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#1029 『現代語訳 帝国主義』幸徳秋水著・遠藤利國訳 May 16, 2010 [本を読む]

 根室はこのところ最低気温が1~3度である。春なのに寒い日が続いている。庭の紫つつじの細い枝に咲いた花が霧の中で寒そうに揺れている。
 日曜日になると、ゆっくりと長いブログが書きたくなる。今日は、旧友・遠藤利國による現代語訳、幸徳秋水原著の『現代語訳 帝国主義』を採り上げる。奥付を見ると「5月10日初版印刷、5月25日初版発行」となっているから、まだ初版が印刷されたばかりで、書店には並んでいないかもしれない。

 原著である幸徳秋水『帝国主義』は1901年(明治34年)4月の出版である。内村鑑三の「序」がついているくらいだから、秋水はこの時すでに相当に期待された論客であったようだ。
 幸徳秋水の格調高い美文は現代の若者にはもはや読みにくいものであるようだが、岩波文庫で原著『帝国主義』が出ているので、ぜひこの書と併せ読まれたい。

 1901年といえば日清戦争(1894年)と日露戦争(1904年)のはざ間にある。中江兆民が幸徳秋水を可愛がったようだが、兆民亡き後、政治的な後ろ盾を失い孤立していったと訳者はみている。その延長線上に大逆事件が起き、直接の関係はないにもかかわらず処刑される。
 わたしはどういう点で民権論者の兆民の系譜を引いているのか『三酔人経綸問答』(岩波文庫)もざっと読んでみるつもりだ。
 時代の潮流との関わりではもうひとつ挙げておかねばならないものがある。レーニン著『帝国主義論』とのかかわりである。1917年に出版されているが、幸徳秋水の『帝国主義』はそれよりも16年早い。レーニンは金融資本による産業の独占化をベースに論を展開し、資本主義が行き詰ると同時に社会主義革命が必然であると主張している。
 ロシア革命のさ中の高揚の中で我が田に水を引く論を展開したレーニンと、透明な知性で私利私欲を離れて日本的情緒で経済を観察した幸徳秋水の、いずれの論が正鵠を射ていたかは今日の状況から明らかだろう。
 自己や自己の属するの集団の利益を頭の隅のどこかでチラとでも考えたら、その途端に目が見えなくなるものであるらしい。ケチな根性で経済を観察しても、大事なところで論を誤るものであることは注意したい。
 資本主義化が遅れたロシアで革命が起こり、70年後に行き詰ったのは共産主義経済の方であった。だが、物質的欲望の拡大再生産装置である資本主義もまた地球環境問題を中心に行き詰まりをみせている。
 馬場宏二氏のように生産力の野放図な発展が地球環境を破壊し、人類の生存にとって危機を招来しつつあると、過剰富裕化論を展開している経済学者たちも小数ながらいる。
 最近十年間を見ると、生産力の発展や金融工学の発展によりグローバリズムや資本主義そのものが自壊作用を呈しているのは間違いのないところだ。

 遠藤利國氏の前著でつい先ごろ3月に出版された『明治廿5年 九月のほととぎす 子規見参』は子規の死の10年前の一年間を追った著作であった。どういう偶然か『現代語訳 帝国主義』も明治34年、幸徳秋水が刑死する10年前の出版物である。

 『帝国主義』は愛国心と軍国主義をキー概念に論が展開されている。古代ギリシャでは愛国心を煽ることで一兵卒が多数戦場で死に、生きて帰った者も荒れ果てた田畑で収穫もなく奴隷に身をやつさざるをえなかったことや、ビスマルクが愛国心を煽って中心に北部ドイツを統一することでプロイセンの版図を広げていったことなどを例に挙げて、愛国心と軍国主義を論難している。

 秋水はナショナリズムとパトリオティズム(郷土愛)を区別せずに愛国心をすべからく偏狭で排他的なものであると定義しているが、わたしは郷土愛とナショナリズムは区別したい。その点の説明は藤原正彦著『国家の品格』に譲る。
 #1030 『nationalism とpatriotism』 May 17, 2010
  http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-05-17


