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#3545 根室市「ふるさと納税を考える会」設置 May 23, 2017 [根室の話題]

  「ふるさと納税を考える会」ができるという。投稿欄でハンドルネーム「相川」さんが教えてくれた。

*「ふるさと納税を考える会設立へ」5/7釧路新聞
http://www.news-kushiro.jp/news/20170507/201705071.html

<ふるさと納税の本来の主旨に戻れ>
  ふるさと納税は、都会に出て行った者たちが、納税先をふるさとに指定できるというものだったはず。返礼品をつけて煽ることで、ふるさとでもないところへ返礼品欲しさに「ふるさと納税」する者たちが増えた。これではまるで脱税を合法化したような法律。あまりに酷い実態なので、総務省が返礼品を3割以内に抑えるように各地方自治体を指導しはじめた。
  この制度の利用者をそこに住んだことのある人に限定し、返礼品は禁止すべきだと思う。それが「ふるさと納税」という法律の本来の主旨だったはずだが、すっかり本末転倒になっている。


<使途制限をすべき>
  勝手なことを言わせてもらうと、わたしは200億円を超える根室市の借金を減らすことに用途を限定すべきだと思う。借金がゼロになったら、次は災害に備えてさらに200億円積み立てたい。使うのを考えるのはそのあとでいい。

<根室半島に大きな災害が近づいている>
  地質学者の調査によれば、根室は400年に一度の大津波の危険期間に入っている。5500年間に15回の大津波の痕跡が地層に刻まれている。根室半島はこの50年間毎年1cmずつ沈下している。百年で1mだが、いずれ跳ね上がるのだろう。爆弾低気圧による高潮被害拡大の背後には根室半島の地盤沈下の影響がある。根室市は災害に備えて自ら積み立てを行う必要を感じる。家計レベルでは不測の出費に備えて蓄財をしない家はほとんどないだろう。

<空き家の増加>
  根室に空き家が増えている。もう何年も放置されたままの家、最近取り壊しがなされた家、着実に空き家が増えている。近所を見ても、後継ぎがいない家が多いことに気が付く。いま住んでいる人たちが60歳前後なら、30年以内に空き家になってしまう家が増えている。光洋町の一軒家を見ると、おおよそ3軒に1軒の割合で、30年後には空き家になっているのではないか。2045年の人口推計は現在よりも9000人減少して1.8万人である。
  放置空き家は、土地の無償提供と引き換えに取り壊しをせざるを得なくなるのだろう。だとしたら、それに備えて家屋取壊積立金を積んでおかなければならない。30年間で4000件の空き家が出て、その半数が放置されたとすると、(2000件×200万円=)40億円ほどの積立金が必要である。
  放置空き家は、次第に壊れていくから、風の強い日にはトタンや板材が飛ぶことになる。未来の根室市民が安全に暮らすためには、公的資金を投入して取り壊さざるを得なくなる。市の財政で長期積み立てが必要な所以である。

<公共交通機関の消失対策>
 鉄路である花咲線はすでに廃止路線にカウントされている。民営化とはそういうことだ。利用者が少なく、赤字が出続けたら運営できなくなるのは自然なことだ。バスも採算が悪いから、都市間公共交通は将来二つともなくなることを想定して準備しなければならない。ここにもお金がかかる。どういう手段があるかの検討はこれからやるとして、いま必要なことは公共交通機関を再構築するために、そしてそれを維持するために資金を積み立てておくことだろう。
  長期的な視点から冷静に判断すると、市立病院は赤字が大きすぎて(年間15-17億円)維持できなくなる。町には開業医がいくつか残るだけということになったときに、釧路への通院手段として、公共交通手段を残しておかなければ、文字通り「死活問題」となる。

<市長の諮問委員会方式では一般市民の意見が反映されない>
 ところで件の委員会は、市長の諮問委員会で、公募はたった3人。明治公園の再開発に関する委員会でも同じ構成だった。三つ具体例をあげてみる。

  ①明治公園再開発に関する委員会では、市の取引業者である大地みらい信金元理事長が委員長だった。全国どこの信金も事情は層は変わらないだろうが、大地みらいが優良な貸付先がすくなく困っていることは雑誌のインタビューに応じて元理事長自身が現職時代に述べていること。市側に大規模事業をさせて借金を増やさせたら安全な融資先となる。李下に冠を正さずというではないか、疑われるようなことをしてはいけない。そういうつもりがあったかなかったかはわからないが、信金の職員の中にはこのような信金元理事長の行動にがっかりしている人がいるだろう。利害関係人はこういう委員会の委員長にはふさわしくないとわたしは思う。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」がいい。
  利用者がいなくて錆びたアスレチック施設を撤去してから10年ほどしかたたない、そしてこどもの人口は20年前の半分以下に減っている。数人の委員が再開発は不要と反対意見を述べたのに、異例の短期間で検討を終了させ再開発計画を承認した。公募委員がわずか3人では無理ない、ほとんどの委員が市側で任命した人たちだから。
 市議会は反対だったが、その後どうなったのだろう?市議会報告会が27日土曜日午後6時に開かれるから、市民のみなさんはこぞって参加したらいい。市政に関心の高い市民が増えれば、市議たちの意識と行動がいい方向に変わる
  ②市立病院建て替えに関する委員会では町会連合会長殿が委員長だった。最後の委員会で反対意見が出ても市側は約束した損益見通しすら提示せずに、道庁への書類提出期限が明日だというときに委員会を招集してごり押しした。市側が招請したコンサルタントである公認会計士の長氏は年間売上(22-25億円)の範囲内での建て替えを提案していた。実際には70億円を超えただろう。病院システムへの見通しの誤りと二重投資によって、いま病院事業の経営上の負担になっている。
 市長の諮問委員会による検討では、市側の案を丸呑みするだけというのがこれまでの結果である
 ③高校問題統廃合に関する委員会も町会連合会長が委員長だった。市立病院建て替えで最後のところでだまし討ちにあったのにまた引き受けてしまった。これも市長の諮問委員会だから、委員の大半は市側の選定だろう。学力テストデータも分析せずに統廃合を決めてしまったように見える。オープンな議論の場を設けないからこういうことになる。統合初年度のいま前期中間テスト直前だが、根室高校の先生たちは生徒の学力格差の大きさに驚いている。このままでは大幅な学力低下が生ずる。全国模試である進研模試が7月にあるが、数学と英語の平均点は20点を割るだろう。百点満点のテストで根室高校普通科の平均点が20点を割る事態が起きる。20点以下の層は普通科の標準的な教科書を消化するのは無理だ。来年からどうするのだろう?あまり無理を重ねると歪みが大きくなり、学力低下を加速する。地元経済にとっては根室高校のあり方は未来に関わる重大問題である。地元経済人や経済諸団体にそういう認識がない。
  ばかばかしくっていちいち上げないが、ほかにも類似の委員会があった。

  要するに、市長の諮問委員会方式は問題アリなのである。こんなことを続けていたら、根室の未来の芽がどんどんつぶれていく

<代替案:隣町ですでにやっている>
 何度も繰り返し弊ブログで言っているが、代替案を書いておきたい。市の総合文化会館で日曜日に、市民の自由参加による作業部会を月に2度ほど開催すればいい、1年間議論したっていいのだよ。中標津町は市民の自由参加による作業部会方式で将来ビジョンを議論して決めた。根室の人間が根室の未来の芽を摘み取るような閉鎖的な市長の諮問委員会方式はもうやめないかい?

 例に挙げた三つの委員会プラス一つを根室市のホームページで検索できる。市側が指名した委員には市と取引関係のあるものや市が予算を交付している関連団体の人物がいたり、重複があるだろう。委員会の名前は変わっても「居並ぶ顔はいつも似たようなもの」とはずっと根室にいる友人の一人の言。
  わたしは根室高校を卒業して35年間東京で暮らし、2002年11月にふるさとに戻ってきた浦島太郎。だからしがらみが薄い、まだしばらくブログで言いたいことを書く。



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#3526 花咲小学校新入学児童たった17名 Apr. 6, 2017 [根室の話題]





  花咲小学校といえば道内でも3番目くらいに歴史の古い小学校である。もちろん根室では一番古い学校で、学制が敷かれて2年目くらいに開校している。
  団塊世代のころは1学年360人、総生徒数約2000の大規模校だったが、いまや郡部の学校と変わらない。新入学児童が39人だったのが3年前だっただろうか、10年前までは50人ほどいたから、10年間で1/3になってしまった。15年前に比べたら1/4である。
  子どもの人口減少が加速しているのは、若い人たちが高校を卒業して根室から出て行ってほとんど戻ってこないからだ。地元に優良な働き口があれば故郷で仕事をしたいと思う人は多い。

