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#1984  歯舞コンブの浜 初夏 (1) June 23, 2012 [ちょっといい話]

 6月19日(火)からはじまった「―初夏」は北海道新聞の5回シリーズ記事で、通し番号No.3。栗田記者の企画・取材、記録しておく値打ちのある記事だ。
 コンブ浜固有の語彙やモノを織り込み、それに係わる人を登場させて、いきいきと解説している。こういうところにこの記者の持ち味があったのだとようやく気がつく。みればいい花が咲いている。

 紹介した浜の語彙は・・・カギ棹
 「長さ13㍍ほどまで成長するコンブが海中を漂う向きに対し、カギ棹を直角に入れて引っ掛けるのが理想。しかし、貝殻島付近は潮が速く複雑なため、コンブの流れも不安定になりがちだ。おまけに、強い風が吹けば船は流される。前浜に比べ経験や技術が必要と言われる理由だ。
 いいところに陣取っても形勢が変わりいつの間にか相手が有利になるときもあり、その逆もある。中堅漁師の飯沢裕樹さん(42)はいう。「潮と風の流れを見極めベストを尽くすけど、その日の状況で漁は変わる。そこに難しさと面白さがある」
 身一つとカギ棹だけを使う肉体労働のコンブ漁は運不運にさらされる心理戦であり神経戦である。」

 初回の記事でカギ棹を「作り手」のほうから紹介したが、今回は「遣い手」の方から解説。美味しいところだけ抜粋させてもらったが、全文掲載したい内容だ。

 中高生諸君、この「春」⇒「初夏」シリーズでオリジナルな視点、問題意識をもって事物や人を観察し続けることの大切さを学んでほしい。もちろんベースの技(書くこと≒読むこと、そして聞くこと)を磨き続けての話だ。
 人の話しを理解するには基礎学力の高さがモノをいう、そのベースは中高生のときに自分で育てるのだから、本を読めそして勉強しろ。

 記事を楽しみながら思い出したことがある。高校生になってからこの地区に友人が何人かできた。カナメ、ケンキチ、マサキ、ヒロボー、一人一人の顔といくつかのシーンが思い浮かびなつかしい。ヒロボーは卒業した年の8月16日に交通事故で亡くなった。浜のあいつらは笑顔がいい。

*#1954 味わいのある記事:「歯舞 コンブの浜 春」 May 30, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-05-30

 #1955 タクヤとカズキのデビュー :「歯舞 コンブの浜 春(下)」  May 31, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-05-31


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#1954 味わいのある記事:「歯舞 コンブの浜 春」 May 30, 2012 [ちょっといい話]

 昨日(5月29日)の北海道新聞根室地域版に載った記事を紹介したい。上中下の三回シリーズの記事である。
 一回目はコンブ獲りの「カギ棹」つくりを取材している。
「長さ10メートル直径12センチほどの(三重県尾鷲産ヒノキの)幹だけを使う」
強いしなり具合がコンブ獲りをいう仕事に最適なのだそうだ。友知の上野造船所でつくっている。一本一本手で鉋をかけて削って仕上げるのだが、原木は歯舞漁協が買い付けている。今年も180本を買い付けた。担当者は責任重大だ。
 貝殻島コンブ漁について「島を実効支配する旧ソ連との民間協定で1963年にスタート」と北方領土問題へもさりげなく触れた。

 コンブ漁はこういう手作りの道具に支えられている。どのように手作りの技術が継承されていくのだろうか。いい目をしていつくしむように原木に鉋をかけている上野さんは66歳だ。職人の手は仕事の集積だ、丹念な仕事を長年やり続けると手そのものが立派な道具と化すから、職人同士なら手を見ただけで腕前がわかるものなのだろう。写真の中の上野さんは両手の太い指でやさしく鉋を握りながら左手の小指側ではそのかかり具合を確かめるように削った木肌をなでている。

 担当記者は赴任して3年目だが、持ち味がでたいい取材だ。今朝の朝刊には船づくりの取材記事が載っていた。

 道新記者はだいたい3年で転勤になることが多い。みなさん基礎能力が高いから、三年目になると根室固有の問題に関心が深まりいい取材記事を連発するようになる、それは残り時間がすくなくなっていることでもある。病院建て替え問題や学力問題の取材に力を入れた前任記者が引き継ぎ、砂時計はひっくり返された。さらさらと砂は2年3ヶ月落ち続けており、残りは四分の一。
 遅咲きの根室の桜は盛りを過ぎて散り始めている。

 力のこもったサブタイトルも紹介しておかねばならぬ。

 カギ棹 しなり独特 漁師の命

 「歯舞 コンブの浜 春」というタイトルはこのシリーズが春⇒夏⇒冬と続くことを予告しているようでもある。担当記者の決意表明を聞いたような気がするのは私だけではあるまい。
 明日の朝刊が楽しみだ。歯舞の何を取り上げたのだろう?

