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#3446 信頼の喪失と回復  Nov. 1, 2016 [ちょっといい話]

 根室の今朝7時の気温は4.1度、めっきり寒くなった。中標津では昨日の最低気温がマイナス8.8度で道内最低を記録した。中標津町が道内最低気温だというのは、わたしは初めて聞く。

 今日は気持ちのよい話が書ける。
 1年ほど前のことだったように記憶しているが、塾に来た生徒がこんな質問をした。

 「数学で自然数をnで書いてあったので、nは何ですかと質問したら、ナンバーのnだと先生が答えました」

というのである。勘のよい生徒はなんだかヘンな気がして、塾でも同じ質問をするから、生徒の動物的な勘は侮れない。

「自然数は英語ではnatural number だから、ナンバーではなくてナチュラルの方のnだよ、数学の先生、知らなかったんだろう。」
「わたしだって、わからないことはあるから、そのときは「調べて次の回に説明します」、そう応えることがあるし、とりあえず答えておいて、後でチェックして間違っていれば次回訂正します、おそらく君の数学の先生もそうするでしょう」

 そのときに高校の不定積分で出てくるCが ConstantのCであることや、(比例)定数を表すkはドイツ語の die Konstante のk。α、β、γはギリシャ文字だ、なんて説明も追加した。
 「Kの前についているdieってなんですか」
 生徒の好奇心は限がない、ドイツ語の説明をする羽目になった。好奇心は大事だから、他の生徒の質問を捌きながら、その合間に時間の許す限り付き合ってやることにしている。(笑)

 数学担当の先生から後日訂正があるだろうと気楽に伝えたのだが、次回も、その次も訂正説明がない、生徒はすっかりその先生への信頼をなくしてしまった。
 こういうことがあると生徒と先生の関係はギクシャクする。信頼感の有無はコミュニケーションの土台であるが、そこが崩れた。

 先週1週間塾を休んで東京へ行って心の洗濯をしてきた(その様子は#3444に書いた)。昨日の授業のときに、件(くだん)の生徒がこう話した。

「先週のことですが、数学の先生が、「自然数のnを以前ナンバーのnだと説明したことがありましたが、natural number のnですので訂正します」と言いました。」

 生徒は晴れ晴れとした顔で報告した。あれ以来ずっと胸の中にわだかまるものがあったのだ。よい経験をしたと思う。人からモノを訊かれたときに、答えに自身がなかったら、必ず後で調べてちゃんと訂正のできる大人になるだろう。

 だから教える先生は謙虚であれ。わかったつもりで教えても間違えることはある、ちらっとでも怪しいと思ったら、後で調べるくらいのことはしよう。そして、わからなければはっきり「次回まで調べてくる」と明言し、次回は必ず説明しよう(説明しない先生が多いのである)。調べてもわからなければ「わからなかった」と伝えればいいのである。そういう先生の姿から生徒たちは何かを学び、そしてちゃんとした大人になろうとするのだ。
 
 先生でもわからないことはある、もちろんわたしだって教師の端くれに過ぎないから、わからないことはたくさんある、だから日々学ぶことを怠らない、それがプロというもの。学ぶことに飽きたらそれは教師を辞めるときだと思っている。
 この経験で生徒はひとつのお手本を見た、そしてちょっと成長したようだ、件の数学の先生に感謝。お名前を書きたいのですが、ご迷惑がかかるといけないので書きません。


<余談>
 ブログ「情熱空間」に反面教師の実例が載っている。妙な社会の先生がいて、定期テストで「租税」だけが○で「税」や「税金」と答案に書いたらバツだというのである。租税には収入印紙が含まれないから税金とは違うなどと頓珍漢な説明をしたらしい。
 収入印紙は印紙税で国税であるから、「租税」である。中学公民の範囲では「租税」も「税」も「税金」も同じ物を指している。コメント欄に奈良時代の租庸調から租と税の説明を補足したおいたので、それもあわせてお読みいただけたら幸いである。

*「あの言葉、許しちゃいません」
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8630158.html