  2週間春休みをとって東京へ行ってきた。朝食は毎日鯵の開き(干物)を食べた。東京では鮮度がよくて値段が手ごろでおいしい魚がなかなか手に入らない。乳製品も高い。たとえば、ヨーグルトだが東京のスーパーで200円するものが、根室のホクレンショップでは128円の値段がついている。牛乳も北海道産は高い。食生活を考えると故郷根室は断然よい。サンマ、サバ、チカ、コマイ、ワカサギ、鮭、オヒョウ、マツブ、牡蠣、ホッケ、種類が多いカレイ、北海島エビ、カジカなど種類が多い。食べ物がおいしいだけでなく、健康にもよいものが多い。

  子どもの数がこれほど激減していくと、根室から私塾が消えていくことになる。利用者が少ない花咲線と同じ運命だ。しかしネットの塾が増えているし、安くなってもいるから、そちらで勉強すればいいのである。ネットで探せば無料のものもある。利用の仕方の巧拙が学力を分けることになるのだろうか?
若い人たちが働きたくなるような優良な企業が育たなければ、子どもの人口減少はますます加速する。根室の将来人口は、地元企業が経営改革を進めることができるか否かにかかっている。



#3496 広報根室2月号の根室市の人口27,018人、大丈夫か? Feb. 3, 2017 [根室の話題]

 広報根室2月号が今朝届いた。裏表紙の人口統計をみてびっくり、1月1日現在で27,018人というのは本当なのだろうか。1年間で1032人も減ったことになる。前年同月比表示なら1032人減はとんでもない数字だから担当者も管理職もミスに気がついただろう。

 数ヶ月前に広報根室は人口統計の表記方法を説明ナシに変更した。それまでは前年同月比対比で1年間の増減を表示していたのだが、前月対比に変更したのである。民会会社では前月対比で数字を比較することはまずないといってよいだろう。月次変動幅が大きくて意味がないからである。

 表記方法の変更理由で考えられるのは一つだけ、人口減少の加速化を事実を市民に知たくないということ。
 これは市立根室病院の年間赤字額公表でも同じことだ。この数年間、年間赤字額は15-20億円の間を推移しているが、公的会計では赤字額を一般会計からの繰入金で帳消しにするから、黒字決算に化けてしまう。15-20億円もの赤字決算を「広報根室」では黒字と公表している。
(昨年度は北海道新聞根室支局すら実際の赤字額を載せなくなった。取材力は大丈夫か?)
 同じことを今度は人口統計でやり始めたということ。インチキをいったんやり始めると、それは増殖する。感覚が麻痺するからだろう。担当職員は管理職に変更を命じられたら思考停止してそのままやる。「公僕」だから、市民のために仕事をしているはずだが、いつの間にか直属の上司や市長のために仕事をするようになる。

 藤原前市長の時代は年間400人弱の人口減少だったが、長谷川市長に代わってから氏の人口減少が加速し最近は500人前後になっている。統計数字は市の人口減少歯止め策が破綻していることを証明している。

 1月1日の人口統計データを公表しているが、市のホームページの人口統計数値は毎月月末の数字である。月末の数値も月初めの数値も同じだからどちらでもかまわぬ。
 広報根室の裏表紙の載っている数字と昨年2月の広報根室の数字を並べてみる。

 平成27年1月1日現在 28,050人
 平成28年1月1日現在 27,018人
          差し引き  1,032人

*下段の数値は「平成27年広報根室2月号」
http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/dcitynd.nsf/image/19055a4b2396e93749257c59001947cf/$FILE/270201all.pdf

  2ヶ月ほど前にチェックしたときには、600人弱だったから、この数字は考えにくい。根室空襲でもあって400人が死亡したということでもない限りありえない。昭和20年の根室空襲では500人の市民が米軍機の爆撃で殺されたが、平成27年12月にそういう事実はない。広報根室掲載の1月1日付けの人口が間違っているのではないか?

 根室市のホームページで平成26年12月末日の人口統計をみると、28,050人で、広報根室の数字と同じである。ところが、平成27年12月末日の数字は27,629人である。

*根室市のホームページ
H26:
http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/dcitynd.nsf/doc/eb613549f6a1803b49257e180021d731?OpenDocument
H27:http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/dcitynd.nsf/doc/A87E3E585ED98BD849257F7A001097E4?OpenDocument

 広報根室2月号の人口統計数字は間違っているのではないか?
 市役所ホームページの数字と広報根室2月号の数字が異なっているのは事実である。
 広報根室3月号と市のホームページ上でちゃんと説明したらいかが?
 それから、前月対比は意味がないからおやめになって、市民に人口減少の事実を知らせるために元の前年同月対比に戻されよ。
 市議会はこういう公表数字の恣意的変更をチェックすべきだ。誰が決定し、どの部長と課長が決定に関与したのか調べるべて「根室市議会だより」で公表するくらいのことができないだろうか?市議会の市政チェック機能に期待したい。



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#3457 根室で火事:光洋町五階建て市営住宅 Nov. 16, 2016 [根室の話題]

 午後1時25分頃、消防車と救急車が通った。煙は見えないので、またゴミでも燃やして小火(ぼや)騒ぎかとおもった。すこしたってからまた消防自動車が通った。それからまたすこしたち、今度はスピードを出して消防が通り、コンビに前の角を左折した。
 自転車に乗って見に行ったら、五階建ての市営住宅の2列目の4階から大量の煙が出て、消火作業中だった。根室で4階の火事は初めてではないか。消防署員の方たちはクレーンでの消火作業に慌てただろう。
 家に戻ってカメラをもって現場写真を撮った。
 救急車が来ていたから、怪我人がでたかもしれない。関係者と思われる人の車が規制線の中を通されていった。

<追記>午後10時10分
 留守中の火事だったようで、幸い怪我人や亡くなった人はいなかったようです。詳報が明日の北海道新聞根室地域版に載るでしょう、そちらをお読みください。


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#3455 根高女子バレー部全道大会 Nov. 16, 2016  [根室の話題]

 沖縄修学旅行から帰ってきて、翌日に試合会場へ向かった。日程が重ならなくてよかった。これが例年通り東京と京都・奈良だったら、日程が重なっただろう。運が強い!

 12年ぶりに出場がかなった15日に行われた全道大会で、釧路江南高に1回戦敗退。

 2セット先取した方の勝ちで、
   16-25
   18-25

 釧路江南高は湖陵に次ぐ進学校であり、元は女子高の伝統校である。伝統の点では根室高校のほうが古い。ちょっとの負け惜しみを噛み締めつつ、よく健闘したと称えたい。(笑)

 さて、これを現1年生がどのように受け継ぐのか、2年生はあと1年間弱どのように1年生を指導していくのか、お互いに我辛抱と工夫を重ねて伝統をつなぐのだろう。

 部員が足りずに廃部の危機の時期の数年間をつないだ柏陵出身の部員、そしてその後数年後に同様の危機を乗り越えて伝統をつないだ光洋出身の部員、この二人を知っているだけに、また何かが伝統に付け加わることを期待したい。
 部活を維持して次の世代に渡すために、それぞれの時代に異なる課題が待ち受けている。ドラマだね。

 あ、部活顧問の先生、12年ぶりの快挙とメンバーたちの活躍、よかったね。どきどきはらはらだったでしょう。若い者たちの成長を見るのはたのしいものです。


*#3452 根室高校女子バレー部全道大会出場:おめでとう Nov. 9, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-11-08-1

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#3454 総合体育館建て替えは必要か:不適切な検討体制 Nov. 13, 2016 [根室の話題]

<更新情報>
11/14 0時半 <余談:オール根室>追記
11/15 8時10分 <余談> 追記
11/15 10時半 追記

 総合体育館せある市青少年センターが築後46年経ったので、新築したいということだが、小中学校はすべて耐震改修したのに、青少年センターだけ新築するのはなぜだろう?
 地域別人口推計データによれば、24年後の2040年に根室市の人口は9000人減少して17,892人、現在よりも1/3少なくなります。
 大きな体育館はほんとうに必要だろうか?

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 ハンドルネーム「相川」さんが投稿欄での提案してくれています、現状の利用者数をベースにして、24年後の利用者数の推計をやってみたらいかが?

