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#1810 悩み Jan. 22, 2012 [授業風景]

  自分が中高生ならどういう塾が理想か、そう考えながら東京から戻って9年間歩き続けてきた。
 学校の授業の二番煎じでは意味がない。生徒の勉学の深化に応じて個別指導をしてくれるような塾がいいなと漠然と考えていた。
 経済的な事情から大学へ進学できない生徒もいるだろうから、大学レベルの授業も提供したいと始めたのがThe Japan Timesを使った時事英語授業だった。大学3年のときに履修した"時事英語"よりはずっとましな授業になっている。専門学校がないから片手間に簿記も教えてみた。中3や高校入試の当日からから教えると高1で商工会議所簿記検定試験2級に合格できることも普通科と事務情報科の2人の生徒が実証してくれた。これは根室高校の新記録となった。仕組みがあれば根室の生徒たちの能力を開花することができる。日商簿記1級に合格するためには1年生で日商2級に合格しているとずっと有利になる。工業簿記が2年次の履修となるからトップクラスの生徒でも2年次の2月の試験が最短コースである。おそらく過去2年次2月の日商2級に合格した生徒はいないだろう。事務情報科の生徒は全商検定6科目1級をそろえて根室高校で記録を打ち立てた。高校と私塾の連携があると面白い結果が出せる。
 事務情報科の生徒には2年次で工業簿記を選択履修できるように改めるべきだ。私塾側から根室高校へ初めての要求である。学校と私塾が連携すれば大きな成果が期待できるから、改善を考慮してもらいたい。11月の日商簿記検定試験3級受験を1年生のスタンダードとして授業スケジュールを組んでもらいたい。1月の全商3級受験ではレベルが低くて情けない。
(全商簿記検定1級は日商簿記検定2級に相当する)

 だが、いいことばかりではない、悩みもある。
 大事なことだから、現実の生徒たちを取り上げて分析をしてみたい。根室の子どもたちに何が起きているのか、どうすれば問題の発生を防げるのかについて参考になれば幸いである。
 以下に採り上げるような生徒たちが急に増えたし、今後も増える傾向にあるので、根室の子どもたちの学力に赤信号が点っていると痛切に感じている。予防も治療もできる。ただし、治療は時間がかかり困難をきわめる。いわば生活習慣病の一種なのだから。病気にしないこと、つまりは予防が一番いい。 

【ファクト】
 成績の上がらないクラスが一つだけある。根室に戻って2002年の12月から塾をやってからこういうクラスは初めての経験である。
 中1のAクラス9人だ。なかなか手ごわい生徒が半分を超える。同じ学年のBクラスの5人の中1は成績が学年で10~20番ほどあがって上位クラスに割り込んできている。ひとりは一度学年トップを取った。しかし、Aクラスのほうは低迷したままで、学力が伸びてくる兆しが見えぬ。
 騒がしいのでAクラスには新規の生徒をお断りしている。昨年、数人どうしても入れてほしいというので、「騒がしいクラスなので落ち着くまでまだ数ヶ月かかるから無理です」と電話で説明して断ったのだが、どうしてもと言うので授業を体験してもらい、納得いただいた。生徒を選んで入塾をお断りするわけではない。
 
【我慢力の欠如】
 理由は簡単だ。授業に集中していない。誰かがお喋りを始めるとすぐに他の者たちが反応する。授業はもぐらたたきの様相を呈する。いくら言っても、セルフコントロールが利かない。
 うわのそらで説明を聴いていて集中力に欠けるから、10分前に説明したことも引っ張り出せないことがままある。「さっき説明したばかりだ、大事だから覚えておけと念も押したぞ」と言って黒板のここに書いたと叩いてみせると、「あ、さっきやった」と気がつく。黒板に書いたことは視界の中には入っているし脳はしっかり記憶しているのである。だから頭が悪いわけではない。気が散っていて説明を聴くことに集中できないのである。
  もう一つ実例を挙げておく。質問があると生徒は手を挙げて「先生!わかりません」「先生、質問があります!」と意思表示をする。ややこしいものは生徒のところに行き質問内容を確認して黒板に書いて説明をするのだが、その説明の最中に横を向いて話し始めて聴いていない、とこんなことが頻繁に起きる。繰り返し注意して、本人も気がついているのに治せない。もどかしいだろう。
 能力が普通の生徒になぜそういうことが起きるのか?

