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#3215 ライフワークに手をつけた2015年を振り返る:『資本論』を超えて  Dec. 31, 2015 [資本論と21世紀の経済学(2版)]

<更新情報>
元旦 真夜中0時40分 大幅に追記
    午後8時 追記  NHKで毎年恒例のNew Year Concertが始まっています。
    午後11時50分 原価計算に関する追記
1/2 午前10時 人工知能開発の危険性を追記

  
 小学校低学年のときからずっと家業のビリヤードを手伝ってきました。大学進学は考えられもしません、そういう時代でした。戦後の物資が不足する中で団塊世代が生まれました。貧乏はあたりまえ、日本全体が経済的に困難な時代だったのです。家業を手伝いつつ、向学心はあったので中学生のときに独力で勉強して公認会計士になろうと決意、根室高校2年生から公認会計士二次試験の受験参考書で勉強を始めました。当時の公認会計士2次試験には簿記論、財務諸表論、原価計算論、監査論、経営学、経済学、商法の7科目がありました。中央経済社から公認会計士二次受験講座が公刊されはじめたところでした。簿記論と財務諸表論と原価計算論は独力でなんとか読めました。経済学は近代経済学だったのでいくらかわかった気になり、図書室にあった『資本論』を百ページほど読んだら、これがまったく歯が立たず、大きな森に迷い込んだような気がしました。
 どう読めば内容が理解できるのか、そして経済学の体系構成がどのようなものかについてそのときにチャレンジ心がわいたことはよく憶えています。井の中の蛙は歯が立たぬことが悔しかった(そしてうれしかった)のです。その辺りを契機にして、会計学も対立する学説の両方を読むようになりました。東大の黒沢清先生と一ツ橋大の沼田嘉穂先生の両学説に目を通しました。『資本論』が理解できないので、図書室にあったヘーゲルの著作も目を通して見たのですが、高校生が独力で読むのは無理がありました。たった1ページに1週間も費やすことがありました。ああでもないこうでもない、ああも読めるがこうも読める、著者はどういうつもりで書いたのだろう、なんてことを考えたって、ドイツ語の原書と対照しながら読むわけではないので、はっきりしたことはわかりませんが楽しいのです。おまけに話の大筋が見えてくれば、わかるところもあるんです。高校生がチャレンジして3割もわかるページがあれば十分です。会計学や原価計算論の専門書を読み問題集を解くのとは違って、哲学書を読むことは西欧流の思考トレーニングの場になり、語彙拡張と読解力アップの手応えがありました。
(日本的なあるいは東洋的な思考や価値観へ回帰するのは30代になってからでした。ヨーガや呼吸法の本を読みそれまでの我流を修正し、初期仏教経典群を読み漁ってからのことです。思考の仕方、あるいは「思考の芯」にあたる部分が変化したように感じます。)

 経済学の分野で大きな「謎」が残っただけで高校生活が終わり、高度経済成長が訪れ、高3の12月に大学進学ができるように状況が変わったのです、ついていました。
 専修大学商学部会計学科に進学してから、人生を変えるような出来事があってあたふたしているうちに1年が過ぎ、2年生になりました。原価計算の小沢ゼミに入るつもりで他の学生たちと一緒に何度か小沢先生と喫茶店で話をしましたが、姉の結婚式で帰省している間に面接が終わってしまいスルー。大学紛争の時代でした。