 
現在市内の中学生は1学年230名ほどですが、社会保障・人口問題研究所の地域別・年齢階層別人口推計によれば、24年後の2040年には根室の小中学生の1学年の人数は110人に激減することがわかっています。減るのは小中高の生徒だけではありません。
 利用者数が半分以下になっている状態を想像してください。これはデータの根拠のある主張です。
(鉄筋コンクリート製の体育館の法定耐用年数は47年です。耐震改修すれば20年は延ばせます。そのときに、根室市の人口に見合ったコンパクトな体育館を新築すればよいのです。住民が意見を出し合って、じっくりと建築仕様をつめたらいいのでしょう。)
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 市街化地域の3中学校が数年以内に統廃合されて1校になります。小学校はとりあえず2校を残すことになっていますが、小学校の方が6年先に生徒数が減るので、順序が逆でおかしな話です。中学校の1校体制の6年前に小学校を1校体制にするというのが物の順序でしょう。
 統廃合で4校の体育館が「余剰」となります。市街化地域の小中学校はこの数年間ですべて耐震改修を終わっていますので、それを利用すれば十分どころか、十分すぎるほど施設があります。二つ体育館を市民に開放するだけでスペースは倍以上に拡大できます。

 検討体制にも疑問があります。北海道新聞の記事には「市民委員会」を設置して検討すると書いてありますが、市民委員12人のうち10人は市側で決めた諸団体の推薦人で占められています。たった2人だけ公募だと書いてあります。形式上は市民委員会かもしれませんが、見方によっては、ただの「市政翼賛機関」です。新体育館建設の是非を判断するものではなく、いままで設置された「~市民委員会」同様に、市側の案に承認を与えるために設置されたものにみえます。

 根室市はいつも市民を排除して閉鎖的な「~市民委員会」もどき方式でことを進めてきました。
 ここ10年間で立ち上げられた3つの委員会がどのような結果を残したのかを検証してみます。
 まず第一番目は市立根室病院建てに関わる委員会です。長谷川町会連合会長が委員長となって検討していました。市側に建て替え後の損益がどうなるのかわからないので、もっと現実的な損益シミュレーションを提示するように要求したのですが、長谷川市長は約束していた損益シミュレーションを提示することなく、突然最終案を提示して「明日、道に審査書類を出さないといけないから承認して欲しい」と迫りました。委員会は審議せずに市側の建て替え案をそのまま承認しました。委員の中から異論がでていましたが無視。(弊ブログ#2203に詳しい事情をが録してあります)。市民委員会は機能したと言えるでしょうか?
 「市政の翼賛機関」として「~市民委員会」が使われました。前市長の藤原さんが音頭をとって招聘した病院建設コンサルタントの提言は市立根室病院の年間売り上げの範囲内、25億円での建て替えを薦めていました。実際には70億円ほどもかかっています。巨額の建築費がいま病院経営の足かせになっているのです。

 二番目は3年ほど前に何度か弊ブログでも取り上げましたが、「明治公園憩いとふれあいの森構想市民委員会」が設置されました。委員長は市の取引業者の元大地みらい信金の北村理事長です。市長の諮問委員会の委員長が取引業者の元トップというのは健全ではありません。案の定、異例の短期間で審議終了し、再開発を決めました。新聞報道によれば委員の中には反対意見を述べた人がいたそうですが無視、ずいぶん強引な運営でした。
 予定されていた開発項目はアスレチック施設、オートキャンプ場、敷地面積1200坪の研修用および管理棟、パークゴルフ場等です。総工費は40億円を超えていました。
 四十年ほど前に設置したアスレチック施設が利用者がいないまま錆び付いて撤去してから十年経ったでしょうか。霧が多い根室では野外のアスレチック施設は利用できる日が少ない。市民の意向を無視して自然を壊し、再開発をしようというものでした。市民の意見を反映したものとは言い難いものです。
*委員名簿(根室市のホームページ)
http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/dcitynd.nsf/image/464d3b67764acd0b49257b51001e9b1a/$FILE/4%E6%98%8E%E6%B2%BB%E5%85%AC%E5%9C%92%E6%86%A9%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%B5%E3%82%8C%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%AE%E6%A3%AE%E6%A7%8B%E6%83%B3%E5%B8%82%E6%B0%91%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A.pdf
*施設構想案
http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/dcitynd.nsf/image/464d3b67764acd0b49257b51001e9b1a/$FILE/8構想内容一覧.pdf

 三番目は高校統廃合に関わる委員会です。市側は市民との議論を避けて、市民排除の閉鎖的な「検討委員会」を立ち上げ、最近の学力テストデータも見ずに、単位制の高校への切り替えを決めてしまいました。
 来年4月スタートですが、すぐに大きな問題が表面化します。同じ教科書で授業できないほど学力差が大きいのです。対策は用意されていません。「科」を同じくしたために、違う教科書が使えません。
 現在の根室高校で使っている数学と英語の教科書と、根室西高校で使っている教科書を比較すれば、問題点が鮮明になったはずです。
 そして、過去十年間の市街化地域の3中学校の学力テストデータを並べてみれば、この十年間の急激な学力低下、すなわち学力上位層の枯渇化と低学力層の肥大化はデータにはっきり現れていました。
 そういう調査もしなかったのですから、杜撰な検討であったとしか言いようがありません。
 特進コースとそれ以外とで使う教科書を別にできるなら問題はかなり緩和できますが、制度上同じ科では2種類の教科書を採用できないのではありませんか?
 そうだとすれば、被害に遭うのはこれから高校へ入学する生徒たちです。
 少人数で議論すると、視点が限定されて、視野狭窄となり重要な問題点が見えてこないのです。教育は町の発展の礎です。検討委員会のメンバーたちは一生懸命に仕事をして20年30年後の根室の町をさらなる衰退の深みへと誘(いざな)ってしまいました。

 根室はいつでもこのように、市長の諮問委員会に「~市民委員会」という名を冠して一般市民の参加を封じ、市側の案にお墨付きをえるやり方をしてきました。「市民委員会」とは名ばかりで、排他的なやり方です。
 ご覧の通り市側が設置した3つの「市民委員会もどき」はことごとく検討に失敗しています。
 失敗は繰り返したくないものです。二度あることは三度ありました。しかし、4度目の失敗はいまならわたしたち根室に住む者と市議の皆さんの協力で未然に防ぐことができます。

 小中学校の統廃合で、耐震改修済みの体育館が4つ用済みとなります。これを二つ使えば十分ではないでしょうか?青少年センターは耐震改修すればいいのです。
 市長は排他的な検討方式をやめてオープンな場で何度も協議し市民の意見を聴くべきです。
 聴いた後で結論が変わらないということもあるでしょう。でもそれは住民の決断ですから、未来がどうなろうと、根室に住むわたしたちの自己責任ということになります。

 11月11日付け北海道新聞根室地域版より
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 総合体育館 検討を本格化
  
市教委
   来月にも市民委員会 
委員2人を公募

【根室】市教委は、市が第9期総合計画で掲げる総合体育館建設に向けた検討を本悪的に始める。市民の意見を聞きながら施設の内容や整備予定地などを議論する総合体育館整備市民委員会の委員を募集しており、12月上旬にも初会合を開く予定だ。(石井慧)
 
 市は3月、2015年度に全道2位の12億9千万円を記録したふるさと応援寄付金(ふるさと納税)を活用し、「根室市総合体育館建設基金」を創設して1億円を積み立てた。8月下旬には市のスポーツ振興策などについて話し合う市スポーツ推進審議会を開き、市民委員会を設置することを決めた。
 市内では現在、市青少年センター(牧の内)が市民にとっての総合体育館的な役割を果しており、、一般解法やスポーツ大会などで利用されている。
 ただ、市青少年センターは1970年完成で、市教委が行った耐震診断で震度6以上の自身で「倒壊する危険性がある」と判定されている。体育館の広さは焼く1120平方メートルと、今年10月にできた中標津町の総合体育館「330アリーナ」に比べて約4割の広さで、手狭になってきている。
 市が13年に行った市民意識調査では、45.2%が「スポーツ施設の状況」について「不満足」と回答した。
 市民委員会は公募委員のほか、町会や小中学校校長会、社会福祉協議会などから推薦を受けた計12人で構成。市民の意向調査を行い、総合体育館の目的や、施設内容について話し合う。
 公募委員は2名で、市内に住む18歳以上(高校生は除く)が対象。希望者は市のホームページに掲載している応募用紙に必要事項を記入し、市教委社会体育課に提出する。18日午後5時必着。問い合わせは社会体育課 電話0153・23・5982 へ。

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 ついでに申し上げますが、ふるさと納税資金は市債残高を減らすために使うべきです。子どもたちに大きな債務を残してはなりません、それがわたしたち団塊世代やその次の世代の責任でもあります。公債・市債残高合計額は平成26年度決算で199億円あります。市税収入は26-28億円の範囲内ですから、年収の7倍を超える借金があります、家計なら返済は無理、自己破産必須の状況ですから、まず借金を減らすことが最優先です。人口減少が加速しているので、国からの交付金も減少するし、市税収入も減っていきます。10年先、20年先のことを考えませんか?
(成27年度決算がまだアップされていません。上場企業では決算ご2ヶ月以内にホームページ上でも公表しています。7ヶ月経ってもアップされないというのは不思議です。仕事のやり方を改めたら、6月にはホームページで公表可能です。)
*根室市のホームページ (3)公債費・市債残高の状況 9ページ参照
http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/dcitynd.nsf/image/90f544667780cf46492570c700066ba3/$FILE/ATTV48F6.pdf