*#1955 タクヤとカズキのデビュー :「歯舞 コンブの浜 春(下)」  May 31, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-05-31

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#1942 旭天鵬優勝おめでとう:最年長優勝記録を更新 May 20, 2012 [ちょっといい話]

 モンゴル出身力士旭天鵬が平幕で初優勝。12勝3敗、栃煌山との優勝決定戦を勝ち抜いての優勝である。
 37歳8ヶ月での優勝は最年長記録更新、その前の記録保持者は同じ友綱部屋だから奇縁だ。

 抱いた賜杯の感触を問われて、
 「重かった」 
 初優勝の感想は?
 「信じられない気持ちです」
 「(緊張で)寝られない時期があったので、昨日も酒を飲んで寝ました」(笑い)
 「さいきんなみだもろいんで・・・」

 うれしそうだ、うれしいだろうな。
 横綱白鳳が旗手を務めるという。これもいい話だ。
 横綱も心の底からうれしいのだろう。


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#1876 川内優輝・藤原新、さわやか落選・当選の弁:ロンドンオリンピック・マラソン Mar. 12, 2012 [ちょっといい話]

 ロンドンオリンピックに出場するマラソンランナー3人が決まったが、高校の現職教師である川内優輝(25)は選に漏れた。福岡国際マラソンで日本人トップだから彼を落とす理由はないが、椅子は三つだけ。

 実業団ではない彼が陸連から嫌われたのだろうというのが大方の見方。市民ランナーからのオリンピック出場の可能性を教えてくれた彼に拍手を送りたい。

 もう一人面白いのは藤原新(30)だが、彼は実業団を抜けてプロのランナーへ転進するも、スポンサーがつかず苦労の末今度の切符を手にした。福岡で川内と一緒に走ったことが励みになったという。
  はつらつとして走り優勝した市民ランナーの川内を間近に見てプロランナーの彼は奮起するものがあったに違いない。

 どちらも独自の道を切り拓いて走り続ける。

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  男なら棘を切り拓いて歩め。
(根室高校の350名の同期にはそういう男と女が何人かいる)

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#1866 オジロワシ20羽、大鷲3羽、丹頂鶴3羽、蝦夷鹿100頭  Mar. 4, 2012 [ちょっといい話]

 日曜日だからワイフと暇つぶしに野鳥を観に出かけた。ネイチャーセンターの反対側のところでエゾシカが100頭ほどの群れをなして草を食べている。春国岱のレストラン、レイクサンセット付近では丹頂鶴が3羽いた。道路に車を止めて何人か見ていた。温根沼にも凍結した沼の上を十数頭の鹿が歩いていた。道路の路肩付近まで出てきて草を食べる鹿もいる。5頭~十数頭の群れはあちこちにいるから、ずいぶん増えているように感じる。

 スワン44へ着いたのが2時20分くらいだった、コーヒーを飲みながら凍りついた春国岱にいる大鷲やオジロワシを観察しようと思ってレストランに入ろうとしたら14:00がラストオーダーとなっていた。営業時間は4時までなのにずいぶん早いラストオーダーだ、冬は客が少ないのだろう。これほど眺めのいいレストランはめったにないから、根室へきたらスワン44で食事をするかコーヒーを飲んで眼前に広がるラムサール条約の春国岱を眺めてほしい。
 お客さんが3名テーブルについて双眼鏡で春国岱を見ていたので、念のためにレストランの人に声をかけて確認してみたが、やはり営業は終わっていた。しかたないので、ソフトクリームを食べながら2羽いた大鷲を双眼鏡でしばらく見ることにした。鹿が3頭向こう岸からこちらへ渡ってくるのが見える。氷が薄いところがあるのではと心配になる。氷が破れたらなかなか這い上がれないから、はらはらする。

