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#3527 「九人会」川湯温泉旅行 Apr. 10, 2017 [ゆらゆらゆ~らり]

  高校時代の同級生が「九人会」という会を作っている。根室人は会が好きだから様々な会が根室にはある、そういうものの一つと考えてもらいたい。恒例行事が年に2回ある。正月2日の新年会と春の川湯温泉旅行だ。
  昨年の高校同期会の折に、散布漁協で仕事をしていたN田が「俺も参加したい」とメンバーの誰かに告げたようだ。もちろん歓迎で今回はゲストだが次回からは「正会員」である。東京から故郷へ戻った私もすぐに受け入れてくれた。
  土曜日のお昼ころに、根室の魚屋さんで刺身や冷凍煮エビを買い込み、酒も仕入れて、A野の車に6人同乗して川湯へ向かう。2時40分に到着した。
  羅臼のD目と釧路のH谷が先に到着して部屋割りを決めてくれていた。自然に役割分担ができている。わたしは根室漁協に勤務していたE藤と同室だ。さっそく風呂に入り、3時から宴会を始めた。
  他のメンバーはビールだが、わたしは北の勝「大海」をいただいた。北海島エビの剥き方下手くそなのを見かねたA野がやり方を教えてくれる。数尾やってみたら少しできるようになった。味噌の部分を落とさない剥き方がある。E藤が見かねてA野を突っつき、小声で「トシに剥いてやれ」と言う。A野が数尾剥いてわたしの皿に放り込んでくれる。胃のない私は十数尾食べたら満腹だ。6時までみんなでワイワイガヤガヤやりながら飲んだ。もう一度風呂に入って6時半から宴会である。
  コンパニオンが2名きた。御馳走が並んでいるが満腹でほとんど食べられない。N田が特別な牡蠣を持参してくれた。養殖の手のかけ方が違うのだそうだが、癖のないうまい牡蠣だった。二つだけいただいた。
  九時少し前に近くのスナックに6人で繰り出した。「ザックバラン」という店名だった。カラオケで歌って騒いで10時半すぎにお開き。店を出てラーメン食べて帰るというので、わたしは寄らずにまっすぐホテルへ帰るからと告げると、A野が一緒に帰ろうと強く誘うので、暖簾をくぐった。醤油味のさっぱり系のラーメンだった。A野が子どんぶりを頼んで、わたしに少し分けて「食え」という。これぐらいなら、明日朝に下痢を起こさずに済みそうなので食べた。優しい奴だ。高校時代から共産党でがんばっている。
  漁協関係者が多いから、牡蠣やウニの養殖の仕方、同じものでも栽培場所が異なれば味も違ってくるし、手のかけ方も千差万別。ウニの養殖には餌として草のイタドリを使うところが多いそうだ。最後に食べさせるのが昆布だ。品質の良い昆布がウニの味を決めるという。道内各地は宮城県の種苗センターから牡蠣の種を買い入れて養殖栽培しているという。厚岸には種苗センターがあり、自給自足できるようだ。厚岸湾の大黒島には固有種が棲み着いており、固有種の保存に努力している。偉いものだなと感じ入ったしだい。知らないことだらけだから、漁業組合関係者であった彼らの経験と知見を聴くのは楽しい。

  来年は夫婦同伴でどうだという提案が羅臼のDからあった。子どもの年齢が同じ友人同士は家族ぐるみの付き合いがあった時期があるが、そうではない者もいる。奥方同氏は友人関係ではないからそのあたりの配慮をどうするか、幹事さんが考えてくれる。女房殿は3人の奥方と付き合いがある。
  初参加のN田が喜んでいた。根室と浜中は離れているから、すんなりと仲間になれるか心配だったのだ。飲み始めたらすぐに高校時代の和気藹々とした気分に戻っていた。

