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#3052 東野圭吾『マスカレード・ホテル』を読む  May 31, 2015 [本を読む]

 これも生徒が読み終わって貸してくれた本だ。東野圭吾作品は中高生に人気が高い。

 マスカレード(masquerade)は仮面や仮面舞踏会を意味するが、最後に主人公の仮面がはがされる。ホテルのフロントクラーク、刑事、役者、それぞれの職種のプロが出て来て、そのプロのスキルがテーマではないかと思わせるほどストーリーに関わってくる。
 刑事とフロントスタッフとしてそれぞれに異なる経験を積んだ者が、協力して一緒に仕事をし、ときに角(ツノ)を突き合わせながら相手のプロとしての技倆を認めて強固なチームとなっていくさまは、26年間サラリーマン生活をしたわたしにも納得のいく展開だった。

 単なるエンターティメントとして読むのもいいし、プロの仕事がどういうものかという観点で読んでみても良いだろう。
  この本で一番衝撃だったのは、マニュアル通りの対応では平凡な日常の仕事の中に殺されても仕方のないほど人の恨みを買うシーンがありうることだ。プロとして一生懸命に経験を積み上げる中で避けられないことではあるが、そうしたトラブルを経験をすることでさらにスキルアップがなされ、類似のことが次に起きたときには、トラブルを事前に回避する適確な対応ができるようになりうるという救いが残されている。どれほど仕事ができるようになっても、自惚れてはいけない。
 原理原則や建前、いいかえると「きれいごと」を貫いているようにみえる管理職でも、じつは仮面の下にもう一つ別の顔をもっていることもさりげなく開示される。
 立場によって人がどういう視点でものごとを考えるのかや、登場人物の心理を読み取り、そこから人間とはどういうものかということを学ぶこともできそうだ。

 前回とりあげた『ソードアートオンライン プログレッシブ』からみると、ずいぶん大人の小説である。ふたりの主人公が恋愛関係になってもよさそうだが、そういう描写はない。東野圭吾はそういうところを書き込まない作家なのだろうか、彼の作品を初めて読んだのでわからない。相手の仕事の凄さを目の当たりにしたときに、それが大人の男女なら、恋愛感情に転化しても不思議ではない。強い恋愛感情は生まれずとも、ベッドをともにしてもいいくらいのサインがでるのが大人の世界。林真理子はそういう男女の心の機微や揺れを実に上手に料理する作家である。彼女は源氏物語以来の伝統を「正しく受け継ぎ」、大人の小説を書く。そういう意味でわたしには『マスカレード・ホテル』は男女関係の現実感が薄くて物足りないが、ミステリー小説という立ち位置が、余計な夾雑物(恋愛)を排除させているのかもしれぬ、それはそれで卓見である。

 東野圭吾は成績上位の中学生にも人気がある、『マスカレード・ホテル』は高校生なら誰でも読めるレベルの本だ。進路(職業)を考えるときに、プロ仕事がどういうものであるのかいくばくか参考にもなるだろう。
 しかし、読書スピードの向上には資するだろうが、語彙力の強化や読書力の強化にはあまり役に立ちそうもない。

 中学生になったら、語彙力強化の点からは大衆小説の類ではなく、文学作品も読むべきだろう。もちろん論説文も難易度を上げながら併行して好奇心に任せてさまざまなジャンルのものを濫読してみたらいい。高校生になったら、小説や文学作品の他に、岩波新書や中公新書も30~50冊くらいは読んでおきたい。読解力が飛躍的に上がるから、興味のある高校生には哲学関係の本を数冊読むことも勧めたい興味がある分野の専門書にもトライしてみたら良い
 高校生の時代は読む本のレベルを日々上げていくべきだ。身体の成長にともない精神も日々成長していくから、良質のテクストの大量インプットが必要な時期である。だから濫読を勧めたい