(原価計算システムについては、30年ほど前に利益管理の観点から戦略商品をマトリックスで位置づけして、それを指数化し、販売戦略に基づいてコストのシミュレーションと利益のシミュレーションが可能なシステムを構想していたので、そちらでも飯が食えたのではないかと思います。いまだにそういうシステムがありません。そのころに原価計算学会の事務局に学会加入を問い合わせたことがあります。経済学研究科では原価計算学会に加入はできないと断られました。理論経済学の専門家では原価計算学会には入る資格ナシということでした。現実の原価計算はコンピュータシステムがやっていますが、当時の原価計算学者にはコンピュータシステムの専門知識のある人がいませんでした。システム専門家も交えて学際的な垣根を低くすべきと思うのですが、日本の原価計算学会は頭が固い。米国の会計学者はアカウンティング・マネジメント・システムに関する分厚い専門書をそのころすでに出版していました。原価計算とコンピュータシステムの両方の専門知識がなければその手の専門書は翻訳すらできません。だからわたしは米国で出版された専門書で勉強しました。
 会計情報システムの専門知識のない原価計算学者なんてナンセンスです。国内には専門書がないので、統合会計情報システムを開発するために、1984年に出版されたばかりのFrederick H. Wu 'Accounting Information Systems'で勉強しました。システム開発の専門書はそのころまでに数十冊読んでプログラミングやシステム開発経験を積んでいたので、この本がずいぶん役に立ちました。コンピュータシステムについても専門知識のある原価計算学者が少し育っていたら幸いです。)

 用事をすませて帰省から戻ってきて掲示板を見たら、学部を超えた一般教養ゼミの募集要項が載っていたのです、待っていたのはこれだと思いました。すぐに応募条件の小論を書いて『資本論』と『経済学批判要綱』をテクストにとりあげていたフランス哲学が専門の市倉宏祐先生のゼミの門を叩きました。16歳の敗北が胸に刻み込まれていたので、心の底ではリベンジのチャンスをうかがっていたのでしょう、市倉先生に師事したことはまったくの偶然でしたが、求めていたものに出遭った気がしたのです。なんとなく逡巡していた公認会計士受験からすっぱり足を洗い、経済学に没頭する決意を固めました。
 哲学者が『資本論』をどのように読むのかに興味深々、ゼミには戸塚茂雄さん(青森大学経営学部長)といういい先輩がいました。東京下町の市民サークルに誘ってもらっただけでなく、エリック・ロールの『経済学説史』を原書で読むのにつきあってくれました。どうしてそういう訳になるのか、当時は戸塚さんの訳がわからないことがたびたびありましたが、理由は自分で考えるしかありません。そういう勉強の仕方をしたので、生成変形文法の専門書にまで手を出し、その後その流れで構造言語学の大家チョムスキーの著作や解説書を原書で3冊読みました。原書を読んだのは翻訳がなかったからです。
(文法工程指数の高い箇所を翻訳者である隅谷三喜男先生の訳と対照して見ました。文脈から類推して上手に処理していましたが、要点を外しているところもありました。文脈の判断だけでは訳せない箇所もあります。それは文法工程指数の高いところです。隅谷先生が翻訳したころには生成変形文法はありませんから、文脈で類推するしか方法がありません。誤解のないように書いておきますが、訳文は全体に格調の高い立派なものです。)
 紆余曲折(苦笑)があり、大学院経済学研究科へ進学して研究を重ねることができました。問題関心はたった一つ、『資本論』の体系構成の正体を突き止めることでした。おぼろげながら資本論体系構成についてある程度の理解できたように感じたのですが、なんとしても他人にわかるような説明が思いつきません。体系構成がわかり始めると、マルクスが何をやろうとしたのかを後追いするだけでは意味がないと思い始めました。納得のいかない半端な気持ちで修士論文を書いた後、マルクス『資本論』を超えることをライフワークに決めました。あるところまで登って見ないと次の山が見えてこないということは、よくあることではないでしょうか。
 その後は遅々として歩まず、学の体系としての『資本論』を超えるのに三十数年間もかかってしまいました。仕事はスマートにこなしてきたつもりですが、学問においてはまるで別人、牛の歩みのような遅さに苦笑せざるをえません、どうぞお笑いください。

 ずいぶんと長い時間を要しましたが、「経済学の公理系の書き換え」によって日本的仕事観と日本の伝統的な商道徳に基づく品格の高い経済学が創造できることだけは明らかにしました。世界中の経済学者でこんなことを試みた人は一人もいませんから、そのことだけは誇ってよいのでしょう。

