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#2039 1948年のロンドンオリンピックは敗戦国日本参加できず Aug. 4, 2012 [ちょっといい話]

 昭和23年というと団塊世代が生まれた年である。1948年にロンドンで2回目のオリンピックが開かれたが、日本は連合国の敵国で参加が認められなかった。1951年のサンフランシスコ講和条約締結までそうした扱いが続いた。

 日本水泳連盟はオリンピックの決勝と同日、神宮プールで国内大会を開いた。そこで古橋廣之進がオリンピック金メダルの記録を次々に塗り替えた。ウィキペディアによれば次のようになっている。

「古橋は400m自由形4分33秒4、1500m自由形で18分37秒0を出し、ロンドン五輪金メダリストの記録および当時の世界記録を上回った。同年9月の学生選手権の400m自由形では自己記録を更新する4分33秒0、800m自由形では9分41秒0を出しこれも世界記録を越えた。これらの記録は日本が国際水泳連盟から除名されていたため世界記録としては公認されなかった。敗戦直後で日本人の多くが苦しんでいる時期に、世界記録を連発する古橋は国民的ヒーローであった。」

 敗戦後の混乱時代、当時の日本はエンゲル係数が80%だった。収入の80%を食費に使わなければならないほど窮乏化していた。そういう時代に国民を励ます効果があった。
 日本水泳連盟の企画力と情報発信力に驚くとともに、江戸末期や明治期の日本人が培った国際的な信用の大きさにも思いをはせないわけにはいかない。
 日本人は侍であってなにより不正を嫌う、だから、日本人が水泳の記録で計測をインチキするはずがない。そんなことをすれば、最大の恥辱であり、やった当人は腹を切ることになる。そういう価値観のなかで日本人は生きていたし、国際的にも倫理性について評価が高かったのだ。
 「日本の時計はゆっくり進むのではないか?」という声はすぐに聞かれなくなり、「日本人はすごい」という賞賛の声が各国から湧き上がったのは当然の成り行きだった。敗戦後の日本人がどん底から這い上がるにはこうしたエピソードもあった。

 今朝7時25分頃、NHKラジオでの解説から。いい話だったので紹介したくなった。

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