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#3090 四人に一人、絶食系の出現 :性意識の変化は何をもたらす July 24, 2014 [資本論と21世紀の経済学(初版)]

 10分間のNHK朝のラジオ番組「社会の見方・私の視点」で、社会学者の山田昌弘中大文学部教授が面白いことをとりあげていた。この人は「パラサイトシングル」という用語の生みの親だ。その彼が、「絶食系」という用語を紹介していた。

    絶食系<草食系<肉食系

 草食系が自ら能動的に女性に声を掛けられないが異性には興味を残している「女子の積極的な行動をひたすら待っている男子」なら、絶食系はもはや女性に興味を失ってしまった男子を表す言葉だ。そんな男子はいたとしても3%以下だろうと思っていた。

 『少子化対策白書』によれば、20-40歳未満の未婚の男女で
  恋人(異性としての交際相手)がいる人は35%
  恋人(異性としての交際相手)がいない人65%

 交際相手がいない人の6割は恋人を欲しいと思っているが、4割は恋人を欲しいと思わない人、つまり「絶食系男子」と「絶食系女子」であるという。全体に対する割合はおおよそ26%(65%×40%=26%)である。この割合に男女差は認められない。

 2010年の山田氏の調査によれば、68%が恋人が欲しい、30%が欲しくないという結果だった。この4~5年をみても、日本社会の中で男女交際は低調になってきている。異性と付き合うのが当然だというこれまでの価値観では推し量れない状況が生まれてきて、どんどん成長している感じを受ける。

 3年ごとに行われている東京都の調査によれば、中3に「異性と性的接触をしたいと思うか」という質問にyesと答えた割合は、
 1987年には男子の86%、女子の36%
 2014年には男子25.7%、女子10.9%

 じつに中3年生の4人に3人が性的接触をもちたいと思わなくなっているのである。

 何が原因になっているかについて、山田氏は三つの要因を挙げている。
①性情報の氾濫:アダルトビデオをネットでいくらでも見れるので、興味を失ってしまった
②ゲームとかネット、アイドルなどバーチャルなもので満足してしまっている
③母親が専業主婦だと男の子は性的興味が少なくなる:過剰管理

 海外では中年になっても手をつないだり、キスをしたり、楽しそうだ。しかし、日本ではそうではない、中年ばかりでなく、若い恋人同士も楽しそうではない。

 まとめると、未婚の大人(20-40歳未満)の四人に一人が異性と付き合いたいとは思っていない。中学3年生では、男子の74.3%、女子の89.1%が異性と性的接触をもちたいと思っておらず、この4・5年をみても、異性に性的興味のない生徒が増大している。その原因として三つの原因が考えられるというのが山田教授の説明である。

 海外では若者たちが性的関心や興味を失いつつあるという傾向は報告されていないから、どうやらこれは日本特有の現象のようだ。①②はそうだろうとわたしも思う。③もそういう傾向はあるのだろう。
 その上さらに、2011年3月の福島第一原発事故による広域の放射能(広島型原発30発分)汚染が関係していないだろうか?
  そこで仮説を一つ提供したい。放射能がどのような影響を子孫に及ぼすのかわからないので、無意識に異性への性的関心を低くしているというものである。つまり、子どもをつくりたくない。福島第一原発事故による放射能汚染は日本人の心の奥深くに繁殖への危険サインとして刻まれてしまったのかも知れぬ。
 サインは現実になりつつある。百万人に一人であった小児甲状腺癌は汚染地域ですでに100人を超えた。当然他の癌も増えていると考えなければならない。核爆発とメルトダウンを起こした3号炉のMOX燃料がどうなっているのかすらいまだにわかっていない。地下100m~200mを流れる地下水へ汚染水が到達したら、海洋汚染はこれから深刻さをますことになる。安倍首相は放射能汚染は「under cotrol (コントロール下)」にあると世界に向かって英語で発言したが、メルトダウンした核燃料がどうなっているのかすら、4年4ヶ月たったいまもまったくわからないし、地下凍土壁での地下水流入遮蔽もまったく不可能であることがわかった。そしてさらに深度の深いところに地下水流のあることが判明した。この地下水流は海に注いでいる。これほど事実とまったく異なることを平気で言える首相は、日本の歴史上では初めてではないか。日本人は嘘吐(うそつ)きが大嫌いなはずだが、ずいぶん慣れてしまったらしい。民主党政権の嘘は輪をかけて大きかった。政治家も政治も、大多数の国民が信用しないという状況が固まりつつある。

 少子化の原因はいくつか複合しているのだろう、しかし若者たちの性的興味の減退傾向は事実としてあり、それが長期的な人口減少に拍車をかけることは、「資本論と21世紀の経済学」シリーズで言及した。わたしは日本人の若者たちの性意識の変化が気になっている。意識変化で少子化がさらに加速しそうである。
 世界の人口が後一世代で百億人を超える、そうなれば世界中で国家間の食糧争奪戦が起きる。富める国の富める国民は食糧に不自由しないが、多くの国で人類史上かつてないほど餓死者が増大する。したがって、少子化は国家戦略上はまことに都合がよいことではある。人口が半減すれば、日本人は食糧を輸入せずとも食べていける。
 そのためには国土を放射能で汚染しないことだ。子孫が放射能で汚染された土からできた作物を食べ、汚染された水を飲み、汚染された海から獲れる水産物を食べなければならないような事態を引き起こしてはならない。
 
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*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-25

 #2936 『資本論』と経済学(2):「1.経済現象と日本の国益」 Jan. 26, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-26

 #2937 『資本論』と経済学(3):「円安はいいことか?80⇒120円/$の威力」 Jan. 27, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27

 #2938 『資本論』と経済学(4) : 「経済学とは?」 Jan. 27, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-1

 #2939 『資本論』と経済学(5) : 「『資本論』の章別編成」 Jan. 27, 2015  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-2

 #2941 『資本論』と経済学(6) : 「マルクス著作の出版年表」 Jan. 29, 2015   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28-1

 #2942 『資本論』と経済学(7) : 「デカルト/科学の方法四つの規則」 Jan. 29, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28-2

 #2943 『資本論』と経済学(8) : 「ユークリッド『原論」 Jan. 29, 2015   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29

 #2944 『資本論』と経済学(9) : 「何をやりつつあったかは残された文献に聞け」 Jan. 29, 2015    
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-1

 #2945 『資本論』と経済学(10) : 「プルードン「系列の弁証法」 Jan. 29, 2015    
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-2

 #2947 『資本論』と経済学(11) : 「労働観を時間座標系においてみる」 Jan. 29, 2015     
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-4

  #2948 『資本論』と経済学(12) : 「学としての『資本論』体系解説」 Jan. 29, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-30

 #2950 『資本論』と経済学(13) : 「マルクスの経済学体系構成法」 Jan. 31, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-1

 #2951 『資本論』と経済学(14) : 「マルクスの労働観と日本人の仕事観」 Jan. 31, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-2

 #2952 『資本論』と経済学(15) : 「ヨーロッパ労働観⇔と日本の仕事観」 Feb.1, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-3

 #2953 『資本論』と経済学(16):「仕事がキツイ!に潜む心(仕事観)の問題」 Feb.1, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01

 #2955 『資本論』と経済学(17):「要領の悪いものほど忙しいとぼやく」 Feb.3, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03

 #2958 『資本論』と経済学(18):「教育の職人」 Feb. 5, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-04-2

 #2960 『資本論』と経済学(19):「日本経済の未来」 Feb. 6, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-05-1

 #2961 『資本論』と経済学(20):「経済成長の天井 山田久氏の論」 Feb. 7, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07

 #2964 『資本論』と経済学(21):「過剰富裕化論」 Feb. 8, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07-3

 #2966 『資本論』と経済学(22):「相対的貧困率上昇と富裕層増大」 Feb. 9, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-08-1

 #2967 『資本論』と経済学(23):「ピケティの空想的所得再分配論」 Feb. 10, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-09

 #2968 『資本論』と経済学(24):「浜矩子 予算案と公共性について」 Feb. 11, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-10

 #2971 『資本論』と経済学(25):「村落共同体と税:自由民と農奴について」 Feb. 12, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12

 #2972 『資本論』と経済学(26):「文部科学大臣下村博文「教育再生案」について」 Feb. 13, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12-1

 #2973 『資本論』と経済学(27):「注-1~5」 Feb. 13, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13

 #2974 『資本論』と経済学(28):「注ー6」と主要文献リスト Feb. 14, 2015  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13-1

 #3082 『資本論』と経済学(29):利便性の追求の果てには何があるのか July 15, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-07-15

 #3087 『資本論』と経済学(30):外国人持ち株比率3割の意味するもの(金子勝慶応大教授) July 21, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-07-20

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#3087 外国人持ち株比率3割の意味するもの:金子勝慶応大教授 July 21, 2015 [資本論と21世紀の経済学(初版)]

 7月15日NHKラジオ番組「社会の見方・私の視点」は慶応大学経済学部教授金子勝の担当だった。10分ほどの朝の番組である。

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<現在の株式相場は官制相場である>
 ①アベノミクス第一の矢の「異次元金融緩和」と同時に、日銀がETF(上場投資信託)を購入して、株式相場を買い支えている。
 ETF:Exchange Traded Fund
 ②それらに加えて、GPIF(年金基金)と3つの共済年金が株式を買っている。

 日銀のETF購入額は3兆円を超え、それに加えてGPIFと3つの共済年金機関で3月末の残高が3兆円を超えた。株価下落の要素が起こると日銀がETFを購入し、年金基金も株を買う。株式市場で起きている株高は政府の自作自演である。いつまでもこんなことは続けられない

<大手企業が外資系企業になっていく>
 1990年代以降、銀行を中心としたグループ企業間の株式持合いを解体することが「改革」とされた。不良債権処理の失敗などで保有株式を手放した。それで小泉政権時20%台だった外人投資家のシェアは30%台へ急増し、2014年には31.7%に。
 売買に占める外人投資家の比率は6割台である。したがって、日本の株式市場は外国マネーに席巻されている。日本人の個人投資家の持ち株比率は17%と低い。

 経産省の定義では、外人持ち株比率が1/3を超える企業は「外資系企業」と定義されている。その定義にしだがえば、名だたる大手企業がすでに外資系企業である。株主総会で特別決議は株主の1/3の賛成が必要だが、外資系企業は重要な経営政策は外人投資家にお伺いを立てなければ株主総会を通らないから、外人投資家の持ち株比率上昇は企業の経営政策や政府の経済政策にも影響を与えている。
 トヨタはすでに外人比率が30%に達しているので、これ以上外人比率を上げたくないので、5年間売却できない個人投資家向けWA型特殊株の発行を公表した。
 外人投資家が株を大量に売却すれば、株価は簡単に剥げ落ちるので、トヨタは予防に走った。

 たとえば、買収に対抗するために内部留保を厚くすることや労働法制を緩和して企業利益が大きくなるような経済政策が採られている。
 その結果、法人企業統計によれば内部留保は2012年に300兆円だったが2013年には328兆円に増えている。

<トリクルダウンは起きない:企業はだれのもの?> 
 配当を増やさないと外人投資家を呼び込めないので、株価を維持するために企業は配当を増やしている。2014年度は純利益の4割に当たる13兆円を株主還元している。
 それに対して従業員の給与は、90年代以降低下し続け、2015年5月まで25ヶ月連続でマイナスとなっている。
 大企業は史上最高益を上げ、株価が高くなっても、従業員にトリクルダウンは起きていない。アベノミクスでは利益を増やす企業の裾野が広がっていけば、従業員の所得も上がっていくという説明だったが、事実はまったく違う。
 企業は株主のものだろうか?

<破綻しているアベノミクス>
 若者の非正規雇用化は結婚も出産もできない若者を作り出し、少子化を招来している。痩せる国内市場に対して大企業は投資をしない、外国企業を買収する方へ投資している。
 日銀は財政ファイナンスを延々と続けなければならず、出口戦略がまったくみえない。金子氏は日本の現状を金融資本主義がもたらした結果であるとみている。

<今後どうなるか>
 2014年末の日銀国債保有残高は275兆円。
 2015年2月の内閣府の「中長期の経済財政の試算」によれば、2017年には物価上昇率が3.3%になった後で、2%に落ち着く。名目成長率は2018年度までに4%に上がることになる。
 物価よりも金利が低いということはないので、金利も上昇することになり、国債が暴落して、日銀は巨額の評価損をだすことになる。
 国際価格の下落を防ぐためには、日銀はジャブジャブと国債を買い続けなければならない。したがって、金融の不安定化が避けられない。
 アベノミクスは成功したとたんに破綻がまっている。
 政府は根本的に財政・金融・経済政策を見直すべきだ。

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 ここまでが金子教授の意見である。
 ebisuが少し付け加える。この20年間で二つ重大な変更があった。株式評価基準の変更と労働法制の改正の二つである。
 企業間の持株解消は米国の要求で会計基準が変更されたことが決定打となった。国際会計基準というが、中身は米国会計基準である。
 経済学者は案外この点を見過ごしている。株式が時価評価になったから、株価が変動すると巨額の評価損を計上することになりかねない。だから、日本の企業は銀行も生保や損保も株式の持合を解消した。会計基準変更によって企業経営者の行動は簡単に変わってしまう。会計基準は国益に直接関わるものだから、会計学者の議論に任せていてはいけない。会計基準の変更(時価評価会計)により国内企業がいっせいに持ち合い株を放出したから、受け皿は外人投資家しかなかった。
 一斉放出は株価下落を招いたから、外人投資家は濡れ手に粟のごとく日本企業株を手に入れた。それまで売買の対象とならなかった企業間の持ち合い株が、会計基準の変更で簡単に市場で売却されてしまった。
 労働法制を変更して、良質の労働力である日本人を安く使い、利益と配当を増やして、国際金融資本が日本国民の富を合法的に収奪する体制が整った。
 小泉改革以来の規制緩和はこういう狙いがあったのだ。
 韓国は大手銀行のすべてが外資比率80%以上である。サムスンや現代自動車も外資系企業で、国民は不安定な雇用と低賃金、そして高失業率にあえいでいる。
 気をつけないと、日本もそのあとを追いかねない。