 定期試験問題についても、勘違いや憲法学の定説に反するような出題例を取り上げて解説しています。興味があればそちらもどうぞご覧ください。社会科担当の先生にもぜひ見ていただきたい。

*「間違いを出題してはいけません(定期試験問題から)」
http://blog.livedoor.jp/jounetsu_kuukan/archives/8630112.html


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tsuguo-kodera

 正しい教えでしょうが、私は間違っていると思います。教師は嘘を言う。戦争を勧めた教師が、ほとんどの先生がですよ、敗戦とともに平和主義になったと父と叔父たちから教えられました。
 先生は危ない、自分ですべて考える。使う辞書は広辞苑だけ、英語はロングマンと家庭教師から教えられました。それで仕事は困らなかった。
 人の話や情報はすべて疑う、与えられる情報は提供者の意図がある。意図のない人とエビス先生を評価しているのは、損得を離れ、忙しいのに、チョコレートを食べながら私たちの運転手をしてくれたから。お宅も普通、塾も畳んで教室を作ったから私は信頼しているのです。
 なお、私は曹洞宗も道元も怪しいと思っています。お寺が立派すぎる。結局、貧乏人や、貧乏人から搾取した金を寄付した人が居たから。親鸞や一休や法然しか好きでない。
 私は貧乏人しか信じない。金をもらわない塾の貧乏士の末裔の維持なのです。南無阿弥陀仏。
 
by tsuguo-kodera (2016-11-01 13:15) 

ebisu

koderaさん

コメントを読んだ生徒たちは、議論の仕方についてたいへん勉強になるでしょう。

koderaさんの主張は強力な反例を挙げたように見えます。

意図してついた嘘ではないが、不用意に答えて間違えたのだから、過失です。
この先生はずいぶん時間が経ちましたが、気がついて訂正しました。そういうちゃんとした先生は少ない。「調べておくよ」と言ったままになる先生が多い、つまり、いい加減な先生はちゃんとした先生の何倍もいるというのが、隠れた論旨です。

戦時中の教育は、先生の言うことを鵜呑みにしてはいけないという教訓を残しました。素直に先生の言うことを受け入れたいた生徒たちにとっては、痛みを伴う教訓でした。

そういう意味では、わたしの言うことも鵜呑みにしてはいけないのでしょう。生徒に伝えます。

人を信頼できるか否かは、koderaさんは案外素朴な印象を元にしているのですね。(笑)
うれしいので、お褒めの言葉はそのまま受け取ります。
ありがとうございます。

>親鸞や一休や法然しか好きでない。

koderaさんのお人柄がだんだんわかってきました。
良寛さんも入れてくれませんか?
by ebisu (2016-11-01 14:05) 

tsuguo-kodera

 素朴な印象ではなく、自分の感性、直感を信じているのです。誰も真似はできないと自負しているのです。
 相手からの情報は、相手の実践している姿など五感を駆使していると思います。この情報処理は決して素朴ではないでしょう。多分、64項目ほどの評価点の瞬時の加算だと思います。これしか私の評価法はないからです。
 例えば、歩く姿、近づき方、離し方、語彙の選び方、抑揚、周波数、目の動き、ほくろ、口やほほや目のゆがみ、などなどでしょう。緊張度も分かります。
 例えば、今の政治家は顔が歪んでいます。歪んだ心なのです。頭脳と顔は直結しているのです。ほとんどの人が歪んだ心を持っています。
 当方の人に騙された数は半端ではありません。かの学校のだましなど、ヘノカッパにするのは簡単でした。皆さん、病院に行くべき心のようでした。上手くいきそうになると子供のような顔になるだけ。
 エビス先生を私がもし20年前に知っていたら、面白い局面を作れたと思います。二人でドクター論文の1つや2つ、情報工学で書けたように思えています。
 私は15年近く前、鈴木さんと出会い、それから著作の普及、復刻に力を注いできました。若者の教育のためにです。
 鈴木さんにとっては、昔したかった商業デザインの実践なのでしょう。売れなくても、本のデザインができ、喜んでいました。喜びすぎだから、売れる努力をしてくれません。残念です。(笑)
 当方、本では損得はありません。でも本は労多くして世の中への効果なし。私の本は時代より早すぎたと鈴木さんは慰めてくれています。
 彼は、今こそ役立つ本だと言ってくれています。ですから、私は彼のいろいろな仕事のお手伝い、アドバイスだけを、仕事としてしています。時間とお金の余裕を作り、本を復刻して欲しいからです。
 もちろん、下手糞市民バドと、愛犬家との交流に時間を費やしています。だって学校の非常勤より、皆さん聞く耳があり、私の過去の知識経験が社会に役立っていると自己満足できているからです。
 しかし、毎週2、3人の子供と交流するだけなのがじれったいだけなのです。エビス先生が羨ましい。たくさんの中学生に接しられているからです。ぜひ、何時までも続けてください。
by tsuguo-kodera (2016-11-01 18:10) 