 日本は安心安全で高品質な製品を生産できるだけではないのです。正直で品格のある商道徳(「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」や「浮利を追わず」)を守って200年以上の歴史を刻んでいる企業が多いのです。安心・安全なそして高品質な日本製品を支えているのは、こうした世界最高水準の商道徳や仕事に対する真摯な考え方なのです
 神への捧げ物をつくるところに日本人の仕事の原点があります。仕事にごまかしがないのは、神様が関係しているからです。仕事は神聖なものという考え方が広く受け入れられています。刀鍛冶は正月の仕事始めは禊をしてから仕事をします。そして最初の刀は神様へ捧げられます。漁師も農家も神棚があります。能や文楽の楽屋には神棚が飾ってありますから、あらゆる芸能が楽屋に神棚を飾るものだと考えてよいのでしょう。
 もう一つ大事なことがあります。たとえば、ダシ巻き卵も刺身のカットもどちらも職人仕事は芸術でもあります。職人仕事は無駄がなく、そして美しい。どのような種類の仕事も、毎日毎日繰り返す中で、とことんつきつめることが好きなのです。だから、すべての職種が日本では職人仕事になってしまいます。持っている技術の最高のところで仕事をするのが当然だし、そうすることがあたりまえです。人が見ていようがいまいが、仕事のごまかしなし、というのが日本人の心意気です。仕事をごまかす職人は性質(たち)の悪い半端職人として蔑まされます。

 強者が弱者をだましてお金儲けをしても構わない、浮利を追ってもかまわない、そういう考えが米国のビジネスの底流にあります。リーマンショックの引き金となったサブプライムローンはそういう弱肉強食のビジネスの中でなければ生まれない金融商品でした。惻隠の情を大事にする日本文化と弱肉強食の米国流ビジネスは異質なだけではありません、対極にあります
 お下劣な米国スタンダード=グローバリズムに同調する必要はまったくありません。日本はTPPにも参加すべきではありません。お下劣な同盟はお下劣な国同士でやればいい、日本がなすべきことはまったく逆で、高いレベルの商道徳や安全・安心な製品作りの仕組みを世界中に広めるべきです。他国に頼らず、自立して高い商道徳を守り、安心・安全な食品や工業製品作りをして世界に範を示し、そういう国を世界中に増やすお手伝いをすればよいのです。貿易を縮小することは必要条件の一つです。
(経済現象をよく観察すればコンピュータとネットワーク、そして人工知能の発達で崖っぷちに向かいつつあることがはっきりしてきましたが、その大きな危機を回避しうる経済学が見つかっていません。)

 マルクスの労働観に違和感があって、業種を変えて何度も転職して、その違和感の正体を突き止めようと仕事に没頭しました。企業規模の小さな紳士服の製造卸の会社、規模が中くらいの産業用・軍事用エレクトロニクス輸入商社、国内最大手の特殊臨床検査会社、医療法人、店頭公開予定の外食産業と転職を重ね、予算管理、統合システム開発、経営企画・管理、検査機器開発、検査試薬開発、赤字子会社の黒字化、臨床検査企業買収及び資本参加、合弁会社経営、医療法人の常務理事など、仕事に没頭することでマルクス労働観に感じた違和感の正体を探りました。
 仕事を通じてさまざまな専門知識や技術を身につけそれを磨くことで違和感の正体はわかりましたが、公理系がなかなか見つからず長い時間がかかりました。アダム・スミス、ディビッド・リカード、カール・マルクスを超えようというわけですから、自分の身体を使って日本企業の中でさまざまな仕事をして、時間をたっぷりかけて違和感の正体を突き止めなければなければならなかったのです。違和感の淵源は労働観(工場労働者の労働観)と職人仕事観の違いにありました。さまざまな仕事を通じて身に付けていった専門知識や技術の習得はそれ自体が楽しいものでした。おまけに会社というのは数千万円や数億円単位の機器やシステムそして100億円を超える投資案件でも、稟議書を書き、根回しをすれば、大概のことは自由にやれるのです。そういう過程を通じて職人仕事という有力な公理系が見つかったのです。日本では工場労働者ですら、さまざまな種類の職人の群れで構成されています。けっして単純労働の担い手ではありません。工程改善の7割は現場に任されています。