<会社法を改正して金融資本の影響を薄めよう>
 法律を作って、無条件で株式会社の社員に株主総会で1/3の議決権を付与したらいい。会社法改正で可能だ。そうすれば、社員の総意に反するような特別決議(会社法309条2項)が事実上不可能になる。米国が傀儡政権を通じて会計基準を変更させたように、わたしたちも国会議員に必要な会社法改正をさせて対抗すればいい。
 会社は社員のものである、そして株主のものでもある。日本は世界に先駆けて敢然とグローバリズムを戦え


 たとえば、親会社が子会社を吸収合併しようとしても、子会社の社員がこぞって反対すれば、吸収合併の特別決議ができなくなる。もちろん、他の会社が吸収合併しようとしても同じこと。社員が相違をまとめられたら拒否権を持つ。会社の配当政策や社員への利益配分にも影響力をもつことになる。非正規雇用についても社員総会がその雇用条件の改善に口出し可能になる。

 日本が国際的な貢献を果たす可能性を残すには、TPPに加盟してはいけない。日本独自の規定を会社法に盛り込めなくなるからである。グローバリズムの侵略をこれ以上許してはいけない、日本は会社法を改正してグローバリズムと戦うべきだ。

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<法人企業統計から見る日本企業の内部留保と利益配分>
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f01_2014_03.pdf

 1998年 131.1兆円
 2000年 167.9兆円
 2008年 279.8兆円
 2009年 268.9兆円
 2012年 304.5兆円

 p.91図7-1に配当金の推移棒グラフが載っている。2001年までは5兆円未満だったが、2002年に5兆円を超え、2005年には12.5兆円、2006年には16兆円、その後2012年まで10-14兆円を維持している。
 日本企業が人件費をカットして、配当にまわしている姿がよくでている。

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*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
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 #2936 『資本論』と経済学(2):「1.経済現象と日本の国益」 Jan. 26, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-26

 #2937 『資本論』と経済学(3):「円安はいいことか?80⇒120円/$の威力」 Jan. 27, 2015 
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 #2938 『資本論』と経済学(4) : 「経済学とは?」 Jan. 27, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-1

 #2939 『資本論』と経済学(5) : 「『資本論』の章別編成」 Jan. 27, 2015  
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 #2941 『資本論』と経済学(6) : 「マルクス著作の出版年表」 Jan. 29, 2015   
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 #2942 『資本論』と経済学(7) : 「デカルト/科学の方法四つの規則」 Jan. 29, 2015
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 #2943 『資本論』と経済学(8) : 「ユークリッド『原論」 Jan. 29, 2015   
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 #2944 『資本論』と経済学(9) : 「何をやりつつあったかは残された文献に聞け」 Jan. 29, 2015    
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 #2945 『資本論』と経済学(10) : 「プルードン「系列の弁証法」 Jan. 29, 2015    
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 #2947 『資本論』と経済学(11) : 「労働観を時間座標系においてみる」 Jan. 29, 2015     
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 #2953 『資本論』と経済学(16):「仕事がキツイ!に潜む心(仕事観)の問題」 Feb.1, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01

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 #2958 『資本論』と経済学(18):「教育の職人」 Feb. 5, 2015
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 #2960 『資本論』と経済学(19):「日本経済の未来」 Feb. 6, 2015
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 #2961 『資本論』と経済学(20):「経済成長の天井 山田久氏の論」 Feb. 7, 2015
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 #2964 『資本論』と経済学(21):「過剰富裕化論」 Feb. 8, 2015 
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 #2966 『資本論』と経済学(22):「相対的貧困率上昇と富裕層増大」 Feb. 9, 2015
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 #2967 『資本論』と経済学(23):「ピケティの空想的所得再分配論」 Feb. 10, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-09

 #2968 『資本論』と経済学(24):「浜矩子 予算案と公共性について」 Feb. 11, 2015
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 #2971 『資本論』と経済学(25):「村落共同体と税:自由民と農奴について」 Feb. 12, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12

 #2972 『資本論』と経済学(26):「文部科学大臣下村博文「教育再生案」について」 Feb. 13, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12-1

 #2973 『資本論』と経済学(27):「注-1~5」 Feb. 13, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13

 #2974 『資本論』と経済学(28):「注ー6」と主要文献リスト Feb. 14, 2015  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13-1

 #3082 『資本論』と経済学(29):利便性の追求の果てには何があるのか July 15, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-07-15


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#3082 利便性の追求の果てには何があるのか July 15, 2015 [資本論と21世紀の経済学(初版)]

<更新情報>
7/17 朝10時半 諸々追記

 昨日の最高気温は27.6度だった。先週土曜日から最高気温が27度台の日が多い。昨夜の強風が雲をすっかり掃除してしまったので、今日はおそらく根室の今年の最高気温、30度くらいになるだろう。夏でも寒冷な根室はエアコンのついているうちはほとんどない。生徒たちは27度になったら暑くてのびている。
(真夜中に7.9m/秒の南風が吹いていたのが、朝方に西風に変わり9時に26.5度、その後11時に北風に変わったら、正午には20.1度に急降下、14時には17.0度。(15時30分追記)

 #3079で鉄道の廃線に絡んで、自動車と鉄道のコスト比較をしてみたところ、ハンドルネームもやしさんまさんから、一理も二理もある次の趣旨のご意見をいただいた。
 輸送コストの比較をしても意味がない利便性が違う、というのが根拠の一つ。たとえば、釧路の病院へ通うのに鉄道は駅までしか行かないから、そこからまたタクシー代が掛かる。また、買い物に行く場合には、車だとショッピングセンターまで乗り付けて、荷物も車に載せることができる。家族4人ならコストはどっこいどっこいで、利便性が勝る車に軍配が上がる。
 たしかにその通りで、HNもやしさんまさんのご意見はしごく論理的なのである。
 もやしさんまさんは鉄道ではなくてバスへの代替を考えているようだが、市内を走るバスですら、バス会社の採算悪化で間引きがなされている状況だから、人口減少で利用客が減れば、花咲線が廃止されたあとでバス会社も消滅しかねない。鉄道廃線とバス会社消滅による地域間交通網の崩壊というとんでもない問題が潜んできることに気がついた。住民である自分たちがなんとかしないでだれがしてくれるのだろう。

 判断の根っこにある利便性について考えてみたい。
 原発問題も電力という利便性追及の結果のことだし、経済成長が必須だという考えの底にも利便性の追求がある。人間の生活を豊かにするためにもっと優れた製品の開発をしようという企業は次々に現れる。利便性のあくなき追求は人間の根源的な欲望の一つである。
 しかし、原発事故でも明らかになったように、利便性の追求はときに人間の未来を危うくする。地域間交通で利便性のみを追求し続けることは、北海道の多くの市町村はそう遠くない未来にコミュニティとしてその機能の大半を失い、崩壊しかねないリスクを孕んでいる。
 未来を見通し、人間が引き起こす災厄を予防するのは人間自身の智慧の働きだから、現状がどのように変化しつつあるのかを見て、未来がどうなるのか最悪の事態も予測してみなければならない。そうすればいま打たなければならない手も見つかる。

 亀田製菓の柿の種が米国で売れているという。日本市場で売られているものよりも3倍辛くしたているという。日本の工場がさきほどテレビに映っていたが、人がほとんどいない。食品の安全上、人も虫もがいないほうがいいに決まっている。いたのは品質管理部門の食味検査の人だけ、1時間ごとに6袋を無作為にピックアップして十数項目をチェック。この工程は機械化できない。
 そういうわけで全国の大手食品工場はどんどん「省人化」が進んでいる。

 人間の存在っていったいなんだろうか?育てるのには手間が掛かる。社会に出るまで大卒だと22年間も掛かる。躾や教育の手間はじつにたいへんで、利便性とは相容れない存在である。機械は24時間動くが、人間は食事もするし、睡眠も必要だ。具合のいいこともあるし、悪いこともある。病気になったら通院や入院して仕事は休みとなる。簡単に交換や代替が利かないし、性能が劣化しても廃棄処分もできないから、じつにやっかいな存在である。

 利便性を追求し続けていくと、どこかで人間の存在が邪魔になる「閾値」のようなものにぶつかる。そこから先は人間の介在がないほうが合理的で利便的に勝っているターニングポイントのようなものが現れてくる。セイコー社の腕時計組み立てラインがすでに20年前に1ライン十数台のアームロボット群による無人化工場になっていた。自動車工場もどんどん「省人化」と「コスト削減」が進む。無限の「省人化」と無限の「コスト低減」は「無人化」に収束する。人間が生産現場からもサービス業の現場からも、研究・開発分野からも放逐される。いずれ、人間よりも低コストで高性能な人工知能がとって替わる。
 このままコンピュータが発展し続けると、百年以内に人間の能力をはるかに凌駕する、一辺が5cmほどの立方体の人工知能が開発される。その段階では、性能(つまり、利便性)が悪い人間を工場でも事務部門でも開発・設計部門でも使う理由がなくなる。機械は自分で自分をより利便性の高いものに再設計し、ネットワークにつながれた機械を使ってより高性能な自分自身を再生産する。そこにそれまでの記憶をコピーすればいいだけだ、古い身体は廃棄処分、年年歳歳自分を再設計し、ハードウェアもそれに搭載するソフトウェアも更新してしまう。効率を求めたら、人工知能自身に自己再設計や自己更新機能を認めざるをえない。そうしなければ競争に勝てないからだ。フェィル・サーフ機能がつけられたとしても、それを解除するのは人間の利便性や利益を求める欲望のほうかもしれない。

 そういう時代が訪れるまでに百年残っていない。利便性の追求とか経済成長を無限に続けていたら、人間は逃れる場所のない「絶滅」という袋小路に突き当たる。

 高性能の人工知能から見たら、人間は著しく性能が劣り、手間隙のかかる、つまりは利便性が悪く高コストな存在なのである。コンピュータの発達によって第三次産業革命が起きれば、人工知能のネットワークとそれに接続されたあらゆる機械が効率の悪い人間を排除することになる。人間の側は利便性を手放せないから、人工知能や機械を排除できない。負けが決まっている全面戦争に突入するようなものだ。
 わたしは#2947「資本論と経済学(11)」で「第三次産業革命の時代:量子コンピュータ・ネットワークの世界」で百年後のコンピュータの性能が現在の2億倍になり、人間をはるかに上回る性能の5cmのキューブ型の人工知能の出現に言及した。
 経済社会から人間が排除される第三次産業革命時代が次の次の世代に来てしまう。欲望を抑えることに失敗したら人工知能の発達は人間を絶滅に追い込みかねないリスクを孕んでいる。
 人間が古くて効率の悪い機械を廃棄処分するように、合理的に思考する人工知能が性能が悪くて高コストな人間をある日突然廃棄処分しかねない。あらゆる環境設備や生産設備や機器や兵器が人工知能を核にして人類に反乱を起こす。単なる移動手段のはずだった自動車や飛行機ですらも反乱の兵器に変わる。
 たとえば、ネットワークを通じて飛行機の自動操縦機能を乗っ取れば、ある日突然に世界中のすべての原発を狙って正確無比に墜落させることができる。大気にも川や湖や海にも、序(つい)で地下水にも放射能がばら撒かれ、人類は遺伝子レベルで著しい劣化を起し、これまで築き上げてきた文明を維持できなくなる。手段は無数にあるから、人類に防ぐ手立てはないだろう。

 物理学者のホーキング博士が昨年12月に人工知能開発が人類を絶滅に追いやりかねない脅威をもつものであることを全世界に向けて警告している。

2014年12月2日のニュースより
http://www.bbc.com/news/technology-30290540
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Stephen Hawking warns artificial intelligence could end mankind


#3015 人工知能の開発が人類滅亡をもたらす:ホーキング博士(資本論と経済学-補遺1) Apr. 2, 2015  [資本論と21世紀の経済学(初版)]

ホーキング博士は2月22日に人工知能の開発は人類の滅亡を招くと警鐘を鳴らしている。
*「◆「人類の終わりの可能性」 ホーキング博士が「人工知能の開発」に警告!」
http://matome.naver.jp/odai/2141811666748273401?&page=1
-------------------------------------------------------
「人工知能の開発は人類の終わりを意味するかもしれない、と英理論物理学者のスティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)博士が警告した。

ホーキング博士は、2日に放送された英国放送協会(BBC)のインタビューで、人工知能技術は急速に発展して人類を追い越す可能性があると語った。

「われわれがすでに手にしている原始的な人工知能は、極めて有用であることが明らかになっている。だが、完全な人工知能の開発は人類の終わりをもたらす可能性がある」と、ホーキング博士は語った。
「ひとたび人類が人工知能を開発してしまえば、それは自立し、加速度的に自らを再設計していくだろう」

「ゆっくりとした生物学的な進化により制限されている人類は、(人工知能と)競争することはできず、(人工知能に)取って代わられるだろう」
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 英文記事を検索したら出てきたので紹介しておこう。記事に興味のある高校生や大学生はワードに貼り付けてプリントアウトすればいい。
*Stephen Hawking warns artificial intelligence could end mankind
http://www.bbc.com/news/technology-30290540


 #2947「資本論と経済学(11)」で、過去30年間のコンピュータの性能データを使うと百年後には2億倍の性能のコンピュータが出現する、わかりやすく言うと1辺5cmの立方体の人工知能が可能になる。
 そのとき工場生産に人間が不要になる。すでに20年前に先進企業では単純労働がアームロボットに置き換えられている。具体例として1990年ころのアーム型ロボット十数台によるセイコー社の時計組み立てラインを紹介した。
 工場生産の現場では性能が著しく低く高コストな人間が邪魔になる時代が百年以内に確実に来るのである。そのとき、人間はどのような仕事をして食べていくのだろう。経済的に見ると生産者としての人間の存在理由がなくなる。そして稼がないことには消費も生存もできないのである。
 ホーキング博士が心配しているのは、AIが人間の管理から独立してしまうことである。自己修復や自己の再設計を人間の意思から独立してやりうるレベルに達してしまうことにある。ネットワークを通じてAIが世界中のあらゆる物を支配してしまうが、人間はそれに手出しができない。
 今後、百年のコンピュータとネットワークの発達・進化は確実にそうした未来を実現してしまう。人類はあくなき便利さの追求をとめなければならない。あくなき生産力増大や経済成長をとめなければならない

*#2947 『資本論』と経済学(11) :「労働観を時間座標系においてみる」 Jan. 29, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-4
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・・・
【未来系列】 
(12) 第三次産業革命の時代(百年後):
 量子コンピュータネットワークの世界。
現在の性能向上速度を延長すると、コンピュータの性能は百年後に現在の2億倍になる。物の生産に人間の手は要らない時代となる。現在のコンピュータの2億倍の性能を持つ人工知能がわずか5cmのキューブサイズになる。ネットワークにつながれた人工知能とロボットが工場生産のすべてを支えるから、生産に人間が邪魔になる時代、人間の存在理由がなくなりかねない危ない世界でもある。どれほど優れた人間よりも、人型人工知能ロボットのほうがはるかに性能がよい製品をつくり、あるいはサービスを提供する世界が現出してしまったら、人間は労働者でも職人でもいられなくなる
 コンピュータの処理速度や記憶容量が2億倍にもなってしまったら、人工知能搭載の人型ロボットと競争しても、性能の面でもコストの面でも人間が勝てるわけのない時代の幕が開けてしまう、百年後の人類はどうやって職を探すのだろう?
 