ZAPPER

客体なら笑っていられますが、主体なら笑えませんね。
「悟り」もまた同じことでしょう。

念仏無間地獄に禅天魔。
そっちの門徒ではありませんけれど、実に同感であります。
悟者の前には、自然に人が並ぶものです。
何妙法蓮華経(笑)。
by ZAPPER (2016-11-01 21:09) 

ZAPPER

×何妙法蓮華経
○何無妙法蓮華経
by ZAPPER (2016-11-01 21:20) 

ebisu

koderaさん

直感でしたか、「64項目瞬時の加算」、経験のなせる業ですね。

>エビス先生を私がもし20年前に知っていたら、面白い局面を作れたと思います。二人でドクター論文の1つや2つ、情報工学で書けたように思えています。

タイムマシンが必要ですね。異分野のコラボレーションは1+1=10になります。面白そうで、想像しただけでどきどきわくわくですね。
1985-1990年ころに出遭っていたら、面白かった。富士通とSRLは接点がありました。84年にSRLは当時富士通の最大規模のメインフレームを使っていました。
臨床診断支援システムで、NTTデータ通信事業本部、富士通、SRL、そして全国の大学病院がコラボレーションできたかもしれません。

いまは自分の周りにいる子どもたちの可能性を広げるお手伝いができれば十分です。その点ではkoderaさんもわたしも一緒です。
by ebisu (2016-11-01 22:59) 

ebisu

ZAPPERさん

おや、どうやら三人三様の宗旨のようです。
「念仏無間地獄・禅天魔・真言亡国・律国賊」、日蓮の他宗批判ですね。
言葉だけをみると、日蓮上人は激烈な人のようです。ほんとうはどうだったのでしょう。

南無阿弥陀仏
南無妙法蓮華経
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時・・・
by ebisu (2016-11-01 23:14) 