【共通する現象とその背後に見える生活習慣】
 複数の生徒を1年間観察してみたら「症状」には共通点がある姿勢が悪く、じっとしていられない誰かが話しをし始めるとすぐに同調する、つまり授業に集中できない。誰かが何か話さないかと常時アンテナの感度を高くしているようなのだ。誰かの話しをキャッチしてすぐに反応を見せる。再三再四注意されても自分の行動を自分の意思でコントロールできないし、嫌いなことを我慢してやり遂げることができない。だが、まったく自分の意思で行動をコントロールできないわけでもない。無意識にこちらの態度をうかがって反応しているのだ。
 苦手な科目や嫌いな科目の勉強をやりたがらないから、宿題を出してもほとんどやってこない。そういう習慣が小学校でついていないのだ。だから成績が悪いとも言える。家庭学習習慣はいわば生活習慣であるから、小学校低学年での家庭のしつけに問題があったことを物語っている。宿題をやらないことで言い訳が習慣になると副作用は社会人になったときに現れる。仕事ができないときに昔の"言訳の癖"が出てしまう。言われたことは確実にやりぬく、社会人となるまでにそういういい習慣を形成してもらいたいと思って宿題を出している

【根室高校と根室西高校の比較】
 大人になったらわかるだろう、指示された仕事を期限内にきちんとやることは社会人になったときに実に大事なことなのだ。ところが中学生に言い聞かせても切実感がない。それどころか立派な反論までする。「西高校へいっても同じ高卒だから勉強しなくていいんだ」。私は誰がそんなことを言っているのか聞いてみることにしている。そういう大人の話しを真に受けているのではあるまい。
 残念だが、使っている教科書すら違う。教科書会社は教科ごとにレベルに差をつけた教科書を複数出版している事実を中学生たちは知らないから、中学校は根室高校と根室西高校で使用している教科書を並べて生徒たちに見せてあげたらいいのではないか、国語・数学・英語だけで充分だろう。
 教科書のレベルが異なるだけではない。たとえば、数Aを根室高校は1年生でやるが、根室西高校では2年次に扱う。入学時点で同じ能力だとしても、卒業時点で学力に大きな差が生じてしまうのは当然のことだ。ましてや、両校には入学時点で大きな差があるのだから、卒業時点ではその差はさらに拡大している。基礎学力不足でそこを補充するために根室高校の2年分も消化できないのが実態である。
 勉学に目覚めた一部の生徒は私塾に通うか、何人かでグループをつくり勉強している。小数でも同じ志をもつ仲間がいることは励みになるだろう。西高校には西高校の役割があり、存在理由があると私は思っている。西高校からでなければでないようなユニークな人物を何人か知っているからだ。生徒たちも西高でのびのびやっているものが案外多いのである。西高校では生徒のレベルに合わせて授業をしてくれるから、授業内容がわかり、勉強へ興味を取り戻す生徒が多いことは書いておかねばならない。2校体制はメリットが大きい。あとは財政負担とのバランス問題だ。一人平均年額80万円ほどコストがかかっているだろう。

【屁理屈にはつきあわない】
 2月3日は1・2年生対象の学力テストがある。勉強したくない生徒はこういうことを言う。
「先生、学力テストって成績や進学に関係ないんでしょ。だって学校の先生がそう言っていたよ」
 自分に都合のいい大人の意見を拾って自己正当化に熱心だ。そういう熱心さを勉強の方に素直にぶつけたら成績はずいぶん伸びるだろうにと慨嘆せざるを得ない。ものごとを相対化して考えられないように私には見える。数いる中にはそういうことを言う先生もいるのだろうが、まともな先生はそういうことは言わぬものということに気がつけば、精神的にはもう立派な大人の仲間入りだ。
 こんなことは自分の頭でよく考えてみればわかることだ。入試は学力テストだから学力テストの点数が取れなければ、高校入試は無理。
 心が成長せずにそのまま高校へ「進学」した者たちの中から二桁の退学者が続出することになる。
 実際には高校を卒業してなければ履歴書すら受け取ってくれない会社が多い。ここにいたって愕然としても遅い。