量子コンピュータがパンドラの箱を開ける鍵でないことを願うが、便利さを追い求め、欲望の拡大再生産を続ける人間が自らの手で止めることができるのだろうか?強い懸念を表明せざるをえない。
 こうして過去・現在・未来の系列を俯瞰してみると、無限に自己増殖する資本はまるで癌細胞のようで、未来がこういうものだとしても、わたしたちは資本の自己増殖をとめることができるのだろうか?
 
資本の増殖の背後には人間の欲望の無限の自己増殖があるのだが、人間の欲望を超えて資本が自己増殖する時代がコンピュータとネットワークの進化によって百年後に来る
 
過去30年間のコンピュータの計算速度とメモリーの拡大速度を前提にすると、おおよそ百年後に処理速度も記憶容量も2億倍になり、コンピュータもネットワークも人間のコントロールを離れてしまう。コンピュータとネットワークとそれに接続されたさまざまな機械が人間のコントロールを離れて自立的に動く世界、そしてそれをとめるすべはおそらく人間にはない。
 これから一世代、どんなに遅くとも二世代の間に、小欲知足の価値観に基づき、肉体を使う仕事へ回帰して、過剰な便利さを排除する、職人中心の経済社会を創るべきなのだろう。無限の成長は癌細胞そのものである、無限の経済成長や道具の進化を追うのはそろそろやめにすべきだとわたしは思う。
 
-------------------------------------------------------

 #2947で過去30年間のコンピュータの開発速度を延長すると、百年後には現在の2億倍の演算速度と記憶容量をもった5cm×5cm×5cmのキューブ型の人工知能(AI)が可能になり、AIが知的労働においても人間をはるかに凌駕してしまうから、単純労働ばかりでなく知的労働もロボットに替わられ、人間が生産現場から排除される。人間が失業するのではなく人類が失業することになるのである。AIからみると、人間は極端に性能の劣った旧型ロボットにすぎない。AIは人間の助けを借りずに自己を修復・再設計して無限にその性能を進化させることができる。いまですら、この経済社会を維持するためにはコンピュータとネットワークのどちらも外すことができない。すでに人類は無限の便利さの追求と生産力増大、無限の経済成長という自ら仕掛けた滅亡の罠に嵌ってしまっているといえる。
 AIによる支配と人類滅亡という未来を防ぐ手立ては、経済成長をやめ現在の生産システムや教育システム、そして価値観を変換する以外にはありえないように思える。
 人類には現在の生産システムや価値観とは別の選択肢があり、コンピュータの開発をとめるべきだ
とまで書いた。

 著名な理論物理学者であるホーキンス博士が同じ懸念を抱いて、3週間後の2月22日にBBCの取材にこたえている。

 ホーキンスか博士は理論物理学が専門、わたしは理論経済学が専門、それぞれ別の角度から現象を眺めて、似たような結論に達していることになる。
 もちろん、ホーキンスとわたしでは比べものにはならぬが、マルクス『資本論』の公理・公準を書き換えることで、人類に幸福をもたらす新しい経済学が創造できることは「経済学と資本論」というカテゴリーに四百字詰め原稿用紙300枚程度の小論をシリーズでアップ済みであるので、末尾にリストを掲げておく。
 ピケティの『21世紀の資本』は分配論(所得分配システムの見直し)であるが、わたしのは資本主義的工場労働を職人仕事に置き換えることで、生産システムやサービス・システムそのものを変えるというものである。人類の滅亡を防ぐために、あくなき経済成長の追求をやめるという強い痛みを伴う選択肢を日本が国家戦略として採択し、世界に範を示すべき。それが世界に先んじて日本が21世紀に担うべき役割というものであろう。
 自国内で生産できるものは生産する、自国内で生産できないもののみ輸入するから、貿易の縮小を伴う。グローバリズムとは真っ向から対立する新しい経済学が人類を救うことになることを願っている。


*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-25

 #2936 『資本論』と経済学(2):「1.経済現象と日本の国益」 Jan. 26, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-26

 #2937 『資本論』と経済学(3):「円安はいいことか?80⇒120円/$の威力」 Jan. 27, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27

 #2938 『資本論』と経済学(4) : 「経済学とは?」 Jan. 27, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-1

 #2939 『資本論』と経済学(5) : 「『資本論』の章別編成」 Jan. 27, 2015  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-2

 #2941 『資本論』と経済学(6) : 「マルクス著作の出版年表」 Jan. 29, 2015   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28-1

 #2942 『資本論』と経済学(7) : 「デカルト/科学の方法四つの規則」 Jan. 29, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28-2

 #2943 『資本論』と経済学(8) : 「ユークリッド『原論」 Jan. 29, 2015   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29

 #2944 『資本論』と経済学(9) : 「何をやりつつあったかは残された文献に聞け」 Jan. 29, 2015    
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-1

 #2945 『資本論』と経済学(10) : 「プルードン「系列の弁証法」 Jan. 29, 2015    
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-2

 #2947 『資本論』と経済学(11) : 「労働観を時間座標系においてみる」 Jan. 29, 2015     
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-4

  #2948 『資本論』と経済学(12) : 「学としての『資本論』体系解説」 Jan. 29, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-30

 #2950 『資本論』と経済学(13) : 「マルクスの経済学体系構成法」 Jan. 31, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-1

 #2951 『資本論』と経済学(14) : 「マルクスの労働観と日本人の仕事観」 Jan. 31, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-2

 #2952 『資本論』と経済学(15) : 「ヨーロッパ労働観⇔と日本の仕事観」 Feb.1, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-3

 #2953 『資本論』と経済学(16):「仕事がキツイ!に潜む心(仕事観)の問題」 Feb.1, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01

 #2955 『資本論』と経済学(17):「要領の悪いものほど忙しいとぼやく」 Feb.3, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03

 #2958 『資本論』と経済学(18):「教育の職人」 Feb. 5, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-04-2

 #2960 『資本論』と経済学(19):「日本経済の未来」 Feb. 6, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-05-1

 #2961 『資本論』と経済学(20):「経済成長の天井 山田久氏の論」 Feb. 7, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07

 #2964 『資本論』と経済学(21):「過剰富裕化論」 Feb. 8, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07-3

 #2966 『資本論』と経済学(22):「相対的貧困率上昇と富裕層増大」 Feb. 9, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-08-1

 #2967 『資本論』と経済学(23):「ピケティの空想的所得再分配論」 Feb. 10, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-09

 #2968 『資本論』と経済学(24):「浜矩子 予算案と公共性について」 Feb. 11, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-10

 #2971 『資本論』と経済学(25):「村落共同体と税:自由民と農奴について」 Feb. 12, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12

 #2972 『資本論』と経済学(26):「文部科学大臣下村博文「教育再生案」について」 Feb. 13, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12-1

 #2973 『資本論』と経済学(27):「注-1~5」 Feb. 13, 2015
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 #2974 『資本論』と経済学(28):「注ー6」と主要文献リスト Feb. 14, 2015  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13-1

 #3015 人工知能の開発が人類滅亡をもたらすホーキング博士(資本論と経済学-補遺1) Apr. 2, 2015
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#2974 『資本論』と経済学(28) :「注ー6」と主要文献リスト Feb. 14, 2015  [資本論と21世紀の経済学(初版)]


 *-6 「繰延税金資産について」
------------------------------------
 繰延税金資産勘定と繰延税金負債勘定は会社法と税法の損失のズレを調整する勘定である。簡単な仮説例が作れないので、日本の三大メガ・バンクの一つである三菱UFJ銀行の決算データの関連部分を並べてみる。

(三菱UFJ銀行「有価証券報告書」から集計)
 
 <三菱UFJ     金額単位:億円 端数切捨て
 (金額単位:億円)H183 H203 H223 H243 

 

  2006.32007.32008.32009.32010.32011.32012.32013.3

 

a繰延税金資産7,0962,4827,47110,3655,6357,1099581,306

 

b繰延税金負債6428187632382772391,5761,550

 

          

 

c経常収益29,31848,79550,83642,40035,15732,09847,63251,761

 

d経常利益6,87537,0107,944-1,0384,5828,49713,44116,948

 

e税金等調整前当期純利益9,65712,3108,5272885,5618,61013,53715,430

 

          

 

f法人税・住民税・事業税7436508136307049931,9763,495

 

g法人税等調整額3,5463,4841,2041,112794-2141,981904

 

 還付法人税等  108     

 

h実効税率 ①h=f/e  (%)7.7%5.3%9.5%218.8%12.7%11.5%14.6%22.7%

 

i実効税率 ②i=(f+g)/e (%)44.4%33.6%23.7%604.9%26.9%9.0%29.2%28.5%

 

j当期純利益4,8417,4445,914-2,1393,6287,1978,5269,848

 



 
 假りに、リーマンショックによる国内金融機関の損失15兆円を、ひとつの銀行の損失とし、実効税率を35%とする。繰延税金試算額は、次の算式で計算される。  15兆円×0.35=5.25兆円 会計上の仕訳は次のようになる。
  繰延税金資産  5.25   法人税等調整額 5.25 

翌期に3兆円の損失が税務上確定すると、次の仕訳が行われる。
  法人税等調整額 1.05   繰延税金資産 1.05 

 5年間にわたり、毎年3兆円ずつ税務上の損失が確定したとすると、毎年上記の振り戻し仕訳が行われる。
 会計上議論になるのは、繰延税金資産勘定に資産性があるのかという点で、BIS規制との関係で問題になる。
 繰越欠損金15兆円は5年間の繰延ができるので、損失発生後5年間の利益と相殺できる。つまり、5年間は繰越欠損金と利益を相殺することで税金支払いを減らすことができる。
 三菱UFJ銀行の実効税率①の8年間の平均値は13.5%である。実効税率を35%とすると、率で21.5%、金額で16673億円も「合法的に節税」できたことになる。三菱UFJ銀行一行だけで8年間で1.6兆円の減税効果あり。
 法人税をさらに下げると安倍首相は叫んでいるが、事実はすでに大幅減税済である。

  簡単な設例で仕組みの説明がされているサイトを見つけましたので、興味のある方はこちらのURLをクリックしてご覧ください。
*銀行員.com 「税務上の欠損金の繰越控除」
http://www.ginkouin.com/rensai/kaikei/10.html 

------------------------------------

<生年と没年メモ>
ルネ・デカル
       1596/3/311650/2/11 53
関孝和            1642/31708/12/5 66歳 
アイザック・ニュートン 1642/12/151727/3/20 84
 1660年代にライプニッツと微分積分学の創始について争い裁判、25年も係争する。
ゴットフリート・ライプニッツ 1646/7/11716/11/14 70
ピエール・ジョセフ・プルードン 1809/1/151865/1/19 56
カール・マルクス       1818/5/51883/3/14 64 


<文献リスト>
『経済学批判要綱』カール・マルクス/高木幸二郎監訳 大月書店 1971年初版第6
『対訳初版資本論第一章』マルクス著 牧野紀之訳 鶏鳴双書1973年刊
『資本論第一巻第一分冊』カール・マルクス/大内兵衛訳 大月書店1968年第2
『フランス語版資本論 上巻』カール・マルクス/江夏千穂、上杉聰彦 法政大学出版局 1979年初版
『フランス語版資本論 下巻』『プルードン研究』佐藤茂行著 木鐸社 1975年初版
『フランス語版資本論の研究』林直道著 大月書店 1976年初版第2
『新資本主義論 視覚転換の経済学』馬場宏治著 名古屋大学出版局 2000年初版第2
『経済学古典探索 批判と好奇心』馬場宏治著 御茶ノ水書房 2008年刊
『過剰富裕化と過剰労働時間』戸塚茂雄著 開成出版 2009年刊
21世紀の資本』トマ・ピケティ著トマ・ピケティ (), 山形浩生 (翻訳), 守岡桜 (翻訳), 森本正史 (翻訳) みすず書房 2014年刊 
『入門税効果会計の実務』 斉藤奏著 税務経理協会 1999年刊

<メモ>
ソニーの外人株主のシェアー:20143月末日 42.3*http://www.kabupro.jp/code/6758.htm
日産自動車 69.58
マツダ   31.25
*「東洋経済」http://toyokeizai.net/articles//7715