 秋水は自国への愛は他国への敵愾心と裏返しの関係にあり、「野獣的天性」に基づくものとみなしている。

「これを遺伝的な性情であり、どうすることもできぬものであると言ってはならぬ。思ってもみよ。自然に発生する弊害や毒を防ぎ、食い止めることこそ、まさに人類の進歩と言える所以ではないか」
 
 秋水の言うように、人間はあるグループに属すると、近隣の他のグループに敵愾心を抱くように遺伝的にプログラムされているように思える。だからそれを制御しなければならない。欧米社会はこの野獣的本性を野放しにしてきた。日本もまた同じだというのが秋水の立論である。
 わたしはいささかこの論に異論があるのだが、明治34年、日清戦争後の兵卒たちの困窮振りや、階級の上の者と一兵卒の戦死者への補償の極端な格差を前にすれば、心情的に無理のないことは理解できる。

 秋水は愛国心に対して惻隠の情や憐憫の情を対置している。武士道の根幹を形作る日本的情緒が普遍的なものとして秋水の価値観の中にゆるぎなく存在しているようにみえる。理や知を説きながら彼自身も日本的情緒の只中にいるのである。そして理性による欲望の制御を次のように説く。

「自然の欲情を最も多く制御する人民は、最も道徳の進歩した人民である。・・・文明の福利を享受しようとするものは、自然に盲従してはならぬのである。」P.50

 次々に武力と暴力で世界中を植民地にし、領土拡大を図るのは自国の商品を売りさばく市場を確保するためと喝破している。帝国主義の時代は「貿易は国旗に続く」時代でもあった。
 秋水は武力や暴力をもって強いるのでなければ貿易ができぬという理由はないとし、富の分配を公平にすることで、自国民の購買力を高めることで解決できると主張している。
 訳者はあとがきでフォード自動車を例に挙げ、幸徳秋水の着眼の確かなことを実証している。フォードは自社の社員の給与を上げることで社員が自社製品を買うのを目の当たりにして、国内に広大な市場が存在していることに気づくのである。

 秋水は次のように結論を書き、その著書を締めくくった。
「ゆえに我は断言する。帝国主義という政策は、小数の欲望のために多数の福利を奪う者である。野蛮的感情のために科学的進歩を阻害するものである。人類の自由平等を殲滅し、社会正義と道徳を毀損し、世界の文明を破壊する害虫である。」

 訳者「あとがき」によれば、フランスで『帝国主義」の翻訳が進められているようだ。なかなか感性の鋭いフランス人がいるようだ。現代的意味ありと判断したからだろう。
 ところで、訳者はこの書の現代的意味を次のように述べている。

「現在の日本がその豊かさを維持しようとするなら、国際社会のなかで良好な関係を維持して行かなければならないのが、今日の日本の運命であり、使命である以上、「国」とか「愛国心」という言葉を使用する場合には、なおさら周到な配慮が必要であろう。この『現代語訳 帝国主義』がその点でいささかでもお役に立つことがあれば、あえて現代語訳にして出版しようという本書の使命は果たしたことになるのである。」P.156

 わたしはこの書を社会科を担当する教員に読んでもらいたい。たとえば、高校「日本史B」の教科書では大逆事件は採り上げられているが、幸徳秋水の思想には一行だに触れられていない。「この時(大逆事件)警視庁内に特別高等警察(特高)とよばれる思想警察がおかれた」とあるだけである。『帝国主義』は現代の状況を見てもその意義を失ってはいない。派遣労働者を含む非正規労働者=経済的弱者への惻隠の情は、日本的情緒の本流をなしているからだ。
 本書と比較対照しながら原著を国語や英語担当の先生にも読んでもらいたい。とくに英語を担当する教員は日本的情緒意識しながら語学教育に当たってほしい。