 テスト2週間前がチャンスだ。この期間だけはすこし勉強する気が見える。本当は点数を上げたいのだろうと思う。努力できない自分に苛立ちを感じている生徒もたしかにいる。そろそろ結果を出さなきゃいけない時期に来ている。
 力で制圧はできるが、そうすると大人の顔色をうかがうずるい子どもになりかねない。学校でよくあるのは強い先生のときは顔色を伺いおとなしくしているが、弱い先生の授業にその分のストレスが大きく出てしまい授業が成り立たなくなることだ。そういう傾向が生徒の表情にみえる。こちらの出方を生徒たちの何人かは見ている。

【仕事は一心にやるもの、そういう習慣は中高生のときに育め】
 社会人になって人様の顔色をうかがいながら仕事をしていたら身が入らないからろくな仕事にならない。そういう者は厳しい職場でも普通の職場でも淘汰される。ほとんどは正規社員にすらなれないだろう。中小企業は使いものにならない人を数名採用したら会社がつぶれかねないから、できるだけしっかりした人が欲しい。辛い仕事でも我慢してやりぬかなければならないのに、このまま大人になったらということを考えると生徒の将来が憂える。東京で26年間経営管理業務を中心にして四つ業種を変えて働いた経験から見えるものがあるのだ。根室の生徒の大半は将来都会へ職を求めて出て行くことになる。

 こういう質問を投げることがある。
「君が経営者だとして、いまの自分とそっくりな人が大人になり就職の面接をしたとしたら、採用するか?しっかりした人でないと会社はつぶれるぞ、さあ、返事を聞かせてくれ」
「うーん…」
「自分のことがわからないなら隣にいる人同士で考えてみてくれ。隣の人を採用できるか?お互いにどう思うか話してみろ」
「先生、ムリ、ムリ(雇えない)」、そういう声がとんでくる。
「だったら、誰もが採用したいと思うようなしっかりした人間になれるようにたったいまから自分を磨け」

 相撲取りの親方なら「辛抱力」というだろうが、国技の力士に必要な辛抱力に敬意を表して別の用語を使うべきだと思い至り、わたしは「我慢力」と名づけたい。

【我慢力を育てる季節はいつか?】
 この我慢力だが、小学校に上がる前から鍛え始めないと、時期を失するようだ。どうやら「我慢力」育てるのには旬の時期があって、そのときにやっておかないとやっかいなことになる。
 子供に好きなブカツをやらせてゲーム機を買い与え、家庭学習習慣を躾けずに小学校6年間好きにさせてしまったらどうなる?
 もちろん半数は大丈夫かもしれないが、残りの半数は我慢の苦手な子どもに育つ。もちろんゲームに嵌っても勉強と両立させた能力の高い生徒も見ているが、なかなか抜け出せない生徒もいる。当然学力は伸びないし、生活の優先順位(勉強よりもブカツやゲームが優先)が狂ってしまい時間がなくなるから児童書レベルを超えた本もほとんど読まない。そして使わない機能や鍛えられない力は発達しない。
 読書力や我慢力は筋力と同じでトレーニングで鍛えられるものだ。読書週間のない生徒は中1になってもたった3行程度の文章の意味理解に度々支障が出る。日本語能力が小学4年程度でとまっていたら学力を上げるのに大きな障害になる。当たり前のことだが社会も理科も数学も教科書は日本語で書かれているから、速く正確に読める生徒はどの教科も点数が高くなるのは当然だ
 読書習慣のない生徒は日本語の語彙が少なく、込み入った人の話しをなかなか理解できないし、自分の心のうちを適確な言葉を選んで表現することもできない。そのまま大人になったら、職場で必要な仕事のコミュニケーションができないだろう。思考を料理にたとえると語彙の豊富さは材料の種類の多さにたとえられよう。日本人の思考は日本語の語彙でなされるから、豊かな語彙は豊かな思考を支えることになる。語彙が豊かでないと材料が少ないのと同じことで、ワンパターンのカレーライスとシチューしかつくれない。
 日本語語彙は基礎学力の一部でもあるので就職試験の際に問題になるが、運よく就職できたとしても、その後の仕事にコミュニケーションが適確にできなかったり、仕事に関連のある本を読めなければボーナスや昇進、そして年収に大きな差がでてしまう。