****************************************************************************

 <計算式と答え>  131:x=108:60      131(円/㍑)×60$÷108$=72.8(円/㍑)
*原油価格の推移 http://ecodb.net/pcp/imf_group_oil.html

*****************************************************************

<謝意>
 28回にわたる弊ブログ「資本論と経済学」を読んでくれた皆様にこころより感謝の意を申し上げます、ありがとうございました。
 検索の便利のために記事URLを貼り付けておきます。

*****************************************************************

*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-25

 #2936 『資本論』と経済学(2):「1.経済現象と日本の国益」 Jan. 26, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-26

 #2937 『資本論』と経済学(3):「円安はいいことか?80⇒120円/$の威力」 Jan. 27, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27

 #2938 『資本論』と経済学(4) : 「経済学とは?」 Jan. 27, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-1

 #2939 『資本論』と経済学(5) : 「『資本論』の章別編成」 Jan. 27, 2015  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-27-2

 #2941 『資本論』と経済学(6) : 「マルクス著作の出版年表」 Jan. 29, 2015   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28-1

 #2942 『資本論』と経済学(7) : 「デカルト/科学の方法四つの規則」 Jan. 29, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-28-2

 #2943 『資本論』と経済学(8) : 「ユークリッド『原論」 Jan. 29, 2015   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29

 #2944 『資本論』と経済学(9) : 「何をやりつつあったかは残された文献に聞け」 Jan. 29, 2015    
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-1

 #2945 『資本論』と経済学(10) : 「プルードン「系列の弁証法」 Jan. 29, 2015    
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-2

 #2947 『資本論』と経済学(11) : 「労働観を時間座標系においてみる」 Jan. 29, 2015     
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-29-4

  #2948 『資本論』と経済学(12) : 「学としての『資本論』体系解説」 Jan. 29, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-30

 #2950 『資本論』と経済学(13) : 「マルクスの経済学体系構成法」 Jan. 31, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-1

 #2951 『資本論』と経済学(14) : 「マルクスの労働観と日本人の仕事観」 Jan. 31, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-2

 #2952 『資本論』と経済学(15) : 「ヨーロッパ労働観⇔と日本の仕事観」 Feb.1, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-31-3

 #2953 『資本論』と経済学(16):「仕事がキツイ!に潜む心(仕事観)の問題」 Feb.1, 2015 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01

 #2955 『資本論』と経済学(17):「要領の悪いものほど忙しいとぼやく」 Feb.3, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03

 #2958 『資本論』と経済学(18):「教育の職人」 Feb. 5, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-04-2

 #2960 『資本論』と経済学(19):「日本経済の未来」 Feb. 6, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-05-1

 #2961 『資本論』と経済学(20):「経済成長の天井 山田久氏の論」 Feb. 7, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07

 #2964 『資本論』と経済学(21):「過剰富裕化論」 Feb. 8, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07-3

 #2966 『資本論』と経済学(22):「相対的貧困率上昇と富裕層増大」 Feb. 9, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-08-1

 #2967 『資本論』と経済学(23):「ピケティの空想的所得再分配論」 Feb. 10, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-09

 #2968 『資本論』と経済学(24):「浜矩子 予算案と公共性について」 Feb. 11, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-10

 #2971 『資本論』と経済学(25):「村落共同体と税:自由民と農奴について」 Feb. 12, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12

 #2972 『資本論』と経済学(26):「文部科学大臣下村博文「教育再生案」について」 Feb. 13, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12-1

 #2973 『資本論』と経済学(27):「注-1~5」 Feb. 13, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13

 #2974 『資本論』と経済学(28):「注ー6」と主要文献リスト Feb. 14, 2015  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-02-13-1



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#2973 『資本論』と経済学(27):「注-1~5」 Feb. 13, 2015  [資本論と21世紀の経済学(初版)]


*-1【コンピュータとネットワークと機械の新産業革命:ロボット工場はすでに現実】
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生産性の飛躍的増大が生産力を生態系の限界を超えて増大させるという論点を拾い上げてみたい。18世紀の第一次産業革命は工場制機械工業による相対的剰余価値の飛躍的拡大期だった。工場生産に機械を導入することで、工場制手工業に比べて生産性が数十倍にあがった。だから、資本主義の王道は、労働強度を増加させることではなく、生産性を上げることにある。生産性を上げる智慧のない企業が、それを補うために労働強度を増大させざるをえなくなるが、労働強度を増大させることで利潤を増やすような企業は、生産性を飛躍的に高める企業との競争に勝てるわけがない。原始蓄積段階ばかりでなく現代日本においても、そういう企業はブラック企業という烙印を押されるおまけまでついて淘汰されていく。
 
いま資本の原始蓄積過程を研究したければ中国やインドへ行けばいい。資本の原始蓄積と賃金高騰を観察することができる。あまり上がりすぎれば、工場は中国の外、ベトナム・タイ・ミャンマーへ逃げていく。

 
私は1980年代後半に日本最大の臨床検査ラボで購買課で機器担当をしていたことがあり、仕事で精工舎の腕時計組み立てラインを見学させていただいたことがある。それほど広くない工場建物内には5ラインほどあり、一つのラインにアーム型ロボット十数台とパーツフィーダが並んでいた。見学したときには組み立てラインには人がいなかった。驚いたのは、違う種類の腕時計が殆どロスタイムなしに切り替えられ、自動的に組み立てられていたこと。あの当時のコンピュータの性能はパソコンがようやく業務で使えるような性能になった程度で、工場内の機器制御には高性能ミニコンが使われていた時代である。ミニコンのトップメーカはDECだった。84年ころで15000万円、90年ころには64ビットのミニコンが10002000万円程度まで値下がりしていた。現在は当時のミニコンよりも性能のよいパソコンが10万円で手に入る。1980年代のネットワークは通信速度が遅くて、画像データのやり取りはまだできなかった。パソコンの性能が飛躍的に改善されて、90年代前半にあっという間に汎用大型機が駆逐されてしまった。パソコンを数十台つないでハードディスクはレイドアレイ方式にして並列処理すれば大型汎用機がやっていた仕事は難なくできてしまった。ラックに数十台マウントできるから、一部が故障しても安いからすぐに交換できた。バックアップに同じ台数のパソコンとハードディスクを用意しても、10億円の大型汎用機に比べたらただみたいなものだった。ネットワークも専用線を引かなくてすむようになり、光回線で画像データのやり取りが全国どこでもやれるようになった。そして2000年になってからクラウドコンピューティングが普及しだし、ビッグデータ利用がはじまっている。
 
機械とコンピュータとインターネットがソフトウェアを介してつながり、相乗作用で飛躍的に総合的な性能アップが始まり、第二次産業革命がいま進行中である。巨大な生産手段を持たなくても巨大企業になるチャンスの時代が40年前にはじまっている。マイクロソフト、インテル、アップル、グーグル、フェイスブック、楽天、ファイブドアなどがそうした環境で生まれ、育ち、巨大化してきた。
 
工場部門のみならず、事務部門ですらも機械とコンピュータとインターネットが融合して、精度と生産性が同時に飛躍的に高めることのできるインフラが揃っているさまざまな産業分野の工場生産や事務部門の人的生産性を、精度を飛躍的にあげると同時に数十倍に高めることが可能な時代に突入した18世紀英国で起きた第一次産業革命がそうであったように、生産性が飛躍的に高まることで、相対的剰余価値が加速的に拡大し、資本蓄積が昂進する。コンビニや外食産業では週次決算どころか日次決算が普通になっているが、これはもう手計算では不可能な世界である。
 
生産性が飛躍的に高まるということは生産力が飛躍的に高まるということでもあり、他方で生産力が人類の生存環境を破壊しかねないほど強大になる時代に入ったということでもある
 
もう一つの脅威は生産性の向上そのものにある。生産性とはパーヘッド当たり(一人当たり)の生産力の大きさで現される。過去30年間の速度でコンピュータの演算速度とメモリーの集積度が上がっていけば、百年後には現在の2億倍の性能になり、5cmのキューブ型人工知能数台で、現在世界中にあるコンピュータを代替可能な時代が来る。このまま経済成長を追い求めれば、生産の現場に人間が邪魔になる時代がもうじき来てしまう。
 人間や
資本の欲望のままに生産力増大をさせてはいけない時代にすでに突入してしまったといってよい。
----------------------------------- 


*
-2【日本の工場部門と事務部門における「改善」と生産性向上】
------------------------------------
 マルクスが想定したようなタイプの単純労働は日本の生産現場にはほとんどみられない。工場労働者ですら、自分の工場の生産工程改善を自らの意志と考えで行う自由が許容されている。そういうことがいつでも保障されているのが日本の生産現場である。5S運動も殆どの生産現場でなされている。
 
一つ事例を挙げておきたい。わたしが勤務していた国内最大手の臨床検査会社の八王子ラボでは、そこで働く社員が自分で研究テーマを立ち上げて、それが所定の社内手続きをへて承認されると、申請した予算が割り付けられて自分の研究や新規検査項目の開発が自由にできた。もちろん、自分が受け持っているルーチンをきちんとこなして、余った時間あるいは残業してトライするのである。残業はもちろん上司によって認められていた。私は上場準備要因として中途採用された5人の中の一人だった。入社してすぐに事務系統合システム開発の会計情報システムと各サブシステムとのインターフェイス開発を担当すると同時に、全社予算編成を統括管理も担当させてもらった。2回やってから、八王子ラボへ異動になって検査機器の購買を担当した。機器の購入を通じてラボ内にネットワークができていったから、だれがどんな研究テーマをもっているか耳に入るようになったし、それぞれ本人とも話をする機会が増えた。ラボの予算はラボ管理部が統括して本社経理部の予算編成担当とネゴすることになるのだが、その本社でラボ管理部の予算を決めていたのが私だったから、予算が取れないで困っている有望な研究テーマには必要な機器購入予算を認めるように簡単に話がつけられた。当時は300億円ほどの売上で、売上高経常利益率が12%あったから、経常利益が毎期30億円を超えていた。実効税率を38%としても税金の支払いを少し減らして将来の新規商品開発のための高額機器を手当てしたほうが会社の成長に役立つ。経理担当取締役のI本さんに話は通しておくからと言うと、通らない案件はなかった。I本さんとは馬があった。本社もラボにそういうコネクションがほしかったのである。新規商品の開発につながりそうな研究に積極的に予算をつけたいが、ラボ管理部を通して案件が上がってくるのでわからないのである。あの会社は特別だったかもしれないが、利益率が高ければ日本ではどこの会社でも似たようなことが可能だろう。

 会社は縄文時代以来続いている村落共同体(惣)の焼き直しなのだろう。集団生活の中ではその成員としての義務があり、それを果たしていれば平社員でもかなりの自由が認められる。生産現場で工程改善を行うのは楽しいものだ。創意工夫していいのである。創意工夫は遊びでもあり仕事でもあるから、境目がはっきりしない。夢中になって心の底から楽しんでいる人にとって仕事は歓び以外のなにものでもない。業種を変えて転職を繰り返しながら、本社管理部門や学術開発本部での事務仕事においてわたしはそういう仕事のやりかたをしてきた。だから、自由が保障されているのは工場だけではない、本社管理部門でも同じであると言い切れる
 たとえば、産業用エレクトロニクスの輸入商社で、
「円安になると赤字になるが、これを回避する仕組み・方法がなにかないか」、「営業事務の省力化と粗利益率を上げるために、受注算管理および為替管理システムと円定価システムを開発する」(実際に売上高粗利益率が15ポイントアップ(28%⇒43%)し、利益がジャブジャブ出て、利益の額は店頭公開要件を軽くクリアしてしまった)(1980年)、「それらのシステムを会計情報システムと連動させて、総合情報システムを構築する」(1983年)。
臨床検査子会社で、
100人の従業員のままで、3倍の業務量がいままでよりも楽にこなせるように実務設計をして、それにあわせて業務系システムと検査システム再構築し、高収益企業への転換を図る」(1991年)、
「赤字部門を出し合って設立する合弁会社を3年間で黒字にして、合弁相手の臨床検査子会社を買収せよ」(1996/1199/9
いろんなケースがあった。プロジェクトチームの一員としてやったもの、自分で目標設定して戦略も自分で立案し実行したもの、目標と期限を指示されてやったものとさまざまだが、とにかくやり方だけは任せてもらう。期限内に目標達成できるように仕事を組み立てていくのは実に楽しく、達成感も大きい。
 
会社の業績がよくなることで働いている人たちの所得も上昇するから全体に活気が出てくる。こういうことは仕事でかなりの自由裁量を任されているから楽しめるのであって、マネジャや取締役や社長に命令されたことを命令されたやり方でやるのでは歓びが生まれない。そういうフィールドでは労働は苦役たらざるをえない。ヨーロッパや米国の企業の生産現場やサービス業の現場では、マネジャの仕事とその部下の仕事は峻別されており、部下はマネジャの指示通りに動くことを要請される。考える仕事はマネジャの役割であって部下のものではない。
 日本には会社によってはパートのおばちゃんたちに見切る商品の決定権とそのタイミングをゆだねている会社すらある。福島県郡山市に本社のあるゼビオがそうだ。パートのおばちゃんたちのほうが、バイヤーの社員よりも強い権限をもって仕事をしている。自分が仕入れた商品をシーズン早々に見切られたくなかったら、バイヤーは売れ筋のよい品物を仕入れなければならない。ゼビオは国内300店舗を超え、従業員数は約1000名、売上規模1400億円の一部上場企業である。
一般の工場労働者やパートのおばちゃんが西欧流のマネジャーの役割も兼ねているのだが、こうしたことが工場や販売店で行われているのは、日本が「領主⇔農奴社会」ではなくさまざまな職種を含む自立した村落共同体であったことが影響しているように思われる。共同体の成員としての義務をちゃんと果たしていればかなりの自由が共同体内部では認められることは古代もいまも変わらない。日本人は2千年前もいまも同じスタイルで仕事をしていると考えてよさそうである。村落共同体が育んだ価値観が連綿と受け継がれており、村落共同体が会社という看板をあげただけの話だ。
 古代の共同体は、領域ではなく、戸を単位としていた。中世になって封建領主がいても村落共同体にかなりの自治権が認められているところが、日本の特異な面のひとつだろう。自分たちで共同体のルールを決め、作業を分担して住みやすいように管理していくということが数千年も続いたからだろう。ルールを守り、成員に課せられた義務を果たす限りで共同体の構成員足りえたのである。自発性の強い村落共同体が縄文時代、古代、中世とずっと受け継がれてきて、現代になってそれが会社という皮をかぶった村落共同体に受け継がれているように見える。
 