< 余談:オール根室 >
 ボランティアであっても、仕事を委嘱された委員には責任が伴います。検討対象となる事項に関する専門知識や市の財政状況に関する知識は当然必要です。それらが無いなら引き受けるべきではありません。
 三つの委員会のうち二番目と三番目は公募委員は2名のみ。明治公園の再開発に関する委員会は13名です。今回の総合体育館建設に関する委員会は12名です。おそらく、市立根室病院建て替え整備市民委員会も似たような構成だったのでしょう。
 どの委員会も仕事の責任を全うしたとは言い難い。市政翼賛機関と化してお墨付きを与えただけでした。
 建て替えはひどかった。当初はニホロ地区が建設予定でした。そこへ委員会のメンバーを連れて行った。委員会はニホロでOKを出した。駒場町の候補地の地価が高いという理由でニホロだったのですが、道新が駒場町の地主に取材して、売却予定価格が市側の発表よりもずっと安いことをすっぱ抜きました。商工会館でなされたたった一度っきりの市民説明会でニホロが一番安かったと虚偽説明をしたのが長谷川助役、現市長です
 ニホロへ移転したら遠くて病院へ通えないとわたしの隣にいた老人が泣いていました。助役の長谷川さんはあの場で、現地建て替えが可能だというebisuの主張に耳を貸しませんでした。「傾斜地なので不可能」だと言ったのです。私は2000年に常務理事として首都圏で300床弱の療養型病院の建て替えをやっています。産業廃棄物が埋設された谷地でしたが、コンクリートパイルを百本ほど岩盤まで通して坪単価65万円(市立根室病院は130万円)で病院新築をやりました。パイルは打ち込みではありませんから、工事中は大きな音はしません。「大きな音の出ない工法でやってください」と注文をつけただけです。「技術的なことはわたしたちにお任せください、入院患者さんに不快な思いをさせないように配慮した工法を採用します」と即答でした。院内の病棟責任者や調理の責任者、事務方の責任者を集めて、実務や理想的な動線の確認をして副院長と院長お二人に説明・確認をしました。そこを十分にやっておいたので、ゼネコンとの打ち合わせは短時間ですみました。あとは設計段階での細かい部分の確認だけ、実務を詰めてありましたから、基本仕様変更はいっさいなしです。
(ゼネコンは新日鉄、担当は東大卒の1級建築士の営業部長お二人でした。一人はたまたまある会で一緒で知っていた人でした。「ebisuさんが病院側にいて仕切ってくれるなら坪単価65万円で引き受けます」と念押しはありました。仕様と実務を詰めたので変更なし、当初予算どおり、1円の増額もありません。病院建て替えの要点は実務設計と仕様書にありますから、その手順はシステム開発とほとんど同じです。病院建築を仕切るのは初めての経験でしたが、わたしにはいくつもやった仕事のひとつにしか見えませんでした。唯一の違いは、所管官庁との交渉が必要だったことです。これも建築仕様の確認ですから、お手の物です。横浜市や神奈川県庁との交渉が面白かった。全額補助金で建て替えました。オーナーの持ち出しは1円もありませんでした。わずか、2年足らずの仕事でしたが、建設費で病院理事長のKさんは6億円は得をしました。わたしがスカウトされて建て替えの仕事を引き受けて時には、ゼネコンのフジタと仮契約をして建築仕様を固めている最中でした。何度か仕様変更があり、10億円の予算がすでに15億円になっていました。建て替えを負かされるとすぐにフジタとの仮契約をご破算にしました。相手のペースに乗ってしまっていました。どちらから言い出したのかは知りませんが、五千万円の裏金の話まで出ていました。派遣元の医局の教授が交代すればご挨拶にそれくらい必要でした。理事長が自分の懐に入れたくて出た話ではないのです。でも国の補助金を利用して建て替えるので、不正が明るみに出たら補助金返還ということになり、病院はつぶれます。リスクを回避しました。税金を払って医療法人のほうから支出すればいいのです。病院経営にとっては必要経費、どうってことのない金額です。
 仕様を固める前にゼネコンと打ち合わせをするとどういうわけか見積金額がどんどん高くなっていきます。そこがゼネコン側の狙い目です、当初は安い見積もりを入れて、仕様変更で値段をアップしていきます。院内実務や動線を自前でデザインすることで、それを封じました。ゼネコン側も設計のし直し作業がなくなるので、コストが低減できます。品質を落とさずに低コストでやるためには、ゼネコン側と院内側に仕事のできる人間が仕切っているという条件が必要です。
 市立根室病院の建築費があとから追加になった理由がわかります、仕事のやり方が杜撰だったのです。それは電子カルテシステムに象徴的に現れています。あれを導入したら、外来診療のレイアウトが大きく変わります。仕事の順序が逆となり、システム投資だけで4-5億円棄ててしまいました。)

 市立根室病院は岩盤で地盤が強固です、だから建築技術上は何の問題もありませんでした。場所を移したら、新病院ということで許可が下りないので結局、現地建て替えになったのです。市民委員会はその都度、市側の案を了承するという体たらくでした。
 知識の無い人が何人集まって委員会をやっても意味が無いことはこれだけでお分かりでしょう。建設費のカットの仕方も知らない、建て替え後の損益シミュレーションもできない人たちが集まっていました。はじめからこの仕事は無理だったのです
 高校統廃合問題の検討委員会も退職校長が入っていたのでしょうが、データすら見ないでことを決めました。結果から見ても検討能力なしです
 どの市民委員会も、8割の委員が経済諸団体や町会、社会福祉協議会等の推薦人です。検討能力の無い人たちを、その都度推薦してきたというのが事実のようです。よく見ると、推薦母体や推薦人には市側と利害関係のある団体や団体の推薦人が載っています。
 ふるさとを愛するキモチよりも、総じて自分のビジネスが大事名誉職が好き欲深だということです
 これがオール根室ですよ。検討事項や市の財政について知識も批判精神もなく、市の重要事項を決定しています。いや、市側の案にそのままお墨付きを与えているだけです。でも、ダメな人ばかりではありません、反対意見を述べている人がどの委員会でも数人いるようですから。

 閉鎖的な諮問委員会での議論を繰り返してきたから、根室の町は衰退を続けてきたし、いまも衰退し続けています。「オール根室」はふるさと根室の敵(かたき)です。

 長谷川市政も3期で終わりでしょう、そろそろ市役所内部に叛旗が翻っても良いのではないですか?市役所にだって自分の利害損得を棚上げして、しばらくはふるさとや子どもたちのために仕事したいと思う人がいるはずです。もちろん、経済諸団体にだっているはずです。数十人、百人単位の団体構成員の全部が腐っているわけではない。この十数年間で、何人かそういう人と話ができました。
 
 根室市の『市民意識調査結果報告書 概要版』(H27年8月7日)をご覧あれ。根室市総合政策部総合政策室の仕事ですが、ピントを外しています、仕事のレベルがわかろうというもの。この部署に政策提言能力があるのだろうか?そのうち論拠を示して取り上げたい。
http://www.chitose-grp.co.jp/

 2009年に青年会議所が行った市民意識調査アンケートです。
http://www.google.co.jp/url?url=http://www.news-kushiro.jp/news/20161105/201611054.html&rct=j&frm=1&q=&esrc=s&sa=U&ved=0ahUKEwinhNq-oafQAhXHzbwKHRSnBpQQFghIMAk&usg=AFQjCNHH4qdJzDCPSUt2WZoTKfFmB12KnA


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*明治公園再開発関係弊ブログ記事
 #2203 明治公園再整備市民委員会:市民委員会は市政翼賛装置 Feb. 9, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-02-09

 #2513 市立根室病院の経営状況について:財政再建特別委は機能しているか?  Nov. 28, 2013 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-11-28

 人口減少は加速しているのに膨らみ続ける根室市の予算規模
 #2603 平成26年度根室市の予算:21年間の予算推移 Feb.25, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-02-25

 地元信金は本業で地域経済への貢献ができるのか?企業理念や理想がなければ経営は堕落するもの。
 #2334 大地みらい信金3期連続の増益そして地域経済は衰退 Jun. 19, 2013
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2013-06-19





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#3452 根室高校女子バレー部全道大会出場:おめでとう Nov. 9, 2016 [根室の話題]

<更新情報>
 11/10 0時40分 <余談>追記
 11/10 10時半 追記:昭和天皇・吉岡先生、現在の天皇・小林先生、皇太子・町田正さん、

  2005年の11月に入塾した長身の中学3年生(柏陵)の女生徒OMがいた。171cm、視力が2.0だった。学力の伸び代が大きいように感じたので、高校へ入学したら、パイロット目指して猛勉強してみないかと話した。戦闘機の女性パイロットが3名いることを何かの雑誌で見て知っていたので、防衛大学進学を薦めたのである。難関だが、チャレンジしてみる価値はあると思った。
 即答だった。
「先生、わたし高校へ入学したらバレーやりたいんです」
 進学のつもりは無いとはっきり。
 だが、3年間部員が3名のままで卒業した。彼女たちがつないでくれたから今がある。そのあとに光洋中学のバレー部の生徒が2008年に高校へ入学して部員5-6名で続けた。回転レシーブであざになったとよく言っていた。「先生、わたしシックスパックだよ、百回やれる」、光洋中で腹筋ナンバーワンの「腹筋女」だと自慢する面白い生徒だった。
 昨日の北海道新聞根室地域版を見てびっくり、12年ぶりに根室地区予選を勝ち抜き全道大会出場が決まったというのである。写真には11人写っているが、このうちの5人は知った顔だ。
 (知っているうちの)4人は啓雲中出身の生徒で。小学校3年生から中学卒業までの7年間を高校と大学でバレーボールの選手だったN村先生に鍛え抜かれた。指導スキルが高いので強くなった。
 一度バドミントンの指導で東京からいらした小寺さんに同行して啓雲中学校体育館に行ったことがあるが、運よく体育館の半分を仕切ってバレー部が使っていたので練習を見ることができた。なかなか合理的な練習をしていた。週に一度は理論研究もしているといっていた。
 写真の中の2年生のある生徒が2ヶ月ほど前にぼやいていた。指導のしかたに不満があったようだ、自分に辛く当たると感じていた様子。
 おそらく指導している先生はこう考えている。高校2年生だから、君たちが1年生の面倒を見なければいけない、いままでのように先生の指導どおりにやっていたのではダメで、自分たちが各人に合う効率的な練習メニューを考えて1年生を指導する立場だから、立場をわきまえて変わってもらいたいと思っているはず、意識を変えろと伝えた。