【我慢力は大脳前頭前野の機能】
 我慢力は大脳前頭前野の機能であるらしい。考え抜く力の座だ。ここは我慢をすることや勉強で鍛えるべき座のようだ。両方を欠如させて小学校の6年間を過ごしたら、大脳前頭前野は未発達のままになる。
 成長期だから身体は大人へと変わっていくが理性の座は一部の機能が小学校3~4年生で一時期成長をやめてしまう。
 大脳前頭前野の機能が充分に発達しないと思考力や我慢力に影響が出る。きらいなことやいやなことへの集中力が育たぬことになる。それらに加えて読書習慣がないと語彙力が貧弱なものになり、思考力が強く制限を受けることになり、精神の発達速度が小さくなる。
 世の中見えないもののほうが大事なものと相場が決まっている。愛は目には見えないし精神の成長も目に見えぬ。精神も身体の成長と同じように発達の季節がある。その時期を外してはならぬ。
 発達を止めてしまった座を正常な軌道に戻すためには、教える側の忍耐力と本人の強い意志の二つが必要条件になることを理解いただきたい。
 生活習慣病の治療と同じなのである。ときに性格にまでなってしまっているから、生活習慣を改善することで性格を変えるという大それた仕事になり、たいへんに時間がかかる。
 しゃにむにトレーニングして1年で直せる生徒は素直な生徒で3人に一人くらいの割合だろう。急激にやると二人は拒否反応を呈することになる。誰も自分を変えたくないからだ。だから1年で二人治せたらその先生は"名人"だ。
 こういう生徒がクラスの半数を超えたらたいへん厄介な問題が起きることを私ははじめて経験している。

【休塾・退塾のススメ】
 数人の保護者の方と昨年何度か話しをした。一人は「このままでは効果はありません、次回のテストで点数が上がらない場合は続けても効果が期待できません、授業料がもったいないのでしばらく休塾し、成績を上げたくなってから来たらどうですか」と伝えた。どうしても学力を上げなければならないと自覚が生まれたら、そこからは速い。成績は上げられる。しばらくの間、休憩が必要な生徒もいる。生徒をよく見て判断しないといけない。

 この問題とは直接関係がないが、1年生のときに来ていた生徒に退塾を勧めたことが2度あった。一人は塾を掛け持ちでブカツも熱心で無理が出ていた。そういうケースで退塾の場合は、「受験近くになってギリギリだったらいらっしゃい何とかしてあげるから」と伝えることにしている。こうして二人とも3年生の12月になってから再度通塾することになった。受験には間に合うのである。正直に説明して不安を取り除いてあげることが大切なのだろう。
 2年あればこころが成長しているから、おどろくほどスムーズに吸収するし、信頼関係があるからこちらの指示通りやりぬく。根室高校普通科ぐらいなら、内申点がひどくない限り3ヶ月でなんとかなる。5科目合計点が30点くらいは上がるのである。50点以上上げた生徒も数人いた。要は本気になれるかどうかである。
 だから無理をする必要はない、ほとんどは心の成長を待てばいいのだ。こうして時間をかければ授業の名人ではない私でも三人に二人は何とかできる。でも学年に二人か三人までである。

【なぜ個別補習による指導を徹底するのか】
 私は短期間で学力を上げたい生徒たちや、基礎的学力に問題がある生徒たちのために4時から1時間半ほど個別補習(補習は授業料をいただかない)の時間をとっているが、ブカツに熱心だと個別指導の時間が確保できない。残念ながらブカツを優先する親もすくなくない。
 基礎学力に問題を抱える生徒はブカツよりも学業を優先しなければならない。学力が弱く無気力な大人になったら、どうなるかは火を見るよりも明らかなのに、自分の子供の10年後の姿は想像しがたいのかも知れない。親の時代とは就職状況がまったく違ってしまっていることに気がついているだろうか?
 いまや10人に4人は非正規雇用である。年収は100~150万円。男の子なら好きな彼女ができても嫁さんにもらえなくなる。これが現実である。できることならそんな悔しい思いをさせたくない。