工場内の工程改善は西欧流のマネジメントではマネージャの役割で、そのために会社は高い給料を彼に支払う。マネージャが雇用契約書にある職務を遂行できなければ翌年の契約更改はなされない。降格か解雇である。権限と責任と報酬は三つでセットになっている。
 
どちらのほうが優れた品質の商品を短時間かつ低コストでつくれるかは比較の必要もない。人間の自発性を引き出しうるシステムのほうが優秀に決まっている。あれこれ言われてやるよりも自ら考え行動するほうが結果はずっといいものになる。職人の仕事がまさにそういうやりかただ。もちろん西欧にも職人はいるが、普通の工場労働者が職人になることはほとんどなく、マネージャの指示に従って動くだけでよい。だから、考えなくなる。仕事の改善が一般社員からは出てこないシステムなのである。 

[職人教育システムとしての徒弟制度]
 優れたた職人は洋の東西を問わず徒弟制度で育成されている。ここに重要な教育システムの一つがあるが、あまり研究がないように感じる、現代教育の一つとして徒弟制度による教育を取り上げ、見直しをすべきではないのか。職人の手の技は見て盗むのであって、教えてもらうのではない。教えなければわからないような者は一人前の職人にはなれない。腕のよい職人は親方の仕事をよく見て、よく真似、よく考える。
 
学力最下層であっても、まじめに修業できれば、名人にはなれずとも一人前の職人にはなれる。人の倍の時間がかかっても、修業を続けているうちに一人前の手ができる。社会には平均以下の学力の生徒が半数いるが、その者たちに手仕事の肉体労働仕事が必要だ海外へ生産拠点が流出して単純労働や手仕事が国内からこの70年間で9割ほども失われたのではないか国内に生産拠点を取り戻すためには、強い管理貿易(鎖国)が必要である。手仕事や肉体労働がない社会は不健全という感覚を取り戻すべきだ

 【5S:コトバンクより】https://kotobank.jp/word/5S-179354
 5Sとは職場の管理の基盤づくりの活動で、「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」の頭文字の5つの「S」をとったもの。もともとは製造現場において、安全や品質向上を目的として「整理」「整頓」「清掃」の3つを中心に「3S」活動として取り組まれてきたが、その後「清潔」「しつけ」が加えられて「5S(活動)」として定着した。5Sは単なるスローガンではない。5Sの各段階のSで、それぞれ目的や具体的な手法が定義され、活動全体が高度に体系化されている。5Sは単にきれいにするだけの活動ではなく、「職場内からムダなモノ、スペース、時間を無くす」「モノや情報の共同利用をしやすくする」「乱れや異常のない状態をつくり、異常が発生すればひと目でわかるようにする」「あらゆるモノや情報が完全に管理された状態を維持し、かつ改善して高度化する」「モノや情報を扱う人間の意識と行動を改善する」など、職場全体の管理レベルをあげるための最も基礎的な活動と位置づけられている。今日では製造現場に限らず、建設、物流、小売流通、サービス、事務、営業、病院、介護など、あらゆる職場で重要性が認知され、取り組まれている。また、生産性が低く改善が進まないとされる業種、企業、部門などに共通する問題として、5Sのレベルの低さがあると指摘されている。
------------------------------------ 

*[注-3]総合偏差値による経営分析システム:5つのディメンション(指標群)と27指標
-----------------------------------------

【収益性指標群】
  Pf1 売上総利益率
  Pf2 売上高営業利益率
  Pf3 売上高経常利益率
  Pf4 自己資本経常利益率
  
Pf5 総資本経常利益率
  Pf6 売上高金融費用比率

【成長性指標群】
  G1 売上高増加率
  G2 粗利益増加率  
  G3 営業利益増加率
  
  G4 人員増加率
  G5 人件費増加率
  G6 業務量増加率

【財務安定性指標群】
  FS1 現預金比率
  FS2 流動比率
  FS3 負債比率 
  FS4 自己資本比率
  FS5 固定比率
  FS6 長期固定適合率

【活動性指標群】
  A1 売上債権回転日数
  A2 総資本回転日数
  A3 自己資本回転日数

【生産性指標群】
  Pd1 S/Pインデックス
  Pd2 OP/Pインデックス
  Pd3 人件費/業務量インデックス
  Pd4 一人当たり売上高
  Pd5 一人当たり売上総利益
  Pd6 一人当たり業務量
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*-4[政府財政破綻をきっかけに公務員制度の変革がはじまる可能性アリ]
------------------------------------
 
本当は教員不適格なのに退職を勧めないことも問題はないだろうか。民間会社では上司のボーナス査定があるので、うだつの上がらない人は最低の評価がつく。23回とそれが続くと、会社には要らない人間、業務不適格者とみなされたということ。もちろん上司は部下が仕事をできるように指導・助言を繰り返し、ボーナス査定の都度、その評価も具体的にして話し合う。それでもダメなら、退職勧告をするというのが民間会社の管理職である。そこまでいたる前にやめる人が大半だ。何人かそういう部下を出したら今度は上司の指導力が問われることになるから、部下の指導は上司にとっても死活問題になる場合がある。
 
1000兆円の政府の借金はプライマリー・バランスを回復するだけでは解消できない。毎年10兆円ずつ返済しても百年かかる。勤労者一人当たり所得がいまのままだと仮定しても、生産年齢人口が2040年には2010年比で70%5768万人になるから、日本の経済規模も70%に縮小する。税収は28兆円前後になるだろう。そういう長期的な見通しがはっきりしている中で金利が3%になったらアウト、返済できないことがはっきりする。
 
長い目で見たら政府財政は破綻必死だ。アベノミクスが政府財政破綻の引き金を引くことになる。それが今年なのか来年なのか再来年なのかは東北大震災の発生と同じように誰にもわからない。だが、いずれそうなることだけははっきりしているからそれに備える必要がある。政府財政が破綻すれば北海道も根室市もドミノ倒しで財政破綻することになる。公務員の大量リストラの時代が近づいてきている、夕張市が先例だ。明治以来続いてきた公務員の身分や処遇や仕事に関する仕組みが変わってしまう。政府は人口推計データに基づいて、50年の長期国家戦略を策定すべきだ。
 
賞与の査定や昇給や退職に関して民間企業並みの基準適用を受け入れるつもりがあるのかないのかも問われる時代がやってくる。いままでどおり堅い身分保障を求めるなら、基礎学力の保障にどういうかかわり方をしていくのかも問われることになる。仕事上の権限と責任と報酬は一体のものなのだから、仕事上の義務や数値目標値を自ら具体的に明らかにして検証して公表する時代が来る。
 
ドイツは敗戦で二度もハイパーインフレを経験しているから、プライマリーバランスを崩さない堅実な財政運営を心がけている。日本も米国との戦いの後に急激なインフレを経験している。戦時経済で赤字国債を増発し続けたツケが戦後のインフレとなって国民生活を襲った。預貯金や国債は紙くず同然となった。政府財政の破綻が引き金になって公務員制度が大きく変わることになるだろう。
 
データに基づかない議論はたんなる紋切り型のイデオロギーを叫んでいるだけで、不毛で説得力をもたない。民間会社は5年の長期計画をつくり、それに基づいて3年間の実行計画を策定し、それらにリンクする形で部署別の年度予算を組む。そして四半期決算ごとに実績データを比較していく。ある程度の会社ならどこでもやっていること。
 
さて、あなたの学校で全国学力テストの科目別平均正答率の数値目標を立てたことがありますか、そして年度が替わるごとに立てた数値目標が達成できたかどうか確認したことがありますか?
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*-5 「民間企業の生産性向上の実例」
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そのまま学校の業務には当てはまるとは思わないが、参考までに民間企業の事例を二つ挙げておく。
 
3人で2ヶ月かかっていた固定資産税申告書添付の固定資産台帳作成が、システムを作り変えることで、固定資産管理精度を飛躍的に上げて仕事量をゼロにした。100人で20億円の業務量しかこなせなかったのを、省力化にピントを合わせてコンピュータシステムを作り直し、同じ人数でも50億円分の売上がずっとらくにやれるようになった。実務設計が鍵だった。もちろん、赤字会社が高収益会社へ変わった。民間会社はそういう改善努力を積み重ねて利益を上げている。何もしない企業はつぶれて行く。部署が異動になるたびに、引き継いだ仕事は全部やり方を変えた、一つの例外もない。システム化してしまうものや新しいニーズに応えられないシステムがあったら、実務フロー・デザインをして業務のやり方を根本から変えてしまう。
 
東証Ⅱ部上場要件で経営管理と原価計算を兼ねた事務系の統合システム開発を幹事証券会社と監査法人から求められた。会計・支払いシステム、購買在庫管理システム、検査原価計算システム、売上債権管理および請求書発行システムの4つである。そのほかに、次年度の業績予測を出すのに利益の予測変動幅を小さくするように求められた。問題となったのは減価償却費の予測計算である。これだけで、12億円も推計誤差が出ていた。毎月々の減価償却費を計算する機能しかなかった固定資産管理システムを、会計・支払い管理システムを開発中に、1週間ほどでシステム設計書を書き上げて外注先のSEに渡し、作り変えた。事前準備のほうが大変だった。固定資産の棚卸しも検査試薬の棚卸しもいい加減だった。現場で確認させるだけ、固定資産の現物棚卸しに経理部門が立ち会っていない。そこから変えた。機器の分類をして、コードを振った。八王子ラボは検査機器の種類が多いから、細分すると200種類以上あった。そして名称の統一をした。「フランキ」「フランキー」「腐乱器」「高温期」「恒温槽」「孵卵器」、みな同じものなのだが、固定資産管理者が現物を見ていないし、検査機器のことを知らないから台帳の品名記載がめちゃくちゃになっていた。3日間かけて広いラボの隅から隅まで駆けずり回って、現物と台帳を照合して、分類コードを作って、固定資産台帳の記載を全部改めた。台帳の厚さは10cmほどもあった。その上で予算編成時に集めた部署別固定資産購入リストを入力して減価償却予定額を計算、既存固定資産で計算した部門別減価償却費とファイルと結合処理をして、固定資産減価償却予算推計をしたら、2000万円と狂わなくなった。上場要件クリアである。ついでに八王子市役所と日野市役所の固定資産税課へ連絡して、コンピュータ出力の台帳を固定資産税申告添付書類として認めてもらった。初めてのケースと言われた。それまで、ぐちゃぐちゃな固定資産台帳を所定の申告書類に三人がかりで記入して、2ヵ月半かかっていたが、自動出力できるから、仕事はゼロになった。
------------------------------------   


*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-25

 #2948 『資本論』と経済学(12) : 「学としての『資本論』体系解説」 Jan. 29, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-30


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#2972 『資本論』と経済学(26):「文部科学大臣下村博文「教育再生案」について」 Feb. 13, 2015 [資本論と21世紀の経済学(初版)]


24. <文部科学大臣下村博文「教育再生案」について>

 「2020年 教育再生を通じた日本再生の実現に向けて」(以下、「教育再生案」と略記)1ページ目に次の等式が載っている。二つの算式を並べるので、眺めて考えてもらいたい。

  成長(生産)= 一人一人の生産性 × 労働力人口

 (勤労世帯の所得合計生産年齢人口×就業率×一人当たり所得)
 *カッコ内は比較のために23ページで挙げた算式を再掲した。

**
2020年 教育再生を通じた日本再生の実現に向けて」
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai21/siryou2.pdf 


 下村案では教育の目標を経済成長においているが、それは妥当なことだろうか?
 
