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#3575 北の勝 「まつり」大吟醸酒: 人の縁 Aug. 5,2017 [根室の話題]

<更新情報>
8/8朝8時7分 追記

  北の勝といえば日本最東端の造り酒屋、碓井勝三郎商店の酒である。毎年、金刀比羅神社の例大祭(8月9・10・11日)が近づくと、300mLの大吟醸酒「まつり」を売り出す。

  曇り空、そして微風、サイクリングに絶好の日和だ。空気圧を7barにセットして、オホーツク海コースをロードバイクで疾走してきた。5000mのタイムを測ったら10分33秒、平均時速28.6kmだった。トータル23kmの平均時速は23.1km、風がないので軽快に走れた。気温は17度。

 ほどよく疲れて気分がいいので、とっておきの酒「まつり」を飲むことに決めた。肴は干した氷下魚(こまい)、地元でとれる庶民の魚である。シーズンになるとだれが糸を垂れても、50~100尾くらいは釣れる。いまでも本町の岸壁から海をのぞき込むとチカがうようよ泳いでいるのを見ることができる。
  昔は秋になると、岸壁に2百人ほども詰めかけて釣り糸を垂れていた。わたしも中学2年生のころまでは家から歩いて5分の本町の岸壁からよく釣ったものだ。チカは生きて跳ねているのを天ぷらにすると、油の中で体をくねらせるから身が割れる、とっても美味しい。

  氷下魚は数日干すと味が濃くなり、美味しさが増す。地酒は地元で獲れる魚がよく合うと言うがほんとうだ、相性がいいのである。
 電動自転車なら、友知海岸でチカや氷下魚や花咲ガニを、花咲港で大ぶりのチカやアブラッコを、東梅海岸ではカレイ釣りを、というように日替わりで楽しめる。魚影が濃いから、どんなに下手でも釣果はそれなりに期待できます。一月ほど根室に滞在して釣りを楽しむのもいい。根室市が定住促進用の住宅を貸しているので、問い合わせてみたらいかが?

  秋刀魚は胃のない魚だそうだが、小さい時から秋刀魚が大好きな私も11年前にスキルス胃癌と巨大胃癌を併発して全摘手術をして以来胃がない、胆嚢も全摘、浸潤していた大腸も一部切除した。食べたものは直接小腸へ入るので食は細いが酒はすぐに消化吸収が始まるから酔いは速い、そういうわけで干した氷下魚2尾とコップ一杯のお酒で十分である。今宵はじつに美味しかった。これもふるさと根室で暮らす幸せ。
  大吟醸酒「まつり」はワインの好きな女性にもおススメの一品


*酒泉館: 限定品なので、量が少なく、あいにく売り切れです。
http://shop.shusenkan.com/products/detail.php?product_id=10

この写真は酒泉館さんのホームページからコピーしました。
北の勝「まつり」大吟醸 300ml 限定品

 純米吟醸酒が2日前に発売になったようです、こちらは辛口。


<余談:思い出さまざま>
 酒泉館は曙町にあった珠算塾の塾長(故人)の奥様のご実家の酒店。塾長のT橋先生はもともとは釧路の人ですが、珠算指導を「男子一生の仕事」と言って、根室に骨をうずめました。たくさんの弟子を育て、根室のレベルを全道有数のところまで押し上げました。仕事人として尊敬しています。

