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#2945 『資本論』と経済学(10) : 「プルードン「系列の弁証法」 Jan. 29, 2015 [資本論と21世紀の経済学(初版)]


9. <資本論体系の特異性とプルードン「系列の弁証法」>

  一番大事な点:資本論は数学と同じ演繹的体系をなしている経済学が経験科学なら、データに基づいて帰納的に法則を導き出し、理論を構築するのという方法論をとるはずだが、マルクスはそうはしなかった。はじめに方法論ありきだった。
 
経済学の研究という点から見るとじつに運のよいことにマルクスは1849年に英国に亡命し、1850年から大英図書館で経済学の研究をし始めるA.スミス『諸国民の富』やD.リカード『経済学および課税の原理』はよく読みこんでいる。経済学の本を読み、経済学の基本概念はなにか、その相互関係はどうなっているのかということに関心をもち何年間も執拗に追い続けたようで、その跡が著作年表や一連の著作から読みとれる。1858年『経済学批判要綱』(以下『要綱』と略記)での、「流通過程分析⇒価値形態(価値表現形式)⇒商品の基本概念分析」に下向分析の足跡がはっきり記されている。資本の原始蓄積過程における生産性上昇による生産力増大、そして資本の加速的な増殖が労賃の高騰を招くというような法則性抽出は、データの読みと内省的な思考の結果である。
 ヘーゲル哲学にとらわれすぎると、それを超えたところにある『資本論』体系が見えなくなる。ヘーゲル哲学に戻って考える必要はない。『資本論』第1部をよく読めばいいのである。
 方法論に注目すると、同時代のピエール・ジョセフ・プルードン1809/1/15-18651/19、マルクスより9歳年上)に系列の弁証法がある。 
   プルードンの論理的系列は思考作用の抽象過程をあらわすものであると同時に、「その結果としてえられる抽象的・一般的な概念の構造を表す」(佐藤茂行著『プルードン研究』109ページ、昭和50年出版)ものであると考えていた。アンダーラインを引いた箇所は、そのまま『資本論』に当てはまる。
プルードンはフランス人だからデカルト『方法序説』(いまでも高校国語の教材に採り上げられている)は読んでいるはずで、その延長上に自分の思考を積み重ねたのだろう。デカルトよりは踏み込んでいる。弁証法がこの時代の流行だったのだろう、しかし、ヘーゲル弁証法という余計な夾雑物が混じることで上向の論理の道をプルードンもマルクスも踏み外してしまった。
 
A.スミスが諸国民の富の原因と性質を明らかにするものとして経済学を捉えたのに対して、プルードンは経済学を貧困を実証する手段として捉えた。そして自らの経済学体系を「系列の(ヘーゲル)弁証法」で叙述したのである。

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「「経済学」を貧困の原因の探求の科学としてではなく、貧困の実証の科学として評価するに至ったのであった。言いかえると、これまでの経過から判明するように、プルードンが経済学研究に取り組んだ際の問題関心は、現実的な「条件と財産の不平等」の究明であった。パリでの研究を通じて、かれにとって「経済学」は、この「不平等」の原因を究明する手段ではなく、これを実証する手段として、そしてその限りで有効なものとして評価されるに至ったわけである。」同書188ページ 「プルードンの経済学体系は、平等=正義を分類主題として、「政治経済学」のカテゴリーを批判的に再編成した、いわば古典経済学批判の体系である。そこでは、まず、「分業」「機械」「競争」などのカテゴリー(類概念)が、平等=正義を区分原理として、それに対する肯定と否定の規定(種概念)にあらかじめ二分されている。…このようにして、相互に「アンチノミー」の関係にある概念の系列、すなわち「矛盾」の体系が成立する。…以上のような体系の構成の原理は、1843年の『人類における秩序の創造について』の中の「系列の弁証法」によって確立していたのであった。」同書238ペー
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アンダーラインを引いたところは『資本論』商品章の価値と使用価値が相互にアンチノミーの関係にある概念として扱われ、価値形態でそれが交換価値と使用価値という概念の系列となって現れている。しかし、一連の著作の中でマルクスは系列の弁証法に一度も言及していない。プルードンの『人類における秩序の創造』(以下『創造』と略記)は資本論初版よりも24年も前に書かれている。マルクスが最初の経済学に関する著作『経済学・哲学草稿』を出版したのが261844年、つまりプルードンの『創造』の1年後のことになる。プルードンのこの著作のドイツ語版があったのかどうかは書誌学者の研究に任せたい。
 
方法論としてはほとんど同じであるのに言及していないというのは、この場合は利用したと受け取っていいのだろう。シンプルに言うと、プルードンの「系列」とは上向の系列であると理解してよい。マルクスが上向論理で行き詰ったのは、系列の弁証法を意識したか、同じことだがヘーゲル弁証法を『資本論』の論理展開エンジンに用いたためであるように思う。それはまったく必要のないことだった。
 
アナーキストのプルードンとは、思想においても方法論においても、コミュニズムを提唱したマルクスは明確な線を引いておきたかったのではないか。マルクスは古典派経済学から学び、その基本的な概念を析出しそれらの相互関係を突き止める作業が必要だった。そこさえきっちり押さえれば、系列の順序はおのずから明らかになった。『要綱』がそういう研究過程を明らかにしてくれているから、プルードンの系列の弁証法から学ぶ必要はなかった。『資本論』研究文献でプルードンの系列の弁証法に言及したものを見たことがない。体系構成についてプルードンとの比較分析の余地がある。

 ついでだから、もうすこし掘り下げて具体的に論じてみたい。1866年のエンゲルス宛の手紙にあるように、マルクスには上向の系列が途中から見えなくなったことがわかる。事実に即して言えば、交換関係から貨幣を媒介として生産関係へと概念的関係を拡張した後、どのように体系を記述すればいいのかわからなくなった。下向分析で見つかった上向系列が生産関係で行き止まってしまった。単純な市場関係を展開した後、「国内市場と国際市場」関係へと概念的関係を拡張し、世界市場関係へと至る道がマルクスの採るべき上向系列だった。ところが、資本論初版が出版された1867年にはまだ世界市場は出現していない、そこに気がついて困惑した可能性がある。マルクスの時代に『資本論』を完成することは無理だった、世界市場は実証研究がその背後になければ描きえないのである。あの時代にはリカードの比較生産費説があるだけだったが、それで世界市場を描くことはできない、貧弱すぎるのである。この点から、経済学は経験科学の一つで、なおかつ演繹的体系構成をもつ面白い学問分野であることがわかる。
 院生のときに、リカードの国際市場論について小論を書いた。その折にマルクス『資本論』と比較しながらリカード『経済学および課税の原理』を読んだ。修論で『資本論』の体系構成の最後の環である世界市場関係に見通しをつけるために、リカードの国際市場論は一度読んでまとめ、中身の検討をすべきだと考えていたのだが、単純な国際市場関係とその完成形態である世界市場関係を概念的に区別するとしたらどうなるのかまったく見通しが立たなかったのである。もちろん、今日のグローバリズムや機械とコンピュータとインターネットが融合したサイバー空間が現実の世界にあるはずもなく、不可能だったと言わざるをえない。そのころからマルクスの労働観への違和感も大きくなりつつあった。


*#2935 『資本論』と経済学(1):「目次」 Jan. 25, 2015 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2015-01-25


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