【"三方よし"の商道徳と職人経済社会への展望】
 ここからはシロウトの勝手な論である。幸徳秋水についてはわたしはまったくの門外漢だが、惻隠の情を強調しているヒューマニスト幸徳秋水が現在の日本の状況に直面したらどのような警醒の書を著すのかを想像してみたい。対外的な関係については訳者の遠藤氏が「あとがき」で言及しているので、わたしは国内問題に目を向けて少しく論じてみたい。

 日本の伝統的な商道徳である近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」は自分さえよければという弱肉強食の野獣の論理であるグローバルスタンダードとは対極にある価値観である。
 近江商人の商道徳であるこの「三方よし」は「宝暦4(1754)年に70歳となった麻布商の中村治兵衛宗岸(そうがん)が15歳の養嗣子に認めた書置(かきおき)のなかの次の一節である」が原典であるらしい。URLを掲げておくので読まれたい。
 http://www.shigaplaza.or.jp/sanpou/ethos/ethos.html

 ひとり近江商人に限らず、商売に関しては日本人が普遍的に受け入れることのできる価値観だろう。呉服商である越後屋(三越)の「定価販売」もこうした流れのひとつである。顧客に駆け引きをせずに正直・誠実な販売を旨とする。「士魂商才」は三越の前身である越後屋でも鴻池の家訓にも見えるらしい。武士の信義に基づいた商いをするとの意味だろうが、広く商家の家訓として伝えられている。
 商道徳に関しては"三方よし"や"士魂商才"のような信義を第一とする考え方が支配的になっているから、本邦では自分(売り手)さえよければ買い手がどのようになろうと構わないという商売のやりかたは歓迎されず、一時の儲けに走り長続きせざる商売のやり方そして品位の非ざるものとして侮蔑の対象となる。
 住友家の家訓にも「浮利を追わず」という一条がある。信義を守り、私的利益よりも公的な価値を重んじ、恣意的な振る舞いを慎むという共通の思想がさまざまな商家の家訓として時代を超えて伝わったところから推測すると、近江商人以前からこうした価値観が広く共有されてきたのではないかとも思う。
 売り手よし、買い手よし、そこで働く人間にとってもそこそこの利益から分配がなされることで幸せはあまねく広がり、世間よしとなるのである。日本の商道徳は数百年の伝統をもつものではあるまいか。縄文時代から森や海と共生してきた日本人の原点にまで遡れる価値観の可能性もあるだろう。沖縄やアイヌに遺風がいまなお伝えられている。

 『帝国主義』全体に流れているのは、日本的情緒から溢れ出たヒューマニズムであろう。それは武士道の惻隠の情であり、弱者に対するいたわりの心である。秋水は社会の底辺の一人一人が幸せにならなければいけないと説く。

 派遣労働法が成立して以来、この十数年で、正規労働と非正規労働の賃金格差は2~4倍にも広がっている。派遣労働のシェアーは年々広がり、すでに雇用全体の30%を超えてしまった。企業収益は前年比25%の伸びを示しているが、利益は給与やボーナスとして分配されていない。労働者の実質収入は年々小さくなり、購買力が落ちて国内市場が縮小しつつあるようだ。

 幸徳秋水がいま現れたら、格差を放置し続けた企業経営と労組批判の書を著さないだろうか?
 偏狭な愛社精神は競争他社への敵愾心に基づくものだから、秋水のいうところの「愛国心」そのものである。社員をリストラして非正規労働者を増やすのも、企業が栄えれば非正規労働者の生活がどのようになろうともかまわないという偏狭な利己主義に映る。正規社員は自己の特権的立場を守り、弱者である非正規社員を省みない。企業経営もまた非正規社員を利用するのみで省みない。秋水はローマの一兵卒を例に挙げているが非正規労働者もそれに類似していないだろうか。

 その一方で、ロシアや中国の実態を知ったら、状況を打開するためにいまさら「社会主義革命」とは言わないだろう。かの国の政治経済は、一党独裁、偏狭なナショナリズムの塊でしかない。そこには弱者への憐憫の情や少数民族へのいたわりの心など一片もない。漢民族と小数の共産党幹部と資本家の利益のみを考慮する社会である。露骨な情報統制と独裁の世界であり、武力と暴力が支配する社会である。