(小中学校でブカツに血道を上げて補習をまったくしない先生が多いが、そうした先生たちはブカツに異常に熱心な保護者に支えられている。こういう親たちは土日連続のブカツを歓迎しても、どんなに自分の子供が勉強できなくても先生たちに放課後補習の要求を出すことはない。ブカツの時間が削られることになるからだ。根室はこういうタイプの親がおどろくほど多い。それ自体が異常なのだがずっと根室に住んでいると気がつかぬ。学業とブカツの優先順位の判断もつかぬなら、おろかとしか言いようがない。学力の高い地域は放課後補習や土曜日の補習授業を実施している。おそらくそういうことを知らないのだろう。
 根室の先生たちは週のうち半分はブカツの指導をやめて放課後補習をしろといいたい。答案を採点して補習をしなければならぬことぐらいわかるだろう。正直に誠実に仕事をするとはそういうことではないのか?
 私のところだけでも成長期に過度なトレーニングで4人障害を抱えた生徒がいる。かわいそうに、三人は大好きなそのスポーツをあきらめざるをえなかった。ひとりは病院通いをしながらブカツを続けていた。わたしはブカツ指導の先生たちにこうした重いスポーツ障害を予防する義務があると思うのだが、現実はブカツに熱心な親と先生がこぞってスポーツ障害を作り出しているように見える。きちんと予防措置をとらないと傷害罪に問われかねない。)

【指導を受け入れるこころの成長をまつ】
 じっと観察していたら、個々人によって授業態度には揺れはある。これではいけないと素直に指示通りにやれるときがある。待つ気にさせる生徒はいる。だが、いつまでも反発して素直になれない生徒も稀だがいる。
 受け入れる心がないと、授業はサランラップで包んだ植木鉢の植物に水をやるようなもの。一滴たりとも吸収できない。こういうときは心が変わる、つまり心の成長を待つしかない。「生活習慣病」との戦いは家庭の協力もないと克服できないケースもある。
 5年かかった生徒がいた。勉強はしなかったが、目が穏やかになり、実に礼儀正しいきちんとした高校生になって家業を継ぐのに必要な資格をとった。待つ気になるのはそういう生徒が過去に何人もいたからだ。
 毎日やることは習慣となり、何年も続けられた習慣はその人の性格を形作るようになり、ついには人格の一部をなす。だから、毎日やることをおろそかにしてはいけない。時間をかければ人間はゆっくり無理なく変われるものだ。

【読書力の重要性】
 読書をよくする子供は一般に他人の話しがよく理解できるし、国語の成績もよい。社会や理科も教科書は日本語で書かれているし、数学の文章題も日本語で綴られているからなんとかこなせるようになる。
 ところが、児童書から大人の本への切り替えができず、読書をしない生徒は日本語能力が落ちる。日本人とは思えないほど貧弱な語彙力の中学生が根室には20%はいる。この部分を底上げできれば全国学力テストの平均点はかなり上げられる。
 根室に戻って9年間子どもたちを見てきたが、学力の低下とともに気になっているのは日本語能力の著しい低下である。以前は500点満点で、120点以下がゼロだった中学校があるが、この数年間で10人を超えるように変わってしまった。学力低下と呼応するように、小学校3年生か4年生程度の日本語能力しかない生徒たちが成績下位層に増えた。文章の音読能力が極端に低い生徒が20%もいる。もちろん黙読でも生徒の頭の中では同じことが起きているのだろう。
 たとえば、「修飾語」という言葉が理解できない。そもそも「修飾」*という言葉の意味が理解できないのである(どういう漢字が読めないのか実例を別途の記事で紹介してみたい)。漢字一つ一つの意味がわかれば熟語の意味の検討がつくのが日本語の素晴らしいところだが、それがわからないから学校の授業で先生が使う用語が理解できないだろうと推測する。日本語ボキャブラリーが貧弱で書き言葉が理解できないからますます本を読まない。国語のテストは黙読速度が遅く時間内に一度読むのもたいへんで、おまけに「てにおは」を間違えて読み、わからない語彙がいくつも散らばっているので意味がつかめない。社会も理科も数学の文章題も同じ。悪循環である。

