So-net無料ブログ作成
経済学ノート ブログトップ
前の10件 | -

#969 日本人の矜持(2):経済学への示唆  Mar.23, 2010 [経済学ノート]

(『国家の品格』の次に中1の音読テクストに何を取り上げようかと思って、藤原正彦著『日本人の矜持』を再読してみたら、藤原正彦がアダム・スミスの経済学の前提条件=経済学の前提条件に関する根本的な疑問を述べた箇所にぶつかった。
 最近読まれている弊ブログ記事をチェックしたら6年前の2010年3月23日に該当箇所を引用しコメントしてあったことに気がついた。それで、再アップをしようと思った。
 行き詰まりを迎えている経済学への数学者からのたいへん鋭い疑問である。わたしは昨年1月に「資本論と21世紀の経済学」で、藤原氏の疑問に応えたことになる。藤原氏の疑問に真摯に応えることのできる経済学者が日本にいれば議論ができて楽しいだろう。
 なにはともあれ、経済学の前提=経済学の公理公準を日本的職人仕事に置いて、四百字詰め原稿用紙換算600枚ほどを書き連ねた。日本発の新しい経済学の誕生である。興味のある人のために、「資本論と21世紀の経済学」のURLを貼り付けておく。・・・2016年2月24日記す)
----------------------------------------------

  数学者とはすごいものだ。慧眼の数学者は岡潔だけではなかった。一つの学問分野を深く掘り抜けば、他の分野へも通底するものがある。
 藤原正彦はA.スミスの経済学へ次のような根本的な疑問を投げかけている。わたしは経済学にこのような根本的な疑問を投げかけた経済学者を寡聞にして知らない。

 (アダム・スミスの)予定調和でこの社会が巧く回っていく、と。しかし、そこにあるのは結局は経済の論理だけなんです。人間の幸福ということはどこにもない。市場経済もまったく同じです。いま、何をするにも「消費者のため」と言いますよね。消費者がよいものを安く買えることがもっとも大切だ。たとえばお米を安くするためには自由貿易を推進してお米をどんどん輸入するのがよい。そうすると日本から百姓はいなくなって、美しい田園が全部なくなってしまいますが、そうなっても仕方がない。消費者が半分の値段でお米を買えればいいじゃないかと、そういう論理です。
 はっきり言ってしまうと、経済学の前提自体が根本的に間違っている。人間の幸福ということは全く考慮にない。人間の金銭欲のみに注目し、個人や国家の富をいかにして最大にするしか考えていない。ものすごい天才が出てきて、経済学を根本的に書きかえてもらわないと、地球はもたないと思います。
 産業革命以来、西欧は論理、合理を追求しすぎて、「人間の幸福」ということを全部忘れてしまった。(106ページ)

 
 この箇所を読んだとき、日本の経済学者は誰一人このことに気づいていないのに、なぜ数学者である藤原正彦氏が気づいたのか、その目の確かさに驚いた。
 ユークリッド原論は数学者の常識に属するから、経済学の出発点の誤りが体系全体へ及んでいるというのは学問体系の相似性から言いうることで、むしろ当たり前のことだったが、経済に関心をもつすぐれた数学者がいなかった。
 その一方で次のような疑問がわく。経済学者、とりわけ日本の経済学者たちはなぜこのことに気づかなかったのだろう?
 簡単に言えば自分の頭で考えていないからだろう。ある種の能力がないとも言い切ってよいかもしれない。スミスやリカードやマルクスやケインズの目でしか経済現象を見ていない、誰一人自分の目で見ていないのである。どこか学問をやる根本的な視点がずれている。経済学に限らずそういう「学者」が多いのは事実だろう。話はそれるが林望『知性の磨き方』(PHP新書)を読んだときにも、学問への姿勢に違和感を感じた。

 わたしがこのことに気づいたのは学部の3年生のときである。会計学科にいながら哲学の教授のゼミでマルクスの『資本論』や『経済学批判要綱』を読み、その労働観に違和感を感じていたが、その淵源については考えが及ばなかった。
 もともとは高校2年のときに『資本論』を読んだことがきっかけだ。100ページほど読み進んだが仕組みがわからなかった。早熟な高校生だった。ちょうど出版され始めた中央経済社の『公認会計士2次試験講座』をとって公認会計士の勉強を始めた頃のことだが、簿記論と会計学と原価計算論はもう二次試験レベルの参考書が十分理解できるだけの専門知識があった。監査論はつまらなかったが、たぶん会計学の力が弱かったせいだろう。やり始めた経済学は近代経済学だったが、興味が広がり『資本論第1巻第1分冊』を読んでみたが、さっぱり理解できない、体系がまるで見えてこなかったのである。大きな森に迷い込んだような感覚があった。公認会計士二次試験講座の近代経済学はテクニカルな解説書だから、簿記論や原価計算論に近いものがあったので読んでわからないということはなかった。その延長線上で『資本論』も何とかなると思って読み始めたが、山の高さを感じただけで登る力はないことが次第にわかった。いつの日かリベンジして丸ごと理解してやると心に決めた。学の体系へ興味はそのときに芽生えた問題意識が本である。
 それ以来ヘーゲルの著作を読んだり、体系構成の方法に興味が向かい、高校生としてはかなり背伸びした読書をした。大学(会計学科)へ入学してから興味の向くまま方向転換、哲学の教授のゼミで勉強し、次第に問題が鮮明になった。必要なときには必要な先生とめぐり合うようにできているものだ。人生とは不思議だ、師との出会いは偶然のようでもあり、必然のようでもある。
 大学院でようやく研究に目処がついたが、これ以上『資本論』の体系構成について明らかにしても、学問的な意味が大きいとは思えなかった。どの学者とも、どの学説ともまったく異なる理解をしていたので、どのように説明したらいいのか行き詰まりを感じていたことも事実だ。
 わかったことは『資本論』は『ユークリッド原論』と同じ公理的構成になっているということである。根本概念は「抽象的人間労働」である。そこからさまざまなフィールド(場)が導入され順次諸概念が展開され具体性をまし、概念が現実性へ近づいていく。プルードンの「系列の弁証法」からもマルクスは方法をいただいていたし、デカルトの「科学の方法の4つの規則」も参考にしただろう。しかしそれだけのことだ。問題意識を抱えたまま、民間企業へ就職した。もともと企業経営に興味が強かったからだ。のめりこむように仕事した、あっというまの25年だった。

 当時はマルクスの「抽象的人間労働」に根本的な瑕があることを見抜けなかった。西欧の学問にのめりこみすぎていて客観視できなかったのだろう、いまになってわかる。30代になり自分の内部では東洋回帰が始まった。西欧経済学への行き詰まり感がそうさせたのかもしれない。原始仏教経典『阿含経』『スッタニパータ』などを読み始めたのがきっかけだった。日本古代史にも関心が向かった。運よく『ほつまのつたえ』原典が出版され、購入できた。話しがそれるので東洋回帰はまた別の機会に書こう。

 気がつくと、マルクスの『資本論』や『経済学批判要綱』は理解する対象から、乗り越えるべき対象へと変わっていた。とにかく私は全く別の経済学を創りたかった。学の出発点を変えることで別の体系ができることは承知していたが、対置すべき根本概念が見つからなかった。何を学の出発点に措定すべきかが見えてこなかった。まだ、時期が早い、漠然とそう感じていた。当時は明らかに力不足で自分の手に余るテーマだった。
 ようやくこの数年、日本人の労働観がヨーロッパのそれとは違うことに気づいた。25年民間企業で働き、自らの体験を通して、現実の労働に「労働疎外」という感覚のまったくなかったことを理解した。気がつくのが遅すぎるが、それだけA.スミスやリカードの影響が強かったのだろう。そういう古典派の学説を頭の中から払拭し、自分の目で経済現象を眺めるためには20年という「発酵」(冷却?)期間が必要だった。
 もちろんマルクスは日本人の労働観を知らない。彼と私では労働に対する概念がまるで違っている。根室で生まれ育った私がイメ-ジする「森林」はミズナラや白樺や松を想像するのに東京人がイメージする「森林」は杉をイメージするぐらい、同じ「労働」という概念について、マルクスと私では違っている。
 複数の業種での仕事を通じて、自己実現、雑念や私欲を削ることがいい仕事につながることがわかった。人間疎外とは正反対の自己実現の労働の世界が、そして私的利益の拡大を至上命題とする経済活動とは異なる価値観が日本にはある。
 近江商人の商道徳、「売り手よし、買い手よし、世間よし」や住友家の「浮利を追わず」などにみられる西欧との商道徳の違いが経済学体系に及ぼす重要性がわかり始めてきた。江戸期の米相場で生まれた先物取引に関する考えも、200年以上遅れてできた欧米の先物取引市場とは正反対である。米相場における先物市場は儲けの手段ではなく、リスク回避の手段だったし、江戸期はそのように運用されていた。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の世界である。売り手がよければ他は全滅してもかまわないというヘッジファンドとの違いが際立つ。

 日本から異質な労働観に基づく経済学が始まる、そのことはたしかなことに思える。


*#967『日本人の矜持(1):和算 江戸期の数学 関孝和と行列式 経済学』
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-03-21-1


#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 ">


*カテゴリー「資本論と21世紀の経済学第2版」へジャンプ
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/archive/c2305649185-1

 
  #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015

 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015  

  #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015  

  #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015    

  #3213 グローバリズムを生物多様性の世界からながめる(Aさんの問い) Dec.28, 2015 

  #3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016

 #3217 日本の商道徳と原始仏教経典 

 #3236 株価暴落で日銀総裁と安倍総理が会談 Feb. 12, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-02-12





      70%       20%      
 
日本経済 人気ブログランキング IN順 - 経済ブログ村教育ブログランキング - 教育ブログ村



(2010-03-23 11:12:02)

日本人の矜持―九人との対話 (新潮文庫)

日本人の矜持―九人との対話 (新潮文庫)

  • 作者: 藤原 正彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/12/24
  • メディア: 文庫

#3175 市民社会派の諸説 Nov.13, 2015 [経済学ノート]

 マルクス経済学では市民社会派と呼ばれる一群の経済学者がいる。内田義彦先生や望月清司氏、平田清明氏、哲学畑からは廣松渉氏をあげれば十分だろう。
 彼らは、『経哲草稿』『ドイツ・イデオロギー』『経済学批判』『経済学批判要綱』を取り上げ、マルクスの歴史認識を俎上に載せる。
 当然、ヘーゲル『歴史哲学』との関連も問題にせざるをえない。

 こういう方向でのマルクス研究が経済学としてどういう意味をもつのか、あるいは意味をもたないのかはっきりさせておきたい。「資本論と21世紀の経済学」の立場からの市民社会派の諸論批判ということになる。
 マルクスは『資本論第1巻』を書き進むうちに、経済学諸概念の体系化にヘーゲル弁証法が暗礁に乗り上げたことに気づき、資本の生産過程以降を書けなくなる。それがどういう問題を孕んでいたのかについて、宇野派も市民社会派も気づくことがなかった。

 市民社会派は『資本論』の体系構成法(廣松渉氏は「体系構制法」と書いている)については、スルーしてしまう。望月氏は『資本論』には自分の力が及ばないことを『マルクスの歴史認識』で正直に吐露している。
 『資本論』の体系構成法が明らかになると、市民社会派の論は成り立つのだろうか。一度整理する必要がある。

 内田義彦先生の諸著作と廣松渉氏、平田清明氏、望月清司氏の本をいま一度読み直さなければならない、手間がかかるが面白いことになりそう。

 いま手をつけている「認知症と介護」に関する仕事が終わってからやってみたい。


 #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-08-15

 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-09-01-1

 #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-10-01

 #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-10-23

 #3170 地に落ちた日本の伝統的商道徳:三井不動産と旭化成建材 Nov. 4. 2015
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-11-04

 #2501 フクシマ原発周辺住民Mikoさんのビデオ証言 Nov. 17, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-17-2

 

      70%       20%      
 
日本経済 人気ブログランキング IN順 - 経済ブログ村教育ブログランキング - 教育ブログ村


新版 経済学の生誕

新版 経済学の生誕

  • 作者: 内田 義彦
  • 出版社/メーカー: 未来社
  • 発売日: 1994/02
  • メディア: 単行本
経済学と歴史認識

経済学と歴史認識

  • 作者: 平田 清明
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1971/08/30
  • メディア: 単行本
マルクス歴史理論の研究