 道教委が大谷翔平を起用した文武両道と大書きしたポスターを全道の中学校に配布したのは、2014年3月のことだった。いまの高校2年生が中2の3月である。
 啓雲中学校の校長S藤先生は、その前から学校通信で文武両道を自分の経験(根室市立光洋中学校野球部での)を引いて具体的に解説していた。ポスターが配られたら早速廊下に張られていた。バレー部のN村先生もサッカー部の先生も野球部の先生も文武両道を盛んに口にするようになったからこの学年は学力が高かった。全国学力テストでほぼ全国平均値をクリアしていた。
 高校進学時に啓雲中バレー部から4名が旭川や帯広の強豪校に進学した。残ったメンバーたちは根室地区大会を勝ち抜いて、全道大会で元のメンバーに会えると歓んでいる。
 おめでとう!

11月8日北海道新聞より
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根室高女子バレーボール部
 
守り鍛え12年ぶり全道へ

【根室】根室高校女子バレー部が第69回全日本高校選手権大会の根室地区予選会を制し、12年ぶりに全道大会に出場する。他の大会を含め、同部の地区予選優勝は根室バレーボール協会が把握する45年間で初めて。守備力を鍛えて競り勝った。選手たちは「全道大会でまずは1勝したい」と練習に励んでいる。

 
15日初戦 「まずは1勝」
 管内4校の総当りで行う地区予選は10月15日に市青少年センターで行われた。これまでは競合の中標津高や別海高になかなか勝てず、3位か4位の年が多かった。だが、今年は粘り強く戦い、いずれの試合も接戦の末に勝利した。
 部員が集まらず毎年苦労してきた。3年生が退部した昨夏は選手は1年生4人だけ。書道部など文科系の部から助っ人を出してもらい、各大会にどうにか出場した。小柄な選手が多く、現在の部員の2年生6人、1年生5人の平均身長は157cm。「他校と比べると10cm近く低い」(顧問の桑谷伸一教諭)という。
 そんな不利を克服しようと、力を入れたのが守備の強化。選手たちは「ボールを両手で触る」「ルーズボールを落とさない」など「七つのおきて」を決め、1日1時間半程度の短い練習ながら守りの基礎固めを徹底してきた。地区予選で見事成果が発揮され、無駄な失点を抑えて競り勝った。
 桑谷教諭は「」部員も少ない中、夢のような結果を残してくれた」と選手たちをたたえる。部長の松宮莉乃さん(2年)は「勝てたことで自信につながる。部員のメンタルも強くなった。全道大会でも勝ち進みたい」と意気込む。
 北海道代表決定戦は14日から札幌市などで開かれる。根室高は15日、釧路江南高と稚内大谷高の勝者と当たる。
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 啓雲中学出身者は中学校の全道大会でいいところまで行ったのではなかったかな。優勝校に負けたと聞いたような気がする。
 現在は部員の数がこの十年間で一番多く、中学バレーボールで全道大会経験者が5人いることがこの結果を生んだのだろう。それにしてもN村先生の指導を離れて、しっかり自分たちで効率的なメニューの研究を重ねたことは立派だ。

< 余談-1 >
 中学時代のことだが、毎日厳しいトレーニングに明け暮れていた彼女たちに、短時間で同じ効果を発揮できるトレーニング方が必ずあるはず、あると思わなきゃ見つからない。効率重視でルーチンを見直すことは社会人になったときに武器になる。N村先生の言うとおりにだけ動いていたら指示待ち人間になる。理論研究はやっているかと問うと、毎週1日試合のビデオを見たりして研究しているとの返事だった。見上げたものだ。

 彼女たちは中学校を卒業して進路が別ればらばらになった。残った者たちは7年間みっちり指導してくれたN村先生なしでやらなくてはならなかった。そしてそれをちゃんとやり遂げた。
 工夫して効率的なトレーニングを考え出し、まだまだ強くなるだろう。N村先生が3年生のときに盛んに言っていた文武両道も忘れないでもらいたい。


< 余談-2:ビリヤード国体があれば・・・ >
 ビリヤードに国体があれば、部員が10名いたら、わたしは2年間で彼ら・彼女たちを全国大会出場させるくらいの指導技術がある。すぐれた指導技術は上達をそれほど加速することができる。もちろん自分で編み出したものではなく、プロが教えてくれたり、プロに質問して書き溜めたものだ。
 筋のよさを見込まれてアーティスティックビリヤードで世界銀メダルの町田正さんを育てた、彼のお父さんに少しの間教えていただいた。初めて八王子のビリヤード場をたずねたときに、キューとタップをみて、「タップを削らせて欲しい」と言ったので、どういう削り方をするのか興味があったので、「どうぞ」と応じた。「このキューは新宿の○○名人の作だ、そしてこのタップはもうお目にかかることのできない幻の名品だ」、そういいながらうれしそうな顔で、半球状に削った。そんな削り方は初めて見たので、なぜそういう風にまるでボールの上部1/3くらいに削るのか訊いた。理屈よりもドロー・ショットをしてすぐに了解できた。ボールの最下端を撞いても、ミスショットが少ない。いままでよりももっと下を撞ける、といっても1-2mmのことなのだが、軽いショットで切れのよい「引き」ができる。短クッションで「的球」をリターンするときにコントロールが自在になった。最下端を撞くときにタップの半球状の頂点よりも上に当たる。的球の中心Oと半球状のタップの中心O'が、接点で直線状になるので鋭いショットをしてもミスが減るようだ。町田先生はこう言った。
「わたしはプロだからレッスン料をいただいて教えている。ebisuさん毎日おいで、あなたにはただで教えてあげる。」
 仕事が忙しいので時間がとれない、八王子まで週に1度、3ヶ月くらい通って教えていただいた。

 昭和天皇のビリヤード・コーチだった吉岡先生(故人・札幌「白馬ビリヤード」)のタップの削り方はクラッシックな方法だった。半球状には削らない。ボールの上部1/5くらいを切り取ったような形状に調整していた。吉岡先生はコントロールが利くからそれで十分なのである。先生の時代は、ビリヤードのボールは象牙製だった。重くて大きいのでコントロールがじつに難しい。そういうボールで慣れてしまうと、キューの扱いがまるで違う。合成樹脂のボールに切り替わったのは1960年頃だ。象牙の中心部分のいいところを使うので、1本から1個しかとれないと聞いたことがある。だれが言ったかは覚えていない。吉岡先生は、ebisuが小学生の頃に年に一度、ラシャの張替え作業に来てくれていた。かわいがってくれた。高校を卒業した翌年に、彼女と駅前通を歩いていたら、突然「トシボウ」と声がするので、振り向いたらライオンズクラブで献血の呼びかけをしていた。笑って挨拶して、彼女とい一緒に献血した。実に品のよい白髪のお爺さんだった。4年くらいお会いしていなかったので、よく見分けがついたと思った。
 スリークッション世界チャンピオンの小林先生にも、常連会のメンバーだったので、わからない部分を図面に描いてもっていき、質問して何度か教えていただいた。それらが理論研究ノートになっている。ビリヤードの場合は、セミプロレベルの技は本ではわからない、師に面授してもらうことで受け継げる。小林先生はNHK出版から『ビリヤード入門』という本を出している。これはNHK教育テレビでシリーズで番組を担当したときにテキストとして著したものだ。あるとき先生に「セミプロクラスの技術指導書を書いていただけたらありがたいのですが、ご予定はありませんか?」とお尋ねしたら、「本を読み、その通りにやってみたが、できないという人が必ず出る」だから、書くつもりがないとおっしゃった。一知半解で、自分の知識や技術が及ばないことを考慮せずにクレームをつける人がいると説明されて、納得した。キューの切れは人によって差が大きい、だから、そこらへんも見て、指導のしかたが違ってくる。技術レベルが高くなれば、面授しかないのである。プロの技を注意深く観察してもわかることはある。
 吉岡先生は昭和天皇、小林先生は現在の天皇、町田正さんは皇太子のビリヤードコーチである。わたしは、町田正さんに3回ボークラインゲームの相手をしていただいたことがある。まるで、相手にならなかったことは当然。彼はボークラインゲームの日本チャンピオンである。これら3人に、ビリヤードを教えてもらう幸運に恵まれたのは、日本でただ一人だけだろう。ビリヤードも素振りが大事だ。八王子のビリヤードには鉄製のキューが置いてあった。お父さんの説明だと、そのキューで息子二人に素振りをやらせたんだそうだ。『巨人の星』のお父さんのような人だ。懐かしい。(笑)