 スワン44には大鷲の剥製があるが、これは珍しくオジロワシに似た色だ。肩のところが真っ白なのが大鷲である。尾はどちらも白い。双眼鏡の中に見えていた2羽の大鷲はカラスのように黒く見え、肩のところが真っ白で目立っている。
 スワン44からの視界内には3羽しかいないので、帰り道で道路端に車を止めて観ようということになった。
 レイクサンセットの近くに車を止めて双眼鏡で見たら、オジロワシが20羽ほど雪の積もった海氷上にいる。どういうわけか大鷲が1羽だけ混じっていた。これも色は黒で、肩のところが真っ白。オジロワシはトンビのように茶と白のマダラ色をしているのであまりきれいではない。クァカッカと鳴き声に特徴があるが鳴き声では大鷲とオジロワシの区別はつかない。足も嘴も大鷲はずっと黄色が強い。
 ときどき、オジロワシが数羽飛び立つが飛び方にも特徴がある、体が重いのか海のエイのように羽を大きく上下にひらひらさせながら飛びあがる。高いところから餌を見つけたときは、落ちるように高速で滑空してくる。トンビは少し小型で、羽を動かさずに気流を上手に利用して滑空するように飛ぶ。羽に比べて胴体が小さいのでそういう省エネ型の飛び方が可能なのだろう、羽をあまり動かさないので色は似ていてもオジロ鷲とトンビを見間違うことはほとんどない。

 スワン44に貼ってあった資料によると春国岱・温根沼で大鷲が300、オジロが150羽確認されているという。でも渡り鳥だからそのうちいなくなる。
 桂木海岸付近でも、毎日大鷲やオジロ鷲をみることができる。ワイフは散歩がてらにこれらの鳥やエゾシカ、キタキツネを見ることが多い。

 根室は自然の宝庫だ、全国で暇をもてあましてオジロ鷲や大鷲を観たい人は根室に野鳥観察にいらっしゃい。

 帰り道、3月いっぱいで店を閉め、札幌の桑園に引っ越すというケーキ屋さん(シラサキ)でケーキを買ってきた、食べながらキーボードを叩いていると、部屋にコーヒーの香りが広がって心地よい。
 ワイフはまた散歩に出かけた。1日1万歩が目標値だそうで、雪道でもよく歩く、「消耗品?」の万歩計は3個目。年間2000kmほども歩いている。歳をとると1万歩歩きたくなるものらしい。そういえば昨年亡くなったお袋も徘徊するようになる2年ほど前までよく散歩していた。ドキッ。

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#1864 挨拶は元気よく : 行儀作法  Mar. 3, 2012 [ちょっといい話]

  一昨日のことだが、夕方電話で今日撮影に行っていいかと電話連絡があり、7時半頃どうぞと返事をした。中2の授業が始まってすぐに根室新聞社のカメラマンが教室を訪れた。塾の広告用写真を撮るためだったが、一歩教室に入ったとき、大きな声で女子生徒二人が"こんばんわ"と挨拶したのに皆がつられて唱和した。
 じつに気持ちの好い挨拶だったから、初老のカメラマン氏も皆の笑顔に思わずにっこり、
"元気がいいですね"

 写真を撮り終わって、
"一生懸命勉強してくださいね"
"は~い"
 この生徒たちは明日からでも立派に働けそうだ。

 たまたま三つ揃えのスーツだったから、生徒たちから「先生いつもよりかっこいいね」とほめられた。笑顔で生徒にそう言われるとうれしいものだ。月曜日から金曜日まではスーツで仕事をすることにしているが、土曜日だけはカジュアルな格好である。なんてことはない、東京で仕事をしていたときの習慣の名残である。臨床検査会社のSRLがテイジンと合弁会社をやったときにテイジン側の習慣に倣った。

 社会に出たらはっきり大きな声で挨拶できる人はとくだ。客商売なら気持ちのよい挨拶ができればそれだけで採用を決める社長や人事部長がいるよ。
 慣れの問題があるから機会を見つけて普段から練習しておくことだ。繰り返すことは習慣となり、習慣はいつしかその人の性格を形作り、人格の一部となる。