マルクス歴史理論の研究

  • 作者: 望月清司
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • メディア: 単行本

#2918 見えてきた対立軸 経済アナリスト森永卓郎氏の意見 Dec. 23, 2014 [経済学ノート]

 経済アナリストがどういうバックグラウンドをもっているのかよく知らないのだが、経済アナリストを自称する森永卓郎氏はタレントでもあるが、東大経済学部卒の獨協大学経済学部教授だ。ニコニコしながら時々いい加減なことも言うが憎めないキャラである。
 12月20日のNHKラジオ番組「ビジネス展望」での彼の意見を紹介する。

 今回の選挙は自民党は3議席減らして291議席である。今回の選挙結果を通して国民の大きなニーズが見えてくる。
 維新の会は当初惨敗と言われていたが比例区で盛り返したのは「身を切る改革」、「行政改革」を選挙戦に入ってから言い出したからだ。
 次のように数字を挙げてその必要を裏付けてみせる。
 ①今年度の歳出アップは2.2兆円、過去10年の平均値は4000億円
 ②今年度は7-9月期の落ち込みが予想以上だったので経済対策としてさらに3.5兆円の追加補正予算が組まれる
 ③合計5.7兆円の歳出アップとなる
 ④4月の消費税増税で増収は4.5兆円
 ⑤差し引き1.2兆円(4.5-5.7兆円)の財政悪化

 結論から言うと、政府は消費税を3%増税して、「大盤振る舞い」をして財政をさらに悪化させたことになる。もちろん法律上は消費税アップ分は社会保障費に使うことになっているのだが、使ったのは2000億円のみ。借金返しの財源でもあったはずだが、借金はさらに増え続けている。
 森永氏は歳出増大「大盤振る舞い」の事例を二つだけ挙げた。
 (1)前年比21%アップ:国家公務員の冬のボーナス
 (2)前年比25%アップ:国会議員
 これでいいのだろうかと森永氏は問う。公務員給与やボーナスは50人以上の事業所を対象として調査した給与に基礎を置いて計算している。事業所規模で50人というのは会社当たりではない。大企業の支店や営業所を含んでいる。こうし規模の事業所はいわば「勝ち組」である。勝ち組に処遇を合わせること自体がおかしいと森永氏は言う。そして「すべての企業平均値」を処遇の基礎にすべきだと言うのである。それだけで国家公務員給与は2割削減でき、歳出削減によっておおよそ1兆円の財源が捻出できる。退職金や年金も「すべての企業平均」を基礎にすると3割ほどもカットできると言う。
 社会保障費が年々増えていくから増税は仕方ないにしても、大盤振る舞いをしていたらいつまでたっても財政再建ができない。歳出削減による「身を切る改革」「行政・財政改革」を断行すべきだ。

 もうひとつの論点はタカ派の次世代の党が消滅に向かい、平和主義を唱える公明党と日本共産党が議席を伸ばしたこと。国民が平和主義を支持したというのである。
 さらに自民党の政策へ沖縄全島が反旗を翻したということを挙げている。小選挙区では自民党が全滅、沖縄県民は自民党の政策を支持していない。これは普天間飛行場の移設問題で政党を乗り越えて政策調整が成功したからだ。

 これらの点を踏まえて、次の2016年参議院選挙が正念場となると森永氏。それまで野党間での政策調整ができるかどうかが決め手になるのだそうだ。

<ここからebisuコメント>
 国債発行残高は1000兆円を超えた。貿易収支は赤字を続けている。経常収支も来年度には赤字になりそうである。ロシアがルーブル安対策で金利を16%に上げたがルーブル安がとまらない。米国も金利上昇へと舵を切る。日本で長期金利が上がれば政府財政は破綻する。

 夕張市が25年計画で累積赤字の解消をしつつあるが、それは市職員のリストラ、市立病院閉鎖、残った職員給与3割削減、人口の大量流出、地元信金の消滅など痛みを伴う改革の実施によって支えられている。
 痛みを伴う改革、身を切る改革を実行しても、夕張市のようにいずれそうなることは避けようもないだろうから、国家公務員や地方公務員のみなさんがこぞって身を切る痛みのある改革を受け入れるとは思えない。破綻は来るべくして来るのである。
 さてアベノミクスのツケは国家公務員にだけ回るのではない、地方交付税交付金も半分以下に減額せざるをえなくなるから地方公務員も同じことだし、国債を大量に保有している保険会社や信託銀行、大手も中小の銀行も大きな痛手を受け、最終的には国民にツケが回ってくる。国債の暴落と大幅な円安による物価高騰。いや、円安による物価高騰はもうはじまっている。

 アベノミクス、このままでいいのだろうか?
-----------------------------------
<円安の影響:1ドル120円>
 外国為替が今週120円/$を超えた。第二次安部政権の誕生は2012年12月26日のことである。その直前2012年11月は80円/$だったが、2年と1ヶ月前に比べて50%の円安である。
 ガソリン価格は当時ハイオクで158円/㍑していた、レギュラーだと148円くらいだっただろう。先月11月にガソリンを入れたときにレギュラーで153円/㍑だった。
 原油価格(ブレント)は2012年11月は108$/バーレルだった、2014年11月は78$である。今月に入って60$台を動いている。
 仮に為替が80円だったとしたらガソリン価格がどれくらい値下がりしたか計算してみよう。

  158円/㍑*78$/108$=114円/㍑
*原油価格の推移 http://ecodb.net/pcp/imf_group_oil.html

 28%の値下がりである。ハイオクで114円、レギュラーだと104円付近の価格ということになる。灯油も同じ28%値下がりしただろう。専門家の予測によると、中国やインドそして欧州の景気が悪いので需給が緩み来年度は60$台を推移するようだ。
 円安というのは日本の国力の低下、円高は日本の国力の上昇と考えたらいいのである。だから一国の総理大臣の地位にある者が円安(国力低下)誘導を叫ぶなどというのは狂気の沙汰に感じてしまう。
 円安が国民生活にとっていいわけがない、輸入品の価格は安倍政権前に比べて円価換算ですでに1.5倍に上昇している。輸入産業は青息吐息だろう、中小企業はコストアップ分を製品価格に転嫁できずにあえいでおり、とても賃上げどころではない。景気が好いのは全産業の14%を占める輸出産業の一部である。いったいどこがいいのだろう?
---------------------------------------

 森永卓郎氏の面白いところは、以前はかれは景気回復のためにもっと大型予算を組むべきだと声高に主張し成長路線に大賛成、アベノミクス礼賛派だったのだが、以前の主張などどこ吹く風でころころ意見を変えて恥じないところが、融通無碍でかわいいのだと思う。
 ご用心、半年後にはまったく別の意見を述べているかもしれない。経済学をきちんと勉強していたら、これほど節操のないことは言えない、そこが森永氏の強みである。

 経験科学であるところが経済学の限界、未来がどうなるかは神のみぞ知る、経済学者の知るところではない。
 日本では浮利を追ってはいけないという商道徳が普遍的なものとして受け継がれてきた。ところが異次元の金融緩和と大量の国債増発をがんがん実行するアベノミクスは浮利を追う行為そのもの、日本人が何百年も戒めてきたことなのである。理由は簡単だ、浮利を追ったら必ず破綻するからだ。もっと地道なことに精を出すべきだった。

<職人仕事に基礎をおいた経済社会という現実的な選択肢>
 マルクスの労働概念は「苦役」、日本人の仕事観は「歓び」、働くとは「傍(はた)を楽にすること」。人類は経済的欲望を抑えなければならない。お金中心の経済社会を卒業して、職人仕事中心の経済社会(職人仕事経済社会)の扉を開ける時期が来ている。
 いったんクラッシュした後に、どういう経済社会へと向かうのか、そこが正念場である。そのために職人仕事中心の経済学を書き残しておきたい。マルクスの『資本論』が想定する工場労働とは対極にある職人仕事を中心とした経済社会のビジョンを明らかにしておきたい。
 少子高齢化と人口減少が加速的に進行する日本、あらゆる産業技術が揃っている日本、高度な産業社会を維持しながら自給自足が可能な日本、考えようによっては日本は新しい経済社会へ向けて先頭を走っている。

■ 小欲知足
■ 「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」に「従業員よし、取引先よし」を加えて「五方よし」


---------------------------------------
政党別議席推移データ
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5235.html

衆議院総選挙政党別獲得議席の推移
 2003年2005年2009年2012年2014年
小泉政権郵政選挙民主へ
政権交代
自民が
政権回復
アベノミ
クス解散
議席数計政党計480480480480475
自民党237296119294291
民主党1771133085773
その他667153129111
小選挙区自民党16821964237223
民主党105522212738
その他2729153634
比例代表自民党6977555768
民主党7261873035
その他3942389377
(注)2014年の小選挙区自民党には選挙後の追加公認1名を含む
(資料)総務省自治行政局「衆議院議員総選挙結果調」など


---------------------------------------

*#2910 自民圧勝の後に来る経済・財政の重大な危機 : 日本文明の再生 Dec. 15, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-12-15

 #2906 民主主義の危機:衆院選投票率は最低を記録か? Dec. 13, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-12-13-1

 #2892 スタグフレーション突入とアベノミクス Dec. 1, 2014
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-11-30-1

*#2879 アベノミクスはバンザイノミクス: ゴールドマンサックスの見解  Nov. 23, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-11-23-2

 #2878 選択肢のない北海道7区:衆議院議員解散総選挙 Nov. 23, 2014
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-11-23-1

 #2850 'Promoting women at work'1-2 :女性大臣二人辞任 Oct. 22, 2014     
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-10-22

 #2849 'Promoting women at work' :2女性大臣辞任 Oct. 22, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-10-21


 #2838 円安評価をめぐる経済界と日銀のズレ:山口義行教授 Oct. 14, 2014  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-10-13-1

 #2775 内閣府「国民経済計算4-6月期」データ解説 Aug. 13, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-08-13

 #2774 'Bad inflation' shadows Japan (悪性インフレの陰りあり) Aug. 13, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-08-12

 #2770 「経済成長の天井」:日本総研山田久調査部長の論  Aug. 11, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-08-11

 #2766 疑問符がついた景気回復の先行き Aug. 9, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-08-09

 #2759 有効求人倍率1.1倍、19ヶ月連続上昇 Aug. 5, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-08-05

 #2753 上海福喜食品対米国産牛肉:どっちもどっち? july 30, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-07-30

 #2742 藤原直哉(前編):物価と景気動向⇒二番底が来る July 21, 2014
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-07-20-1

 #2731 10年間で33%農業人口が減少している日本の農業 July 11, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-07-11

 #2729 年金基金の運用資産が130兆円から210兆円に増える:危うい株式投資 July 9, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-07-08

 *#2719 'Bad inflation' shadows Japan (悪性インフレの暗い影が日本を覆う)  June 28, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-28-2

*#2715 GPIFの株購入と銀行保有リスク資産に関わるBIS規制変更 June 25, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-25

 #2702 残業代をゼロにする"ホワイトカラーエグゼンプション"③:公務員は別扱い June 10, 2014   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-10

 #2701 残業代をゼロにする"ホワイトカラーエグゼンプション"② June 9, 2014  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-08

 #2699 残業代をゼロにする"ホワイトカラーエグゼンプション"① June 6, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-06

*#2693 鎖国をして国内雇用を確保しよう May 31, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-05-31

 #2669  成長戦略:規制緩和を考える May 7, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-05-05

・・・


  #2245  円安はそんなにいいことか? Mar. 17, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-03-17

  #2185 各論(3):'Abenomics' Jan. 24, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-24

 #2170 各論(2):貿易収支赤字転落⇒? Jan. 3, 2013 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-04

  #2169 各論(1):国債暴落の可能性とその影響 Jan.2, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-02

 2168 歴史認識を欠いた安倍新政権の歴史的役割(2):蔵相高橋是清暗殺 Dec. 31, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-31-1

 #2164 歴史認識を欠いた安倍新政権の歴史的役割は何? 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-28

 #2158 自民党圧勝294されど第2の危機民主党惨敗  Dec.17, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-18

 #2144 成長路線と金融緩和の罠 : 衆院選挙でナイトメアがはじまる 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-11-30

 #1828 ゼロ金利の罠: Fed targets and transparency Feb. 3, 2012
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-02-03