 業種の異なる数社でさまざまな職種を経験しただけではもちろん足りませんでした。2400年前に初めて演繹的体系として叙述された数学書であるユークリッド『原論』という「数学の体系」のお手本がなければ、とてもやれなかった仕事です。平行線公理の独立性に言及し、非ユークリッド幾何学(球面幾何学)を叙述したヒルベルトの『幾何学基礎論』も参考になりました。時代を超えた二人の先人に感謝です。
 もう一人偉大な先人をあげておかなければなりません、それはデカルトです。マルクス経済学者で方法論についてデカルトに言及した論文は寡聞にして存じませんが、デカルトは「学の方法」に気がついていました。『方法序説』のなかで科学の方法に関する四つの規則に言及しています。

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まだ若かった頃(ラ・フレーシュ学院時代)、哲学の諸部門のうちでは論理学を、数学のうちでは幾何学者の解析と代数学を、少し熱心に学んだ。しかし、それらを検討して次のことに気がついた。まず論理学は、その三段論法も他の大部分の教則も、未知のことを学ぶのに役立つのではなく、むしろ、既知のことを他人に説明したり、そればかりか、ルルスの術のように、知らないことを何の判断も加えず語るのに役立つばかりだ。…以上の理由でわたしはこの三つの学問(代数学、幾何学、論理学)の学問の長所を含みながら、その欠点を免れている何か他の方法を探究しなければ、と考えた。法律の数がやたらに多いと、しばしば悪徳に口実を与えるので、国家は、ごくわずかの法律が遵守されるときのほうがすっとよく統治される。同じように、論理学を構成しているおびただしい規則の代わりに、一度たりともそれから外れまいという堅い不変の決心をするなら、次の四つの規則で十分だと信じた
 
第一は、わたしが明証的に真であると認めるのでなければ、どんなことも真として受け入れないこと、そして疑いをさしはさむ余地のまったくないほど明晰かつ判明に精神に現れるもの以外は何もわたしの判断の中に含めないこと。
 
第二は、わたしが検討する難問の一つ一つを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分別すること。
 
第三は、わたしの思考を順序にしたがって導くこと。そこでは、もっとも単純でもっとも認識しやすいものから始めて、少しずつ、階段を昇るようにして、もっとも複雑なものの認識まで昇っていき、自然のままでは互いに前後の順序がつかないものの間にさえも順序を想定しえ進むこと。
 
そして最後は、すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、なにも見落とさなかったと確信すること。
 
きわめて単純で容易な、推論の長い連鎖は、幾何学者たちがつねづね用いてどんなに難しい証明も完成する。それはわたしたちに次のことを思い描く機会をあたえてくれた。人間が認識しうるすべてのことがらは、同じやり方でつながり合っている、真でないいかなるものも真として受け入れることなく、一つのことから他のことを演繹するのに必要な順序をつねに守りさえすれば、どんなに遠く離れたものにも結局は到達できるし、どんなにはなれたものでも発見できる、と。それに、どれから始めるべきかを探すのに、わたしはたいして苦労しなかった。もっとも単純で、もっとも認識しやすいものから始めるべきだとすでに知っていたからだ。そしてそれまで学問で真理を探究してきたすべての人々のうちで、何らかの証明(つまり、いくつかの確実で明証的な論拠)を見出したのは数学者だけであったことを考えて、わたしはこれらの数学者が検討したのと同じ問題から始めるべきだと少しも疑わなかった