 日本語の便利さをちょっとだけ解説しておく。leukemiaは白血病だが、どこにも白という意味の英語が入っていない。英語の専門用語はギリシャ語やラテン語からつくられているから、医学の勉強をしたことがなければ単語を見ても意味の検討がつかないのである。だから米国人が医学書を読むにはまずこうした専門用語を知る必要がある。しかし、日本語で白血病といえばほとんどの日本人がその意味を了解できるだろう。赤血球ではなく白血球にかかわる病気であるぐらいのことは白と血と病という字を見れば推測がつく。white-blood-cellなんて単語を作ったら品が悪いこと限りはないし、長すぎて気持ちが悪い。日本語では3文字が意味のわかるように英語で書くと16文字になる。日本語がいかに便利か納得いただけただろう。

 ところが、その基本漢字に対する知識があやしくなってきている。いまの中学生は団塊世代が中学生だった50年前に比べると基本漢字の語彙が半分以下になっているのではないだろうか?
 ルビを振っている本が少ないことも大きく影響しているだろうが、活字離れがひどい。
 「読み・書き・ソロバン(計算)」が基礎学力の元である。三つの中で一番大切なのが「読み」である。私は生徒たちの日本語能力の退化現象に驚き、授業時間を延長して7年ほど前から音読指導をしている。1年生のテキストは斉藤孝『読書力』である。この本は岩波新書だから児童書ではない。しかし、毎回1ページを読むのに5~10個も読めない場合がある。これらの事実から語彙力が小学校3~4年生程度で止まっている生徒が中学1年生全体の20%ほどいると私は推測している。
 悲しいことに音読指導をやっても家で読んでこなければ上手にならないし、読んだ部分の漢字の書き取り(宿題)をしてこなければ国語の点数が上がらないことを数人の生徒が証明してくれた。三色ボールペンで線を引かせているから、漢字の書き取りや音読を家でやってくれば、大事な箇所が読めるようになって点数アップにつながる。読み終わったところの漢字の書き取りが効果が国語力アップに効果が高いのだが、宿題にしてやってきたのは一人のみ。言い訳が常にあるが、なんのために塾に来ているのだろう?

 はっきり言うけど、学校の朝読書は中学生の読書力の醸成にはまったく役に立っていない。読書力のない生徒が自分でテキストを選んで黙読するのではきちんと読めているのかどうかチェックができない。これではトレーニングにはならぬ。

 ある時期に、ルビの振ってある良質のテキストを選んで、辞書を引きながら読まないと日本語の語彙力を飛躍的に伸ばすことはできないものだ。それは小学校高学年であるそれがあれば中学生になって興味のある分野の小説の濫読の時期を過ごすことができ、高校生になってから専門書を読む素地ができるここまで下地ができていれば、社会人になってどんな仕事を任されても読みこなせない専門書はないだろう。

*「修飾」の飾は「かざる」を意味することは大人なら100%に近い人が知っていることだが、「修」の意味は案外知られていない。修理の修とは関係なさそうだ。そこで大辞林を引いてみた。
 ①学ぶ、修める 修学・修士・修身 ②なおす、つくろう 修好・修理  ③美しく、かざる 修辞・修飾
 白川静『字統』で引いてみたら、「きよめる」という訓読みが示されていた。
 ユウとサンとに従う。ユウは人の後ろから水をかけて洗う形で、沐する意。いわゆるみそぎをする意。みそぎして身を清め、その清らかさを示すサンを加える。・・・修祓して身を清めるの意である。
 