 #829 国家財政破綻の瀬戸際  Dec.12, 2009
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2009-12-12

 #346 これから10年間の日本経済のシナリオ
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2008-10-10 





にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ
にほんブログ村


#2910 自民圧勝の後に来る経済・財政の重大な危機 : 日本文明の再生 Dec. 15, 2014 [経済学ノート]

 安倍総理の選挙戦略はなかなかすばらしいものだった。経済悪化が誰の目にもハッキリする前に勝負に出た。この勝負は安倍総理の勝ちだ。ずるく立ち動いたって勝てばいい、そういう意味では党利党略を最優先した実に見事なタイミングの解散総選挙だった。

 しかし、そのずるさがあたりすぎて投票率は最低の52.66%、戦後最低だった前回よりも6.66ポイントのマイナスとなった。たまたま6が3つ並んでいるが昔のホラー映画(オーメン)でそういうのがあった。
 ニュースでは自民党の得票率がまだ出ていないが、前回の24%からさらに下がって22%台が予想される。国民の4人に1人以下の支持しかないのに小選挙区と比例区合わせて61.3%、291議席を獲得した。こうして現行の選挙制度が民意を反映しないものであることが二回の衆院総選挙ではっきりした。
(小選挙区の自民党の絶対得票率は24.5%、議席数は75%だった―16日追記)
 日本列島に私たちの祖先が住みついてから営々と文化を受け継いで、縄文時代以来1.2万年の歴史があるが、はじめて人口減少時代を迎えている。だからかつてのような経済成長はありえないのである。日本列島の文明が初めて経験する人口減少時代という大転換に突入しているという大きな歴史認識が必要なのだろう。
 生産年齢人口もすでにピークを超えて200万人以上減少しているし、高齢化と少子化が同時進行中である。そして非正規雇用割合が40%を超えて、若年労働者の貧困化が進んでいる。財政は赤字の度合いをますます大きくし、国債残高はついに1000兆円を超えた。
 日銀が本日公表した大企業の景況感は悪化に転じた。

 自民圧勝だが、問題はこの後だ。これからアベノミクスの瓦解がはっきりし、安倍総理の苦悩が始まる。体調を崩して以前のような突然の辞任というような事態が起きないだろうか?

 四月の統一地方選挙までに、さまざまな経済統計指標の悪化がアナウンスされるだろう。「道半ばだからアベノミクスの成果はこれから」という言い訳がもうじきできなくなる。
 わずか22%の得票率しかないのに60%を超える議席を獲得した政権が民意の支持のないのは明らかで、それを無視して独走すれば、経済指標の悪化の度合いに応じて内閣支持率が急激に下がっていく。

 TPPは最悪の選択だ。歴史の大転換期にふさわしい処方箋ははっきりしている。国内に生産拠点を取り戻し、若い人たちに正規雇用を確保するために強い管理貿易(鎖国)政策の導入に踏み切ればいい。粛々と経済縮小を受け入れ、国内生産・国内消費の自給自足型経済システムを創りあげることができるのは世界中で日本だけだろう。日本には世界の先端を行くほとんどの産業技術が揃っているからだ。
 伊勢神宮では式年遷宮(20年ごと)で内宮と外宮の正殿を建て替える。正殿と14の別宮社殿を立て替えることで1300年間建築技術を伝承しているのである。建て替えという仕事をつくることで技術の伝承を確実なものにする、その結果1300年間神社建物をつくる技術が連綿と受け継がれてきた。
 いまなら団塊世代が継承し貯えてきた技術を若い人たちに伝承できる、そのためには国内に生産拠点がどうしても必要だ。

 安倍内閣は支持率が下がり、総理は立ち往生することになるが、それでいい。そのあとに経済社会の大転換を図れば、ぎりぎりで間に合うことになる。

 圧勝の後にピンチあり、そしてピンチの後にほんとうのチャンスが訪れる。


-----------------------------------------------
<弊ブログ#2669「成長戦略:規制緩和を考える」>抜粋引用
 わたしは縄文時代からカウントして1.2万年の日本列島の歴史で、はじめて迎える人口減少時代に、成長戦略なんてナンセンスだと考えている。思いっきり単純化してみたら誰にでもわかる。

     一人当たり国民所得×生産年齢人口=国民所得

 老人の年金収入もあるじゃないかなんてことは無視、大雑把な話の方がよくわかるから細かいことは言いっこなし。稼ぎ手が減れば基本的に国民所得は減ると考えよう。
 非正規雇用が増えれば一人当たり国民所得は減少するし、生産年齢人口(15~64歳)は激減し始めているピークには8700万人いたが2040年には6000万人を割るのである。一人当たり国民所得が横ばいでも国民所得の合計は3割も減少する。消費が26年間で3割以上減少するということだ。所得だけではない、電気もガスもガソリンも燃料用灯油も食料品も消費量が3割減る。人口縮小時代には原子力発電なんて無用の長物と化す。原発維持がしたくて成長路線を声高に言っているのではないのか。
 そういう人口減少時代にGDPをいまの規模で維持できるわけがない。だから成長戦略は幻である。成長ではなく減速戦略あるいは縮小戦略に切り換えるべきだ。そういう観点から日本経済を見直してみた方がいい。
・・・・・
-----------------------------------------------


*#2906 民主主義の危機:衆院選投票率は最低を記録か? Dec. 13, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-12-13-1

 #2909 衆議院議員選挙投票所の様子  Dec.14, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-12-14-1

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ
にほんブログ村



#2865 マルクスの労働観と日本人の仕事観:学校の先生必読 Nov. 13, 2014 [経済学ノート]

  ブログ「情熱空間」に「面従腹背にして実体化阻止という文化」なる論説がアップされていたので、面白いテーマだからコメント欄に書きこんだ。
 転載してご覧いただいてから、すこしばかり長い捕捉解説をするつもりである。
 
(ブログ「情熱空間」に書き込んだコメントにすこし加筆しました)

http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/7631522.html
=============================

2014年11月10日

面従腹背にして実体化阻止という文化

実体化阻止。

北教組の常套句らしいですね、それ。文科省や道教委の職務命令にことごとく従わないわけですから、別の言い方をするとこうなります。職務専念義務違反。いや、職務命令違反そのもの。

言いたいこと。かれこれ10年来、我が釧路の子ども達の学力問題を追い続けてきましたが、どうやら教育行政のど真ん中にも、この実体化阻止の文化がすっかり根付いてしまっていて、それがために一向に物事が進展しないと、そうした構図が浮かび上がってきます。またまた別の言い方をすると、こうなるでしょうか。

面従腹背。

面従腹背にして、実体化阻止の文化。そして、その文化は継承され続けてきた。時間切れ終了を待ち、責任を負うことなく、下野して終了。それなのに、ちゃっかりと名声だけは持って帰る。「計画を立て、検証を行います」としながら、まともな計画が立てられないばかりか、検証などやったこともなし。ならば答えは簡単ですね。そこ、ぶち壊してしまえばいい。

《追記》
ebisuさんからいただいたコメント。おお!何と鋭く「本質」を射抜いてらっしゃることか…。私なら、こうはいきません!なぜ、北教組はその存在自体が社会悪なのか。なぜ、その北教組から一刻も早く抜けるべきなのか、その理由がここにあります…。

はは、「実体化阻止」いいネーミング、いい作戦ですね。 
マルクスに限らず労働価値説の真骨頂がここに見えています。サボタージュすればするほど労働者が得をするという考え方は労働価値説そのものにあります。 
面従腹背で業務命令も無視、上司の言うことには「はい、わかりました」とにこにこ顔でやり過ごす。
ソ連の労働者も中国の労働者も大方がそういう働き方をしてきました。 
経済の仕組みが資本主義に変わってしまいましたから、ロシアの労働者も中国の労働者も競って精を出さないとクビです。 

日本の「教育労働者」を自称する人々は、まるで共産主義の国の住人のような意識のままのようですね。 

反社会的な行為です。子どもたちの教育に携わりながら手を抜く、結果がどういうことになるのかよく考えてほしいものです。 

そんなことをしていたら、子ども達も保護者も敵に回すことになる。


《追記2》
そもそも、「信じているはず」のマルクスの理論をちゃんと勉強し、論理武装をした上で主張を展開しているのでしょうか、あの方々は。そこが最大の疑問ですね。そうしたことを何も知らず、クミアイが主張することをただトレースするということは、それを鸚鵡返しと言うのでしょう。以下を論破できる共産党員・社民党員・民主党員(旧社会党系)はいるのでしょうか?ebisuさん、すごいです!

マルクスの労働価値説では、労働は質が同じものと想定されています。それをマルクスは抽象的人間労働とネーミングしているのです。

名人の仕事と半端職人の仕事が同じであるはずがありませんが、マルクスは労働は質的に同じだと経済学体系の端緒(公理公準)で規定します。

労働の量は時間と労働強度の積で計算されるので、「労働者」という立場で考えると労働時間は短ければ短いほどいいし、労働強度は小さければ小さいほどいいということになります。労働は苦役であるという考え方が根底にあるので、苦役は小さいほどよいという結論が導き出されます日本においてはという限定がつきますが、実はこれこそがひどい考え違いなのです

毎日の労働時間を8時間として週5日働き、40万円の給料だとしましょう。
労働時間を勝手に短くすることはできませんから、労働強度を下げれば下げるほど、「労働者」が得をすることになります。労働量を減らして同じ対価を受け取ることができます。
サボればサボるほど得した気分になるから始末に終えません。
放課後補習も労働強度を大きくすることになるし、家へ帰ってから教えている教科に関連して専門書を読み漁ることも、時間当たりの賃金を相対的に下げてしまうことになるので、損だと感じてしまうのです。なにしろマルクスが労働量をそのように説明しているし「労働は苦役である」と説明していますから、そう思うのも無理ありません。
一心不乱に仕事した方が楽しいのに、得をすると勘違いして手を抜くことばかり考えるようになるのです。
マルクスの労働価値説(抽象的人間労働)と労働観はそういう欠陥をもっています。

日本人の仕事観はまったく違います。正月に刀鍛冶が禊をしてから仕事をします。できた生産物は一番よいものが神への捧げものになります。仕事は歓びです。だから、一流の職人が手を抜くことはありません。仕事を手抜きしたら楽しくないし、神様がいつでもどこでもご覧になっているからです。
ひたすら正直で誠実がいいということになります。
日本人の仕事とはそういうものです。たぶん縄文時代から続いている仕事観だと思います。
欧米の労働観はどこかで奴隷労働がその根源にある、だから、労働からの解放がテーマになる。日本人から仕事を取り上げたら、それは「解放」ではなくて、疎外です。仕事をしていた方が楽しい。

《引用終了》
=============================


<教徒は信仰する宗教やイデオロギーの聖典群を自ら読むべき>
 北教組や日教組に入っている先生たちはマルクス『資本論』を読んだことがあるのだろうか?共産主義や社会主義を信奉する者たちにとって、マルクス『資本論』は聖典群の中心にある。

  ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は共に同じ神である造物主(ヤハウェ、造物主、アッラーと名前は異なるが同じ天地創造神)を崇めている。神が同じなら経典群もほとんど共通している。聖書と呼ばれるものを含むこれらの経典群を読まない教徒はいないだろう。
 ところが、仏教徒はお経を読まない人が多いのではないだろうか。僧侶はお経を読むが一般の人は、特定のお寺の檀家の一人ではあっても日常経典を読むことはほとんどないだろうし、あっても難しすぎるからお経の意味を理解して読む人はさらに少ない。特定の宗派に属する熱心な信者は別である。でも、だれもがたくさんの仏教説話を見聞きして知っている。僧侶でお経を読まぬ人はいない。
 神社へ行ったことがあっても、『ほつまつたゑ』や『古事記』や『日本書紀』を読み通した人はほとんどいないだろう。しかし、八百万の神々が棲む国でありたくさんの神々がいることはなんとなく知っているし、生きとし生けるものが共に生きるということを身体に染みとおるように暮らし、正月には神社に参拝して日常の生活の中で伝統的な思想を受け継いできた。実に自然な形で、それは特定の形すらないほどに自然に受け継がれてきた。だが、神社の神職で国の成り立ちを記した『古事記』を読まぬ者などいないだろう。