 ついでに書いておくと、図面で研究する方法は駿台予備校の数学の先生である荒木さんから教えていただいた。かれは五種目チャンピオンのディリスのサマースクールに参加するためにヨーロッパに出かけるほどビリヤードが好きだ。腕はわたしよりもだいぶ上。プロ試験に合格できるほどのレベルである。数学が好きな人はビリヤードも好きになれるだろう。
 言いたかったことは、指導技術の高い指導者に教えてもらえば短期間で大きな効果をあげることができるということ。指導者がいなくても、強豪チームやオリンピックチームのビデオを見たり、強豪チームの練習メニュー情報を収集したり、自分たちで工夫することで、カバーできるということ。そういう工夫を日々重ねたチームメンバーは社会人になってからいい仕事ができる。



*#2615 「文武両道」 大谷翔平からのメッセージ:北海道教育委員会制作ポスター Mar. 13, 2014 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2014-03-13

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#3432 10月だというのに秋刀魚が売り場にない Oct. 9, 2016  [根室の話題]

 10月8日お昼ころ駅前の鮮魚店に秋刀魚を買いに行った。いつもは入り口のすぐ前に秋刀魚が置いてあるのだが、1尾もなかった。おひょうを買ってきた。刺身用のものをフライにして食べる。

 秋刀魚船が入ることは入ったのだが、獲れなかったという。目指した漁場には秋刀魚がいなかったのだそうだ。明日も入らないから入荷は明後日以降になるとお店の人が説明していた。
 今年は型の小さい秋刀魚が多くて、脂のたっぷり乗った180-200gの大型のものがほとんどなく、120-150gのものが多かった。

 最低気温が10度を割るようになった。昨日は7.2度、海水温が下がってくれば、秋刀魚も道東沖に寄ってくるかもしれない。水温低下で漁場が南下してしまえば、根室花咲港への陸揚げが減る。
 まだしばらく新鮮な秋刀魚を食べたい。今週は大漁でありますように。

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#3390 金刀比羅神社例大祭8/11: 金棒と獅子頭 Aug. 11, 2016 [根室の話題]

 集団の金棒(かなぼう)は珍しい部類に属する。
 お祭り見物をしていたら、2年上のY先輩に声をかけられた。金棒は東京三社祭でも先導係りとしてあることはあるそうだ。集団の金棒は根室独特のものではないだろうか。
 koderaさんから「金棒って何?」と質問をいただいたので、写真を見ながら説明したい。
(1時の気温は17.0度、根室の夏は涼しい!夜9時には12.7度です、床暖房をつけました)

<これが金棒>
上部にステンレス製のワッカがついています。上下に振ると音がなります。勢いよく引き上げると、横長のトラック状の輪に真ん丸い小さな輪が4個ついているので、一緒についてきます。そこでがちっと力任せにとめます。急停止ですから小さな輪が横長のトラック状の輪に激しくぶつかり音がでます。55年前のお祭りでは、腕力のある水産加工場の男工さんたちの金棒隊がありました。みんなが掛け声をかけながら息を合わせて、力いっぱい振ったり止めたりするんです。息が合うと音もシャンシャンとひとつになる瞬間があります、見事な力技でした。根室高校の男子生徒の皆さん、10人でいいから、「金棒隊」を編成して練習してくれませんか。太鼓もいいけど、金棒の技の迫力もすごい。根室高校に金棒同好会や金棒クラブがあってもよい。伝統技を復活して、金刀比羅神社のお祭りのメインイベントにしましょう。ところで、元気のよい金棒をやれる若い人はいないのでしょうかね?そんなことないと思いますが...各経済団体で5人ずつ選抜隊をだして編成することだってできるはずです。根高剣道部がやればど迫力の金棒隊になりそうです。竹刀を振り下ろして剣先を止めるのと同じ呼吸でしょうから。剣道部の銀狼君、金棒振ってみないか?(笑)
 この55年間の大きな変化は、20歳代の大人のパワーがお祭りから消えてしまったことにあるようです。それはそのまま根室の衰退とイコールです。何とかしませんか?
 
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<中学生女子の金棒隊>
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<交差点での先太鼓を囲んだ金棒隊-小学生>
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<同じく先太鼓を囲んだ金棒隊-中学生>
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<緑町1丁目交差点を出発した金棒隊-中学生>
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<同じく、小学生>
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<金棒休憩中>
 三脚状に立てかけられています。アスファルトを突いても、へこみません。直径1cmほどの白い円形の跡が残るだけでした。
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<獅子に犬が吼えています>
この獅子舞は女性ですが、頭の動きが生きているようでとっても上手でした。犬は本物だと思って吼えてるようです。身体は小さいが、一歩も退きませんでした。その姿に周りの人たちは大笑い。
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<獅子頭、地面に寝そべってただいま休憩中>
逆光だったので、露出は「マイナス1」にセット。場所は緑町2丁目と3丁目の境の交差点です。2時半ころですから、太陽が斜めになって影がくっきり。陰の中にある丸い小さな白点は金棒でアスファルトを突いた跡です。かなり古い、風格のある頭です。
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<弩迫力!>
 獅子頭はひとつずつ表情が違います、手造りだからでしょう。
  神社行列ように2個、各祭典区に2個ずつ計8個、第三祭典区にもうひとつ、合計11個の獅子頭があるのかな。いや、各祭典区に4個、合計19個かな?獅子頭を一つ一つアップしたら面白いでしょうね。来年、やってみましょうかね。
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<神輿と教会建物の競演(昔、トンガリ幼稚園バプディスト教会)>
 ここは登り坂です。50年前にこの交差点で、大人の担いだ神輿がよろけて、路上駐車していた車を一台へこませました。途中でお酒が入ったので、から元気でよろけました。コースがいまとは逆で、下りだったから、コントロールが利かずにちょっとだけふらつきました。屋台が並んでいましたが、交差点の手前で切れていて、赤い車が駐車していました。車の鋼板は薄いから1.5トンの神輿の枠木がかすっただけで、大げさにへこむんです。出雲神社の大きな石灯篭も縦木の端がこつんと当たったら吹っ飛びました。神輿は重いので、危ないのです。高校生の担ぎ隊は酒を飲みませんから、しっかり仕事をしました。いまの大人は神輿を担いでも、振る舞い酒をほどほどにしかいただかないようで、品がよくなりました。(笑)
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 赤ん坊を連れて祭り見物をしている若いお母さんをたくさん見かけましたから、町の将来に希望を見たような気がしました。伝統文化を復活・維持するために智慧を絞ってやればいいだけ。未来はここに住んでいるわたしたちが創っています。

 久しぶりに、サリーさんに遭いました。極東のワイン・バーを閉めてから2度目です。サリーさんのブログを見て、全国からお客さんが来てました、じつにいいお店でした。
 姪御さんが金棒に出ているので追っかけながら写真撮影してました。「あ~ら、ebisuさん、お久しぶり」、ほんとうにお久しぶりでした。マスクをしていたので声をかけていただくまでわかりませんでした。術後半年経ちましたが、元気な姿を見て一安心、2~3年は免疫が落ちるので体がきついときがありますが、がんばりましょう。
 もう5年くらい経つでしょうが、道新記者のお一人が神輿を担いだことがあります、そのときにサリーさん走りまわって写真を撮っていました。いまはナホトカ支局(?)にいるのかな。医療や教育問題は苦手でしたが、歯舞の昆布物語シリーズの記事は秀逸でした。双沖で昆布漁師になりたての拓也と一貴の意気込みがよく伝わってきました。いつもニコニコ、お人柄のよい記者さんでした。道新根室支局の記者さんたちはみなさん「極東のワインバー・サリー」の常連さんでしたね。(笑)
 サリーさんと一緒に勝代さんの事務所にお邪魔してちょっとおしゃべり、アイスコーヒーをご馳走になりました。風邪を引いているときのような鼻声で元気がないような気がしたので気になりました。微熱はないのですぐに治るでしょう、何しろ市議では若手です。勝代さんの事務所は緑町2丁目ですから千客万来で、忙しそうでした。若い女性市議さんのますますのご活躍を期待しています。
 数日前に歯舞で薬局を開業した方がいると北海道新聞根室地域版に載っていましたが、薬剤師のご当人がお子さんを連れて現れました。日本最東端の薬局です、皆さんどうぞご贔屓に。
 本田市議がカメラをもって行列を追いかけて写真撮影していましたので、ご挨拶。こちらは日焼けして、とてもお元気そうでした。
 市議では古株の遠藤さんが鈴木貴子衆議院議員を伴って、お祭りの行列について歩いていました。親離れして一人で歩く姿を見てもらいたかったのかな?顔見知りの遠藤さんともご挨拶、愛想のよい人だからいつも笑顔で応じてくれます。コミュニケーションは気持ちのよい挨拶から生まれます。挨拶の相手は思想信条、党派を問いません、無節操でよい。(笑)