【仕事に関する専門知識習得と基礎学力の関係】
 仕事の種類によっては専門学校や大学へ進学して資格をとらなくてはならないものがある。そうでなくても資格試験は多い。GSだって危険物取扱や車の整備について必要な公的資格をもっていないと社員にできないだろう。そのときになって受験参考書や専門書を読む読書力がなければ困ることになる。仕事によっては原書で専門書を読まなければならないこともある。こうした基礎学力は小中高の時代にがっちり造っておかなければならない。
(看護師になりたい生徒が増えているのでちょっと書いておく。看護学校は3年である。国語・数学1A・英語の3科目があるから、普通科でなければ不利である。商業科や事務情報科からは准看護師の学校への進学となる。それから看護高等専門学校への進学となるからロスが大きい。看護師を目指す生徒は普通科に進学すべきだ。根室市が360万円の奨学金を出している。3年間市立根室病院に勤務すれば返済免除となるから、利用したい人はどんどん利用したらいい。学力さえあれば看護師になれる。初任給は21万円で根室では一番高いだろう。市立根室病院のホームページで確認したらいい。)

【男と女の役割の違い、そして塾選び】
 男は嫁をもらう。そして妻子を養う義務がある。それには職についていなければならぬ。いまや正規社員は10人に6人でその比率は年々低下しつつある。非正規雇用だと年収は100~150万円くらいだろう。正規社員の半分から三分の一だ。実に厳しい就職状況で、わたしは若い人たちがかわいそうだ。しかしこれが現実である。
 一昔前は、勉強なんかしなくてもいい、船に乗れば稼げるという考えがあった。事実その通りだった時代があったが、船に乗れば春から秋の半年間月に50万円稼げたのはもう昔話である。資源量が枯渇しつつあるから減船に次ぐ減船で乗る船が少なくなった。

 言うことをきかなければ、場合によっては男の生徒なら殴ってもかまわないとわたしは思うが、どんなに言うことをきかなくても女の生徒を殴る手はもたぬ。
 だから、あまりひどい場合はお引取り願うしかない。基準はまわりに度を越えた悪影響があるかないかだ。この点だけは私の判断に男女差がない。

 私は「腕力に」物を言わせて強い授業をするのが好きではない。子どもをずるくするだけになりかねないからだ。しかし、このクラスは3ヶ月だけ生徒が指示通りにやらず態度が改まらなければ休塾や退塾勧告も辞さぬことにきめた。途中で必要な措置もとる。やさしく対応すると勘違いしてわがままで付け上がる生徒がいるからそこは少々強引に直すつもりだ。
 成績を上げるという結果がだせない授業はご免である。上がったり下がったりではダメで、しっかりレベルが上がったと本人も親も学校の先生も納得するだけ上がらなければ塾通いをする意味がない
 中学生は子どもと大人の中間にある、だから人へなるための修行期間だといつも言っている。この期間にきちんとした習慣をつければ、社会人となったときに辛抱強くやっていける

 保護者や生徒には塾を選ぶ権利がある。学力が上がらないときはこだわらずに塾を変えてみたらいい。リセットすれば一からやりなおせる。
 ニムオロ塾は一度辞めても心配いらない。いままでは申し出があれば例外なく再び受け入れている。出入り自由である。年に一人ぐらいそういう生徒がいるが、ebisu先生は二度目に来て気まずい思いをした生徒はいないと自負している。(笑い)
 気楽に出入りすればいい。一人の先生にこだわるな、根室にはさまざまな運営方針の塾があり、いろんな先生がいる。品比べをしてみればいい。
 
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  #1854 あの問題の中1クラスの授業はどうなったか? Feb. 22, 2012 
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-02-22-1

 #1843 真っ赤な顔で… :先週の中1英語授業から  Feb. 13, 2012
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-02-13

 #1839 中2成績中位層の日本語語彙 Feb. 12, 2012 
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-02-12

 #1837 中学1年生 日本語語彙の現実  Feb. 10, 2012 
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-02-09-1

 #1829 中1の語彙力の実例 : これでは先生たちの授業も理解できぬ  Feb. 5, 2012 
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-02-05

 #1823 激烈な競争から這い上がれ:団塊世代の友人からの手紙 Jan. 31, 2012 
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-01-31

 #1820 「学力低下、何が起きているのか?」 Jan. 29, 2012
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-01-29

  #1810 悩み Jan. 22, 2012 
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2012-01-22 

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