 さて、日教組や北教組の組合員の皆さんはマルクス教の教徒のはずだが、聖書である『資本論』を読んでいるだろうか?
 いまでは共産党の幹部ですら『資本論』を読んでいるものが少ないと囁かれるほど不勉強のようだ
。三巻五分冊の専門書を読みこなすのは楽しいはずだが、苦しいと感じる者もいる。だから誰かの解釈や言説を鵜呑みにしたくなるのも無理はない。共産党本部の書庫にはドイツ語版の資本論があるようだが、それを借り出して読んだ者はこの数十年ほとんどいないのではないか。肝心要の『資本論』になにが書かれているのかすら知らずに盲目的に信仰するのは「科学的社会主義」の立場から遠く隔たっており、カルトとなんら変るところがない。
 どんな宗教の教徒も、どんなイデオロギーの支持者も、教祖の説いた教えや聖典群は読まないよりは読んだ方がいい。経典群を解説している者たちの解釈がまちがっていることがあるからだ。経典群を読みリーダたちの解釈が正しいか否か一度自分の頭でじっくり考えてみるべきだ

 北教組の先生たち、ebisuと『資本論』勉強会しませんか?
 北海道でマルクス経済学を学びたい若き学徒はどうぞ根室に半年間移住してください。

<異論のある方はコメント欄へ書きこまれよ>
 日教組と北教組の組合員の皆さんは、ここに引用した私の言説に異論があればぜひ自分の意見を弊ブログコメント欄に書かれよ。書いていただいたコメントを粗略に扱うような失礼なことはしない、コミュニケーションが必要と感じるからだ。

<マルクスの労働観と日本人の「仕事観」の相違>
 労働価値説は工場労働者や奴隷労働をその淵源にもつ概念で、労働は本来楽しくないものというのが西欧の経済学の共通了解事項となっている。マルクスは「労働は苦役である」という。北教組の皆さんが基本的に仕事が楽しくない、仕事がきつくなることを嫌がるのはこういう西欧流の労働観にこころが汚染されているからで、少人数学級や労働強度の緩和を声高に主張をすることにも本源的な理由がちゃんとある、しかし、ご本人たちは自覚していない。

 日本人には日本人の伝統的な考え方に基く経済学がありうる。目の前の現実を見れば日本人ならだれにでもわかることが学者にはさっぱりわからない。日本人にとって仕事は誇りであり楽しいものであり、人生の不可欠な重要部分をなしている。
 かように欧米の「労働観」と日本人の「仕事観」はまったく異なっている、異なっているどころか対極にあるというのがebisuの経済学の基本的なスタンス。

<仕事がキツイ!:心の問題はないか?>
 日教組や北教組の主張にあるでしょう、曰く「30人学級がいい!」、「仕事量が多すぎる!」。ほんとうに仕事量が多いのでしょうか?学校はブラック企業ですか?団塊世代のebisuが通った小学校は1クラス60人で1学年6クラスありました。中学校は1クラス55人で1学年10クラス、高校は1クラス50人で1学年7クラスでした。いまでは高校は50年前に比べて1クラス8割の規模ですが、小学校は半分以下の規模になっています。花咲小学校の今年の入学児童数は39人で2クラスですから、1クラス当たりの人数は58年前に比べて三分の一です。北海道の他の地域も似たり寄ったりでしょう。こんなに1クラス当たりの児童数・生徒数が減少したのに、北海道の小学校の偏差値は37しかありません。北教組の皆さん、仕事の何がきついのかデータをあげて具体的に説明してみませんか。まだ1クラス当たりの人数が多すぎると北教組の皆さんは主張しています。
 心身症の先生たちが増えているという話も聞きます、データをあげてどこに問題があるのか分析して見る必要があるでしょう。

 民間企業では仕事の要領の悪い者ほど「忙しい」とぼやきます
 ほんとうに仕事がそんなにきついのでしょうか?小学校の担任はしょっちゅう放課後補修してくれました、「わからないもののこれ!」ってね。いまは小学校の先生たちはそういうことをしないようです。
 1クラスの小学生の学力は58年前の半分以下になりましたが、学力テストの成績は全国最低レベル、都道府県データを基にした偏差値で37(全国の小学校が百校あると假定すると北海道は90番目ということ、五段階相対評価だと1と2の間に位置する)です。47都道府県で競争したらほとんどゲレッパ(ビリ)だということです。仕事の成果がまるで出ていないのに、仕事がきついと感じている、これはもう病気です。
 仕事のやり方や指導の仕方に問題があるとは考えない。何かよくないことがあればそれは自分ではなく、自分の外側に原因ありと考える。これでは自己改革のチャンスを失います。生徒のいない夏休みや冬休みに登校して判だけ押して帰ってくるなんてことは民間企業の「労働者」にはありえません。それでも仕事がきついと感じるのは、マルクスの労働観でこころが汚れてしまって、本来歓びであるはずのものが苦役に変わってしまっていることに気がついていないからで、よく観察したら原因の大半は自分のこころにあります

<労働者ではなく「教育の職人」としての誇りをもとう>
 根室の中学校の先生たちはこういう呪縛から自らを解き放ち始めています。生徒の学力を上げようと、底辺の学力の生徒たちに放課後補習をするようになってきました。市街化地域の3中学校では8年前にも数人いましたよ、しかし数人だったし、学校として校長先生がバックアップしたものでもなかった。それがいまでは集団の動きになっています、学校としての取組に変りつつあります。一部では小中学校の先生たちの定期的なミーティングも始まっています。中学校の先生の立場から、小学校の授業に注文をつけると、中学生の学力を上げるのに有効であることに気がつき始めたからです。
 学校の先生は「教育労働者」ではありません、プロの仕事人です、そうですね「教育の職人」「授業の職人」とでもネーミングしましょうか。
 ぜひプロの技を磨いて、真摯に仕事をして成果をあげてください。

<経済学に関するebisuのバックグラウンド>
 精神的な面で早熟だったebisuは高校2年生のときに根室高校図書室にあった『資本論』を百ページばかり読んだけどさっぱりわからず、深い森に迷い込んだ気がした。読んだ部分の地図が描けなかった。
 あのころは公認会計士二次試験科目(簿記論・会計学・原価計算論・監査論・経営学・経済学・商法の7科目)の勉強を始めていたので、マルクスよりも近代経済学の専門書を先に読んでいた。といっても高校時代は中央経済社から出始めた公認会計士二次試験講座シリーズの『経済学』を読んだだけ。ケインズ派の乗数理論は数学好きな生徒には理解のしやすいものだったから近代経済学の方は高校生でもよくわかったが、マルクス『資本論』には歯が立たなかった。
 公認会計士になるつもりで商学部会計学科に進学したのだが、経済学が気になっていたから哲学やマルクスの著作を読むうちに、2年生の時には公認会計士受験とはおさらばして経済学にのめりこんでいた。哲学者の市倉宏祐教授のゼミでマルクスの著作(資本論全巻と『経済学批判要綱』(以下グルントリッセと略称))を読み、大学院でも3年間研究した。A.スミスの労働価値説やディビッド・リカードの労働価値説および比較生産費説による国際市場論も関連があるので原書もチェックしながら読んだしペーパーも書いた。
 だから、思いつきで書いているわけではない、しっかりしたバックグラウンドがあってのことだから、安心して読んでもらいたい。
 
 ところで、マルクス『資本論』を超える経済学を創ろうと思って、弊ブログ・カテゴリー「経済学ノート」に書き溜めてあるので、興味のある人はそちらも読み漁ってもらいたい。こんなものでいいのかどうかわからないが、とりあえず職人主義経済学と命名している。名前がないと説明しにくい、でもこの命名にしっくりしていないことも事実。ネーミングにアイデアがいただけたらありがたい。

 労働価値説は工場労働者や奴隷労働をその淵源にもつ概念で、労働(=苦役)は本来楽しくないものというのが西欧経済学の共通了解事項となっている。
 日本人には日本人の伝統的な考え方に基く経済学がありうる。目の前の現実を見れば日本人ならだれにでもわかること。日本人にとって仕事は誇りであり楽しいものであり、人生の不可欠な重要部分をなしている。かように欧米の「労働観」と日本人の「仕事観」はまったく異なっている、異なっているどころか対極にあるというのがebisuの基本的な考え

 経済学の根本概念である労働観が違えば、その経済学体系も違って当然なことは誰にでもわかることで、だからebisuは仕事が楽しいものだという日本の伝統的な価値観に基く経済学を十数年前から創りつつある

 西洋経済学の労働概念にに変わるものを見つけるためにアカデミズムの世界を出て、実社会で仕事に打ち込んで20年ほどかかってebisuはようやく見つけたのですから、浅学菲才どころかただの愚(グ)です。しかし、愚直を続けついに十数年前に見つけました、新しい経済学の生誕です。経済学史の大家・内田義彦先生の著作に『経済学の生誕』という本があります。4年生の9月に大学院学内入試があり、口頭試問のときに内田先生は大学院の院長で正面中央に坐っていました。ebisuは30人ほど教授がUの字型のテーブルについて聴いているなかで、答案の内容で採点を担当したNo.2のH先生とやむなく論争にいたりました。マルクスの貨幣論について論述せよというような出題がありました。貨幣の第三規定だったと思いますが、答案のその部分を引用して読み上げせせら笑いながら「君は経済学を知らんね」と仰ったので、カチンと来てスィッチが入ってしまいました。しかたないやるしかないなと判断し、一呼吸おいてからマルクス・グルントリッセを引用してマルクスの貨幣論を説明し採点ミスをその場で指摘しました。H教授は自分のゼミの学生も受験していたから哲学の教授が指導した商学部会計学科の生徒は経済学部のゼミで学んだ自分のゼミ生よりも経済学についての知識が劣っていると言いたかったのでしょう。その先生は資本論成立に重要な役割を果たしたグルントリッセをおそらく読んでいなかった。目の前にいる商学部会計学科の学生がそれまでの価値形態論や価値論を根底からひっくり返してしまっているのは想定外だった。中野正の『価値形態論』や宇野弘蔵の『価値論』が前駆的研究としてありましたが、どちらも見当違いの方向へ関心の焦点がずれていました。宇野先生は頭のよい方のようですから、あるいはグルントリッセを読まれていたら気がついたのかもしれません。戦後まもなくの当時はグルントリッセは出版されていませんでした。宇野先生は『資本論』冒頭の商品が資本主義的生産関係を捨象したものであることにには気がついていました。しかしなぜそういうことが経済学体系構成上捨象されなければならなかったのかについては理解できずに脇道にそれてしまいます。グルントリッセの流通過程分析を読むことができたら、違う主張をしたかもしれませんが当時はドイツ語版すらありません。宇野先生は自分の考えが先に立ってしまってマルクスの経済学の深淵ついに届くことがありませんでした。
 抽象的人間労働と具体的有用労働で商品の端緒規定をした後で、マルクスはそれを単純な流通関係に措定して分析しています。マルクスのシェーマは次のようなものでした。