tsuguo-kodera

 私の祖父まで神道。父は麻布に墓を作りました。祖父祖母父母兄の嫁さん、私も墓守の手伝いをしてきました。法華経、日蓮宗でした。
 姉は真言宗豊山派の寺に嫁入り。小さい時に結核になり、とてもつらい治療をして、今もどうにか大黒を努めています。夫の住職は長谷寺の牡丹を目指し、牡丹園を一人で作り、少しづつ増やしています。
 姉は父の墓守も、代々の母方の墓地も墓守をしているそうです。両方とも他宗派ですが、病気がちの身で半端でないお世話になったからと言っています。母方は嫁さんがカトリック、ドイツに帰国したために墓守はいません。
 母の実家は男は3人、女は母だけなのに、旧家は難しいのです。兄弟喧嘩ばかりでした。今は墓だけしか残っていないよう。昔は叔父たちと一緒に私も草むしりをしていたのにです。
 近くの法華経の寺を私も調査しました。良さそうな寺を探し出し姉に相談しました。でも、檀家は大変、子供たちに負担を掛けると言われました。おまけにお布施が高いと大変だとも。
 姉は霊園を勧めてくれて、夫の住職に私たちの戒名をつけさせてくれました。とても立派な戒名、立派すぎますが、私は無神教。私の家族は全員、笑って冗談だと評価しています。お葬式で披露できます。(笑)
 姉の寺は毎年、無料のカラオケ大会やボタン祭りや盆踊りの会を開催しています。毎週講話会や御詠歌の集まりも開催。今は好きな責任者が下働きをしていて楽になったそうです。
 お金も、労働も、すればしただけ、倍以上で必ず還ってくると言っています。私や叔父がボタン祭りに見学に行くと、食べたことがないような天然ウナギや天皇が食べる天丼をご馳走してくれます。
 私もバド会員の子供やおばさんや学生たちにできるだけ公平に接してきたつもりです。皆さん不満はあるかもしれませんが。でも頭の良い成功者は違います。
 何時か、私や家族や子供たちが身体を壊すこともあるでしょう。私と妻はもう壊れていますが。東大病院や慈恵大病院などなど、会員だった先生が勤めています。
 今までは叔父に相談していたのですが、叔父も84、いつ死んでもおかしくありません。でも、病院の心配は私たちは心配していません。
 バドだけで、安心を得られたのです。現実になるかは分かりませんが、少なくとも安心して今を過ごせているのです。人に施せばかえって来るのです。これだけは信じられます。
 無料で講演旅行を日本中、世界中にしたかった。定年後の夢でした。でも障害もありできませんでした。そんなわけで近隣のバドと交流に絞ることになりました。結構毛だらけ猫はいだらけ、お尻の周りは〇だらけ。

by tsuguo-kodera (2016-11-02 04:37) 

ebisu

koderaさん

ときどき南無阿弥陀仏で締めくくるので浄土真宗だと勘違いしていました。法然や親鸞は生きかたが好きだっただけのことでしたか。
神道と日蓮宗、お姉さんの嫁入り先のお寺の話は何度かコメント欄で書かれていましたね。

> お金も、労働も、すればしただけ、倍以上で必ず還ってくると言っています。

そういう意図がないことが、よい結果を生むのでしょう。
目先の儲けに血眼になって努力するのがどれほどばかばかしいか、なかなか気がつけません。そういう世の中ですから、何がほんものかよくわからず迷う人たちが多い。意図のない行為がどういう結果を生むのか、具体例を書いてくれてありがとうございます。若い人たちに読んでもらいたい。

バドをやることが鍵だったのですね。
鍵は人それぞれに固有のものをもっている。あれこれ考えなくてよい、好きなことを無心にやるのがベストと聞こえました。

宗旨の話でしたので書き留めておきます。
父方の方は曹洞宗ですが、永平寺ではなく横浜にある総持寺のほうです。
2000年頃に総持寺所有の病院の買収話に関わったことがありました。ごたごたしていて黒字化はとても無理なので、途中から相談されて、御破算にしました。宗教法人でも病院経営はたいへんです。
母の父は天理教の教会をやっていました。「どの宗教も登る道が違うだけで行き着く先は同じ」と他宗には寛容な人でした。認知症がでたので根室に引き取って3年ほどして亡くなりました。天理教で葬式をしましたが、行き違いがあって教会の本部にうまくつながらなかった。あとで教会(蒲生教会)の会長夫妻がたいへん失礼をしたとわざわざ根室まで挨拶に見えました。初太郎爺さんが無心に教会活動をしていたからではないかと思っています。
本部から会長夫妻が見えたのですから、オヤジとお袋が滋賀県の蒲生教会本部をたずねました。そのときにいただいてきたグズベリーが庭の片隅に枝を広げています。2-3cmの大粒の実をつけます。
天理市もオヤジやお袋と一緒に行って、本部を見てきましたが、若い人たちが何人も雑巾で板張りの廊下の拭き掃除をしていました。朝の光景でしたが、清々しいものでした。
雑念のない雑巾掛けは、わたしにはなかなかできません。

いま爺さんも、オヤジも母も根室の市営墓地の同じお墓に入っています。お墓の掃除の3/4は女房がしてくれています、1/4くらいがわたしの分、墓掃除をできるうちが華です。(笑)
by ebisu (2016-11-02 08:42) 

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