*重要な語と文章は、要点を見やすくするため四角い枠で囲むかアンダーラインを引いた。
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 論理学も演繹的な幾何学体系もそのままでは役に立たないことがわたしを悩ませました、そして何かが説明に流用できるのではないかと漠然と考えていました。
 マルクスは方法論を自分以外のところ、ヘーゲル弁証法に求めました、それが失敗でした。デカルトのように取捨選択して、体験し・観察し・考え続けることしか解決の道がなかったのです。
 デカルトが述べている「四つの規則」こしたがった経済学体系の叙述、それこそがマルクスが『資本論』でやろうとして、やれなかったことです。ヘーゲル弁証法が邪魔をしてしまいました。弁証法では経済学は記述できないのです。ヘーゲル哲学は当時の流行ですからそれにマルクスが絡めとられてしまったことはしかたがなかったのかもしれません。
 ヨーロッパにもさまざまな職人仕事が存在していますが、マルクス経済学の視界には職人仕事が入ってきません。職人仕事を公理の一つに採用したらまったく別の経済学ができあがるというのが、わたしの結論です

 マルクスは1867年に『資本論初版第一部』を公表しましたが、何ができて何ができなかったのか、そして、マルクスの書いた経済学『資本論』を超克することができるのか、その答えが弊ブログ「資本論と21世紀の経済学」のなかにあります

 「資本論と12世紀の経済学」はユークリッド⇒デカルト⇒ヒルベルトと偉大な先人の仕事に追うところ大ですが、その学問的系譜に連なるものであるかどうかは、読んだ人が判断すればよいことです。
 日本で経済学を学ぶ学生に読んでもらいたくて書きました、みなさんに広く読まれることを希望します。


 一つ大事なことを書き忘れるところでした。ライフワークに挑んでいるうちに、別の山を発見しました。人工知能の発達の影響を経済学的に眺めると、それは当初は人間を生産現場から放逐し、百年後には超小型化されて軽量化された人型ロボットに組み込まれてサービス産業へ普及することになります。人類の97%が失業するでしょう。人工知能はほとんどの人間から職を奪い、人口の急激な縮小を引き起こします、ほとんど絶滅と言ってよいでしょう。人工知能が命ずるのではありません、経済的に逼迫した人類が自ら再生産(子孫を残すこと)をあきらめるのです。
 わたしだけではありません、著名な理論物理学者のスティーブン・ウィリアム・ホーキング博士も今年の2月に、人工知能開発が人類の滅亡をもたらす現実的な可能性に言及し、警鐘を鳴らしています

 たった百年後ですから、人間のあくなき欲望が、類としての自分自身の存在を脅かすことになるのはそんなに遠い意未来ではありません。
 人類の叡智を信じたいと思います。
 そういう文脈で日本人に課せられた課題を見直すのが、わたしが提唱する職人中心の経済学です

#2784 百年後のコンピュータの性能と人類への脅威 Aug. 22, 2014 ">


*カテゴリー「資本論と21世紀の経済学第2版」へジャンプ
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/archive/c2305649185-1

 
  #3097 資本論と21世紀の経済学(改訂第2版) <目次>  Aug. 2, 2015

 #3121 既成経済理論での経済政策論議の限界 Sep. 1, 2015  

  #3148 日本の安全保障と経済学  Oct. 1, 2015  

  #3162 絵空事の介護離職ゼロ:健全な保守主義はどこへ? Oct, 24, 2015    

  #3213 グローバリズムを生物多様性の世界からながめる(Aさんの問い) Dec.28, 2015 

  #3216 諸悪莫作(しょあくまくさ)  Jan. 3, 2016

 #3217 日本の商道徳と原始仏教経典 


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コメント 4

tsuguo-kodera

 あけましておめでとうございます。
 昨年中はおせわになりました。今年もよろしくお願いいたします。
 追記です。この記事もいろいろ書きたいこともあります。でも結論だけ。私なりに職人経済学を実践しています。
 そうとは人には分からないでしょうが。仕方ないです。結果次第で報告できます。良いことを祈って、南無阿弥陀仏と祈ります。」
by tsuguo-kodera (2016-01-01 04:52) 

ebisu

あけましておめでとうございます。

こちらこそ、昨年は根室までおいでいただき、根室の中学生共々たいへんお世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

南東の方角に初日が昇りました。
根室は晴れています。

>私なりに職人経済学を実践しています。

お会いしたときにそう感じました。
結局、生き方の問題、こころの問題なのでしょう。
「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」「浮利を追わず」は、正直に・誠実にいま一日を生きる、そういう平凡な心のありようを表現したのではないでしょうか。