 単純な流通関係⇒より複雑な流通関係⇒資本主義的生産関係⇒単純な市場関係⇒より複雑な市場関係⇒単純な国際市場関係⇒世界市場関係

 商品規定は世界市場関係で完全なものになる予定でした。こういう関係概念の拡張と構造はそれまでのマルクス研究者が誰一人として気がつかなかったものです。その演繹的体系構成は驚くほどユークリッドの『原論』に似ています。公理的な演繹的体系構成を有していたのです。学部の学生でしたが、わたしはこうした『資本論』の体系構成に3年生のときに気がついていました。それで半年間ほどたいへん悩みました。それまでの経済学者とはまるで違う世界に踏み込んでしまっていました。共産党も宇野学派も日本中のマルクス経済学者をまとめて敵に回すしかないところに立って途方にくれていました。あの当時はわたしは自分の考えを他の経済学研究者に理解できるようなわかりやすい解説ができなかった、あまりに違いすぎていました。
 けれども、そうした学の体系理解から従来の論争や解釈を点検すると、宇野氏の『価値論』と経済学原理論が何を見落としたのかがよく見えました。宇野先生は『資本論』の冒頭の数十ページを読み違えています。その結果、マルクスの経済学の全貌を把握することができなかった。おそらくマルクスは世界市場関係まで叙述するつもりだったのです。そこは不十分のままでした。リカードの比較生産費説を援用していますが、そこから先をどう書き進めたらいいのかわからなかったのでしょう。その辺りが経験科学の限界だったかもしれません。マルクスの生きていた時代の資本主義は現在と比べるとまるで違っています。グローバリズムこそが世界市場関係を具現したものです、帝国主義があり、国民国家と国民経済はあったが、それを超えたグローバリスムはいまだ出現していませんでした。現実にないことを経験科学は叙述する術をもちません。理論はつねに固有の限界をもち、それを超えたところまで延長すると破綻が生じます。ニュートン力学と相対性理論を比較するとその限界がよく理解できるのではないでしょうか。
 使用価値の規定の所でも気がつくべきでした。マルクスは抽象的人間労働に具体的有用労働を対置して使用価値を規定していましたが、なぜか宇野氏はそこを見過ごしたようなのです。価値も使用価値も抽象的人間労働と具体的有用労働の具現化なのです。それが単純流通では交換価値と買い手にとっての使用価値として現れます。
 くどいでしょうがわたしは『資本論』ドイツ語版や資本論初版、フランス語版資本論をトレースして読んで気がついていましたから、それをグルントリッセで確認しただけなのです。グルントリッセを読む前にマルクスのやった体系構成が見えていましたが、宇野先生には見えなかった。
 宇野先生は資本主義的生産関係が捨象され、単純な流通関係で抽象的人間労働と具体的有用労働が再規定される意味も見逃しています。すぐ近くまで行っていたのですが、自分の考えが邪魔して、ご自分の理論に都合のいいように理解してしまったのです。
 抽象的人間労働は単純な流通関係で交換価値という現象形態をとります。それがより複雑な流通関係で貨幣に結晶していくのです。資本主義的生産関係では商品の価値に、単純な市場関係では市場価値に、国際市場関係では国際市場価値へと抽象的人間労働は重層的な鎧を帯びていき、現実性を獲得していきます。演繹的な概念構成であると同時に、『資本論』はさまざまな関係概念による基本概念の拡張という重層的構造を有しています。このような資本論解釈をしているのは世界中でebisu一人だけです。当たり前のことですから、二十年後には定説になっているでしょう。そして新しい経済学が理解され広がることを期待しています。
 宇野学派はマルクス経済学で最大のシューレをなしていますが、宇野経済学原理論というメガネを通して『資本論』を読んでしまうと宇野原理論が見えるだけでマルクスのやったことが見えなくなります。宇野三段階論はそれ自体はなかなか美しい姿をしていますから、宇野派のどなたも資本論の体系構成が何であったのかいまだに気がついていません。気がつかないままにあのシューレは歴史的使命を終えて消えていきます。すでにエネルギーを感じません。
 大学院の学内試験の口頭試問でH教授は目の前にいる商学部会計学科の学生がそれまでの『資本論』解釈を根こそぎひっくり返してしまっているとは思いもよらなかった、商学部会計学科の学生が何を生意気に経済学研究科のしかも本丸の理論経済学なのだという気持ちが少しはあったのではないでしょうか。ところが当時の研究水準(そしていまでも)ではebisuは日本の価値論研究と『資本論』体系の研究では最先端を歩いていたのです。あの場でどなたが論争相手でも結果は同じだったでしょう。

 グルントリッセはマルクス全集(新メガ版)が出版され始めてから翻訳された最重要文献でしたが、まだ数年しかたっていなかった。定年間近のその教授は不勉強を自ら暴露するような恥ずかしいことになってしまいました。商学部会計学科の学生に理論経済学の核心的な部分でコテンパンにやっつけられたのですから、他の教授だちも唖然として声がなく、少しの間がやついていた座がシーンとなりH教授の顔が見る見るうちにまっかっかになっていきました。じつにお気の毒でした。その日の夜に内田先生はゼミの市倉先生を通して助言をくださいました。市倉先生は異例のことだったと驚くと同時に喜んでくれました。内田先生は短い議論に何か新しい研究のエネルギーをお感じになられたのかもしれません。いまは懐かしい思い出です。
 9月ころにあった学内試験でそういう経緯があって母校の大学院への進路が断たれ、2月の試験でもその年は合格者ゼロ。H教授はご自分で勝手に恥をかいたはずですがわたしをとるつもりがなかったようです。秋に結婚を控えていたので4月になってから新聞の募集欄を見てすぐに就職しました。学内試験ではトップだったのでとうぜん合格すると思って他大学の大学院を受験していませんでした。
 学内試験を入れてその年の2月と3年後、あわせて3回母校の大学院を受験しましたが、そのすべてが合格者ナシ。その教授はよほど私をとりたくなかったのでしょう、気が小さな人はいるものです。成績が一番の学生を席次No.2の教授がリジェクトしたらそれより成績の悪い学生をとるわけには行かなかったのかもしれません。とってあげたらよかったのにと思います。大学院にいた先輩を通じてH教授が「君の後輩は苦手だと言っている」と聞いていました。
 三年間働いても学に対する思いはやみがたく、遣り残していることをやるために大学へ戻る決意をしました。12月はじめに辞職を申し出て引継ぎのため、1月末で仕事をやめて2月に母校と他の学校2校を同時に受験しました。結果は母校はまた異例の合格者なし、他2校はトップ合格でした。辞退したほうの学校は面接のときに部屋の前に置かれた椅子に坐って待つように言われて、名前や点数など話しがまる聞こえでした。そして合格発表が先のほうを選びました。
 棄てる神あれば拾う神あり、ありがたいことです。その学校には宇野派の春田教授がいて指導教授になってもらいたかったのですが、残念ながら新任のF先生が指導教授でした。私は春田教授を通して宇野派と全面対峙したかったのです。四国の国立大学から転任されてにわかに指導教授になられたF先生は60枚ほどの恐慌論に関する論文を書いておられたのですが、ebisuは『資本論』の体系構成が研究テーマでしたから一読はしましたが興味は湧きませんでした。わたしの研究分野の指導もムリでした。他にアルチュセールの若手の研究者が一人いらっしゃいました、今村仁司さんです。この先生に講義をお願いすればよかったのですが、同じテーマの院生がいなかったので一人でお願いするのもずうずうしいような気がしてチャンスがなかった。一ツ橋大学学長だった経済史の増田四郎先生がいたので、院生三人で特別講義をお願いしたらリスト著小林昇訳『経済学の国民的体系』をとりあげてくれました。三人の内の一人は数年前にある大学の経済学部長をしていました。いまも同じ大学に居るはずです。増田先生の特別講義は冷や汗と至福のときが交互に訪れた穏やかな授業でした。増田先生の学風に触れる機会を一年間もてたことで私の中に実証研究という別のアプローチの芽が育ったように思います。経済学と国民国家の成り立ちをリストの著作を通して眺められたのはありがたいことでした。

 いまこうして新しい経済学の芽を育てることができているのですから大学院学内入試の「あれ」は必要な「事故」でした、H教授に感謝しています、まっすぐに母校の大学院へ進学していたらおそらく新しい経済学を叙述することはかなわなかったはずで、せいぜいそれまでの『資本論』解釈を全部ひっくり返すくらいの研究しかできなかった。
 スキルス胃癌と巨大胃癌の併発もわたしの命を奪うことはなかった。地元の消化器内科医のO先生と若き優秀な外科G先生(音更町・木根東クリニック)のお陰です。きっと天は私に大きなチャンスをくれたのででしょう、人生はうまくできているものです。(笑)

*木根東クリニック
http://www.kinohigashi-clinic.com/guide/


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ
にほんブログ村



経済学の国民的体系 (1970年)

経済学の国民的体系 (1970年)

  • 作者: フリードリッヒ・リスト
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1970
  • メディア: -

マルクス経済学原理論の研究 (1959年)

マルクス経済学原理論の研究 (1959年)

  • 作者: 宇野 弘蔵
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1959/06/25
  • メディア: 単行本

宇野弘蔵著作集〈第9巻〉経済学方法論 (1974年)

宇野弘蔵著作集〈第9巻〉経済学方法論 (1974年)

  • 作者: 宇野 弘蔵
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1974
  • メディア: -

宇野弘蔵著作集〈第3巻〉価値論 (1973年)

宇野弘蔵著作集〈第3巻〉価値論 (1973年)

  • 作者: 宇野 弘蔵
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1973
  • メディア: -

経済学批判要綱(草案)〈第1分冊〉 (1958年)

経済学批判要綱(草案)〈第1分冊〉 (1958年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 大月書店
  • 発売日: 1958/10/30
  • メディア: -

経済学批判要綱(草案)〈第2分冊〉 (1959年)

経済学批判要綱(草案)〈第2分冊〉 (1959年)

  • 作者: Karl Heinrich Marx
  • 出版社/メーカー: 大月書店
  • 発売日: 1959
  • メディア: -

経済学批判要綱(草案)〈第3分冊〉 (1961年)

経済学批判要綱(草案)〈第3分冊〉 (1961年)

  • 作者: Karl Heinrich Marx
  • 出版社/メーカー: 大月書店
  • 発売日: 1961
  • メディア: -

経済学批判要綱(草案)〈第4分冊〉 (1962年)

経済学批判要綱(草案)〈第4分冊〉 (1962年)

  • 作者: カール・マルクス
  • 出版社/メーカー: 大月書店
  • 発売日: 1962
  • メディア: -

経済学批判要綱(草案)〈第5分冊〉 (1965年)

経済学批判要綱(草案)〈第5分冊〉 (1965年)

  • 作者: カール・マルクス
  • 出版社/メーカー: 大月書店
  • 発売日: 1965
  • メディア: -


     哲学者は認識論的アプローチで資本論を読む、これはこれで一つの読み方。文庫本でも出版されています。
 
資本論を読む

資本論を読む

  • 作者: ルイ・アルチュセール
  • 出版社/メーカー: 合同出版
  • 発売日: 1982/06
  • メディア: 単行本

‐--------------------------------
 ネットで検索して今村先生の著作を見つけましたが、ebisuは読んでいません。修士論文を書く少し前にお話しする機会が一度だけあったように記憶しています。修論の審査員三人の一人だったかもしれません。そろそろ暇を見つけて読みたいと思います。


近代の労働観 (岩波新書)

近代の労働観 (岩波新書)

  • 作者: 今村 仁司
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1998/10/20
  • メディア: 新書
貨幣とは何だろうか (ちくま新書)

貨幣とは何だろうか (ちくま新書)

  • 作者: 今村 仁司
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1994/09
  • メディア: 新書
マルクス入門 (ちくま新書)

マルクス入門 (ちくま新書)

  • 作者: 今村 仁司
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2005/05
  • メディア: 新書
アルチュセール全哲学 (講談社学術文庫)

アルチュセール全哲学 (講談社学術文庫)

  • 作者: 今村 仁司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/10/11
  • メディア: 文庫

#2748 女性登用と日本の文化  July 26, 2014 [経済学ノート]

 生産年齢(15~64歳)人口が急減しだした。労働力が足りないので、労働市場への供給を増やすために、女性の進出促進をするのだと安倍総理はのたまっている。

#2645より引用
-------------------------------------------------
 総務省が4月15日に発表した平成25年10月1日時点の人口推計によると、外国人を含む総人口は前年に比べ21万7千人減の1億2729万8千人で、減少幅は3年連続で20万人を超えた。このうち15~64歳の生産年齢人口は、116万5千人減の7901万人で、32年ぶりに8千万人を下回った。・・・

 生産年齢人口データを並べてみよう。
 2010年 8174万人
 2012年 8018万人
  2013年 7901万人
 2040年 5787万人
 30年間で2387万人(29.2%)の減少

 総人口の減少は2078万人だから、総人口減少率(16.3%)よりも生産年齢人口の減少率(29.2%)のほうが大きいことがわかる。省エネ技術が進むだろうから電力需要も30%程度は減少するだろう。
---------------------------------------------------


 26年後の2040年までに約3割生産年齢人口が減少する。企業の数や規模を同じだけ維持しようとすると、たいへんな労働力不足が生じるように見えてしまうが、経済規模全体が縮小するのだから問題はアンバランスな経済縮小、つまり少子高齢化と地域格差の拡大だろう。言い換えると、総人口の減少率よりも生産年齢人口減少率が大きいので、労働力が長期的に不足するという問題が起きつつあるということと、地域が有能な人材を首都圏に送り出す力が急速に失われることによる地方と首都圏の同時衰退。
 さらに別の言い方をすると、人を使い捨てにしてきたブラック企業が人材を確保できなくなって経営破綻するということでもある。それは淘汰というもので因果応報、自然な流れだろう。ブラック企業が人材を確保できずに次々に経営破綻していけば、求人も減少する。経済全体が縮小均衡するということだ。成長路線なんてありもしない幻想を追わずに、縮小均衡と地域格差是正を前提にさまざまな政策を考えればいい。

 安倍総理は自らの幻想の成長路線の看板を掲げ続けるためと財界からの要望に応えたくて、女性を働き続けさせたい、あるいは家庭から出て労働市場へ投入して労働市場の供給量を増大させたいということなのだろうが、米国のように女性が男たちと同じ土俵で勝負するような社会がいいのだろうか?グローバリズムの名の下に、欧米の男女同権=性差無しの経済が望ましいのだろうか?性差があるのにまるでそれがないかのようなルールで働く欧米型の労働市場や家庭のあり方がいいとは思えぬ。

 「むかしむかしおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。・・・」と、こういう物語を聞いてわたしたちは育った。
 性差による男女の役割分担は自然なものと理解しそうした情緒の中で暮らしてきた。そのどこが悪いのだろう?