  A野は一人ずつ家まで送ってくれた。往復の安全運転ありがとう。


<余談-1:Y岡>
  九人会は同級生の会と書いたが、一人だけ例外がいる。Y岡である。太平洋石油の根室元支店長といえば根室では大概の人が知っている。彼だけはクラスが違う。しかし、高校を卒業してからわたしのクラスのメンバーと「酒悦会」を毎月のようにやっていたから、クラスのメンバーのようなものだ。Y岡は中学校時代の同級生で、そのときの三人の親友のうちの一人である。
  高校の担任だった富岡先生は50歳を過ぎたころ、ご両親の介護のために教員をやめて東京大田区に戻られた。東京では二年に一度くらい同期会をやったが、富岡先生は毎回出席してくれた。あるとき、先生がこんなことをおっしゃった。
 クラス会に見慣れないやつが混ざっているので、「お前は誰だ?」って訊いた。そうしたらY岡が「ebisuの友人です」と応えた。「みんなも(違和感なく)認めているようなので、お前の友人ならいいかと思って、「名誉市民」として認めた」と笑っておられた。先生はY岡の人柄を一目で見抜いたのだ。
  先生は最初の癌の手術のと数年して癌が見つかり、3度手術をした。最初の手術から数えて二十年ほど、一昨年亡くなられた。好い先生だった。

<余談-2:体調>
  2月から首と右肩から腕にかけてしびれた感覚があり、だるくて重い感じがして睡眠がとれない。神経を痛みが走るので、その都度寝返りをうち姿勢を変えるがダメ。そのうちに疲れ切ってしばらく睡眠がとれる。
  35歳の時に首と左肩から腕にかけて同じ症状を起こしたことがあった。新宿西口のNSビル22階で仕事をしていたから、4階にある東京女子医大循環器センターで治療を受けた。1か月ほど通院治療を続けたが治らなかった。首の神経を切ればよくなると言われたが、神経を切断するのは乱暴な話なのでお断りして、通院をやめた。毎日冷たい牛乳を2L飲んでいたのでそれをやめた。そして肉食を減らしてみたら、徐々に症状は改善を見せて、完治した。対処が適切だったかどうかは不明だ。自然に治ったのかもしれぬ。
  今回はカイロで温湿布すると症状が改善することが分かったので、痛みがひどくて眠れない時にはやっている。東京へ2週間行っていたのでそれもあって、体重が3㎏も減少し、58㎏になった。体力が著しく低下してしまった。
  この旅行で1kg増えた。川湯の水(摩周湖の伏流水?)がおいしくて、宴会の間ずっとちびちびと水を飲み続けていた。少し元気になった、ありがたい。

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コメント 2

tsuguo-kodera

 川湯温泉ですか。大相撲相撲博物館があったところでは。大鵬記念館もあったのでは。懐かしい響きです。北海道は何でも美味しいものが食べられて良いですね。東京では無理ですね。
 私は今は愛犬の食べられるものを家では食べています。すべて塩気を抜いたもの。北海道産の生ものも、茹でて、そのままちぎって手から食べさせます。私は大抵お酢をかけるか、何かポン酢のような物をかけて食べています。犬以下でしょう。犬の食材の方が高級品。だってエゾシカのジャーキーもあるのですよ。安いはずなのに高価です。
 犬は本当に正直で可愛い。人間と付き合うより好きです。家の犬は、プリウスのコマーシャルのトト君より可愛いし、セレナのサラちゃんより知性的です。親ばかになりました。
 言葉は全て理解しています。でも言うことはまず聞きません。反抗し、私が叱るのが遊びと思っているのです。犬を飼い、めちゃくちゃ可愛がったら、子育ての極意が分かったように思えます。息子と娘は失敗しました。遅かりし由良乃介。
 旅行は犬のお蔭で一泊旅行しかできません。これだけが犬を飼ったデメリットでした。残念です。北海道も海外旅行も遠くなりました。体調が回復してももう無理。不味い食事で我慢我慢。(泣)



by tsuguo-kodera (2017-04-10 20:22) 

ebisu

koderaさん

エゾシカ・ジャーキーがお犬様の餌ですか、びっくりです。では人が食べているのはなんと呼べばいいのでしょう?(笑)

日本全国どこでも体に良くておいしい食材をほどほどに食すことができたらいいですね。

by ebisu (2017-04-12 12:03) 

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