 たとえば、友達のうちに遊びに行って、家族にあったら、
"こんにちわ、おじゃまします"
 帰るときには、
"さようなら"
とはっきり言おう。

 昔は畳の部屋が多かったから、座って畳に手をついて挨拶したもんだよ。そうした挨拶の行儀作法ひとつで、きちんとした家庭の子だとほめたものだ。

 人を人たらしめているのは「読み・書き・ソロバン」そして行儀作法だ。
 行儀作法は躾けられなければきちんとできないもので、育ちの良し悪しはその人が身につけている行儀作法で判断されることもあるから、挨拶一つをおろそかにしないこと。
 自分の周りに行儀作法のしっかりしているじいちゃんばあちゃんを見つけて、教えてもらおう。口のうるさい年寄りほど大事にしよう。
 先生も口うるさい爺になりかかっているから、大事にしろ。(笑い)

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#1862 西高校生 卒業の挨拶 : 家業を継ぐということ  Mar. 2, 2012 [ちょっといい話]

 今日(3月1日)は市内の道立高校2校の卒業式だった。
 6時頃に教室のドアをノックする人がいた。ドアの窓にかがんでいる頭部が映っていた。誰だろう?大きい男だな。ひょっとして・・・、根室西高校を卒業した生徒が挨拶に来た。
「お、卒業式だな、無事卒業したか(笑い)、おめでとう」
「先生お久しぶりです、卒業しました」

 小学校5年生から高校入試まで来ていた生徒で、数学は学校の宿題だけやる、英語はそっぽを向いてまったくやらない生徒だった。「家業をつぐのに小型船舶免許がいるから試験勉強をする時期が来るよ、少し勉強しておけ」といくら言ってもやらない。自営業の家の生徒は勉強せずとも就職に困るということがないから、家業を継ぐ長男はハナから勉強する気のないものが半数近くいるのではないだろうか。やっかいなことに、マチの仕組み上そうした者たちが将来根室を背負うことになる。実例は枚挙にいとまがないが、個人名や役職を挙げると差しさわりがあるのでやめておく。市政関係者で全国的に著名なある人もそうした中の一人である。
 ニムオロ塾でも優秀な能力をもっていながら高校へ入学してしばらくして家業を継ぐからと勉強をやめてしまった生徒がいた。"がんばれば"であるが北大水産学部くらいなら入学可能な生徒だったが、高校を卒業したらすぐに家業を継ぐと言って勉強をやめた。彼の場合は本当は勉強が好きだったのだろうと思う。勉学への未練を断つように塾を辞めたので止められなかった。サイクリングコースに彼の家があるが、どうしているかなと視線が右に流れてしまう。
 (勉学に励むと、都会で働き家業を継がないことになると親が心配することもある。一時期、一心不乱に勉強して、根室に戻ってきてほしいのだが、なかなかそういう事例は少ない。そういうわたしも家業を継がなかった。(笑い) あんなに流行ったビリヤートと焼き肉屋だったのに、東京へ出て行った私が根室の戻ったのは35年後、オヤジが亡くなってから9年も過ぎてからだった。跡継ぎをなくした家業はとっくに廃業していた。美味しい焼肉のタレのレシピはオヤジ直筆のメモを渡されたが、大甕一杯に作るのに材料費が10万円ほどかかるし、発酵・熟成のコントロールがやっかいなのでやってみる気がしない。なにより美味しい肉を仕入れるルートがない。オヤジはそのルートがなくなると、いろいろルートを試して半年ぐらいで見切りをつけて焼き肉屋をやめた。同じレベルの美味しい肉をお客さんに提供できない、仕入れるたびにかなりの量の肉を捨てていた。仕事に納得が行かなければどんなに流行っていてもあっさりやめる、そういう潔い男だった。仕入れルートの開拓は人的なつながりも重要なのだ。腕のよい職人同士の信頼関係で最良の肉の仕入れができる。片方が亡くなればそのルートはなくなり、別のルートを開拓しなければならぬ。60代後半になっていた親父には新たなルートを開拓するだけの情熱が残っていなかったのかもしれない。なにしろ一人息子が家業を継ぐつもりがないし、肉を扱う修業もしたことがないのだから、あきらめざるを得なかったのだろう。どちらの店も繁盛したのはオヤジとおふくろの努力もあったが、たくさんの常連さんたちが店を利用してくれたからである。そのお陰でわたしは東京で勉学に励むことができたから、ふるさとのマチとたくさんのお客さんたちに感謝している、そうした思いがあったからこ35年間目に根室に戻って来た。十数年はまだふるさとの役に立つことができるとそのとき思った。わたしはオヤジやお袋とは別な能力でふるさとのために尽くせばいいのである。
 人生にも四季がある。勉学の季節、仕事の季節、社会貢献の季節が春夏秋だ。第4の季節、冬は人のお世話にならないと生きられない季節である、その前になすべきことをきちんとしておきたい。)