 男が外で仕事して、女が家庭を守り子育てをする。子育てにおいても男の役割と女の役割は異なる。そうした自然な分担が日本の家庭のあり方だった。美しい日本とはそういう家庭を基本単位としてできていたのではなかったか。全部がそうしろとは言わぬが、基本はそれでいい。その基本からのバリエーションはいろいろあっていいが、男女同権、女も男と仕事で競えというのは女に対して過酷な要求に聞こえる。

 昔話をしたい。正社員が1000人を超える会社で、女の部長が3人いた。二人は言葉づかいがあまり女性らしくはなかった、そしてかたくなだった。課長職としては有能だったが部長職にしたのは失敗のようにわたしの目には見えていた。女性らしい言葉づかいと物腰の持主はお一人のみだった。結局男勝りの二人は淘汰された。ラボは圧倒的に女性が多い職場だが、それでもこうした現実がある。無理に女性の管理職を3割にアップしたらどういうことが起きるだろう?組織機能がガタガタになりかねない。民間企業で働いた経験のない世襲議員である安倍総理はそうした機微が理解できないのではないだろうか?

 女性を管理職に登用して男並みに働かせたら、管理職予備軍の女性たちは子供を産もうと思うだろうか?少子化がさらに進むのではないか?
 少子化は核家族化が進んだことも原因の一つと考えていいのではないのか。いまある働き方が子育てにとってたいへんにまずいからではないのか?
 たとえば、根室から出て東京で結婚して子どもを産み育てるのはたいへんである。子どもが生まれても親の子育て応援は期待できない。地元に居れば、仕事をしていても親に預けることができる。子どもが病気をしても近所にいる親に見てもらえる。東京ではそういうことができないのである。団塊世代はそれでも自分達で何とかできた世代だ。なぜそのようにできたかというと、小学校の時代は日本全体が高度成長期直前でそれほど豊ではなかったから辛抱する力、それがバイタリティの源になっていたからではないのか。物質的に豊ではない時代を経ていない若い人たちにはバイタリティも辛抱力もなくなっている。

 東京の若い人の大半が進学で田舎から集まった者たちである。非正規雇用が全体で40%にも増えており、経済的にも子育てに実に困難な状況下で暮らしている。少子化になるのは当然だろう。

 年代別の働き方や家族のあり方から考えないと生産年齢人口の縮小問題は乗り越えられない。根室を考えると高校を卒業して地元根室の残るのは毎年40人くらいなものだ。おおよそ三分の一である。だから30年もすれば現在1学年250人いるが70人くらいに減少するだろう。老人人口比率は50%近くになり、町は急速に縮小する。

 ありえない成長路線ではなく格差縮小へと舵を切らないといけないのではないか?正規雇用で生まれ育ったふるさとに職があれば出生率は上がる。そういう社会をつくろう。
 当面足りない労働力は60歳を過ぎた元気な「老人」を使えばいい。週に3日働いて、5万円でいいではないか。三人で若い人一人分くらいの仕事は充分やれるだろう。小欲知足、老後を質素に暮らし、次の世代へ蓄えを残して死んでいこう。

 男は外で仕事をし、女は子育てをして家庭を守る、そういう何百年も受け継いできたやりかたのメリットをもう一度見直すべきではないのか?そしてそういう家族のあり方を保障できるような経済の仕組みや産業のあり方を、そして働き方を考えるべきときに来たのではないだろうか。
 日本列島は縄文時代から1.2万年の歴史をもっている。そのとてつもなく長い歴史の中で、長期的な人口縮小と少子高齢化は初めての経験である。いま立ち止まって、これからどのような仕組みの経済社会と家族制度をつくり上げて行くのか考えるべきときなのではないか。

---------------------------------------------------
<余談>
 以下は7月20日ジャパンタイムズ日曜版の社説である。家族、とくに男女の役割分担はに性差を基本にするというのが伝統的な日本人の家族観であって、欧米の男女平等という特殊なスタンダードとは異なるものであることが最近の民間調査データを挙げて述べられている。英文は平明なので高校生や大学生はぜひ読んでもらいたい。もちろんこういう問題に関心のある大人もどうぞ英文読解力のブラッシュアップを楽しんでください。

「明治安田生命福祉研究所が20~40代を対象とした調査で、「夫が働き、妻は専業主婦」との考え方を支持する男女が4割、「子どもが小さいうちは妻は育児に専念」を支持する男性は64%、女性は71%に上った。・・・」
 こうした伝統的な性差に基く役割分担に関する若い人たちの意識は、女性の労働条件が子育てしやすいように変化していけば近い将来変わりうることも指摘されている。
 それを伝統的な家族観の破壊と受けとるか、改良と受けとるかはあなたの考え方次第である。わたしは、日本人は伝統的な価値観を大切にして、欧米とは異なる価値観で経済社会を営むのがよいと思っている。文化や伝統がなくなり、どこにいっても同じではつまらぬ。すくなくとも日本の伝統文化や価値観は人類に残しておくべき価値があるものだと考えている、百花繚乱、豊かな多様性があるほうがいい。


*http://www.japantimes.co.jp/opinion/2014/07/19/editorials/ingrained-ideas-gender-roles/

Ingrained ideas on gender roles
(男女の役割分担に関する伝統的な考え方)

A recent poll has found that 40 percent of both men and women in their 20s to 40s believe husbands should work full time while their wives stay at home. The poll, taken by Meiji Yasuda Institute of Life and Wellness, is a startling challenge to the push by Prime Minister Shinzo Abe to increase the number of women in the Japanese workplace.

What’s more, 65 percent of male and 71 percent of female respondents said women should concentrate on parenting while their children are very young.

This traditional view of gender roles is becoming increasingly outdated despite its persistence. The poll did not make clear whether the respondents were thinking of the current situation, where parents have trouble finding affordable and convenient child care, or whether they were thinking of some improved situation in the ideal future.

The polls clearly reveal how ingrained concepts of male and female roles are in Japan. However, the poll also reveals the degree to which economic and social conditions lock traditional ideas in place. When there is no possibility of change, old ideas persist.

Actual conditions often have to change first before social attitudes and opinions can open toward new realities. In Japan, it seems, those conditions are beginning to change, slowly but steadily.

A recent report from the Japan Business Federation (Keidanren) reported that 60 percent of leading companies have set targets for promoting female workers to management, as an important part of achieving sustainable growth. Business leaders seem to realize the importance of women working, even if a large percentage of average workers do not.

The central government ministries, too, have worked toward hiring a larger percentage of women to revitalize the economy and the bureaucracy. The hiring has not yet reached parity, but has been improving year on year.

The current Abe administration is also considering a bill to promote women to senior positions in the public and private sector.

After these changes are given time to take hold in the daily experience of workers, it is likely that ideas of what is best for men and women will also change.

The Japanese mindset in difficult times tends toward making personal attitudes fit given social conditions. With the tough economic situation for many people, the traditional attitude toward men’s and women’s roles must seem safe and comforting, and so continues.

But as conditions change — when women have access to child care so they can keep working, when more women are in senior positions in business and government, and when working conditions become flexible and supportive enough for both parents to help raise children and stay working — the Meiji Yasuda poll, in some future year, will find very different results.
-----------------------------------------------


*#2645 生産年齢人口の長期的な減少は何をもたらすか Apr. 16, 2014  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-16

 #2565 人口減少社会を問ふ(2) Jan. 17, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-17

 #2564 人口減少社会を問ふ(1) Jan. 16, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-16





にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ
にほんブログ村 


 山本周五郎は江戸情緒を描く名人である。江戸時代の武家の嫁の生き方にもっと謙虚に学ぶべきではないのか。己に厳しく、崇高で美しい女の生き方が見事に描かれている。何度も読み返したい本だ。

小説日本婦道記 (新潮文庫)

小説日本婦道記 (新潮文庫)

  • 作者: 山本 周五郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1958/10/28
  • メディア: 文庫



#2742 藤原直哉(前編):物価と景気動向⇒二番底が来る July 21, 2014 [経済学ノート]

 経済アナリストの藤原直哉氏が18日のビジネス展望で「日本生成に求めるもの」というタイトルで8分間ほど喋っていた。大きく分けて論点は5つ、初回は三つに絞って紹介し、次回に残り二つをとりあげたい。

1.現状分析
 食料品、賃金コスト上昇、高速料金・ガソリン・軽油・重油高など諸物価が高騰している。国民は物価高にあえぎ、地域経済の主体である中小企業はコストアップ分を全額価格転嫁できているところはほとんどない。東京の企業社と地方の企業の業績格差が大きくなりつつある。

(1)facts
 ■ 消費者物価上昇率は3% ⇔ 日銀の目標値は2%
 ■ 企業間物価市指数は4%
 ■ 東京は活発に動いている企業があるが、地域経済は厳しさを増している

 インフレ局面下で日銀のとるべき政策は金融引き締めである。そんなことは中学校の公民の教科書にも書いてあるほど当たり前のことで、マネーの流通量を減らし、金利を上げるのが常套手段である。
 物価上昇率はすでに日銀の目標値を上回っているのだから、日銀は金利を上げて物価抑制すべきである。その際にとるべき手段は三つ。
 ① 国債、株式、不動産投資信託の買い入れをやめる
 ② 異次元の金融緩和をやめる
 ③ 金利を上げる

 この三つをやったら、じつはアベノミクスは幻想で経済実態は何も改善されていないことが明るみに出てしまう。
 買い手を失った国債が大暴落しかねないリスクを孕むし、株価も不動産価格も下落はまぬがれない。アベノミクスで景気がよくなったという説明をしているので、化けの皮がはがれてしまっては都合が悪い。
 政府は10月に消費税値上げ(10%へ)を決めたいという思惑で9月までは景気がよいという演出をしているというのが藤原氏の見方である。

 海外へ生産拠点を移した企業は国内回帰を考えているところが少なくないという。この点については理由についての説明がなかった。何か具体的な根拠があるのだろう。
----------------------------------------------
< 職人主義経済学 >
 ebisuは鎖国(強い管理貿易)によって、生産拠点を日本へ戻すことを提唱している。貿易は自国で生産できない物資やシステムあるいは自国で生産することが著しく困難な物資やシステムに限定する。そのほうが世界各国の国民が自国内に安定した雇用の場を確保できて幸せに暮らせる。ものをつくるのは「労働」ではない、仕事だ。スキルを磨き上げることで自分の「能力の進化・発展」を確認できて、仕事自体が楽しいものになる。スキルが上がれば生産物のできばえや使い勝手がよくなる。同じ生産物なら安心安全で美しい・おいしい方がいい。
 先進国が発展途上国へ工業製品の生産システムや農水産物の生産や加工に関するシステムを供給するようになる。コストの安い国へ生産拠点を移して最終製品を取引するという貿易形態が一変する
 鎖国は国内に安定した正社員の雇用を増やすためだ。貿易量を制限し、自国内で生産技術を伝承していく。小規模多品種生産を基調とする世界、物を修理しながら大事に使う社会、廃棄物の少ない社会、学歴ばかりが大事ではなく手仕事を磨くことでも社会の尊敬を得られる経済社会、そしてエネルギー消費の少ない社会、それらを労働価値説に基く古典派経済学とマルクス経済学に対置して'職人主義経済学'と名づけた。
 企業規模で言うと、30~100人程度の規模の中小企業群が主体の経済構造になる。競争において企業規模大きいことすなわち大企業はさしたる意味がなくなり、現在もっている圧倒的優位性を失っていく。
 技術レベルの高い者たちが集まることで優良な企業ができる。そしてその集団は技術を磨き次の世代へと技術を伝承していくことで、社会教育機関としても重要な役割を果たすことになる。
 高い学力と運だけがものをいう社会ではなく、マジメに技術を磨くことが安定した生活につながる経済社会となる。
 A.Smith、D.Ricard, K.Marx、この三人の労働価値説の巨人達をようやく乗り越えられた気がする。高校2年16歳の夏に『資本論』を読んだときに抱いたモヤモヤがようやく晴れた。49年の歳月が流れた。