 状況打開の鍵は日本にある。「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」がその鍵だ。正直・誠実に仕事や商取引を行う。慎み深く利益を分配し、係る誰もが得をすることを心がける。
 あらゆる労働者は職人であり、己の技倆を日々高めるために研鑽を積む。勤勉だった日本人の本来の姿は職人仕事に凝縮してあらわれている。
 職人仕事は伝統工芸にとどまらない。たとえば、左官・大工・内装・鉄筋・鳶職など建築関係は職人仕事によって担われている。どの職種も高度な技術を磨く名人がいる。そして職人仕事は工場にも存在している。日本流の「改善」は工場労働者が担ってきた。医者が職人であることは論をまたないだろうし、事務職ですら、たとえばSEやプログラマーは職人仕事である。日本ではあらゆる仕事が専門知識や技倆の研鑽をを要求する。そして職人はあらゆる職種にあまねく存在している。
 職人は仕事の手を抜かない、正直な仕事をする。他人が見ていないところで仕事の手を抜くことは恥だと考える。西欧流の奴隷や農奴起源の労働ではなく、刀鍛冶に代表されるような神聖な「職人仕事」が仕事のありようの理想とされる経済社会という側面が日本にはある

 利己的な欲望を押さえ、だれもが誠実な仕事をし、自分一人で利益をむさぼらす、公の利益(世間よし)を優先して考え、行動する経済社会が理想だろう。いまよりよほど住みよくなるし、学力や経済的な弱者である低所得層を詐欺的商法で引っ掛けるサブプライム・ローンのような悪質な商品は姿を消す。
 生産力が人類が生存可能な地球環境維持の限界を超え行き詰まりを見せているが、新たな経済社会の扉を開ける鍵は日本型職人労働と商道徳「売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」の伝統的な価値観と日本的情緒にある。祖国の伝統的な価値観や情緒を愛するのはパトリオティズム(祖国愛)であるが、幸徳秋水に是非を訊いてみたい。

 アダム・スミスは『諸国民の富』のなかで「神の見えざる手」による経済社会の制御を主張したが、わたしは「人間の叡智によって動物的な欲望を制御する経済社会」を対置したい。そのことは西欧型古典派経済学に、日本の伝統的な価値観に基づく経済学を対置することになるだろう。
 秋水も人間の動物的欲望を抑えるべきことは『帝国主義』のなかで繰り返し主張している。この"三方よし"の原理と正直・誠実を旨とする職人仕事があまねく広がれば世界経済はあらたな経済社会へと生まれ変わる可能性が拓ける。

 "三方よし"や職人仕事をキー概念に、アダム・スミス『諸国民の富』やリカード『経済学及び課税の原理』、マルクス『資本論』を超える新たな経済学が展開できるのではないだろうか
 
 わたしは泉下の幸徳秋水と話しがしてみたい。



*幸徳秋水が高知県中村市の出身であったことが本書のどこかで述べられている。四万十川の流れる中村にはわたしは個人的な関わりがある。最初の就職先企業の社長が中村出身だった。大変お世話になったが、私は日本一の清流で有名な彼の地を訪れたことがない。
 5年間日本橋人形町で、2年ほど日本橋本町で仕事をしていたことがあるが、昼休みの散歩で小さなお寺に入ったら、吉田松陰の刑死地であるとの説明が石碑に書いてあった。その石碑につづられた松蔭切腹の様子を読んだときに万感胸に迫るものがあった。首切り役人がその所作の見事さをほめ称えている。
 幸徳秋水がどこで刑死したのかわたしは知らない。『帝国主義』を読み、その人柄の一端に触れた。冥福を祈りたい。