*#3389 金刀比羅神社例大祭8/10  Aug. 10, 2016  
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-08-10

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#3389 金刀比羅神社例大祭8/10: 1.5t重量級の神輿  Aug. 10, 2016  [根室の話題]

 今年も金刀比羅神社へ神輿の出発を見物に行った。写真を7枚アップするのでふるさとへ帰省できない人たちに懐かしんでもらいたい。
 10年前は、スキルス胃癌と巨大胃癌の摘出手術を受けて、3週間後にこのお祭りを見ていました。お祭りの1週間前、術後2週間で退院、その日にある方の葬儀に参列していました。数人の友人が「大丈夫か?」と心配してくれる中、同級生のK(仲間内では'ヒロシ'です)が、「ebisu、顔色悪い、長いことないな」、心底心配してそう言ってくれました、40日の入院で12kg体重が減り、歩く姿もふらふらしていましたから。(笑)
 執刀外科医はMRI検査結果を診て、肝臓に転移している可能性が高いので、手術の際に肝臓を触診してみると予告していました。癌なら指で触れて診ればわかります。開腹してみたら、すでに大腸に浸潤しており、リンパ節への転移があり、肝臓触診の結果、肝転移の確信があったのだろうと思います。「1ヵ月後に肝臓の一部摘出手術の可能性があります」と執刀医がわたしに告げました。そう聞いても不思議なことにわたしには不安がわいてこなかったのです。
 結果として肝転移はありませんでした。オヤジが大腸癌の手術の2年後に再発、肝転移があり、全身へ癌が転移してしまいました。2度目の手術は「アケトジ」でした。術後4ヶ月で逝きました。お腹に触れると、皮膚を通して肝臓が板のように硬くなっているのが医者ではないわたしにすらはっきりわかりました。
 肝臓触診で外科医の判断が正しくないはずがありませんから、肝転移は消えてしまったとも考えられます。人間の身体は不思議に満ちています。外科医と消火器内科医のドクター(主治医)、そして親切な看護師さんたちのお陰でしぶとく生きています。(笑)
 昨日は2泊3日の道内旅行も術後初めてできました。こうして術後10回目の金刀比羅神社のお祭りを見れることに感謝です。

 50年前に、高校生だったわたしもこのお神輿を担ぎました。いま高校生は担げないのですね、担ぎたい人がたくさんいるでしょうに、気の毒です。班をもうひとつ増やしても、「高校生のカツギタイ」は編成できませんかね。毎年50人の高校生が神輿を担ぎ、それからふるさとを離れていってほしいのです。とっても大事なことだと思っています。
 金棒をみていると、50年前とは型が崩れてきています。腕力の違いがあるのでしょうがないのですが、本物の金棒演技を見たことがないからでしょう。
 腕力のある若い男工さんたちの金棒は、音が完全にひとつになる瞬間がありました。10人でもよいから、高校生男子グループが昔の金棒演技を復活してほしいと思います。「復活!ザ・カナボウ隊」、10人集めていずれかの祭典区へ登録する高校生が出ることを期待します。根室高校の同好会登録してください。1年間活動すれば、翌年からクラブに昇格できます。伝統はつないだり、復活することが大事です。


<出発直前の神社の境内で-1>
 まぶしい!団塊世代のわたしが担いだ神輿はこんなにまぶしくなかった、ご利益が増したのでしょう。四本の組み木の内、長いほうが重いんです。二人でようやく持ち上がります。
 綱の結び方が違うって、数年前に見ていた人が言ってました。神輿の綱の結び方に詳しい人でした。話を聞いてみましたが、他の地方の方でした。結び方はたくさん種類があります。
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<出発直前の神社の境内で-2>
 中央の二本、右と左で結び方が違って見えませんか?来年は左右同じ結び方で美しく飾ってほしいと思います、見る人は見ていますからご油断めさるな。

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<この鳥居を神輿が通ります>
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<神輿が鳥居を出るところです>
 肩当がついているでしょう、こういう装束での神輿担ぎは全国的には珍しいのです。町神輿はハッピ姿で担ぎます。衣装は担ぎ手グループが揃えます。
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<ピンクの飾りがきれいですね>
 神輿が大きく写っているピンクの飾りに隠れてしまいました
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<神輿が車道に出ました>
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<西部祭典区の山車です>
 うれしそうな顔して元気いっぱい太鼓を叩いていました。たぶん、毎年太鼓を叩いている子たちです。お祭り最高!
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 誰も言いませんが、祭りに参加して「日当」がでるなんてお祭りは珍しいのです。どういう経緯でそうなったのかは知りませんが、子どもたちは「アルバイト」として割り切っている者あり、祭りが大好きで参加する者ありと、二つに分かれるようです。
 小中学生の数がピーク時の1/5に減少していますが、24年後にはさらに現在の半分になりますから、そろそろお祭りのやり方について再考すべきときに来ている気がします。
 金棒ひとつをとってみても、昭和30年代には男工さんのグループと女工さんのグループがありました。金棒は大人のほうが多かったのです。根室の水産業の衰退とともに、若い男工さんや女工さんたちが根室の町からいなくなり、お祭りも変わってしまったのです。どう変わったかというと、若い大人が減り、子どもたちの比率が増えました。今度はその子どもたちがいま激減しています。祭典区によっては根室外の子どもの参加を募るところもあるようです。若いころお祭りに参加していたが、地方へお嫁に行って、自分の子どもに根室のお祭りに参加させたい、そういう希望者が増えつつあります。
 伝統の維持は一筋縄ではいかないのです、時代に合わせて変わらなければいけないこともあります。
 でも、根室市政がそうであるように、祭りの在り様を一部の者たちだけで決めてはいけませんよ、金刀比羅神社のお祭りは根室っ子みんなのものです。
 

<余談:団塊世代の高校同期会>
 神輿の先導役を毎年やっているK浦と神社境内で立ち話した。9月3日の高校同期会は参加55名、東京から16名ほど来るという。懐かしい顔に会えそうだ。同期は7クラス350名だったから、1/7が集まる。地元に残っている者は半数の参加だそうだから2割強の80名くらいがいるのだろう。高校を卒業してから、8割がふるさとを離れたということ。そういうことが今も続いているのですから、根室の人口が減るわけです。


<余談-2:伝統>
 昔、根室高校には総番制度がありました。団塊世代よりも5年先輩の総番長は親戚のお兄さん、野球部のキャプテンでした。お祭りの時には、10人ほど後ろに従えて闊歩していました。総番と並んで歩くものはいません、一歩下がって後ろからついていきます。権限と背負っている責任が大きかったので、誰もが認めていたのでしょう。統率がとれていました。
 高校生のときに、その人から「仁義」のきり方を見せてもらいました。「お控えなすって、早速お控えなすってくださってありがとうござんす、手前生国発しますところ・・・」、右手を前に出し、左手を後ろに回して、型と台詞が代々引き継がれていました。小さく折り畳んだ紙切れは代々渡されたものだったようです。昔は、町のやくざとの揉め事があると、総番長の出番です。台詞を間違えたら、殺されたって文句は言えないと言ってました。総番長になるのは覚悟のいることだったのです。生徒会長よりもずっと責任が重かった。あの紙切れを卒業した後ももっていたということは、後輩に引き継がなかった可能性があります。責任が軽くなれば、権限も軽いものにならざるを得ません。
 団塊世代の1年先輩のときにはすでに型がなくなっていました。同期の総番とは仲がよかったので、仁義の仕方を受け継いでいるかと2年生のときに訊いたことがあります。伝わっていませんでした。下級生には総番にふさわしい人材がいなかった。それで、相談して総番制度を廃止しました。A野と三人のプロジェクトだった。当事者は総番長のK泉だけですから、彼が決断しなければならなかった、男気があって偉かった。20人ほどの番長グループには総番制度の廃止に反対の勢力もありました、Kはたいへんだったはずですが、やり抜いてくれました。先輩たちを含めて人脈や複雑な事情がありました。A野は地元でずっと共産党でがんばっています。異色のトリオだったからこそなんとかなったのです。これだけで小説が一つ書けそうです。
 2年生の時に、「根室高校生は丸坊主にすべし」という校則の改正をしました。いまから見るとおかしいでしょう、でも丸坊主にしないと根室高校へ入学できなかったのです、わたしも入試直前の一月に丸坊主にしました。
 丸坊主・校則改正は2年生のわたしの発案で段取りも生徒会の先輩たちから任せてもらった。言いだしっぺのおまえがやってみろということだったのでしょう。会長のSさんも、副会長のH谷さんとF堂さんも快く賛成してくれました。ガリを切り、輪転機を回してアンケート用紙を作成し、学校側の弱みであるPTAにアンケート調査を実施、その結果を集計して、全校集会を開き、校則改正を実現。修学旅行のときには髪を伸ばして東京・京都へ行きました。3ヶ月前でした。
 勝つ段取りをちゃんとすれば、ことはそれほど難しくありません。段取り=戦略が7割、残り3割は何があってもたじろがないことです。
 わたしたちがやらずとも、校則はいずれ後輩たちが変えたでしょう。だが、総番制度だけは型が崩れたまま残してはいけないものでした。総番制度にはもともと厳しいルールがありましたが、1年先輩たちのときにはそれが崩れてしまっていました。ただのワル・グループでは、百害あって一利なし、残しておく意味がないのです。しっかり、伝統が受け継がれていたら、総番制度はいまもあったかもしれません。あれはあれで、効用もあったのです。
 副番が3人いました。二人は大学へ進学し、一人はあるテレビ局の取締役になりました、おとなしいけど目に凄みがあるんです。大学が同じだったので、東京の同窓会のあと二人だけで銀座で飲んでから、もう二十年ほど経ったような気がします。人材がそろっていて楽しかった。異色の人材が手をつなぐと思いもかけない結果が生まれます、そういうことを高校時代に経験できたのは幸せなことでした。