< 価値観の転換 >
  小欲知足
 売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし
----------------------------------------------

 日曜日のテレビ番組を見ていたら、西の離島のイカ漁がとりあがられていた。イカ漁は船の左右に照明をたくさんぶら下げ、ライトを時間差をおいて点滅させることでイカを捕獲するのだが、照明に燃料費がかかる。高価なLED電球に切り替えが進んでいるが、旧式のライトのままの漁船も多い。その漁師さんの説明では燃料費がコストの3割を占めるという。燃料のA重油が1年間で2割ほど値上がりし、イカが不漁だとコスト割れだ。離島は全国平均よりもA重油の価格が高い。コストはアップしても資源量が増えることはない。
 運送業の人(トレック運転手)も取材されていた。やはり軽油が値上がりして利幅が小さくなって経営が苦しいという。地方の中小・零細企業にはコストアップがじわじわ利いてきている。景気がよいなどといえるような状況ではない。

(2)米国の影響力低下
 米国は利上げを示唆しているのだが、それでも円高ドル安のままで政策的にドル高誘導できなくなっている。いままでは、米国の利上げ観測が出るとドル買いが起こり、ドル高・円安になった。米国経済が地盤沈下しつつある。

(3)2014年は二番底が来る年
 1932年の世界恐慌から5年後に相場下落の二番底があり、その後第二次世界大戦へと進んでいった。
 1992年に日本の株価が大暴落したあと、五年後に二度目の大暴落があり、国内金融機関が多数潰れた。
 リーマンショックのあと2009年3月に一番底があり、それから五年後の今年は二番底を迎える年回り。今回は世界同時に起きる。二番底は政府が市場経済を支えきれなくなって相場が下がるので、根本的に政治体制にも大きな変化が生ずる。世界同時だから根本的に現在のさまざまなシステムが変わると考えるべき。

 日本に焦点を当てると、滋賀県知事選挙で過去1年半の安倍政権の評価がでてしまっている。自民党支持層よりも無党派層のほうが多い。多くの国民が既成政党に飽き飽きしている。政治も経済も安倍政権では行き詰まりを見せて、二番底前夜の状況ができあがってしまっているというのが、藤原氏の意見だ。


---------------------------------------------------


*#2731 10年間で33%農業人口が減少している日本の農業 July 11, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-07-11

 #2729 年金基金の運用資産が130兆円から210兆円に増える:危うい株式投資 July 9, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-07-08

 #2715 GPIFの株購入と銀行保有リスク資産に関わるBIS規制変更 June 25, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-25

 #2702 残業代をゼロにする"ホワイトカラーエグゼンプション"③:公務員は別扱い June 10, 2014   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-10

 #2701 残業代をゼロにする"ホワイトカラーエグゼンプション"② June 9, 2014  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-08

 #2699 残業代をゼロにする"ホワイトカラーエグゼンプション"① June 6, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-06-06

*#2693 鎖国をして国内雇用を確保しよう May 31, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-05-31

 #2669  成長戦略:規制緩和を考える May 7, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-05-05

 #2660 庶民の物価感覚 : 消費は落ち込む Apr. 27, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-27

  #2643 職人仕事を中心に据えた経済学の創造(3) Apr. 13, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-13

 
#2634 職人仕事を中心に据えた経済学の創造(2) Apr.7, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-04-06

 #2631 職人仕事を中心に据えた経済学の創造(1) Mar. 31, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-03-30-1

 #2561 物価上昇なんて経済政策はありえない話だ:経済アナリスト藤原直哉 Jan. 10, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-10

 #2245  円安はそんなにいいことか? Mar. 17, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-03-17

 #2627 消費税引き上げ+物価上昇>所得増加:三番目の矢はない  Mar. 22, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-03-21-2

 #2565 人口減少社会を問ふ(2) Jan. 17, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-17

 #2564 人口減少社会を問ふ(1) Jan. 16, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-16

 #2561 物価上昇なんて経済政策はありえない話だ:経済アナリスト藤原直哉 Jan. 10, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-10

 #2554 「日本の経常収支と円を考える」 東洋大教授・中北徹の論 Jan. 3, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-01-03

 #2549 アベノミクス批判 (2):内橋克人 Dec.31, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-12-31

 #2543 インフレと自己責任:リスク増大へ対処の方法はあるか? Dec. 27, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-12-27

 #2540 アベノミクス批判(1):『世界8月号』伊藤光晴論文 Dec. 23, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-12-23

*#2523 アベノミクスの行く末: 日本総研調査部長の論点 Dec. 9, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-12-09

 #2502 アベノミクスと企業経営 Nov. 18, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-17-3

 #2430 手詰まりの安倍首相 ついに消費税引き上げ決意表明 Oct. 2, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-10-02

  #2401 消費税値上げ延期なら国債価格は下落 Failure to raise sales tax 'could hurt bond prices' Sep. 9, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-09-09

  #2388 アベノミクス:雇用規制改革の正体 Aug. 30, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-08-30

  #2385 TPPは再び植民地化を招く:マハティール元首相 Aug. 28, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-08-28

  #2376 貿易赤字13ヶ月連続 7月最大の1兆240億円 Aug. 20, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-08-20

  #2329 アベノミクス:ナカミがないのに財政健全化を約束 Jun. 12, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-06-13

  #2321 株価暴落はどこまで続くのか?:とりあえずの目安は11,250円 Jun. 4, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-06-04-1

  #2311 どうにも解せぬこと ミャンマーへ債務免除 : プライマリーバランスの回復はするつもりがない? May 26, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-05-26-1

  #2309 Nikkei dives 7%, ends below 14,500 : May 25, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-05-25

  #2298 アベノミクスの罪:日経平均15,096.03円 May 16, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-05-16

  #2270 人口減少の衝撃: 2040年の日本の人口は1億727万人:"Japan's depopulation time bomb" : Apr. 21, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-04-22

  #2256 マネタリーベース270兆円へ拡大:亡国の決断 Apr. 6, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-04-06

  #2245  円安はそんなにいいことか? Mar. 17, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-03-17

  #2185 各論(3):'Abenomics' Jan. 24, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-24

 #2170 各論(2):貿易収支赤字転落⇒? Jan. 3, 2013 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-04

  #2169 各論(1):国債暴落の可能性とその影響 Jan.2, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-01-02

 2168 歴史認識を欠いた安倍新政権の歴史的役割(2):蔵相高橋是清暗殺 Dec. 31, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-31-1

 #2164 歴史認識を欠いた安倍新政権の歴史的役割は何? 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-28

 #2158 自民党圧勝294されど第2の危機民主党惨敗  Dec.17, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-12-18

 #2144 成長路線と金融緩和の罠 : 衆院選挙でナイトメアがはじまる 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-11-30

 #1828 ゼロ金利の罠: Fed targets and transparency Feb. 3, 2012
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-02-03

 #829 国家財政破綻の瀬戸際  Dec.12, 2009
 http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2009-12-12

 #346 これから10年間の日本経済のシナリオ
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2008-10-10 

---------------------------------------------------





にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ

#2508 JR北海道 レール検査データ改竄と賃労働 Nov. 22, 2013 [経済学ノート]

 今日(11/22)野島JR北海道社長が国会喚問されている。8保線区でレール検査データの改竄がなされていたと認めた。厚岸保線区もそのなかに含まれているから、これでは花咲線に安心して乗れない。お客様の信頼を裏切るような仕事をしてはならぬ。仕事は徹底的に誠実に、徹底的に正直にやるべし。

 昔から組合活動が活発だったから、労働に関する考え方がおかしいのではないだろうか?労働を賃労働と考えると、時間で働いているという感覚に陥る。

 労働の質×労働強度×時間=労働量

 とすると、労働時間を勝手に変えることはできないから、労働の質や労働強度を下げることが自分の得になるような感覚が生まれるのではないだろうか。
 変数の一つである労働の質については異論があるかもしれない。質の高いベテランの技は無駄がないから、労働強度を変えずにアウトプット数量を増やせることを想像いただきたい。もちろん、同じアウトプット量で高品質の製品という想定もありうるから、そういう前提では労働の質の高度化は産出量を変えないことになるのだろう。

( マルクスは労働の質的差異を捨象(無視)して、その経済学体系の端緒に抽象的人間労働をおいた。それは工場労働者の労働を想定したものだった。そこにマルクス経済学の、そしてケネーやA.スミス以来の古典派経済学の、そして欧米の経済学の限界を見ると同時に職人仕事観をベースにした日本的な価値観にもとづく経済学が展望できる。それは人類を救う経済学であり、グローバリズムに対立するものだ。貿易は比較生産費説でするのではない、自国で作りえないものを各国が輸入すれば、雇用が確保できる。正規雇用割合の高い安定した経済社会を創ればいい。)

 NHKのBS放送だったか、ロシアの農場の作業風景が紹介されていたことがあった。農場労働者の勤労意欲は低く、経営者が見ていなければサボり放題で、しまいにはウォッカを隠れのみして酔っ払って赤い顔をしている。経営者が嘆く、中国人のほうが働くと。
 農地を有償で借りて中国人が耕作すると、作物を何度かとったあとは土が痩せて荒地になる。するとまた別の農地を借りて同じことを繰り返す。そういう番組だった。

 同じ仕事をやっても、ロシア人と日本人ではまったく違う。日本人にとって仕事は本来神聖なものであり、あらゆる仕事が職人仕事、したがって、賃労働ではない。最高の技術でつくられたものが、八百万の神々へ捧げられる。神々への捧げ物をつくるのに手抜きをする日本人はいない。こうして仕事は神聖なものだという共通の価値観、感覚が生まれた。

 職人は自分の道具(生産手段)をもち、いつでもそのときに己のもつ技倆の最高点で仕事をし、決して手を抜かない。そして、日々技倆を高めるために工夫と努力を重ねる。他人が見ていなければ手を抜くなんて奴は半端職人だ。誰がみていてもいなくても、仕事の手は決して抜かない、それが一人前の職人の仕事である。
 一日の仕事が終わると、心地よい疲れと深い満足がある。

 JR北海道の職員は哀れな賃労働に明け暮れてきたのではないのか?マルクス『資本論』の労働観で仕事をしているのではないか?労働強度を下げるために、レール検査データを改竄し、手を抜き、やるべき労働量を減らしているように見える。そうしたことを日々繰り返していたら、労働の質もいつしか最低レベルになってしまう。

 同じことは学校の先生にも言えないか?授業の手抜きをすれば労働強度は簡単に下げられる。授業の質を上げれば生徒の学力はいくらでも上げられると秋田県の教育関係者が証言している。秋田の先生たちの授業の技術レベルが高いから、秋田県は学力テストで最高点を取り続けることができる。(読売新聞「No.1848 教育ルネサンス」「他県でも教員のレベルアップを考えてはどうか」)
*「大学受験と高校受験と教育ブログ」
http://maruta.be/gakusyu/1087


 教育の職人としての誇りを取り戻せば、北海道の子どもたちの学力を上げられるのではないか?