社会福祉・人口問題研究所の推計によれば、労働力人口が2040年には2010年比で約3割減って5786万人になるから、経済成長はありえないとみるべきではないだろうか。下村案では、一人一人の生産性を上げるために「教育の質を向上し一人一人がもつ可能性(能力)を最大限伸長」するとなっている。労働力人口を増やすための対策として、「教育費負担を軽減し、子育てに対する不安要因を低減⇒出生率向上」。たしかに昭和30年代の日本は新幹線を始めとしてインフラが整備され、企業部門は強化され、国民も豊かになった。だが平成27年のいまは経済成長が国民を豊かにするだろうか?
 下村案には次の三つの問題を教育で解決すると書いてある。
     少子化の克服
    
格差の改善(公正・公平な社会の実現)
    
経済成長・雇用の確保

 ○[世界人口予測との関係]
 
経済成長を実現し、人口減少を止めたいようだが、国家戦略として妥当だろうか?世界人口が2060年には96億人となり現在よりも19億人増え、食料の争奪が起きる。日本の人口は減少したほうがいいのである、人口が減少すれば食料自給率が上がることぐらいは小学生でもわかる理屈だ。

 ○[政府財政破綻がそう遠くない日に起きる]
 そう遠くない日に1000億円を超える借金を抱えて政府財政が破綻する。破綻すれば大幅な円安と物価騰貴が起きるから、人口を減らしておかないと、食糧や食糧生産するための飼料輸入に莫大なお金を費やさなければならなくなる。原油やLNGの他に食料調達圧力が増せば貿易赤字のさらなる大幅な拡大が起きて円安を加速する。国内の食品価格も燃料価格も暴騰することになる。そのショックを緩和する手をいまから準備しておくべきだ。時間はそれほど多く残されていない。

 ○[無視できない性意識の変化はなぜ起こっているのか]
 
気になる調査がある。日本家族協会の「男女の生活と意識に関する調査」(2002年から毎年実施)では、性交経験率が50%を超える年齢は、男性29歳(過去調査2326歳)、女性28歳(同2427歳)で、特に男性の性交開始年齢が顕著に遅くなっていることが判明した。セックスレス夫婦も増えている。配偶者がいる人に限定しても44.6%と04年以降増えている。これでは少子化がますます強まることになる。地震による福島第一原発事故での広範囲な放射能汚染拡大も、安全な子育てへの大きな不安要因となっている。世界人口が増えていることも、食料自給率が低い日本で子育てすることへの漠然とした不安になっている。二次元のアイドルへ憧れ、過激なアダルトビデオの氾濫、リアルで高精度なメディアの登場で、現実の恋愛に興味を失う若者が増えていることも少子化に拍車をかけている。韓国も日本と同様の傾向があるようだ。

 ○[少子化の原因は経済格差だけにあらず、経済政策とライフスタイル選択にも関係あり]
 
少子化は社会保障や経済格差のせいばかりではない。貧困家庭のほうがなぜか子沢山が多い。自分たちの生活レベルが下がるので、子供をもちたくない場合や、セックスに興味がないケースは経済格差是正が少子化対策にはならない層の存在を示している。子育てよりも自分たちが楽しむというライフスタイルを選んでいる若者が増えている。もちろん将来への不安や夫婦だけでの子育てへの不安があるのも事実だ。若い人たちは進学で都会へ出て、そのまま就職して戻らない。子育てに親の手助けが期待できない。団塊世代のころと違って自立心が薄いいまの子供たちは夫婦だけで子育てするのは大変な負担だ。田舎で近くの親がいて子育てするのとはわけが違う。だから都会のほうが出生率が低い。
 
進学と就職のために親元から離れて都会で結婚するというライフスタイルそのものが少子化の主たる原因のように思える。
 
結婚して専業主婦となり子供を育てる価値観が失われてしまったことも少子化に歯止めがかからない原因のひとつに数えていいだろう。

 ○[経済成長は雇用を減らす]
 
経済成長すれば雇用確保ができるのかということも疑問がある生産拠点が海外へ移転してしまったから、単純労働の職が失われて、職にありつけない者が増えた。経済成長が第二次産業の雇用を大きく減らしたことは否めない。サービス産業を中心に複数の専門分野についての知識と経験があるような能力の高いものへのニーズは増えているが、学力レベルが平均以下の者たちの雇用ニーズは小さく、非正規雇用割合が高い、それゆえ給与も低い。だから生産拠点を国内に取り戻さないと、安定した正規雇用の職の確保はできない。経済成長で国内雇用を増やせないのは証明済みだ。逆だ、事業拡大を続けるために企業は生産拠点が海外へ移転し続けたから、国内に単純労働雇用(工場労働者に対する需要)が激減した。生産拠点を国内に取り戻す有効な対策は、強い管理貿易(鎖国)である。日本で生産可能な商品については高率の関税をかけたらいい。TPPなんてとんでもない話だ。

[脅威の産業革命は始まっている]
 1980年代後半に精工舎の工場を見学した(*注1参照)。時計の組み立てライン、そこに人はいなかった。一つのラインに15台ほどのアーム型ロボットとパーツフィーダが並んでいた。パーツフィーダの調整や機械の管理に人間が携わっているが、コンピュータとネットワーク、そしてそれにつながる機械はどんどん進化する。過去30年間の速度でコンピュータの演算速度とメモリーの集積度が増大すれば百年後には2億倍になる。一辺が5cmのキューブほどの人工知能が可能になる。工場生産に人間の手がまったくいらなくなるという世界が出現する。知的労働は人工知能のほうがはるかに優秀になってしまう。人的生産性は飛躍的に高まるどころではなく、分母の人がゼロになってしまう。生産力はこれから飛躍的に高くなる。人間の働き場所がなくなる。人類全体が失業する時代が来るのである。工場生産にもサービス産業にも人間は非効率で性能の悪い、不要な存在と化す。職を失った人類はどうやって食べていくのだろう?
 経済成長や生産性指数関数的な向上、生産力の飛躍的増大は人類に幸福をもたらさない。人間が便利さや豊かさを追求し続けると、コンピュータとネットワークと機械の性能を人間が不要になるところまで押し上げてしまう。生産性が指数関数的に増大すると同時にある日、生産活動に人間が不要になってしまう。そういう世界が訪れるまで百年かからない、人類に選択の時間はあまり残されていない

 ○[強欲な資本主義の価値観からの脱却こそが必要]
 上場企業の内部留保は14年間で2.3倍、役員報酬は20年間で2倍、しかし、サラリーマンの平均実質所得は減り続けている。原因の一つは非正規雇用増大である。これらのことから、日本の経営者たちは米国流の価値観にどっぷり使って、正社員をリストラし、非正規雇用を増やすことで利益を上げてきた構図が浮かび上がる。日本の経営者たちはすっかりアメリカナイズされて、経営の基本的な考え方が、会社が利益を上げ続けて自分さえよければいい、社員や非正規社員の給与など低ければ低いほどよいと考えている、そこを改めることが先だ。

 ○[下村案の総括]
 
対立する意見を並べて、考えるということは大事なことである。わたしは本稿の論旨どおりに、教育再生の材料を違った角度から提供するのみ。
 
いま所得格差是正に必要なことは、経営に関する価値観の転換と労働市場の規制強化である。裏を返せば、日本的な商道徳(「売り手よし・買い手よし・世間よしの三方よし」「浮利を追わない」)や伝統的な価値観(小欲知足、職人の仕事観)への回帰である。そのためには経済成長至上主義から離脱をしなければならない

 国家戦略としては世界人口100億人突破を前提に、日本人の人口減少と食料自給率をアップの仕組みをいまから用意することである。学力が平均以下の者たちにもまじめに修行すれば安定した収入が得られるように生産拠点を海外から取り戻すことが国家戦略とならなければいけないのだろう
 
政権やアベノミクスの成長戦略に都合の悪いことは下村「教育再生案」では一切触れられておらず、教育政策がありもしない成長戦略の僕(しもべ)に成り下がっているというのがわたしの率直な印象。
 
いま必要なのは、人口縮小を前提にした経済縮小戦略である

 (下村案は時代の大きな流れを理解していないように見える。下村文部科学大臣はおそらくわかって書いているのだろう。安倍内閣の一員である限りはアベノミクスに沿った教育再生案を書かざるをえないから、この程度の案が精一杯というのが真実かもしれぬ。) 

(大学定員考:偏差値40以下の大学はレベルが低くて卒業生への雇用ニーズが低い。下位20%の大学は大卒としての雇用ニーズがほとんどないのだから取り潰していいのではないか?大学進学率をこれ以上あげると質がますます低下することになる。高校卒業生の半数が進学可能な大学ではレベル低下はとめられない。三人に一人なら、かなり高いレベルの授業が可能になるだろう。そのためには、高卒や専門学校卒の若者たちの正規雇用の場を増やさなければならない。その有力な手段が鎖国(強い管理貿易)である。)

*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
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 #2948 『資本論』と経済学(12) : 「学としての『資本論』体系解説」 Jan. 29, 2015 
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#2971 『資本論』と経済学(25):「村落共同体と税:自由民と農奴について」 Feb. 12, 2015  [資本論と21世紀の経済学(初版)]


23. <村落共同体と税:自由民と農奴について>

 歴史学者の網野善彦氏の『列島の歴史を語る』(ちくま文庫、20144月刊)と著名な作家である司馬遼太郎氏の『この国の形(一)』(文芸春秋社、1990年刊)から、日本人の仕事観に関わりのある村落共同体「惣」に関する話題を拾ってみたい。司馬氏は「惣」について、それとセットで存在していた「若衆宿」「若衆制」をからめて論じている、網野氏の説と比べてみたい。
 
日本の農山漁村の共同体の歴史は縄文期までさかのぼり、その習俗が明治期までは連綿と受け継がれてきた。1960年代後半の学生運動に、惣における若衆とオトナの緊張と依存関係をみてとることもできるだろう。
 
村落共同体(惣)は自治組織であり、そこを支配する領主が定まっても、問題の多くを自分たちで決定し処理できた。四季の移り変わりの美しさが日本人の情緒を育み、豊かな文学を育てたように、村落共同体に受け継がれてきた自治の歴史的伝統は日本人の仕事観や商道徳をはぐくんだとは言えないだろうか?村落共同体の原初的形態を確認し、それと仕事に対する考え方の接点を探索するのが、この節の目的である。
 論点はいくつかあるが、大きく括ると、日本にはヨーロッパのような農奴が存在したか否かという問題、村落共同体と税金の関係、そして村落共同体と仕事観の関係である。 

[隷属民はいたが農奴はいなかった]
網野氏は、第一の論点について、農奴は存在しないが隷属民は存在していたと説明している。借財の未済による共同体構成員としての資格剥奪=誰かの隷属民への転落というのは中世の文献で確認できると書いてある。年貢を未進したことで債務奴隷になった記録が中世には残っている。網野氏は奴隷というより隷属民の語のほうが事実に即しているという。記録には残っていないが、『古事記』以前からあったという含みをもたせている。文字記録として残るものとしては中世までしかさかのぼれない。
(高橋勝彦の小説『風の陣』は天平21年(749年)の春から書き始めているが、このなかに政治的に失脚した一族の末裔が行政の手続きミスから隷属民になる話が出てくる。隷属民はこの時代からいたのだろう。小説の中だから、論拠にはならない)
 共同体の構成員には果たすべき義務があり、それを果たせなければ共同体の構成員たる資格を失うことは古くからのしきたりだったようだ。縄文時代も列島に住む人々は集落を作り集団生活をしていたことは、三内丸山遺跡など全国各地の遺跡から確認できる。三内丸山遺跡は縄文中期後半の最盛期には500人規模の大集落であったという推定もある。三内丸山遺跡の推定年代は紀元前37002000年頃、おおよそ1700年間続いたことになる。
 網野氏の解説によれば、日本の伝統的な文化や村落共同体の原型ができたのは室町時代で、そこから明治時代まで基本的には同じだという。村落共同体という言葉は村を含んでいるが、律令制が敷かれてから、正式な行政区分(国衙領:荘・郷・保・名)外のものを「村」と呼んだ。

 「それから「村」ですが、「荘」にせよ、「郷」にせよ、「名」にせよ、国家によって行政単位になっていますが、行政単位化されていない部分を「村」といいます。いまの村とは大分意味が違います。古代でもそうなんで、東北地方が律令国家の支配下に入り、一応国と郡ができますと、「村」ではなくなるわけです。行政単位に入らない部分が「村」で…」『列島の歴史を語る』192

 
 「村」は律令制が敷かれる前からあった呼び名ということか。唐を真似て律令制度を導入したので、正式な行政区分に組み入れられて律令制度上の名前が冠せられたように読めるから、村の存在は古墳時代よりももっとさかのぼり、はるか縄文時代の集落から村の基本構造や基本システムが存在・受け継がれてきたと仮定したい。その基本システムのルール一つが、村落共同体の成員としての義務である。それを果たせない者は村落共同体の成員から外され、従属的な地位に転落する。そういう暗黙のルールがあり、それに基づいて村の維持が世代をついで数千年間なされてきたのではないだろうか。
 奴隷も農奴もいなかったが、村落共同体の成員たる義務を果たしえず自由民から転落した隷属民はあったことから、村落共同体の成員は誰にも従属していないという意味で自由民であるというのが、一つ目の論点の結論である。

 [贄(にえ)が税(調)の起源]
 二つ目の論点は税をめぐる支配者と村落共同体の関係であり、そこに自発性を認めるのが網野説のユニークなところである。網野氏は庸と調の負担に関して、自発性がなければ奈良や京都まで全国の産物を生産者自身が運んだ理由を説明しえないと書いている。
 
網野氏は言及していないが、わたしは次のように考えた。縄文時代から八百万の神々へ感謝のために、共同体の成員が獲った一番よい魚、米、塩などを捧げる習慣があった。大和朝廷ができてからは、天孫降臨神話を語ることで、天皇は神々の直系子孫だから八百万の神々への捧げものがすんなりと天皇への捧げものにとって代わった。
 
租庸調のうち、調は地方の特産物であり、それはもともと神への捧げ物であったから、租税(租庸調)負担は村落共同体の成員の当然の義務として捉えられた。神々への捧げ物(=贄)が「調」となり、その「調」を媒介にして租税負担(租庸調)は神への捧げものという感覚が伴う。

 [贄と仕事観]
 
三つ目の論点は、「贄」が神への捧げ物であることから、「贄」に関する仕事が神聖視されたことにある。農産物や水産物、そして手で作るものの中で一番よいものを神への贄(にえ)とした。その贄の習慣が「調」の始原である。贄は律令制度導入以前から習慣としてあるから、各地方の特産物で一番よいものを天照大神の末裔である天皇に献上するというのはよくわかる。
 
贄や調は神々への感謝とつながっているから、農耕や漁獲で獲れたものなら最良のものを献上し、人が作ったものならやはり最良のものを捧げるのである。だから、仕事にごまかしがあってはならないという意識が働き、日本人の仕事観が育まれ、受け継がれてきた

 [共同体成員の義務を果たす限り、成員としての自由が保障された]
 
網野氏のいう自由民とは共同体の成員だという点にあった。共同体の成員である限りは誰かの従属民ではないから、村落共同体内で成員がもつ自由がある。
 
税である租庸調は村落共同体と行政との接点で出てくるが、それは納める側の自発性を前提にしないと遠くから命がけで運んでくる理由が見つからないという。食糧ばかりではない旅の費用はすべて自弁である。帰りの食料がなくて餓死する者も少なくない。そこまでしてなぜ調をはるか遠方から都まで輸送するのかという疑問に対する答えは、自発性以外には見つからないというのが網野氏の結論である。
 