**本題とは関係がないが、格調の高い現代語訳として林望訳の世阿弥著『風姿花伝』も挙げておきたい。中高生に読んでもらいたい古典である。

***#1025『明治廿 五年九月の ほととぎす 子規見参』遠藤利國著
 
http://nimuorojyuku.blog.so-net.ne.jp/2010-05-10

****5月24日読売新聞読書欄書評
 
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20100524bk19.htm

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帝国主義―現代語訳

帝国主義―現代語訳

  • 作者: 幸徳 秋水
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2010/05
  • メディア: 単行本

明治廿五年九月のほととぎす―子規見参

明治廿五年九月のほととぎす―子規見参

  • 作者: 遠藤 利國
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2010/03
  • メディア: 単行本

帝国主義 (岩波文庫)

帝国主義 (岩波文庫)

  • 作者: 幸徳 秋水
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2004/06
  • メディア: 文庫

三酔人経綸問答 (岩波文庫)

三酔人経綸問答 (岩波文庫)

  • 作者: 中江 兆民
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1965/01
  • メディア: 文庫

帝国主義論 (光文社古典新訳文庫)

帝国主義論 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者: レーニン
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/10/12
  • メディア: 文庫

帝国主義論 (科学的社会主義の古典選書)

帝国主義論 (科学的社会主義の古典選書)

  • 作者: レーニン
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 1999/12
  • メディア: 単行本

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すらすら読める風姿花伝

すらすら読める風姿花伝

  • 作者: 林 望
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/12/13
  • メディア: 単行本


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コメント 5

クラブナビ

近江商人の話題のところではぜひ“士魂商才”も載せてください・「和魂洋才」に倣って三井越後屋(現三越)の創業者が作った造語です.
座売り廃止や,顧客主義を進めた方です.

以前自分の店に見よう見まねで真似をしたことがありましたが,しっかりと赤字を出してしまいました.(笑)簡単にはイカナイようで…生兵法は怪我のもとです.


>私のブログへもどんどん...
お招き感謝なのですが,塾ブログにコメントをしようとすると緊張するので,つい尻込みしてしまいます.


by クラブナビ (2010-05-16 13:46) 

ebisu

サンキュー、早速付け加えてみました。
「生兵法は怪我のもと」、ほんとうですね。
時々わたしも怪我をしています。
ブログ上でもね。
by ebisu (2010-05-16 14:59) 

クラブナビ

おぉ,素早い!すでに加えられている.

ある客が,「ここで買ったこの懐中時計は,メッキのまがい物じゃないのか」と嫌疑を持って来店したところ,店主は客の前でその純金の時計をのこぎりで真っ二つに割って断面を見せたと言います.
そして,別に用意した新品の時計を客に渡したそうです.
─NHKその時歴史より
by クラブナビ (2010-05-17 10:54) 

ebisu

信用の大切さを見事にフィクションで表現していますね。
・・・
・・・
まてよ、

士魂商才、ほんとうの話かもしれない。
その客は、爾後そのお店に絶対の信頼をおいたでしょう。
他の人にも話したでしょう。
いい品を扱うお店はそれぐらいの覚悟がなくてはならないということでしょうか。
根室にもかつてはそれに近い経営者がいました。
時計屋さんではありませんが・・・

お客のクレームにどのように対応するか、クレームはピンチではなくてチャンスだということですね。

クラブナビさん、いい話ありがとう。
by ebisu (2010-05-17 11:41) 

クラブナビ

─ “その時歴史は動いた”の間違いでした
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_list2004.html
調べたら2004年11月17日放送分でした.(番組の放送はすでに終了していますね)

NHKですからノンフィクションであると信じたいです.
仰る通り,彼が他言したお陰で評判になったと言っていました.

“座売り”は(客が買いまわる手間がない代わりに)番頭が蔵から一品づつ出してきて客に売るもの.これでは店の言いなり買うしか無く,選ぶという権利がない.つまり客の利益にならない.
商品を陳列して自由に選択させることこそ,顧客主義に立った考え方だ,とも紹介していました.
by クラブナビ (2010-05-17 14:46) 

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