 丁々発止のシーンを紹介しておこう。主人公の二人が潜入操作で初めて紹介される場面があるが、そこで早くも火花が散っている。
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「そして最後にニッタ警部補ですが、あなたにはフロントオフィスを担当していただきます。彼女が指導係の山岸君です。わからないことがあれば、何でも彼女に訊いてください」
 片岡(ホテルの総務課長)の言葉を受け、ニッタと呼ばれた刑事が尚美の前に歩み出てきた。よろしく、といって差し出した名刺には、新田浩介とあった。
 これから人にものを教えてもらうのに、よろしく、はないだろうと思いながら、尚美は名刺を受け取り、作り笑顔で見返した。
「どうぞよろしくお願いいたします、新田さん」わざとゆっくりとした口調でいってみた。
 だが新田はそれを皮肉だとは全く気づいていないのか、横柄な表情で頷いている。馬鹿かこいつと思い、尚美は不安になった。
              24ページ
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<続編について>
 『マスカレード・ホテル』が書かれた後に『マスカレード・イブ』が続編として書かれたのだが、書評を見ると時間軸の位置関係が逆転している。後者の方は大学教授殺人事件をめぐって、お客様の仮面を守り抜くフロント・クラークとしての山岸尚美とその仮面を剥ぐ米国帰りの新米刑事新田浩介が描かれているようだ。これではまるで『ソードアートオンライン』と『ソードアートオンライン プログレッシブ』と同じではないか。続編のほうが時間軸上に置くと本編よりも過去の話になっている。

<作者東野圭吾について>
 1958年2月4日生まれ、一浪して大阪府立大学工学部電気工学科へ入学。卒業後は国内最大手の自動車部品メーカのデンソーへ入社し、サラリーマンと作家という二束のわらじを履く。『マスカレード・ホテル』を読むと、サラリーマン時代の経験が作品を客観的に眺める視点に生きている。組織と個人、地位と仕事の責任の在り方など、経験がなければなかなかここまで書けない。一流ホテルのフロントスタッフへの取材よりも作家のサラリーマン時代の経験に基づく想像力だよりのところが大きそうである。現実の一流ホテルのフロント・スタッフの実務描写がなぜか仰々しく感じる。実務はもっと坦々としたものだろうというのがわたしの感想。小説だから多少の誇張があったほうが効果的だと著者が考えてのことかもしれぬ。

 著者が理系の学生であったことから、使われている語彙に、古典文学の背景や明治時代の文学作品に見られるような幅の広さがない。それが読みやすさという利点にもなっており、堅苦しさのないミステリー小説作家として、若い人たちの広汎な支持を得ているのだろう。高校生は自分の目で明治時代や昭和初期の作家の書いた作品群と語彙を読み比べてみたらいい。語彙の貧弱さはどうしようもないが、それを補うストーリー展開のテンポの速さという彼の小説のよさが際立つ。語彙の点で欠点があっても作品としてはなかなかいいのである。物書きの職人としてみたら東野圭吾はじつに腕がよい。すでに80冊を超える作品がある。

*東野圭吾作品一覧
http://keigohigashino-fan.com/all/

 このブログでは79冊となっているが、『マスカレード・イブ』が抜けている(2012年以降の作品がリスト未収載)。


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マスカレード・ホテル (集英社文庫)

マスカレード・ホテル (集英社文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2014/07/18
  • メディア: 文庫

マスカレード・イブ (集英社文庫)

マスカレード・イブ (集英社文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2014/08/21
  • メディア: ペーパーバック


<2016年1月19日追記>
HN「藍色」さんが、『マスカレード・イブ』について感想を載せているので紹介します。
http://1iki.blog19.fc2.com/blog-entry-2536.html


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藍色

こんにちは。同じ本の感想記事を
トラックバックさせていただきました。
この記事にトラックバックいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。
by 藍色 (2016-01-18 13:52) 

ebisu

藍色さん、おはようございます。

初コメントありがとうございます。
深夜にトラックバックしてみました。はじめてやったのでうまくいったかどうか。
貴ブログにはたくさんの本が採り上げられていますが、何冊か読んだ本がありました。感想や本を読むときの眼の付け所は一人ひとり違うので、他の方の感想を読むのは楽しいものです。



by ebisu (2016-01-19 08:01) 

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