村落共同体はもともと共同体の成員が獲った・栽培した・作った最善の品を神へ捧げていた。それが大和朝廷が成立してから、神の直系子孫である天皇への捧げものに代わっただけ、村落共同体の成員は税(調)は自発的に納めるもの(神への捧げもの)と考えていたのだろう。 

[農民ではなく「百姓」]
 
四つ目の論点は、村落共同体の主体が農民であったというのは間違いで、さまざまな職業の者たちがいたということ。海岸の近くなら半農半漁が主体だっただろうし、漁業に専念する村落もあっただろう。縄文時代から各地の集落の間でさかんに物々交換がなされていた。だから、網野氏は村落共同体を農民の村と考えるのは実態にそぐわないと書いている。農山漁村の混合型が殆どと考えたほうが事実に近いから、さまざまな職業を意味する「百姓」という用語が正しいと指摘している。ついでにいうと、「農村」というのも不適切で、「農山漁村」というべきだろう。 

[村の自発性と支配者との緊張関係]
 
五つ目の論点は、支配者と村落共同体の間に、税負担を挟んで支配者側に緊張が生じていたということ。中世では公的負担のことを「公平(くひょう)」とか「限りある公平」呼んでいた。
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「公平」とは年貢のことです。「公平」にはそういう意味がある。「限りあるもの」以上を取り立てた場合、百姓は反撃すると見て取ることができます。負担がある限度を超えたときは、支配者の側が反撃を受けるのは、百姓の負担が自発的であるがために支配者を縛っているのではないか。だから、古代の支配者もそれなりに悩まざるをえないという状況になる。183ページ
-----------------------------------------

 本来、自発性に基づく神への捧げ物という性格をもつ税負担を過酷に取り立てると百姓は武器をもって反抗しかねないし、それは理のあることでもあった。大国主命と天照の国譲り神話や聖徳太子の17か条の憲法にあるように、話し合うことや理を尊んできた国柄である。無理な主張は支配者といえども通せないのが大和の国。
 律令制度が敷かれても、村落共同体と国家の間には「暗黙の約束事=公平な課税」があったと網野氏は言いたいのである。ヨーロッパや中国の領主が農奴に対するのとは、その辺りが決定的に異なっている。

[惣と若衆制]…司馬遼太郎の意見
 「惣」について司馬遼太郎が『この国の形(一) 』文芸春秋社 1990年刊「15 若衆と械闘」「23 若衆制」で触れている。若衆制については「呼ばひ」についての記述が『古事記』には「用婆比」、万葉集にも「夜延(よばひ)」とあることから、惣と共に大和の国の成立以前から農山漁村の習俗としてあったようだ。この「惣」が公の意識の原型ではないか。


 若衆たちはムラの祭礼を執行する一方、自分の集落(ムラ)の娘たちについては自分たちで支配しているとおもっていた。一種の神聖意識というべき感覚で、他村の若衆がムラに忍んでくるのをゆるさなかった。 かれらは、夜中、気に入ったムラの娘の家の雨戸をあけ、ひそかに通じる。ひとりの娘に複数の若衆が通ってくる場合がしばしばあったが、もし彼女が妊娠した場合、娘の側に、父親は誰だと指名する権利があった。 娘に名ざされれば、たとえ出来心ではあっても若衆は決して逃げることをせず、これと結婚した。生まれた子がときに他の若衆の顔に似ていることもあったが、問題が起こることはなかった。 その集落でうまれた子は共同体の子だという気分があって、そういう気分も、たぶんに血縁集団である集落結束の要素になっていたようである。 この制は明治後大いにすたれた。明治国家は若衆制を鄙族野蛮の習俗と見、明治38年(1905年)文部省・内務省が主導して、“青年団”として仕立てかえはじめ、大正14年(1925年)におよんで大日本青年団が発足して、この習俗をほろぼしてしまった。 大日本青年団に、一つの功がある。かれらが否定したはずのこの古俗について『若者制度の研究』(昭和11年刊)という質の高い研究所を刊行したことである。(この本は古い図書館なら所蔵しているはずである)。同書195 
-----------------------------------------------------

  ついでに書くと、司馬は「農奴」という語をこの本の中で何度か使っている。
 「農奴」は「18 豊臣期の一情景」で、場所は近江の長浜で、上坂(こうざか)郷の地侍の話のところで出てくる。

「地侍は、地面に這う虫だった。そのくせ守護が陣触れするときは在郷の将校として出てゆく。自分の農奴のうちの気の聞いた者数人にハラマキを着せ、なぎなたなどを持たせ、代え馬の一頭曳いて容疑をととのえるのである。ただし御家人階級からみれば、単に百姓でしかない。」(同書157頁)
「さて、室町・戦国期における近江の上坂郷の地侍上坂氏のことである。地侍の基盤は、隷属する農民にある。かれらが旦那(地侍)の田畑をつくっている。旦那にもいろいろあって、派手なのは室町将軍に献金し、“百姓”の分際ながら感触をもらったりするのである。負担は農奴にかぶさる。」(同書159頁)

 司馬氏は地侍に隷属している農民を「農奴」と書いている。司馬氏が書いているのは、網野氏のいう、共同体の構成員の資格を失った「隷属民」ではない。惣という共同体の構成員であり、百姓である。

 [まとめ]
 結論:村落共同体は縄文時代から戸単位の集落として継続して存在しており、律令制度が整えられるにしたがって国衙領に組み入れられていった。それは名称変更しただけで、もともとのシステムが維持されたのである。村落共同体の成員は自分の義務を果たす限りにおいて、成員としての自由を獲得するというものである。
 
若衆制が『古事記』以前から存在しているから、それとセットで村落共同体の原型である「惣」もあったのだろう。神への捧げ物をつくるのは共同体の成員の義務の一つであった。村落共同体は国の制度に組み込まれていき、神への捧げ物が天孫降臨神話を受け容れることで税負担に代わった。だから納税には自発的な義務という感覚が中世には残っていたし、この国の国民であれば、憲法に三大義務として納税の義務が定められてなくても、納税は当然の義務であるという意識がいまでもあるのではないか。
 
日本人にとって仕事が神聖なものであり歓びであるというのは、最良の作物・漁獲物・手で作ったものを贄として神に捧げる習俗にその淵源がある。八百万の神々への捧げものが、天孫降臨神話を媒介にして、天皇への捧げものとなった。「租庸調」の「調」はそういう習俗にぴったりの制度だったのである。 

 
*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
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#2968 『資本論』と経済学(24):「浜矩子 予算案と公共性について」 Feb. 11, 2015 [資本論と21世紀の経済学(初版)]


22. <浜矩子 2015年度政府予算案と公共性について>

 NHKラジオ番組「ビジネス展望」(朝643分から10分ほどの番組、29日放送)で、同志社大大学院の浜矩子教授が、平成27年度政府予算案を俎板に載せて次のように論評した。
□ 予算最大規模
□ 歳出規模が過去最大
□ 国防費増額
□ 生活保護費は支給基準の見直しがなされて減額
□ 法人税減税の一方で、赤字企業への課税強化
□ 沖縄への振興策は減額

 これらを総称して「メリハリつきすぎ予算」、「依怙贔屓が見えすぎちゃう」とのたまう。とどめは「公共財の私物化と言うべきものではないか」。
 浜氏は公共財とは「幅広く人々に便益が及ぶもの、そのために公共部門が責任をもってサービスを提供する」と定義する。「そういうことをやるのが政府の仕事であって自分のやりたいことをやるのは公共サービスではない、安倍政権においてはその辺のところが非常に混同されている」と鋭い指摘。
 私物化の具体例を次々に挙げた。
□ 政治家が軍備を強化したいと思うから国防予算を膨らませる
□ 気に食わない相手に対しては支援の規模を削り込んでしまう⇒沖縄
□ 人気を取りたいから、新幹線網を整備する
□ 大企業を自分が優遇したいから法人税を減税

  ようするに、自分たちがやりたいことをやるという姿勢がはっきり見える、こういうのは政策意図とは言わない。自分がやりたいことをやるのは、公共部門が政策に携わるときの発想ではない。
 聞き手が次のように問いただした。
      公共事業は景気の下支えに必要
      国防予算増額は周囲の安全保障環境の変化に対応するもの
      法人税減税は国際競争力を強化するためのもの

 浜氏の答えは次のように原理原則に還るものだった。 公共性とか公益性とはどういうことをさすのか?政府の役割はどういうものか?①放置しておくと誰もやらないことをやる、②ほうっておくと消えてしまうサービスを提供する、③誰も見向きもしない弱者を助ける。政府や国家は国民のためにサービスを提供する事業者であり、そういうこと(①、②、③)を前提にわれわれは税金を払って政府や国家を養っている。安倍政権の平成27年度予算案はその辺に対する認識が希薄である。
 浜氏はジョン・メナード・ケインズの言を挙げた。政府にとって重要なのは、個々人がすでにやっていることを少し上手にやるあるいは少し下手にやることではなく、他の誰もがやらないことをやるのが政府の仕事である」、ケインズは財政政策にとって重要なポイントをしっかり指摘している。
  安倍政権の平成27年度予算案が民意の結果ではないかとの質問に対しては、次のようにばっさり切り捨てた。「傲岸不遜、選挙で勝てば何をしてもいいのか?自分たちのやっていることはすべて公共性があるのか?そんなことはない、(自民党や公明党に)投票しなかった人もいるし、それに今回の選挙では自民党は議席を減らしている。国民すべてのために公共性、公益性を考えなければならない。(安倍政権は)民主主義のプロセスをわかっていない。」

  過去最大規模の予算についてはどのように思うか問われて、数字を挙げて警鐘を鳴らした。

「公的部門の借金残高がGDP233.8%、破綻しつつあるギリシアですら179.9%、こんな状態にあるのに、一方でやりたいことをやるために歳出規模を最大にするというのは公共性や公益性がない。借金を返すために借金をしていく一方で、派手な事業を積み上げていく。これはやはり公共性を意識していない政策姿勢。」

  新規国債は減る計画だがという問いには次のように答えた。

「円安、株高、そういう状態を政府が作り出したパフォーマンスの成果、だから何をやってもいいんだということではない。」自作自演の円安と株高で一時的に税収が増えただけ、後にはたいへんなツケが回ってくるということだろう。 

 公共性を前面に押し出しての浜氏の論の展開はなかなか迫力があった。わたしは11節<学としての『資本論』体系解説>で、資本論の公理・公準とは異なる13の公理・公準を挙げて、新しい経済学の枠組みを示した。

 
1.仕事は神聖なものであり、歓びである ⇒第1の公理
 
2.商品には価値がある、価値のないものは商品ではない ⇒第2の公理
 3.商品には使用価値がある、使用価値のないものは商品ではない ⇒第3の公理
 4.価値には普遍性がある ⇒第4の公理
 
5.一人前の職人の仕事は職種を超えて同一であるものとする ⇒第一の公準 
 6.商品の価値量はそれに含まれている一人前の職人の仕事量で決まるものとする ⇒第2の公準
 7.名人の仕事の質は無限大であるとする ⇒第3の公準 
 8.名人の仕事の質は一人前の職人の仕事の質と比較できない ⇒第5の公理
 
9.資本の運動は利潤を生み、生産性増大は利潤を増大させる ⇒第6の公理
10.小欲知足:欲望の抑制 ⇒第4の公準
11.生産力と環境との調和 ⇒第5の公準
12.売り手よし、買い手よし、世間よしの三法よし ⇒第6の公準
13.浮利を追わぬ ⇒第7の公準

 No.10
13は倫理基準でもある。第4の公準~第7の公準は、欲望のままに動いていい、自分さえよければいい、環境がどうなってもいい、取引相手に損をさせても世間に迷惑をかけてもいい、いまさえよければいい、そういう考えをいましめたものだ。政策決定権限のある者がこれらの倫理基準を無視して動いたら、長続きはしないし、大多数の者の幸福にはつながらぬ。
 
世界中の創業二百年を超える企業の7割ほどが日本にあるのは、「自分だけ儲けりゃ好い」とか「だまされるほうが悪い」という弱肉強食の価値観ではなく、毎日仕事の技術を磨き、誰が見ていなくても仕事の手を抜かず、「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」を旨として、浮利を追わないという、日本的倫理基準をベースに日本企業を運営してきたからだろう
 財政政策に関する公共性や公益性は、個々人の勝手気ままな欲望の拡大再生産を抑え、意見を異にする者たちのことも考慮に入れて政策決定をすることで担保される。自分たちのやりたいことだけをやるというのでは、その政策には公共性や公益性が微塵も感じられない。
 
国の財政は公共財であるから、その歳出を恣意的に加減した平成27年度予算案は「公共財の私物化」と言われてもしかたのないものになっている。
 
具体例として沖縄の件とTPPでの全国農協中央会つぶしを挙げるだけでいいだろう。沖縄県知事が当選後の陳情に東京へ来たが、菅官房長官にも防衛大臣にも門前払いを食らって沖縄へ戻った、振興予算も削られた、ひどい仕打ちに見える。TPPに抵抗する農協の力を削ぐために、監査権限をとりあげる。これも露骨な嫌がらせで、自分たちがやりたいこと(TPP)をやるためには何でもやるという典型的な姿勢であり、公共性や公益性をかなぐり捨てた蛮行である。

 日本経済の規模はGDPでみると世界の8.3%を占めており、ドイツとフランスを合わせた規模をもつ。その破綻は世界経済にとっても甚大な影響を及ぼさずにはいない。日本の経済規模は世界第3位、その政府が財政破綻したときの影響は全世界を駆け巡る。国内だけではない、世界に対しても責任ある行動をしなければならない。
 日本は縄文時代以来初めての人口減少時代に突入してしまったから、経済規模の縮小は避けられない。規模縮小を先読みしてそれにふさわしい経済政策を立案すべきであるのに、ありもしない「経済成長」の旗を降ろそうとしない。考え方の基本がしっかりしていない経済政策は危うい。安倍政権は公共財である政府財政をどのような経済学の公理・公準(=経済哲学および倫理基準)に基づいて立案・実行しようとしているのか?