 ユニークな友人が何人もいるので、「勉強だけではない」というのはよくわかるんです。総番長は勉強はしませんでしたが、統率力に優れていました。でも、昔は根室高校に入学できたのは同期の三人に一人だけでしたから、入学できただけで、なかなかの成績だったのです。当時の商業科は3クラス、150人の定員で、競争率は2倍を超えていました。だから、ワルでも上位1/3に入っていないと根室高校へは入学できませんでした。わたしを東京へ誘ったのは総番のKです、彼がいなかったらいまのわたしはありません。「ebisu、一緒に東京へ行こう」、あいつのこの一言がなかったら根室から出ませんでした。高卒でそのまま勉強して地元で公認会計士くらいにはなっていたかもしれません。公認会計士が必要な会社なんて根室では根室信金ぐらいなものでした。
 一人、高校1年のときに中退して、銀座で飲食店2店のオーナーになったT木君がいます。中学時代は別の学校で、1年生の時には別のクラスでしたから、まったく面識がなく、1年足らずの在学中の記憶がありません。だから「君」をつけて書いています。でもなかなかの奴であることは、東京でKの紹介であったときにわかりました。銀座のお店はひとつは高級店でしたから一度も顔を出したことがありませんが、もうひとつのお店は数回行ったことがありました。T木は在学中は総番長になるKとつるんでいました、中学時代からのポン友だった。高校中退して、東京に出て、銀座で働き、お店を持つにはそれなりの出来事がいくつもあったでしょう。それを乗り切るパワーのある奴であることは、一目見てすぐに了解できました。家業のビリヤード店を小学校時代から高校卒業までずっと手伝っていたので、さまざまな職業の大人と接して、人を見る目が自然に磨かれたようです。
 慥かに、「学力だけではない」のです。喧嘩が強いだけでは人がついてきません、根っこに人の信用と覚悟がいるんです。三つともあったら社会人としては「鬼に金棒」でしょう。総番グループは「玉」が3割、「カス」が3割、どっちつかずが6割でした。6割には人っ子のいいのもいました。羅臼のボンボンのA部、美容師になって一時は数店舗の経営者になった温根沼のA野、副番の一人M蔵も花咲港のボンボンで人っ子のいいやつでした。
 人生の大半は高校卒業までの生き方で決まったように感じます。高校卒業までに「性根」が育ってしまうんです。その時期に曲がってしまうとなかなか直らないし、直せないものだから、若い人たちは高校卒業までにしっかりした生き方の基礎、「性根」を鍛えてください。
 どんなやつでも本気で自分を変えようと願えば変われます。たまたまその時期に性根が曲がって育っても、決してあきらめず、自分の性根をまっすぐにする努力を怠らないでください。神様がそうするように、どこかでそういうあなたの姿をあたたかく見ている人がいます。


<余談-3:根高ラグビー部創設の思い出>
 新任の村田先生が明大ラグビー部のご出身であることがわかりました。すぐに3人ほどに声をかけて、ラグビー同好会結成を持ちかけました。必要な人数をそろえられそうなので、村田先生に顧問になっていただけるか伺いました。人数はそろいそうです、規則があり、いきなりクラブにはできないので、1年間同好会として活動してもらえば翌年には責任を持ってクラブへ昇格させますと約束して引き受けていただきました。明大ラグビー部のトレーニングメニューを持ち込んでいただいたので、すぐに強豪校の一角である中標津高校に勝てるようになりました。翌年、約束どおりにクラブへ昇格の約束を果たしました。
 当時の生徒会会計は国で言うと大蔵大臣のような存在で、権限が大きかったのです。もちろん仕事の責任も大きかった。予算・決算の両方を単独でやっていました。手書きで帳簿をつけていたのです。2年先輩の女性が作成した帳簿は、字が実に丁寧できれいでしたから、わたしの字は恥ずかしかった。N野先輩の字があまり上手ではなかったので、ほっとした記憶があります。
 クラブ活動の予算は2年生のときから、先輩の生徒会会計のN野さんに「おんちゃ、やれ!」と任されて、各部の部長と副部長を生徒会室へ呼び、予算額を決めていました。予算と決算は会計が単独でやらなければならない仕事だったのです。学校祭や文化祭の支払い関係も、生徒会担当の先生と二人で各商店を回ってやっていました。
 この各部の責任者との予算交渉は企業人として働くようになったときに、全社予算編成作業にそのまま使えました。30億円の売上規模でも300億円の売上規模でもスタンスは同じでした。輸入商社へ中途入社したときにも、SRLへ東証Ⅱ部上場準備要員として中途入社したときにも、半年経ったら全社予算編成を任されていました。すべては根室高校生徒会会計のときに基礎ができていたのです。予算編成を任せてくれた先輩のN野さんに感謝です。公認会計士志望だったN野さんは大学の学部も一緒で、たくさんお世話になりました。先生にも、いい先輩たちにも恵まれていました。

<余談:3年G組>
 高校3年生の秋に、高校を中退してゴルゴ13の斉藤タカオの一番弟子になり、「劇画家」となった神田猛、『御用牙』シリーズがヒット作だった。
 アンダーグランドで有名になった富山加津江は漁師の娘で美術部の部長だった。
 総番長のK、副番で花咲港のボンボンのM蔵、羅臼の漁師のボンボンのA部、共産党のA野、変わった奴が多かった。ベクトルが不ぞろいだが、エネルギーだけは大きい。大きく分けて男女ともに3グループぐらいに分かれていた。それでもなんとなくまとまってしまうのである。
 加津江は大橋巨泉の「11pm」に何度か出演していた、「女傑」といっていいだろう。アンダーグラウンドの女王、渋谷に自分のビルを持っている。3年間同じクラスで仲がよかったので弥生町の彼女の家に遊びに行ったことがあった。「お汁粉食べるか?」と訊かれて、うっかり「うん、食べる」と言ったら、1階の台所に下りていって、直径40cmはあろうかという大きなお鍋からお玉で何杯か掬って、どんぶりで「はい、どうぞ」。これでは加津江が太るはずだ。漁師の家の鍋は大きい。1年生のときは教室でストーブを囲みながら、よく雑談した。A部やA野(和田村)やA野(温根沼)と話していると、そこに加津江が割り込んでくるのである。わたしの家は1階がお店で、2階が住まいだった、玄関に入って「こんにちは」と大きな声で一声かけて、わたしの部屋に上がってくるのは女の友達では加津江だけだった。
 羅臼の漁師の娘のK尻は趣味が高じて、横浜で「絵手紙」の先生をしているようだ。富士銀行へ勤めたA部さんは千葉で食堂をやっているそうだ。M保さんは道銀だったかな、その後はS学会の熱心な信者であちこち飛び回っていた、よく笑う人だった。どうしてこんなに個性的な人が集まったのだろう。扱いにくい生徒を一番端のGクラスに集めたのだろう。担任の富岡先生はさぞご迷惑だっただろう。わたしもGクラスの重要メンバーの一人だった。1年生のときの担任(現代国語と古典担当)に嫌われてF組を「追放処分」になったのだ。富岡先生が「お前の成績では元のクラスに残すことになっているのだが、...よっぽど嫌われたんだ、何やった?」(笑)
 何にもしていない、ただ、テストのときにN村先生が黒板に書いたことは一切書かなかった。自分の考えを書き通した。現代文の解釈なんて、年齢と感性が違えばいく通りもありうる。

*富山加津江の消息 ウィキペディアより 「イメージフォーラム」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%A0

 富山加津江の映画作品
http://movie.walkerplus.com/person/52266/

 「記憶のかなたへ」 ・・・写真が載っていた
http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20081011/1223740649


*#3390 金刀比羅神社例大祭8/11: 金棒 Aug. 11, 2016
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2016-08-11


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