 高校1年のときにこの生徒と同じ地域に住む同級生がいた。あるとき腕相撲をしたのだが、家業(昆布漁)を手伝っているので引手が強い。握力が65㎏あり長柄の鉞を振り回して身体を鍛えて腕力の強かったわたしでも互角だった。そいつは短大を卒業した年に税理士試験に合格し21歳から税理士をしている。東京有楽町に事務所がある。根室高校生徒会副会長でもあったが、なかなか優秀な奴だった。

 小学5年生のときに市営球場で野球の試合があり見に行った。一人だけ中学生のような大柄の生徒がベンチに入っていたのが後に西高生となる彼だった。あの頃は目がぎらついていたので、将来を心配した。団塊世代の私の周りにもそうした目つきの者が何名かいたので、勉強よりも目が穏やかになることを祈ってそっちを優先した。ガタイが大きい上に家業をずっと手伝っていたようだから腕力が強い、暴れ者になったら半端ではすまない、人に大怪我させることになる。腕力が強ければ強いほど自制心も大きくなくてはならぬ。加速性能の良い車はブレーキ性能も比例してよくないと危ういのと同じである。人間も車もよく似ている。
 だが、根が素直なので余計な心配だった。そちらの性質が次第に勝ってきた。勉強は相変わらず手抜きし放題だったが、目に宿っていたよくない光は中学生になってからだんだん消えて影を潜めた。三年生の頃にはやさしい目に変わっていた。あ~よかったとそのとき感じた、もう心配いらぬ。
 中学・高校とサッカーに明け暮れていた。あのガタイで突進してきたらぶつかられた方はたまらぬ、吹っ飛んでしまうだろう。

 高校に入学してから2ヶ月ほどで連絡が来た。小型船舶免許試験を受験したいが、勉強に集中できないのでどうしたらいいかという相談だった。まさかこんなに早くやる気を起こすとは思っていなかったので驚いた。教室まで来てもらって「根性を決めてやるしかない、とにかく考え込む前に男なら自分でトコトンやってみろ」と言っただけ。表情が真剣だった、「あ、変わった」というのが第一印象だった。勉強しなかったから根室西高校への進学は当たり前のことで、それを正面から受け止め、次の戦を始めている、気持ちが負けていないのである。「そうか勉強が嫌いか、いまはいい、でもな、やるべき時期が来たらやるのが男」と授業の合間になんども煽った。あえなく沈没するだろうから小型船舶の試験勉強を一緒にやってやるつもりだった。試験が済んでしばらくしてから教室に会いに来た。
「先生、合格しました」
 なんと、小型船舶操縦試験に一発で合格した、二人で大笑い。あいつはいい笑顔だった。生まれて初めて勉強に確かな手応えを感じ、自信がもてたのかもしれぬ。
 それから2年半。ガタイは大きい、力も強い。"気は優しくて力持ち"を絵に描いたような立派な男になった。とっくに家業を手伝っている。ご両親もさぞかし心強いことだろう。
 本人の名誉のために書いておくが、根室西高校へ入学してからは大嫌いな英語も勉強して成績はいいほうだったようだ。変れば変るものである。教育は待つこと、ムリに矯める必要はない、この生徒の場合はそうだった。
(いま、中1の生徒を無理やり矯めようとしている。この生徒はそうする必要があるからだ。教育は一人一人の生徒をよくみることからはじまる。)

 海に出るときは防水の携帯電話を身につけろと中1の頃に話した記憶がある。あの頃はまだ防水の携帯がなかったがいまはある。漁をしていると海に落ちることがある。たいがい冷たい海水で心臓が止まってしまうのだろうが、落ちたことを連絡できれば助かる確率はあがる。確認はしなかったが何度も口を酸っぱくして言ったから当然やっているだろう。
「先生は、□□が海へ落ちて死んだなんてニュースは聞きたくないからな、防水の携帯をかならず身につけて海に出ろ」
 あの時だって素直に「はい」と返事したぞ。