 JR北海道も小中学校の教員の皆さんも、マルクスの賃労働観から早々に脱却して、教育の職人としての誇りを取り戻してもらいたい。教員同士ですぐれた技術の共有に努め、日々の授業を通じて教える技倆を磨けばよい。

 仕事は正直に、誠実に、渾身の力で成し遂げよう。
 「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」
 自分だけよければいいなんて情けない考えは棄てよう。



*#2502 アベノミクスと企業経営 Nov. 18, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-17-3


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ
にほんブログ村

#2437 経済学と人間の幸せ(2):中野孝次と馬場宏二の説をめぐって  Oct. 6, 2013 [経済学ノート]

 秋晴れ、空気は幾分冷たくなった、朝の気温は14度くらいだっただろう。サイクリング日和だ。

 前回のブログ#2436で「小欲知足」という価値観の共有が新しい経済学を拓く鍵だと書いた、この論点は繰り返し弊ブログで述べてきているもの。
 『清貧の思想』の著者中野孝次に『足るを知る』という作品があるが、その中に「1 自足のすすめ」というのがある。そこに次の指摘があるので、少し長いが引用して紹介したい。

---------------------------------------------
・・・
 だが、過去五十年の日本では、なるべく骨折らないで望むものを手に入れたいという風潮が支配的で、努力などという言葉はなんとなくやぼったい、冴えないひびきしか発しない語になっている。
 そういう言葉がいくつもある。わたしがここで取り上げようとする知足(ちそく)もその一つで、知足すなわち足るを知るとは自分の欲望を制し、いい加減なところで満足するくらいの意味にしか、今はとられていない。要するに不景気な言葉なのである。
 だが、もしかすると21世紀の地球上の人間にとってこれは最も大事な生きる上で中心になる徳目かもしれないのである。それは、地球環境の悪化がこれ以上見過ごせない状況になっているとか、地球上のマーケットがどこも飽和状態に達し、これ以上無限の生産向上は不可能で、従って経済は今後ずっと成長に慣れてゆかねばならぬだろうとか、そういう地球を囲む条件が変ったせいもむろんある。ともかく、第二次世界大戦の終わった1945年以降ずっとつづいた大量生産=大量消費=大量廃棄による経済発展は、20世紀の終わりとともに終わりに来た。今後は低成長、横ばい経済、すなわちいま不景気といわれている状態がずっとつづくと覚悟しなければならない以上、人の生き方もそれに応じて変わらなければならない道理だ。
 が、それだけでなく、物の生産と消費、物価の獲得と所有、科学技術による果てしない進歩の幻想の上に成立っていた21世紀の生き方は、それだけでは人々に幸福をもたらさないことがはっきりした。限度を知らぬ物の所有欲、快適と便利の追求とは違う原理が、今求められている。その原理の一つが、知足という心掛けではないか、とわたしは思うのである。「足るを知る」、それはたんに欲望を抑えるというだけではなく、もっと積極的により深い生の充実に達するための知恵だと思う。
    (11-12ページより)

---------------------------------------------

 このあとに中野は、加藤祥造著『タオ―老子』から詩の一節を引いている。少しずつ紹介してみたい。

 『足るを知る』は2004年に初版が出ている、すごいと思う。
 こういうことを真正面から取り上げた経済学者は過剰富裕化論の提唱者である馬場宏二氏であり、すでに弊ブログで何度もとりあげている。
 過剰富裕化論の賛同者は経済学者では青森大学経営学部長の戸塚茂雄氏とほかに数名のみ。馬場氏は宇野弘蔵のシューレ(学派)に属しているが、かれは宇野の三段階論を踏襲しながら、過剰富裕化論によってその枠をはみ出したことをあまり意識していなかったように見える。
 過剰富裕化を生み出しつつ生産力の発展で人類はその棲息環境を破壊し滅亡することになると、あたらしい資本主義終末論を説いたのである。従来は資本主義の終焉は恐慌論の分野だった。リーマンショックでも資本主義はつぶれなかったし、金融ディバリイブ商品が実体経済の数百倍に膨らんだままで、米国も日本も同時にゼロ金利と量的緩和をやっているから、リーマンショックとは比べものにならぬ恐慌が起きるのだろう、しかし、それでも資本主義経済はつぶれない。
 だからこそ、過剰富裕化論は資本主義終焉を今までにない観点から説いているのでノーベル経済学賞を受賞してもいいぐらいの新説である。生産力の発展だけならマルサスがいるが、過剰富裕化論という視点が新しい。

 別の角度からすこしだけ説明をしておきたい。宇野氏はマルクスの『経済学批判要綱』(通称"グルントリッセ")を読んでいない、当時は出版されていないのだから仕方のないことであるが、この本を読めば、流通過程分析で経済学的諸概念がどのような過程を経て洗練され、相互の関係が整理され、体系化されていったかを知ることができたのかもしれない。それは演繹的な体系で、ユークリッドの『原論』と類似の構造をもっている。
 宇野氏の「経済学原理論」は厳密にいうと宇野経済学であって、『資本論』とは異なる構造をもった経済学体系となってしまった。自己完結したユニークで精緻な学説ということはできる。
 『資本論』を読んでそれが演繹的な体系だということに気づかなかったところに宇野氏の経済学者としての限界が現れているが、「宇野理論」から入っていった宇野シューレの面々は思考停止に陥り、理論の拡張と整合性を確保に腐心したように見える。結果として、このシューレは日本経済や人類の未来に何らかの寄与があっただろうか、わたしは疑問を抱かざるを得ない

 『資本論』が経済学的諸概念の演繹的体系であることに気がつかなかっただけではない。宇野氏はマルクスの経済学理論が奴隷や農奴に端を発する労働概念をその土台に据えており、日本人の伝統的な職人仕事観とまったく相容れないものであることにも気がつかなかった。
 宇野氏は日本人の仕事観や仕事に対するメンタリティ、商道徳水準の高さに気がつくことがなかった。だから日本人のすぐれた資質、倫理観、職人仕事観をベースに、資本主義経済を乗り越えるユニークな経済学の芽があることにも気がつかなかったのだろう。頭でっかちで足元の日本の現実をみない経済学説であった

 宇野派に属していながら馬場氏は米国の現実も日本の現実も直視して、人類が生存できないほど生産力が発展し地球環境を破壊するだろ結論に至った。『宇野理論とアメリカ資本主義』は493ページの大著であり2011年3月に出版されているが、その中に「第四部 過剰富裕化論の徹底」が収められている。

 馬場宏二の過剰富裕化論は突き詰めていくと二つの選択肢へと漂着する。馬場氏はその一方の人類滅亡のほうへと進んでいることを憂えながら亡くなった。
 しかし、もう一つの選択肢があるとわたしは考える。それは日本的仕事観と小欲知足への価値観へのパラダイムシフトによる抑制された新しい経済学の展開である。どちらを選択しても宇野理論は根底から崩れざるをえない
 過剰富裕化論を提唱した馬場氏への学は内部のネグレクト(無視)は、シューレそのものの崩壊へと進みかねない危険を感じ取ったからだろう。

 幸いなことに中野孝次は経済学者ではないから特定の経済学派に所属していない、それゆえ特定の経済学説にとらわれない透明な精神で経済の現状をしっかりみており、「足るを知る」ことが21世紀の経済学の鍵であるとはっきり書いた

 馬場氏は人類の未来に深い絶望感を抱いたまま亡くなった。ebisuは「小欲知足」が21世紀の新しい経済学の鍵であると確信している。中野孝次という先達がいたことを発見して力強く思う

 お二人ともすでに故人である、馬場氏には青森大学の戸塚教授を介してお会いするチャンスがあったのだが、わたしが胃癌を患ったあと体調の管理にまごついている間に、馬場先生が胃癌を発症してさっと逝かれてしまった。

 戸塚教授が馬場先生から後事を託され、亡くなった後に監修して出版した馬場宏二著『神長倉真民(かみはせくらまたみ)論』という本があるが、一冊いただいた。いかにも学者らしい資料の追及と分析の本である。馬場先生の学風、研究スタイルを惜しみなく公開してくれている。大学院への進学を考えている人には読むべき価値のある本である。
 すぐれた研究ではあるが、このような専門性の高い学術書は読者が限定される。馬場夫人が費用の一部を負担して出版にこぎつけたという。わたしはこの本を監修者の戸塚教授からいただいたのだが、スポンサーは奥様であるというメールをもらっていたので、手紙で礼状を出しておいた。数ヶ月経ち、奥様からお手紙をいただいた。
 体調を崩されて返事がかけなかったことが綴られていた。ご自愛いただき、馬場先生の分も長生きされて日本経済の行く末を見守っていただきたい。

 中野孝次、馬場宏二、お二人の先生のご冥福を祈ります。

足るを知る  自足して生きる喜び (朝日文庫)

足るを知る 自足して生きる喜び (朝日文庫)

  • 作者: 中野 孝次
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2004/07/10
  • メディア: 文庫



 『神長谷倉真民』馬場宏二著 開成出版 2013年1月31日

 この本はamazonを検索しても出てこなかった。繰り返すが、すぐれた学術書である。メッタに褒めることのすくないebisuが太鼓判を押すので、大学院経済学研究科への進学を考える全国の大学生に読んでもらいたい。

新資本主義論―視角転換の経済学

新資本主義論―視角転換の経済学

  • 作者: 馬場 宏二
  • 出版社/メーカー: 名古屋大学出版会
  • 発売日: 1997/06
  • メディア: ハードカバー

 この本の最終章に「結論 過剰富裕化時代の到来」がある。

 これもamazonで検索しても出てこないが、過剰富裕化論について文献的な整理をしつつ、統計資料を挙げて過剰労働時間について戸塚教授が自説を展開している。大学の講義で使用しているテクスト。

『過剰富裕化と過剰労働時間 第2版』 
戸塚茂雄 開成出版社 2009年4月 (本体¥2200+税)

---------------------------------------------

 #1148 「馬場宏二 過剰富裕化論」 Aug. 5, 2010 
   
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-05-2

 #1158 「過剰富裕化論(2):過剰富裕化とは何か」 Aug. 12, 2010
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-12

 #1162 「過剰富裕化論(3): 経済学部を目指す高校生へ」 Aug. 16, 2010 
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-16

 #1164 「過剰富裕化論(4):人類史上最短労働時間の社会への道」 Aug. 18, 2010 
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-18

  #1165 「過剰富裕化論(5):節度ある明るい未来」 Aug. 19, 2010
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-19 

 #1182 民主党代表選挙と国家財政の現状:過剰富裕化論  Sunday, Aug. 29, 2010 
  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-08-29


 #1254 経済成長論の終焉 Oct.24, 2010 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-10-24-1

 #1482 「東北大震災とパラダイムシフト:良寛をめぐって」 Apr. 22, 2011 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-04-21

 #1689 経済格差解消の先にあるもの:馬場宏二先生と過剰富裕化論 Oct. 16, 2011 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-10-16
 #1735 TPP?ちょっと立ち止まって考えよう:異質な経済学の展望 Nov. 17, 2011 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2011-11-17-1

 #2237 過剰富裕化論提唱者の福島原発事故処理構想:遺稿 Mar. 4, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-03-04

 #2436 経済学と人間の幸せ Oct. 5, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-10-05



にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ
にほんブログ村


#2436 経済学と人間の幸せ Oct. 5, 2013 [経済学ノート]

 ふとこんなことを考えた。

 ロボットが必要な食糧や衣料品やさまざまな耐久消費財をつってくれるような世の中が到来したと假定しよう。人間たちは労働から解放されている。食べ物はふんだんにあり食べたい分だけ手に入る。病気になっても医療はただ。

 さて、あなたは何をして日がな一日を潰すのだろう?
 ゲーム三昧、好きなスポーツを毎日楽しむ、一日中野球やサッカーを観戦する、コンサートや観劇に出かける・・・

 そういう生活が毎日続いたとして、楽しいだろうか、幸せが感じられるだろうか?
 半年もやったら飽きそうな気がしないか?

 週に2日は、日が昇れば起きて畑で働き、作物を栽培し、翌日は魚釣りをして食糧を自給する。自分のつくったものを大切に食べる。
 週に3日は自分の技能を生かして人のために働く。
 週に2日は好きな本を読み、テレビを見たり、音楽を聴いてのんびり過ごす。
 月に一度くらいは温泉に出かけゆったりと過ごす。

 身体を使って仕事をするということは人生を楽しくするのではないだろうか?
 渾身の力で何かに打ち込んで他人のお役に立つ、それは歓びではないのか?

 私たちが価値観を変えたら、小欲知足の安定した経済社会は案外簡単に手に入れられるのかもしれない。
 百年後に、私の子孫がそういう経済社会で心豊かに暮らしていてほしい。
 そのために、これから数年間わたしには何が出来るのだろう。
 そのために、あなたはこれから何をするのだろう。

 ふと、そんなことを考えた。

*#2437 経済学と人間の幸せ(2): 中野孝次と馬場宏二の説をめぐって  Oct. 6, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-10-06

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 根室情報へ
にほんブログ村


前の10件 | - 経済学ノート ブログトップ
メッセージを送る