まで、4000億円の財源が必要だ、そんな財源どこにありますか?ない袖は触れません」、谷垣自民党幹事長はそのように力説していましたが、先週末に突然、1兆円規模の軽減税率導入をすることになりました。どうやら舌が2枚あるようで、今後はあの人のいうことに信がおけません。タバコ税の増税で財源確保という意見も出ているようですが、それができなければ国債発行を増額して借金で購うのです。

 大事なことですから、TPPについて書きます。TPPは世の中に不要です。日本は75年前に白人国家のブロック経済で締め出されて、白人国家の奴隷(植民地)になるか、白人国家相手に戦争かの選択をせざるをえないところに追い込まれました。白人国家の奴隷にならないためには、当時の経済規模で日本の50倍以上の複数の白人国家と戦争せざるをえなかったのです。そして戦ってたいへんな犠牲を出して敗れましたが、白人国家の奴隷にだけはなりませんでした。誇りのもてる凛々(りり)しい日本でした。
 その日本が、米国主導のブロック経済に手を貸すことがあってはならないとわたしは強く思います。ブロックからはじき出される弱小国家もブロック内の弱小国家も困ることになります。
 弱い者いじめは卑怯な振る舞いであるというのは外すことのできぬ日本的価値観です。

 弱肉強食のルールが貫徹する経済のグローバリズム化に背を向けるべきです。日本は強い管理貿易で輸入を制限して生産拠点を国内に取り戻し、職人仕事を増やして若い人たちに職と安定した生活を保障できます。そういうことが可能な国は世界中に日本しかありません。
 日本にはあらゆる産業がそろっているアジアで唯一の国ですから、国内で生産可能なものはコストが高くても国内でつくればいいのです。安心・安全な農産物、水産物、工業製品、情報商品を自給し消費しましょう。輸入は必要最低限のものだけに制限すればいい。国内でウランがなければ原発はやめたらいいのです。他の発電方式を組み合わせたらいい。
 職人仕事中心の生産システムを確立して、生産システムや働き方を丸ごと発展途上国へ輸出すればいい。国際的にそれぞれの地域内でほとんどが自給自足できる体制が整えば世界経済はがらりとかわります。現在のような脱法ともいえる税金逃れをするグローバル企業の存立する基盤がなくなり、弱肉強食の経済ルールを廃止できます。日本が世界経済のルールを変えましょう。

 「売り手よし、買い手よし、世間よし、働く人よしの四方よし」

 マルクスは工場労働者の労働を公理に経済学体系を叙述しましたが、わたしは職人仕事を公理に措定して経済学を書き始めていています。職人仕事は日本だけでなく世界中にある普遍的なものです。すでに社会人の皆さんはもちろんのこと、経済学を一通り学び終わった研究熱心な学生諸君にも読んでもらいたい。
 簡単にいうと経済学の出発点が異なります。アダム・スミス『諸国民の富』、デイビッド・リカード『経済学及び課税の原理』、マルクス『資本論』の労働価値説とは異質の経済理論です。
 職人仕事中心の新しい経済学は、弊ブログ「資本論と21世紀の経済学」カテゴリーにあるシリーズ記事をお読みください。四百字詰め原稿用紙で450枚ほど書き溜めてあります。その後、思いつくまま追加しています。千枚程度を目安に弊ブログで順次公表していきます。核心部分はすでに書き終わりました。

 
 #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-15

 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-09-01-1

 #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-10-01

 #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-10-23
 

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