 高橋珠算塾からはじめて商工会議所珠算能力検定1級の合格者は東大現役合格したY田さん、彼が一番弟子、団塊世代のebisuよりも一回り上ではないかと思います。お会いしたことはありません。根室高校へ転校してきて珠算塾に通い始めて1年間で1級合格ですからそのすごさがわかります。中標津からの転校生でした。Y田さんは中標津で珠算塾に通っていたことがあるそうで、ですから1年間のトレーニングで一級合格したわけではないようです。でもY田さんが抜群に優秀だったことは間違いない。東大受験する高校生が珠算塾に通うなんて話は聞いたことがありません。当時の根室高校の校長が「東大を受験しようなんて言う身の程知らずがいる」と全校集会で発言、その校長にとっては東大受験なんて高嶺の花だったのでしょう。結果は現役合格、校長先生びっくりしたでしょうね。
 根室高校2年先輩の岬町のS山先生が二番弟子。わたしは二人目の商工会議所1級合格者ですから三番弟子と自称していますが、残念ながら出来のよいほうではありませんでしたね。二級に一度落ちてます。それで、T先生が一か月間特訓してくれました。日曜日に「四回×2時間」だったかな、それで合格。お陰でどれくらいの時間集中的に練習すれば合格できるかつかめました。一級を受けるときには珠算塾へ通っていませんでした。二回目で合格でした。団塊世代が珠算を習った頃は全珠連の検定試験はマイナーで受験者がいませんでした。状況はすぐに変化して、五歳ほど年下の後輩たちから全珠連検定を受験するようになり、優秀な塾生が育っています。小学生で五段が二人出た(K沢、T田)あとは堰を切ったように五段以上が輩出しています、最高位は十段。大学院生の時に同期に誘われて教職科目を履修し、一橋大学の隣にある都立第五商業高等学校で教育実習をやったことがありますが、珠算部では三段と四段がいました。四段のT橋さんは無駄がなくて流れのきれいな指の動きでした。珠算用語で「運指」といいます。恩師と同じ苗字ですから覚えていました。もう一人は三段のK島さん。運指をみただけでも腕のほどはわかります。T橋さんの算盤はボタンのついたものでした。弾いてみて珠が踊らない、吸い付くようにとまります。運指がきれいな人の算盤はその人の癖がつくので、算盤も名器になります。だから使っている算盤を弾けばその人の運指のほどがわかる、つまり腕前が知れるわけです。わたしよりもはっきり腕が上でした。三段のK島さんがわたしとどっこいどっこい。日商珠算能力検定一級を半分の時間で合格点がとれる程度が全珠連三段だとわかりました。二人とも高卒で富士銀行(現みずほ銀行)へ就職したはず。
 この学校は「一学年10クラス×40人」でしたから1200人弱の学校でした。男子生徒が1割程度しかいませんでした。日商簿記一級の指導は大学から講師が派遣されていました。1200人弱の生徒を擁する首都圏の商業高校ですら、日商簿記一級を教えることのできる先生はいませんでした。日商簿記一級を教えられるほど簿記のできる先生は高校の先生にはなりません。税理士になるか公認会計士を受験しますから教職課程は履修しないのです。都立五商では毎年数人が日商簿記一級に合格していました。根室高校では過去に合格者はいません。日商簿記能力検定一級は「商業簿記、会計、工業簿記、原価計算」の四科目あり、半分ほどが論述式の問題です。わたしは3年生の6月に受験したのですが、15点ほど足りませんでした。合格できると自惚れていました、甘かった。手痛い思いをしました。
  教育実習の時に柔道部ものぞいいたら、先生一緒にやりませんかと誘わいれて、柔道着を借りて三年生の男子生徒に稽古つけてもらいました、重心を上手に崩されてすこんすこんと転がされました。上手に投げてくれるので受け身がしやすい。十年ぶりくらいに畳の感触を味わい気持ちよかった。柔道場がなくて体育館に畳を敷いてやってました。部活が終わると片付けます。根室高校はわたしが高校生の時には「柔道・剣道場」が生徒玄関前に独立の建物としてありました。いまもあるのかな?ところで根室で最初に五段への道を切り拓いたあの二人の小学生はいまどうしているのかな?
 十二年ほど前の正月に年始のご挨拶に行ったときのことでしたが、上川支庁長を退職したY田さんから来た賀状を見ながら、「教えた中では彼が一番優秀だった」と明言していました。分塾を任されていたS山さんが中央大学文学部へ進学したので、そのあと分塾の指導を頼まれ一年間やりました。金曜日はわたしが曙町の本塾で指導し、先生は汐見町の分塾へ、そういう分担でした。
 高校生の時には帯広で開かれた全道の全珠連加盟塾の集まりやご自分が郊外で経営を始めたレストランなど、当時はあちこちに連れて行ってくれました。
 第一回市民珠算大会開催は根室高校の柔道・剣道場でやったのですが、根室高校側の調整はわたしがやりました。都合のよいことに、珠算部の顧問は担任のT岡先生でした。わたしは珠算部員ではありませんでしたが、全道大会には毎年「助っ人」選手として出場していたので、T岡先生は二つ返事で了解してくれました。そういうわけで、大会役員と選手の掛け持ち。選手宣誓と暗算だけ出場、あとは大会役員として進行係と読上算の読み手をやりました。あれは慣れていないとできません、読み間違えたらシャレになりません。十億単位の読上算を高速で読まなければなりませんから根室高校にはやれる先生がいませんでした。
 第一回の暗算種目の優勝はわたしです。この種目だけは誰にも譲りたくありません、ちゃっかりしてました。(笑)
 家業のビリヤードを手伝い、根室高校生徒会の仕事をし、珠算塾で教える、生徒会会計もN野先輩(大学も先輩)の指名でしたから、断るわけにはいかない。当時は予算編成作業(各部の部長との予算折衝)と帳簿の記帳と決算業務が任されていたので、商業科学年3クラス150名で簿記ナンバーワンが指名されていました。でも実務は全商二級で十分です。二年生の時に生徒会の選挙があり、三年生の二人の副会長が「応援演説をするからebisuやれ」と命令されて引き受けましたが、生徒会顧問と校長の反対があり、面倒くさいのでとりやめ。理由は生徒会会計をやっているから駄目だとのことでしたが、男子は坊主という時代錯誤の校則改正をやったためににらまれていたんです。当時は詰襟の黒の学生服に坊主頭が校則で決められていました。根室商業時代のバンカラな校則があったのです。修学旅行の三か月前に撤廃して髪を伸ばして修学旅行にいきました。父兄にアンケートを取って、校則通りに全校集会を開いて決議、仕事は段取り八分です。「修学旅行は髪を伸ばしていくよ」といったら生徒会の先輩諸氏が「やってみろ」と賛成してくれました。暑い中のマラソンで熱中症で死亡事故があり、校長が左遷、体育会系の新任校長が来たばかりでしたから。「あいつに生徒会会長をやらせたらなにをやるかわからない」、嫌だったのでしょう。間に挟まった生徒会顧問の先生困ってました。立候補しない代わりに友人のH勢を副会長に立候補させるから応援頼むと副会長の二人に了解をもらいました。H勢は短大に進学して21歳で税理士試験に合格し、東京有楽町でずっと税理士事務所をやっています。優秀な奴です。先輩の副会長のお二人は、H谷さんはヤクルトの釧路支店長、F御堂さんは根室税務署へ就職して室蘭税務署長で退職。いい先輩たちに恵まれました。
  いくつか頼まれて引き受けであっというまに高校生活が終わってしまいました。T橋先生とはビリヤードも一緒にしましたが、こちらはわたしが先生で、T橋先生が生徒、楽しい高校生活でした。(笑)
 T岡先生、T橋先生、泉下のお二人に感謝申し上げます。


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