 一緒に勉強していた根室高校の仲間のことを心配して、
 「先生、○○○卒業できたらしいよ」
 「そうか、成績だけでなく出席日数も足りないと噂が流れてきたから危ないと思っていた。そうかだいじょうぶだったか、○○○は高校で変われなかったようだな、残念だ。だがあいつだって社会に出たら変わらざるを得なくなる、まだ時間が要るのだろう、おまえは見事に成長したな、うれしいよ」
 一緒に机を並べていた中に釧路湖陵高校へ進学した生徒がいた。医学部志望だったが、どうなったかな。粒のそろった小さな字で書くのが速かった。学力テストで国語がいつも90%以上の得点。できる生徒もできない生徒も和気藹々で机を並べていた。

 教室をのぞいて、
 「わーなつかしいな」
 と一言。補習に来ていた中1の生徒と中2の生徒たちを眺めて帰った。

 「元気にやれよ」
 「先生もお元気で!」
 いい男になった、めんこい生徒である、名前を書いてこういう奴もいるって自慢したいがやめておこう。

 この男は地元に残り家業を継ぐ、ふるさとの将来を担うメンバーの一人になりうるだろう。学力とまっすぐな心根の両方が揃えば一番いいが、一人の人格で両方もてなければ、片方ずつもった人間が集まればいい。

 ニムオロ塾は30年後に古里を支える人材を育成したいとは思うがそうではない、生徒たちはニムオロ塾という坩堝の中に飛び込んで勝手に成長して一角の人材に自らを鍛え上げるのだろう。
 社会人となってどれだけ成長できるか、本当の勉強は卒業の朝からはじまる。 


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#1832 中2学力テスト数学 男子平均71点 Feb. 7, 2012 [ちょっといい話]

 2月3日金曜日に中学1年生と2年生の学力テストが実施された。全教科の採点が終わったところと、まだ2教科遺しているところがある。

 早く来た生徒の一人がニコニコしているので、点数の報告をさせたら数学が90点。いままでそんなによかったことはない。答案をチェックしてみたらよくできているので「ずいぶんわかっているじゃないか、まぐれではないな」と伝えると、喜んでいた。一次関数や正多角形の問題は基本問題に属するものが多かったとはいえ、中3四月の「お迎えテスト」のとき、例年一次関数の出来の悪いことを考えると男子平均点71点は快挙と言っていいだろう。

 前回11月2日の学力テストに比べの中2の生徒は全員数学の点数が上がっていた。90点の報告をした生徒のA中学校では同じクラスから100点が二人、90点以上は10人いたという。11月に比べてテストの問題がすこしやさしかったのかもしれぬ。女子の平均点が低いだろうから、クラス平均は60点前後になるのだろう。

 それにしてもA中学校の数学がこのレベルのまま定着してくれたらうれしい。A校とはわが母校である。授業中騒がしくて先生の声が聞こえないことが多い学校にも変化の兆しアリだろうか?


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#1667 琴奨菊と中島敦『名人伝』 : 大関昇進おめでとう Sep. 29, 2011 [ちょっといい話]

 琴奨菊の大関昇進を祝いたい。
 テレビでどのチャンネルも報じていたが、その表情がよかった。こういういい顔をテレビではメッタに見られない。政治家や官僚でこの半年間にこういう邪心のないいい顔をした人を知らぬ。

*「琴奨菊“万里一空”の境地目指す」デイリースポーツオンライン
http://www.daily.co.jp/sumo/2011/09/29/0004510471.shtml

 「万里一空」は五輪書の一節にある言葉だそうだ。ネットで検索したら「常に冷静な気持ちを保って事にあたるという、状態にあるべきだと指南したもの」と解説をしてくれている人があった。

 中島敦の著作に『名人伝』というのがある。名人の域に達したと自認している修行者紀昌が西の彼方にいる真の名人と言われた老人を訪ねる。紀昌が自分の技倆を見せた後、その老人は紀昌に「不射之射を知らぬ」と告げ、断崖絶壁に張り出した危石の上で今一度射てみよと紀昌に問う。その石に上がり射ようとしたが石がぐらりと動く感じがして小石が先人の谷へ転がり落ちていくのを目の当たりにしたとたんにへなへなと紀昌は石にはいつくばってしまう。