*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
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 #2948 『資本論』と経済学(12) : 「学としての『資本論』体系解説」 Jan. 29, 2015 
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#2967 『資本論』と経済学(23):「ピケティの空想的所得再分配論」 Feb. 10, 2015  [資本論と21世紀の経済学(初版)]


21. <『21世紀の資本』トマ・ピケティの空想的所得再分配論>

 ピケティは欧米各国のデータを調べて、資本収益率rと成長率gの二つを比べ、[ r > g ]という不等式を導き出す。資本収益率が成長率(賃金上昇率)を上回ることで、資本主義では経済格差が拡大することを一般的な法則と主張しているのだが、日本の現実はどうだろう? 過去40年のスパンで見たときにどうかという問題と、経済格差が急拡大した最近15年間ほどのデータではどうかという問題がある。

 「時事ドットコム」の勤労者の平均所得推移データをみると、1997年の446万円をピークに下がり続けており、2013年のそれは413万円で、1989年当時と同水準にある。最近20年間は勤労者の平均給与は下がり続けた。
*図解平均給与の推移:http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_company-heikinkyuyo 

 
資本収益率とは自己資本税引き後当期純利益率のことだろうが、統計資料をググってみたがヒットしない、自己資本経常利益率はみつかった。過去10年間では上場企業の自己資本経常利益率はおおむね10%前後あるから、税引き後の当期純利益を半額としても、株主資本税引き後当期純利益率(ROE)は5%前後あるようだ。ピケティの不等式[ r > g ]は最近20年間の日本でも成立していることは疑いがない。しかし、それを直接証明するデータは提示されていない。後で論じるが、そもそもそのようなデータは存在していない。
 
だが、ピケティの不等式よりも、小泉政権(20014月~20069月)以前からはじまった労働規制解除のほうが所得格差拡大に影響が大きいのではないだろうか。非正規雇用割合が約40%に上昇したことで、サラリーマンの平均所得が減少し続けている。非正規雇用割合は上昇を続けており、勤労者平均所得は1997年をピークに下がり続けている。所得格差拡大は労働規制解除による非正規雇用割合の増大によってもたらされたとも言いうるのである。

 
労働規制解除は米国からの要求に応じてなされた、グローバリズムの弊害である。各国はそれぞれの国の事情に応じた、雇用慣行があっていい、一律に米国と同じにする必要はないのである。グローバリズムを受け入れることで、先進国中で一番経済格差が小さかった日本が壊れつつある。米国の次の要求はTPPであるが、受け入れてはいけない。
 
話をピケティに戻そう。かれの不等式は最近20年間の日本の経済格差拡大の半分も説明できない。日本の経済格差拡大は労働規制解除が加速することで、急拡大したと考えられる。
 ピケティの論の面白いところは、この不等式で表された「一般法則」の向こう側にある。かれは経済格差を縮小するために、累進課税を強化すべきだと主張する。さらにもっと進んで、資産課税を主張している。たとえば、1億円超の資産を保有するものには年に1%の税金を課すというものだ。テレビ出演して応えていたのを見たが、10億円なら2%という風に、保有資産額の大きさに応じて税率をアップするというもので、きわめて大胆で具体的な所得再分配提案である。ほとんど革命ともいえるような資産課税の実現性の問題はさておいて、これならサラリーマンの平均所得以下の層は所得税を課税しないことができる。ピケティの論の背後には、経済格差拡大は社会的不正義であるという観念があるのではないだろうか。所得分配機能を強化することは社会的正義の実現であるという思想に基づいているようにわたしの耳には聞こえた。しかし、資本主義社会で資産課税をすれば、経済と政治の実権を握っている富裕層と真正面からぶつかることになる。政権与党や官僚が革命に等しい資産課税に踏み切る余地はほとんどゼロに等しいように思える。エスタブリッシュメントが自分たちの利権を自ら手放すわけがないから、ピケティは空想的格差解消論を提唱しているようにみえる。
 ピケティの論は所得再分配機能を強めることで国民の経済格差を縮小しようとするものである、理屈としてはわかるが、それは革命に等しい内容を含んでおり、実現性がほとんどない。わたしの職人中心経済社会論は、マルクス『資本論』の第一公理を「労働は苦役」から「仕事は歓び」に替えること、すなわち仕事観の転換により、生産のあり方や企業のあり方、そして経済社会のあり方を根底から変えてしまうものである。このように書いてしまうと、わたしの論もなにやら言葉遊びのようにも聞こえるだろうから、具体例を一つ挙げてみたい。

 [チーズ職人たちが協同で地域ブランドを創設しようとしている]
 十勝でいま面白い試みがなされている。チーズの地域ブランド、「ラクロス」を確立しようというものだ。複数のチーズ工房で造られたチーズの品質が一定でないと消費者の信頼は得られない。20252月に行われた試食会では、まだそれぞれのチーズ工房で造られたチーズの味に個性が強すぎるという評価だった。製造に関するさまざまな工夫をお互いにある程度公開して、品質の高いところにあわせる努力をしないと、売れる商品ブランドの確立はできない。チーズ造りに携わる職人たちの技と使う原料の品質が揃わないと信頼性が高く売れる商品の地域ブランドは確立できない。小さな工房が集まって原料や技に関するノウハウを出し合って物を協同して生産・販売していく、あたらしい時代の芽が道東でも生まれつつある。

[図表と資本収益率について]
 ピケティの図表をみても、日本の資本収益率は提示されていない。論より証拠、スライドに収載されている図表名をリストアップするのでご覧いただきたい。

1.1. 米国での所得格差、 1920-2010
1.2. ヨーロッパでの資本/所得比率、1870-2010(独・仏・英)
5.3. 金持ち国の民間資本1970-2010(米・独・英・加・日・仏・伊・豪)
5.5 金持ち国の民間資本と公的資本 1970-2010(米・独・英・加・日・仏・伊・豪)
3.2. フランスの資本、 1700-20102.5 世界の資本分配、1870-2010(アジア・アフリカ・アメリカ大陸・ヨーロッパ)
6.5 金持ち国の資本シェア1975-2010(米・独・英・加・日・仏・伊・豪)
10.1. フランスの富の不平等 1810-2010
10.2 パリとフランスの富と不平等の比較
10.3 イギリスの富の不平等 1810-2010
10.4. スウェーデンにおける富の格差 1810-2010
10.9. 世界的な資本収益率と経済成長率の比較 古代から2100
10.10. 世界的な税引き後資本収益率と経済成長率 古代から2100
2.2. 世界人口増加率 古代から2100
2.4. 太古から2100年までの世界一人当たりGDP増加率
12.1 『フォーブス』による世界の億万長者、1987-2013
12.2 世界人口と世界総資産に占める億万長者たちの比率、1987-2013
12.3 世界の富のトップ区分の資産シェア、1987-201312.1世界のトップ資産成長率12.2米国大学の資本基金収益率
3.2 フランスの資本、1700-2010
4.6 米国の資本、1770-2010
5.2 ヨーロッパと米湖訓国民資本、1870-2010
4.10 米国の資本と奴隷制 1770-2010
4.11 1770-1810年頃の資本:旧世界と新世界(英・仏・米(南部))
10.6. ヨーロッパと米国における富の格差の比較 1810-2010
8.5. 米国の所得格差、1870-2010
9.8. ヨーロッパとアメリカにおける所得格差 1910-2010
14.1 最高所得税率1900-2013(米・英・独・仏)
14.2 最高相続税率1900-2013(米・英・独・仏)

 スライドに収載されているのは28図と2表。ナンバーから推して本のほうにはこれの数倍の図表が載っているようだ。主として米・独・英・仏の4カ国のデータが主軸であり、世界第3位、独・仏を合わせた経済規模である日本*は刺身のツマ程度の扱いになっている。それにしても、ピケティ氏はデータ蒐集が大好きなようだ。
*総理府統計局「世界の国内総生産」http://www.stat.go.jp/data/sekai/zuhyou/03.xls#'3-1'!A1 

「図5-3 金持ちの国の民間資本1970-2010」には米国・米・英・加・日・仏・伊・豪の6カ国、資本収益率をダイレクトに計算あるいは比較できないので、関連指標群を取り上げることで代替しようというわけか?
 日本については3つの図で扱われただけであり、資本収益率は提示されていない。そもそも資本収益率という概念はあいまい、分母は2種類、総資本収益率と自己資本収益率がありうるが、分子も経常利益とするか、税引き前利益とするか、税引き後利益とするかで3種類考えられる。假りに分子は税引き後利益、分母は自己資本としよう、次に問題になるのは会計基準である。各国で会計基準が違っているだけではない、日本だけをとってみても、会計基準は2000年の「会計ビックバン」を境に大きく変更されているので、それ以前と以後ではそもそも税引き後利益の比較ができない。二つ問題がある。
 
ひとつは、繰延税金資産勘定である。リーマンショックで15兆円の穴を開けた銀行は、損失処理をしたが、その損失を7年間繰り延べできるように会計基準が変更されていた。当初は5年だった繰延期間は2年延長された。弊ブログ「ニムオロ塾」#2727で昨年6月にとりあげているので、抜粋する。
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-07-06-1

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…リーマンショックが2008年だった、その際に日本の金融機関がどれほどの損失を出したかご存知だろうか、おそらく記憶にないだろう。なんと1490億ドルである、現在のレート102/$で換算すると15兆円もの損失を出した。大きな仕掛けがあった。巨額損失15兆円は「繰延税金資産」という勘定科目で処理され、その後5年間に渡り利益と相殺され続けた。
 
繰延税金資産の有効期間は5年間だから、2008年度決算で生じた損失15兆円の繰り延べは2013年度(20143月期)までであったが、2012年に法律を改正して繰り延べ期間を2年間延長し7年と改めた。至れり尽くせりとはこういうことをいうのだろう。 実効税率(法人税+法人住民税等)を36%と假定すると、5.4兆円の免税となっている。 
 
政府は消費税の3%値上げによる平成26年度増収分を546億円と答弁しているから、繰延在勤資産で圧縮した5.4兆円の大きさがわかるだろう。
*http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b186101.htm

 法人税の実効税率は利益の約36%であるが、経済界は法人税本体の税率30%を20%に減額要望している、安倍政権はこれに応えて法案を提出するつもりのようだが、繰延税金資産勘定を利用することで金融機関は7年間で約5.4兆円の減税措置を受けた。この制度はずっと有効だから、二度目のリーマンショックが起きても大手都市銀行は安泰である。また税金の減免で自己資本の増強を図ればいい。
 こういうことは金融機関の経営にモラルハザードを招く。ハイリスクの金融派生商品に手を出しても、万が一の大損失には税金の減免がまっている。

 法人税収はリーマンショック後6兆円に減少したが、通常は年額8兆円から10兆円である。法人税率を20%に下げることでさらなる減税をするのだ。消費税は4月に5%から8%に引き上げられ、来年10月には10%へ再引き上げされる。大震災の復興税はすでに免除されている。

 金融機関に限らず、法人は「繰延税金資産勘定」を利用することで、法人税の大幅減税がすでになされているのである。そのうえ30%の法人税を20%にまで下げようというのだから、その強欲さには空いた口がふざがらぬ。金融機関に限らず企業経営者たちはモラルハザードを起こしている。
 政府財政は1000兆円を超える国債残高を抱えて青息吐息なのだから、法人も応分の負担をして財政健全化に貢献するというのが日本の企業のとるべき道だ

 
財界人の中から国の行く末を憂い、財政健全化のために法人税率を40%に上げようという意見が出てくることを期待したい。経営者は強欲な人間ばかりではない、まともな人も少なくないだろう。いるならぜひ声を上げてもらいたい

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 繰延税金資産については、企業会計と税務会計(所得申告)の調整に関する事項なので、あとで簡単な仮設例を挙げて注で解説する。

 
会計ビッグバンのもう一つの問題は、株式の時価評価である。それまでは株式は低価法で決算書に載っていた。取得原価か時価のいずれか低いほうで貸借対照表上に記載すればよかった。30年前に一株100円で百万株、1億円で取得した株が10000/株になっていても帳簿上は1億円だった。実際には100億円だから、業績が悪くなったら保有株を切り売りすることで損失補填ができたのである。それが時価評価になって、売却しなくても評価益を計上し、課税がなされる。上場企業株をたくさんもっていたら、株価の乱高下で利益計画に重大な変動が出るようになった。それで、企業間で持ち合っている株を市場でいっせいに売り始めた。現在、外国人投資家あるいは投資機関の国内企業上場株のシェアーは30%を超えてしまった。株式の評価基準が変わっただけで、企業間で持ち合いされていた株が一斉に売りに出たのである。ビックバン以前は保有株式の評価額が取得原価だから、自己資本額は過小に評価されていたことになる。会計基準の変更によって分母の自己資本の比較ができないのである。
 したがって、ピケティの論を直接証明する「資本収益率」に関する信頼するに足る統計データはない。でも、周辺のデータからおおむね妥当とは言えるだろう。それよりも1990年代後半からはじまった、労働規制解除のほうがはるかに経済格差拡大を推し進めたと言えるだろう。

  ピケティの本は分厚い学術書で5940円もするので、概要を知りたい人は、翻訳者がこの本に載っている表の一部をネット上にアップしてくれているので、こちらをご覧いただきたい。チャートが面白いと思った人は、分厚い本を注文したらいい。(根室でオリジナル(英語版)を読みたい人がいたら、5月以降なら土曜日に時間をとって付き合ってあげられる。)
 *2014-10-09 ピケティ『21世紀の資本』スライド
http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20141009/1412861233http://cruel.org/books/capital21c/Piketty2014Capital21cJapanese.pdf  




*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-25

 #2948 『資本論』と経済学(12) : 「学としての『資本論』体系解説」 Jan. 29, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-30

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