おだやかなよい年でありますように。

by ebisu (2016-01-01 08:57) 

tsuguo-kodera

 今朝、先頭から追加部分までもう一度ゆっくりと読み直しました。全く歯が立たない経験論だとまた思いましたが、不思議と違和感がありません。素晴らしいとしか言えません。
 人工知能の追加部分は私が若い時に研究し知識のすそ野も広いのか、とても良く分かります。でも、私は諸悪の根源は経済や実業界にあるのではないし、大学や研究所の研究者や施政家にあるのでもなく、今は、義務教育の先生の総和の考え方にあるのだと思っているのです。
 私は直感だけで行動するおっちょこちょいなのでしょう。簡単に学校の先生の考え方など変えられると思って非常勤を高校と大学で定年前後にかけてしたようです。過去を振り返り、やっと自分がしたかったことが見えてきたようです。遠回りをしてきたのでしょう。
 先生と言う職業の人は簡単なことほどできない、が今のとりあえずの結論です。多分このまま棺桶に入ることになるでしょう。
 私がしてきたのも職人仕事だと管理人様に出会い納得しています。でもその仕事は人に伝えられません。私より頭が良さそうな若い人にもです。
 私がしたいのは落ちこぼれの挽回策、創造性の開発と言う仕事の範疇でしょう。弱肉強食が強まれば、埋もれてしまう運命なのでしょう。
 私の実践は中途で没で終わりにするか、少しずつ陽の目を見せるかまだ五分五分だと思っています。お正月で時間が取れ、、自分で考え直したら、悲観の方が強くなったようにも思えています。
 良い年になることを祈っているのですが、どうも嵐のエンディングになりそうな悪い予感がしています。私の周囲だけでなく、この国の未来にもしているのです。
by tsuguo-kodera (2016-01-03 04:46) 

ebisu

おはようございます。

再度通してお読みいただきありがとうございます。
不足に気がつくたびに書き足し、申し訳ございません。

「諸悪の根源」は経済システムにあるようには見えますが、それは移ろい行く仮の姿です。
人間の欲望をコントロールするしか手段はないように感じます。

お釈迦様が僧伽集団(サンガ)に貪欲(とんよく)、瞋恚、愚痴の三毒の滅尽を繰り返し説かれたのは、それらが諸悪の根源であることがわかっていたからではないでしょうか。まずは諸悪莫作(しょあくまくさ)、悪いことはしないということ。
サンガを超えて、日本人全体で貪欲の滅尽をやらなければならない時代に入ったのでしょう。
そういう意味でも、21世紀は教育がぐーんと重みを増していることは事実です。

ふるさとへ戻ってきて、私塾という形で教育に関わったのは、新入社員たちを見ていて気がついたことがあったからです。
企業はさまざまな社員教育をしますが、20歳を過ぎてしまえばすでに芯が出来上がっていて、著しく修正困難なのです。

高校⇒中学⇒小学校⇒・・・

どの辺りから自我ができるのか、向上心が芽生えるのか、成長のどの段階でなにをやればよいのか、自我の滅尽や真我に目覚めさせるのに教育に何ができるのか、それらのことどもを見定めたいという思いがありました。

生徒を前にしながら、一人ひとりあまりに違うので、いまだによくわかっていません。

もうすぐ2歳になる孫の成長過程を観察するのがいいのかもしれませんが、根室と東京ではそれは不可能です。

このままではたいしたこともできないまま、いずれ時間切れとなるのでしょうが、それでいい。(笑)
歩けるところまで歩き、なにがわかり、なにがわからないのかを記録し、発信するところまでが自分の仕事の範囲なのかもしれません。
その先に別の景色が見えるかどうかは天任せ、ただ歩き続けるのみ。
koderaさんが振り返れば、少し後ろの方をわたしが歩いています。

南無阿弥陀仏

by ebisu (2016-01-03 11:00) 

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