 高所恐怖症の私にはこの場面を想像しただけで這いつくばってしまいそうだし、腰が抜けて断崖絶壁のそんな危ない石の上に乗れるわけもない。
 どのような状況に遭遇しても「平常心」を保ち切るということは至難の業であるということだろうが、この話しには後段がある。紀昌は9年の修行を終えて帰ってきて名人の名をほしいままにするが、弓を手にしない。しまいにはその用途すら忘れて真顔で「これはなに」と人に尋ねるようになる。

 真の名人とは何か、この後段の部分だけでも読んで欲しい。なんという境地だろう、中島敦でなけれ描けないと思わせるシーンだ。
 作者はまぎれもなく稀代の書き手であった、30代前半で亡くなったから「夭折」と言っていいだろう。残念だが、日本文学にこういう書き手は二度と現れそうもない。漆黒の闇に一本明るい線を引いた流れ星のような存在であり、すでに夜空の中に消え去った。彼のように漢文の素養と日本語表現の巧みさを兼ね備えた書き手はもう現れないだろうと思う。私たちに素晴らしい作品をいくつか残して逝った。
 幸いに原文テキストをネット上で公開してくれている。『名人伝』のテキスト原文が載っているURLを記しておくので、ぜひ全文をお読みいただきたい。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card620.html

[ その話といふのは、彼の死ぬ一、二年前のことらしい。或日老いたる紀昌が知人の許に招かれて行つた所、その家で一つの器具を見た。確かに見憶えのある道具だが、どうしても其の名前が思出せぬし、其の用途も思ひ當らない。老人は其の家の主人に尋ねた。それは何と呼ぶ品物で、又何に用ひるのかと。主人は、客が冗談を言つてゐるとのみ思つて、ニヤリととぼけ[#「とぼけ」に傍点]た笑ひ方をした。老紀昌は眞劍になつて再び尋ねる。それでも相手は曖昧な笑を浮べて、客の心をはかりかねた樣子である。三度紀昌が眞面目な顏をして同じ問を繰返した時、始めて主人の顏に驚愕の色が現れた。彼は客の眼を凝乎《じつ》と見詰める。相手が冗談を言つてゐるのでもなく、氣が狂つてゐるのでもなく、又自分が聞き違へをしてゐるのでもないことを確かめると、彼は殆ど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。
「ああ、夫子が――古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てられたとや? ああ、弓といふ名も、その使ひ途も!」
 其の後當分の間、邯鄲の都では、畫家は繪筆を隱し、樂人は瑟の絃を斷ち、工匠は規矩を手にするのを恥ぢたといふことである。]


 "斉藤孝の音読破シリーズ"『山月記』にも所収されているので、紹介したい。ニムオロ塾では小学生の国語の授業で音読テキストにこのシリーズの本を使っている。ルビが振ってあるので、小学生や中学生のいるお母さんたちはこのシリーズの本を子どもに買い与えて欲しい。児童書の世界から大人の世界へとこどもを誘ってくれる。精神の成長にこういう名著がその糧となるだろう。日本語語彙を楽しく豊かにするのにもとっても役に立つ。何より何より内容が素晴らしい。こどもたちと一緒に繰り返し読んでもらいたい。

 思春期にこういう本を読んでいたら、スポーツや勉強がちょっとできたくらいで威張るような狭量な子になることはないだろう。謙虚でまっすぐな広い心をもった大人へと育っていくだろう。
 福島原発事故を振り返ってみて、著名な学者たちが自分の名声や職や研究費のために学者の良心を平気で悪魔に売り渡すことを知ってしまった。マスコミも広告費を払ってくれる大口スポンサーのためなら詐欺ともいえるような偏った報道を繰り返して世論操作に協力することを知ってしまった。これ以上だまされ続けるならそれはもうただの愚か者でしかない。
 世のため他人のためにならぬことには敢然とノーといえる人格をつくり上げることは楽なことではないだろう(「敢為和協」はわが母校根室高校の校訓)。情けない学者やジャーナリストを出さないためにも、子どもの頃にこういう本を読ませてワクチンとしておきたい。

斎藤孝の音読破〈5〉山月記 (齋藤孝の音読破 5)

斎藤孝の音読破〈5〉山月記 (齋藤孝の音読破 5)

  • 作者: 中島 敦
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2005/04
  • メディア: 単行本



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#1662 サンマと黒マグロ Sep. 24, 2011 [ちょっといい話]

 今宵はちょっと冷え込んでいる。21時半頃合同庁舎前の気温表示板は10.2度だった。

 高校の同級生が3時頃、玄関を開けて顔をのぞかせ、
「○○、居るか?サンマ食うか?入れ物もって来てくれ」
「おう、ありがとう!」
 車に型の大きい旬のサンマをたくさん積んでいた。「好きなだけやるぞ」と言いながらゴム手袋をして氷水の入った容器の中からサンマをつかんでステンレス製のボールに入れてくれた、鷹揚なものだ。根室に住んでいるとご近所からいただくこともある。「サンマあるからあげるよ!」「ごちそうさま!」である。たいてい、朝荷揚げされたばかりの新鮮なサンマだ。鮮度はもちろん「一本立ち」。

【感覚の違いと送り先への配慮】
 東京人には理解できないだろうが、もらったら「ありがとう!」の一声だけでいいのである。ねむろっ子から旬のサンマを送ってもらったら、電話で「届いたよ、ありがとう!」だけで十分なのだ。お礼の品物など送ってはいけない。美味しい秋刀魚を食べてもらいたいだけだから、お返しは不要、そんなことをされたら恐縮して次から送れなくなる。
 40年来の生粋の東京人の先輩にあるとき活きの良い秋刀魚を食べて欲しくて送ってから到着する前に電話したら、「君から贈り物をいただく理由がない」と叱られたことがあった。言われてみればそうかもしれない。秋になって脂の乗った美味しい秋刀魚をみると知り合いの顔が浮かび突然送ってみたくなったりするのだが、事前にきちんと相手に説明して了解してもらうべきなのだろう。こちらとしては根室のノリで「あげるよ」「サンキュー」ぐらいのつもりだから、「これから送るけどいいかい?」なんて連絡はなんだか出し惜しみするようでいけない。ここはどうしても「送ったよ、旬の根室の秋刀魚食べてくれ!」と言いたいのである。
 でも「食べてもらいたい」という気持ちだけではダメだろう。「売り手よし、買い手よし、世間よし」と言っているのに送ってもらう人が迷惑ならそれは「買い手(もらい手)よし」にすらならぬ。最悪の場合はもらった相手が始末に困り、生ゴミ=「世間悪し」となる。これは大迷惑だ、まだ東京は暑いから生ゴミの臭いは半端ではない。
 都会ではレンジで魚を焼かないお宅も多いだろうから、30匹も一度にもらっても迷惑になる。ねむろっ子の家には魚専用の冷凍庫があるが都会でそういうものがあるお宅はほとんどないから、やはり相手の事情も想像しなければいけない。事前に電話で「迷惑でなければ送りたいけど、・・・旬の秋刀魚食べてもらえるかな?」と相手の了解をもらうぐらいの配慮は必要だろう。秋刀魚が好きだったら奥方が冷凍冷蔵庫の冷凍スペースを半分空けてくれるかもしれない。

 このところご飯のおかずは焼いたサンマ、つみれ汁、大葉を載せたつみれのかまぼこ風などサンマのおかずが多い。好きなものはいくら続いても飽きないからいい。
 花咲港では一日に3000トンもサンマの揚がる日が2度もあったようだ。市場とトラックはてんてこ舞い。

【黒マグロが獲れた】
 ところで、定置網に34キロの黒マグロがかかったというので、駅前の海鮮市場で女房殿が買って来てくれた。仕事が終わって22時近くの夕食のおかずに刺身で食べた。ナマなので色がとってもきれいで、味も格別だ。冷凍モノとは比べられないくらい美味しい。

 新鮮な魚を食べるとき、ふるさと根室っていいな、そう思う。サンマもマグロも、ご馳走サンマ。

(サンマは鉄分があって身体にいいそうだ。貧血気味の私には適した滋養食品だ。Hirosukeさんがブログでサンマに鉄分の多いことを書いてくれてことがあって知った。サンマがあると余計に箸が進む。アサリや牡蠣も鉄分が多いそうだ。牡蠣は湾中のものが癖がなくってとっても美味しいし、アサリも地元温根沼(オンネット)のものが最高だ(実はレバーやほうれん草が苦手である))


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